サッカーの怖さと残酷さを、改めて知らしめる90分間だったと言えよう。11月23日・国立競技場で行われたJ1昇格プレーオフ決勝・大分トリニータ×ジェフユナイテッド千葉の話である。86分、その時が訪れるまで、千葉がJ1昇格に近付いていた。最終ラインからパスをつなぐ遅攻と、大分のパスをカットしてからの速攻でチャンスを作った。13分、DF・渡邊圭二のクロスに合わせたFW・米倉恒貴のヘディングシュートを皮切りに、36分のMF・谷澤達也のフリーキックや、81分のFW・藤田祥史のゴール右隅をとらえたシュートなど、得点機はことごとくGK・丹野研太の好セーブに阻まれた。1点が近くて遠い千葉だったが、焦りはない。0-0の引き分けならば、レギュレーションで5位・千葉がJ1昇格を果たすことになる。だが、引き分けもちらついてくる86分、元チームメートに地獄へ突き落とされてしまう。MF・宮沢正史のフィードをDF・安川有が頭でつなぎ、FW・森島康仁がダイレクトに前方へパス。タイミングのいい動き出しを見せた途中出場のFW・林丈統がGKと一対一になる中、冷静なループシュートを叩き込んだのだ。決勝ゴールは捨て身の超攻撃型から生まれた。残り10分、田坂和昭監督はセンターバックの真ん中ひとりを残し、両脇のセンターバックに高い位置でキープするように指示。前線に5人並べる5トップで失点のリスクを冒しながら、1点を奪う秘策に打って出た。試合後、指揮官は選手たちの成長を称えた。「2年前に大分に来た時、選手たちは試合から逃げていた。ロスタイムで失点した痛い敗戦はいくらでもあった。今年は諦めなくていい、チャンスは必ずあるということを毎日話した。選手はやっと一人前のサッカー選手らしくなった。今年終盤には粘り強く戦い、選手が自分の力をチームに還元しようという姿勢もあり、非常にたくましくなったという思いでいっぱい」。宮沢主将も「焦りはなかった。カウンターでいけると思っていたし、無失点であればいつかチャンスが来ると思った」と振り返った。一方、夢破れた木山隆之監督は「1点を奪われたことについて、選手たちを責めるわけにはいかない。1点を取れなかったことの方が非常に残念」と口にした。佐藤勇人主将は「失点の時間帯が悪すぎた。あの時間帯の失点はジェフがJ1へいけないひとつの要因」と悔しさを滲ませた。J1昇格のラスト1枚のキップを手にしたのは試合を支配した千葉ではなく、我慢に我慢を重ねワンチャンスを物にした大分だった。そのJ1リーグ戦は12月1日(土)・最終節を迎える。サンフレッチェ広島の初優勝は決まったが、残留争いは最後まで予断を許さない。14位・セレッソ大阪・勝ち点41、15位・ヴィッセル神戸・勝ち点39、16位・ガンバ大阪・勝ち点38、17位・アルビレックス新潟・勝ち点37の4チームのうち2チームが、J2への降格を余儀なくされる。J1昇格プレーオフの翌週、J1残留のサバイバルレースがクライマックスを迎える。チケット発売中。
2012年11月27日ここまで一方的なスコアとなるとは思わなかった。11月18日に行われたJ1昇格プレーオフ準決勝の話である。決勝・国立競技場へのキップを手にした大分トリニータと、ジェフ千葉のサポーターも、さすがにアウェイに乗り込んでの4-0は予想しなかっただろう。相手はJ2リーグ戦で上位に位置している。引き分けならばリーグ戦順位が上のチームが勝ち残る特別ルールのため、90分間で勝ち切らなければならない。千葉は横浜FCに、大分は京都サンガにリーグ戦で連勝しているが、決して簡単な相手ではない。大一番の重圧も半端ではないだろう。そんな逆風の中での4-0だ。まさかの完勝劇だが、不思議な勝利ではない。大分、千葉には勝利の理由があった。2012 J1昇格プレーオフ 決勝 大分トリニータ対ジェフユナイテッド千葉 開催情報大分の勝因は秘策にあった。田坂和昭監督はプレーオフ用の一手として、フリーキックのキッカーに普段ターゲットになる長身FW・森島康仁を指名。