店名に「鮨」と謳わない理由とは?極上の江戸前寿司を斬新なペアリングとともに自由にしなやかにおいしさを追求しようとするわけ店名に「鮨」と謳わない理由とは?渋谷駅を背にして道玄坂を登りきり、隠れた名店が立ち並ぶ奥渋谷のオーチャードロード沿いに【あじゅう田】はあった。雑居ビルの地下1階にエレベーターで下りると、そこは無機質で仄暗い空間。白い暖簾が掲げられている以外は今どきのフレンチレストランのような雰囲気で、好奇心があおられる。ミシュランガイドに掲載される某有名フレンチレストランを手がけたデザイナーによって設計された店内店内には黒を基調とした空間に目の覚めるような美しい檜のカウンターが配され、凛とした空気が流れていた。御影石を使った艶やかな付け台にも目を引かれる。「江戸前鮨の伝統を受け継ぎながらも、【あじゅう田】ならではのおもてなしを提案していきたい」店主・阿重田博紀さんは意欲的に語った。「僕らが目指す着地点は、お客様が笑顔でお帰りいただくこと。料理はもちろん、サービス、空間で快適な時間を演出することに尽きます。付け台に木ではなく御影石を採用したのは、そうした考えの表れなんです」銀座【鮨かねさか】や赤坂【すし匠 齋藤】、広尾【鮨 在】などの名店でも経験を積んできた店主・阿重田博紀さん言われてみると、なるほどなあと思うことがあった。【あじゅう田】のカウンターの中にはごみ箱らしきものが見当たらないのだ。どうやら、付け場のデザインの一部に取り込み、目立たないようにしているらしい。ゲストを想い、細部に配慮する。そんな阿重田さんは一体どんな鮨を握るのか。よりいっそう興味が湧いた。脂がのったふわふわののどぐろは、対馬で釣りあげられる最高級ブランド「赤瞳」。シャリに採用するのは、「幻の米」と称される岐阜県のブランド米「美濃ハツシモ」。大粒で噛み応えがあり、ネタの旨みを引き立てる料理のメニューは、握りとつまみを合わせて15~20品で構成されるおまかせコース(2万7500円~)のみ。この日、トップバッターとして登場したのはのどぐろの握りである。皮面だけを焼き、その後に酒蒸しされたという身はふっくらとしていて、見るからに脂がのっていた。「世界一の雲丹」と称される青森県産の雲丹は1貫1万5000円!「パンチのある味わいをダイレクトに味わってほしいから」と、海苔を巻かないスタイルで提供「旨いものから出す。それがうちの店の流儀です」。そして、阿重田さんはこうも言った。「裏を返せば、旨いネタがなければ、たとえ定番のネタであってもご提供しません」。実際、オープン当初は江戸前寿司の定番であるコハダやアナゴを出さなかったらしい。「もちろんお客様には驚かれました。鮨屋であればコハダやアナゴを用意しておくのは当然でしょ、と。でも、状態のいいものが一年中あるとは限りませんよね?それで、『いやいや、うちは店名に“鮨”を謳っていませんから』とお話しして。そしたら、『あっ、そうか』と妙に納得してくださいました(笑)」阿重田さんは茶化すように話すが、その裏には、素材に妥協しない真面目さが確かにある。毎朝5時半には豊洲に到着し、仲買さんと丁寧にコミュニケーションを取りながら、ネタの仕入れを行っているというのだから。この日のマグロは、今、最も勢いのあるマグロ専門の仲卸「やま幸」から仕入れた宮城県塩釜産のもの「特に思い入れが強いのはマグロです。どうしても『やま幸』さんから仕入れたくて、店先で頭を下げ続けました。すると、変わった奴が来たぞと面白がってくださったのか、幸運にも受け入れていただけて。やっぱり、自分が納得したものをお客様にお出ししたい。それだけは譲れません」そう話す阿重田さんの表情は実に生き生きとしていた。