失敗は自己責任? 個人の責任はどこまで追及されるべきか…【石井ゆかりの幸福論】
愛したものにのめり込み、没頭し、耽溺し、おぼれこんで生活が破綻する人もいます。
明日早起きしなければならないとわかっているのに、深夜になってもゲームをやめられない、本を閉じられない、ドラマを見ずにいられない、といった経験に、心当たりはないでしょうか。
カッとなって怒鳴り散らして後悔したり、勢いで告白してやっぱり後悔したり、職場で号泣して後悔したり、上司を殴りつけて後悔したり、といったことは、珍しいことではありますが、現実問題「よく見る光景」です。
こんなふうに、私たちは自分で思う以上に、限りなく激しいエネルギーを生きています。
若いときほどそれはむきだしに表れます。
一方、大人になってうまく制御できるようになったと思えた瞬間、びっくりするような内なる荒波に飲み込まれてしまうことも、よくあるのです。
人生の「出入り口」のリスクの問題は、私たちのこうした「生命力」に直結しています。なぜなら、外界との「出入り」が発生するのは、私たちが生きているためだからです。
死んだら、呼吸も、食事も、すべての「出入り」が止まります。
私たちは冷たくなり、もう、エネルギーの激しい燃焼と、それにともなう「出入り」