梅雨シーズン特有の肌のべたつきやメイクヨレ。そんな悩みを救ってくれるプチプラコスメブランド「Fujiko」。Under2,000円でどれも優秀なんです!高温、熱気や湿気…梅雨が近づくとベタつきやテカリなど、メイクを完璧に仕上げても悩みがグンと増えてきますよね。痒いところに手が届くコスメブランド「Fujiko」では、梅雨や夏にぴったりのコスメが揃っています。Under2,000円というプライスも魅力のひとつ!梅雨のメイク悩みを救う!プチプラ・Fujikoコスメ出典:byBirthやっと外の気温も心地よいあたたかさになってきたと思ったら、5月後半から30℃以上の気温となる暑い日が続いたり…。取り入れたばかりの春夏メイクも、皮脂や汗によるメイク崩れが気になってしまいます。どよ~んと憂鬱なシーズンの梅雨こそ、快適にキレイをキープしてくれる救世主コスメに頼りましょう。救世主コスメの代表、Fujiko。この投稿をInstagramで見るFujiko<フジコ>さん(@fujiko_brand)がシェアした投稿 – 2018年 5月月16日午前7時35分PDT「プールや海に行っても安心!消えないナチュ眉ティントで、寝起きでも可愛い」と、すっぴん眉なし問題やメイクの時短問題を解決した眉ティントで大人気に!可愛いパッケージやカラーだけでなく、「こんな機能もあったらいいな」「こんなコスメがあったらいいな」という願いをかなえるコスメを次々と生み出しています。メイク崩れが気になる梅雨~夏に取り入れたいFujikoのおすすめコスメをピックアップ!①あぶらとりウォーターパウダー出典:byBirth必須アイテムになりそうな「フジコあぶらとりウォーターパウダー」1,800円(税別)。ギトギト・テカテカ・ヨレヨレ…3大化粧崩れが起きても、このウォーターパウダーをファンデーションの上からポンポンのせると、あぶらを取り除いて毛穴までつるんとカバー。瞬間サラサラ肌にチェンジ!『お直しミストして、ティッシュオフして、ファンデやお粉を重ねて…』という従来のお直しの3ステップを、『パクト1つ、ポンポンはたくだけ』と1つにまとめた神コスメです。その潔さに感動しました。水をベースにしたあぶらとりは新感覚で、つけ心地もひんやり&軽く気持ちいい!出典:byBirth崩れたメイクにのせるだけで、要らない皮脂や汗を吸収。その代わりに美肌効果も高いビタミンCやヒアルロン酸、紫外線カットに椿エキスなど、5種類の美容成分を与え肌内部もしっかりケア。肌表面は厚塗り感や、べちゃっと感もなく瞬時にサラサラ!!あぶらとり、肌の保湿、化粧直し、毛穴ケアの4ステップ完了を叶えます。実際のパクトはやや大きめで、あぶらとりウォーターがパクトからこぼれないように、平らな状態で持ち運ぶなど注意は必要ですが、いい仕事をしてくれます。野外フェスやライブ会場など、人の熱気で皮脂や汗が出やすいところに行く際も必須アイテムになりそうです。また、化粧直しだけでなくベースメイクの仕上げにも使用できるので、テカリやすい額や小鼻などに仕込むと通勤後もキレイをキープ。ファンデの上から使用するものなので、付属のパフはこまめに洗浄して清潔にしておきましょう。②シェイクシャドウこの投稿をInstagramで見るFujiko<フジコ>さん(@fujiko_brand)がシェアした投稿 – 2019年 2月月15日午前12時37分PST油分を使わず、水とパウダー2層をシェイクして使う新感覚アイシャドウ。全5色、各1,280円(税別)。「皮脂や汗でアイシャドウが二重の溝に溜まって汚くなっちゃう…」というアイメイクの悩みを解決したアイシャドウで、油分がゼロなのでヨレ知らずなんです。光の粒を集めたサラサラパウダーと水をシェイクすると、リキッドアイシャドウに変化。サラサラの液状(液だれ注意)をチップにとり、まぶたにのせて指で伸ばすと瞬時にピターーーっと超密着!!さらに指で軽くこすると、ラメの美しい輝きに磨きがかかります。この変化がとても楽しい…!密着感が強く汗をかいてもヨレにくい、ラメ飛びもせず上品な輝きを長時間キープ。透けるような発色でナチュラルかつ色気のある目元に。また、1度塗り、2度塗りで発色の加減も変わるので、1色で印象を変えることもできます◎。カラーは全5色。レッド、オレンジ、ピンク、シャンパンゴールド、よりラメ感の強いブラウンとバリエーションも豊富で、いずれも肌なじみのいいブラウンベースなので、チークやリップのカラーも選びません。私の推しカラーは、【01 エモーショナルレッド】。出典:byBirth女っぽさ、色気を感じるレッドブラウン。モデルの田中マヤさんもInstagramでお気に入りと紹介されていました。赤系のアイシャドウですが、「ヤンデレ系メイク」にならない上品なカラーで、ぜひ大人の女性に取り入れていただきたいです。このエモーショナルレッドは、細かなピンクラメも入っているのですが、そのピンクラメも非常に美しくさりげない艶・煌めきを目元で放ってくれます。激押しカラーです。皮脂崩れ・汗落ちでアイシャドウ塗るのが億劫になりそうなときは、このフジコシェイクシャドウに頼ってみましょう!梅雨、夏のメイクの新定番!Fujikoコスメ梅雨に入ると、気持ちもどんよりしてしまいがちですが、こんなに面白く機能的なコスメがあるならもう安心!プチプラですが、仕事を頑張っている女性向けのコスメであるので、発色やモチ、艶や輝き方などとても上品でオフィスメイクにもピッタリです。Fujikoは一体、次にどんな商品を発売するのかも楽しみですね。
