おとな向け映画ガイド役所広司がうますぎ! 西川美和監督『すばらしき世界』と、おとなのファンタジー『マーメイド・イン・パリ』をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明21/2/7(日)イラストレーション:高松啓二今週末(2/11〜13)に公開する映画は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『ファーストラヴ』『すばらしき世界』『劇場版「美少女戦士セーラームーン Eternal」《後編》』『名探偵コナン 緋色の不在証明』の4本、中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。そのなかから『すばらしき世界』と『マーメイド・イン・パリ』の2本をご紹介します。『すばらしき世界』笑福亭鶴瓶が偽医者を演じた『ディア・ドクター』、松たか子と阿部サダヲの結婚サギ師『夢売るふたり』といった、個性的な犯罪者をとりあげ、善悪あわせもつ人間の複雑な心理を描き続けてきた西川美和監督、5年ぶりの新作です。実在の人物をモデルにした佐木隆三の小説『身分帳』を映画化したもの。早くもとびだした2021年ベストムービーといっていい傑作だと思います。役所広司演じる主人公・三上正夫は、前科10犯、殺人の罪で旭川刑務所を出てきたばかりです。強面ですが、ちょっといい男でどこか愛嬌があり、実直そう。ただし背中や腕にタトゥーあり。心を入れ替えて「今度こそ堅気ぞ」という言葉に偽りはないのだけれど。殺した男について問われると「いきなり刀を持って乗り込んできたんだ、あのバカが」と急に感情をむき出しにして、激昂します。チンピラ集団がサラリーマンを脅しているのを町でみかければ、黙っていられず、あっというまにチンピラたちをボコボコにしてしまう。直情径行、正義感の人です。しかも腕っぷしが強い。安アパートでのひとり暮らし、生涯の多くを刑務所で過ごした男の部屋は小綺麗です。ミシンとか裁縫も上手。そんな不思議な魅力を持つキャラクター。役所広司は、もうハマりすぎ、憑依したような演技です。その三上をとり巻く人々。できれば接したくないのに関係せざるを得ない人、好意的につき合おうとする人、それぞれのとまどいながら対応する姿や心理描写、人間模様が、とてもきめ細かく描かれていて、しかもいい役者さんを揃えています。この作品のもうひとつの魅力です。彼に目をつけ、その更生の過程をとりあげようと近づくテレビマンふたり。相手の事情を忖度せずにずんずん食い込むプロデューサー役の長澤まさみと、三上の人間味に惹かれていくディレクター仲野太賀。旬な役者のなんとぜいたくな起用。最初は万引をしたと疑い、逆ギレされてびびるスーパーの店長に六角精児。“反社”の人は生活保護は受けられませんとつっぱねながら、なんとか救う手立てがないかと考えるケースワーカーに北村有起哉。他にも、橋爪功と梶芽衣子は身元引受人の弁護士夫妻、やくざ仲間の白竜とその妻キムラ緑子。助演賞がいくつあってもたりません。世の中は敵ばかりではない。きっと手をさしのべてくれる人がいる。確かに不寛容で生きにくい世界ではあるけれど。観た人により、ちがう受け止め方ができる奥深いタイトルです。『マーメイド・イン・パリ』パリに出没すると、人魚姫もポップでおしゃれです。大洪水でセーヌ川に迷い込んでしまった人魚、名前はルラ。美しい歌声で男の心を虜にし、ついには心臓を破裂させてしまうという能力を持っています。その力で自分の身を守っていました。ある日、彼女が負傷して川岸に打ち上げられていたところを、パフォーマーのガスパールが助けます。自宅に連れ帰り、とりあえずバスタブへ。やがて、めざめたルラは、いつものように歌い出すのですが、ガスパールには効きません。彼は失恋の痛みで、恋する心を失っていたのです。と、文字にすると、ププッと一笑にふされるかもしれませんが、これぞファンタジーですから。このあと、ふたりに恋心が生まれ、ルラは海にもどらなければならない、というストーリーもおなじみのもの。そんなメルヘンのような世界をオススメするわけではありません。フランスのティム・バートンともいわれる監督、マチアス・マルジウの作品です。夢見ごこちなだけでなく、毒気もあります。ルラ(マリリン・リマ)は可愛いだけでなくセクシー。イケメンのガスパール(ニコラ・デュヴォシェル)は王子様キャラというよりは不器用なオタク。そんなふたりのロマンティック・コメディ。これぞ、おとなのためのファンタジーです。それをさらに魅力的にしているのは、はじけるようなマルジウのビジュアル・センスです。ガスパールがパフォーマーとして働く、川に浮かぶ老舗のバー「フラワーバーガー」で繰り広げられる妖艶なフレンチショー、石畳のパリはまるでポップアップ絵本のなかの街のようです。ガスパールが住む家も、おしゃれな小物やフィギア、色とりどりのブリキのおもちゃやドールであふれ、ヨーロッパのアンティークショップのようで目が離せません。ふたりを見守るジョニー・キャッシュと名付けられた猫、スペインの名優ロッシ・デ・パルマが演じるお隣の世話焼きおばさんも愉快な脇役です。とにかく細部に凝っているのです。アンデルセンやディズニーというよりは、今でもファンの多い寺山修司が、宇野亜喜良とともに作り出した人魚姫を思い出しました。人魚の真珠の涙、なんてまさに。
2021年02月07日2021年1月29日から、イオンシネマズ株式会社が運営する映画館『イオンシネマ』が驚きの取り組みを始めました。その取り組みというのが、『ワンデーフリーパスポート』。税込み2500円の『ワンデーフリーパスポート』を購入すれば、劇場オープンから最終上映時間まで映画が観放題なのだそうです!『こんな時だからこそ、沢山の映画に触れてほしい。』この想いは至って本気です(^^) #ワンデーフリーパスポート 販売中。1枚2500円で上映中の映画が #1日観放題 (※一部除外作品、別途料金が必要な作品有) 詳しくは▶️ pic.twitter.com/vhyDqRantK — イオンシネマ【公式】 (@AEON_CINEMA) January 31, 2021 さらに、このチケットを飲食売店で提示すると、対象のソフトドリンクが飲み放題なのだとか。『イオンシネマ』の太っ腹すぎる取り組みに対し、ネットからは驚きの声が上がっています。・『イオンシネマ』、正気か…?・最高じゃん!でも、売り上げは大丈夫なの?正気を失ってしまったの…?・これはありがたい!感染対策を万全にして、行きまーす!ネットから上がった数々の「正気か…?」という声に対し、『イオンシネマ』は「いたって正気でございます」とコメント。【念のため再度ご報告】各方面から正気を疑われておりますが、至って”正気”でございます。ご心配をおかけしております。お近くにイオンシネマがある皆さまはぜひ、『ワンデーフリーパスポート』 で、一日中イオンシネマにお住まいくださいませ。@AEON_CINEMAーより引用また、『イオンシネマ』は映画館を利用する際、新型コロナウイルス感染症の感染対策について動画で協力を呼び掛けています。おはようございます昨日は沢山の方がTwitter上でイオンシネマを取り上げてくださったようで…ありがとうございますイオンシネマは今日も座席の間隔空け販売やスタッフ体調管理など、新型コロナウイルス感染症対策を行い営業しております。ぜひお近くのイオンシネマへお越しください(^^) pic.twitter.com/rJ2KGtZj1Z — イオンシネマ【公式】 (@AEON_CINEMA) January 31, 2021 『ワンデーフリーパスポート』は同年3月4日までの期間限定での実施されるようです。感染対策を万全に行った上で、映画に没頭する1日を過ごしてみてはいかがでしょうか。[文・構成/grape編集部]
2021年01月31日おとな向け映画ガイドこんな映像は観たことがない! 中国新世代が描く現代の山水画『春江水暖』と、スクープ満載の『ディエゴ・マラドーナ』。ぴあ編集部 坂口英明21/1/31(日)イラストレーション:高松啓二今週末(2/5・6)に公開する映画は10本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『樹海村』『哀愁しんでれら』の2本、中規模公開とミニシアター系の作品が8本です。今回は、2/11公開の『春江水暖』と今週公開の『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』の2本をご紹介します。『春江水暖~しゅんこうすいだん』古典の風格を持った傑作が誕生した、とやや興奮気味におすすめしたい中国映画です。山水画という絵画ジャンルがあります。背に山を抱き流れる川、岩や樹木や、ときに人間を自然の一部のように配した風景画。この映画には、まさに「現代の山水画」の趣きがあり、描かれるドラマも大きな川の流れのように、ゆったりと、さまざまな人生をのみこんで進みます。上海の南に位置する杭州市 富陽が舞台です。富春江という大河があり、歴史は秦朝まで遡る古い街。2022年にアジア競技大会がこの地で開催されるため、街全体が大改装中。映像でとらえると、山水画の山は、高層ビルにとって変わられつつあります。この街に住むある大家族。家長の老母を中心に、四人の息子、その妻や孫たちに起きること、その波紋やいさかい、苦悶が、四季折々の行事とともに繊細に描かれます。母の誕生日を祝う宴から始まり、満月の秋があり、雪の旧正月、そして富春江の水も暖む春。辛いこともあれば、楽しいこともある。わたしたち日本人も共感できる、すこし懐かしくもある風景です。この作品がデビュー作という、まだ33歳のグー・シャオガン監督は、『悲情城市』『ヤンヤン 夏の想い出』『東京物語』、そして『ゴッドファーザー』といった家族を描いた名作に影響を受けているようです。富陽は実は監督のふるさと。そのふるさとのリアルな姿を映し出すために、大半の役を監督の親戚や地元の知り合いが演じています。脚本も監督自身の家族におきたエピソードをもとにしているそうです。特筆すべきは、映像のすばらしさです。孫娘グーシーと恋人ジャン先生とのデートのシーン。富春江にとびこみ泳ぐジャンをとらえたカメラは、横にそのままゆっくり移動していきます。岸辺の景色をなめながら10分以上。グーシーの待つ岸に上がり、ふたりは並んで歩き出します。ここまで1ショット。まるで、絵巻物のように、映像がつながっていきます。そんな息をのむようなシーンの数々。撮影チームの「チャレンジ・スピリット」の賜物です。首都圏は、2/11(木)からBunkamura ル・シネマで公開。中部は、2/19(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、2/19(金)からテアトル梅田他で公開。『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』なんというドラマチックな人生! そのアップダウンは、次から次へと驚きがおしよせるジェットコースターのようです。 昨年11月に他界したサッカー界の巨星、ディエゴ・マラドーナを描いたドキュメンタリー。急ごしらえの追悼ものでは、もちろんありません。『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』で英国アカデミー賞受賞、『AMY エイミー』で米アカデミー賞受賞のアシフ・カパディアが、過去の貴重な映像を掘り起こし、マラドーナのインタビューにも成功した決定版。いわば本人公認の一代記ですが、サブタイトルにある「二つの顔」にいつわりなく、ダークサイドのマラドーナ像がきっちり描かれていて、それが実にすさまじいものなのです。すでにスーパースターだったマラドーナが、FCバルセロナからセリエAでは弱小だったSSCナポリへ移籍したのが1984年。映画はその入団記者会見のあと、そのまま大観衆の待つスタジアムの前に姿を見せるシーンからはじまります。至近距離の映像は、長くエージェントをつとめたマラドーナの友人シテルスピレールが専属カメラマンを雇って撮り続けていたもの。81年から87年あたりまで、実に数百時間に及ぶ貴重な記録の一部です。このお宝映像が最大のスクープ、です。マラドーナはナポリをほぼ独力で強豪チームにおしあげ、86-87シーズンにはついにクラブ史上初のセリエA優勝とコッパ・イタリア優勝を果たします。故国アルゼンチンのナショナルチームでも86年のメキシコWC で大会MVPに輝きます。続く90年のWCはイタリア開催のうえ、準決勝がアルゼンチンとイタリア、しかもその会場がナポリなんて、すごいめぐり合わせです。一方で、ナポリ入団会見でも記者から厳しい質問がとんだマフィアとの関係は、入団後、さらに深まります。加えて愛人とのゴシップ、隠し子疑惑、コカイン中毒など、スキャンダルのデパートのようなもうひとつの顔。それによって、評判も地に落ちます。これが頂上からまっさかさまで、いっそ痛快。それでもまた立ち上がる、そんな不屈のスーパースター。清濁ともに魅力にみちたキャラクターです。
