妊娠8カ月ごろから「子宮頚管が短いので安静に」と言われていた第三子妊娠時。「早く生まれるかな」と思いきや、妊娠39週まで陣痛は来ず、上の子たちを保育園に送り届けてそのまま健診へ向かっていました。いつもと同じ日常だと思っていましたが、予想もしていなかった事態になったのです……。 妊娠39週の妊婦健診へ「早く生まれるかな?」と思っていた第三子が、意外にも妊娠39週まで陣痛は起きず、その日も普通に上の子たちを保育園に送り届けました。その足で産院に向かい、妊婦健診を受けました。 そして、先生の内診。すると「えっ……! ちょっと、もう8cm開いてるよ。これでは家に帰せない、 痛くなかったの!?」と先生から驚きの言葉が。何の自覚もなかったわたしはさらに驚き、そのまま車椅子で運ばれ、入院するよう言われてしまいました。 昼食を食べていたら、おや? 陣痛かも入院用ベッドに案内され、「入院することになっちゃった~」と夫や両親に電話をしたところで、やっと現実を理解し始めました。その後、入院用グッズを届けに夫が駆けつけてくれたのですが、ちょうどお昼だったので私は病院から出される昼食を食べ、夫はすぐ仕事に戻ることに。 ひとりで病院の昼食を食べていると、おや? なんだか肛門あたりが定期的にうずくなあ、これって陣痛に似ているよなあ……と考えていました。そしてトイレに行くと、出血もしていたのです。昼食はしっかり完食し、助産師さんに「陣痛っぽいですし、出血もしています」と伝え、間隔を測ってもらったところ、やはり陣痛が来ていたのです。 陣痛時間2時間半で出産!陣痛室で内診してもらうと、「うんうん、もう全開だね~。あとは痛みがついてくれば生まれちゃうね」と言われ、すぐに分娩台に移動しました。しかし、痛みは強くはなっているものの、まだ助産師さんとしゃべるくらいの余裕があったため、産む実感がわかず、いきむことに怖さを感じていました。 その後しばらく陣痛に合わせていきむものの、やはり痛みが弱いせいかうまく赤ちゃんが下りず、「赤ちゃんの心拍が弱まってきているので吸引します」と吸引分娩に。吸引を2~3回繰り返し、なんとか生まれたわが子は、3,800g!! 「大きかったね~、これは簡単には生まれないわ」と一同びっくり。抱いたわが子は、確かにか弱い新生児という感じではなく、すでに貫禄さえありました。とはいえ生まれるまでにかかった時間は2時間半。夫も病院を後にしてから近くで昼食を摂っていたようで、すぐに戻り立ち合うことができました。 分娩所要時間を話すとみんなに「早いね」「うらやましい」と言われますが、ラクなお産なんてありません。陣痛が弱いことで逆に恐怖感が増し、しかもそのあと産むときに急激な痛みに襲われたので、いいことばかりじゃないのだと感じました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩) 著者:ライター 岩崎未来三児(女・女・男)の母。出版社・編集プロダクションの勤務を経たのち、第一子出産を機にフリーランスに。現在は会社役員という肩書きを持ちながらも、ライター・編集者としても活動中。
2019年05月03日ベビーカレンダーが実施したアンケート調査で、出産経験者の16%、約6人に1人が無痛(和痛)分娩をおこなっているということがわかりました。近年では一般的な分娩方法の1つとして広く受け入れられ始め、実は「やってみたい」と思っているママさんも多いのではないでしょうか。 今回は「やってみたいけど怖い」「実際にはどんな感じなの?」といった不安や疑問にお答えすべく、無痛分娩を体験した“約6人に1人”が語る詳細な出産エピソードを紹介します。 ※以下「無痛(和痛)分娩」は「無痛分娩」と表記を統一しています 無痛分娩を実際におこなった人の状況は?今、日本では無痛分娩を実施できる施設を増やしていく取り組みがされていますが、今はまだ数が少ない状況です。そのなかで、みなさんがどこで無痛分娩をおこなったのか、まずは調べてみました。 個人病院・クリニックを選んだ人が圧倒的な数を占めていることがわかります。ただ、個人病院・クリニックの場合は専門の麻酔科医が常駐していない、受け入れられる人数に限りがあるなどの規模的な理由で「やりたかったけどできなかった」という人もいるようです。ちなみに“その他”の内訳は、「国立病院で」「海外で」など。※“その他” 内訳は自由記述の回答から抜粋 ちなみに、第1子のときに無痛分娩を選択される方が多いようです。最初を無痛分娩で乗り越えて、2人目、3人目では自然分娩に挑戦するパターンですね。 陣痛〜出産まで! 無痛分娩体験エピソード続いて「無痛分娩に興味はあるけど、なんだか怖くて勇気が出ない……」というアナタのために! 経験者のママさんたちが、陣痛〜出産まで、どのタイミングで麻酔を打って、どのくらいの痛みで、産後はどうだったかという詳細な体験談を提供してくれました! これをじっくり読めば、無痛分娩に対する不安や疑問を少し解消できるかもしれません。 「朝6時・7時・8時に陣痛促進の経口薬を摂取。9時から麻酔処置。分娩中はほぼ痛みがなく、痛みを感じたら麻酔を追加してもらえた。出産の瞬間は赤ちゃんが出てくるのがはっきりわかった。出産後1時間ぐらいして麻酔は切れたように思う」 「前日入院してバルーンをいれる処置をする。一晩かけて子宮口を5cmに開く。翌日の朝は浣腸をし、麻酔テープを背中に貼り、感覚がなくなったところで麻酔のチューブを背中に入れる。麻酔を約30分ごとに少しずつ注入。麻酔の先生が頻繁に様子を見に来てくれる。私は陣痛を感じないが、おなかにかすかに腹圧を感じるので感じた瞬間に助産師さんの指示のもといきんで出産。会陰切開も縫合も麻酔が効いているので痛みは感じず。麻酔が切れても痛み止めを飲んでいたのでいつ麻酔が切れたのかもわからない状態だった」 「計画出産のクリニックのため前日入院、その日の夕方に麻酔ルート確保、夕飯。翌早朝から促進剤の予定だったが、夕飯後に自然陣痛が始まり、夜中に1人で陣痛に耐える。我慢できなくなったら麻酔を開始してもらえると言われたが、どの程度我慢していいのか、夜中だと麻酔は誰がやるのかなど気になって、子宮口8cmまで我慢してしまった。かなり痛くなって、何のための無痛分娩かと思い始め、麻酔開始。痛みから解放され、家族も到着し、談笑しながら待つ。子宮口が全開、分娩室に移動して、いきむ。まったく痛みはなく、いきみ逃しの間は音楽だけが流れる静かな空間だった。産み出す感覚はしっかりあり、疲れもない。麻酔が切れる前に痛み止めを処方され、1週間飲み続ける。産後の3時間ほどたったところで院長チェックがあり、OKが出たところで点滴ルートを取り外し、シャワーも可能となった」 「破水後、1時間位で陣痛が始まり子宮口5cm開くまでは陣痛に耐えなくてはなりませんでした。いざ、麻酔の処置をおこなってもらうときに陣痛を耐えながら膝を抱える姿勢にならなくてはいけないのが一番つらかったです。20分位で麻酔が効き、そこからまったく痛みはなし。ただし、肛門が押される感覚はあるので陣痛が来るタイミングは解りました。が、どういきめば良いのか解らなかったけど感覚はないがなんとか力を入れてみました。赤ちゃんが最後はまった感覚はしっかり残っています。そこから助産師さんが赤ちゃんは自分で出てきますよ……と言われて分娩台に上ってからほんの数回いきんだだけで産まれました。赤ちゃんが出てきた感覚は残っています。産後は胎盤を出してもらい、処置を終えた赤ちゃんと一緒に1時間位は分娩台で過ごしました。出産が21時過ぎだったので部屋に戻って寝てしまい、次の日起きたら麻酔は切れていた感じでした」 「陣痛が来て病院に着いたときはすでに子宮口が開いていたため、そのまま分娩室へいきました。分娩室に着いたら陣痛が更に来ていきんでしまいましたが、麻酔科の先生がすぐに麻酔を打ってくださったので、麻酔のありがたさが身にしみました。麻酔を打った後は自分の痛みと相談しながら自分で麻酔を入れるスタイルだったので変なストレスを感じることなく出産できました。産後は確か半日くらいで切れて来たため痛かったですが、ロキソニンを処方されているので大きな痛みではなく快適に過ごせました」 「土曜日の午前2時半くらいから陣痛が始まり、日曜日の午前7時半ごろ病院へ行った。陣痛感覚が10分になったり1時間あいたりだったので前駆陣痛だと思っていた。病院へ着いてすぐに助産師さんから、子宮口が6cm開いているとのことだった。入院した病院では、初産婦の場合、子宮口が5cm開いたら麻酔してくれるとのことで、私はすぐに麻酔処置をしてもらった。背中をまるめて麻酔の管を入れるのに恐らく40分程度かかったと思う。細いからわかりづらい、ちゃんと入ったかな? という麻酔の先生の声がずっとしていた。管を2回くらい刺していたが、陣痛の痛みでそんなに気にならなかった。管から麻酔を入れてもらい、陣痛の痛みがひいてくるのがわかった。足の感覚は少ししびれる程度で、自分で動かせる。逆にしびれすぎてはだめ、とのことだった。子宮口が全開になり、お尻のほうに陣痛と同じくらいの痛みが襲ってきたので麻酔を少し追加してもらった。麻酔が効き過ぎるといきめなくなる、とのことだった。おなかが張る感覚はわかるので、それに合わせていきんだ。産み出した感覚は大きな大便を出した感じ……。産後の処置は胎盤がすぐに出て、その後会陰を縫合してもらう。麻酔の追加なしで縫合してもらってもそこまで痛くなかったので、麻酔がちゃんと効いていたんだなぁ、と思った。ただ縫合中から会陰あたりがずきずき痛くなり、縫合完了後3時間休憩したあと歩いて部屋に戻るのだが、会陰がかなりずきずきした。ドーナツクッション必須。麻酔はその時点でほとんど切れており、自分の足でふらつくことなく歩けた。母には産んで3時間後に自分の足で歩いていることにびっくりされた」 「陣痛が始まって大体、子宮口が5cmくらい開いたら麻酔を入れました。5cmくらいだとまだ、我慢できる程度の陣痛でしたが、麻酔の効きが悪いと結構痛い思いをします。麻酔を入れるときは背中から入れましたが全然痛くありません。そのうち麻酔が効いてくると痛みはないがおなかが張る感じになります。赤ちゃんが下に降りてきて子宮口全開になると、麻酔を入れているのに、おしりの辺りが少し痛くなりました。いきむタイミングも張りが来るのでわかります。産むときは出した感覚もあります。麻酔が効いていて会陰切開も縫うのもまったく痛くありません。下半身に感覚がないのでしばらく動けませんでした」 「計画出産のみ対応で、陣痛が先にきた場合には自然分娩をするという産院でした。①前日の15時入院②子宮口の開き具合を見て、バルーン挿入③バルーンが抜けて、夜中にも診察④当日9時に診察、開き具合で促進剤⑤10時に麻酔開始 分娩中の痛みは、ある程度残して出産を早めるというのがその産院の方針で、痛みが0ではなかったです。(第1子の産院は痛み0)いきむこともできて、下に降りてきている感覚や産み出す瞬間の感覚はあります。産後はその場で2時間ほど待機、その間に麻酔を抜きました。部屋に行くときはまだ麻酔が効いているので、車椅子です。麻酔がいつ切れたのかわかりませんが、夜には猛烈な後陣痛が……」 「陣痛が始まり、子宮口が半分以上開いてから麻酔を背中に打ちました。また、陣痛のタイミングでいきむので、痛みをまったく感じないレベルまでは痛みをカットしません。産み出した瞬間はずるりと体の中から大きなものが抜けていく感覚です。産後の処置は産後1日は麻酔を入れる際に入れた管はそのままで、産後2日目に管を抜きます。