2019年06月06日ピアニストのフジコ・ヘミングの14歳の頃が詰まった一冊、『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』。まるで映画だというその内容とは。フジコ・ヘミングという遅咲きのピアニストのことを私たちはどのくらい知っているだろう。デビューCD『奇跡のカンパネラ』がクラシック界では異例の200万枚の大ヒット。現在もコンサートチケットは即完売と絶大な人気を誇る一方で、個性的なファッションや動物愛護家としての顔にも注目が集まる。80代にしてなお刺激的な存在なのである。現在公開中のドキュメンタリー映画『フジコ・ヘミングの時間』で2年にわたりツアーやプライベートを追いかけた小松莊一良監督は、撮影中にとある衝撃的な出会いをした。その人は14歳のフジコさん。本書の書き手である。本人から手渡されたのは、終戦から1年後の夏に母、弟と親戚の家に身を寄せる日々を描いた絵日記。一目見たときから、たちまち引き込まれたそう。お手伝いやピアノの練習に明け暮れる毎日、ささやかにおしゃれを楽しむ一方で飢えや弟への気遣い、反発しながらも母を慕う心も綴られる。そして祖母の死。「まるで1946年の時代を描いた少女の青春映画のよう」。映画の重要なキーになると直感した。「当時の空気感や気分が蘇って、フジコさんの全てがここにある、今も変わらず14歳のままなんだと」。絵日記の中の少女に恋したようだったと笑う小松監督。撮影が進むにつれ、ボロボロのわら半紙に描かれた日記を本にしたいという思いが強くなっていったのだとか。「ある評論家の方の言葉ですが、フジコさんのコンサートで多くの人が涙するのは『魔法をかけて少年少女の心に戻してくれるから』と。イノセントに立ち返らせてくれる音楽の力がある。そのフジコさんの夢見る力、現実を超えていく力、人生を貫く美意識が詰まったのがこの本だと思います」。全編カラーの美しい装丁。映画とともに味わえば物語の豊かさが増す。映画の先に、それとも後に。さてどちらを選ぶ?フジコ・ヘミングスウェーデン人の父、日本人の母の間に生まれる。聴力を失う不遇の時代を経て1999年、60代でデビュー。世界各地でコンサートを行う。『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』終戦間もない頃を描いた少女時代の絵日記が半世紀以上を経て美しい装丁で蘇った。企画は小松莊一良監督。MVや安室奈美恵のライブDVDなどを監督。一貫して音楽、ダンスを主題とした作品作りにこだわる中でフジコさんと出会う。暮しの手帖社2315円※『anan』2018年8月29日号より。写真・小川朋央インタビュー、文・松本あかね
2018年08月25日こんにちは、アートディレクターの諸戸佑美です。読者の皆さんは、音楽や芸術好きの方々も多いと思うのですが、最近どんな音楽を良く聴かれていますか?【シネマの時間】第31回は、世界を魅了する魂のピアニスト フジコ・ヘミングのドキュメンタリー映画『フジコ・ヘミングの時間』をご紹介させていただきます。苦難を乗り越え、60代に一夜にして世界に見出された遅咲きのシンデレラ、フジコ・ヘミング!80代になった今でも日本、ヨーロッパ、北米南米など世界中で年間約60本の演奏活動を続け、チケットは即完売、新たなオファーも絶えない奇跡のピアニストです。本作は、映画はもとより数多くの音楽映像やドキュメント作品、コンサートの総合演出なども手掛ける小松荘一良監督が、企画から立ち上げ、パリ・NY・LA・ブエノスアイレス・ベルリン・東京・京都といった世界を巡るフジコを2年間に渡って撮影したドキュメンタリー映画。情感溢れるダイナミックな演奏シーンとともに、お気に入りのアンティークに囲まれたパリや東京などのご自宅で、愛する動物たちとともに暮らす姿、知られざる家族・恋についてなど、本作でしか見られないフジコ・ヘミングの素顔が解き明かされています。多くの人々を魅了してやまないフジコの音楽は、どんな人生・ライフスタイルから生まれてくるのでしょうか?今回、小松荘一良監督に制作秘話など貴重なお話をたっぷりと伺っています。どうぞお楽しみいただければ幸いです!■映画『フジコ・ヘミングの時間』小松荘一良監督特別インタビュー!ーー本日はどうぞよろしくお願いいたします。私もフジコ・ヘミングさんのことが好きなのですが鑑賞させていただき素晴らしい作品だと思いました。まずはフジコさんと小松監督の出会いからお聞かせください。ありがとうございます。出会いは、2013年の春にあるTVのドキュメンタリーの企画がありまして、その時初めて出会いました。僕は、ロックやポップスやダンスが多くクラシックはあまり知らなかったのですが、1999年のフジコさんの一番最初のドキュメンタリーを見てたんですね。すごく良い作品だったし、いろいろ調べるうちにこの人でやってみようと思いました。