2021年01月31日今週の「おとな向け映画ガイド」今週公開、小津安二郎を敬愛する海外監督ふたりの新作『天国にちがいない』と『わたしの叔父さん』をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明21/1/24(日)イラストレーション:高松啓二今週末(1/29・30)のロードショー公開は15本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『花束みたいな恋をした』『名も無き世界のエンドロール』『ヤクザと家族 The Family』の3本、中規模公開とミニシアター系の作品が12本です。そのなかから選りすぐりの2本をご紹介します。『天国にちがいない』パレスチナ系イスラエル人の名匠エリア・スレイマン監督の作品です。パレスチナ、と聞いてあなたがイメージされることを、見事にくつがえしてくれる映画だと思います。主人公は映画監督。スレイマン自身が演じています。一見、松尾スズキさんのような雰囲気。ごま塩のひげ、下が透明なフレームのメガネをかけ、ハットをかぶり、ショルダーバックは斜めがけ。街を散歩して、カフェに入り、エスプレッソを飲みながら、ぼーっとする……。新作の出資者をもとめてパリとニューヨークへ旅に出るのですが、どこの国に行ってもこのスタイルは変わりません。旅の中で起こるあれこれをスケッチのように描いていきます。ワイドスクリーンいっぱいのシンメトリカルな映像。その中心に彼をおくと、これが不思議と落ち着く構図です。どれもが、どこかユーモラスで、ホッコリとしたもの。おそらく実体験に想像力をふくらませて作り出した彼独自の世界です。彼のセリフは全編通してふたつだけ。映像ですべて物語ります。例えば、パリのヴァンドーム広場に突然戦車が何台も現れたり、地下鉄では妙な男にガンを飛ばされてビビったり、救急車がホームレスに食事のデリバリー? をしたり……。ニューヨークでは、公園に天使がいたかと思うと、子連れの女性やスーパーの店員がカービン銃をまるでアクセサリーのように身に着けていたり……。パレスチナが危険だというのなら、世界こそパレスチナ化しているんじゃない? という彼のちょっとブラックな暗喩もあります。肝心の新作の売り込みがどうなったかというと……これも笑ってしまう結末です。来日したとき、まず墓参をしたという小津安二郎ファンのスレイマンらしい、とても上品な映像、ほのかなユーモア、よい後味の映画です。首都圏は、1/29(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、2/6(土)から名演小劇場で公開。関西は、1/29(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『わたしの叔父さん』一昨年の東京国際映画祭で最高賞である東京グランプリと東京都知事賞を獲得した作品。監督はフラレ・ピーダセン。彼もまた、小津安二郎を師と仰ぐひとりです。デンマークの農村で、初老の叔父さんとふたり、酪農を営む27歳の娘クリスの物語。静かなあたたかい映画です。小津の作品同様、大きな事件があるわけではありません。朝、足の不自由な叔父さんを起こし、服の着替えを手伝い、朝食の支度をする。叔父さんはパンにスプレッドを塗って食べる。クリスはシリアルに牛乳。仕事は、乳牛の世話、畑仕事も少し。訪れる人は牛乳の回収業者だけ。出かけるのも週に一度スーパーへ買物をするくらいです。その繰り返し。淡々とした穏やかな日々が続きます。ふたりの会話はほとんどありません。実の父娘のような絆で結ばれているがゆえ、のようです。中盤からドラマが動き出します。といっても少しだけ。牛の治療にやってきた獣医から仕事の手伝いを頼まれるのです。実は彼女、獣医を夢見たことがあり、もう一度その気持ちに火が灯ります。さらに、教会で出会ったマイクという青年とのほのかな恋。人生の新たな期待と不安の一方で、叔父さんと離れることにも辛さがあり、ゆれるクリスの姿は、小津の映画『晩春』の原節子を彷彿とさせます。実の叔父と姪が演じているそうです。姪のクリスは女優イェデ・スナゴ―ですが、叔父役のペーダ・ハンセン・テューセンは酪農家で演技未経験。監督が取材で彼の農場に滞在したときに、本物の持つ魅力はなににもに代えがたいと起用を思い立ったそうです。撮影も実際にその農場で行われました。まるでドキュメンタリーのような作り。ハンディカメラを固定し、引き気味の自然な映像は、まるで彼らの生活をそっと、横で見守っているようです。首都圏は、1/29(金)からYEBISU GARDEN CINEMA他で公開。中部は、2/13(土)から名演小劇場で公開。関西は、2/5(金)からテアトル梅田で公開。
2021年01月24日今週の「おとな向け映画ガイド」ラピュタのモデルを舞台にした『天空の結婚式』と、イ・ビョンホンの衝撃作『KCIA 南山の部長たち』をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明21/1/17(日)イラストレーション:高松啓二今週末(1/22・23)のロードショー公開は10本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『さんかく窓の外側は夜』の1本、中規模公開とミニシアター系の作品が9本です。緊急事態宣言対応で公開本数が少なくなっていますが、選りすぐりの2本をご紹介します。『天空の結婚式』若いカップルが親の反対でつきあえない、結婚できない、というのはシェイクスピアの時代からトラブルの火種です。古くは身分違い、家と家の仲が悪い、人種、宗教とか。いまなら、相手が同性だから、というのはあるかも。ベルリンに住むゲイのカップル、イタリア人のアントニオとパオロが主人公です。結婚を決めたふたりは、アントニオの両親に報告するため、帰国します。驚く親たち。父親は猛反対です。ところが母親は2つの条件がクリアできれば賛成するといいだします。そのひとつは、彼らの住んでいる村で結婚式をあげること。アントニオの故郷、それは、チヴィタ・ディ・バニョレージョという、断崖絶壁の上に残された小さな集落、あの『天空の城ラピュタ』のモデルともいわれる「天空の村」なのです。父はその村長。観光客だけでなく、難民の受け入れにも理解をしめすリベラル派ですが、頑固です。母親は息子が選んだ人なら間違いない、嫁姑争いもなさそう、と直感したのか、この「天空の結婚式」をモーレツに進めていきます。ママが考えたとびきりロマンチックな結婚式、そしてこの絶景の村がなんといっても最高の舞台です。イタリアでは、2016年に同性カップルの結婚についての権利が認められたこともあり、映画は話題作として大ヒットしています。元は『My Big Gay Italian Wedding』というオフ・ブロードウェイのお芝居。それをイタリア・コメディの旗手、アレッサンドロ・ジェノベージが映画化しました。カップルをとりまく周囲の人間群像とそのコミカルな大騒ぎも楽しい、おおらかで、ハッピーなロマンチック・コメディです。首都圏は、1/22(金)からYEBISU GARDEN CINEMA他で公開。中部は、2/19(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、3/12(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。。『KCIA 南山の部長たち』1979年10月26日。調べてみると、日本では『3年B組金八先生』の第1回が放送された日でした。総理大臣は大平正芳。決して大昔のことではありません。この日、韓国では、歴史的大事件が起きていました。現職のパク・チョンヒ大統領が側近の中央情報部(KCIA)部長キム・ジェギュに射殺されたのです。この事件の顛末を描きベストセラーになったノンフィクションの映画化。驚きを禁じえない作品です。最近の韓国映画は戦後史の暗部にきりこむ社会派の力作が多く、しかも興行的にも成功しています。光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』、民主化闘争の『1987、ある闘いの真実』、対北朝鮮スパイ戦『工作 黒金星と呼ばれた男』……。そして、韓国最大の政治スキャンダルに挑んだこの作品、2020年、興行収入第1位という大ヒットとなりました。主演にトップスター、イ・ビョンホンを起用したこと、これが大成功した要因のひとつです。映画は、事件にいたる40日間を、キム部長の動きを中心に追っていきます。米下院議会聴聞会でパク大統領の汚職を暴露した前任部長の“始末”や、大統領の側近である警備室長と忠誠心争いの“暗闘”など……なぜ惨劇に至ったかを浮き彫りにします。大統領とキム部長は1960年の軍事クーデターの仲間。日本陸軍とも関係のある元軍人です。スパイさながらのハードなアクションや銃器の手慣れた扱いも、キャリアから考えるとありうる動き。日本がらみのエピソードも、うなずけます。
2021年01月17日今週の「おとな向け映画ガイド」東山紀之主演の傑作ブラックコメディと、カッコ良すぎるスタントウーマンのドキュメンタリー、2作品をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明21/1/3(日)イラストレーション:高松啓二今週末のロードショー公開は15本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『おとなの事情 スマホをのぞいたら』『銀魂 THE FINAL』『劇場版 美少女戦士セーラームーンEternal 前編』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が12本です。その中から、2本を厳選し、ご紹介します。『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』映画製作の裏方を描いたドキュメンタリーは数々作られていますが、このテーマは初めてではないでしょうか。アクションシーンのスタント・ウーマン、命知らずの女性たちにスポットをあてています。テレビの『ワンダーウーマン』や『チャーリーズ・エンジェル』、女性のアクションが人気をよんだあたりから、需要も志願者も増えたようです。最近ではマーベルものや『ワイルド・スピード』シリーズ、SFアクションなど、たしかにCGとは一線を画す彼女らの活躍には目をみはるものがあります。そんなスタントウーマンの歴史を切り開いてきたベテランから現役まで30人以上の証言と、出演作のフッテージ、さらにこの映画のために実演してくれた映像などで、彼女たちの世界を知ることができます。エイプリル・ライトという女性監督の作品です。奥が深いと驚くのは、専門分野が存在すること。ビルから落ちるのはこの人が名人とか、カーアクションならまかせて、逆に車にはねられるプロもいたり。それぞれが独自にトレーニング方法を開発し、研鑽をおこたりません。キックボクシング、太極拳、体操、ダンス……、様々な分野を志していた人が、先駆者者たちの活躍に刺激を受け、この世界に流入してきたのです。この映画がきっかけとなってスタント・ウーマンをめざす女性も多いのでは。それぐらい、カッコよくて生き生きとしています。『おとなの事情スマホをのぞいたら』イタリアのオリジナル版、韓国版、フランス・ベルギー版(Netflix)と観てきて、日本版ができないか、と楽しみにしていました。それがついに完成。しかも東山紀之が主演というではありませんか。本国で大ヒットしたあと、すでに世界中で18本が公開または製作発表されていて、日本版は19本目なのだそうです。世界共通のストーリー設定はこんな風ー。月食の夜。3組の夫婦と1人の独身男、職業もライフスタイルもちがう7人が年に一度集まる食事会の席で、スマホを使ったゲームが始まります。全員のスマホを机の上に出し、これから届くメールやSNSの通知、電話をすべてさらけだすというもの。「やましいことがないなら、OKでしょ?」と 言われると、皆、断る理由がみつからず、内心ハラハラドキドキでゲーム開始、です。やがて、それぞれの隠していたとんでもない事実が明らかになってしまい……。イタリア版『おとなの事情』は、40代後半の男女が幼馴染の食事会に集まってパスタやワインでの宴、でした。フランス・ベルギー版『ザ・ゲーム〜赤裸々な宴〜』はフォアグラのミルク煮?がでてきたり、食後のチーズがおいしそうでした。韓国版『完璧な他人』は同郷の仲間たちが新居披露で郷里の料理とマッコリ、チャミスル。集まる場所、食事のちがいなど、各国特有のライフスタイルが反映されています。さて日本版。脚本はドラマ『ひよっこ』などの岡田惠和。7人がなぜ、定期的に集まることになったかが大きな意味を持ちます。会場も食事もいまの日本を感じさせる設定。なるほど、と納得です。益岡徹と鈴木保奈美、田口浩正と常盤貴子、淵上泰史と木南晴夏、以上がカップル。三平くんというややコミカルで気弱な独身男の役を東山紀之が演じるというのはアイデア、ですね。常盤貴子の大胆なあのシーンとか、鈴木保奈美の開き直った表情とか……、秘密がばれたときの、それぞれのリアクションに「おとなの事情」がにじみでています。
2021年01月03日今週の「おとな向け映画ガイド」新年1月1日公開!あのゾンビ大作続編『新 感染半島 ファイナル・ステージ』と、東京が舞台の香港アクション『燃えよデブゴン TOKYO MISSION』をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/12/27(日)イラストレーション:高松啓二元日と2日に公開される作品は6本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『新 感染半島 ファイナル・ステージ』の1本。中規模公開とミニシアター系の作品が5本です。その中からスリリングな2本をご紹介。『新 感染半島 ファイナル・ステージ』前作では、謎のウィルスによって国民が次々とゾンビ化し、1日で国の機能が停止してしまった韓国。あれから4年。ゾンビがいなくなったわけではありません。まだ立ち入り禁止は続いています。国に残された資産も凍結状態。その資産金目当てに再上陸をはかった命知らずがいて……という新展開です。主人公は命からがら香港に逃げ延びた元韓国軍人ジョンソク。これを、是枝裕和作品の出演も予定されている国際派スター、カン・ドンウォンが演じています。香港では、ましな仕事もなく、お酒を飲んでいても、韓国人とわかると、出ていけ、と罵声をあびせかけられます(コロナ感染でも欧米ではアジア人に対し当初似たようなことがありました……ね)。そんな生活の中で自暴自棄になっていた彼に、香港のギャングから声がかかります。韓国内に置き去られた現ナマ2000万ドルを回収してくれば分け前は半分。危険この上ないやばい仕事です。同じようにかき集められた命知らずのメンバーは5人。夜陰に乗じてひそかに入国します。監督・脚本は前作と同じヨン・サンホ。韓国内にはゾンビから逃れて生き延びている人たちもわずかにいるのですが、631部隊と名付けられた私兵組織が牛耳っているという設定です。ゾンビと狂気の集団、両者に挟まれたなかで展開されるノンストップ・サバイバル・アクション。特に廃墟のなか、薄汚れた車でのカーチェイスは『マッドマックス』シリーズを連想させる迫力です。ジョンソクとともに立ち向かうのは、訳ありの生存家族、ミンジョン母娘。母役は石田ゆり子にちょっと似たイ・ジョンヒョン、そして14歳の少女ながら、超絶ドライビング・テクニックで場をさらうイ・レに、必ずや魅了されるはずです『燃えよデブゴン TOKYO MISSION』同じタイトルですが、サモ・ハン・キンポー作品の続編ではありません。原題も同じですので、オマージュを捧げているのかもしれません。何といっても、主演がハリウッドでも活躍する現代中国のトップ・アクションスター、ドニー・イェン。監督は『るろうに剣心』などを手がけ、香港でもアクション監督として大活躍する谷垣健治です。内容は相当ふざけています。その香港映画らしい力いっぱいのおふざけぶりがオススメの理由です。香港警察のやり手刑事フクロン。犯人逮捕の成績は優秀なのですが、あちこちぶっ壊すし、熱血が過ぎてついに閑職に左遷されます。部下たちはそれを悲しむかと思いきや、やっと休みがとれると大喜び。つまり人望がないのです。その後、フクロンは仕事が暇なあまり、暴飲暴食に走って、なんと体重120キロのおデブに。そんな彼に、出世した昔の仲間が、ある特別ミッションの仕事を振ってきます。うまくいけば刑事にもどれるかもしれません。その仕事とは、香港で逮捕された日本のヤクザを東京へ護送することです。冒頭の15分は、きびきびとしたカー・アクションとカンフー・シーンの連続。舞台が日本に移ってからは、コミカル度数がパワーアップします。日本からは竹中直人、渡辺哲、注目のダンサー&アクション俳優・丞威らが出演。竹中さんはおなじみのカツラを使ったギャグを繰り出し、楽しそうに演じています。香港の人気監督ウォン・ジンが、フクロンの元先輩刑事いまは歌舞伎町の甘栗屋という、カンフー使いの重要な役で大活躍です。撮影は豊洲移転前の築地などでもロケをしているようですが、歌舞伎町の飲み屋街はかなり精巧なセット、ヘリも使った東京タワーでのアクションシーン、我々はその高さをよく知っているだけに、ど迫力です。