麻酔が切れるのは、だいたい麻酔を打った後、半日ほど過ぎてからでした」 「私の場合は陣痛は前の夜10時ごろから始まり、おしるしもありました。間隔は15分前後でばらつきもあり、まだ痛みも我慢できる範囲だったので、朝まで待ってから病院に連絡しました。病院で子宮口は2cmで、モニターをつけた結果そのまま入院することになりました。浣腸をして排便をしてから、お部屋にうつり、スクワットなどしているうちに、だんだん間隔が5分になり、痛みも強くなってきました。もう一度内診をして、4cmになっていたので、無痛分娩のための前準備として管を背中に入れる処置と人工破水の処置をしました。それから分娩室で痛みがどんどん強くなり、6〜7cmになり麻酔を入れてもらい、促進剤も入れてもらいました。それから暫くは陣痛のたびの痛み変わりませんでしたが、だんだん麻酔が効いて痛みが弱まってきました。先生がまた内診すると、もう全開で髪の毛が見えているとのことで、急いで出産の準備をして、いきみに入りました。いきみたい感覚もなく、おなかの張りに合わせてと言われても、麻酔が効いているせいかわからなくなってしまい、戸惑いました。でも言われるままいきんで、うまくできませんでしたが何度か目に赤ちゃんが出てきてくれて、おなかからいなくなったのはわかりました。そのときはまったく痛みはありませんでした。そのままおなかを押さえて胎盤を出したり、会陰切開したところの縫合をしたりしましたが、麻酔がまだ効いていて痛みは殆ど感じませんでした。私はいきみがうまくなかったため、赤ちゃんの心拍数が落ちたり持ち直したりして、最後は吸引してもらって、そのときに会陰切開もしたそうです。2時間はそのまま分娩室で過ごし、血圧や熱などを30分おきぐらいに計測してもらい、問題なかったのでお部屋に戻りました。麻酔はいつごろ切れたのかわかりませんが、特別酷い痛みも感じませんでした」 「出産日前日から入院し、その日は背中に麻酔用のカテーテルと、子宮内にメトロを入れて終了。翌朝の食事後から陣痛誘発剤を開始。(計画分娩ですが、誘発剤を入れてからの陣痛の進み方には個人差があるので、ここからは生まれるのが当日になるか翌日になるかはわからなかったです)。誘発剤を入れてから1時間後に陣痛を感じ始めました。自分の希望するタイミングで麻酔を開始してもらうので、陣痛開始から90分後くらいに痛みに我慢できなくなってきたため麻酔を入れてもらい、30分程で効き始め、そこからはまったく痛みがありませんでした。陣痛開始から8時間経っても子宮口が4cmしか開いていなかったので、出産は翌日になるかと思われました。しかしその1時間後には9cmになっており、破水もしたのですぐ分娩室に運ばれました。(痛みは感じませんが、陣痛自体はおなかの張りで自分でわかります)。分娩台に上がってから、助産師さんにいきみ方を教わり、陣痛に合わせていきんで20分後に出産。2回くらいいきんだところで会陰切開をされましたが、その痛みもまったくありませんでした。赤ちゃんが下りてきているときは、股の間に何かが挟まっているような感覚でした。産み出す瞬間は、ドゥルンッ! と出てくる感じがわかりました。産後はすぐ胎盤も出て来て、その後会陰を縫ってもらい、産後50分くらいで病室に戻りました。会陰切開の傷の痛み止めを飲んでいたので、麻酔がどのくらいで切れたかはわかりませんが、先生は大体1時間したら切れてくると言っていました。麻酔科医の先生は、麻酔開始から分娩室に入るまでは1時間おき、分娩室に入ってから産後まではずっとついていてくださいました」 「陣痛がマックスになってから麻酔を入れました。麻酔が効くまでに陣痛の大きな波は5,6回あったと思います。麻酔が効いた後は本当に痛みがなくなり、最後赤ちゃんが出てくるときに痛みを感じた程度です。麻酔がいつ切れたのかわからないほど体への負担はなく、数時間後に吐き気があったくらいです。とても楽でした」 「計画分娩だったので、前日にバルーンを6時間ほど入れて子宮口を開きやすくした。当日は朝から促進剤を入れ、生理痛ほどの痛みがきたところでカテーテルを入れる処置。麻酔導入。まったくの無痛でそれから子宮口が開くのを夫と話しながら待つ。携帯も普通に触れる。先生が破水させてくれて一気に進んで子宮口全開。助産師さんの合図でいきむ。先生がおなかに手を置き、ここを押し返すように! と言われてうまくいきめた。3回ほどで出てきた。へその緒が繋がっているまま赤ちゃんをゆっくり見られて感動。それから産後の処置。痛くないし感動で先生とお産について語りながら縫われる(笑)みんな無痛にしたらいいのにと思う(笑)そのまま3時間ほど休んだ」 「麻酔を待っていたら、破水して陣痛が来てしまいました。その後苦しんでいるところに麻酔の先生が来てしばらくして麻酔が効いてきました。それからしばらくはお昼を食べたりリラックスして過ごせました。分娩は時間がかかるかと思われたけれど、前もっていきむイメージトレーニングのおかげか、夕方には頭が見えてきました。痛みは感じないが股に何か詰まってる感覚が気持ち悪く早く出したかったです。その後は頑張っていきんでいたら思ったよりも早く出てきました。分娩が終わり、しばらくしてお昼に食べたものを全部吐きました。夜10時を回るころには麻酔も切れてきて痛みが出てきましたが、朝までは自分で残りの麻酔を打ちました。空腹で眠れませんでした。食べ物があれば食べられる状況でした。後陣痛はしばらく痛いし、無痛でも十分感じる痛みもたくさんありました」 基本的な流れは同じですが、各クリニック・病院の方針や設備によって少しずつ状況が違っているのが興味深いですね。麻酔を使ったとしても、やはり出産が大仕事なのは変わらない、命をかけて産み出しているのはどのような出産方法であっても同じなのだと改めて感じるエピソードばかりでした。 <調査概要>調査方法:ユーザーアンケート調査対象:全国の産院・クリニック出産経験者調査期間:2018年2月20日〜2月23日有効回答数:1,254 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩)
2019年05月03日妊娠中や産後は体調や体質が変化しやすいと言われています。筆者は便秘体質ではなかったのですが、妊娠・出産をきっかけに便秘がちになりました。便秘が続いて起こったのが切れ痔。出産後にこんなに苦しむことになるなんて……。 出産のいきみで痔に…出産の喜びと心地よい疲労感を味わったのもつかの間、産後トイレに行くと肛門に異変を感じました。「 ……ん? 何か出ている?」 と。トイレットペーパーごしにおそるおそる触ってみると、そこには今まで感じたことのないボコッとした腫れが! 「 女の人は出産すると痔になる」 と母から聞いていましたが、まさに痔になってしまったようです。それまでは排便時に少し切れたことはあっても、はっきりと腫れているのがわかるほどの痔は初めてだったので不安になったのを覚えています。 医者から薬を処方してもらうこれでは排便のときに痛そうだ、と心配した筆者は、回診に来た先生に痔になってしまったことを伝えました。先生はスムーズに便が出るように妊娠中や授乳中でも飲める薬を処方してくれて一安心。 排便の状態に合わせて飲む回数を減らしてもいいとのことでしたが、入院中は産後間もないということもあり、痔の症状が心配なので1日3回薬を服用していました。産後初めて排便したときは、いきんでも便が出ている感覚はなく、心配していた痛みもありませんでした。 便秘の悪化と排便時の苦しみ退院後は授乳で水分が不足しないように1日2リットル以上の水分を飲むようにしていましたが、便秘が良くなることがありませんでした。それなのになんとなく薬を飲み続けるのが自分の体にも母乳を飲む娘にも悪いような気がしてしまい、回数を控えめにしたところ、便秘はますますひどくなる一方に。排便がうまくいかずにトイレから20分以上出られないことや排便時に便器が真っ赤になるくらい出血してしまうこともあり、産後にこんなに苦しむとは思いませんでした。 産後の便秘と切れ痔は時間の経過によって治りましたが、今思うと処方された薬をきちんと飲めばよかったと思います。つらいときは病院で受診をするなどして体調を整えることが大切だと痛感しました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:ライター 吉川麻和一児の母。娘の出産を機に仕事を退職し、現在は子どもの成長に合わせた働き方を模索中。不妊治療の経験や子育て経験に基づき執筆中。
2019年05月02日私は第1子を無痛分娩で出産しました。計画通りほぼ無痛で大満足のお産だったので、第2子も同様に計画無痛分娩を予定していました。出産前日に入院するまでは順調だったのですが、まさか……。私の第2子出産時の体験談をご紹介します。 前日に入院して子宮口を広げる処置をする妊娠38週の妊婦健診で子宮口がだいぶや軟らかくなっていることがわかり、4日後に出産することが決定。前日の夕方に入院し、翌日から硬膜外麻酔と陣痛促進剤を使用して出産するという計画ででした。 前日に入院して内診したところ、子宮口の開きは4日前と変わらず1.5cm。そこでダイラパンというスティック状の器具を使い、さらに子宮口を広げる処置をしました。 処置が終わり、助産師さんから「明日に備えて今夜はゆっくり休んでね」と言われ、病室に戻りました。 前駆陣痛? と様子をみていたら突然破水!部屋に戻ってしばらくすると、不規則な軽いおなかの痛みが始まりました。経産婦とはいえ、第1子のときは陣痛もほとんど経験することなく出産しています。この痛みが陣痛なのか前駆陣痛なのか、ダイラパンを挿入した影響なのか、自分ではまったくわかりませんでした。 間隔を測ってもバラバラなので、とりあえず寝ようとベッドに入ったところ、突然はっきりとわかるくらいの破水が! ナースコールで連絡し、すぐに分娩室へ移動することになりました。 破水から1時間のスピード出産!破水して一気におなかの痛みが強くなりました。この産院は、夜間に麻酔の処置ができないことは事前に聞いていましたが、「前回通り、きっと無痛で産めるだろう」と、私はこの段階でもまだ楽観的に考えていました。 でも、心構えができていないうちに激痛が絶え間なくやってきます。呼吸法もちゃんと把握しておらず、とにかくいきまないよう気を付けながら陣痛に耐えました。 しばらく耐えましたが、あまりに痛いので助産師さんを呼んだところ、あっという間に子宮口全開! 数回いきんで無事、元気な女の子が生まれました。 あまりのスピードに私も家族もびっくり。予定していた無痛分娩ができなかったうえに付き添いなしの出産になってしまいましたが、振り返ると安産で、とても恵まれていたと思います。無痛分娩でも普通分娩でも、わが子の愛おしさは変わりません。元気に生まれてきてくれたことに感謝し、たくさんの愛情を注いであげようと思います。著者:貫井ゆか一男一女の母。妊娠・出産・育児に関する記事の執筆を中心にライターとして活動中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年05月02日深夜、抱っこをしても子どもがなかなか寝付いてくれない……という経験をしたことありませんか? 生後4カ月になるわが家の息子も、抱っこが生まれたときからだーい好き! でも、ずっと抱っこをしながら寝かしつけるのは大変です。そんなときに、私を救ってくれたバランスボールの寝かしつけについてご紹介します。 