一番最初にはじめましてとコンサート会場に会いに行ったときに、向こうから演奏が終わってスタッフに囲まれて廊下を歩いて来られて、僕が挨拶をしたら、ふっと目をそらしてはにかんだんですよ(笑)。ーー初対面ですしね。恥ずかしかったのかもしれませんね。はい。初対面ですし、モジモジとされて少女みたいでした。本当に可愛らしい人だなと思って。初めましてということでケーキを持って行ったんですけどそのお礼もちゃんとしてくれたりして。それからは基本的にずっと1対1のやりとりをさせていただいています。ーー最初に企画を立ててアポイントを取って、はじめましてという感じですか?はい、もちろん。イベンターやコンサート主催者に電話をかけて、こういう状況でとお話しをして。じゃあ後はご本人とお会いして直接決めてくださいと言われて、はじめましてと、そこからなんですよ。ーーすごいですね。ちょっとウマが合ったのかもしれないし、色々な話を伺って面白いと思ったんですが、そのドキュメンタリーがどうしても地上波だから、結局今までのフジコさんのドキュメンタリーと同じような艱難辛苦話の焼き直しを求められたんですね。僕が取材をしていたときは、もっと違うところがあってチャーミングさもあったりして。注目を浴びた頃の姿ではなく、もっと今の姿を描きたかったんです。でもお陰で良い関係性ができたのでいつかまたできたらいいな、ちゃんとしたものが作れたらいいなと、年に何回か一緒にお茶を飲んでお話を聞いたりしていたときに、南米にもツアーに行くということを聞いたんです。僕は、フジコさんの国内ツアーしか見たことがないので、海外ではどういう生活をしてるんだろうか、どういう人たちと関わってるんだろうか、何を食べているんだろうかとかすごく興味が湧いて、そこを改めて撮りたいなと思った。まずは、知り合いのTV局に企画を持って行ったりして、だんだんとやっていくうちにやっぱり映画でということになったんです。ーーTVは様々な制約がありそうです。はい。もっと自由にしたいというところがあった。その当時のフジコさんに密着して、その時代を伝えたいという思いもありました。現在こうなんですよと。1999年のあの貧しい時から一夜にしてシンデレラになったというところは、みんなファンの方はすでにものすごく詳しいじゃないですか。でもそれから20年近く経ってるんですよ。フジコさんは、現在アーティストとしてすごく活動的になっているのでそのあたりを見せたいし、カッコイイし、少女の部分もある、すごく毒舌なところもあるし、気位が高いし、ずっこけたりとその辺がね、面白いの。それにとてもTVも見てるので世情に詳しいんですよ。ーーなるほど。そんな思いがあって映画で作ることになったわけですね。今回、映画には、世界中で演奏するフジコさんの姿やパリや東京やロサンゼルスやベルリンなどの素敵なご自宅やライフスタイルが観れたことが感激でした。フジコさんは、日々の暮らしやライフスタイルをとても大切にされていて、しかもピアニストとしてとてもストイックですね。そうですよね。あのストイックさは、おそらくお母さんの影響で。すごく厳しかったらしいので、そうしないとピアノを上手くなれないよ、みたいなことを少女時代に躾けられて、それを未だにずっと守ってるように僕は思えています。家に関してももちろん皆さん、家が綺麗で憧れると思うのですが、あれはフジコさんが自分で作った世界観のような気がしています。東京のご自宅も友人たちが来て「海外にいるようだわ」と言われるのをすごく嬉しそうにしてらっしゃって。少女時代から構築してきた夢があって、パリの家はこうしよう、どこどこではこうしようと常にイメージしているのかと想像します。家族の写真などすべて共通するものも置いてたりして、お洒落を超えたものがあって、アンティークやノスタルジックなものがすごく好きで、それは、自分の家族に対してヒストリーに対して愛情を持ってるんだろうなと思います。ーー出ていってしまったお父様に対しても愛情深く大切に思っていて、表現者でデザイナーのお父様にリスペクトしている関係性を小松監督がとても優しい目線で捉えていて、フジコさんも素敵なんですが小松監督がじっくりと人間関係を構築してすごくあたたかい映像になっているのにとてもグッときました。ありがとうございます。フジコさんはとても人見知りがある方だし、僕が撮る以上は優しくしようと思うんですけど、愛おしいですよね。最初はお父さんとのこともわからなかったんですがだんだんわかってくるわけですよ。壁に貼られた写真も最初は飾りかなと思っていたんですが1個1個にストーリーがあって、聞いていくうちになるほどなと思って。何十年も前のことをすごく覚えていたりとかするんです。文句を言いながらも置いてたりとかして。その身体の中の時を超えたヒストリーみたいなのを感じるなと思ったのでそこをシーンにしているんです。ーー14歳の頃に描かれた絵日記も素晴らしいですね。よく残してらっしゃったなと思って。すごく上手で、今回『暮しの手帖』にも掲載されたりと。ね、絵日記もすごいですよね。あれもあの『暮しの手帖』の出版社(朝ドラ『とと姉ちゃん』のモデルになった出版社)で、絵日記をまとめたものを作りたくて、がんばって動いてようやく実現しました。あれはきちんとした形で出したかったんです。