今回の「やさしいママのひみつ」は、
「暮らしかた冒険家」として幅広く活躍する、クリエイティブディレクターの
伊藤菜衣子さん。北海道札幌市で暮らしながら、各地を飛び回り、広告、編集、映画制作を手がける、3歳の男の子のママです。
伊藤菜衣子さん
息子さん:墾(こん)くん(3歳)
クリエイティブディレクター。暮らしにまつわる常識を作りなおし、伝えるため、広告、編集、映画制作などを手がける「暮らしかた冒険家」として活動。ゲストディレクターの、音楽家・坂本龍一さんによる指名により、札幌国際芸術祭2014にて札幌に引っ越して暮らすプロジェクト「#heysapporo」を発表。以来、札幌にて築30年の自邸を断熱リノベーションしながら、自給自足の暮らしを模索する。冊子『よむ暮らしかた冒険家』の発刊や、映画『別れかた暮らしかた』を監督。
HP:
暮らしかた冒険家 | 21世紀の冒険家
Instagram:
saikocamera
家族が笑顔で暮らすため、試行錯誤の上、ちょっと変わったスタイルを模索中だという伊藤さん。その暮らしかたとは? お話をたっぷりと伺いました。
■大黒柱として働き、家事と育児はパートナーに
早速、伊藤さんの月曜から土曜までの、1日のスケジュールを見てみましょう。
8:30 :墾くん保育園。
9:00 :伊藤さん起床 朝食
10:00 :スタッフが自宅兼事務所にやってくる
12:30 :昼食
17:30 :パートナーが保育園にお迎え
18:30 :墾くんが帰宅
19:00 :スタッフもみんなで夕食。墾くんと遊ぶ
20:30 :お風呂
21:30 :墾くん就寝。仕事
25:00 :伊藤さん就寝
睡眠時間はたっぷり取るという伊藤さん。朝は起きて、息子の墾くんをお見送りするのが理想だといいますが、できないことも多いのだそう。
「紆余曲折あって、わが家は今は、私がメインで働いています。私は夜型人間で、睡眠時間は8時間必要だから、仕事を続けるためにこのサイクルに。自分の睡眠時間を削ると悪循環だし、よく寝た後の仕事の集中力は高いから。その代わり、夕食は一緒に食べるので、仕事は18:30までに切り上げるようにしています」
家事を分担するのではなく、家事と育児はパートナーが担当というスタイルをはじめたのは、今年に入ってからだといいます。
「これまでは二人で、ウェブ制作などの仕事をしてきましたが、同じ時期に忙しいので家が荒れるし、喧嘩になってしまいがちでした。そこで、あまり二人でしなくてもいい仕事を増やそうということになって。私の方が一人でできる仕事が多いから、メインで働いて、彼が家でできる仕事と家事をするようになりました」
「家事をする、または一人でできる仕事をするという2択で、彼は仕事より育児をしたいというのが最優先でした。彼は子どもの頃、お父さんが忙しくて、ほとんど家にも帰ってこなかったらしく、“そんなお父さんにはならない、子育てをしたい”という気持ちがびっくりするくらい強いんです。妊娠したときから、子どもは絶対、僕が育てたいと言っていましたね。
欧米ではこういう役割分担はよくあることみたいですが、日本だと珍しいですよね。でも、子どもに大学に行かせるまで、私はいくら稼がなきゃいけないんだろうと思うと、世のお父さんって本当にすごいなと思います」
墾くんと近くの果樹園で採れた、生のプルーンをパクリ
最初は保育園にも行かせたくないと、
子育ての理想も高かったのだそう。
「それは彼のこだわりでした。でも実際は、子育てってとても大変。産後はびっくりするくらい自分の体調も悪かったし、産休も育休もほぼないまま、とにかく目の前のことをやるので精一杯。それで喧嘩になるという悪循環でした。そんな状況を見た友人から、『保育園に入れて、とりあえずこの家の仕事と二人の状況を立て直しなよ』とアドバイスされたのを機に、保活を始めたんです」
家事はパートナーにまかせてすべて譲り、仕事に専念することにしたのだとか。あえて何もしないのがうまくいく秘訣なのだそう。
「彼は何をするのも初めてなので、洗濯も色移りや縮んでしまったり、びっくりするような失敗をするんです。最初は分担していたのですが、やり方が違うから見てしまうと気になって、『なんでこんなにぐちゃぐちゃになるの?』って、ついお小言が出てしまう。できるだけ目を瞑れる状況にするには、100%家事をお願いしないとだめだと思って、私は立ち入らないことにしました」