抱っこのしすぎで腰が崩壊寸前抱っこが大好きな息子は、昼夜問わず抱っこじゃないと寝てくれず、1時間以上抱っこをするなんてザラ。しかも縦揺れが気持ちいいらしく、抱っこをしながらスクワットを要求してきます。夜は長時間のスクワットで夫婦共々、腰を痛めてしまいました。 そんなとき、産後ケアで訪問してくれた保健師さんにすすめられたのが、“バランスボール”でした。私たち夫婦の腰も限界に達しており、藁にもすがる思いでバランスボールをネットで注文しました。 バランスボールで人生変わった!バランスボールが届いた日に早速試すと、いつも長時間立ちながらユラユラしても寝ない息子が、ものの10分程度で寝息を立てているではありませんか! その日からバランスボールなしでは生きていけない生活に変わりました。 時々、眠くないけれど抱っこをしてほしそうなときには、テレビを見ながらバランボールに乗って抱っこ。気張らずにテレビなどを見ながら揺らすぐらいが、息子も逆に落ち着くようでした。 長く使えるマストアイテムバランスボールを使用する際には、周りに障害物がないスペースを確保してください。ママが体勢を崩すと危ないので、しっかり子どもを支えながら自分の姿勢を維持することも大切です。子どもの首がすわっていない時期は、さらにしっかり支える必要があります。 わが家では、生後4カ月を過ぎた今でもバランスボールは欠かせません。産後の体操にも使えるので、本当に買ってよかったと思っています。 もしバランスボールがなかったら……と思うと、毎日全身疲労で育児が嫌になっていたかもしれません。抱っこで疲れ切っている方にバランスボールは本当に救世主です! 決して高価なものはないので、一度は試してみる価値はあると思います。著者:笹塚みおな子育て中のママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。また、バランスボールを使用する際は転倒しないようにくれぐれもご注意ください。
2019年05月02日パパは友達の結婚式があり、北海道へ行ってしまうことに。私はそのとき第3子がおなかにおり、妊娠7カ月でした。子どもたちはパパがいなくなると分かり、寂しくて大泣きします。ならばいっそのこと私たちも楽しい思い出を作ろうと、私の妹とじいじ、ばあばを誘って、別に旅行を計画! パパが出発した次の日に、私たちも旅立ったのでした。 旅行を満喫した1日目 1日目は近場の牧場へ行き、長男と次男は牛や羊、馬などの動物たちに大はしゃぎ! 2人のあまりのはしゃぎっぷりに、思わず大人にも笑みが溢れます。しかし、午後には全員疲れ切ってしまい、早めに海が見える旅館へと移動。海に行ったり、温泉に入ったりして、豪華な夕食を食べました。 子どもたちは本当にうれしそうで、「明日はどこに行くの!?」と翌日も楽しみな様子です。疲れたのもあり、夜は早めにみんなで就寝しました。 ロープウェイへ乗り込もうとするが……2日目は旅館近くに観光スポットの山があり、ロープウェイで頂上付近へ行くことにしました。しかしその日は、運悪く長蛇の列……。やっと階段を登って乗れるというときに、次男がまさかの「ママ、抱っこして」。昨日の疲れもあってか、おなかが若干張っていた私でした。 妹とじいじ、ばあばが抱っこしようと試みるも「ママじゃなきゃイヤ!」と次男は大暴れ! 仕方なく私が次男をおんぶし、階段を登ってロープウェイへと乗り込んだのです。 私のために開けてくれた椅子ロープウェイの中は当然観光客でいっぱい。少しでも次男が景色を楽しめるようにと窓際へ行こうとしたそのとき、「お母さん、椅子取っておいたからこっちにおいで」と、60代くらいの男性に声をかけられました。すると、周囲の人が温かい目で道を開けてくれ、どうぞと言わんばかりにみんなが椅子へと導いてくれたのです。妹の話では、その男性が「妊婦さんがいるから」と、わざわざ周囲の方に話をして、席を空けておいてくれていたとのことでした。 私はみなさんに何度もお礼を言い、次男をひざに乗せ椅子に座りました。ロープウェイは徐々に登っていき、とてもきれいな景色が広がります。しかし私にとっては、ロープウェイに乗っていた人々のやさしさの方が何倍も素敵で、うれしくて涙が溢れそうになるほど感動的なひとときでした。人のやさしさに直に触れ、感動したこの素晴らしい経験は、今でも私の心の中に焼きついています。著者:堀江ゆうき二男の母。現在第三子を妊娠中。現在はフリーランスとして育児をしながら、体験談・出産・妊娠についての記事を執筆。
2019年05月01日まだたっちができない赤ちゃんや、歩けるけれどじっと待っていられない赤ちゃんとの外出時、ベビーチェアがあるトイレはとても便利です。ママも安心して用を足せる……と思いきや、予想外の注意点があったんです! 外出時の味方、トイレのベビーチェア子どもが1歳になったばかりのころ、近くのショッピングモールにお出かけしていたときのことです。「トイレに行きたいな~」と、いつものようにベビーチェアつきのトイレに入りました。ショッピングモール内のトイレは広くてベビーチェアもついていて快適! 歩けるようになったばかりのわが子をベビーチェアに座らせ、安心して用を足していました。 ベビーチェアの高さとドアの鍵の位置が絶妙だったすると、わが子がトイレのドアの鍵に手を伸ばしました。ベビーチェアに座らせると、すぐ手の届くところに鍵があるということを、そのときまで気付きませんでした。トイレ内も広々としているため、自分は手が届かず、阻止することもできません。 これはまずい……と嫌な予感をしながら、とにかく急いで用を足そうと必死のわたし。しかしその予感は的中し、用を足している最中にわが子が鍵をガチャッと開けてしまったのです。 まさかの事態に恥ずかしさMAX!まだ便座に座った状態でドアが開いてしまい、扉の向こう側にいた人がびっくり!! わたしは急いで立ち上がって扉を閉めましたが、時すでに遅し、です。「ここをいじると開く」ということを発見したわが子はうれしくて、またやりたくて仕方ない様子。便利な設備だと思っていたベビーチェアが、恐怖の物品と化してしまいました。 その後もさまざまな場所のトイレに入りましたが、べビ―チェアと鍵の位置が近く、子どもの手が届いてしまうことがほとんどでした。そのため、自分の手で阻止できるくらいの狭いトイレにしか入れなくなりました。これはぜひ周知して、多くの施設に改善してもらいたいところです。 著者:ライター 岩崎未来三児(女・女・男)の母。出版社・編集プロダクションの勤務を経たのち、第一子出産を機にフリーランスに。現在は会社役員という肩書きを持ちながらも、ライター・編集者としても活動中。
2019年05月01日赤ちゃんの耳や鼻は大人にくらべると、とても小さいですよね。子育て中の私も、最初はどうやってケアしたらいいのかわかりませんでした。そんななか、息子が1歳のときに中耳炎を発症。そのときの体験談と耳と鼻のケアについてご紹介します。 1歳のときに中耳炎を発症当時、1歳の息子は風邪が1週間以上長引いていました。突然しきりに耳をさわり、激しく泣き始めました。普段の様子と違うと感じたため、耳鼻科を受診したところ、「急性中耳炎」と診断されました。 処方されたお薬を飲み、およそ1週間程度でよくなったことを覚えています。中耳炎を発症したことを機に、医師から赤ちゃんの耳と鼻のケアや注意したい症状について教わりました。 耳のケアは週に1回程度に医師に聞いた耳のケアは、週に1回、赤ちゃん用綿棒で耳の入り口付近を軽く拭く程度にするというものです。ケアしすぎるとかえって耳垢を奥に押し込んでしまうので要注意とのこと。 不機嫌な状態が続く、耳を痛がるなど、いつもと違った様子が見られる場合は、受診してほしいそうです。また、家庭では気付かない耳トラブルが潜んでいることもあります。耳鼻科を受診したことがない場合は、一度診てもらうと安心かもしれませんね。 鼻くそは無理にとらない気になる症状がなければ、とくに鼻のケアは必要ないとのことで、わが家でもほとんどしていません。入り口付近にある鼻くそは拭き取りますが、無理に取らないようにしています。 また、風邪をひいてサラッとした鼻水が出るときは、ティッシュでやさしく拭く程度です。鼻水が詰まって苦しそうであれば、吸引器を使って対処していました。ただ粘り気のあるドロッとした鼻水が出る、呼吸が苦しそうなどの症状がある場合は、早めの受診を心がけていました。 耳の付け根に垢がたまっていることも医師に指摘され、お湯で濡らしたタオルできれいに拭き取りました。教えてもらうことで、わかることがたくさんあります。少しでも気になることがあれば、専門医に相談すると安心できますね。著者:田中由惟一男一女の母。二人目の出産を機に食品会社を退職。現在は子育てのかたわら、記事執筆をおこなう。趣味はスポーツとピアノ、美味しいものを食べること。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年05月01日夜の寝かしつけも大変ですが、子どもがなかなかお昼寝してくれないのも困りますよね。 私は「お昼寝してる間にごはんの下ごしらえをしたいのに!」などとイライラしてしまうことが多かったです。 試行錯誤の末にたどり着いた「わが家流お昼寝寝かしつけ術」をご紹介します。 1日のスケジュールを固定1歳半くらいから、体力がついたのか、午前中しっかり遊ばせたつもりでも、なかなかお昼寝してくれないことが増えてきた娘。 育児本や保育園での過ごし方を参考に、まずは「1日のスケジュールを固定する」ことから始めました。 午前中は外遊び、11:30ごろにお昼ごはん、お昼寝、午後からは買い物や室内遊び、というようにスケジュールを決め、それをできるだけ崩さないようにしました。 もちろんイベントへ参加する日、遠方へお出かけする日、おじいちゃん・おばあちゃんが遊びに来る日など、スケジュール通りにできない日もありましたが、それ以外の日はスケジュールを守って、「お昼ごはんを食べたらお昼寝」という習慣づけをしました。 ちなみに、雨や猛暑で外遊びができないときには、お風呂での水遊びや、室内でソファを使ってトンネル遊びをして体を動かしていました。 おんぶひもが大活躍!習慣づけでお昼ごはん後に寝てくれるようにはなったのですが、ダラダラと寝かしつけに時間がかかることも多々ありました。 そんなときに活躍したのがおんぶひも! お昼ごはん後に娘をおんぶしながら洗い物していると、スーッと寝てくれるんです。 おんぶでピトッとくっついているのが、安心するのかもしれませんね。 私じゃなくて夫がおんぶした場合でも、スムーズに寝てくれました。 ベビーカーでお散歩♪15分くらいおんぶしても寝ないときには、最終手段としてベビーカーでのお散歩をしていました。 家の周辺をグルグル歩き回って、ゴトゴト揺れているうちに気持ちよくなって寝てしまうというパターンでした。寒いときでも寝てくれましたよ。 たまにベビーカーでも寝ないことがありましたが、その場合はもう寝かしつけを断念。「夜は早く寝るだろう」と、気持ちを切り替えてあきらめていました。「車でドライブすると寝る」というのもよく聞きますが、娘の場合はバックで駐車するときの「ピ、ピ、ピ」という音で結局起きてしまうので使えませんでした。 1日の過ごし方を固定する、おんぶひも、ベビーカーの3つで、ずいぶん寝かしつけのストレスが減りました。 著者:矢野あい子2歳の女の子、0歳の男の子の母。子どもは2人とも体外受精で授かる。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月30日私には生まれたばかりの娘がいます。