絵日記を見つけた時にこの映画のテーマが変わりました。オーソドックスなものでなくて時を超えれるなと思って。フジコさんの歴史をただ言葉で聞くんじゃなくて、14歳の絵日記の中に全てのフジコさんが入っている。1946年の過去と2018年の現在が繋がったというか、僕は今、80代のフジコさんと話しているけど、14歳のフジコさんに見えるときもあるわけなんです。ーーご自分でも今でも16歳の気分だと仰る場面があって。あの繋がりが見えた瞬間に、わあ、すごくロマンチックだなぁと、そしてそれを感じさせる力が音楽だったりするじゃないですか。僕は、フジコさんの「月の光」という曲が特に好きなんですが、あの曲が時代を超えて行く感じがしました。ドビュッシーの「月の光」という曲は、フランスの詩人・ヴェルレーヌの幻想的な詩から作られたそうなのですが、フジコさんてそんな幻想的な感じがするなと思ってて。ーーそうですね。魔法が使えるような気がします。そうそうそう。だから特にフランスのパリで演奏するシーンはちょっとそういう感じに作ってみたんです。あんまりドキュメンタリーではやらない手法なんでしょうけど。僕はそういうのが好きであえて入れてみました。ーー幻想的でファンタジックで。パリもそうだしベルリンもそうだし、京都のお宅も宮大工の方が造った素敵な家で、あの空間自体がすごくドラマティックで絵になっているように感じました。おとぎ話のような世界を自分で構築してる気がして。フジコさんは、パリも似合うんですが京都も似合うんです。ーー本当にお似合いですよね。また、東京のご自宅もより一層良く見えて、フジコさんの側にいる動物たちも犬も猫もみんな穏やかな顔をしていて幸せそうです。本当に童話の中の主人公みたいです。おとぎ話の人のドキュメンタリーと思ったらいいのかな。フジコさんは、可愛らしくてチャーミングでそれでいて豪快で、ストイックだし孤高、人を嫌いと言いながらも人がすごく好きで、それ以上に動物たちが好きなんだろうなと思います。それとすごいのは、いくつになっても明日を夢見てる、来年を夢見てるのはパワフルですよね。ーーそうですね。映画の中のフジコさんの話す言葉一つひとつにも名言がいっぱいあって、観ながらメモをとったりしました。80代で年間60公演、世界中を演奏して回って、本当に素晴らしいと思います。そうなんですよ。素晴らしいバイタリティーです。特に日本では、年を重ねていくとこうでなければならないという風潮があるじゃないですか、それに囚われてないからそれが魅力なんだと思います。僕たちもそういうところを見てちょっと刺激を受けたりしたいなと思います。ーーそうですね。監督は、どういった部分で一番影響を受けましたか?やっぱり、やりたいことは、やりたい時にやっていくことなんだろうなと思うし、日本人てどうしても横並びで人に合わせていくんだけど、フジコさんはそういう風潮に背を向けて生きている。子どもの頃は、時代背景もあるんですけれど外国人だからとイジメにもあったりした。でも今ではそういうことを乗り越えて、自分を大切に自分の好きなように生きていきたいということを通してるじゃないですか。そうするともちろんいろんな辛いこともあるんでしょうけれど、年齢に関係なく自分の人生を自分らしく生き生きとして生きていけると思います。特に高齢化社会になってる中で、私はもう60、70代だから地味な服を着て年齢を考えてこうしようではなくてね。ーー服装もお洒落を楽しんでらっしゃって素敵ですよね。フジコさん自体が絵になっているように感じます。そうそう。だから皆さんもそうなるといいなと思う。お洒落は若者だけの特権じゃないことを、フジコさんから学びたいですよね。ーー恋に関しても子どものことに関しても映画の中でお話をされていて素敵だなと思いました。「今、恋してるの」「2年ぐらいいい感じであればいいんじゃない」と仰って。はい。素敵ですよね。いくつになっても素敵だなと思った人に恋するのは自然なことなんだと。あと、僕は映画では言わなかったんですけど、フジコさんが好きになる人というのは、お父さんの面影がある方たちのように思いました。ーーそうなんですか。お父さま、カッコイイですよね。2枚目でね。そうなんですよ(笑)。ーーお母さんも美人で。そうそう。なんか、そういった何かを追い求めてるんだろうなと勝手に空想したりするんです。ーー小さい時に別れてしまっているので面影を追うところがあるのかもしれませんね。そうですね。そこらへんが興味深いと思うのと、やっぱり恋はしていきたいですよね。ーーはい。あんな言葉がサラッと言えちゃうのが大人だなと思いました。あれくらい軽やかに人生を楽しんで、フジコさんの言葉だと思うと深みがあります。最近、恋愛するのが難しいという人たちもいるので。恋をしたいというのは、いろんな人たちが言ってると思うんだけど、年齢を重ねると、いろんな雑音が入ってくるじゃないですか。そこにパッと切れるくらいの言葉で「2年ぐらい楽しければいいじゃない、片思いでもワクワクすればいいじゃない」と言うのは僕はすごく素敵なことだと思いました。子どもの話はね、あそこまで話してくれるとは思ってなかったので驚きました。ーー女の人がそこまで心の内を話すのは、信頼関係があるから話せたんですね。とても切なかったですね。