それは、確かにおいしいものを食べさせる人の顔だった。玉子はガラスの器とともに登場。かかっているのはマルドンの塩とアガベシロップ極上の江戸前寿司を斬新なペアリングとともに【あじゅう田】の鮨をインパクトのある味わいに引き立てるのが、ペアリングの妙。ワインセラーにはフランス産を中心に40~50種類の銘柄が並び、さらに全国各地の日本酒も取り揃えている。その中から、常駐する2名のソムリエがワインペアリング、日本酒とワインのミックスペアリング、さらにはノンアルコールペアリングを提案してくれるのだ。この日の中トロにペアリングされたのは新政酒造の「Lapis Lazuli ラピス -瑠璃- 2016」この日、マグロにペアリングされたのは秋田・新政酒造の通称「ラピス」。とある酒販店のために特別に誂えられた木桶仕込みだ。「ぬる燗より少し低いぐらいに温度を上げることで、中トロの脂が溶けて口の中に旨みが広がり、それを純米ならではの甘みが受け止めます」とソムリエの岡地伸幸さん。温度まで調整する細やかさが心憎い。最高級の穴子には、ファンキーシャトーの「ラ・プリミエール・フォア・カベルネフラン」また、穴子には、長野県小県郡青木村にある注目のワイナリー、ファンキーシャトーの「ラ・プリミエール・フォア・カベルネフラン」がチョイスされた。「土っぽいニュアンスが穴子の風味にやさしく寄り添い、ハーブっぽいニュアンスが甘みのあるツメの味わいをきゅっと引き締めてくれます」(岡地さん)。このほか、例えば前述の“世界一の雲丹”には仏・アルザスの「ゲヴュルツトラミネール」が。そして、のどぐろにはローズの香りを纏ったフレーバーティーが。ユニークなペアリングの連続に興奮が止まらない。世界一の雲丹×レオン・ベイエキュヴェ・デ・コント・デギスハイム ゲヴュルツトラミネール 2009のどぐろ×ティートラベラーズの「アンバー」。ソーダでアップすることで、アルコールが苦手な人でもスパークリングワインのように愉しめるノンアルコールペアリングは約5杯(5500円)、アルコールペアリングは約13~15杯(1万1000円~)。ゲストの要望があれば1品ずつペアリングを提案することも辞さないという。左からソムリエの岡地伸幸さん、店主の阿重田博紀さん、ソムリエの根岸洋介さん。とにかく明るく、サービス精神が旺盛だ最後に店主の阿重田さんに「どんな鮨屋を目指したいか」と訊ねてみた。すると、不意に近くにあったナプキンを摘まみ上げ、店名の刺~aを指しながらこんな話をしてくれた。「この文字は、渋谷の宮益坂にある鮨店【くろ﨑】の大将が書いてくれたものです。黒﨑さんはお客様が右利きであるか、左利きであるかまで記憶し、その方が食べやすいように鮨を出す人。かつて同じ店で働いていたとき、それを知って心を動かされました。こんなにもお客様に寄り添うのかと。そして自分もかくありたいと強く思い、今日に至ります」それを聞いて、合点がいった。阿重田さんが固定概念にとらわれず、自由にしなやかにおいしさを追求しようとするわけが。恐らく奇を衒っているのではない。すべては、やはりゲストが笑顔で店を後にするためなのだ。「あじゅう田」という店名が刺~aされたナプキン取材を終えて外に出た瞬間、「あれ、ここはどこだっけ」という感覚に襲われた。それだけ居心地の良いひとときに集中したということなのだと思った。また、ゆっくり食事しに来たい。素直にそう感じられた一軒である。あじゅう田【エリア】渋谷センター街/公園通り【ジャンル】鮨・寿司【ランチ平均予算】-【ディナー平均予算】35000円【アクセス】渋谷駅 徒歩7分
2021年06月03日