安産で産後の経過も順調だったので予定通り退院し、自宅で新生児育児に奮闘していました。ところが退院して数日後、病院から1本の電話が。退院前日に娘が受けたスクリーニング検査で、異常が見つかったようなのです。不安になりながら再検査に行くことになりました。 電話で話を聞き一気に不安に…退院前日にスクリーニング検査をすることは聞いていたものの、当たり前のようにパスできると思っていました。正式には「先天性代謝異常等検査」というようです。難しい検査名を聞き、一気に不安になります。 どんな異常があったのか聞きましたが、「医師でないと説明できないので早めに病院に来てください」とのこと。すぐに予約を取り、翌日パパと生後間もない娘を連れて病院に行くことになりました。 必要以上にスマホで検索しないことにスクリーニング検査に関して無知だった私は、とりあえずどういった検査でどのような病気の可能性があるのかネットで調べることにしました。 検査の対象となる病気は20疾患あり、症状もさまざま。ネットに寄せられた代謝異常に関する体験談を目にし、さらに不安で押し潰されそうになりました。このままでは夜も眠れなくなる……と感じ、思い切ってスマホの電源をOFFにしてこれ以上調べないことに。不安な気持ちは手伝いに来ていた母に聞いてもらい、目の前の赤ちゃんのお世話に集中するよう努めました。 甲状腺の数値が…翌日緊張しながら病院へ行きましたが、小児科の先生も看護師さんも和やかに接してくれました。甲状腺の項目が少しだけ基準値からはずれていたと説明を受け、すぐに血液検査をしました。 結果が出るまで心配でしたが、先生から「甲状腺の項目以外は問題ないですからね。検査結果が出るまで2〜3週間かかりますが、それまではいつもと変わらず過ごしてくださいね」と説明を受けたことで落ち着きを取り戻しました。 仮に病気がわかっても、適切な処置をしてもらって娘の成長をサポートしよう! と前向きな気持ちで検査結果を待つこと2週間。「異常なし」という結果を聞き、ほっと胸をなでおろしました。 改めて感じたのは、「健康は当たり前ではない」ということ。家族みんなが元気に過ごせていることに日々感謝し、今後もママとして頑張っていこうと思います。著者:貫井ゆか一男一女の母。妊娠・出産・育児に関する記事の執筆を中心にライターとして活動中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月30日長男が生まれてからの生活のなかで、1番大変だと思った家事は洗濯でした。母乳を吐いてしまったり、おむつからうんちが漏れてしまったり、食べこぼしたりと、毎日洗濯をしても服が乾いていない……という事態も起こりました。洗濯の作業がすべて終わらずにたまってしまうことも……。今回は効率よく洗濯ができ、現在も実践している私流の時短テクをお伝えします。 洗濯の時間が取れなかった日々長男が生まれてから1歳くらいまでは、洗濯物との格闘の日々でした。子どもが小さいうちは、私が洗濯をしているからといって待っていてくれません。泣けばおむつを替えておっぱいをあげ、寝返りやハイハイ、立ち始めると目が離せなくなり、落ち着いて洗濯の時間を取ることが難しくなっていきました。 結果、毎日出る洗濯物と作業が追い付かず、山積みになっていく洗濯物。途方に暮れる日々を過ごすようになっていったのです。 洗濯作業の効率化を開始!時間がかかるのは、「洗濯機を回している時間」「干す作業」、そして「取り込み後に畳んで所定の場所にしまう」この3つの作業だと思い、そこを効率化してみることにしました。 まず、朝起きてから洗濯機を回していたのをやめ、夜タイマーをかけて朝7時に洗濯が終わるようにしました。 次に、ベランダで干し作業をやっていたのをやめ、部屋の中で干すようにしました。子どもの様子を見ながら作業ができるので、一時中断される回数が減りました。干し終わったタイミングで外に出せばいいので、最悪外に出せなくても干せないままの状態で中断してしまうことがなくなったのです。 取り込み後のひと工夫で効率化!最後に、取り込んだ後の作業を一度で終わるようにしてみました。取り込んだ洗濯物を1つはずしたら仕分けながら畳み、畳めた分だけ所定の場所にしまいます。取り込みから所定の場所にしまうまでを一度に済ませることで時短に繋がりました。 最も効率化できた作業は、取り込み後の作業だと思います。これで洗濯の作業時間が合計30分くらいで済むようになったのです。 家族全員分の洗濯を滞ることなくこなせるのは、とても気分の良いものです。家事は得意ではないですが、会社と同じように家事を仕事として考えて、効率化を図ることで大きな時短につながりました。今でも私はこの方法で洗濯作業をやっています。著者:川本 千華発達障害の長男、兄が大好きな次男を育てる2児の母。元ピアノ講師。自身の経験を活かし音楽・発達障害に関するライターとして活動中。
2019年04月30日仕事をしながら3人の子育てをしていますが、家事と育児と仕事の両立は答えの出ない永遠のテーマのようなもの。そんなわたしが自分なりに決めている、「これだけは守ろう!」と思っていることを3つご紹介します。 味噌汁は必ず作る仕事が忙しいときは、どうしてもお惣菜や冷凍食品に頼ってしまうこともしばしば……。たとえお惣菜や冷凍食品で済ませたとしても、味噌汁だけは必ず作るようにしています。 具材はその時々で違いますが、必ず3種類は入れています。そうすることで、子どもたちに必ず“母の味”を感じてもらうこともできるし、栄養面でもプラスになり、自分の罪悪感も軽減されます。 ながら掃除をする週に最低1回は必ず掃除の時間をつくっていますが、幼い子どもが数人いるとそれでは間に合わないほど汚れたり散らかったりします……。そのため、お風呂に入ったついでにちょっと床を掃除、ごはんを作るついでにちょっとシンクを掃除、と”ながら掃除”を心がけています。 掃除も片付けも溜めないことが肝心なので、散らかった物はその日のうちに必ず片付け、定期的に不用品は処分します。他にも、休みの日に子どもたちに「雑巾がけ競争だー!」と促し、掃除を手伝ってもらうこともあります。 休日はパソコンを開かない自宅で仕事をしているため、パソコンを開けばすぐに仕事ができる状況ですし、実際は休日も仕事が溜まっている場合もあります。しかし、子どもたちがいるとパソコンを開いても邪魔をされるか、もしくは子どもたちをほったらかしにするかのどちらかです。 いずれにせよお互いにストレスが溜まるのは当然の結果なので、どんなに仕事が溜まっていても休日の日中はパソコンは開きません。スマホでも仕事のやりとりはしません。子どもたちとの“今”の時間を大切にしようと心がけています。 その分、子どもたちが寝てから仕事をすることはあります。 仕事・育児・家事の両立のコツは?などとよく聞かれたり、話題になったりしますが、そんなものは存在しない!とわたしは思っています。あるとすれば、自分のなかでいかに折り合いをつけ、いかに子どもたちやパパにも納得してもらうか。今も試行錯誤しながらの毎日です。 著者:ライター 岩崎未来三児(女・女・男)の母。出版社・編集プロダクションの勤務を経たのち、第一子出産を機にフリーランスに。現在は会社役員という肩書きを持ちながらも、ライター・編集者としても活動中。
2019年04月30日妊娠して、2カ月〜4カ月の間、つわりに悩まされた私。つわりは赤ちゃんの「休んでサイン」だと思っていたのですがどうしても外せない仕事で無理をしてしまい……。今思い返しても大変だった話を紹介します。 つわりがつらいけど、仕事を休めない!妊娠して、2カ月〜4カ月の間、つわりに悩まされた私。朝起きると気持ちが悪い。でも仕事に行くとおさまる。職場を出ると、猛烈な吐き気に襲われる。帰り道はいつも、同僚や実家の母に電話をしながらごまかしていました。 つわりは赤ちゃんの「休んでサイン」だと思っていましたが、小学校の教師をしていて卒業生を担任していたため、どうしても外せない仕事で休むことができませんでした。毎日おなかの赤ちゃんに、「ごめんね。あと3日でお休みだよ」などと声をかけて出勤していました。 夫がノロウイルスに感染?そんなある日、夫が体調を崩しました。おそらくノロ。うつらないように気をつけながら、つわりでつらいなか看病をしました。さらに学年末、卒業式を控えて仕事が佳境に入っていたことなどが重なって無理をしたせいか、風邪をひいてしまいました。熱が39℃まで上がり、下がったかと思うとまた上がる……という状態が1週間ほど続きました。 ひとりの体じゃないんだ熱が下がらないこと、食欲もないこと、まだ、安定期でないことなど不安で不安で、赤ちゃんに、「ごめんね。頑張ろうね」と毎日話しかけ、寝ることに徹しました。 なんとか、熱が下がり、体調が戻ったときは、体重が3kg落ちてしまっていました。次の健診で赤ちゃんの心音を確認し、元気だと知らされたときは、安心して涙が出てきました。 そしてその後、無事子どもたちを卒業させることができました。 安定期に入るまで妊娠していることを職場に伝えられず、仕事をこなすことが本当に大変でした。身近な人には、早めに伝えて配慮してもらえるとラクになるので、誰にいつ伝えるかは、とても大事だと思いました。また、具合が悪いときは、勇気を出して休むこと、周りを信じることの大切さを学びました。 妊娠前は、少しくらい無理をしても大丈夫! でも、妊娠後はひとりの体じゃないということを身をもって体験しました。 著者:中村真夏3カ月の娘をもつ母。 現在は育休中で、毎日初めての育児を悩みながらも楽しんでいる。いつから仕事に戻るか迷い中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩)
2019年04月29日赤ちゃんのなかには、「シャフリングベビー」と呼ばれる子がいます。ハイハイをせず、おすわりの状態のまま移動することが特徴で、おすわり以外の成長は少しゆっくりとしています。わが家の娘もこの「シャフリングベビー」でした。そんな娘の成長過程や、その成長を保育士さんとともに見守った体験談をご紹介します。 成長がゆっくりだった娘娘は、成長がゆっくりとした赤ちゃんでした。首のすわりも遅めで、生後3カ月健診のときには母子手帳に「要観察」のハンコが押されました。その後、首がすわったのは生後5カ月に入ってからでした。 その後もうつぶせになるのは嫌がり、寝返りもできないまま。ただ、おすわりは生後7カ月くらいでできるようになりました。赤ちゃんの成長には個人差があると聞いていたので、「これも個性なのかなぁ」とあまり気にしていませんでした。 そして生後7カ月で保育園に入園。ゆっくりとした娘の成長を促すために、園では保育士さんが積極的にうつぶせの姿勢をとらせてくれていました。 「シャフリングベビー」と診断された!生後9カ月になってもハイハイどころかずりばいもしない娘。ただ、座ったままの状態でずりずりと移動することはできました。 そして生後10カ月のとき、小児科の健診で「シャフリングベビー」と診断されました。シャフリングベビーの特徴の「座ったまま移動」は、まさに娘がしている動作のこと。帰ってインターネットで調べてみると、うつぶせを嫌う、寝返りをしようとしない、おすわりは通常通り完成する、ハイハイをしないなど、娘に当てはまることばかりでした。 保育士さんのすすめで療育センターを受診生後11カ月のころ、保育士さんから市のこども療育センターに行くことをすすめられ、「専門家に診てもらえるなんてありがたい!」