男はそれをガマンできない【彼氏の顔が覚えられません 第36話】
…だからといって、恋人でもない女の胸をジロジロ見ることの言い訳にはならないな。人間は社会的動物なのだ。理性でもって、なんとか抑えなきゃいけない。
「ちょっとトイレ行ってくる」
そう言ってギターを置いて立ち上がる。一度シノザキから離れて冷静になる必要がある。やつは「はーい、いっトイレー」なんてくだらないことを言いながら、ギターの練習に戻る。
用を足しながら、改めて考えてみる。シノザキの目的は何なのか。
最初に近づいてきたときは確かに、「ギターを教えてほしい」だった。「それなら軽音部に入部すりゃあいいじゃないか」と言えば、
「部活はもう、高校のスイ部(吹奏楽部)で懲りたからさー。人間関係とかメンドくさいし」
と。理屈はわからんでもない。しかし、なぜ俺なのか。昔からの知り合いで声がかけやすかった? 俺の方は、高校時代からそんなに仲良くした覚えはないが。体型はともかく、名前すら忘れるくらいだ。
やつの方も、自分からは話しかけてこなかった。
練習中に声をかけても、返事すらないことが多々あった。ぶっきらぼうなやつだなと思っていたが…。
結局、答えがでないままスタジオに戻る。ふと椅子の上に、プレゼントみたいな包みが置いてある。
「え…何これ…」
訊くと、
「何って…チョコレートだけど」
あっけらかんと、シノザキは答える。
え、えぇー…。
丁寧に、リボンまで巻かれて。どう見ても、「本命」と言うべき代物だった。
(つづく)
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