子どもを救う防災 ~本当に必要な防災アイテムと対策~
災害発生時ママは会社、子どもは保育園…どうしたらよい? 小さな子どものいる家庭に本当に必要な防災アイテムとは? 大切な家族を守る防災対策のヒント、被災パパ・ママの体験談などもご紹介します。
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コミックエッセイ ほわわん娘絵日記
停電で情報なし、夫も帰れない! 子どもと不安だらけの震災で助けられたのは【ほわわん娘絵日記 第29話】
最近、自然災害が多くて、本当に心が痛みます。
ニュースなどを見ていると、2011年3月11日におこった東日本大震災のときのことを思いだします。
当時、長男たくは5才、次男りくは2才。そして長女ももは生まれて4ヶ月でした。
今日は、あの日のことと、あらためて気づいたことを書きたいと思います。
最初の揺れのとき、私と子どもたち3人は家にいました。
当時、わが家から徒歩2分くらいの別のマンションに住んでいた母が、一回目の揺れの後すぐに家に私と子どもたちの様子を見にきてくれ、津波の危険性もなく、避難勧告も出ていなかったので、そのまま家で様子を見ていました。
本震からしばらくたって、2回目の強い揺れが!
あまりの恐怖に子どもたちを連れてマンションの廊下に出たところ、隣に住んでいる方が座りこんで泣いていました。
強い揺れとともに、停電になってしまいまったく情報が入ってこなくなっていた当時。
「主人と連絡が取れないしどうしたらいいのか」とものすごく不安そうだったお隣さん。
夜は真っ暗ななか、リビングに布団を敷いて母と私と子どもたち3人と一緒に雑魚寝(ざこね)しました。
たくとりくのけんかに、ももの授乳の夜泣き。ほんと、申し訳ないくらいうるさかったのですが、「一人でいるよりずっといいです」ってうれしそうにしてくださっていました。
私も、母が来てくれたとはいえ、余震が続くなかで、何かあったときに大人の手がもう一人分あると思うと心強かったし、お隣さんが家にあるお菓子を子どもたちに持ってきてくれたりもして、こちらもとっても助かりました。
夜遅くに主人が会社の人の車で帰ってきましたが、それまで女性と子どもだけ。
電気はつかないし、揺れは続くしとても不安だったのですが、みんなと一緒だったから心強かったです。
いま思えば、あのときのわが家はプチ避難所状態だったのかなと。
また、当時違うマンションに一人で住んでいた母ですが、「大丈夫か!?」とたくさんのご近所の方が母の様子を見にきてくれていたそうです。本当にありがたい。
普段のご近所付きあいはもちろん、ご挨拶をする、顔を見知っておくということは大切なんだなとあらためて思います。
あのとき、お隣さんだと知らなかったら、わが家をプチ避難所にはできなかったかもしれない。
人づきあいのまったくない母だったら、様子を見にきてくれる人もいなかったかもしれない。
ちょっとしたことでもいいから人とつながっておくことって、大切なんですよね。
それまでも近所の人にご挨拶はしていたのですが、これを機に子どもたちにあらためて「あいさつは大切だ」と教えました。
あれから8年。子どもたちも長男12才、次男10才、長女8才。母を心配してくれた人たちへの感謝と敬意を込めて、日頃からご近所の方と接するようになりました。そしてもしものときにはお互い声をかけあって助けあうことができればいいなと思っています。
地震に台風。恐ろしいことがたくさんありますが、何かあったときに助けあえるって何より心強いことだと思います。子どもたちにもそんな気持ちと、人とのつながりを持っていてほしいと思いました。
ニュースなどを見ていると、2011年3月11日におこった東日本大震災のときのことを思いだします。
当時、長男たくは5才、次男りくは2才。そして長女ももは生まれて4ヶ月でした。
今日は、あの日のことと、あらためて気づいたことを書きたいと思います。
■5、2、0才の子ども3人を抱えての東日本大震災
最初の揺れのとき、私と子どもたち3人は家にいました。
当時、わが家から徒歩2分くらいの別のマンションに住んでいた母が、一回目の揺れの後すぐに家に私と子どもたちの様子を見にきてくれ、津波の危険性もなく、避難勧告も出ていなかったので、そのまま家で様子を見ていました。
本震からしばらくたって、2回目の強い揺れが!
あまりの恐怖に子どもたちを連れてマンションの廊下に出たところ、隣に住んでいる方が座りこんで泣いていました。
■プチ避難所化した我が家で身を寄せあう
強い揺れとともに、停電になってしまいまったく情報が入ってこなくなっていた当時。
「主人と連絡が取れないしどうしたらいいのか」とものすごく不安そうだったお隣さん。
夜は真っ暗ななか、リビングに布団を敷いて母と私と子どもたち3人と一緒に雑魚寝(ざこね)しました。
たくとりくのけんかに、ももの授乳の夜泣き。ほんと、申し訳ないくらいうるさかったのですが、「一人でいるよりずっといいです」ってうれしそうにしてくださっていました。
私も、母が来てくれたとはいえ、余震が続くなかで、何かあったときに大人の手がもう一人分あると思うと心強かったし、お隣さんが家にあるお菓子を子どもたちに持ってきてくれたりもして、こちらもとっても助かりました。
夜遅くに主人が会社の人の車で帰ってきましたが、それまで女性と子どもだけ。
電気はつかないし、揺れは続くしとても不安だったのですが、みんなと一緒だったから心強かったです。
いま思えば、あのときのわが家はプチ避難所状態だったのかなと。
■人とのつながりって大切
また、当時違うマンションに一人で住んでいた母ですが、「大丈夫か!?」とたくさんのご近所の方が母の様子を見にきてくれていたそうです。本当にありがたい。
普段のご近所付きあいはもちろん、ご挨拶をする、顔を見知っておくということは大切なんだなとあらためて思います。
あのとき、お隣さんだと知らなかったら、わが家をプチ避難所にはできなかったかもしれない。
人づきあいのまったくない母だったら、様子を見にきてくれる人もいなかったかもしれない。
ちょっとしたことでもいいから人とつながっておくことって、大切なんですよね。
それまでも近所の人にご挨拶はしていたのですが、これを機に子どもたちにあらためて「あいさつは大切だ」と教えました。
あれから8年。子どもたちも長男12才、次男10才、長女8才。母を心配してくれた人たちへの感謝と敬意を込めて、日頃からご近所の方と接するようになりました。そしてもしものときにはお互い声をかけあって助けあうことができればいいなと思っています。
地震に台風。恐ろしいことがたくさんありますが、何かあったときに助けあえるって何より心強いことだと思います。子どもたちにもそんな気持ちと、人とのつながりを持っていてほしいと思いました。
子どもを救う防災 ~本当に必要な防災アイテムと対策~
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