運命と新宿駅【彼氏の顔が覚えられません 第44話】


東京の街で迷子になることはない、と上京して3日目ぐらいに思った。駅はそこらじゅうにあるし、路線図をたどればどこへでもたどりつける。

もちろん駅から出た後の目的地へは自分の足でなんとかしなければならないけど、少なくとも家へ帰れなくなることはない。

走って、走って、やがてたどりつく。新宿駅。出口がたくさんありすぎて都民でもよく迷うと言われている。東口・西口・南口・東南口…JRだけでもたくさん。帰るときは逆だ。
どこからでも入れて便利に思える。

もし帰るとき、道がわからなくなっても大丈夫、駅に着ければ安心とタカをくくっていた。

甘かった。改札の前で、Suicaが無いのに気づいた。それどころか、財布も、ケータイも。かばんごと、ライヴ会場に置いてきてしまった。バカ、なにやってんだ私…ひとりで飛び出してきたりするから。

だけどそうせざるを得なかった。
カズヤがせっかく2度目の告白をしてくれたのに断ったのは、大事なセリフを噛んだからじゃない。必死の演奏が痛々しすぎたからでもない。ただ、気づいたからだ。

やっぱり、私には人を恋する資格がないんだって。あんなに目の前にいたのに。それでもわからなかったから。

カズヤなんだって思っても、ぜんぜん実感がもてなかった。今まで付き合ってきた恋人のような親しみをまるで感じなかった。
覚えてないから。彼の顔を、ぜんぜん。

そんな思いをするなら。また彼を見失うくらいなら、もう彼とは付き合わない方がいいって気づいたから。

時刻は22時。ジワジワと、心が都会の夜に負けそうになっている。

(つづく)

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