2011年春に上演された『鎌塚氏、放り投げる』は、シャープで知的な笑いの波状攻撃に加え、三宅弘城演じる“万能執事・鎌塚アカシ”というニュースターを生み出し、劇作・演出の倉持裕が新境地を開いた記念すべき作品。その第2弾『鎌塚氏、すくい上げる』が今夏上演される。7月下旬の某日、稽古場を訪ねた。M&OPlaysプロデュース「鎌塚氏、すくい上げる」 チケット情報空間を不可思議かつ自在に使いこなすことに定評のある倉持が、今回選んだ舞台は豪華客船だ。完璧なる執事・アカシは主人・由利松公爵より、船上で行われる長男モトキ(田中圭)と花房家公爵令嬢センリ(満島ひかり)の見合いを成功させよとの命を受け、レッドジンジャー号に乗り込む。待ち受けていたのは、政略結婚を嫌うセンリが女中ミカゲ(市川実和子)に無理やり協力させた“作戦”や、打算と恨みで見合いを壊そうとする堂田男爵夫人タヅル(広岡由里子)と執事スミキチ(玉置孝匡)の陰謀、そして船長・丸地(今野浩喜)と船員・烏田(六角精児)のワケありな雰囲気、など不穏なことばかり。出演者8人の個性が、奇抜なキャラクターと溶け合い輝きを放つ。一見自信満々ながら実は非力でひ弱なモトキ坊ちゃんを田中が伸びやかに演じれば、満島が見るからに跳ねっ返りのセンリ嬢を虚実の境目が見えない暴走演技で応える。アカシに憧れるミカゲの切なさ、色っぽさを醸し出す市川も好サポート。前回から続投の広岡&玉置は、さすがの安定感で丁々発止の掛け合いせりふを操り毒のある笑いを振りまく。兄弟に見えなくもない六角と今野の、ぶっきらぼうながら息ピッタリのやりとりが作品に新たな風を吹き込む。そして、なんと言っても三宅演じるアカシが良い。ご主人からの難題を次々にクリアするスーパー執事を、抜群の身体性から繰り出すアクロバティックな演技、マンガかと思うほど変貌する表情、芸人顔負けの勘の良さで、戯曲の笑いを次々に具現化していく。倉持は、そんな魅力的な出演者に感情から動きまで実に繊細な指示を手渡しながら、同時にオモシロぜりふをその場で考えて差し込むという余力を見せ、演出ぶりからは開幕までに作品がさらに進化する可能性大と見て取れた。加えて豪華客船の甲板を模した舞台装置は360度回転し、変わりゆく舞台上の景色が物語を加速させるのだ。『鎌塚氏、放り投げる』にはタイトルに因んだ、ヨーロッパ映画のように小粋なラストシーンが用意されていたが、今回も終幕に小さな「奇跡」が起こる。センスの良い会話の妙に笑い、アクションシーンにハラハラし、誰もが幸福になれるラストに酔う。劇場での上質な時間を、是非味わって欲しい。公演は8月9日(木)から26日(日)まで東京・本多劇場にて上演。その後、名古屋、大阪、島根で公演を行う。取材・文:尾上そら
2012年08月06日2008年、日韓合同公演『焼肉ドラゴン』の作・演出を手がけ、その年の名だたる演劇賞を総なめにした鄭義信。新国立劇場の財産演目として昨年も再演された『焼肉ドラゴン』に続き、鄭義信が再び演出も兼ね、同劇場に新作を書き下ろす。新作のタイトルは『パーマ屋スミレ』。3月5日(月)の初日に向けて奮闘する稽古場を、2月某日、訪ねた。作品は1965年、九州の炭鉱町で暮らす在日コリアンの炭鉱労働者とその家族の物語。ある日、炭鉱事故に巻き込まれ、訴訟を抱え必死に戦いながらも、石油へのエネルギー転換でやがて彼らが置き去りにされる日本の陰の歴史を描く。有明海を望む“アリラン峠”の集落のはずれにある「高山厚生理容所」には、元美容師の高山須美(南果歩)と再婚した張本成勲(松重豊)とその家族が住んでいる。