2017年10月17日 17:00|ウーマンエキサイト

過渡期を生きる子どもたちに親が尋ねるべき質問【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第40話】


一方で、それによって良くないことも起きる。それは、“隣の芝生が見えすぎる問題”だ。人間の暮らしなんて良いことも悪いこともあるのが当たり前なんだけど、他の世界の、他の人の生活が覗き見しやすくなってしまったことによって、自分は果たしてここに置かれるべきなのだろうか、ここで咲いていいのだろうか、ここで咲いていると言えるのだろうか、あっちの芝生の方が青いのではないだろうかというような葛藤が、私達の暮らしには延々と生まれ続けてしまうことになったのだ。

好きなように生きられないことは確かに不幸だけど、持て余すほどに選択肢があることもまた不幸。後者の不幸をどう回避していくか、という答えを、今過渡期を生きる私たちは、見つけていかなくてはならない。

とは言え、残念なことに、すでにいい大人である私達が取り得る施策というのはもしかしたらたかが知れているのではないかとも思う。前時代的な価値観でしっかりと土台を構築されてしまった今となっては、それらをより所に無意識に暮らしている中で直面する混乱一つ一つに、都度「ああ、これが新しい時代」と理性で答えを見出す努力をしていくほかない。過渡期を生きるものの宿命として、混乱をありのままに受け止めていくしかない。


ただ、子どもたちにはまだ可能性があると思う。親のアプローチは子どもたちの育ちに微塵も影響しない、という説もあるそうで、そうなるともうお手上げだけど、思考の土台形勢に何かしら寄与できる可能性があるとしたら、今、われわれ親のやるべきことは、子どもに「今何がしたいか」「今どう考えているか」を延々と問い続けることなんじゃないかと思う。

やりたいことや考え方が今日と明日で変わっても、それはそれで良い、当たり前という前提のもと、今の自分がどちらを向いているかを自覚して、言語化させる。出てきた答えに対して大人は、間違っているとも正しいとも言わない。

世の中の事象はそもそも、正しいとも間違っているともつかないことばかりなのだという不安定さを、そのままに受け止められる器を作る後押しをする。自分の考えに自信を持つ、なんていうのは本来無意味で、自信がない状態に慣れるしかないのだ。そうしなければ、ゆくゆくはTwitterでごまんといる極論マンのフォロワーになり下がって自分の思考を放棄するしかなくなる(というのも極論だけど)。

さまざまな価値観が嵐のように押し寄せ、隙あらば足元を救おうとしてくるこれからの時代の中では、恐らくそんな風に、自分で自分の舵を取りながら船を進める、という意識が必要なのだろうと思う。


隣の芝生が見え続ける世の中からは逃れられなくても、青く見えるかどうかを冷静に判断する知性や理性は育むことができる、と信じたい。

過渡期を生きる子どもたちに親が尋ねるべき質問【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第40話】
イラスト:片岡泉

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