2020年12月27日今週の「おとな向け映画ガイド」アカデミー賞有力候補作がこんなにも!ー『Mank/マンク』『ミッドナイト・スカイ』など劇場公開されたNetflixオリジナル4作品をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/12/20(日)イラストレーション:高松啓二今週末のロードショー公開は11本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『劇場版ポケットモンスター ココ』『映画 えんとつ町のプペル』『ジョゼと虎と魚たち』の3本です。今回ご紹介するのは、いま話題のNetflixオリジナル作品4本。館数は少ないですが、今なら映画館でご覧になれます。この年末年始は、おうちでゆっくり配信を観るという楽しみ方も。『ミッドナイト・スカイ』ジョージ・クルーニー主演・監督・製作、世界の静かな終末を描くSF大作です。2049年、地球は壊滅の危機にあります。クルーニーの役は、避難をせずに北極圏の天文台にひとり残った老宇宙物理学者オーガスティン。食料の備蓄もあるこの観測施設で死を待つ状態です。施設内で、家族とはぐれ取り残された少女アイリスを見つけるのですが、彼女を救うすべもありません。ある日彼は、木星の探査を終え地球に帰還する宇宙船からの無線をキャッチします。彼らは、地球との連絡が途絶え、混乱状態のなか、情報を求めてあてのない発信を続けていたのです。オーガスティンは、よりよい通信設備のある遠く離れた別の基地へ氷原のなかをアイリスと移動します。映画は、そのサバイバルの旅と、宇宙船の地球帰還を並行して描いていきます。原作はリリー・ブルックス=ダルトンの『世界の終わりの天文台』。なぜ地球は滅亡するのか?木星探査のミッションは? 宇宙船内の人間関係は?オーガスティンはなぜ残ったのか? 少女アイリスの謎?などなど、原作とは異なる部分もあったり、観た人の想像力に委ねられるところも多くて、映画を観終わっても話題はつきません。氷とオーロラの北極圏、宇宙空間でのスリリングな船外活動シーンや、船内のライフスタイル、といった映像の見どころも盛りだくさんです。12/11(金)から劇場公開。ヒューマントラストシネマ渋谷他で上映中。12/23(水)からNetflixで配信開始。『ザ・プロム』ブロードウェイとハイスクール・ラブコメをガッチャンコさせた良いとこ取りミュージカル。しかもメリル・ストリープ、ニコール・キッドマンら大物俳優を起用するという大盤振る舞いの、ゴージャスなNetflix映画です。ルーズベルト大統領夫人を主人公にした新作ブロードウェイ・ミュジーカル『エレノア』、劇場前の派手なキャンペーンで華々しく初日を迎えるのですが、酷評であえなくクローズ。やけ気味の主演女優ディーディー(メリル・ストリープ)とその仲間たちは起死回生のアイデアをSNSでみつけます。それは、インディアナ州の田舎町の高校で、同性の恋人とプロム(卒業パーティ)に参加する予定の女子高校生がいるため、PTAがプロムそのものを中止したという記事。この女子高生をブロードウェイのスターが応援しよう、というわけです。ディーディーたちの出現に、現地は大騒ぎ。監督は学園シリーズ『glee グリー』のライアン・マーフィ。女子高生エマを演じる新人ジョー・エレン・ペルマンは、どこか『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーンを彷彿とさせます。学園ミュージカルの躍動感とベテランたちの円熟の芸の見事な交配。メリル・ストリープ扮する大女優のセルフ・パロディは余裕を感じますし、彼女や、ニコール・キッドマン、ジェームズ・コーデン(トニー賞受賞男優)らが歌い踊るシーンは一見の価値あり、です。12/4(金)から劇場公開。ヒューマントラストシネマ渋谷他で上映中。Netflixで配信中。『Mank/マンク』米アカデミー賞レースで最有力候補といわれている作品です。監督は『ゴーン・ガール』などのデヴィッド・フィンチャー。映画史上燦然と輝く名作中の名作『市民ケーン』は監督で主演のオーソン・ウェルズの功績が語られますが、この映画は脚本を担当した”マンク”こと、ハーマン・J・マンキーウィッツにスポットをあてた新味の“名作誕生秘話”になっています。脚本を担当したのはジャック・フィンチャー。監督の実父です。『市民ケーン』のモデル、新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストや、MGMの創始者メイヤー、『ラスト・タイクーン』の主人公、タルバーグなど、実在したハリウッド・レジェンドが実名で描かれています。1930年代、黄金時代のスタジオらしい熱病のような浮かれた雰囲気と、きらびやかな世界の裏で展開するどろどろとした人間模様。ハリウッド内幕ものの魅力にあふれています。評判をよんでいるひとつは映像です。モノクロの、まるで『市民ケーン』(1942年作品)と同じようなテイスト。様々な時制のシーンをインサートする構造は、フラッシュバックを多用した『市民ケーン』を連想させます。役者も高い評価を得ています。マンクを演じているのは、個性派ゲイリー・オールドマン。今回も、この酒びたりで、毒舌、ハリウッドの暴れん坊を魅力的に演じています。『市民ケーン』はいまや世界の映画ベスト1にも選ばれますが、当時、ハリウッドからは総スカンで、アカデミー賞9部門にノミネートされるも、受賞したのはこのマンキーウィッツ(とオーソン・ウェルズ)の脚本賞だけ。さて、『マンク』はどんな結果になりますか。11/20(金)から劇場公開。アップリンク吉祥寺他で上映中。Netflixで配信中。『シカゴ7裁判』1968年シカゴでおきたベトナム戦争への抗議デモ弾圧事件の、今からみると衝撃的で理不尽な裁判を描いた物語です。事件は、大統領選挙に向けて民主党全国大会が行われたシカゴにベトナム反戦の活動家が集結したなかで起きました。デモ隊と警察、州兵が対立し、なかば暴動状態となり、デモ指導者が逮捕されました。映画は翌年に行われた裁判を追いながら、事件の背景も描いていきます。シカゴ7とよばれた被告は、新左翼の学生団体SDSのリーダー、トム・ヘイデンや、政治に傾斜したヒッピー集団イッピーのアビー・ホフマンとジェリー・ルービン、非暴力の活動家など7人。さらに過激派ブラック・パンサーのリーダーも告発されていました。監督・脚本はアーロン・ソーキン。『ホワイトハウス』などTVシリーズのヒット脚本家として知られ、最近は映画監督として活躍しています。当初、この作品はスティーブン・スピルバーグが監督するといわれていました。トム・ヘイデンといえば、その後、カリフォルニア州議会議員となりますが、映画ファンにはよく知られた名前。ジェーン・フォンダの元夫です。この映画では、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのエディ・レッドメインが演じています。フランク・ランジェラが演じた超タカ派の裁判官の横暴、意外な証言者の登場(マイケル・キートン扮する前司法長官など)、被告団の内輪もめ……といった裁判ドラマならではの展開の面白さ。そして感動のラスト!アメリカではベトナム反戦、フランスの五月革命、日本では全共闘運動と、若者たちの関心が政治に向けられた時代の物語です。それが、トランプが再選をめざし、さまざまな政治対立が現出した今年に公開されたことに意味があります。これもアカデミー賞の有力候補の一本です。10/9(金)から劇場公開。アップリンク渋谷他で上映中。Netflixで配信中。
2020年12月20日今週の「おとな向け映画ガイド」おひとりさま のんちゃんの『私をくいとめて』と、フェリーニにオマージュ『声優夫婦の甘くない生活』をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明20/12/13(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『約束のネバーランド』『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』『ワンダーウーマン 1984』『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』の4本。中規模公開とミニシアター系の作品が13本です。その中から、2本を厳選し、ご紹介します。『私をくいとめて』現代の独身女性を描かせたら大九明子監督はピカイチ、そう思います。同世代の女性からの圧倒的支持を受けた『勝手にふるえてろ』と同じ綿矢りさ原作で、しかも今回はアラサーの主人公に、のんちゃんを起用。女性たちは「あるある」と共感するでしょうし、おじさん含む男子は「ふーん、そういうものなのか」と納得できる映画です。今年の東京国際映画祭正式出品作。コロナ禍、コンペのなかったこの映画祭で唯一の賞、観客賞を受賞しています。おひとり様の気軽さは最高なのに、まわりからは、恋人はいないんだという視線のプレッシャーもある。そんな時に年下の男性からアプローチされたら……。さまざまな思いがめぐる脳内。のんちゃん扮する主人公みつこの味方は、力強いのにやさしくアドバイスをくれる癒し系男子「A」です。あ、これ空想上の存在ね。声だけの出演ですが、あの役者が、という起用です。もうひとりのスペシャル・キャストは、イタリアに住んでいる大学時代の友人役、橋本愛。テレビ『あまちゃん』以来の「潮騒のメモリー」コンビ復活は、心ときめきます。大九監督の細部への心配りにも注目です。例えば、みつこの家のベッドから台所の棚にあるもの、着ている服など。食事だって、ひとり鍋、ひとり焼肉、ひとりパンケーキとか。それからお酒!前作『甘いお酒でうがい』でもグッドチョイスでしたが、今回はイタリアのリモンチェロがいい感じ。さらに大滝詠一『君は天然色』がこんな風に流れるとは!大九作品の常連といってもいい前野朋哉は今回はあっと驚く役で出演。片桐はいりはみつこの上司役です。一瞬の出演で場をさらっていた古舘寛治が今回出ていないのは残念ですが、みつこが年下の多田くん(林遣都)と出会うシーンで登場する下町のコロッケ屋役・岡野陽一がいい味、染み出してます。『声優夫婦の甘くない生活』冷戦時代のソ連で、実は人気のあったハリウッドや西欧映画。そのロシア語吹き替えを担当していた有名なユダヤ人の声優夫婦が、1990年、ソ連崩壊の前年、悲願の地、イスラエルに移住します。新しい土地では、ゼロからのスタート。歳も60を超えていますし、そんなに「甘い生活」ではありません。そんななかでも、自分たちの才能を活かした仕事をみつけていきます。もちろん、声がいい、というのがこの夫婦のウリです。ポスター貼りのアルバイトのような仕事しかできない夫ヴィクトルにくらべ、世間知らずのように見える妻ラヤの方が新世界への順応力はあり、早速、高給の職に就きます。でも、それはかなり怪しげなテレフォン・セックスの店。夫も、なんとか映画のロシア語吹き替えに活路を見出しますが、海賊ビデオ用……。おたがい、仕事の内容をさすがにうちあけられません。ロシアからイスラエルに渡ったユダヤ人は2000年までに120万人を超し、人口の2割を占めたといいます。これなら海賊ビデオの需要もあるはずです。日本でもテレビのゴールデンタイムに外国映画を放送した時代は、アラン・ドロンは野沢那智さん、イーストウッドは山田康雄さんとか、吹き替えのスター声優がいましたが、この映画のヴィクトルもそんな声優さん。闇のレンタルビデオ屋で、モニターに映った『クレイマー、クレイマー』にあわせてセリフを完璧に語りだし、驚いた店の主人にその場でスカウトされます。そう、ダスティン・ホフマンの声は彼だったのです。エフゲニ・ルーマン監督はこの映画の主人公と同じ、家族とともに子供の頃にソ連から移住してきたひとり。脚本はその経験をもとに書かれています。ヴィクトルが尊敬するのはフェデリコ・フェリーニ、という設定も監督の趣味のようです。実際にフェリーニは『8 1/2』でモスクワ映画祭に参加したことがあり、そこでヴィクトルと会っていたかもしれないと、空想をふくらませました。随所に、フェリーニへのオマージュが感じられる映画です。
