人工知能(AI)とビッグデータ分析が飛躍的な進化を遂げていることは、いまや周知の事実。だからこそ、改めて強調する必要はないかもしれません。しかし『人工知能×ビッグデータが「人事」を変える』(福原正大、徳岡晃一郎著、朝日新聞出版)の著者は、私たちの思いを上回るような事実を明かしています。米国をはじめとする海外において、AIとビッグデータが人事評価制度に大きな影響を与えているというのです。つまりAIとビッグデータを活用することによって、企業の人事評価が、より客観的で正確なものへと進化しようとしているということ。■基本的に人事の情報は明かされないでは、人事の先進企業は、具体的にどのようなことを行っているのでしょうか?残念ながら、この答えに明確に答えてくれる情報はいまのところほとんどないのだとか。なぜなら、求職者に自社の魅力をアピールするため、人材育成カリキュラムなどの制度的枠組みが公表されることはあったとしても、ノウハウや具体的な施策の内容は秘匿されるものだから。公表して他者が模倣したとすれば、自社の採用活動に不利に働いてしまうわけですから、当然といえば当然の話かもしれません。■グーグルの人事情報は唯一の例外!しかし、そんななかでも唯一の例外といえる企業がグーグルなのだそうです。というのも、グーグルの人事担当上級副社長であるラズロ・ボック氏が、『ワーク・ルールズ!』(東洋経済新報社)という本のなかで、グーグルの採用、育成、評価について詳細に明かしているから。でも、なぜそれを明かしてしまうのでしょうか?それはグーグルにとって、デメリットとはならないのでしょうか?そんな疑問について、著者は「他社がグーグルの人事施策のなかから参考になりそうな一部を模倣することはできても、世界最高の職場だといわれるグーグルの人事すべてを模倣することはできないという自信があるからだろう」と分析しています。■一流エンジニアには300倍の価値ちなみに、そんな同書の印象的なエピソードとして紹介されているのは、グーグルのナレッジ担当上級副社長であるアラン・ユースタス氏の次の言葉。「一流のエンジニアは平凡なエンジニアの300倍以上の価値があるーーひとりの並外れた科学技術社を失うよりも、工学部大学院生の1クラス全体を失うほうがましだ」たしかにここには、優秀な人材の採用と、その能力を引き出す職場環境作りに力を注ぐグーグルの風土がよく表れていると著者もいいます。優秀な人材を獲得するためにじっくり時間とコストをかけ、グーグルは客観的な採用活動を行ってきたわけです。そうであるだけに同社が今後、AI×ビッグデータ活用を積極的に行うであろうことも十分に予測されるはず。ある意味において、効率化とコスト削減に注力する日本の人事とは正反対のことをやっているわけです。著者はそんな状況を確認したうえで、どう考えてもいまの日本企業が、グーグルよりも優秀な人材を勝ち取れるとは思えないと記しています。いまやAI×ビッグデータはそれほど、人事に欠かせないツールになりつつあるということ。■AIとビッグデータの研究が進行中著者は本書の執筆に先立ち、世界の最新動向を確認するため、アメリカへの取材旅行を敢行したのだそうです。いうまでもなくアメリカといえば、IT(情報技術)の本場。そうであるだけに、AI×ビッグデータの活用に取り組むベンチャー企業が続々と登場しているという実感を受けたといいます。たとえばそれは、各個人が自らに合ったキャリアを構築するために最適な企業の紹介、語学学習、クリティカル・シンキング力のテストなど、事業内容も各社さまざまで多岐にわたっているのだとか。「彼らはこうしている間にも、着々と研究開発を進めている。ファンドからの投資により、事業資金の潤沢さも日本とは比較にならないくらいである」というセンテンスにも、強い説得力があります。重要なのは、アメリカのそうしたベンチャー企業が、他のアメリカ企業から受け入れられ、着々とユーザー数、クライアント数を伸ばし続けていること。サービスを提供する側と受け入れる側が両輪として動きはじめており、AI×ビッグデータ活用が、事業として確実に根づきつつあるということ。*各社がどのような取り組みを行っているのかについては、以後さらに細かい解説がなされています。そんなこともあり、本書を読み込むことによって、読者はAI×ビッグデータと人事との新たな関係性をリアルに感じ取ることができるはずです。(文/作家、書評家・印南敦史) 【参考】※福原正大、徳岡晃一郎(2016)『人工知能×ビッグデータが「人事」を変える』朝日新聞出版
2016年05月02日