日本にムーミン谷がやって来る! 不思議な「ムーミン」の72年史 【昔の子ども、今の子ども。】


物語に登場するモランは、みんなから怖がられ、避けられているキャラクター。本人が冷気を帯びているだけで、何も悪いことはしていないのに嫌われる…そんなモランは、シリーズの後期ではムーミントロールと心を通わせる存在にもなっています。

モラン

歩いたあとは凍り、座ったあとは草花も生えない場所になる、孤独な冷たい大きな魔物モラン。その心のさびしさに、ムーミンは気付いていく


トーベは、弱者も一人の存在として認める。それは子どもに対しても同じことで、姪のソフィア・ヤンソンが島に遊びにきても、何かをしてあげるのではなくて、容赦なく対等に遊んだと聞いています」

■ムーミンの原点にある、フィンランド流の子育て

──トーベの人を尊重するという考え方の原点は、どこにあるのでしょうか?

横川「トーベは子どもの頃、夏になると家族で島暮らしをしていました。たとえば嵐がきたら、危ないからといって隠れるのではなく、“みんなで嵐を見に行こう!”という生活をしていたんです。そんな両親に育てられたトーベは、独立心旺盛な子どもでした。森をプチ探検したり、島で泳いだり、大人の本もどんどん読んでいたそうです。


『ムーミンパパ海へいく』(65年)では、突然パパの提案で小さな島に行くことになる。島でもパパは自分勝手だし、ママはいなくなっちゃうし、どうしよう…という状況で、ムーミンは巣のような居所を手に入れます。

ある日、ママがムーミンを見つけるのですが、“帰ってきなさい”ではなく“ママもここでちょっと過ごそうかしら”と声をかけるんです。それは、ムーミンにとってすごく幸せなこと。ママも自分のさびしさをわかってくれている、自分はひとりでここに居てもいいんだと思えますよね。

ムーミンとママ

ムーミンが見つけた巣のような居所に現れて、しばし一緒に過ごすムーミンママ


ママは、しばらくして“じゃあ気をつけてね”と帰って行く。これがムーミン的、あるいはフィンランド的に、子どもにも独立心を持たせるというひとつの現れだと思います」

──なるほど。私だったら「早く帰ってきなさい」と言ってしまいそうです…。


横川「そうですよね(笑)。“どうしたの?”と聞かずに受け入れてくれるママの温かさや、ムーミン谷が持っている許容の広さっていうのは、すべてフィンランドならではの子育てからくるもの。資源がない国だから人も資源ということで、小さな子どもへの支援を手厚くしようっていうのが国の政策であり、一般市民にもちゃんと定着しているんです」

──では、日本の忙しい子育て中のママにおすすめの作品はありますか?

横川「『ムーミン谷の仲間たち』(62年)という短編集にある『目に見えない子』ですね。ニンニという子の顔が見えなくなっちゃうのですが、それはつまり自分をなくすということ。ここでもやっぱりムーミンママが受け入れてくれて、ニンニはママについて回るんです。

あるときパパが、ママを驚かせようと後ろから忍び寄っているのを見て、“私の大事なムーミンママに何をするの”とニンニが怒ってパパを海に突き落としてしまう。すると、ニンニの顔が元に戻るんです。

要するに、自分の気持ちを率直に表現することで、顔を取り戻した。
これは子どもにも大人にも、響くところがあると思います!

横川さん

もちろん思っていることをすべて言えばいいわけじゃないけれど、自分の本当の想いをあらためて見つめなおすことができる。短編なので読みやすいですし、おすすめです」

■日本でのムーミン

──日本のムーミン人気は、やはり1969年に放送がスタートしたアニメーションの影響が大きいのでしょうか?

横川「アニメを制作した方達は、『本物を子どもたちに見せたい』という情熱に満ちた素晴らしい人たちだったようです。スタッフの中に宮崎駿さんもいらした時期があったそうですよ。

アニメが放送されたのは高度成長期が落ち着いてきた頃で、少し生活を見直そうよという流れがあった。ムーミンファミリーの温かさや自然、そういうものが時代の流れにマッチしていたのかもしれませんね。一方で現在の人気は、個人を尊重する生き方やデザインなども含めた北欧ブームの影響も大きいのではないでしょうか」

──日本ではムーミンのグッズが大人気ですが、フィンランドではどうですか?

横川「本国でもARABIA(アラビア)のムーミンマグは1家にひとつあると言われているし、存在は大きいですね。機能性とデザイン性を兼ね備えていて、お高めですが人気があります。大人が持っていても、決して子どもっぽくならない色使いとデザインですしね。
そして、流行っているから欲しいというのでなく、好きなものをずっと大切にという感じです。

お好きな方には、北欧食器の王様といわれる「TEEMA(ティーマ)」シリーズと「ムーミン」のコラボレーションの魅力をまとめた『ムーミンマグ物語』という一冊もおすすめです」

ARABIAのムーミンシリーズ。マグカップをはじめ、ボウルやピッチャーなどバリエーションも豊富

ARABIAのムーミンシリーズ。マグカップをはじめ、ボウルやピッチャーなどバリエーションも豊富 ©Moomin CharactersTM


『ムーミンマグ物語』(講談社)

「TEEMA(ティーマ)」のマグに描かれたムーミンの絵を原作から読み解く一冊。『ムーミンマグ物語』(講談社)


──これからのムーミンについて、望むことはありますか?

横川「キャラクターグッズはたくさんありますが、原作を読むとさらにムーミンの良さがわかります。『ムーミン』は、読むときの自分の状態によって、心に響く言葉が違うことがよくあるんです。“この言葉が響くってことは、今、私はこんなところが疲れているのかな? 気持ちが楽になったぞ”って、心の処方箋とでも言えるみたいな…。

子どもたちはムーミンの物語を読むことで、これでいいんだっていう安心や自己肯定が生まれるかもしれない。
ムーミンママやパパの行動には、大人でもハッとすることがあります。読書を通して会話も生まれますし、ぜひお子さんと一緒に原作童話を読んでほしいと思います」


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