2020年12月13日おとな向け映画ガイド男がSMに目覚めるフィンランド映画『ブレスレス』と、タイのおしゃれな断捨離映画『ハッピー・オールド・イヤー』をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明20/12/06(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『新解釈・三國志』『天外者』の2本。中規模公開とミニシアター系の作品が16本です。その中から、2本を厳選し、ご紹介します。『ブレスレス』SMの世界は実はよくわからんのですが、もしも、ですよ。万が一、この主人公と同じことがおきたとしたら、私とて、その深みに足をつっこむやもしれません。2019年のカンヌ国際映画祭 監督週間に正式出品されたフィンランド映画です。SMを扱ったアート系フィルム。種類は違いますが、例えば、自動車事故に快感を覚えてしまう男女を描いたデヴィッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』なんて好きな人は興味を持たれると思います。最愛の妻を水の事故で亡くした優秀な外科医が、10年後、たまたま、本当に偶然、街のSMクラブに迷い込んでしまいます。客と間違われて、プレイにひきずりこまれ、首を絞められ、窒息し、意識を失いそうになる刹那、水死した妻の像が見えたのです。その一瞬の幻想が忘れられず、クラブを再訪し……、彼の生活は一変していきます。BDSMというそうです。B=ボンデージ(拘束)、D=ディシプリン(調教)、SM=サディズム&マゾヒズム。「お前は犬だ、這いつくばれ」とか「足をおなめ」とか。一応すべてでてきます。そのケがない人にとってはどこかブラック・ユーモアも感じます。でもこの主人公の場合、ちょっと切ない。主演のぺッカ・ストラングはフィンランドを代表する名優。この作品で、ユッシ賞(フィンランド・アカデミー賞)の最優秀男優賞を受賞しています。昨年日本でも公開された『トム・オブ・フィンランド』で伝説のゲイアート・イラストレーター、ラークソネンを演じ、注目されました。彼をいたぶる女王様役のクリスタ・コソネンは『ブレードランナー2049』に起用された国際派。日本では来年公開予定の、ムーミンの原作者トーベ・ヤンソンの生涯を描いた『TOVE』にヤンソンの女性の恋人役で出演しています。首都圏は、12/11(金)からヒューマントラストシネマ渋谷で公開。中部は、1/9(土)から名演小劇場で公開。関西は、1/1(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『ハッピー・オールド・イヤー』主人公のジーンは、スウェーデンの留学経験を鼻にかける駆け出しのデザイナーで、二言目には北欧風「ミニマルなスタイル」を口にする気取り屋さんです。でも、現実とは驚くほどのギャップが。母と兄の三人で暮らす実家は、かつて商売をしていたこともあり物で溢れかえっています。彼女は、その実家をリフォームし、1階を自分の仕事場にしようと一大決心するのです。無駄なものが一切なく、白一色、シンプルそのものの「ミニマルなオフィス」の実現。その前に立ちはだかる最大の難関は母です。楽器の修理店と音楽教室を営んでいた父は、家族を捨てて出ていったのですが、父愛用のピアノなど、母は思い出の品々を捨てようとしません。新年1月のリフォーム着工まで、時間はあと1カ月と少し。ミニマルな暮らしをめざし、ジーンの「断捨離」が始まります。もらったもの、借りたもの、買ったもの。ものは人の思い出につながります。捨てようとして、初めて、ジーンはこれまでの自分の行いや、目を背けていたこと、いま本当に何が必要なのかに気づきます。晴れて、自分と家族、友だちと元カレ、みんながハッピー・ニュー・イヤーとなるかどうか。タイ映画で、高校生がカンニングをビジネスにしようとする『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』という傑作がありました。そのチームGDH559が製作。同作で主演したチュティモン・ジョンジャルーンスックジンがジーン役を演じています。涼し気な目元、9等身の女優さん、日本のどこかにいそうな親近感があります。
2020年12月06日おとな向け映画ガイド今週は、ベストテン入り間違いなしの『燃ゆる女の肖像』と、アン・ハサウェイが怪演!『魔女がいっぱい』の2本をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明20/11/29(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『サイレント・トーキョー』『魔女がいっぱい』『滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。その中から、2本を厳選し、ご紹介します。『燃ゆる女の肖像』絵画の名作を静かな美術館でみたような、クラシックの名曲を良質なホールで聴いたような、このうえなく美しい映画を観た、としばし思いました。これから年間ベストテンや映画賞が発表されますが、そんななかに必ずや加えられる、観逃せない1本だと思います。時代は18世紀。フランス北西部、ブルターニュ地方の孤島が舞台です。この島に住む伯爵夫人から、娘の肖像画を描くよう依頼され、やって来た女性画家マリアンヌと、娘エロイーズの、激しくも密かな恋の物語です。冒頭に登場する「燃ゆる女の肖像」と題された暗示的な絵から、万感迫るラストまで、心の動きが繊細に描写され、実に精緻に作られたストーリーです。脚本はセリーヌ・シアマ監督のオリジナル。彼女はこの作品で昨年、カンヌ国際映画祭・脚本賞とクィア・パルム賞を受賞しています。クィア・パルム賞は、LGBTをテーマにした作品に与えられる特別賞です。ふたりが恋におちていく、海辺のシーンがとても美しいです。空と海の青、砕ける白い波……。音楽は、ヴィヴァルディの『四季 夏』と、焚き火のシーンで歌うオリジナルの2曲だけですが、とても効果的ですし、随所にでてくる炎もまた、ふたりの感情の象徴です。理知的で顔には強い意志が感じられるマリアンヌ役のノエミ・メルラン、情熱を内に秘めたエロイーズ役のアデル・エネル。美しきふたりの、お互いを思いやり、慈しみあうようなラブシーンも魅力的。恋に燃ゆる女、の官能的な美しさです。『魔女がいっぱい』ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』という映画を覚えてますか?あの原作者がロアルド・ダール。彼が書いたもうひとつの名作が『魔女がいっぱい』です。今回それを映画化したのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの大監督ロバート・ゼメキス。これまで『ポーラー・エクスプレス』など、3DCGアニメを手がけたこともあり、ファンタジーには定評があります。さらに、『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロが脚本・製作、『ROMA/ローマ』のアルフォンソ・キュアロンも製作に加わるという豪華な顔ぶれ。映画好きが、みな面白がって参加した感ただよう、おもちゃ箱を部屋中に広げたような、ウキウキ気分のエンタテインメントです。1960年代の終わり頃。アラバマの田舎町の、お城のようなホテルに、突然、世にも恐ろしい魔女の集団がやってきて大集会を開きます。彼らの陰謀は、大嫌いな子供たちを謎の秘薬を使って動物に変えてしまうこと。運悪くネズミの姿に変身させられてしまった主人公の男の子、ブルーノとその友だちたちは、魔女軍団の悪だくみと戦うことになります…。CGを使ったネズミたちの可愛い動きも楽しいのですが、この映画の最大の魅力は、大魔女グランド・ウィッチ役アン・ハサウェイ。『プラダを着た悪魔』では純な女の子役、『レ・ミゼラブル』ではつらい娼婦役に挑戦した大女優が、口裂けのド派手なメイクで、世にも恐ろしく、そしてポップな魔女という新境地を実にノリノリで演じています。魔女の数々の秘密(例えば、実は髪の毛が……とか)が笑えます。キャラクター作りがしっかりしているので、子供が観れば、ねずみに変えられる少年たちの気持ちになり、女性は魔女の60’sファッションに興味津々、それぞれ見どころが違うかもしれません。すごいアトラクションに乗った時のようなつぎつぎと襲うスリルと爽快感。ハリウッド映画ならではの、ひとときをどうぞ。
2020年11月29日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、人間は弱くて強い、そう感じる2本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/22(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は21本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『10万分の1』『君は彼方』の2本。中規模公開とミニシアター系の作品が19本です。その中から、2本を厳選し、ご紹介します。『アンダードッグ』『ロッキー』を始めとする、アンダードッグ(負け犬)が、最後のプライドを賭けて戦うというボクシング映画の系譜に、またひとつ名作が生まれました。主人公を演じるのは森山未來。女性ボクサーに安藤サクラを起用した『百円の恋』で強烈な印象を残し、大成功を収めた監督・武正晴、脚本・足立紳、プロデュース・佐藤現のチームが、再集結。前編・後編あわせてなんと4時間36分の、どうだ!文句あっか、という男の映画です。晃(森山未來)は、元日本ライト級1位。タイトル戦に敗れて以降、鳴かず飛ばず。今や、若手ボクサーの踏み台にされる「かませ犬」という立ち位置で、なんとかボクシングの世界にしがみつき、デリヘルの運転手をして糊口をしのいでいます。そんな彼が、ふたりの男と宿命ともいえる出会いをし、リングで対決することになるのです。バラエティ番組の企画で初めてボクシングを経験するお笑い芸人の宮木(勝地涼)、そして、晃を倒すことを夢見てきた前途あるボクサー龍太(北村匠海)。ふたりにとっても、晃との試合が人生の大きな岐路となります。かつて晃に夢を託したこともある父(柄本明)、別れた妻(水川あさみ)と息子(市川陽夏)、デリヘルで働く謎の女性(瀧内公美)とその娘(新津ちせ)、対戦相手の宮木や龍太をとりまく環境など、細部がきっちり描かれているし、意味深な伏線もあとできっちり回収されて、複雑な人間ドラマを観ていると時折感じるフラストレーションはありません。長時間でも飽きさせません。中心となる3人だけでなく、登場人物の多くが、それぞれどこか「アンダードッグ」的な裏面をもち、そこからはい出そうとしている、群像劇のようでもあります。鬱屈した感情の爆発する象徴がファイトシーン。鍛えられた肉体がぶつかりあい、ほとばしる血と汗、それを撮るカメラワークもリアル、生半可なものではありません。特に、ダンサーでもある森山の身体能力と肉体が、活きています。早朝の町。スカイツリーを近くに見上げる下町が、晃のトレーニングコースです。スタローンはフィラデルフィアの薄汚れたダウンタウンを、『あゝ、荒野』では菅田将暉とヤン・イクチュンが新宿の朝を駆け抜けました。ボクシング映画でファイト場面と並んで、いつも感動するのは、朝のシーンです。『ヒトラーに盗られたうさぎ』ヒトラーの台頭に身の危険を感じ、ドイツをあとにした、ユダヤ人一家の亡命の旅。ベルリンから、スイス、フランス、そしてイギリスへ。世界的に有名な絵本作家ジュディス・カーが、少女時代の実体験をもとに著した『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』という小説、その映画化です。監督はドイツ出身のカロリーヌ・リンク。『名もなきアフリカの地で』で米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した女性監督です。9歳の主人公アンナ。父親は、ドイツでは知られた演劇批評家。辛口の批評で敵は多い。ヒトラーを批判した政治がらみの発言も鋭く、ナチスが政権をとれば、弾圧の対象にされるに違いありません。母は音楽好きで社交家。いざとなると父よりも頼りになります。少し年上の兄がひとり。それまでは自分がユダヤ人であることすら意識していなかったアンナでしたが、大好きなうさぎのぬいぐるみをおいて、ベルリンの思い出深い家をあとにします。この時代、演劇批評家では外国で食べていくのは大変です。職を求めて、父と母は奔走します。そんななかで、すこしずつ成長していくアンナの日常が描かれます。言葉を覚え、友だちを作り、トラブルに立ち向かう姿はポジティブです。豊かな感受性は、将来の絵本作家の片鱗を感じさせます。同じ時代のユダヤ人の子どもの映画というと、東欧で家族と離れ、ひとり地獄の日々をすごした少年が主人公の『異端の鳥』や、不安におびえる『アンネの日記』のような、つらい物語が多いですが、この話は、のびやかで明るく、いいあと味が残る映画です。「帰る場所は、土地ではない、家族のいるところ」、という言葉が印象的です。首都圏は、11/27(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、12/12(土)から名演小劇場で公開。関西は、12/4(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2020年11月22日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、人間って…の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/15(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『STAND BY ME ドラえもん2』『フード・ラック!食運』の2本。中規模公開とミニシアター系の作品が15本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『ホモ・サピエンスの涙』スウェーデンの“映像の魔術師”、世界のなかで異彩を放つロイ・アンダーソン監督の最新作。ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した作品です。