辻村深月さんが新作の短編集『噛みあわない会話と、ある過去について』を上梓。作品について辻村さんに聞きました。「人って怖い!でも分かる!」と唸らずにはいられないのが、辻村深月さんの新作『噛みあわない会話と、ある過去について』。4編を収録した作品集だ。「以前“いじめをめぐる短編”を依頼された時、いじめられた側の気持ちなら分かるという読者は多いだろうけれど、いじめた側に共感したという人はなかなかいないと思ったんです。それは隠したいというより、自覚がないからかもしれない。悪意というより、“あの子は分かってないから分からせなきゃ”という気持ちが集団で起きた結果だったりする。でもそれは傍から見たらいじめに近いものに見えると思うんです」そんな思いから書いた短編「早穂とゆかり」は、小学校の同級生同士が塾経営者と彼女を取材するライターという形で再会する話だ。しかし会話にはかなりの温度差が生じ、話は過去の出来事に遡り…。この一編を書き上げた時、「全部の短編を、共感できない側から書いて短編集にまとめよう」と思い立った。「自分に都合の悪いことは忘れていたり、思い違いをしていたり。現実には回避できるような、言いにくい内容を、あえて正面切って会話させてみました。それを共感できない側から書くと、噛み合わない感じがより出るみたい(笑)。会話がどちらの方向に流れていくのか分からない緊迫感を楽しんでもらえたら」と言う通り、過去に実は何があり、その時相手はどう思ったのかが明晰に語られていく部分が非常にスリリング。これでもかというくらい相手を追い込む話もあれば、ちょっぴり不思議なテイストの短編もあり、読み応えはさまざまだ。ただ、「読者の方たちが、“自分もこういう怒りを感じたことがある”という気持ちとセットで“自分も誰かにこんな思いをさせたかもしれない”と感じた、と言う方が多いんですよ。自分を省みる視点で読んでくれるなんて、みんなすごい!(笑)」痛感するのは、過去と現在は明確に違う、ということ。「過去に何があったとしても、その後も時間は進んで、関係性は変わっている。家族でも友達でも、思い出に寄りかかって今の相手と向き合うのは甘えではないかと。この4編は、そうした甘えが通用しないと分かる話かもしれませんね」つじむら・みづき1980年生まれ。『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞、『かがみの孤城』で本屋大賞第1位を獲得。近著に『青空と逃げる』など。『噛みあわない会話と、ある過去について』小学校の同級生に取材するライター、人気アイドルになった生徒と再会する教師―スリリングな会話から真実を浮かび上がらせる作品集。講談社1500円※『anan』2018年7月25日号より。写真・土佐麻理子(辻村さん)大嶋千尋(本)インタビュー、文・瀧井朝世
2018年07月24日本年度の本屋大賞が辻村深月さんの『かがみの孤城』に決まった。4度目のノミネートでの栄冠だ。作家生活14年目にして進化し続ける人気作家・辻村深月さんの今、そしてこれから。開けていなかった扉を開くことができました。――新作『青空と逃げる』は、父親が交通事故に巻き込まれたのちに失踪、周囲の悪意から逃げるために母親の早苗と小学生の息子・力ちからが逃避行を続ける物語です。新聞に連載された長編ですね。辻村:連載する3年ほど前、まだ直木賞を受賞する前に依頼を受けました。毎日掲載する新聞連載に堪えうる作家だと認めてもらえたのが光栄でした。どんな話がいいか打ち合わせをしている時、「辻村さんが書く親子の話が読みたい」と言われて。私がこれまで書いてきた親子は、親にとって子どもは保護の対象であり、子どもにとって大人は反発の対象となる場合が多かった。それで今回は、母親も子どもも、お互いにきちんと対話する話にしようということになりました。「逃避行だから実際の風光明媚な場所を入れてほしい」「できれば4~5か所出してほしい」「できれば最後に泣かせてほしい」といろいろオーダーされ、そのおかげで景色を丁寧に描写するなど、それまで開けていなかった扉をここでもまた開くことができました。――母子は最初、四国の四万十へ行きます。そのあと家島や別府温泉など、場所を変えていく。実際に取材に行かれたのですか。辻村:四万十は数年前に女友達と行きました。取材旅行だったわけではないのですが、四万十川の広がりや青さ、カワエビが美味しかったことなどを思い出しながら書きました。家島は『島はぼくらと』に出てくる冴島のモデルなんです。ですから、『青空と逃げる』に出てくるこの島の女の子は、『島はぼくらと』に出てくるシングルマザーの娘さんがその後少し成長した姿をイメージしています。