女の怒りとピザカッター【彼氏の顔が覚えられません 第43話】
女性は、怒りたいことがあるから怒るのではなく、怒りたいときがあるから怒るのだ。そういう話を聞いたことがある。誰から聞いたかは重要じゃない。ただ私の中ではそれが、真理として刻まれている。
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どんな理不尽なことをされても、女性には耐える力がある。自分の感覚を無にし、怒りたい事象が過ぎ去るのを待つことができる。
ただ、あるとき、それまで耐えていたものが爆発する。それこそ理不尽な話かもしれない。
理不尽な仕打ちを受けたならその分だけ、理不尽に怒りを吐き出してしまう。ときには、「生理」も言い訳にする。
スポットライトが赤に、青に、緑に、黄に。さまざまな色でステージ上の男性を照らす。それがカズヤなのか。相変わらず顔は覚えてないし、こう光が安定しないライヴ会場だと、そもそも顔なんか判別できなくて当然だろう。
ただ、「イズミ! 聴いてくれ! 俺がこの日のために用意したラブソングを!」そう叫んだのがカズヤの声だったのは間違いない。
逃げようとしたのに。
まるで観客全員がグルみたいにどんどんステージの直前まで押し出されて。ツバが飛ぶくらいの近い距離で歌っているのは、「怒りたい事象」だ。私のことを放ったらかしして、"ギター友達"のマナミなんかとずっと一緒に過ごして。
マナミに浮気したかどうかはわからない。その事実があってもなくても、これは怒っていい状況だ。私へのラブソングだなんて。ギターをかきならし、長い髪――ほんと気持ち悪いから切ってほしい――を振り回し、「歌う」と言うより「がなる」みたいなひどい声をマイクにのせて。