今年のぴあフィルムフェスティバルでも、コンプリート特集が行われ、特別上映されました。観ている途中で黒澤明監督の『夢』という映画を連想しました。「こんな夢を見た」で始まる黒澤の夢の数々。少年の頃の思い出や、悪夢もありました。最後は牧歌的な楽園で終わります。この作品もロイ・アンダーソンの夢の世界といえなくもありません。難解、という人もいるかもしれませんが、夢の世界なんて不可解なもの。ほとんど脈絡がない33シーンが続きます。どんよりとした空気の北欧の街。陰気にみえる人たちの謎の行動……。1シーン1カットによる5分以内の映像。意表をつく発想もあり、人間の内面がさらけだされる寓話のようでもあり。そのどれもが緻密な構造で描かれた絵画みたい。まさに万華鏡のような映画です。少し紹介すると、恋人たちが戦禍のドイツ・ケルンの上空を舞っている。シャガールの絵『街の上で』からインスパイアされて作られたシーン。牧師が心理カウンセラーの診察室にやってきて「神は去った。私はどうしたらいいのか」と打ち明けるシーン。高台の公園のベンチにすわった中年のカップル、女は「もう9月ね」と、ただ、ぽそっとつぶやくシーンなど。どれが琴線にふれるか、は観る人次第です。ロイ・アンダーソンは独特の映画作りで知られています。すべての撮影が、ロケではなく、自分の所有する巨大なスタジオのセットのなかで、行われます。CGはほとんど使いません。模型を使ったり、遠近法を利用した背景画など、昔ながらの映画のテクニックが駆使されています。有名な役者はキャスティングせず、一般人をオーディションで起用するやり方も、リアル感を高めています。どこかおかしい、愛すべき人間たち。ちょっとブラックなところもあります。絶望的にさせる話もありますが、希望がほの見えるシーンもあります。ほんわりとした後味。不条理を楽しむ、そんな気分で気楽にどうぞ。首都圏は、11/20(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、11/27(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、11/20(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『フードラック! 食運』もう、肉好きにはたまりません。がぜん、“みすじ”が食べたくなります。 いやいや、滅多に焼肉食べないんだよなぁ、って人も焼肉店に行きたくなってしまうかと思います。これほど焼肉が美味しそうに見える映画は初めてです。食通で知られる、ダチョウ倶楽部・寺門ジモンの初監督作品。これまで番組や雑誌記事で彼の食レポを目にしたことはありましたが、その舌体験がそこここに素敵なスパイスとなり、彼にしかできない、おいしい食と人の映画になりました。EXILE NAOTOがフードライター佐藤くんで、土屋太鳳がサイトの編集者竹中さん。このふたりが、グルメの新サイトで究極の焼肉をとりあげることになり……、と一見『美味しんぼ』的設定。ふたコトめには「この店は食べログ上位です」と、にわか知識をふりかざす竹中さんに対し、佐藤くんは、個人的な食体験から磨きあげた超人的な味覚と嗅覚、そして持って生まれた、おいしいものにめぐりあえる「食運」がついているようです。おそらくジモン監督が食めぐりをするなかで見聞きしたエピソードや、出会った食の達人たちの反映でしょう。でてくる焼肉屋主人たちの一家言がなるほどの連続。演じる役者さんの味のある顔もほれぼれとしますし、確かにこんな感じの親父さんやおかみさん、いますね。寺脇康文、大和田伸也、東ちづる、そして渋いね白竜が。天才佐藤くんのルーツは、りょう演じる母にあったというあたり、泣かせてくれます。彼の肉の焼き方、これ、店でやったら嫌われそうだなぁ、という感じのかなりオーバー・アクション。でも、真似したくなるんだなぁ。『泣く子はいねぇが』大みそかの夜。青年たちが、鬼の赤や青の仮面をつけ、髪をふりみだし、「泣く子はいねぇが」と大声をあげて家々を襲う秋田の伝統行事「男鹿のナマハゲ」。それを受け継ぎ、郷土の文化を守る若者たちの美談とか、そした話ではねえだす。仲野太賀が演じる主人公・たすくは、一応ナマハゲを受け継ぐひとりですが、仕事もなく、だから金もない。結婚して子どもができたのに、妻には愛想をつかされて途方にくれるだけ、そういうどちらかというとみっともない青年です。その年は、テレビの中継も入り、ナマハゲの映像が全国に流されるという晴れの舞台になるはずだったのですが、心にくったくがあったのでしょう。各家でだされる振る舞い酒をしこたま飲んだたすく君は、なんと、とんでもないことをしでかしてしまい……。そこから始まる苦闘の日々。彼が、それでも何とか一人前のおとなの男になろう、父親になろうともがく姿を描きます。監督は、初の自主制作長編作品『ガンバレとかうるせぃ』がPFFアワード2014で映画ファン賞(ぴあ映画生活賞)と観客賞をW受賞した佐藤快麿(たくま)。この作品が劇場デビュー作になります。佐藤監督の原案をバックアップし、映画化にむけた原動力になったのは是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」(企画協力)。仲野太賀のほか、妻・ことね役に吉岡里帆、親友・亮介役に寛一郎、余貴美子、山中崇、柳葉敏郎(秋田出身)といった豪華な配役が並びます。すでにいくつかの国際映画祭でも上映され、撮影の月永雄太はサン・セバスティアン国際映画祭で最優秀撮影賞を受賞しています。最初と最後に登場するナマハゲ。幼い子どもにとって、その姿は怖いなんてもんじゃないだろうな、と思います。そのナマハゲを見事に活かしたラスト。涙です。「がんばれよ!青年」と声をかけたくなります。
2020年11月15日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、観れば納得の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/8(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は29本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。かなりの多さです。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』『ホテルローヤル』『水上のフライト』『魔女見習いをさがして』の4本。中規模公開とミニシアター系の作品が25本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』『シラノ・ド・ベルジュラック』といえば、フランス演劇史上の名作。鼻が巨大で醜い剣客シラノの悲恋物語です。毎年、世界のどこかで演じられていて、例えば日本では、今年の12月に宝塚星組が公演しますし、英国ナショナル・シアターの最新公演も「ライブ・ビューイング」で上映されます。この映画は、作者であるエドモン・ロスタンが、この傑作劇を生み出だすまでの、色恋あり、ドタバタありのロマンチック・コメディです。1897年、瀟洒なベルエポック時代のパリ。売れない劇作家で詩人のエドモンに、名優コンスタン・コクランのための戯曲を書く仕事が舞い込みます。紹介してくれたのは、彼を唯一気にかけてくれていた大女優サラ・ベルナール。が、これから2時間後に脚本を持って行け、という無理難題!200年も前に実在したシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にするという付け焼刃なアイデアを、アドリブを加えてプレゼンすると、これが意外にウケて、大成功。なんと、3週間後に舞台にかけることになります。恋愛中の友人へのアドバイスを脚本に入れてしまったり、エドモン自身におきる事件や、次から次へと出てくるバックステージのトラブル、それらがどう解決され、無事初日を迎えられるかが、この映画の楽しいところです。監督・原案・脚本のアレクシス・ミシャリクは、映画『恋におちたシェイクスピア』から想を得たといいます。エドモン・ロスタンが登場する「『シラノ・ド・ベルジュラック』ができるまで」、それをまずは舞台化。2016年の初舞台で大成功させ、この映画につなげました。エンドクレジットには実際のエドモンやコクラン、シラノ役を演じた歴代の役者の写真も紹介されます。『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』この映画、ストップモーション・アニメーションで作られているんです。パペット(人形)を少しずつ動かして撮影し、それを繋ぎ合わせる手法のアニメ。『ウォレスとグルミット』を観たときは、その手作り感の映像にホッコリし、すっかりファンになりましたが、良くも悪くも、これは別物。目をみはる背景の美しさ、ビクトリア朝時代の家具や小道具、衣装など細部へのこだわり。パペットの動きがスムーズで実に表情豊かなこと。最高なのは、そのなんともユーモラスな造形の楽しさと、最新技術も取り入れて表現されたスケールのデカい躍動感、そしてストーリー。ストップモーション・アニメーションのトップランナーと言われている、アメリカのスタジオライカの作品です。19世紀後半のイギリス。有閑貴族で、ちょい自分本位な英国紳士、ライオネル卿の冒険物語です。シャーロック・ホームズにも似たいでたち、好奇心の赴くままに、世界中の謎に挑む探検家。夢は伝説の生物を発見し、探検界の憧れ「貴族クラブ」の会員になることです。ネス湖の怪獣とおぼしき未確認生物を取り逃したあと、アメリカで身長2メートルの「ビッグフット」に出会い、彼を相棒にヒマラヤにある伝説の谷、シャングリラを目指すのですが……。いま注目のライカ作品というだけあって、声優陣も実に豪華。主人公ライオネル卿の声を担当しているのはヒュー・ジャックマン。他に、ザック・ガリフィアナキスやゾーイ・サルダナ。なるほど、ライオネル卿のパペットはヒューをイメージして作られていますし、みな雰囲気が似ています。『インディ・ジョーンズ』シリーズにも似た、おとなも観てワクワクするアニメの傑作です。『音響ハウス Melody-Go-Round』東京は銀座の早朝。和光、三越、そして歌舞伎座の前を、雨の日も風の日も、同じ時刻に通る男性の姿が映し出されます。その人が通う先は、神の宿るレコーディングスタジオ『音響ハウス』。彼は、このスタジオのメンテナンス・エンジニアなのです。40年にわたり様々な機材を調整、修理してきた「マイスター」。直せないものはない、が信条です。きちょうめんな彼のチェックで、音響ハウスの朝がはじまります。スタジオができて昨年で45年。場所がら、CMなどの音楽制作に使われることが多く、その録音に参加したCITY-POPのミュージシャンの間で、評判がひろがっていったそうです。実際に、この映画のために作られた主題歌「Melody-Go-Round」を、さまざまなミュージシャンがパーツを少しずつ演奏しながら収録。それと平行して、松任谷由実、矢野顕子、坂本龍一、佐野元春……。ビートルズが使用したアビーロードスタジオにも匹敵する、いやそれ以上だと、このスタジオを愛するミュージシャンたちの証言がインサートされます。いくつもあるスタジオのうち、坂本龍一が「2スタ」をいかに愛したか、とか……、さまざまな伝説が紹介され、この偉大なレコーディングスタジオの秘密が浮き上がります。企画・監督を務めたのは、レコーディング・エンジニア出身の相原裕美です。首都圏は、11/14(土)から渋谷・ユーロスペースで公開。中部は、12/18(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、11/20(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2020年11月08日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、世代を超えて共感できる3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/1(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は19本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『モンスターストライク THE MOVIE ルシファー 絶望の夜明け』『おらおらでひとりいぐも』『461個のおべんとう』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が16本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『461個のおべんとう』お弁当、作る方も、作ってもらう方も、思いは十人十色です。これは、ロックミュージシャンが、高校に通う息子のお弁当を毎日作った、という実話をもとにしたその3年間のお話。原作は「TOKYO No.1 SOUL SET」のボーカル&ギタリスト渡辺俊美によるエッセイです。とても優しい息子さんです。15歳の多感な時期にパパとママが離婚、受験に失敗し、1浪の末に高校に入ります。年下のクラスメートのなかで、苦労はないだろうか。そんな心配をした料理の得意なパパは「3年間休まず登校する」という息子に、じゃあパパも「3年間、毎日お弁当を作る」と約束します。売れているミュージシャン、シングルファーザーの奮闘が始まります。なんといってもこのパパ役に、V6の井ノ原快彦が、ぴったりハマっています。無理がない感じ、慌ただしい音楽の世界にいてもちょっと余裕の、すてきなパパです。息子役に関西ジャニーズJr.内ユニット「なにわ男子」の道枝駿佑。ふたりで歌うシーンもあります。親子ともに卵焼きが大好き。卵に入れる具材を工夫して日々のお弁当を彩ります。子供の頃から居酒屋に連れていったせいか、息子の渋〜い味の好みにもクスッと笑えます。(1)調理は30分以内 (2)1食単価300円以内 (3)おかずは材料から(出来合いを使わない)が信条の、弁当箱にまでこだわる愛情べんとう。息子の甘じょっぱい高校生活、バンド仲間との濃厚な日々など、いろいろなおかずが詰まっている、後味のいい映画です。