「非常にガチガチで、自分たちらしいサッカーが全くできなかった」と田坂監督が振り返った通り、試合開始早々京都にペースを掴まれるが、17分に森島康仁のフリーキックがゴール右上隅に吸い込まれ先制!これで大分イレブンのカタさがほぐれた。エースの一撃で大分は堅守速攻のスタイルを取り戻した。芸術的な弾道を描いたフリーキックでノッた森島はその後も凄みを見せ、PKを含む4ゴールと大爆発。3位・京都を奈落へと突き落とした。千葉の勝因はチームの意思統一にあった。こちらも立ち上がりは横浜FCに攻め込まれるが、チームは落ち着いていた。MF・兵働昭弘の相手DFの裏をついたパスにFW・藤田祥史が反応、得点に結びつかなかったが、「裏のスペースを狙える」と共通認識が生まれた。33分、MF・佐藤勇人のロングパスにFW・藤田が飛び出し、相手をかわして先制弾を決めた。風下の前半は相手DFとGKの間にボールを供給し、後半になると遠目からのシュートともに、前掛りになった相手にカウンターを決めた。結局、横浜FCに主導権を渡さず、藤田の2得点、MF・米倉恒貴とMF・佐藤健太郎のゴールで4位・横浜FCの夢を砕いた。プレーオフの2試合はいずれも下位チームが勝ち、リーグ戦の結果も反映されていた。J2リーグ戦の5位は千葉、6位は大分。両軍の直接対決は1勝1敗だ。千葉・木山隆之監督は「自分たちは引き分け云々ではなく、連勝で終わらせるスタンスでやる。有利不利はないんじゃないかと思う。最後は死力を尽くす試合になると思う」とジンクスを否定した。対する田坂監督は「(千葉は)攻撃陣のクオリティが非常に高く、バランスの取れたチームなので、簡単な相手ではない。千葉に対してしっかりと対策を練って、いい準備をしたい」と次なる秘策を予告した。千葉の1トップも大分の2トップも裏への意識は高い。藤田、森島の両エースもノッている。両軍ともプレーオフ2試合目の落ち着きもあるだろう。となると、不用意な失点は考えにくい。ならば、1点が重いヒリヒリした緊迫感漲る90分間が演じられるはずだ。2012J1昇格プレーオフ決勝は11月23日(金・祝)・国立競技場にて開催。チケット発売中。
2012年11月20日1チームが笑い、3チームが泣く。11月11日、J2最終節を経て、史上初のJ1昇格プレーオフの対戦カードが決まった。3位・京都サンガF.C.が6位・大分トリニータをホームに迎え、4位・横浜FCが5位・ジェフユナイテッド千葉と対峙する。1位・ヴァンフォーレ甲府、2位・湘南ベルマーレに続く、1枚だけのJ1昇格のキップを4チームが競うのだ。「J1昇格プレーオフ」開催情報プレーオフは上位チームが有利だ。90分を終えて引き分けの場合、延長戦は行わず、順位が上のチームが勝者となる。だが、今季のリーグ戦の成績を見ると、千葉と大分、2カードとも順位が下のチームが2連勝している。引いて守って引き分け狙いなぞ、そうそうできる芸当ではない。主導権を相手に渡し、防戦一方となるリスクも孕んでいる。そもそも、4チームの力の差はわずかである。3位・京都から6位・大分までそれぞれ、勝ち点1差ずつしか離れていない。チーム状況も似ている。過去5試合の戦績は、横浜FCのみ4勝1敗、その他の3チームは3勝1分1敗だ。指揮官たちは非常に難しく、非常に重要な戦いが待っていることを理解している。「残念ながら昇格の1回目のチャンスは逃してしまった。あと2試合あるので、しっかりいい準備して、勝てるようにがんばりたい」(京都・大木武監督)、「ゴールを奪うための特効薬はない。今シーズンやってきたこと、相手を崩すための攻撃だったり、崩し方だったり、オプションだったりをより精度を上げていくしかない」(大分・田坂和昭監督)、「ジェフは素晴らしいチームだし、力もある。ただ、自分たちは自分たちのやり方で戦うしかないので、自分たちらしく戦いたい」(横浜FC・山口素弘監督)、「泣いても笑っても残りふたつ。