全ての夢を叶えているようでいて基本的な家族を作らなかったし、悲しくなったり寂しく思ったりすることもあるけれど、クヨクヨしないんだなと思って。様々な哀しみを乗り越えてる強さや優しさがある。あの場面は多くの人に救いのある場面だと思いました。1930年代から生きてる人って、世の中が変わってるときでもあり、かなり波乱万丈じゃないですか。特にハーフの人にとっては、外国人排斥からアメリカ寄りの外国人が優遇される時代になっていくし、貧乏な日本だったのがだんだん豊かになってきて、いろんなことをいろんな風に経験してるから、人間的な大きさを感じます。ーーそうなんですよね。ちょっともう想像できないようなことを明るく。劇中フジコさんが「楽しいことばっかりあって悲しいことがないのはちょっとどうかと思うの。センチメンタルなのもいいじゃない」という場面が好きです。ね、そういったことが演奏の音色になっているのかなと思ったりするんですよ。ーー本当ですね。生き様ですか。それがラ・カンパネラでも「生き様が、演奏に現れるのよ。誰にも負けないわ」みたいな場面もあって。はい。それは自分も体感したことがあって1999年フジコさんが60代に一番売れたCDがあるのですが、最近のCDと聴き比べてみると前の方がテンポも早いしタッチも強い感じなんですけど今の方が味わい深く心に染みる感じがあります。ーー是非、多くの人に聴いてもらいたいですね。映画では、昨年の12月のオペラシティでの演奏も納まってるんですよね。はい。入ってる音は、基本的には近年の音で1999年の最初の頃の演奏とは違う、今のフジコさんが入っています。ーーそれが見どころ聴きどころでもありますよね。小松監督だからこその選曲で。そうですね。フジコさんが仰っているんですが「モーツァルトやドビュッシーを知らない人達が聴いても良い音楽だと思ってもらえるように私は弾きたいの」と、僕もそう思っていて「月の光」だったり「ラ・カンパネラ」だったり感動した曲を集めました。クラシックが苦手な人もちょっと聴いてこの曲いいじゃんって思ってもらえるように。ーーそうですね。全然知らない方にも聴いてほしいと思うし、この映画を観てほしいと思います。この空気の中に漂っていてくれるといいなと思います。静かで大きな事件は起こらない映画なんですけど。ーーいえいえ、充分、ドラマチックなフジコさんの人生を知ることのできる映画だと。引きで見るとドラマチックなんですが、近くで寄って見ると別に話しているだけで大きな事件が起こるわけじゃないですか。通常だと事件を起こすんですよ。ドキュメンタリーの1つの手管として演出側としても用意したりするんです。誰かと誰かを合わせたりしたりしていくことが、よくある商業ドキュメンタリーのやり方なんですけども、今回はあえてそれを絶対しなかった。だから友達に会いに行ったり友達が来たりするシーンは、あれは全て自然なんですよ。ーーあれ、自然なんですか。はい。呼んでません。ーーたまたまなんですか、画家のお友達も……。すごいですね。リアルに本当のことだったし、ベルリンに行くって言うのも本人が決めたんです。ーーそうだったんですか。ライフスタイルの素敵さだとか、パリや日本などにあるどの家もこだわりがあってとても素敵で憧れます。それは、きっと家もフジコさんの作品なんだろうなと思います。自分が呼吸し、生きて、座る場所というのは、ホテルだと味気ないからと海外でも演奏のために家を買ってるんです。家は、インテリアの一つひとつをとっても自分の美的センスのあったもの、自分が居心地良くなるものを置いている。あの空気感の中で佇んでるのがやっぱり空想できるし、ご本人がとても好きなんでしょうね。ーーさすがプロフェッショナルな芸術家ですね。何を誰と食べるかからインテリア、調度品、ファッション、歩いてる姿、側にいる猫も犬も可愛いし、全てが絵になります。本当にすごいなと思うのが耳が聞こえなくなった時点で落ち込んでダメになったとしてもおかしくないのに、変わらずきちんと毎日ピアノの練習をして、毎年演奏会をやって、コツコツと、そうすることでどこかでちゃんと見てくれてる人がいた。それで60代でフジコブームになった。精神力の強さに驚かされます。そうですね。絶対的な自信なんでしょうね。たとえこの世で見出されなくても、毎日4時間の練習をして努力をしていれば、天国では必ず出番があると信じていた。ーーすごいですよね。撮影は2年間どのようにされたんですか?365日一緒にいたわけじゃないんですが、基本的に何かあるときはずっと一緒にいました。ーースタッフについてお聞かせください。フジコさんが好きだとか、フジコさんのファンだとか、自分の親がフジコさんのコンサートを聴きに行っていてチラシが毎年来てるとか。いつも仕事をしている人たちに声をかけてみたらたまたま色んな縁があって不思議でした。日活の中でも担当プロデューサーもフジコさんについて詳しい人だったり、宣伝部もフジコファンが多いんです。お産のときに聴いていたなんて人もいて(笑)。日活チームみんなちょっと詳しいんですよ。ーーとても強力であたたかいチームですね。そうなんです。フジコさんの魅力を改めて語らなくても良かったのが一番楽でした。ーーそうですね。最初からツーカーでわかってもらえる。はい。