『おらおらでひとりいぐも』専業主婦で夫に先立たれ、子供たちと物理的にも精神的にも距離があり、郊外の戸建てにひとり住まい、という75歳の女性、桃子さんの日常を描いた映画です。若竹千佐子の芥川賞受賞作を映画化したのは『モリのいる場所』の沖田秀一監督。桃子さんを演じているのは田中裕子です。朝起きて、トーストの食事をとり、病院へ。延々と続く待ち時間は、テレビの画面にでる時刻表示で表現してくれます。3時間近く待ってもお医者さんとかわす会話はほんの一瞬。たまに来る娘は、金の無心。そんなこと、気にしてはいられない。桃子さんの最大の関心事は、「地球46億年の歴史」なのです。図書館で何冊も図鑑を借り、ノートにイラスト入りでまとめます……。東北出身の桃子さん、故郷を飛び出して上京し55年たちますが、ひとりごとになると、お国なまりがぬけません。桃子さんが心のなかでつぶやく言葉もしっかり東北弁です。映画ではそれをなんと擬人化。寂しさ1(濱田岳)、寂しさ2(青木崇高)、寂しさ3(宮藤官九郎)という脳内キャラクターで見えちゃう化しています。彼らと桃子さん、しんみりと会話したり、時にはどんちゃん騒ぎをしたり。そんなぶっ飛び方が、ともすれば陰気になりそうなムードを楽しいものに変えています。もうひとり、「どうせ」(六角精児)というネガティブキャラもいて、これもかなりウケます。そして回想のなかに登場する、若かりし昭和の桃子さん役は蒼井優。かれら全員で、桃子さんが表現されます。人生、気持ちを解放して謳歌すべし、「おらは、ひとりで生きていっても大丈夫だあ」そんなふうに明るく思える作品です。『PLAY 25年分のラストシーン』ユニークな発想で作られたフランス映画です。1980年生まれの男性が、25年間、自分の周りの出来事をホームビデオカメラで撮りためていて、その大量の映像を整理しながら観ているという設定です。13歳のクリスマスにプレゼントでもらったビデオカメラから始め、現代のiPhoneまで、いかにもアマチュアらしい映像が続きます。だんだん画質がよくなっていくのもリアリティがあります。パーティや結婚式とか、その頃の人間関係、考えていたことをそっとおりこんでいて、男の子の成長や家族の一部始終を覗いているかのようです。映像をつないで見せるだけで、説明的なナレーションもありませんが、1998年のサッカーW杯や、2000年ミレニアムの馬鹿騒ぎも巧みにとりいれていて、時代背景もわかり、ちゃんと映画らしい展開になります。監督はアントニー・マルシアーノ。彼の自伝的作品です。いたずら好きでやんちゃな子供たち。恋の時代をむかえ。それぞれの人生を歩みだし。そして……。どんなラストシーンが待っているか!首都圏は、11/6(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、11/6(金)からセンチュリーシネマ他で公開。関西は、11/13(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年11月01日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、さまざまな人間模様の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/25(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は27本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。とても多い週です。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『罪の声』『とんかつDJアゲ太郎』『映画プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が24本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『罪の声』35年前、日本を揺るがした未解決の怪事件。その犯人像に迫った塩田武士のベストセラー小説を映画化しています。TV『逃げるは恥だが役に立つ』などの脚本・野木亜紀子と監督・土井裕泰らヒットメーカーたちが集結。小栗旬と星野源がダブル主演という、自信のキャスティングです。京都で小さなテーラーを営む男性が、父の遺品から一本のテープを偶然見つけます。そのテープには、子供の頃の自分の声による、あの事件の脅迫電話が残されていました。まさか、知らない間にあの事件に関わっていた……? 彼は家族に内緒でテープの謎を調べ始めます。テーラー役を演じているのが、星野源です。同じ頃、大阪の新聞社がこの事件を再調査しはじめます。発生当時の状況を知るベテラン記者はすでに現場を離れ、取材を担うのは、テーラーの男性と同世代の記者です。これが小栗旬。このふたりが、迷宮入りの犯罪を地道な聞き込みで調べまわるうちに出会い、闇の中から事件の真相をつかみます。小栗旬と星野源、いい感じ出してます。小栗の役は、スクープのためなら非情にもなるという新聞記者でなく、人間としての暖かさもあるキャラクター。星野は本来の明るい個性を抑え、自分の過去に思い悩む市井人を演じています。ふたりをとりまく俳優陣も納得の顔ぶれ。ある役者さんの登場では、思わず「おー、そう来たか」とうれしくなってしまいました。これぞおとなが満足できるエンタテインメントです。『パピチャ 未来へのランウェイ』パピチャ、というのは、アルジェリアのスラング。“愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性”を意味するそうです。これは、アルジェリアの1990年代、政府軍と複数のイスラム主義反政府軍が戦う「暗黒の10年」といわれた内戦の時代に、希望ときらめきをうしなわなかった女性たちの物語です。首都アルジェ。ヒジャブという布で頭や体を覆う服装を強要するポスターが街中に貼られています。ドライブをすれば検問にひっかかります。それが政府軍によるものか、反政府かもはっきりせず、運が悪ければ、殺される。男尊女卑、宗教的な制約、性差の抑圧で息がつまりそうです。でも、ファッション・デザイナーを夢見る主人公の女子大生、ネジュマは負けません。彼女の楽しみは、深夜、女子寮をぬけだして郊外のナイトクラブへ踊りに行くこと。白タクのなかで着替えをし、カセットでお気に入りの音楽をかけます。クラブでは、自分がデザインした手作りのドレスを売り、夢の実現への努力も怠りません。自由にファッションを楽しもうとするネジュマたちは、男性だけでなく、原理主義者の女性からも非難の的です。そんな中で、彼女は女子寮で、あるファッションショーを企てるのですが……。弾圧されても、パワフルにカラフルに、自分の人生を切り開いていこうとする女性たち。アルジェリア出身の女性監督ムニア・メドゥールの自伝的な作品です。それをヴェネチア国際映画祭最優秀女優賞を受賞した注目の若手女優、リナ・クードリが熱演。本国での上映は見込みが立っていないそうです。『愛しの母国』中国の建国70周年を記念して作られた、国威発揚のための宣伝映画、といわれると、ついスルーしちゃいますが、世界の巨匠チェン・カイコーが総合監督で、いまや世界第2位の映画大国、中国を代表する監督たちが7つの歴史的瞬間というエピソードをそれぞれ受け持ち、つむいだオムニバス、となると興味がわきます。しかも、いわゆる上から目線でない庶民視点が特徴の、温かい内容になっています。役者も豪華です。例えば、「前夜(1949年・建国式典)」は、式典会場の国旗自動掲揚装置を開発し、当日の準備に奔走する科学者が主人公です。演じているのは、『西遊記〜はじまりのはじまり』のコメディ役者ホアン・ポー。「初恋(1984年・ロス五輪)」は、女子バレーボールチームが決勝進出し、全中国が注目した当日、上海の下町で、電気屋の少年は、白黒テレビのアンテナ調整の仕事の手伝いで大わらわ、引っ越してしまう初恋の女の子へのプレゼントがわたせない……とか。人気者グォ・ヨウが主演した「Hello 北京」は北京五輪がテーマ。グォ・ヨウはタクシー運転手。会社のくじで開会式のプラチナチケットを手に入れ……、という下町人情劇。監督は『クレイジー・ストーン』などブラック・コメディの名手、ニン・ハオです。そして、チェン・カイコーが監督した「流れ星」というエピソードは中国の宇宙プロジェクト「神舟」計画がテーマです。内モンゴルの兄弟が、神舟11号の高原への帰還を目撃する話。かれらを見守る老人役がティエン・チュアンチュアン監督。役者として出演しています。中国の巨匠ふたりのコラボです。もちろん国として都合の悪い話はでてきません。核開発、香港返還などのエピソードもあくまで中国の視点。ですが、日本の戦後の写し鏡のような庶民の物語にはとても共感できます。首都圏は、10/30(金)から池袋・グランドシネマサンシャインで1週間限定公開。
2020年10月25日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、おとなの味がする4本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/18(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は22本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『きみの瞳(め)が問いかけている』『朝が来る』『空に住む』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が19本です。今週も傑作揃い。その中から、4本を厳選し、ご紹介します。『キーパー ある兵士の奇跡』いまや、ヨーロッパのサッカー界に国籍はないも同然ですが、この映画の主人公こそが、イギリスのリーグの年間最優秀選手に選ばれた最初の外国人選手。彼は、戦争中、捕虜として収容所に入れられていたナチスの兵隊でした。ナチスの優秀な軍人に贈られる“鉄十字勲章”と、イギリスの“大英帝国勲章”の両方を持つ唯一の男。バート・トラウトマンといいます。ドイツ軍空挺部隊の元伍長。収容所で仲間とサッカーをしていたところを、地元のサッカーチームの監督に見いだされ、キーパーの助っ人に駆り出されるところから、彼の人生はまた大きく変わります。戦後は故国に帰らず、プロチーム「マンチェスター・シティFC」に入るのです。戦後すぐの話です。相当な風あたりだったでしょう。イギリスはドイツと敵国として戦い、空襲の被害にもあっていますし、ユダヤの人たちだって多くいるのです。彼がいかにして、認められ、愛され、「イギリスの」国民的ヒーローになったか。イギリス人の妻とのエピソードなどで語られる、トラウトマンの真摯で前向きな人柄もありますが、何よりも彼のプレイがイギリス人の心を動かしていきます。スポーツの持つ力、ともいえます。監督はマルクス・H・ローゼンミュラー。トラウトマンは『愛を読むひと』で注目されたドイツ人俳優、デヴィッド・クロスが演じています。妻マーガレット役のフレイア・メーバ―、その父で最初にトラウトマンを認めた地元サッカーチームの監督役ジョン・ヘンショウなど、主要な役どころはイギリスの俳優で固めた、ドイツとイギリスの合作。戦後75年、いまだから作れた映画、です。『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』全盛期の音楽活動はもとより、解散コンサートが伝説の映画『ラスト・ワルツ』として映画史にも燦然と輝く、ザ・バンドを、彼らの音楽的ルーツから始め、解散後まで描いた音楽ドキュメンタリーです。ボブ・ディランのバックバンドとして、1965年からツアーに参加。フォーク・ソングのカリスマだったディランがロックに目覚めた時期です。アコースティック・ギタ―での弾き語りのあとにバンドと登場するツアーの構成は、世界中どこへいっても、古典的なフォークファンからブーイングの嵐でした。やや疲弊した彼らは、ニューヨーク郊外のウッドストックで出直します。バンド名も「ザ・バンド」として活動を開始。ロバートソン夫妻が住む、ピンクに塗られた家の地下スタジオで作曲をし、レコーディングも始め、68年、『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』で本格的なアルバムデビューを果たします。近くに住むディランも加わって……。ハッピーな日々が続きます。唯一無二のバンドとして得た名声。才能がぶつかり合い、やがて訪れる仲違いと解散が待ち受けていますが、そんな、1970年前後絶頂期の彼らは、やんちゃで、生き生きとしていて、本当に兄弟のようで、実に楽しそうです。マーティン・スコセッシが製作総指揮。リーダーだったロビー・ロバートソンの回想を中心に、これでもかというほど豪華な音楽界の大物たちの証言が並びます。エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン……。スコセッシが語る『ラスト・ワルツ』秘話。ブルース・スプリングスティーンは彼らの仲の良さを語り、魅力のひとつを「シンプルな名前、ザ・バンド。これだね」と。首都圏は、10/23(金)から角川シネマ有楽町他で公開。中部は、10/24(土)から名演小劇場で公開。関西は、10/30(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『彼女は夢で踊る』実在する広島第一劇場というストリップ劇場を舞台にしたドラマです。立ち退きを迫られていることもあり、閉館はやむを得ない現実なのですが、往生際悪く、閉館興行をうちながら、2度も再開し、「閉館詐欺」といわれても平然としている劇場主が、主人公の木下社長です。演じているのは、ベテラン俳優加藤雅也。下町のショービジネス世界に、いそうだよなあこういう人、とつい思ってしまう、どこかうさんくさそうな、不思議な個性が、魅力です。札束がうなっていた全盛期、それから幾星霜。場末感ただよう「ヌードの殿堂」もいよいよ閉館。支配人は、全国から集めた踊り子のなかに、かつて憧れた人のおもかげをみつけ……。踊り子、そしてそのヒモさん、職人芸の照明さん、変わったお客さんたち、彼らの人間模様が繰り広げられます。実際、閉館間近という第一劇場で撮影。出番前に、踊り子さんがキスをして舞台に向かう「口紅の壁」が歴史を語っています。ロック座のベテランストリッパー、矢沢ようこが踊る、そのバックに流れる曲は松山千春の『恋』。楽曲使用に意外とすんなり許可がおりたのは、松山が昔、ストリップの照明の仕事をやってたことがあったからとか。とてもしみます。昭和な味もする青春ノスタルジー。哀愁の映画です。首都圏は、10/23(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、10/23(金)からユナイテッド・シネマ豊橋18、11/21(土)からシネマスコーレで公開。関西は、10/31(土)から第七藝術劇場で公開。『FRIDAY』横浜長者町で40年続く、FRIDAYを追ったドキュメンタリーです。横山剣率いるクレイジーケンバンドを生んだ聖地、とよばれる伝説のライブハウス。ゆかりのミュージシャンとしては、柳ジョージ、宇崎竜童、TCR横浜銀蝿RSRの翔など、つまり、ハマのちょいワルバンドの巣窟です。キャパは50席ほどで、客席と同じ高さのステージ。演奏した音がストレートに響くハコはここしかない、と評判です。名物マスター磯原順一さんの日常を中心に、30組近い、ミュージシャンたちのインタビューと、『長者町ブルース』『雨に泣いている』『カサブランカダンディ』『横浜ホンキートンク・ブルース』『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』など22曲が披露されます。横浜、おとなの夜を愉しんでください。首都圏は、10/23(金)から29(木)まで アップリンク渋谷で、10/30(金)から11/13(金)まで 横浜ジャック&ベティで公開。中部は、11/28(金)から12/4(木)まで 名古屋シネマテークで公開。
