高校3年生のときに小説の新人賞を受賞した佐原実緒。その後書けなくなってしまったまま6年。<佐原澪>の名前で出した茄子紺色の処女小説は、いまや<目に見えない本>のようだ。かつてのスクールカーストでの苦い記憶や、自分のみじめな現状から、ヒロインは、自分を透明人間のようだと感じている。そんな彼女のささやかだが確かな決意を描いたのが、奥田亜希子さんの『透明人間は204号室の夢を見る』だ。「実緒が書けない作家ということで、私自身ときっと重ねられるだろうな、と思ったりはしましたね(笑)。実際、実緒の面倒なキャラクターは、表情と言葉が一致しないために誤解されやすいなど想像の部分も多いのですが、ファッションの悩みや、おしゃれなお店に気後れする後ろ向きな気持ちは、昔の自分を思い出して投影しました。スクールカーストでいっときでも暗いところにいると、なかなかその呪縛から抜けられないのだということも、書きながら私が強く感じたことです」実緒はあるとき、駅ビル内の大型書店で自分の本に手を伸ばした大学生風の男を見かける。後をつけ、彼のマンションの部屋番号と名前を突き止めると再び物語が書けるようになった実緒。その掌編を彼の住む204号室のポストに届け始めるが…。自分のことを透明人間だ、見えない存在だという思いに駆られている実緒は、家では全裸で過ごし、妄想の中では彼・春臣の住む204号室へ入り込み大胆な行為に及ぶ。思えば、処女作『左目に映る星』も、小学生時代の初恋が忘れられないこじらせ女子の恋愛小説だった。「初恋というより、片思いに思い入れがあるんだと思います。両思いなんて錯覚だし、そんな不確かな関係になりたいと願ってしまう心の動きを不思議なものに感じます。『左目~』は私の実体験がもとになっていて、約15年間、結婚した後もずっと忘れられない人がいたのを、書くことで浄化できたんですよ(笑)」ラスト近くで実緒と春臣の間に起きた出来事により、物語は急展開。「結末に対してはさまざまな反応がありました。それは実緒がポストに掌編を入れ続けていたあの行為への審判ですよね。思いがけず人によって読後感の異なる話になったなと思っています」◇奥田亜希子『透明人間は204号室の夢を見る』実緒は忘れられかけている作家だ。好意を寄せる春臣に掌編小説を送り続けているうちに彼の恋人いづみと出会い、奇妙な三角関係が始まった。集英社1300円◇おくだ・あきこ1983年、愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年、『左目に映る星』(「アナザープラネット」を改題)で第37回すばる文学賞を受賞。本書が2冊めの単著となる。※『anan』2015年7月8日号より。写真・加藤 淳インタビュー、文・三浦天紗子
2015年07月03日