●想定ユーザーを一眼レフ所有者にシフトキヤノンから3月26日に発売された最新ミラーレス一眼カメラ「EOS M3」。発表直後から前評判も高く、BCNランキングの調査による販売台数シェアは、発売当日は全モデルで1位(24%)、発売週のミラーレスカテゴリでも1位(19%)と最高のスタートを切った。その後も同社の予想を超えて売り上げを伸ばしており、EOS M3のWebページには出荷に関する説明文が掲載されているほどだ。キヤノンが本気でミラーレス一眼カメラのナンバーワンモデルを目指して開発したEOS M3。その特徴はマイナビニュースで永山昌克氏が詳細にレビューしている通りだが、ここでは製品投入にあたっての「仕掛けの舞台裏」をレポートする。どうやってEOS M3の"本気度"をユーザーに伝えようとしたのか、EOS M3の商品企画を担当したキヤノンマーケティングジャパン カメラ商品企画第一部 課長 西小原暢文氏に話を伺った。今回のインタビューで西小原氏がまず最初に述べたのは、一眼レフカメラとミラーレスカメラ市場におけるキヤノンのシェアについてだ。「おかげさまで2014年は、一眼レフカメラとミラーレスカメラを合わせたレンズ交換式カメラにおいて3割以上のシェアをいただくことができましたが、ミラーレスに限ると10%強という状況でした。そこで、何としてもキヤノンのミラーレスのシェアを上げることを最大の目標に据えました」(西小原氏、以下同)そして、EOS M3のマーケティングにおいては、EOS MとEOS M2の導入実績を踏まえ、ゼロから戦略を見直すことにしたという。最大のポイントは想定ユーザーの変更だ。○想定ユーザーを一眼レフ所有者にシフト「従来はコンパクトカメラやスマホからのステップアップとして、レンズ交換式カメラの完全新規ユーザーを想定していましたが、EOS M3では銀塩フィルムで一眼レフの経験がある方と、すでにデジタル一眼レフを所有している買い替え・買い増しユーザーにフォーカスしました」「また、それにともなって、購入者属性も男性比率を約80%、年齢構成は40~60代を約70%と想定し、製品開発においては操作性や機能を向上させることを重視しました」ちなみに、今までのEOS MやEOS M2では、女性比率を約40%、年齢構成は20~30代を約60%と想定し、簡単に使える機能性に重点を置いていたという。●「AFが遅いよね」「キヤノンの本気が見えない」の声に応えてEOS M3を開発するにあたり、ユーザーからの要望を集めたところ、次のような意見が多く見られたそうだ。「AFが遅いよねとか、キヤノンの本気が見えない、といった声がありました。その一方で、画質がいいよね、という話もありました」とくにAFに関してはユーザーからの要望が多かったようで、EOS M3でも最重要改善ポイントとして性能向上が図られている。「EOS Mはお客様からAFスピードについてのご意見を多数いただいたこともあり、AF速度を向上させた本体ファームを公開しました。EOS M2ではさらにAF速度を改善したのですが、EOS M発売当初のイメージを払拭できなかったと思っています。今回のEOS M3は、これらを覆す性能を持っていると自負しています」AF速度以外にも、ユーザーからの要望をふんだんに盛り込んだのもEOS M3の"本気度"の表れだ。「『キヤノンの本気が見えない』というご意見は、写真愛好家の皆様の期待の現れだと考えており、真摯に受け止めています」というだけあって、EOS M3はEVFを取り付け可能にし、操作性を向上させるモードダイヤルに露出補正ダイヤル、片手でも握りやすい大型グリップを搭載するなど、「本格的でとにかくいいものを」という狙いをもって設計されている。キヤノンが自信を持って開発したEOS M3だが、「今度はお客様に知ってもらうというのが大命題になります」というように、色々なコミュニケーション戦略が練られた。ポイントは発表から発売までの1カ月半を最大限に生かし、ネット上でのクチコミの拡散に注力したことだ。クチコミによる製品の評判が売上に直結するとあって、手厚くプロデュースしていったことが話の中でもうかがえた。○EOS M3の情報をネット上に拡散してもらうために「今回の想定ユーザーである一眼レフ所有者はカメラファンと呼べる方が多く、情報発信力が高い」という点を生かして、発売時の話題最大化を目指してマーケティング施策を次々に行った。2月6日に新製品発表会、3月19日にも妻夫木聡さんを招いた新CM発表会をプレス向けに開催し、メディアを通した情報拡散を狙った。