夫の愛が冷めてゆく…それは、妻に
モンスターワイフの影が見えるから…。
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過去、「企業戦士」という言葉がありました。ワークライフバランスが高らかにうたわれる現代、その言葉は消滅したかと思いきや、そうでもない現状を皆さんもご存じでしょう。今では、最前線で男性と肩を並べて闘う
「女性企業戦士」も珍しくありません。
ビジネスシーンで自分の立場や利益を守るためには、シビアな損得勘定やドライな割り切りも不可欠。確かに社会で上を目指していくには、そうした「武装」も必要でしょう。けれども、そんな
企業戦士の鎧(よろい)が完全に肌に張りついて、もはやプライベートでも脱ぎ去ることができなくなってしまったら…それは考えものです。
今回は、
家庭でもドライな理論武装を解除できなくなってしまった妻のエピソードをご紹介します。
■パワハラ、セクハラに歯ぎしり「家でも企業戦士」の妻
「バリキャリ系モンスター 私利死守魔」代表:茉莉(仮名)32歳の場合
「茉莉、おかえりー。夕飯もうすぐできるよ」
都心にほど近いスタイリッシュな新築マンション。家具は少なく、ホテルの部屋のようなすっきりした家だ。明るく出迎えた夫の亮平に、茉莉は「ただいま」と一言素っ気なくこたえ、そのまま自分の部屋に消える。
オーダーメイドのスーツを脱ぎ捨てると、バッチリメイクをふき取りシートでゴシゴシ落とす。その間、茉莉はずっと、奥歯をかみしめていた。
「冗談じゃないわよ…
パワハラの原点はまさにこれだわ」
茉莉は大手商社で海外営業を担当している。同期の女性社員の間で、彼女は出世頭ともてはやされていた。
けれど、明らかに自分よりも能力が劣るとしか思えない
男性同期たちが、次々と昇進していく。そんな現実に直面するたび、茉莉は死ぬほどくやしい思いをしていた。それでも「男の何倍も努力して、実績で勝負してやる」と、自分をふるい立たせてきたのだ。睡眠不足だろうが、熱があろうが、生理痛がひどかろうが、常に背筋を伸ばして仕事に向かっている。
接待のため、嫌いなお酒も“訓練”して強くなった。「営業は見た目も実力のうち。デブは体調管理もできない意思が弱い人間と思われる」と自分を鼓舞し、時間さえあればジム通い。人脈を広げようと、朝は早起きして異業種交流の朝活にいそしんでいる。
SNSは仕事関係のビジネスパーソンばかりとつながっている。英語で書き込むこともしばしば。ビジネス用語を調べながら投稿したりすると、時間がたつのを忘れるほどだ。
残業、人脈作りのSNS、パワーブレックファースト…。朝食も夕食も夫婦そろって取れない日が続くこともある。そんなことに構ってはいられない。
「誰にも負けたくない」
茉莉は全力で努力していた。それなのに…残業中に上司から、国内の
マイナー部署への異動を打診された。
目の前が真っ暗になった。あわてて上司に食ってかかると、彼は気まずそうに茉莉に言った。
「稲田さんって結婚して、えーっと、3年目? あ、
セクハラとかって思わないでくれよ。やっぱり
年齢的にも、子どものこととか考えるでしょ? となると、海外営業って激務だからさ…。国内担当の部署のほうが、育休からの復帰後も、何かと融通が利くし。ほら、うちは育休制度ばっちりフルサポートだからさ」
「もっと仕事で結果を出すまで、妊娠・出産など一切考えるつもりはありません!」
茉莉は上司をにらみつけ、そう言い残してオフィスを飛び出してきたのだ。
■「くやしくないわけ?」家でも仕事モードの妻にうんざり
食卓についても、茉莉の頭の中では上司の言葉が際限なくリプレイされていた。メイク落としの時に使ったヘアバンドがそのままで、眉間に寄ったシワが丸見えだ。
イラつく茉莉には、夫が用意してくれマーボーナスの味すらわからない。
亮平は大手電気機器メーカーに勤務している。帰宅時間は茉莉よりも早いことが多く、そうした日には夕飯を用意して妻の帰宅を待っている。
食卓の重苦しい沈黙を破るように、亮平は明るい声を出して言った。
「あ、そう言えばさ、俺の後輩の小宮。あいつ今度、フランスに赴任だって。すごいよなー」
「栄転ね」
茉莉のトゲを含んだ口調に、亮平はビクリとする。
「後輩に先越されて、
くやしくないわけ? 私だったらそんなの絶対に嫌。
後輩に出し抜かれて、よくヘラヘラしてられるわね」
まただ、と亮平は思った。先を越されるとか、出し抜かれるとか。茉莉はいつから、こんな
闘争心の塊のような人間になってしまったんだろう。
茉莉が頑張っているのは、よく分かる。それは分かるが、このギスギスした空気は耐えがたいものがある。ここは会社ではなく、2人の家なのに…。
亮平はもう楽しい雰囲気を作ろうとするのをあきらめて、自分が用意した夕飯をひたすらかき込んだ。