性の多様性に関するさまざまな取り組みが広がりを見せるなか、まもなく公開を迎える映画は、8歳のトランスジェンダーの少年を主人公に描いた話題作。第73回ベルリン国際映画祭において、史上最年少となる9歳で最優秀主演俳優賞受賞の快挙を成し遂げたことでも注目を集めている1本です。『ミツバチと私』【映画、ときどき私】 vol. 629夏のバカンスに入り、フランスからスペインにやってきたある家族。その一員である8歳の少年は、男性的な名前である“アイトール”と呼ばれることに抵抗感を示すなど、自身の性をめぐって周囲からの扱いに困惑し、悩みを抱えていた。心を閉ざしていたアイトールだったが、叔母が営む養蜂場を訪れ、ミツバチの生態やバスク地方の豊かな自然に触れることで徐々に気持ちがほどけていく。ある日、自分の信仰を貫いた聖ルチアのことを知ると、自分もそのように生きたいという思いが強くなっていくのだが…。自身の性自認に悩む子どもの成長を描き、大きな反響を呼んだ本作。そこで、作品が誕生したいきさつなどについて、こちらの方にお話をうかがってきました。エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン監督数々の短編を手掛け、さまざまな国際映画祭で評価を得てきたソラグレン監督。着実にキャリアを積み重ねてきたなか、本作が初の長編劇映画となります。今回は、制作過程での苦労や影響を受けた出来事、そして作品を通して伝えたい思いなどについて語っていただきました。―今回、トランスジェンダーという題材を取り上げようと思ったきっかけなどがあれば、お聞かせください。監督私はいままでも、アイデンティティや身体、ジェンダー、家族などを作品のテーマにしてきました。前作に取り組んでいる際には、「私たちはいつ自分の正体に目覚めるのだろう?」「私たちのアイデンティティと体の関係は、どういうものなのだろう?」「アイデンティティは、自分の内側に見つけるものなのか、それとも外的な要素に影響されるものなのか?」といったことを繰り返し自分のなかで問いかけていたほどです。そんななか、16歳のトランスジェンダーの少年が自殺してしまったニュースを聞き、衝撃を受けた私は「この問題は蓋をすべきことではない」と感じて映画を作ろうと思うように。私が脚本を書いたのは2018年ですが、当時のスペイン社会ではメディアも政治もトランスジェンダーについてはなるべく触れないようにしようという風潮だったので、映画に関わる人たちからの偏見が強く、そこと闘うのが一番大変でした。子どもたちも自分は何者かと考えている―そんな厳しい状況のなか、主人公を8歳の子どもにすることに対してもいろんな意見が挙がったと思いますが、設定についてはどのようにして決めていったのでしょうか。監督16歳の少年の事件は、自分のなかである種の“引き金”にはなりましたが、この映画を作るうえで大きな影響を受けたのは、自分が住んでいる地域にあるトランスジェンダーの子どもをもつ家族の会です。彼らと話をしていて、本当にさまざまなことに気付かされました。そのなかでも一番驚いたのは、3歳や5歳くらいの幼い子どもと家族もいたことです。というのも、いままでの社会では「成熟した大人が自分のジェンダーを好きに選んでいる」と思っている人が多いかもしれませんが、実は言葉を覚え始めた頃から子どもたちは「自分は何者なんだろう」と考えているんだなと。そういったことがわかってきたので、映画でも表現したいと思いました。ともに学んで歩んでいく家族の過程も見せたかった―最終的に3歳から9歳までの子どもを持つ20世帯の家族に会われたそうですが、劇中に登場するキャラクターたちは、監督が実際にお話しされた方々からインスピレーションを受けているのですか?監督そうですね。本人と同じように家族も苦しんでいますし、「自分たちの子どもに一体何か起きているのか」という疑問もあるので、劇中でさまざまな反応をする家族の様子に関しては、そのあたりをリアルに反映しています。そんなふうに、映画ではお互いに悩みを抱えながらも、ともに学んで歩んでいく家族の過程を目に見える形で描きたいと思いました。