最初のスタートは本当に小さなものだったんですけども、やっぱりフジコさんの魅力だったり、何かしら縁があってたくさんの人たちが集まってきて、結果的に今のような映画になったんです。ーー小松監督の力もありますね。いえいえ(笑)。それが多分映画の醍醐味だと思うんですよ。どの時代のどの作品も何か作りたいという衝動のようなものがあって、その被写体、モチーフが正しければ人たちは集まってくるし、映画は大変なことばかりで基本的には辛いことが多いんですが、それを超えた後に、こうやってこういうものができたりすると(パンフレットを手に取って見せて)、嬉しいと思ったりするし。ちょっと不思議な縁の連鎖に恵まれました。宣伝のところで協力していただけた黒柳徹子さんやミュージシャンの方たち、テレビ番組で取り上げていただいたディレクターさんが、実は小学校の時にフジコさんのコンサートに連れていってもらったことがあると嬉しそうに話してくれたりとか。フジコさんのことが好きだったりする人たちが集まってくれて、静かな映画なんですけどちょっと大きなスポットを当てていただいてるなと思っています。ーーすごく嬉しいですね。それでは最後の質問なんですが、改めて小松監督から見たたくさんの人たちを惹きつけるフジコさんの魅力とは?フジコさんの魅力は、世界を股にかけるピアニストでありながら、永遠の少女の感性を持っているところだと思います。老いていく部分に対してものすごく喧嘩を売っているところもカッコイイですね。ーー気持ちは16歳だと仰ってましたね。はい。いくつになっても純粋な心を持って世間を見ているというか、綺麗な心を持って目の前のことを見ている感じが、なかなかできることではないんだろうなと思うんです。ーー本当に素晴らしいですね。映画のご成功をお祈りしております。本日は貴重なお話をありがとうございました。■フジコ・ヘミング&小松荘一良監督の経歴フジコ・ヘミング(本名/ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ)プロフィール東京音楽学校(現・東京芸術大学)出身のピアニスト、大月投網子とロシア系スェーデン人画家/建築家ジョスタ・ゲオルギー・ヘミングを両親としてベルリンに生まれる。(年齢非公表)。5歳の時、帰国。以来母の手ひとつで東京に育ち、5歳から母、投網子の手ほどきでピアノを始める。また10歳から、ロシア生まれドイツ系ピアニスト、レオニード・クロイツアー氏にも師事。クロイツアー氏は、「フジコはいまに世界中の人々を感激させるピアニストになるだろう」と絶賛した。青山学院高等部在学中、17歳でデビュー・コンサートを果たす。また、東京芸大在学中には、NHK毎日コンクール入賞、文化放送音楽賞など多数受賞。その後28歳でドイツへ留学。ベルリン音楽学校を優秀な成績で卒業。その後長年にわたりヨーロッパに在住し、演奏家としてのキャリアを積む。その間、ウィーンでは後見人でもあったパウル・バドゥーラ=スコダに師事。今世紀最大の作曲家・指揮者の一人と言われる、ブルーノ・マデルナにウィーンで才能を認められ、彼のソリストとして契約するなどレナード・バーンスタインほか世界的音楽家からの支持を獲る。しかし「一流の証」となるはずのリサイタル直前に風邪をこじらせ、聴力を失うというアクシデントに見舞われる。失意の中、ストックホルムに移住。耳の治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を取得し、以後はピアノ教師をしながら、欧州各地でコンサート活動を続ける。1999年リサイタルとNHKのドキュメント番組 ETV特集『フジコ~あるピアニストの軌跡~』が大反響を呼び、デビューCD「奇蹟のカンパネラ」をリリース。クラシック界異例の大ヒットを記録した。日本ゴールドディスク大賞のクラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを4回受賞。モスクワ・フィル、ロイヤル・フィルなど世界各地の著名オーケストラと共演。彼女と共演した際、世界的チェリスト ミッシャ・マイスキーは「あなたの芸術を賞賛します」と形容している。その他共演した多くのアーティストたちから絶賛されている。現在、ヨーロッパをはじめ、北米、南米、ロシアなど世界中からリサイタルのオファーが絶えない。年間約60本近くの公演活動で多忙を極める中、猫や犬をはじめ動物愛護への関心も深く、長年チャリティー活動も続けている。小松莊一良(こまつそういちろう) プロフィール映画監督・演出家。1964年、米LA生まれ。広島県呉市で育つ。高校時代より自主映画製作を始め、第4回ふくおか映画祭 作品賞・脚本賞受賞。大阪芸術大学映像学科入学後、さらに自主映画製作で注目され、第一回集英社ヤングジャンプ・ビデオフェスティバルなど国内外のコンテストでグランプリを受賞。27歳の時、異色の音楽ダンス映画『ハートブレイカー 弾丸より愛を込めて』で商業映画デビュー。ドラマの他にも、ミュージックビデオやライブ作品などの音楽映像も数多く、吉川晃司、藤あや子、VAMPS、湘南乃風、東京スカパラダイスオーケストラ、ケイティー・ペリー、コンパイ・セグンド(ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ)、WOWOW『氣志團万博』などを手がける。