とすぐに受診。先生は言葉を選びながら慎重にお話ししてくれましたが、毎日娘と過ごしている私は「さほど心配いらないのでは?」と気楽に構えていました。 専門医の診察の結果は、「確かに成長はゆっくりだが、このまま様子を見てみてもいいでしょう」という内容。専門家のアドバイスにより、発達を促すマッサージを保育園・家庭の両方でおこなっていくことに。娘の状態に合わせて少しずつ内容を変えながら、毎日足のマッサージや足の曲げ伸ばし運動などを続けました。保育士さんもとても協力的で、本当に助かりました。 娘はその後、1歳でずりばい、1歳1カ月でハイハイ・つかまり立ち・つたい歩きができるように。そして、1歳3カ月のときにはひとりで歩くこともできるようになりました。マッサージの効果も大きかったかもしれません。 シャフリングベビーだった娘の成長は、普通の赤ちゃんよりゆっくりでした。その成長を保育士さんと一緒に見守り、サポートできたのは心強かったです。発達を心配された娘も、歩けるようになってからの成長は周りの子どもと同じペースに。そんな娘も今では小学6年生。元気に大きく成長してくれました!著者:久保田さや長女(小6)・長男(小1)・次男(2歳)の母。歯科衛生士。育児と仕事を両立しながら衛生士としてキャリアを積む。第3子出産後は、専門知識や子育て経験を中心に記事執筆を行う。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月29日赤ちゃんとの毎日がもっとラクに、もっと楽しくなる。ベビーカレンダーは、そんな毎日を応援するコラムを絶賛連載中! 今回は、3つのプチ時間でストレスが解消され、気持ちがラクになったというママの体験談です。 初めての子育てで毎日子どもとべったり過ごしていると、自分だけの時間がまったくなく、知らず知らずのうちにストレスが溜まっていました。子どものことは無条件にかわいいと思いながらも、どうしてもイライラしてしまうことがありました。私の育児をラクにしたのは、自分のためのプチ時間を持つことでした。どんなことをおこなったか、その内容をお伝えします。 その1.ひとりお風呂タイム子どもが生まれてから、ひとりでゆっくりお風呂に入る時間がありませんでした。そこで、夫に子どもを見てもらってひとりでお風呂に入る時間を設けてみたのですが、これがとても良かったのです! 週に1度のたった20分くらいの時間ですが、自分のためだけに使えるお風呂タイムはとてもリラックスでき、リフレッシュにもなります。 子どもが1歳を過ぎたころには、一緒に入ってもある程度ゆっくりお風呂タイムを満喫できるようになりました。しかし、ひとりお風呂タイムはその後もずっと続けさせてもらっています。 その2.ひとり趣味タイム私のひとり趣味タイムは、読書です。子どもが寝ている時間はとても貴重で、今のうちに家事を済ませておかなくては!と思っていましたが、そのうちの数分~十数分を自分の趣味にあてると、驚くほど充実した1日になることがわかりました。 じっくり読書するのもいいですが、短い時間に少しずつ読んでいくのもメリハリがあってなかなかいいものです。1カ月で文庫本1冊を目標に、無理せず気楽に楽しんでいます。 その3.自宅で“ながらカラオケ”わが家の場合、誰かに子どもを預けてひとりで外出できない状況だったため、出産前までのストレス発散法だったカラオケにもずいぶん行けていませんでした。そこでやってみたのが、スマホアプリを使って自宅で“ながらカラオケ”をすることです。 カラオケ屋さんほど大きな声を出すことはできませんが、抱っこで子どもを寝かしつけながら子守歌代わりに歌ってみたり、家事をしながら歌ってみたり、採点もできて大満足! 予想以上にストレス発散になりました。 子どもとの時間はかけがえのないものですが、自分の時間が持てなかったことで知らず知らずのうちに心に余裕がなくなっていました。ほんの少しですが、自分のための時間があること、自分の心を穏やかにできる時間があることは、子育てするうえでも大切なんだということに気付きました。著者:長濱 ともこ一女の母。妊娠・出産を機に保育や児童教育を勉強。現在第二子妊娠に向けて妊活中。育児や子どもの成長、二人目妊活に関する体験談を執筆中。
2019年04月29日28歳のときに不妊治療で第一子を授かり、出産した筆者。第一子である娘が1歳を過ぎたころから第二子の不妊治療を始めたのですが、治療を受けるなかで失敗したと思うことがいくつかあります。今回はその失敗体験を紹介します。 不妊治療の記録をすべて捨てた待望の第一子は、タイミング法を3回した後の人工授精3回目で授かりました。おなかの赤ちゃんは順調に育ってめでたく出産となったのですが、産後2カ月が経った後に急遽夫の転勤で引越しをすることに。 引越し後は見知らぬ土地で子育てをしながら片付けにハマり、勢い余って第一子の不妊治療に関する書類をすべて捨ててしまったのです。第二子の治療は引越し先の病院で受けたため、過去の資料が一切なくて困ったのを覚えています。 領収書の管理がいいかげん第一子の不妊治療では人工授精3回目で娘を授かることができたので、治療にかかる費用はそこまで高額にならず助成金の申請はおこないませんでした。 けれど、第二子の不妊治療では10回を超える人工授精をおこなっても子どもを授かることができませんでした。治療費も高額になったため助成金申請をしようとしたところ、領収書がいろいろな場所に保管してあったり日付通りでなかったりして大変な手間がかかり、領収書の管理はきちんとしておく必要があると痛感しました。 妊娠に対する考えが甘かった不妊治療当初から「自然妊娠をする確率はほぼゼロで体外受精でも難しい」 と先生から言われていましたが、娘を3回目の人工授精で授かったので次も思っているよりも簡単に妊娠すると考えていました。 ところが、人工授精12回、体外受精を1回おこなったものの未だに妊娠に至っていません。筆者も夫も年齢はどんどん高くなり、体も衰えていくなかでどこまで治療を続けるのかまだ決めていません。出費は増え続ける一方なので、子どもが授からなかった場合にいつ諦めるのかを考えなくてはならないなと思っています。 不妊治療をしていると、まだ見ぬ未来の赤ちゃんと会える日を楽しみに気持ちが前向きになる一方で、現実的に考えなくてはならないことがたくさんあり、気持ちが後ろ向きになることもあります。それでも、後悔のないように納得のいくまで治療に取り組んでいきたいです。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:ライター 吉川麻和一児の母。娘の出産を機に仕事を退職し、現在は子どもの成長に合わせた働き方を模索中。不妊治療の経験や子育て経験に基づき執筆中。
2019年04月29日結婚して2年、なかなか子宝に恵まれず2年間不妊治療に通い続け、2度の化学流産を経験。不安と喜びの妊娠期間を過ごし、やっと会えた息子。 次の日、小児科の先生から告げられた言葉は、出産したばかりの私にはあまりにも衝撃的でした。 念願の妊娠、出産! だけど……結婚後、なかなか子宝に恵まれず、不妊治療に通い始め、タイミング法をおこなっていましたが、2度のつらい化学流産を経験しました。「神様があきらなさい」と言っている、と本気で思っていました。 半分あきらめながらも治療を続け、超音波検査で赤ちゃんの入った袋が見えたときの感動は、今でも忘れられません。2回化学流産したこともあり、妊娠中はちゃんと育ってくれるか不安でしたが、特に問題なく順調に経過し、あっという間に出産のときを迎えました。 初めてのことでもうろうとしながらも無事に出産。夫も立ち会ってくれ、私たちにとって忘れられないものとなりました。病室に戻り2人で喜んでいたのですが、呼吸が安定しないため、保育器で様子を見ることになり、私も夫も不安でしたがそれ以上に生まれてきてくれてやっと会えた喜びのほうが大きく、次の日からの母子同室を楽しみにしていました。 ところが、次の日の朝、医師から「午前中いっぱい様子を見て、大学病院に転院するか決めます」と言われ、祈るような気持ちで午前中を過ごしました。息子に何が起こっているのか? どういう状況なのかわからず不安でいっぱいでした。お昼前、小児科の先生から告げられた言葉は、私たち夫婦にとって衝撃的なものでした。 大学病院で検査?「呼吸が安定しません。専門の所で見たほうが安心なので、今から転院しましょう。 それと、染色体異常の可能性があります。検査をしたほうがいいでしょう」 言葉が出ませんでした。昨日まで、生まれてきてくれたこと、不安だけど楽しみな育児。「早く抱っこしたい」と夫と2人で話していたのがなんだか夢のようでした。 それから、1時間もしないうちに救急車が来て息子は大学病院へ。夫も手続きのため、追いかけるようにして大学病院に行ってしまい、産婦人科の病院で部屋にひとり。あまりの展開に状況が飲み込めず、泣くことしかできませんでした。 しばらくして戻ってきた夫とは、何を話していいかもわからず、2人ともお互いに心配かけまいと「大丈夫、きっと大丈夫」と声を掛け合うしかできませんでした。 それから退院まで、できる限り搾乳して昼から夕方まで息子のいる大学病院に会いに行き、産婦人科に戻って休むを繰り返していました。 おっぱいは張って痛いのに、息子は側におらず他の人の赤ちゃんの声で眠れない……。入院中、先生やスタッフの皆さんはとても良くしていただいたのですが、ひとりで産婦人科に入院していることがとてもつらかったです。 検査結果は……息子より一足先に私が産婦人科を退院し、3日後に大学病院を息子が退院することに。 息子の退院の時点では、検査結果は出ておらず後日結果を聞きに行くことになりました。 初めての育児、丸1日を息子と初めて過ごすことに不安もありましたが、何より息子を抱きしめることができて、うれしかったです。 慣れない育児に悪戦苦闘しながら、毎日はあっという間に過ぎていき、息子が生まれて1カ月後、大学病院に検査結果を聞きに行く日が来ました。 夫婦2人とも眠れぬ夜を過ごしたかと思います。 結果は「21トリソミー(ダウン症候群)」でした。 先生がいろいろ説明してくれたことがほとんど耳に入らず、帰りの車の中では、ただぼんやり外を眺めていました。 本当に自分の息子がそうなのだろうか? 何かの間違いでは? そんなことを延々と考えていたような気がします。 息子はもう3カ月を迎えました。 正直、今でも結果を完全に受け入れることができているかは自分にはわかりません。ですが、800〜1000人に1人の確率でしか生まれない「ダウン症候群」。そんな息子に選ばれた私は、息子が教えてくれること、息子からしか学べないことがきっとあり、私しかできないことがきっとあると思い、毎日の子育てに奮闘しています。 涙が出ることもあるけれど、「私が今悩んでも不安が息子に伝わるだけ。息子が思い悩んだときに一緒に悩んで考えよう」と思い前向きに育児に取り組んでいます。 著者:塩田 沙織現在、3カ月の息子の育児に奮闘中。育休前は、介護福祉士として病院勤務。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月28日昔と比べて帝王切開で出産する人が増えてきたと言われています。筆者もその1人で、予定日を2週間過ぎても陣痛が起こらず陣痛促進剤も効かなかったために、帝王切開で産むことになりました。立ち会い出産を望んでいた夫は、手術も立ち会うことになりました。 夫は手術室の入り口から帝王切開に立ち会えるかどうかは、産院の判断で異なるそうです。