2020年10月18日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、出色の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/11(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』『みをつくし料理帖』『夜明けを信じて。』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。今週も、観逃せない作品が並びました。その中から3本をご紹介します。『博士と狂人』辞典の最高峰といわれる「オックスフォード英語大辞典(OED)」。1928年に第一版を完成するまで、70年以上を要したそうです。膨大な量の言葉をひたすら集め、編纂するという、地味めな仕事ですが、その裏側で、こんなにドラマチックな人間関係と誕生秘話があったとは!OED編纂の中心人物は、マレー博士。独学で語学を学んだ、スコットランドの仕立て屋の息子、たたき上げの人です。計画が始まったものの遅々として進まない辞書作りを、彼が斬新なアイデアを持ち込んで一挙に推進させます。最も重要で大変な「言葉の用例を探す」作業に、一般人の協力を募ったのです。それに応え、世界中から用例が郵便で集まります。なかでも、大量に、しかも的確なものを送ってきたのが、マイナーという医師でした。教養人で読書家、辞書編纂にこれほど力になる協力者はいないのですが、アメリカ人の彼は、実は、南北戦争の後遺症で精神を病み、イギリスで殺人事件を起こし、精神病院に措置入院させられていたのです。マレー博士を演じるのはメル・ギブソン。そして、マイナー役はショーン・ペンです。歴史の教科書にでてくるような、髭面の偉人そのままの顔。格調があり、パッションも充分です。このふたりが、最初は手紙のやりとりから、やがて交流が始まり、深い友情と信頼で結ばれていきます。超アナログ時代の辞書作り、ビクトリア朝のイギリスの再現に好奇心がそそられます。そして、なによりもハリウッドを代表する名優ふたりの奥深い演技がみもの。ご堪能ください。『スパイの妻』黒沢清監督がヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した作品です。1940年、大戦前夜の神戸を舞台にした歴史ドラマであり、緻密に作られたスパイサスペンスです。商社を営む主人公福原優作が、満州で重大な国家機密を入手し、正義感からそれを世界にリークしようと決意します。ことが明るみにでたら「国を売った非国民」として、断罪されるのは必定です。その計画を知ってしまった妻・聡子は……。舞台となる神戸の商社と住まい、洋風なライフスタイルなど、少しでもうそっぽいところがあると、なかなか物語に入り込めないものですが、そのあたり、ぬかりはありません。優作が映画ファンで、9.5ミリ(8ミリより前の個人用小型映画)に凝っているという設定も上手に使われています。みどころは、高橋一生の優作、蒼井優の聡子、このふたりの存在感。ミステリアスで、巧みで。まるで、ヒッチコックの作品に出てくるような演技です。言葉遣いに不思議な気品があり、懐かしさ漂う切り返しのショットにも、独特の世界が感じられます。いくつかの謎を解く鍵は、ラストまで残されます。なるほど! と思うか、お見事! と感心するか。それとも、わからない! と頭をかかえるか……。『薬の神じゃない』この作品は反社会的というか、政府の方針にさからう犯罪者が主人公です。しかも刺激的なテーマ。検閲の厳しい現代の中国で、よく作れたなあと感心します。といって肩肘はったドラマではない。コメディ仕立てで、そんなに予算をかけてもいない映画。ところが中国国内では興行収入500億円を稼ぎ出した大ヒット作になりました。テーマは「白血病の特効薬の密売」。観れば納得、最近の中国映画では出色の出来栄えです。上海で、インドの強壮剤を販売しているチョン・ヨンの店に、思いつめた顔をし、マスクを3重にしたヘンな男がやってきます。きけば、慢性骨髄性白血病で、国内で販売されている治療薬が高価で困っている、インドから安価なジェネリック薬を密輸してほしい、といいます。最初は断るのですが、その差益は魅力的。金に困ったチョン・ヨンは渡航し、密輸を始めます。彼に協力するのは、自分が患者だったり、娘が患者だったりの、訳アリ白血病関係者たち。最初は大儲け、ヤバイ商売は順調に拡大するのですが……。実は元ネタというか、実際に起きた有名な事件をヒントにしています。ネタバレになるので書きませんが、中国では珍しい結末。それが映画が大ヒットした要因のひとつです。主演は、シュー・ジェン。コメディといってもややブラックがかったテイストの作品が多い国民的スターです。今回は、彼の出世作『クレイジー・ストーン〜翡翠狂想曲〜』を監督したニン・ハオと共同製作をつとめています。
2020年10月11日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、この秋注目の4本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/04(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は16本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『望み』『星の子』『82年生まれ、キム・ジヨン』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が13本です。今週は粒ぞろい! この秋注目の作品が並びました。その中から厳選して4本をご紹介します。『異端の鳥』もし、SNSなどで投稿するなら、最初に「閲覧注意」とか「不適切な動画」と書かなければいけない、そんなショッキングな映像が続きます。でも決して残虐を売りにした映画ではありません。第二次大戦中の東欧の寒村地帯を、ユダヤ人の少年がひとりで逃げ迷い、体験する、この世のこととは思えない数年間を描いた作品。人間の隠れた本質を容赦なくえぐった内容と、その映像の見事さが、ヴェネチアなど国際映画祭で評判となった映画です。少年は、ホロコーストの災禍を避けるため、村の老婆にこっそり預けられます。ところが、その老婆が急死し、家も火事で消失したことから、身寄りをなくしてしまうのです。両親はどこにいるかさえわかりません。結局、彼は、呪術師に金で買われ、命拾いしますが、それから苦難の日々が始まり……。描かれている暴力は、野蛮で迷信深く偏見にみちみちた農民たちによるものです。当時東欧で戦っていたソ連やドイツの軍隊も登場しますが、残虐さはその比ではありません。異端の鳥ー原題は“Painted Bird”。この映画のなかほどで、この“色を塗られた鳥”が少年の暗喩だと気づかされます。ピーター・セラーズ主演の映画にもなった『チャンス』の作者、ポーランド生まれのユダヤ人、イェジ―・コシンスキの同名小説を原作にしています。ポーランドでは長い間、発禁書でした。製作・監督はチェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル。完成に11年を要したそうです。3時間近い息詰まるような時間が苦にならないのは、映像の力です。荒れ果てた土地、すさんだ人の心、ピュアゆえに失っていく少年の声…、そんな世界が、何か大きな存在が見ているかのような、モノクロで引き気味の映像でゆったりと映し出されます。それをシネマスコープサイズで見せられると、迫力に圧倒されるはずです。『82年生まれ、キム・ジヨン』1982年生まれのキム・ジヨン。キムは韓国では多い姓、ジヨンはこの年に最も多くつけられた名前です。この映画は、そんな30代の、きっとたくさんいる韓国女性、の物語なのです。子どもの頃から、女はこうでなくてはいけないといわれ、我慢した。大学は出るが就職難、苦労してやっと入った会社では、いい仕事をしても軽んじられた。尊敬する女性上司もいたが、その苦労を目の当たりにした。結婚して退職。2歳の娘の子育てと家事の日々。お正月には夫の実家へ里帰りをしなければいけない。行ったら行ったで、義母に気をつかい、台所仕事が待っている。公園で子どもを遊ばせていると、サラリーマンの「主婦は気楽でいいよな」、そんなおしゃべりを耳にし、傷ついたり。夫はやさしいのだけど、本当の私の気持ちはわからない。決して不幸せな生活ではないのに、気づかぬストレスが彼女を支配して……。韓国で130万部を越えるベストセラーになった小説の映画化。日本でも20万部といいますから大ヒットです。現代の韓国映画にでてくる韓国人のライフスタイルや、日常的な喜び、悩みは、日本人と驚くほど似ている感じがします。女性が生きづらい世の中、も同じ。周りに助けられ、悩み、もがく。そんななかで、希望がほのみえる映画です。『望み』『犯人に告ぐ』などの雫井脩介のベストセラー小説の映画化ですが、読んでいなくてよかったと思ってしまいました。先の読めないサスペンス。下記くらいの予備知識で観るのがよろしいかと。東京近郊に住む一級建築士の一家。両親、高校生の息子、高校受験を控えた娘の四人家族。学校でも人気者だった長男が、打ち込んでいたサッカー部をケガで辞めてから、ふさぎがちになり、外出も増え、ある夜、姿を消します。同じ日、彼の友人が何者かに殺害されるという事件が発生し……。両親を演じるのは堤真一と石田ゆり子。息子(岡田健史)の事件への関与に気をもむ、そして無事を祈る親の心理、行動が映画のテーマです。モデルルーム代わりに使う一家の住む家とか、こだわりのある生活スタイルをしていた母の変化、しつようなメディアスクラム、周囲の目など。登場人物の設定や、ロケ地選び、セット、小道具にいたるまで、細部への心配りが、ドラマの背景や展開に重要な役割をになっています。監督は堤幸彦。職人の仕事です。『星の子』こちらも家族の物語です。天才子役、芦田愛菜の主演作。もう16歳になるのですね。愛菜の演じるちひろは中学三年生。姉がひとりいます。一見仲のいい、幸せそうな家族です。実は、この両親が、ちょっと訳アリ、です。永瀬正敏、原田知世が両親を演じています。これが絶妙のキャスティング。夜の公園で、緑のおそろいのジャージを着て、タオルにあやしげな水をひたし、ちょんまげのように頭にのせあっている光景は、はっきりいって不気味でございます。ふたりとも実直そうで、狂気にとりつかれた様子にはみえません。そもそも、未熟児で病弱だったちひろのため、あらゆる療法を試みたのがはじまりです。万策つきたときに「金星のめぐみ」という不思議な水に出会います。この水をちひろの体につけたところ、湿疹がなくなったのです。この「奇蹟」に両親は感激。その高価な水を提供するあやしい宗教のとりこになってしまいました。宗教団体の教祖様はでてきません。が、高良健吾と黒木華が謎めいた幹部として登場します。姉は家を飛び出しますが、ちひろはその困った両親を否定もしませんし、むしろ受け入れています。彼女の自分を置いてでも他人を思う優しさ、信じる心、がけなげです。ところが、さすがにと思う場面に遭遇し……。この家族、どうなるのか……? 監督は大森立嗣。最新作は『MOTHER マザー』という長澤まさみ主演の超恐いお母さんの映画でしたが。
