殺し屋なのに先手を取られて殺される役や防波堤に捨てられた河豚を踏んですっ転んで死ぬ役…。文字通り、体当たりの演技で映画界の荒波(?)を泳ぐ亀岡拓次が帰ってきた!前作から約4年。戌井昭人さんの『のろい男俳優・亀岡拓次』の亀岡はまたも、ロケに出向いた先々で、街をうろつき、酒を飲み、さまざまなエピソードに彩られる。「僕自身、このシリーズを書くときは、文芸誌に書くぞというような力み方にはならなくて。僕自身がたまたま仕事で行った場所で、ぽっかりオフができたときに、『亀岡だったらどう動くかな』とふらふら取材する。それをまんま生かしています」亀岡を待つトホホな出来事のいくつかは戌井さん自身の実体験だが、「実はエピソードのモデルは僕だけでなく、結構たくさんいます。周囲の人が面白おかしく話してくれるので、聞いた体験を、その先の妄想とつなぎ合わせて書くことが多いです。だから最近では『戌井に書かれちゃうから、やめとけ』って警戒されるようになっちゃって(笑)。結局はしゃべってくれるんですけどね」顛末の滑稽さもさることながら、映画俳優という設定ゆえにごまんと登場する架空の作品タイトルの無意味さに、思わず笑いがこみ上げる。ちなみに、亀岡のイメージは、「色っぽくない殿山泰司ですかね。あと、マンガ家で鉄割にも出演してもらっている東陽片岡さん。僕は、東陽さんの傑作エッセイ集『シアワセのレモンサワー』にひどく感化されているところがあって、幸せのハードルを下げるというその精神を亀岡に託している部分があるんです。亀岡って、自分の好きなことに全身全霊を賭けていてブレない。それでいて、意固地になって自分のスタイルを守っているのとも違う。飄々とした感じが逆にカッコイイなと」カタルシスは、「なんでもサウダーデ」の章。亀岡はポルトガルに赴き、サウダーデを感じている飲んだくれ作家を演じるのだが、そこでアドリブでしゃべるセリフが、なんと哲学的で哀愁があることか!実際、亀岡という決してイケメンではない男を知れば知るほど、ねじれた愛しさが湧き上がってくるから不思議。すでにファンの方はもとより、未読の方もぜひ、亀岡ワールドに酔いしれて。◇いぬい・あきと作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」主宰、俳優。2014年に『すっぽん心中』で川端康成文学賞を受賞。1月30日から公開の映画『俳優亀岡拓次』に出演も。※『anan』2016年1月20日号より。写真・岡本あゆみ(戌井さん)森山祐子(本)インタビュー、文・三浦天紗子
2016年01月19日