筆者が出産した産婦人科は、パパ限定ではありますが、手術室に立ち入ることはできませんが、入り口から様子を見守ることはOKでした。 初めての出産&初めての手術に極度に緊張していた筆者は、夫が見守ってくれていることがとてもありがたかったのですが、すぐに後悔することになります……。なぜなら、手術台の上にすっぽんぽんで横たわっていなければならなかったから……! 手術が始まるまでは丸裸!部屋から1枚だけ羽織っていった手術着を脱いで、丸裸で手術台の上に横たわりました。そのときは恥ずかしいどころでなく緊張していたので、まったく抵抗がなかったのですが、後から夫が入口に現れたときに、ホッとしたのと同時に状況を客観的に捉えたところ恥ずかしさにおそわれ、「やっぱり外で待っていてもらえばよかった」と思いました。のちのち夫は「正直ギョッとした」と笑いながら言っていました。「パパだけならOK」という意味はこれか……!と納得もしました。 唯一無二の思い出に入口に立っている夫に看護師さんが椅子をもってきてくれ、夫がお礼を言っているのが聞こえてきます。すると看護師さんは「時々貧血で倒れるパパがいるので、危ないから座っていてくださいね」と笑いながら答えていました。 それを聞いて心配でしたが、夫の場合は終始笑顔で、立ち会えるのがとてもうれしかったようです。手術というすさまじい場面ではありましたが、赤ちゃんが取り上げられたときには私も夫も涙ぐみ、無事に生まれたことに感謝・感動しました。 急きょ帝王切開が決まり、心の準備ができないうちに手術が始まりました。「やっぱり立ち会いはしてもらわないほうがよかったかも」と途中で考えたりもしましたが、夫が話す出産の様子を、成長した子どもが喜んで聞いているのを見ると、手術でも立ち会い出産ができてラッキーだったなと感じています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩) 著者:ライター 銀鏡あゆみ二児の母。生まれ育った町で、自身の父母・祖母・夫・子ども2人との大家族で暮らす。地元を中心に取材・撮影・執筆を行うライター。
2019年04月28日長女は卵と乳製品にアレルギーがあり、今は除去食の給食を食べることができていますが、1歳までは弁当を持参していました。他にもミルクやおやつなど、保育園で口にするものすべてを持参しなければならず、日々の着替えやおむつの準備に加え、働きながらの毎日の弁当作りはとても大変でした。 医師からの弁当持参の指示生後4カ月ごろ、顔と体の湿疹がひどかったことから受けたアレルギー検査で、卵と乳製品にアレルギーがあることがわかりました。その後保育園への入園が決まり、保育園での食事について医師に相談に行きました。すると、「卵のアレルギーがひどいので保育園には弁当を持って行ってください。その他、ミルクやお茶も含め口にするものはすべて持って行ってください」と言われました。 保育園に通い始めたのが生後5カ月で、それから2歳の誕生日直前まで、約1年半の弁当持参の日々が始まりました。 大変だった弁当作り大人の弁当は作ったことがありましたが、子どもの弁当は作ったことがありません。しかも離乳食期の弁当なんて、何をどうしたら良いのか手探り状態で始めました。 保育園での給食のように栄養バランスも考えなければという気持ちと、わが子だけ周りの友だちと違うごはんはかわいそうかなという思いから、その日の給食のメニューと似たものを作ろうと頑張ったこともありました。しかしそれはとても大変で、働きながらとなると私には無理だったので、それからは自分なりに栄養バランスを考えた弁当を作りました。 保育士からのうれしい言葉2歳になる直前、医師から保育園で作った給食を食べてもいいと許可が出たことで、約1年半の弁当作りは終了しました。 給食を食べるようになって半年ほどたったある日、ある保育士さんと話をしました。その保育士さんは長女が生後5カ月で入園したときからずっと担任をしてくれている方でした。 「お弁当作りお疲れ様でした。給食もおいしそうに食べていますが、お母さんのお弁当のほうがうれしそうに食べていましたよ。お母さんが作ってくれたんだと友だちに自慢していましたよ」と。その言葉を聞いて涙が溢れました。 毎日の弁当作りはとても大変でした。しかし1番の気がかりは、長女の気持ちや様子でした。 そのときの保育士さんからの言葉でわかった長女の様子をうれしく思ったのと同時に、弁当作りを頑張ってよかったという気持ちでいっぱいになりました。著者:松裏幸恵二男(二卵性の双子)一女の母。薬剤師として働きながら子育てをしている。自身の妊娠・出産・育児に関する体験談を中心に執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月28日出産前は、夫が経営している整骨院で施術スタッフとして働いていた私。出産後に保育園を検討しましたが、息子がかわいすぎて離れたくない! と思ったので、子連れ出勤をしてみることにしました。実際に子連れ出勤をしてみて大変だったこと、よかったこと、同僚の反応などをお話ししたいと思います。 生後4カ月、初めて息子を連れて出勤まだ動きがスローな息子は、寝返りもせず静かに待合のベビーベッドに寝ていました。いつも人がいて、私たち両親の声も聞こえてくる整骨院は、息子にとって安心できる環境だったようです。ご機嫌に過ごして、ぐずることもほぼありませんでした。 成長するにつれ、ベッドからフロアにベビーサークルを置いたり、プレイマットを敷いたりと変えていきましたが、息子は自分の落ち着く場所を見つけて遊んでいました。息子に人見知りがなく、初めての場所にもすぐなじむのは、職場に連れて行き、常に人がいる環境に慣れていたからかなと感じています。 子連れ出勤できたのは周りの協力のおかげ子連れ出勤を始めたときに、もし息子の負担になっていると感じたら保育園通園を考えようと思っていました。赤ちゃんの生活リズムは大人とは違いますし、子連れ出勤を始めてみると、息子に合わせて仕事を中断しなければならないことも多々あります。 しかし、授乳、寝つけないとき、お母さんが恋しいときなど息子が欲求を示していたらなるべく待たせず、我慢させなくていいように対応していました。そのためには同僚やお客さんの協力が不可欠。周囲の協力と温かく見守ってもらえたことで息子は快適に過ごすことができ、何より私の助けにもなりました。 子連れ出勤は大きな家族で育てている感覚時には息子もぐずったり、遊んでほしそうなときがありますが、私もどうしても手が離せないときがあります。そういうときにはお客さんが絵本を読んでくれたり、手のあいている同僚が気分転換に外に連れ出たしてくれたりしました。迷惑じゃないかと心配したこともありましたが、息子がみんなの元気の源・癒しの存在になっていると言われてうれしく思いました。 実家に息子を預けてひとりで出勤したときに、みんなから「今日はいないの?」と、とてもがっかりされてしまうくらい、現在ではなくてはならない看板息子になっています。たくさんの人に愛され育ててもらっているおかげで、息子は心伸びやかに育ってくれています。 子連れ出勤は赤ちゃんの調子やリズムに合わせることが大変ですが、周囲の協力があればさほど困ることはありません。息子がたまに泣いたりぐずったりしても気にならないくらい、赤ちゃんが1人いるだけでその場の雰囲気がなごむようです。そばで成長を見守ることもできますし、子連れ出勤にして本当によかったと思います。そしてそれを可能にしてくれた周囲の方々に感謝しかありません。著者:山下 ひいこ一児の母。看護師・鍼灸師の資格を持ち、逆子治療やマタニティケアなどを行っている。自身の経験を生かし、不妊や妊娠・育児に関する体験談を中心に執筆活動を行う。
2019年04月28日偶然が重なり、当初の自分の中での計画より早く、生後4カ月半で保育園に入所できることが決まって喜んだのもつかの間、完母で育ててきたので哺乳瓶&ミルクをまったく受け付けないわが娘! 保育園に入所したら1カ月以内に復職しなければいけないため、職場復帰の期日が迫り焦るなか、慣らし保育の1カ月間、哺乳瓶&ミルクと格闘した体験記です。 根拠のない自信で大失敗生後6カ月ごろに保育園に入れようと予定していた次女。長女も完母で育てたものの、哺乳瓶に対してさほど抵抗感を示さなかったため、次女もきっと大丈夫だろうと完全に油断していました。保育園が決まったら2週間前くらいから練習を始めようと考え、生後3カ月まで一切哺乳瓶を使用せずにきたのです。 ところが! 想定していたより2カ月早く保育園入所が決まった娘。急いで哺乳瓶の練習を始めるも、哺乳瓶の乳首をおもちゃのように舐めるだけで、吸うものとして認識してくれないのです。 哺乳瓶経験ゼロからのスタート次女を産んだ病院は母乳育児を推奨しており、哺乳瓶もできるだけ使わないようにという指導をされていました。ケイツーシロップなども哺乳瓶で作りはしますが、乳首からではなく、哺乳瓶のキャップをコップにして飲ませるように教えられ、そのようにしていました。ですので、過去に一度も哺乳瓶の乳首をくわえたことのない状態だったのです。その結果が哺乳瓶の完全拒否……。哺乳瓶の乳首を口に入れることさえできないときもありました。 試行錯誤の日々ありがたいことに、わが家にはおさがりでもらった哺乳瓶や乳首が大量にあったので、娘に少しでも合いそうなものを探し、ありとあらゆるものを試してみました。哺乳瓶ではどうしようもなくなったときのために、マグタイプのものも同時に試す始末。 また、最悪はスプーンでミルクを飲ませてもらおうと、ミルクそのものに慣れる練習も繰り返しました。必死に格闘すること3週間、ようやく哺乳瓶で20cc程飲めるようになり、そこからは量との戦いでした。 パパや家族も参戦しての猛練習保育園からは、1回に100cc飲めるようにならないと午後以降も預かることができないと言われたものの、なかなか量が増えず、焦るばかりの私。見かねた夫が試しにやってみると、私がやるよりも飲みが良いのです。私からは母乳が出るのをわかっているので、抵抗しているかのようでした。 時には祖母の手も借り、いろいろな人からミルクを与えられるようになると、徐々にですが量が増えていき、職場復帰のわずか2日前に、ようやく100cc飲むことに成功したのでした。 ミルクをあげないにしても、搾乳した母乳を哺乳瓶であげるなど、少しでも哺乳瓶に慣れさせておけばと後悔ばかりです。それに、あの状況下でもしも急に私が倒れ、母乳があげられなくなっていたらと思うとゾッとします。3人目ができたときには迷わず早期から練習をしようと心に決めました。著者:笹谷みずき二女の母。地方の住宅街から離れた山の中在住。現在は外勤めですが、いつかは自宅周辺の自然を活かした事業を起こしたいと目論見中。地方での出産・子育ての楽しさを伝えるべく、自身の体験談を中心に執筆中。
