女の怒りとピザカッター【彼氏の顔が覚えられません 第43話】
そして、間を空ける。何を言おうとしているのか、またどんなバカな言葉が飛び出すのか。言わないで。いや、早く言って。ためらわれるのが一番困る。
「俺、おまえともう一度…」
早く。そこで止めないで。ちゃんと言って。
「く、くぉっ…恋がしたいんだ!」
バカ。
そこで盛大に噛むな。
ステージ上から、私に差し出される手。握り返せ、と言いたいんだろう。だけどそれを私は払いのける。
「ムリっ!!」
そう叫んで後ろを振り向き、周囲の客のを見渡す。瞬間、ピザカッターで切り分けたみたいに群れが左右に割れ、花道ができあがる。まっすぐ突き抜け、出口へ向かう。
「…先輩! ヤマナシ先輩、待って!」
コモリの声。待たない。会場の重い扉を力いっぱい開け、出てからまた思いっきり閉じる。外に飛び出す。走る。一心不乱に走る。
カズヤのことを忘れられるように。顔は最初から覚えてなかったけど、その声すら忘れられるように。
においも、仕草も、ぜんぶ。存在自体を無かったことにできるように。
(つづく)
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