■気合いで乗り越えていたことが通用しない「子育て」
ウェブや広告の仕事から幅を広げ、現在は本の編集から映画の監督、トークショーなど大活躍の伊藤さんですが、仕事との関わり方に関して悩みも大きかったと言います。
「私の仕事って、
環境にいいとか、もっと広がれば
きっと社会がよくなるという仕事が多いから、仕事のクオリティが少しでも上がれば、もっと広がっていくと思っていました。クオリティの高さを求めて採算度外視するくらい、仕事が本当に好きだったんです。
でも子どもができると、今まで
気合いで乗り越えていたことも
全く通用しないんだなと思い知らされました。働き方を変えないと、自分が頑張ってもどうにもならないことがある、と思うようになりました」
伊藤さんが編集を手がけた冊子と書籍。一番右は、関わった新刊『これからの暮らしかた』(D&DEPARTMENT PROJECT)
「妊娠、出産の時期って、2年半くらい100%で働ける自分がないんですよね。それが本当に想定外でした。妊娠中はずっと眠いし、つわりもあるし、出産前に仕事を片付けようと思っていたけど追いつかなかった。出産したらきっと仕事ができるだろうと思ったら、眠いし、ちょっと無理をすると体調を崩したり。それでスタッフを雇うことにしたんです。
最初はどうにも慣れないので、自分でするよりも納得感は少ないのですが、世の中的にはなんの問題もなくて、自分が100%でやったものに社会的にどのくらいの価値があったのか、自分の自己満足だったのか、と考えさせられる機会にもなりました」
■地方で暮らしながら、子育てすること
現在、9歳まで住んでいた元実家を
リノベーションして暮らしている伊藤さん。坂本龍一さんがディレクションする
札幌芸術祭に、アーティストとして招集されたことを機に札幌へ移住することになり、会期中は家を改装しながら土日にオープンハウスとして開放していたそう。
もとは黄色かったという外壁は、シックな黒に。断熱材を貼ることで暖かく、燃費も1/3に
「もともとは東京で、カメラマンの仕事をメインにしていました。結婚してすぐに震災があって、熊本に移住しました。熊本では築100年の町屋をセルフリノベーションしながら、3年弱暮らしていましたが、賃貸だったので斜めになった床や、隙間風がすごく入ることまで直せませんでした。
芸術祭が終わってからも札幌に住むことを決めたのは、子どもが生まれて、祖母もまだこちらにいることや、母が手伝いに来てくれやすいというのが大きかったですね」
近くにある畑を借りて5家族でシェアし、2、3日分の必要な野菜だけ収穫するなど、食生活も豊かです。
玄関に積まれた、大量のトウモロコシと玉ねぎ。トウモロコシは生で食べてもおいしいくらい新鮮
「フルーツも安いですね。野菜はほぼ買わず、お肉やきのこだけお店で買っています。幼なじみの農家さんが届けてくれる野菜も、たくさんあります。庭に生ゴミを撒くと、自然と肥料になっていて、じゃがいもなどはすぐにできますね。北海道は寒くなるので、害虫が少なく、無農薬で育てやすいんです。生産者が近いから、子どもはどこにおいしいものがあるか、誰が作った何を食べているかを知っているというのが、面白いなと思います」
また、仕事の対価を貨幣ではなく、物(ぶつ)や技(わざ)で交換する
「物技交換」(ぶつわざこうかん)を実践する伊藤さん。さまざまな人の協力を得て、この
エコハウスを完成させたのだとか。
リビングには薪ストーブがあり、とても暖か
「この家は断熱性能がとても高いのですが、新築戸建と比べると、だいぶお金をかけずに作ることができました。そういうことができたらエコハウスを選ぶ人も増えるんじゃないかな、と思っていて。『どうしたらできるだけ安くできるかを一緒に考えたい』と工務店に相談すると、『今は儲かるかわからないけど、確かにリノベーションのニーズも増える』と思った人たちが一肌脱いでくれたりするんです。
私たちがアイデアと実験場所を提示して、コンペに出すのもOKだし取材対応もする。“手伝ってくれてラッキー” ではなく、関わってくれた人にいいことがあるように、ちゃんと交換して “お互いにメリット” になるように、というのは必ず考えています」