2019年04月28日わが子は赤ちゃんのころ、大泣きをして失神したことがあります。この症状、「泣き入りひきつけ」と呼ばれているのだそうです。今回は、「泣き入りひきつけ」を起こしたわが子を前に、パニックになってしまったときの体験談をお伝えします。 赤ちゃんが大泣きしていると思ったら……下の子がおすわりできるようになったころ、お姉ちゃんの持っているものがどうしても欲しくて、下の子が大泣きしてしまいました。もともと気性が激しい子だったのですが、かなり激しく泣いているうちに突然過呼吸のような状態に。さらには失神してしまったのです! それを見ていた私はびっくりしてパニックになり、わが子の名前を呼び続けました。呼びかけていると目を開けたのですが、ボーっとしている状態。病院に連れて行こうかとも考えましたが、しばらくするといつもと変わらず元気だったので様子を見ることにしました。 健診で「泣き入りひきつけ」だと知るその後、また同じように大泣きして失神。そのときもすぐに元気になったのですが、2度も失神したことから、さすがに心配になりました。ちょうど保健所の集団健診があったので、その際に医師に相談してみると「泣き入りひきつけ」という症状だと知りました。 「泣き入りひきつけ」は、大泣きすることで一時的に脳に行く酸素が減り、けいれんや失神を引き起こすというものだと聞きました。脳が未発達のために、生後半年から2歳くらいまでの子どもに起き、大きくなるにつれてなくなっていくそう。実際にわが子の場合も、失神してしまったのは2度だけでした。 「泣き入りひきつけ」を起こしたら……赤ちゃんが失神した姿を見ると、どうしてもパニックになりがちです。私の場合もパニックになり、赤ちゃんを抱き起こして、大きな声で名前を呼び続けました。 しかし、泣き入りひきつけを起こした場合、揺すったり刺激を与えたりしないで、と医師からは言われました。多くの場合は短い時間で失神やけいれんが治まるそうなので、子どもの衣服を緩め、横にして安静にさせてあげることが大切とのことでした。 以上、わが子が泣き入りひきつけでパニックになってしまった体験談をお伝えしました。みなさんは泣き入りひきつけを経験したことはありますか? 小さい子どもには起こり得ることなので、知っておいて損はないと思います。著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月28日ファーストシューズ選びは、迷いつつも楽しいもの。第一子のときは、5,000円以上するブランドのスニーカーを購入しましたが、第三子は2,000円台で購入できるIFME(イフミー)のスニーカーにしました! その理由を、こちらの靴の魅力とともにお伝えします。 第三子にして最大の足!わたしには3人の子どもがいますが、第一子のときはブランドのスニーカーをファーストシューズとして購入しました。第二子も、それなりのものを購入。ファーストシューズを履く期間や回数は限られているので、2人のファーストシューズはまだきれいな状態でした。 第三子もちょうど1歳でよちよち歩き始め、いざファーストシューズを購入する時期に。ところが足の大きな第三子はすでに13cmの靴がぴったりの大きさだったのです。 2,000円台で購入できる手軽さも魅力のIFME(イフミー) ファーストシューズは短期間しか履かないことや、最初は履かせるのに手こずることがわかっていたので、あまり高い靴を買う気はありませんでした。かといって、安すぎるペラペラの靴でも心配です。 さらにわが子の足は幅が広め。とあるメーカーの靴だと幅が狭すぎて痛がるようなこともあったため、足の形に合うかどうかも決め手でした。手頃な価格で、足に合った安心できるつくりで、履かせやすい靴を探したところ、それがIFMEだったのです。 バリエーション豊富で安心設計! IFMEの靴は早稲田大学スポーツ科学学術院と産学共同開発されているため、そのしっかりしたつくりは手に取ってみるとすぐにわかりました。 左右色が違うインソールには土踏まず形成のための工夫が施されているほか、履くときに引っ張るための紐がかかと部分についていたり、反射板がついていたりと、納得の安心設計なのです。 特によかったのは、キネティックベルトというベルト部分です。パカッと大きく履き口が開くので履かせやすく、足の甲にフィットするようにベルトを留められるため、脱げる心配もありません。幅も広めで、わが子にはぴったりでした。色・柄・形はかなりバラエティ豊富ですが、何にでも合わせやすそうな黒のレザー風のものを選びました。 本人もIFMEの靴が快適なようで、サイズアップしても、保育園の靴もIFMEと、だいぶお世話になっています。他のメーカーの靴もあるのですが、履かせると嫌がったり脱いでしまったりして、結局自分でIFMEの靴を持ってきて履こうとするくらいです。値段もお手頃なので、とても助かっています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。 著者:ライター 岩崎未来三児(女・女・男)の母。出版社・編集プロダクションの勤務を経たのち、第一子出産を機にフリーランスに。現在は会社役員という肩書きを持ちながらも、ライター・編集者としても活動中。
2019年04月27日先日は、娘に胎内記憶について聞いたエピソードをお伝えしましたが、今回は息子に聞いたエピソードをご紹介します。ごっこ遊びやおしゃべりが大好きな息子なので、半分は想像だったのかもしれませんが、とってもおもしろい内容だったんです。 おなかの中はせまくて大変だった?息子と2人きりの昼下がり、リラックスタイムに聞いてみました。「ママのおなかの中はどうだった?」と聞くと、「あたたかかったよ。ピンク色だった。ずっと泳いでいて疲れちゃったよ」とのこと。 ママのおなかの中が気持ちよかったとは言ってくれない息子に、私はあわてて「大変だったの? よく足で元気よくおなかを蹴っていたよ」と話しました。すると息子は、「泳いでたからね」という言葉に続けて、「せまいのに、太いホースがあったからジャマだった」と話をしていました。 長いホースがジャマだった?おなかの中はせまくて大変だったと話す息子は、次に「早くママに会いたかったんだよ。ひとりでさみしかった。だから、すごく頑張って出てきたんだ」と言います。そして、寝ころがって足で壁をけり、ぐるぐる回って前に進んでみせながら、「ホースが長いんだよね」と息子が言ったとき、私はハッとしました。 実は息子が生まれたとき、首にへその緒が巻き付いていたんです。「ホースにジャマされたの?」と聞くと、息子は首を触って「そう」と言いました。 ママを助けに来た!?今度は「なんでママのところに来てくれたの?」と息子に聞くと、「だってママがかわいそうだったから。あと、かわいかったから」と言う息子。かわいそうだったと言われて、ちょっと驚きました。私は子宮内膜症で、心身ともつらい妊活をしていたのです。わが子を授かったと知った瞬間に、私は「助けてもらった」と感じたことを思い出しました。 ママのおなかの中の様子を話してくれた息子に「ありがとう」と言って、私はハグをしました。やさしい天使が私のところに来てくれた、そう思えるとってもいい時間でした。 今では生まれたときの倍の身長なのに、「おなかの中にもどる」と服に頭を突っ込んでくる甘えん坊な息子。怒られるようなこともたくさんするけれど、とっても愛おしい存在です。著者:斉藤あや大人しく内気な娘と楽天的で活発な息子、男女二児の母。ママ・パパに役立つ情報をお届けすべく、これまでの育児経験を生かして、育児の工夫やお役立ちグッズなどの情報を発信中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月27日3人の子どもを出産し、それぞれ異なる陣痛を経験しました。私は2人目が5年ぶり、3人目が7年ぶりと、それぞれ出産の間隔が空いていたせいもあるのかも知れません。ですが、やはり出産というのは毎回異なるものなのだと実感しました。 朝起きたらおなかがキューっと第一子のときの陣痛は、妊娠40週の朝に始まりました。前日まで何ともなかったのですが、朝起きると下したような痛みを感じました。「まさか?」と思っていると、徐々にキューっとおなかがしめつけられるような痛みに変わっていきました。 午前中は痛みが来るのが20分間隔になったり、10分間隔になったりと不規則でした。また、痛みも我慢できる程度でしたが夕方になると、10分ごと規則的に来るようになり、同時に会話もできないほどに。そのまま陣痛の間隔が狭くなり、夕方6時に病院へ行き、夜8時に出産となりました。 前駆陣痛が2週間もダラダラと第一子の出産から、5年ぶりの出産となった第二子の出産。第二子のときの陣痛は、妊娠38週の夜に始まりました。妊娠36週に入ると、毎晩のように前駆陣痛がありました。妊娠時から切迫早産の診断を受けていたため、おなかが張りやすいこともあったのかも知れません。 夜になると弱いおなかの張りがあり、20分間隔から15分間隔になるものの、眠気とともに遠のいてしまう日々が2週間も続きました。毎日の前駆陣痛がさすがに嫌になり、妊娠38週の夜に「今日産む!」と宣言し、前駆陣痛が始まった夜10時のタイミングでスクワットを開始して、夜中2時に本格的な陣痛に変わり病院へ。そのまま陣痛が進み、朝5時半に出産となりました。 前駆陣痛、微弱陣痛からの本格的な陣痛へ第二子の出産から、さらに7年空いた第三子の出産。第三子のときの陣痛は、妊娠39週の夜中に始まりました。2、3日前から夜に前駆陣痛があり、15分間隔にまでなるものの、遠のいてしまい朝を迎えていました。 そして出産当日の午前0時過ぎ、また前駆陣痛かと思っていたら、おなかの張りが10分間隔まで狭まり、「これは!」と思い病院へ連絡。病院へ着くとすぐ陣痛室へ入り、助産師さんたちがお産の準備をしてくれていました。ところが5分間隔にまでなったものの、張りが弱くなってしまい、一旦病室へ戻ることに。ベッドで弱い陣痛を感じながらもウトウトしていると、朝7時ごろに陣痛が強まりだしました。再度陣痛室へ移動し、そのまま出産となりました。 「出産は毎回違う」と耳にしたことがありましたが、実際に自分が経験してみて、本当にそうなのだと感じました。一度経験しているから……と思っていましたが、始まり方、痛みの感じ方、陣痛の時間など、すべてが異なっていたので驚きました。経産婦だと陣痛の痛みを知っているため、2回目、3回目の陣痛、出産には恐怖がありました。でも反対に、お産の流れや痛みへの覚悟があるため、心強い部分もありました。これから第四子の出産を控えていますが、また頑張りたいです。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩) 著者:ライター 木村なち三児の母。現在4人目を妊娠中。パニック障害を抱えながらの妊娠・出産・育児の経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2019年04月26日自己主張が激しい、何を言っても聞いてくれない……。特に初めてイヤイヤ期を経験するママにとって、この時期の精神的負担は大きいと思います。今回は、私自身がイヤイヤ期を通して学んだことを紹介します。 どうしてイヤイヤするのかイヤイヤは「反抗」しているように見えますが、実は違うといいます。育児相談で子どものイヤイヤについて相談すると「自分でやりたい自我が育ちながらも、思うようにできない葛藤をイヤイヤで表現している」という話を聞きました。 またイヤイヤ期は、感情をコントロールして気持ちを抑えることが難しい時期でもあると教えてもらいました。それからは、イヤイヤを通してどうしたら自分の気持ちをコントロールできるかを学んでいるのかもしれないと思うようになりました。 イヤイヤ期にどう付き合うかイヤイヤ期の付き合い方は1つではないと思います。「こうすればうまくいく」というのは子どもによっても違うようでした。 私自身がイヤイヤ期を経験して一番感じたことは「基本的に子どもの気持ちが落ち着くまで待つしかない」ということでした。いつも真向から子どもと向き合い、疲れてしまったことも。