勝てばJ1に行けるわけだから、ベストを尽くてJ1に戻りたい」(千葉・木山隆之監督)。MF・中村充孝を中心に長短のパスを織り交ぜ、試合を支配する京都と、堅守速攻からポストプレイの森島康仁、裏のスペースへ走る三平和司と攻撃の型を持つ大分。先発を担う大久保哲哉&カイオをはじめ、田原豊、永井雄一郎、三浦知良とJ2随一のFW陣を誇る横浜FCと、FW・藤田祥史、MF・佐藤勇人、DF・山口智と各ポジションにタレントを揃える千葉。勝負の鍵を握るのは、いかに自分たちのペースに持ち込むか、相手ペースの時にどれだけ我慢できるか、そして決めるべきシーンでいかに決め切るか、にある。J2プレーオフはJ1昇格を決める2試合ではない。格上のチームやビッグクラブばかりが集うJ1リーグ戦を戦い抜く1チームを決める戦いである。プレーオフという絶対に負けられない戦いで、自分のたちのサッカーを見失うチームではJ1リーグ戦を戦い抜くことはできない。4チームの監督、選手たちは、悲願の先をしっかり見据えている。2012J1昇格プレーオフ準決勝は11月18日(日)・京都×大分・西京極陸上競技場兼球技場、11月18日(日)・横浜FC×千葉・ニッパツ三ツ沢球技場、決勝は11月23日(金・祝)、国立競技場にて開催。チケット発売中。
2012年11月14日朝井リョウのベストセラーを映画化した『桐島、部活やめるってよ』のメガホンを握った吉田大八監督と主演の神木隆之介がインタビューに応じた。その他の写真バレー部のキャプテン・桐島の突然の退部を巡り、その親友や恋人から全く関係のないはずの生徒まで、学内の人間関係が少しずつ変化していくさまを描いた本作。原作の持つ瑞々しい感覚を最大限に活かしつつ、映画はより鋭くそして、残酷に学校という世界の一面を切り取る。監督は「僕の方が朝井さんより少し意地悪なのかもしれない」と笑いつつ、「僕が一番に感動したのは、小説の最後に出てくる映画部の前田(神木)と桐島の親友の宏樹(東出昌大)のやりとり。ここにたどり着くために物語を作り上げていった」と語る。「ジっとこちらを見つめる視線に心の奥底までのぞかれてしまうような気がした」とは神木が監督に抱いた第一印象。若いキャスト陣と倍以上も年の離れた監督は、この冷静な眼で彼らを見つめ、映画の肝とも言える人物たちの“距離感”を探っていった。「俳優たちが自分の生理にウソをつかずにセリフを言ったり動いたりできるようにしたくて、撮影前にリハーサルだけでなく、ただ一緒に過ごす時間も取ってもらったんです。それを少し離れたところから見て、どうやって彼らにコミットすればこの微妙な関係性を壊さずにカメラに収められるかという間合いを測りました」と慎重な積み重ねの上に作り上げた空気感について語る。前田は“下”のグループに属する一見サエない学生だが、神木は「何を言われても『これがやりたい』と言える芯の強さに共感した」と明かす。さらに「前田は監督自身なんじゃないかと思うんです」とも。それは吉田監督に演技指導を受けながら抱いた感覚だった。「前田という男の子が監督を通してスッと僕の中に入ってくる不思議な感覚でした。これまでのどの監督の指導とも違って、吉田監督からはそのまま人物を渡されたような感じだったんです」。そんな神木の言葉に吉田監督は「最初は『勘違いだよ』と言ってたんですが、あちこちで神木くんがそう言うのを聞く内に、自分でもそんな気になってきて混乱してます」と苦笑を浮かべるが、称賛を込めて「やはり前田は誰よりも神木くん自身」と言い切る。「日常をやり過ごしながらも大事なものを守る強さを神木くんも持ってると思います。前田はカメラを通じて世界と“対決”するわけだけど、そこに神木くんが自分の中から引き出してきた説得力をしっかりと感じましたね」。『桐島、部活やめるってよ』8月11日(土)より、新宿バルト9ほかにて全国ロードショー取材・文・写真:黒豆直樹
2012年08月09日