漁港のおばちゃんたちは同一人物だと思っていただいていいです(笑)。――そうだったんですか!この作品では『島はぼくらと』に出てくる谷川ヨシノという、地域活性デザイナーも意外なところで登場し、そんなリンクも楽しいですね。新たに取材した場所は?辻村:別府温泉には行きました。早苗が各地で仕事を探すので、「温泉地ならいろいろと仕事があるはず」と、担当者に薦められたんです。資料にあった、海辺の砂風呂でお客さんに砂をかける「砂かけ」の女性にお話を聞いたら、「砂かけは女の仕事で、ここは女の職場だから」と言われて、ああ、早苗にはここで働いてほしいと思いました。実際に取材した分、書いていて楽しかったですね。早苗たちに、もうここに住んでほしいと思ったくらい。高崎山の猿も実際に見に行ったので、読み返していてやっぱり楽しいですね。――早苗は元舞台女優ですが、出産を機に専業主婦になっている。そんな彼女が、各地で仕事を見つけ、周囲と人間関係を築いていく姿が頼もしく、痛快でした。辻村:まわりの女友達を見ていて、やる前から諦めている人が多いなと感じていたんですよね。家庭に入った女の人が、「私はもう働いてないから」と諦め口調で話していたりする。本当は使える翼があるのに長い間しまっているためにもう自分は飛べないと思っているんじゃないかな、って。早苗は閉じていた翼を開いていくんです。読んでくれた方の感想に、最後に早苗と力が“選べる自由”を獲得したことが素晴らしい、とあって。今、貧困の問題や家族の関係性などから、選べないから追いつめられることってたくさんあると思うんです。早苗も、他に方法がないから、最初はただ逃げざるをえない。彼らが自分たちの今後を選べるところに連れていくまでを、私は書きたかったのかもしれないなと後から思いました。――事件の謎が解明されたのちの、ラストが素晴らしかったです。辻村作品は緻密な構成が魅力ですが、いつも結末を考えずに書き始めるというから驚きます。『かがみの孤城』も、伏線が見事に回収されるあの見事な終盤、当初は何も考えていなかったそうですね。辻村:そうですね。『アンアン』に連載した「ハケンアニメ!」もそう(笑)。いつも何も決めずに書きだす時は、「ここ」と思える場所に辿り着けるか分からず、やっぱり怖いです。「でもこれまでも絶対、何かが降りてきてラストに辿り着けたんだから」という気持ちの積み重ねで、10何年もやってきた感じがあります(笑)。――今後の刊行予定などは。辻村:6月には短編集『噛み合わない会話と、ある過去について』が出ます。いくつかの媒体に書いた短編をまとめたものですが、実は一冊にまとめる時を見越してどれも共通する裏テーマとして、“結晶化された過去”というものを設定していました。いじめられた過去だったり、いい友達同士だと思っていた過去だったり、そうした結晶化された過去を持つ2人がその思い出について語るけれど……という。読んでくれた人から「よくぞこれを書いてくれた」という感想の声がもう届いていたりして、一冊読み終えた時には、不思議とスカッとしてもらえると思います。それと来年、『週刊朝日』に連載した「傲慢と善良」という婚活の話が刊行の予定です。つじむら・みづき1980年2月29日生まれ、山梨県出身。2004年「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。‘11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、‘12年『鍵のない夢を見る』で直木賞受賞。今年、4度目のノミネートである本屋大賞を『かがみの孤城』で受賞。他の著作に『朝が来る』『東京會舘とわたし』など。※『anan』2018年5月23日号より。写真・女鹿成二インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2018年05月21日ミステリ&ファンタジー小説『かがみの孤城』が、今年度の本屋大賞を圧倒的支持で受賞。作家生活14年目にして進化し続ける人気作家・辻村深月さんの今、そしてこれから。「いつも通り全力投球」という感覚でした(笑)。本年度の本屋大賞が辻村深月さんの『かがみの孤城』に決まった。4度目のノミネートでの栄冠だ。新作長編『青空と逃げる』も好評で、来年には作家生活15周年を迎え、充実の時期を迎えた彼女は今、どんな思いを抱いているのか。――まずは本屋大賞受賞おめでとうございます。辻村:今までノミネートされたどの作品で受賞できても嬉しかったのですが、今回特別に感じるのは、前年の受賞者がプレゼンターになるため、恩田陸さんから花束を受け取れたこと。このための今年の受賞だったのかと思いました(笑)。