女の怒りとピザカッター【彼氏の顔が覚えられません 第43話】
そんな必死な様子を見せつけられても、うれしくない。周りの観客は、意外にもどんどん惹きつけられるようにステージへ迫ってきて、飛び跳ねたり踊ったりしてるけど、私はすごくドン引きしちゃってる。
そんなことで私の心は取り戻せないんだから。またあのときみたいに、顔に水ぶっかけてやったときみたいに、今度は歌ってるあなたの鼻にグーパンチお見舞いしてやるんだから。
ただ、今はこの状況に耐えるとき。怒りたいときじゃない、できるかぎり不満そうな顔をして、ただ事象が過ぎ去るのを待っているだけなんだから。不満そうな顔の作り方なんて、わからないけれど。
曲が止み、スポットライトが白で止まる。
照らされながら、がなり続けていたステージの男性は上を向いている。顔中から汗が噴き出している。シャツもびしょびしょだ。手は体の横に広げ、フォークギターは、肩からかけたストラップで宙ぶらりんの状態になっている。
子豚ちゃん――マナミの姿はない。男性がかぶっていたウサギの被り物も。いつの間にかステージ袖にはけてしまったようだ。空気を読んでのことだろうか。
読まなくったっていいのに。
目の前の、ロン毛で、汗だくで、せっかくのテナーボイスさえがなり声で潰しちゃった男性――必死すぎてバランス崩壊しちゃった彼が、一度正面を向き、そして私を見下ろす。
しっかり目を合わせる。彼がカズヤだってわかってる。こんなどうしようもない男は、カズヤしかいない。彼が口を開く。
「イズミ、俺…」