ある程度は「仕方ない」と割り切ることも大切で、ときには「今日だけ特別よ」という対応があってもいいという気持ちでわが子と向き合いました。 私は「急がば回れ」の気持ちで寄り添った!イヤイヤ期のわが子にとって「ママが手厚く関わってくれた」ということが重要だったんだと思う場面がいくつもありました。つい子どものイヤイヤを抑え込もうとしてしまいがちでしたが、むしろ安心して自分の思いを表現させてあげるほうが落ち着いてくれることも多かったです。 対処するのは本当に大変でしたが、やさしく寄り添ってあげることで「子どもは愛されている」と実感できるのではないかと私は思います。イヤイヤ期は「急がば回れ」の精神で子どもの気持ちに寄り添い、乗り越えていくことができたと感じています。 大人の正論を貫こうとするほど疲れることが多かったイヤイヤ期。気を張りつめすぎずに緩めることも大切だと学びました。著者:田中由惟一男一女の母。二人目の出産を機に食品会社を退職。現在は子育てのかたわら、記事執筆をおこなう。趣味はスポーツとピアノ、美味しいものを食べること。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月26日娘がまだおなかの中にいたときは、快適に過ごしているだろうか、窮屈じゃないだろうかと気がかりだったことを覚えています。そこで、おしゃべりがじょうずになった娘に「おなかの中にいたときはどうだった?」と聞いてみることに。その答えがとっても不思議だったんです。 お風呂に入りたかった?保育園に通い、おしゃべりがじょうずになったころ、「ママのおなかの中はどうだった?」と娘に聞いてみました。すると、ニコニコしながら絵を描き始めた娘。 底が丸い池のような絵の上に、顔のついた人のような絵を描いて、娘は「熱ーいお風呂があった。入りたくて、ここからジャボーンって飛び込んだ。やけどしちゃった」と言っていました。娘いわく、そのお風呂のお湯はとにかくたくさんあったそうです。たしかに私は、妊娠糖尿病で軽度の「羊水過多」だったんです。 ピンク色だった?娘が楽しそうに絵を描きながら、おしゃべりを続けるので、そのまま聞いていることにしました。そのときにピンクのクレヨンを選んで絵を描いていたので、「ピンクだったの?」と聞くと、「そう!」とのこと。おなかの中はピンクだったようです。 続けて「温かいからずっとプカプカしていたの」と言っている娘の姿を見て安心しました。どうやら私のおなかの中は快適だったようです。その姿を見た私は幸せな気持ちでいっぱいになり、娘を抱きしめました。 弟ができることを知っていた?さらに娘は「もう1人、お風呂に入りたいって待っている子がいるんだよ」と言いながら、せっかく描いた絵の上に黒いボールペンで「はなまる」を上書きしました。これは保育園の先生のマネっこです。「話がそれて、空想の話になっちゃったかしら?」と思いながら、当時は娘が描いた絵を記念として写真におさめました。 この少しあとに私は2人目を妊娠。「もしかして、あのとき娘が言っていた“もう1人”ってこの子のことなのかも」と、さらに不思議な気持ちになったのでした。 個人的に、女の子のほうが言葉が早い子が多く、胎内記憶についても話を聞きやすいと感じています。胎内記憶について聞いてみたい! という方は、何度もしつこくは聞かずに、リラックスしているときに聞いてみると思い出しやすいそうですよ。著者:斉藤あや大人しく内気な娘と楽天的で活発な息子、男女二児の母。ママ・パパに役立つ情報をお届けすべく、これまでの育児経験を生かして、育児の工夫やお役立ちグッズなどの情報を発信中。
2019年04月26日赤ちゃんの歯茎に白いブツブツができて、「もしかして歯?」と思ったことはありませんか? わが家では息子にも娘にも白いブツブツができていました。もしかして病気なのではないかと心配し、病院を受診したときのことをお話しします。 赤ちゃんの歯茎に小さな白いブツブツが!わが家の娘が生後1カ月ごろ、歯ぐきに小さな白いブツブツがいくつかできていました。実は上の子のときも、生後2~3カ月ごろに同じようなブツブツがあったのです。 そのときは「歯が生えかけているのかな?」と思いながらもそのままにしていました。しばらくすると消えてなくなっていたので、今回も気にしないで放置していました。 今度は白い大きなかたまりが!娘が生後4カ月のころのことです。小さな白いブツブツは消えてなくなっていたのですが、今度は1つだけ大きな白いかたまりができていました。この間まであった小さなブツブツがかたまって、大きくなったような白いかたまりです。 最初は、白いかたまりが見えているだけでしたが、しばらくするとぷっくりふくらんで、できもののようにも見えました。そんな白いブツブツの変化に心配になり、病院で診てもらうことにしました。 診断の結果は「上皮真珠(じょうひしんじゅ)」医師によると、前にあった小さなブツブツも、この大きな白いかたまりも、「上皮真珠(じょうひしんじゅ)」というものなのだそうです。 あごの中で歯が形成するときに残った組織が歯茎から出てきたもので、病気ではないとのこと。「生後6カ月を過ぎるころにはなくなっていくので、そのままにしていて大丈夫ですよ」と説明を受けました。とくに治療も必要ないとのことだったので、娘もそのままにしています。 子どもが小さいと、何でも気になりますね。赤ちゃんだとなおさらです。娘の場合は心配になり受診しましたが、病気ではなくそのままで大丈夫とのことだったので、先生に診てもらってよかったと思います。著者:藤川智子結婚前は小学校教員、現在は幼児への音楽教育を指導している音楽ママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月25日三女が2歳1カ月のとき、緊急入院しました。最初は「風邪をひいたかな?」と思う程度で、病院に行ったあとは、家で安静にしていました。ところが……。そのときの体験談をご紹介します。 風邪? かかりつけ医のいる病院に行く三女は気管支が弱いのか、風邪をひくと呼吸がゼーゼーヒューヒューする子でした。4月のある金曜日、37.8℃の熱が出て「風邪をひいたかな?」と思い、土曜日にかかりつけ医のいる病院に行きました。 いつもと同じように風邪との診断で、風邪薬をもらって帰宅。それほど高い熱でもなかったので、「安静にしていれば治るのでは?」と思っていたのですが、日曜日も熱が下がらず、38.7℃と上がる一方。いつもと比べて呼吸が苦しそうだなとは思ったものの、それ以外の症状がなかったので月曜日に再びかかりつけ医の元に行き、「熱が下がらなければ明後日また来て」と言われて帰り、自宅で安静にしていました。 「何か違う気がする」ママの勘が当たるそのまま自宅で安静にしていましたが、「よくひく風邪とは何か違う気がする」と思っていました。熱も下がらず呼吸が苦しそうで、胸全体でゼーゼーと呼吸をしているようなイメージ。そのうえ、よく寝るのでしんどかったのだろうと思います。水曜日の朝、ようやく熱が下がってひと安心。ところが、昼ごろになって体が熱い気がして、熱を測ってみると38.9℃。「これはやばい」と思ったものの、個人病院はお昼休憩の時間で開いていません。かかりつけの病院も午後から休みだったので、開いている病院を探して、午後一番で行きました。 そこで測ったサチュレーション(血中酸素飽和度)は93%。あとで医師から聞きましたが、元気な場合の基準値は96~100%という数値だそうです。レントゲンを撮り、血液検査もおこないました。医師に「肺炎を起こしているから、総合病院を紹介します」と言われました。何か違う気がするというママの勘が当たってしまったのです。 緊急入院! つらい思いをさせてごめんね……紹介状をもらって総合病院へ直行し、再び診察や検査。点滴のルートを取るときは病室から出ていましたが、三女の泣き声が響き渡っていました。呼び出されて三女の元に戻ると、ぐったり茫然としています。「つらい思いをさせて、痛い思いをさせてごめんね」という気持ちで、胸が張り裂けそうでした。 緊急入院し、点滴、酸素投与や吸入などの治療を受け、翌日には呼吸状態も落ち着き、熱も下がりました。熱が下がって元気になるにつれ、ストレスが溜まって暴れる三女に、「風邪をこじらせてごめんね」と思う日々。肺炎になる前に、もう一度病院に行けばよかった、セカンドオピニオンとして異なる病院に行ってもよかったのかなと思います。 幸い肺炎はひどくならず、7日間の入院で無事退院することができました。肺炎を防ぐことはできなかったかもしれませんが、もっとできることはあったのではないかと後悔しています。今回の緊急入院で、ママの勘は侮れないと思いました。著者:小林更紗中1・小4・2歳の三姉妹の母。通関士資格保有。長女が小学生になるタイミングで、勤めていた通関業者を退職。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月25日「2015年社会保障・人口問題基本調査」 によると、5.5組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けたことがあるそうです。わが家もそのうちの1組で、筆者が27歳、夫が33歳のときに不妊治療を始め、約1年の治療期間を経て第一子を授かりました。今回は筆者と夫が不妊治療を始めたきっかけについてお伝えします。 今赤ちゃんができたら困る筆者が結婚したのは25歳のときで、就職して3年目の仕事もまだまだ半人前のころ。6歳年上の夫は早めに子どもが欲しかったようですが、筆者は 「まだ仕事がきちんとできないのに、今赤ちゃんができたら困るな……。あと2年くらい子どもは欲しくない」 と考えていました。 夫も筆者の考えを尊重してくれて、その間は妊娠しないようにしていましたが、そのころは 「子どもが欲しくなればいつでも妊娠できるだろう」 と軽く考えていました。 そろそろ赤ちゃんが欲しいと思ったら結婚して2年が経ったころ、筆者が仕事に少し慣れたこともあり 「そろそろ赤ちゃんが欲しいな……」 と思うようになりました。職場には妊娠して出産する女性もたくさんいたし、妊活を始めればすぐに子どもを授かるだろうと考えていたのです。 ところが、基礎体温をつけてタイミングを図ってもなかなか妊娠せず……。数カ月しても妊娠しなかったため、不妊治療のできる病院を調べて診察を受けることにしました。 自然妊娠する確率はゼロに等しいと言われてしまう生殖医療婦人科を受診し、血液検査や卵管造影などの検査を進めながらタイミング法での治療を始めました。しかしタイミング法を3度おこなっても妊娠しなかったため、人工授精での治療をおこなうことに。ところが、人工授精をするために精液を提出したところ、 「この数値だと自然妊娠する確率はゼロに等しいです。顕微授精でないと難しいでしょう」 と先生に言われたのです。 夫婦で治療の進め方を話し合った結果、顕微授精は高額になるということもあり、まずは人工授精に10回程度までチャレンジしてそれでもだめならば顕微授精にステップアップしようということになりました。 結局第一子は人工授精3回目で授かることができましたが、まさか自分たちが不妊治療をしないと子どもを授かることが難しいとは想像もしていませんでした。赤ちゃんが欲しいと思ってから早いうちに検査や治療を受けたことで、必要な治療が受けられたのはよかったと思っています。著者:沢田真紀子自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年04月25日