その理由としては、スペインの社会では当事者だけでなく、家族も責めるようなところがあるからです。そういったこともあり、トランスジェンダーの子どもだけを取り上げるのではなく、変わっていく家族の姿も見せたいと考えるようになりました。―この作品を経て、監督自身のなかでもマイノリティの方々に対する向き合い方などに変化を感じている部分はありますか?監督当事者ではない人間からすると、正直に言って彼らの痛みを理性的に理解するのはなかなか難しいことかもしれません。でも、主人公を通して、彼らが抱えている苦しみや思いを受け入れることが重要だと考えています。なぜなら、これまでの社会の尺度で正しくないとされていたことでも、そこに立ち向かおうとする子どもと家族によって健全化されていく部分もあることを知ったからです。本当の家族のような雰囲気を目指して作った―舞台となるのは監督の出身地でもあるバスク地方ですが、独自の言語や文化を持っている様子も描かれており、非常に興味深かったです。監督バスク語はスペイン語と違って、名詞や形容詞などにおいて男性と女性で区別されることがほとんどない言語なんですよね。劇中では、自由でリラックスした雰囲気のなかで交わされる会話のときにバスク語を使用し、少し堅い空気感のなかではスペイン語を使うなどして言語を混ぜています。バスクの社会というのは、家族や社会の絆が強いので、そういった部分が教育や政治にも反映されているんだなと改めて感じました。―そして、本作では約500人のなかからオーディションで選ばれた主演のソフィア・オテロちゃんの演技も素晴らしいの一言に尽きます。どのような演出をされたのでしょうか。監督ソフィアに関しては、キャスティングの段階からこういう演技ができるということはわかっていました。なので、私が取り組んだのは、撮影に入る前までにキャストの間で親子や兄弟としての関係性にリアリティを持たせること。ケンカも含めたさまざまな思い出作りをすることによって、本当の家族のような雰囲気を作れるようにしたいと考えました。「どんな困難でもやれる」という自分への信頼感が大事―画面からも伝わってくるリアルさには、そういった背景があったんですね。では、日本についてもおうかがいしたいのですが、どのような印象をお持ちですか?監督日本人は他人を尊重する民族であり、とても繊細でディテールにこだわる方々だなと感じています。また、外交的で文化度も高いのですが、そのいっぽうで保守的な部分もあるんだなということにも今回気付かされました。とはいえ、日本に来るのは初めてで、しかも到着してからずっと仕事に追われているので、まだ銀座界隈しか見ることができていないのですが(笑)。それだけで日本について語ることは違うと思うので、もう一度ゆっくり来たいなと考えているところです。―お待ちしております。それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。監督私はみなさんにアドバイスをできるような立場ではありませんが、始めるのも続けるのも大変な映画業界のなかで、私が関心を持っていただける存在になったのは、自分自身を信じることができるようになってからだと感じています。みなさんも一人一人、さまざまな問題と向き合っていらっしゃるところかもしれませんが、まずは「どんな困難でもやれる」という自分への信頼感が大事かなと。そういったことがキャリアにおいても人生においても第一歩だと考えているので、ぜひみなさんも意識していただければと思います。家族の温かさと優しさに包まれるトランスジェンダーが抱える悩みや問題だけにフォーカスするのではなく、ともに生きる家族の姿も丁寧に描いている本作。観る者の心を揺さぶる俳優陣の繊細な演技と、美しいバスク地方の景色にも魅了される必見作です。取材、文・志村昌美胸が熱くなる予告編はこちら!作品情報『ミツバチと私』1月5日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開配給:アンプラグド(c) 2023 GARIZA FILMS INICIA FILMS SIRIMIRI FILMS ESPECIES DE ABEJAS AIE
2024年01月04日