浮気心か? お試しデート【彼氏の顔が覚えられません 第38話】
シノザキマナミは、じつに感情豊かだ。笑うとえくぼができて愛らしい。不満なときも眉間にしわをいっぱい寄せ、タコみたいに口をとがらせる。一緒にいて、飽きない。
俺のワガママも聞いてくれる。3月後半、よこはまコスモワールドに二人で行ったときのこと。「あのジェットコースター乗ろうぜ」と言うと、「えー、ヤバそうあれ…」とスミでも吐きそうな顔になりながら、「じゃあ、クレープ3つおごってくれたら乗ってあげる」なんて。
イズミはぜったいそんなこと言わない。
いつでも0か100。乗り気のときは、俺が嫌がってでも引っ張っていく。乗り気じゃないときは、何を言ってもダメ。ましてやクレープなんて、「あんな女子力のカタマリみたいなもの絶対食べない。キモチワルイ」とまで。
…どっちがいいのか。約束通りクレープ3つ買ったら、マナミは「これ、けっこう重い」なんて言いながら、1つ目も食べ切れなさそうにしている。
「うそつけ。
昔だったら食えたんじゃないか」
「食べれなくなったの。ダイエット始めてから、甘いものが嫌いになっちゃって…」
「じゃあ最初からクレープなんか頼むなよ。しかも3つも。甘いもんの総本山じゃねぇかよ」
「う…久々に食べたくなったんだもん…だってせっかくのデートだから。タニムラくんとの…ううん、カズヤって呼んでいい?」
と。
…なんだこれ。何で、カノジョじゃない女と一緒にいて、楽しそうにしてるんだ俺。
「カ、カズヤってのは、ちょっと…」
我にかえって、そう言ってしまったとき。
シノザキは、しゅん、と少し落ち込んだ表情を見せて、
「そ、そうだよね…お試し、お試しデートだもんね、これ…ごめんね」
誤魔化すように、てへっと笑って。女の子に、何やらせてんだ。こんな風に気を遣わせて、俺はどうしたいんだ。シノザキが好きなら、抱きしめてしまえばいい。ここで今すぐ。それとも、まだ言い張りたいのか。これは浮気じゃない、デートなんかじゃないって。
「ちょっと、トイレ行ってくる…すぐ戻る」
そう言って、また一人で逃げる。
逃げるときはいつもトイレだ。汚い話だけど。「うん。いっトイレー」なんてまた、シノザキのつまんないセリフを聞きながら。
つまんないけど、寂しさを必死で紛らわそうとしてるような。そんな儚いセリフをずっしり背負いながら。俺はまた逃げる。
(つづく)
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