私は10代の頃から、それこそ恩田さんのデビュー作『六番目の小夜子』からずっと作品を読んできているんです。大好きな恩田さんからバトンをもらったことで、私も次にバトンを渡していけたらなと強く感じています。もちろん私にとっては今まで書いてきたどの作品も大切で、ひとつひとつ愛情を持って書いてきたつもりです。今回も特別気合を入れたということはなく、「いつも通り全力投球」という感覚でした(笑)。それでも、今まで開かなかった扉が開いた感じがあるのは嬉しいですね。――この作品は、学校に通えなくなった少女が、鏡を通じて異世界の城と行き来するようになる、という内容。でもある仕掛けにより、すでに大人になった読者にも、自分たちにも関係する物語なんだ、と思えますね。辻村:そういう思いで書きました。読んでくれた方の感想がものすごく熱くて、みなさん“自分の物語”として受け止めてくれているのが分かるんです。その方たちも今回の受賞を喜んでくれるだろうと思うと、とてもありがたいです。自分の代表作って自分で選べないんですよね。いろんなテイストのものを書いていることもあって、人によって「辻村深月の代表作」が違うと思うんです。今後は本屋大賞を受賞したことで『かがみの孤城』が代表作だと言ってもらえると思いますが、それは誰に対しても悔いがないというか。――14年間の作家生活のなかで、変わらないものは何ですか。辻村:やっぱり原点にあるのはミステリです。ミステリ作家であることが私の支え。傍から見れば私が書くものは、謎を提示して真相を探るというオーソドックスな形ではないかもしれません。でも、今まで全部の小説を、私はミステリの技法を使って書いてきました。謎だと思っていなかったものが実は謎だったり、謎だと提示しないでいきなり秘密を明かす方法を物語作りの軸にしてきたんです。――『かがみの孤城』はミステリ作家たちにとって大切な賞、日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門にもノミネートされていますね。この取材の時点で発表はまだですが。辻村:そうなんです!憧れの賞なのですごく嬉しいんです。自分はミステリの本家の子じゃなくて分家の子だから、この賞は目指せないのかなとも感じていたので。今回のノミネートで、ミステリ作家だと見てもらえているんだと思えました。ノミネートされたこと自体が、これからも頑張ったら扉は開くんだと、励みになりました。――来年で作家生活15周年です。先ほどご自身もおっしゃいましたが、作風を広げてきましたよね。辻村:ノンミステリのものも含めいろいろ書いてきましたね。デビューの頃からリアルタイムで読んでくださっている方に「初期の頃のような青春ミステリを書いてください」と言われて「待っててね」と言い続け、ようやく書けたのが『かがみの孤城』でした。ただ、今でも初期の作品を挙げて「最近これを読んで、そこからハマりました」と言ってくださる方も多いんです。10年前に書いたものも現役の物語として、今も読んでくれている人がいるのが嬉しいです。――2007年の作品『スロウハイツの神様』が昨年、演劇集団キャラメルボックスにより舞台化するなど話題になっていますし。過去の作品も愛されていますよね。辻村:『かがみの孤城』の初版の帯に「著者最高傑作」とあったのですが、それに怒ってくれる読者もいるんですよ。「実際に読んだら本当に傑作だったけれど、自分にとっては『ぼくのメジャースプーン』が最高傑作なんです」とか「過去の作品も全部あっての辻村さんなのに」とか(笑)。作品に一番愛情を持っているのが作者とは限らないものなんですよね。作者以上に作品のこと、登場人物のことを愛してくれたり、考えたりしてくれる人がいるのがすごく幸せ。自分の小説が今、私の手を離れたところで愛されている自覚を持てることを、作家として一番誇りに思います。つじむら・みづき1980年2月29日生まれ、山梨県出身。2004年「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。‘11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、‘12年『鍵のない夢を見る』で直木賞受賞。今年、4度目のノミネートである本屋大賞を『かがみの孤城』で受賞。他の著作に『朝が来る』『東京會舘とわたし』など。※『anan』2018年5月23日号より。写真・女鹿成二インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2018年05月18日東京・丸の内にある東京會舘。辻村深月さんの『東京會舘とわたし』は、この建物を主人公に、大正・昭和・平成の人間ドラマを描き出す一大群像劇だ。