貧しいながらも、須美は明るく騒がしく姉・初美(根岸季衣)や妹・春美(星野園美)らと力を合わせて暮らしていたが、炭鉱の爆発事故で成勲や春美の夫・大杉昌平(森下能幸)が一酸化炭素中毒患者になってしまう。彼女たちは生活を守るため、そして生き抜くために壮絶な戦いを始めて……。この日の稽古は第6場、物語がシリアスな方向に大きく展開する場面だ。餅をつき、須美と初美がリズミカルに丸めて振る舞うというシーンから始まり、本物のつきたての餅もスタッフから用意された。南と根岸が丁々発止のセリフのやりとりをしながらも、口の中にちぎった餅をポンポンと入れていく胸がすくような食べっぷりにそこかしこで笑いが起きる。台本自体が面白いため、演出をつけずに通しただけでも楽しく観られるのだが、ここからが“世界では2番目、アジアでは1番しつこい演出家”を自称する鄭義信の本領発揮。前述のシーンだけでも、餅をつく速度、炭鉱労働者・木下役の朴勝哲が餅をつく長さ、南が話す説明ゼリフの視線の置きどころや、根岸らしいアドリブのセリフの効果的な入れどころ、人の突き飛ばし方や突き飛ばす長さ、足の悪い成勲役の松重への歩き方指導と、細かい指摘は枚挙にいとまがない。自然な芝居の流れと間、そしてリアルな描写に徹底的にこだわり、俳優の無意識の動作をすべて生活に結びついた動作に変え、セリフと動作をしっかりと意味づける。そうした小さな指摘をひとつひとつ直すごとに、“アリラン峠”に暮らす人々の生活がビックリするほどの鮮やかさでより具体的に立ち上ってくるから不思議だ。大変なのはキャスト陣。つきたての餅という消えモノや多くの小道具を操るだけでもてんてこまいなのに、そこに鄭義信の微に入り細を穿つ演出が加わり、さらに芝居が変わる。第6場ほぼ出ずっぱりの南と根岸は、多くなるきっかけに少々頭を混乱させながらも必死に演出に食らいつく。そんな南にスタッフが、もう一度本物の餅を用意したほうがいいかと尋ねると「食べられるものは全部食べます!」とニッコリ。キャストのガッツと、スタッフ、鄭義信への全幅の信頼感がうかがえる瞬間だった。同作品は新国立劇場 小劇場にて、3月5日(月)から25日(日)まで上演。チケットは発売中。
2012年02月23日『パンドラの匣』『乱暴と待機』の冨永昌敬監督初のドキュメンタリー映画『庭にお願い』が来年3月に公開されることが決定し、予告編映像が公開された。『庭にお願い』は、福岡在住のミュージシャン、倉地久美夫を捉えた音楽ドキュメンタリー作品。その独特のパフォーマンスで一部の音楽ファンから熱狂的な支持をうけている倉地の魅力を、貴重なアーカイヴ映像、菊地成孔や岸野雄一らへのインタビュー、倉地、菊地、そして外山明によるライヴシーンを交えて描いていく。公開された予告編では、冒頭から菊地が倉地を「こいつは確実に天才だ」と絶賛し、東京・高円寺にあるレコード店/イベントスペース「円盤」の店主、田口史人氏が倉地を「誰から見ても“変”」と評する場面で幕を開け、倉地のパフォーマンスや、インタビュー映像の一部が収録されている。冨永監督は、相対性理論のミュージックビデオ演出や、デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンのライヴ中継監督など音楽にまつわる活動も多いだけに、映画ファンだけなく音楽ファンも気になる作品となりそうだ。『庭にお願い』2011年3月5日池袋シネマ・ロサにてレイト・ロードショー
2010年12月27日