ドキュメンタリー作品でも一貫して音楽やダンスをモチーフにこだわり、ストリートダンサーの生態をリアルに描いた長編ドキュメント『∞~MUGEN』(05)などがある。2018年初夏、企画から立ち上げた劇場映画『フジコ・ヘミングの時間』が公開。■映画『フジコ・ヘミングの時間』作品紹介6月16日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー公式ホームページ:fuzjko-movie.com監督・企画・構成・撮影・編集:小松荘一良出演:フジコ・ヘミング、大月ウルフ音楽:フジコ・ヘミングナレーション:三浦透子エグゼクティブ・プロデューサー;新井重人企画プロデュース:千葉広二プロデューサー:小室直子撮影監督:青木正サウンドトラック・プロデューサー:西尾勇哉ミキシング・エンジニア:坂元達也ライン・プロデューサー;佐藤裕武、小松上花宣伝プロデューサー:宮嵜永子製作プロダクション:祭製作:日活、ユニバーサルミュージック、祭り、スピントーキョー、読売新聞社助成:文化庁文化芸術振興費補助金制作年:2018年制作国:日本上映時間: 115分/カラー配給・宣伝:日活©2018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ【シネマの時間】アートディレクション・編集・絵・文=諸戸佑美©︎YUMIMOROTO
2018年06月19日2016年6月に発売されるや、インスタグラムやツイッターなどSNSで話題となり、一気に今年の大ヒット商品になった「フジコ眉ティント」(株式会社かならぼ)。3秒に1本という売れ行きで、日経TRENDYが発表した「2016年ヒット商品ベスト30」の27位にもランクインしています。売上本数40万突破を記念し、11月3日(木)には、アインズ&トルペ原宿クエスト店(東京・原宿)にてメイクレッスン会を開催。雑誌『MAQUIA』(集英社)をはじめ、人気女性ファッション誌で活躍する美容エディター・鵜飼香子さんを講師に招き、消えない「ナチュ眉」づくりを伝授してもらいました。眉ティントで、1週間キープできる「ナチュラル眉」に「ティント」は肌の角質層に色を染み込ませる、韓国メイクでは人気の手法。日本にもリップティントはありましたが、国内発の眉ティントは「フジコ眉ティント」が初めてです。染めるといっても、好きな形に「フジコ眉ティント」を塗って、乾いたらはがすだけでとても簡単。一度肌に染めると、3日から1週間ほどもつため、仕事や家事、育児で忙しい朝に眉メイクをしなくてもいいという優れものです。自然な赤みが出て、顔が明るい印象になるモカブラウン(右)と、どんな肌にもなじむ、ナチュラル眉のショコラブラウン(左)イモトアヤコさん風眉から、やわらかく自然な色味に染まっていく!?ではさっそく、鵜飼香子さんの実践レッスンから使い方を教わりましょう。1、まず、肌に色素が染み込みやすいように、眉まわりの皮脂をティッシュで軽くとります。眉用のスクリューブラシを持っている方は、眉毛を軽くそろえましょう。前髪はピンなどで止め、顔に髪がかからないようにしましょう。2、次に、眉頭をちょっと外し、「フジコ眉ティント」をつけていきます。眉頭からつけると、力強い眉になるので、やさしくナチュラルな眉を作りたい人は外すのがオススメです。「2016年の眉はストレートな形がトレンドでしたが、2017年のトレンドは、少し丸みを帯びた眉。山になっている、眉の一番上の部分を少し描くと、大人っぽく上品なイメージになります。さらに、眉の下部分を少し太めに描き、眉と目の間を狭くすると、顔に立体感が生まれ、外国人のような掘りの深い顔になりますよ」(鵜飼さん)間違えてつけてしまった部分は、綿棒を使って取れば問題ありません。ドロッとした固めの質感なので、液垂れすることもなく安心です。3、付け終えたら、乾くまで5分~10分放置。1週間もたせたい人は、2時間以上置きましょう。「タレントのイモトアヤコさんのような眉になり、鏡で見るとつい笑ってしまいますよね。インスタグラムで、“イモト眉”として写真をアップするユーザーも多く、それも人気に火がついた理由だったとか。私も今朝ティントしてきたのですが、家族に笑われながら朝ごはんを食べて、平和な食卓になりました(笑)」(鵜飼さん)4、乾いたら、シールをはがすようにめくり、ナチュラル眉の完成!眉毛が引っ張られることはなく、するっととれます。「着色の成分は、砂糖大根から取った自然由来の成分なので、肌に直接つけても安心です。完成してから『こんな形のつもりじゃなかった。失敗しちゃった!』と思ったら、ポイントメイクリムーバーを使えば簡単にオフできます」(鵜飼さん)完成したナチュラル眉は、右がモカブラウンで左がショコラブラウン。モカブラウンに、ほんのり赤みが入っているのがわかりますよね。「どちらも自然な色なので、ショコラブラウンに染めたあとに、モカブラウンを重ねて染めるという裏ワザもオススメ。自然な赤みがにじみ出て、顔に華やかさが出ます。フジコ眉ティントに加えて、眉用パウダーや眉マスカラを上向きにつけると、より立体的な顔になりますよ」(鵜飼さん)体験を終えたモデルさんも「色素を染み込ませると聞いて、肌に刺激がありそう…と思っていたのですが、まったくなくてびっくり!」と話します。「はがすときの違和感もなく、肌にやさしい商品だなと思いました。柔らかな色合いも好きですし、一度の眉ティントで毎朝の眉メイクをしなくてよくなるなんて、本当に助かります」2016年ももう終盤。12月には忘年会やクリスマス、冬休みとイベントが続きます。友達や恋人と温泉に行ってもお泊まりしても、フジコ眉ティントを使っていればいつでも「ナチュ眉」に。これからの眉は、ティントする。そんな新習慣をぜひ試してみてください。【参考】※フジコ眉ティント