「実は私は7年ほど前、ここで結婚式も挙げているんです。下見で館内を案内された時、“ここは芥川賞や直木賞の会見の部屋ですよ”と言われ、文学賞にゆかりのある式場って縁起がいい気もして(笑)。式を終えた後、ウェディングプランナーの方に冗談で“直木賞を受賞して戻ってきます”と言ったら“お待ちしていますね”と言ってくださって」その後、2012年7月17日に直木賞を受賞、ここで会見に臨んだ。「支配人の方に“結婚式もここだったんです”と言ったら“もちろん憶えていますよ。おかえりなさいませ”と言ってくださったんです」ほどなくして東京會舘は長期の改装工事に入ることになった。つまり、その時期に受賞したのはギリギリのタイミングだった。「そのことを新聞のエッセイに書いたら、社長さんがお礼のお手紙をくださったんです。これは今しかないと思い、東京會舘の小説を書かせてほしいとお願いに行きました。會舘は大政翼賛会の本部になったりGHQに接収された時期があったりと、歴史があって、小説になると思ったんです。改装前のタイミングで取材できてよかったです」バーテンダーや菓子職人、シェフなど館内で実際に働いていた人々が多数登場。どのエピソードも、仕事と真摯に向き合う姿勢に胸打たれる。また、たとえば第3章は灯火管制下での結婚式の話だが、「東京會舘には利用した方からのお手紙もたくさん寄せられていて、戦時に結婚式をした女性からのお手紙を見つけ、ご本人に取材させていただいたんです。ご高齢なのに式に付き添った美容師の名前も憶えていらして、あの話が生まれました」取材すると、事実と事実が結びつく瞬間があり、ミステリー小説をひもとくような楽しさがあったという。「小説だからこんな都合のいい話があるんでしょ、と思われないためにどうするかで苦労しました(笑)」実話がベースと思えないほど味わい深い話が並ぶ。もちろん直木賞を絡めた話もあり、ぐっとくる。「新装オープンしたら、今度は私が“おかえりなさい”と言いたいです」◇つじむら・みづき作家。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。‘11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、‘12年『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。◇大正11年に丸の内に落成した東京會舘を舞台にした、一大群像劇。関東大震災から大戦、東日本大震災なども盛り込まれ、時代のうつろいが浮かび上がってくるところも読ませる。毎日新聞出版上下巻各1500円※『anan』2016年9月7日号より。写真・土佐麻理子(辻村さん)森山祐子(本)インタビュー、文・瀧井朝世
2016年09月02日ロイヤルパークホテルは3月11日、20階レストラン&バンケット「パラッツオ」にて、「日本橋老舗の逸品と辻村寿三郎の世界」を開催する。○日本橋の老舗の味と、"ジュサブローの世界"を堪能同イベントは東日本大震災より4年を迎える2015年3月11日に実施される、日本橋老舗店と同ホテルのコラボレーションによるチャリティーイベント。今年で4回目となる同イベントは、毎年売上金の一部を東日本大震災の義援金として寄付している。食事の前には、人形師、着物デザインのほか、最近ではメディア出演などでも活躍する辻村寿三郎氏の人形劇を鑑賞。平和を願う奥深い人形の世界に触れることができる。食事は、創業152年の割烹「とよだ」や、ミシュラン一つ星獲得のすき焼割烹「日山」のステーキなど、日本橋を代表する料理の数々を提供。同ホテルだからこそ実現できる特別コース料理だという。メニュー例は、前菜:ホテルシェフが作る「東北食材を使用した前菜」(「ロイヤルパークホテル」)、魚料理:日本料理名店の「銀だら西京漬け焼き」(創業152年「とよだ」)、肉料理:ミシュラン一つ星「特選肉ステーキ」(創業103年「日山」)、鴨料理:日本一の鴨料理専門店の「鴨そぼろ丼+特製漬物」(創業143年「あひ鴨一品鳥安」)、デザート:明治から続く和菓子店の「人形町風鈴(プリン)」(創業138年「つくし」)など。乾杯酒には、被災地の宮城県一ノ蔵の発泡日本酒「すず音」を用意。平和を願いながら、日本橋老舗の味を堪能できる機会とのこと。開催日時は、3月11日 17時30分~受付、18時~20時30分。会場は、ロイヤルパークホテル 20階レストラン&バンケット「パラッツオ」(東京都中央区日本橋蛎殻町2-1-1)。料金は、1人 1万5,000円(ワンドリンク付き、税・サービス料込)。なお、メニューは仕入れ状況により、変更になる場合がある。
2015年02月21日