コミックエッセイ:夫婦・子育ていまむかし
遊女はどんな存在だった? 遊郭を作ったのは誰…? 調べてみると奥が深い「遊女の歴史」(前編)【夫婦・子育ていまむかし Vol.5】
日本で遊郭をはじめたのは豊臣秀吉
この時代の遊女の自由さは、戦国時代を経て武士が天下統一を成し遂げるにつれ、徐々に奪われていくようです。
日本で初めての遊郭は、豊臣秀吉によって作られました。
とはいえ完全に隔離された島原に移転するまでのいわゆる「六条の頃」は、街の一角に遊女が集住させられるだけで仕切りもなく自由に出入りができたそうです。
公然と貴人が出入りし人気の高い遊女は宮中にも招かれることがあったんですって!
つまりこの頃の遊郭は、公家や武家とやりとりできるような教養や知識を持ち、貴人をも喜ばせるレベルの舞や楽器などの芸事に秀でた才色兼備の遊女たちがもてなす高級文化サロンだったのです。
遊里図などの絵画からは、一般には出回らないような目新しい海外製のインテリアや遊び道具なども見られ、流行の最先端を感じられる場所でもあったのでしょう。
こうして見ていくと、どうでしょう? 思っていた遊女とだいぶイメージ違いません?
ワタシがこの話を初めて知った時、中世までの遊女って時代の最先端の文化に触れ、ハイレベルな教養や知性を身につけた
文化レベルが高い存在だったんだな…と思ってちょっと憧れちゃいました。
もちろん、「昔の遊女は素晴らしかった!」と美化するつもりはありません。
でも、「不幸でかわいそうな存在」と決めつけるのも一方的だなと…黙っていられなかったのです!
でもね…と暗い表情のおこんさん。
幕府の体制が整い武家社会として社会の秩序を求めていく時代になるにつれ、遊女・遊郭のイメージは憧憬の対象から全く違うものになっていくのです…。
ということで、後半へ続く!!
死刑直前の最期の言葉とは? マリー・アントワネットの真の姿に迫る(後編)【夫婦・子育ていまむかし Vol.28】