2016年11月07日サワダアートプランニングは、2015年5月21日(木)に大阪府大阪市のザ・シンフォニーホールにて『フジコ・ヘミング&マキシム・ヴェンゲーロフ コンサート』を開催します。本コンサートでは、日本とヨーロッパを股にかけ活躍し続けている“魂を奏でるピアニスト”、フジコ・ヘミング氏と、世界一の実力を持つと言われている“キング オブ ヴァイオリン”、マキシム・ヴェンゲーロフ氏の、音楽界の2人の巨匠の初共演が実現。今回は、多忙を極めるフジコ・ヘミング氏に貴重なお時間を割いていただき、初共演に関するインタビューにお答えいただきました。――マキシム・ヴェンゲーロフ氏と初共演することになった経緯を教えていただけますか。フジコ・ヘミング(以下フジコ、敬称略):「彼と共演する話は実は何度もあったのだけど、彼が腕を痛めて、なかなか実現しなかったのね。それで、あれは2009年頃だったと思うけど、彼が日本へ来たときに2回ぐらい、初めて一緒に食事をしたの。彼は私のCDを聴いてきたのか、食事の席で私のピアノをお世辞を並べて持ち上げるわけ(笑)。それで私は、一度は彼と一緒にやってみたいと思ったわけだけど、芸術家の中には悪いヤツもいっぱいいるから、今は用心して練習してる段階ね(笑)」――ヴェンゲーロフ氏の人柄がまだわかっていないから、用心していると(笑)。フジコ:「芸術そのものが、人を惑わすものじゃない? だから一流と呼ばれる人の中には、ちゃらんぽらんなイカサマ師がゴソゴソいるわけ(笑)。実際に私は今までそういう人に、何人も会ってきていますからね。ただ、一緒に演奏したらどんな人かわかるでしょうけど。本番までに2回しか会って合わせる時間がないんだけれど、デュオはお互いに譜面を見ながら弾くし、事前にCDを聴いておけばクリアーできる問題なのよ」――5月の本大阪公演を含め、フジコさんはおいくつになられても精力的に活動していますよね。健康の秘訣は何なのでしょうか。フジコ:「よく聞かれるわ(笑)。私、普段は質素な食事を好んでしているの。じゃがいもとワカメが入ったお味噌汁を食べただけでお腹がいっぱいになっちゃうこともあるし、お茶漬けとお漬物ですませることもあるのね。お肉もお魚も、まったく食べない。それでも病気ひとつしたことがないし、ちょっとコンコンと咳が出たら、のど飴を舐めればすぐ治っちゃう。私の家には薬って置いてなくて、あるのは漢方薬だけ。それでも健康でいられるんだから、秘訣と言ったら…健康保険に入っていないからかしら(笑)。20年ぐらい前にドイツの音楽学校で講師をしてた頃は、オートマートに給料から健康保険料が天引きされていたのね。その後、講師を辞めたときにドイツ人に健康保険料のことを相談したの。そうしたら、『健康保険料は高すぎてバカげているから、病気になったときに払ったほうが、君は病気にならないよ』と言われて、その通りにしたのよ。その20年前から今まで、歯医者に2回ほど行って、6000円払っただけ。私、病院では死にたくないの。だからもし今がんにかかったとしても、お医者に行かないで、家でいっぱいいる猫に囲まれて死にたいのよ(笑)」――そんな…! まだまだフジコさんのピアノを聴きたいファンは大勢いますよ!フジコ:「そうね、死ぬ話より今は5月の公演のことを考えないと。ピアノって毎日時間をかけて練習して、1日でも弾かないと腕が落ちるから、そこが大変なの。5月の公演ではパガニーニという大天才が作った『ラ・カンパネラ』を弾くんだけど、この曲、バイオリニストが1人で弾いてもたいしたことないのよ。ヴェンゲーロフに弾けと言ったら、きっと恐ろしくなってやめると思うわ(笑)。私は2曲、パガニーニを弾くんだけど、その頃になるとプログラム上、かなり盛り上がっているはず。リストの曲はサーカスを見ているようなものだから。そしてラストで、ヴェンゲーロフと私が共演するんだけれど、きっと年代問わず引きこまれてしまうはずよ」フジコ・ヘミング氏とマキシム・ヴェンゲーロフ氏の間では、ブタペストにあるエリザベス女王の宮殿で演奏する話も持ち上がっているそう。フジコさんは「彼がOKすれば、チャリティーコンサートにして貧しい子供たちを助けることができるかもしれないの。実現するかは決定ではないけど、今から楽しみ」と語っていましたが、日本で2人の共演が見られるのは、2015年5月21日(木)の一夜限り。チケットは即完売が予想されるため、気になった人は急いで問い合わせを!・サワダアートプランニング 公式サイト
2014年12月25日