2019年8月25日 08:00|ウーマンエキサイト

「学校に行けない子どもたち」に最後まで想いを寄せ続けたワケ【樹木希林からの命のバトン 第1回】

樹木希林からの命のバトン

樹木希林からの命のバトン

女優の樹木希林さんが不登校などについて生前語った言葉と、その娘である内田也哉子さんがその思いを受けて語った内容がつづられてた『9月1日 母からのバトン』という書籍が発売されました。そこで不登校新聞の…

「学校に行けない子どもたち」に最後まで想いを寄せ続けたワケ【樹木希林からの命のバトン 第1回】

全国不登校新聞社提供


「死なないで、ね……どうか、生きてください……」
亡くなる2週間前にこんな言葉を残したのは、昨年2018年9月に亡くなった女優の樹木希林さん。樹木さんは、学校に行けなくてつらい思いをしている子どもたちにメッセージを贈っていました。

樹木さんが不登校などについて生前語った言葉と、その娘である内田也哉子さんがその思いを受けて語った内容がつづられた書籍『9月1日 母からのバトン』が発売されました。

樹木さんに取材経験があり、書籍内で内田さんとも対談されている不登校新聞の石井志昂(いしい しこう)編集長とともに、不登校で悩む親子に対する樹木さんからのメッセージを読み解きたいと思います。


「学校に行けない子どもたち」に最後まで想いを寄せ続けたワケ【樹木希林からの命のバトン 第1回】お話をうかがったのは…
●石井志昂(いしい・しこう)さん


1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行ってきた。


●不登校新聞とは
1998年に創刊された不登校に関する専門誌。当事者の視点を大切に、不登校についての情報を発信し続けている。



■樹木希林さんの言葉が持つ力

「死なないで、ね……どうか、生きてください……」
去年の9月1日、母は入院していた病室の窓の外に向かって、涙をこらえながら、繰り返し何かに語りかけていました。あまりの突然の出来事に、私は母の気が触れてしまったのかと動揺しました。それから、なぜそんなことをしているのか問いただすと、
「今日は、学校に行けない子どもたちが大勢、自殺してしまう日なの」
「もったいない、あまりに命がもったいない……」
と、ひと言ひと言を絞り出すように教えてくれました。
この2週間後に、母は75年の生涯に幕を閉じました。
夏休み明けの9月1日は、子どもの自殺が最も多くなる日。内閣府の調査でも明らかになったこの数字(※1)。書籍の冒頭で、亡くなる直前に病床で語られた樹木さんが語られた言葉は胸に迫るものがあります。

書籍には、生前語られた樹木さんの言葉がつづられています。
そして樹木さんのメッセージは、子どもたちからの切実なSOSの代弁にも感じられ、さらに親に対する思いも込められていました。

■樹木希林さんは、なぜ不登校の子どもに思いをよせたのか?

石井さんが初めて樹木さんと会ったのは、2014年7月。不登校新聞の取材に、樹木さんが答えたときのことでした。

「こちらは不登校について話を聞く。樹木さんは自分が人生で得たものについて答える。お互いに生きざまのぶつけ合いのような取材でした。直接的な答えがなかったとしても、希林節の言葉が不思議と心に響く。信じられないくらいおもしろい取材ができました」と石井さんは振り返ります。


その後、2015年に再び樹木さんに会った石井さんは、「毎年9月1日前後に、18歳までの若い人たちがたくさん自殺している現状」を伝えます。そのとき「自殺するよりはもうちょっと待って、世の中を見ててほしい」と語った樹木さんが、この日のことをその後もずっと覚えてくれていたのだと、娘の内田さんからの連絡で知ります。

「樹木さんが、自分と同じ気持ちでいてくれたことを知り、感動で震えました。闘っているのは自分だけじゃないんだと思えましたね」(石井さん)


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