また、発表直後の2月12~15日に開催されたCP+2015ではEOS M3を多数展示、3月21~22日にも大阪で関西地区のカメラファン向けにユーザー体験会を主催した。また、この期間に有力ブロガーやSNSユーザーなどのインフルエンサー向けに撮影体験会や開発者座談会も実施している。「EOS M3に興味を持っていただいた方が体験可能な機会をできるだけ多く用意しました。CP+や大阪の体験会では想定以上の方に実機に触れてもらえました」と多くのカメラファンに体験してもらえたことが、クチコミの拡散につながったようだ。○サービスセンターにもデモ機を配備イベントを活用して多くのユーザーに触れてもらうのが購入してもらうための近道なのだが、どうしても日時や場所が限定されてしまう。そこで、サービスセンターにもデモ機を配備した。従来のようにショールームだけにデモ機を置いたのでは、大都市圏だけに限られてしまうのだが、「サービスセンターなら北海道から福岡県までありますので、より多くの人に体験していただけます」というように、実機に触れられる機会をより多く提供することで、購入を検討する人も必然的に増えるという流れを導いた。「EOS M3ではとにかくキヤノンの本気度を見てもらいたい。そのためには何が必要なのか」と西小原氏が何度も話していたことからも、これらのイベントや展示施策は当然の成り行きだったことがわかる。●人気キャンペーンは早々に予定到達発表から発売までに多くの露出を図ったことで、EOS M3はみごとスタートダッシュに成功する。「いろいろな施策を行ったことが奏功しました」と西小原氏。発売に合わせて実施したキャンペーンの役割も重要だった。展開したのは、先着5,000名のアクセサリープレゼント、対象レンズやアダプターとの組み合わせで最大18,000円のキャッシュバック、限定25,000台のEVFキット、といった3つのキャンペーンだ。アクセサリープレゼントはWebから事前エントリーするもので、「今どれだけのお客様がこの商品に注目しているのか周りの皆さんにもわかるように」といった仕組みで設計されていた。現在の予約状況が一目でわかるうえ、申し込んだユーザーがSNSに情報を拡散することで、さらなる購入検討者がキャンペーンサイトを訪れるという流れができあがったそうだ。中でもアクセサリープレゼントについては発売後9日で予定数の先着5,000名に到達。「こんなに早く終わるキャンペーンの設計ではなかったのですが (笑)」と、早々に終了したのも驚きだ。実際の予約数は非公開だが、EOS M2の10倍以上の予約を受注したようで「ミラーレスでここまで予約が殺到したのはこちらとしても驚いています」というほどの大成功を収めた。○購入層は想定通りでデジイチのサブ機として活用EOS M3の購入層については、「デジタル一眼レフカメラを使用していた方が77%で、そのうちEOSユーザーが73%となっています。さらに細かく見ると、EOS 5D系、EOS 6D、EOS 7D系でおよそ半分の47%を占めています (Canon Image Gateway登録者アンケート)」というように、写真を本気の趣味として楽しんでいるユーザーであり、同社の想定通りとなった。ミラーレスカメラの所持率に関しては、EOS Mユーザーが27%、EOS M2ユーザーが13%、他社からの乗り換えが9%、まったく所持していなかった人が51%。半数以上の人が初めてのミラーレスカメラとしてEOS M3を新規に購入したことが伺える。また、今後の使い方の予定を聞いたところ、48%の人がEOS M3を一眼レフカメラのサブ機として使いたいとした。こちらのデータからも、同社の想定通りのユーザーに購入してもらえたことがわかる。購入の決め手については、「EVF対応だから」が1位で46.5%。「こちらが考えていた以上にお客様がEVFを望んでいたというのがわかりました。EVFキットを用意したことで、お客様の背中を押せたと実感しています」とのことで、今回、EOS M3発売の舞台裏を聞いた中で印象的な話だった。以上のように、キヤノンがシェアを取りにきたEOS M3は、西小原氏が何度も口にしていた"本格感"という言葉が非常によく似合うカメラだ。また、その製品のよさを多くの人に伝えるためにさまざまなイベントを展開、「ナンバーワンにするんだ!」という同社の強い意気込みも伝わってきた。デジタル一眼レフユーザーからも支持されて最高のスタートダッシュを切ったEOS M3は、今後もまちがいなく購入者を増やしていくことだろう。
2015年05月12日