2020年10月04日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、笑って泣ける家族の映画2本とファッション・レジェンドのドキュメンタリー1本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/27(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は20本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『浅田家!』『トロールズ ミュージック★パワー』『小説の神様 君としか描けない物語』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が17本です。その中から厳選して、ハートウォーミングな家族を描く2本とファッション・レジェンドのドキュメンタリーをご紹介します。『浅田家!』この映画のモチーフとなった写真集『浅田家』を最初に見たときは、おもわず笑いました。写真界の芥川賞といわれる木村伊兵衛写真賞を浅田政志さんが受賞した後だったと思います。消防士から始まり、レーサー、バンドマン、極道など、いわばコスプレなんですが、写っているのはいつも同じ中年の男女と若者2人。どうやらこれは家族の写真らしい、と気がついて、想像力がふくらみました。でも、まさか、映画になるとは思ってもみませんでした。なるほど、この写真集がどのようにして作られたか。すてきな着想です。写真家になりたかった次男(二宮和也)に協力し、家族がなりたかった自分を演じる。消防士は、お父ちゃん(平田満)が夢見た職業でした。看護師のお母ちゃん(風吹ジュン)は昔映画で観た『極道の妻たち』を、とやや悪のり。やさしいお兄ちゃん(妻夫木聡)は、勝手な弟に振り回されながら、父母が喜んでくれるならと、例えば消防車を借りる交渉とか、縁の下の力持ちに努めます。そのメイキング・オブ・写真集『浅田家』と、東日本大震災後の東北で浅田さんが体験した「写真洗浄」のボランティアをめぐるお話を、「家族と写真」という心のテーマとしてつないでいます。『湯を沸かすほどの熱い愛』という珠玉の家族映画を世に送り出した中野量太監督のオリジナルストーリーです。マイペースな自由人であり、どこか優柔不断で涙もろい、浅田政志役の二宮、もうぴったりです。妻夫木、平田、風吹の家族はみていてほっこりします。政志の幼馴染若奈は黒木華(この人もいいなあ)。大津波で散乱した写真を探して洗浄し、持ち主に返すというボランティアのエピソードでは、菅田将暉、渡辺真起子が重要な役割を演じます。いまの日本映画を代表する顔ぶれが揃いました。個人的には、浅田の才能をみつけ、写真集『浅田家』を出す弱小出版社の、いつも一升瓶を小脇にかかえる豪傑社長(池谷のぶえ)の存在が楽しかったです。ネットで調べると、この社長の人生もユニークで、映画になってもよさそうな。『フェアウェル』同じ民族、同じ家族でも、住んでいる国やライフスタイルが異なれば、なかなか理解し合うのは難しい、それでも家族はひとつになれるー。中国系のルル・ワン監督の実体験をもとにした中国人一族の物語です。映画の舞台はほとんど中国ですが、アメリカ映画です。スタート時は全米で4館のみという、日本で言えばミニシアター系の公開でしたが、批評のよさと口コミで3週目には全米興行TOP10入りという大ヒットになった作品です。ルーツは中国の長春。ここからアメリカに渡り、ニューヨークで暮らす中国人一家の娘、ビリーが主人公です。30歳をすぎてもまだ自分探しの日々。そんなある日、中国に住む祖母ナイナイが末期ガンで、余命3ヶ月とわかります。自身の本当の病を知らない祖母のため、従兄弟の結婚式という嘘を作り、親族が故郷に集まることになります。よかれと思ってつくみんなの「優しい嘘」がおこす悲喜劇。中国の大叔母は「助からない病は本人には知らせない」のが中国の習わしと言い、ビリーの父母や、東京にいる叔父など一族のほとんどがそれに賛成します。身も心もアメリカ人のビリーだけは、そんなのはおかしいと反対です。夢を追い続ける彼女の最大の理解者であるナイナイ、その残された時間を、自分の思うように過ごしてほしい、と考えたのです。しかし、久しぶりに再会したナイナイの顔をみると、その嘘は、まちがいでもないと思い悩むビリーでしたが……。ビリー役はラッパーでもある注目のオークワフィナ。昨年のゴールデングローブ賞では、この作品でアジア系女優初の主演女優賞(コメディ・ミュージカル部門)を獲得しています。『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男ピエール・カルダン』日本で、ピエール・カルダンといえば、 中年以上の知名度はバツグンです。とはいえ、例えばタオルにこのロゴがつけば高級感がでるというくらいのブランドイメージの人が、実は多いのではないでしょうか。でも、このドキュメンタリーを観ると、印象が驚くほど変わります。こんなすごいブランドなのだと。創設者のピエール・カルダンはことし98歳。元気にインタビューに答えています。パワフルな現役です。ファシズムが台頭するイタリアを逃れ、家族でフランスへ。10代の頃は仕立て屋で働き、戦後まもなくファッション・ビジネスの世界に。28歳の時にディオールのアトリエから独立。富裕層向けのオートクチュール(高級仕立服)からプレタポルテ(既製服)へ、ファッションの大衆化の旗振り役となります。以降、ファッション界の「初」に挑戦し、様々なジャンルのデザインに進出しただけでなく、ブランドを活用した新しいビジネスモデルを編み出した企業人でもあります。色とりどりの写真や映像と関係者の証言で語られるカラフルな人生。スリムな美男子だったカルダンは、同性愛のアーティストたちのあいだで人気者だったようです。恋人と目された男性の姿もちらちらするのですが、男性だけでなく、結婚寸前までいったという名女優ジャンヌ・モローとの恋は、当事者のふたりが証言をしています。インタビューに使われた場所は、パリのマキシム・ド・パリ。カルダンがここのオーナーになったいきさつは…(これが笑えます)。監督は、P.デビッド・エバ―ソール&トッド・ヒューズ。実はこれがカルダンをとりあげた初めてのドキュメンタリーです。完成後の作品を観たカルダンは「すべて真実だ!」というメッセージをよせた、といいます。ファッション界の異端児、成功したビジネス・イノベーター、芸術の理解者であり後援者、古城からアール・ヌーヴォーのコレクター、そして恋する男。常に未来をイメージしてきたピエール・カルダン。100歳は軽々と越えそうです。
2020年09月27日世界に先駆け現在主流のデジタルシネマをクローズアップし、次代を担う若手映像クリエイターを発掘してきた《SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020》が26日開幕を迎える。17回目となる今年は、新型コロナ・ウイルスの感染拡大を受け、メインの国際コンペティションと国内コンペティション(長編・短編)に絞ってオンライン配信での開催。通常開催とは違うが、若手映像作家を発掘し、世界の多様な映画を紹介してきた例年と同様に、国内外の新進映画作家たちの手掛けた新作映画を届ける!まず、同映画祭のメイン・プログラムである国際コンペティション部門には、今年、過去最多の106の国・地域から883作品がエントリー。まさに厳正な審査を見事に勝ち抜いたといっていい、新進気鋭の映画作家の10作品が選出された。ラインナップで注目すべきは、本映画祭では初となるドキュメンタリー映画が2本選出されたこと。ルイ・ウォレカン監督の『リル ・ バック/メンフィスの白鳥』は、スラム出身のダンサー、リル・バックの波乱の半生が語られ、もう1本のデンマークのボリス・B・ベアトラム監督による『戦場カメラマン ヤン ・ グラルップの記録』は、戦場に身を置き、リポートし続けるカメラマンの死と隣り合わせ毎日と家庭での素顔に迫る。趣はまったく異なるが、どちらもその人物の実像に肉薄した力作になっている。このドキュメンタリー映画が2作選出されていることが象徴するように本映画祭の国際コンペの大きな特色になるのが、さまざまなジャンルの作品が顔を揃えること。ジャンル映画専門以外の国際コンペとなるとなかなか選出されないコメディやサスペンスといったエンターテインメント要素の強い作品が今年も選出されている。ロイ・アンダーソン監督にも通じるスウェーデンらしいシニカルなコメディが展開する、パトリック・エークルンド監督の『カムバック』、わけあり家族にちょっとした騒動が起きるフレンチ・コメディ『フェリチタ!』といったユーモアあふれる作品から、注目のドイツ人女性監督、カトリン・ゲッベによる心理ホラー『ペリカン・ブラッド』、死に直面した大人の男女の関係の行方を精緻にえがいた人間ドラマ『願い』など、娯楽性と芸術性を兼ね備えた多様な作品が並ぶ。こうした海外の力作が居並ぶ中、日本映画で唯一ノミネートされたのは、串田壮史監督の『写真の女』。イギリスの大学で映像制作を学んだ串田監督は、2017年に発表した短編『声』が、世界90の映画祭を巡り、ブラックマリア映画祭最高賞など数々の賞を受賞。今回が初長編映画になるが、言葉よりも身体に特化した表現、周到なサウンドデザイン、こだわりの美術とロケーションなど、そのオリジナルな感性に驚かされる。今回の選出について串田監督は「日本人だけではなく、ほかの国の人にも伝わる作品を常に目指している。ですから、国際コンペティションの場に選ばれたのは、とても光栄なこと。世界の映画が並ぶ中で、どのような評価をいただけるのか楽しみにしています」と語ってくれた。一方、国内コンペティション部門に目を転じると、こちらもこれからの飛躍が期待される映画作家たちが名を連ねた。長編部門には、『カメラを止めるな!』でブレイクしたしゅはまはるみと、実力派俳優の藤田健彦と長谷川朋史監督が立ち上げた制作グループ「ルネシネマ」の作品となる『あらののはて』、中濱宏介監督が大阪芸術大学映像学科の卒業制作として発表した心理サスペンス『B/B』、本映画祭の常連、磯部鉄平監督の昨年、SKIPシティアワードを受賞した『ミは未来のミ』に続く長編第2作『コーンフレーク』、東京を拠点に活動し、アニメーターとしての実績もあるインド出身のアンシュル・チョウハン監督の『コントラ』、瀬浪歌央監督の京都造形芸術大学(現京都芸術大学)映像学科の卒業制作作品となる『雨の方舟』の5作品が選出。「長編初監督ではあるんですけど、若手とは到底いえない年齢で(笑)。若手の方の枠を奪ってしまった気がして、恐縮しているんですけど、貴重な場をいただけたと思っています。ひとりでも多くの方に観ていただいて、多くの感想をいただけたらうれしいです」(長谷川監督)「何度も繰り返してみてほしい作品だったので、オンラインでの上映はある意味、僕にとっては望みが叶うところがあります。何度もみることで気づくことが隠されている映画なので、そういうリピーターがひとりでも出てくれたらうれしい。また、このコロナ禍でいっぱいプロットができたので、興味をもってくださるプロデュサーの方とかいたらぜひご連絡ください(笑)」(中濱監督)「まさか3作連続で選出されるとは夢にも思っていなかったのでめっちゃうれしいです。この映画祭は僕をステップアップさせてくれた大切な映画祭。オンラインで会場での反応がわからないのは残念なんですけど、逆にこれまで映画祭に遠方でこれなかった人とかも見てくれるかもしれないことに期待しています」(磯部監督)「これまで日本の映画祭にはあまり縁がなくて、僕の映画は日本では好まれないかなと思っていたので、今回選んでいただいたことをとてもうれしく思っています。どのようなレビューをいただけるのか楽しみです」(チョウハン監督)「実際の劇場で観客のみなさんに会えないのは残念ですが、このご時世、オンラインでも自分の作品が人に届けられる場がもてたのはとてもありがたいこと。多くの人が自分の作品を観てくれるこの場を大切にしたいと思います」(瀬浪監督)とそれぞれが映画祭に期待を寄せる。もうひとつの短編部門は9作品がノミネート。こちらも、俳優としても監督としても活躍をみせる若葉竜也の『来夢来人』、占部房子と黒田大輔という実力派俳優が顔を揃えた宮部一通監督の『つぐない』など注目作が並ぶ。『浅田家!』の公開が控える中野量太監督や『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督ら若い才能を見いだしてきた本映画祭。今年はオンライン配信での開催で日本全国のどこからでもアクセスできる。新たな才能に出会ってほしい!取材・文・写真:水上賢治<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020>会期:2020年9月26日(土)~10月4日(日)上映:オンライン上映(シネマディスカバリーズ)※上映スケジュールや料金などの詳細は公式サイト( )にて
2020年09月25日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、役者に注目!の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/20(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は23本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。多くなってきました。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映像研には手を出すな!』『アダムス・ファミリー』『ミッドナイトスワン』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が20本です。その中からオトナが愉しめる3本を厳選して、ご紹介します。『鵞鳥湖の夜』現代中国の暗部をえぐりとったフィルム・ノワールの傑作です。2019年のカンヌ映画祭で、『パラサイト 半地下の家族』にコンペの評価が肉薄し、中国国内でも大ヒットした、ディアオ・イーナン監督の注目作です。前作『薄氷の殺人』では、雪の舞い散る中国北部の風景が印象的でしたが、この作品は、繁栄に取り残された南部の地方都市が舞台。雨、そして夜が背景です。ひとけのない駅、終電間際、高架を走る鉄道、降り止まぬ雨を避けるように柱の影に身を潜める男……。この冒頭シーンからぐいぐい中国的暗黒映画の世界に引き込まれます。前科を終えて、大掛かりなバイク窃盗団に戻った主人公が、縄張り争いに巻き込まれ、逃走中に誤って警官を殺してしまい、ヤクザ仲間と警察から追われることになります。彼の首にかけられた多額の報奨金と、彼にすりよるファム・ファタール的な謎の女が、事件を複雑なものにしていき……。江湖とよばれる中国裏社会と警察の対立。ジャ・ジャンクーの『帰れない二人』でも描かれていますが、同じ中国でも、大陸は、香港のギャング映画で描かれる義理と任侠の世界よりドライ。金がすべてといった感じです。映画での描かれ方もリアルです。警察のスタイルは制服ではなく普段着、一見どっちがどっちかわかりません。銃撃戦もギクシャクしていたり、と嘘っぽくありません。イケメンスターのフー・ゴーが陰りのある主人公チョウ・ザーノンを演じています。彼を惑わす女にグイ・ルンメイ。台湾を代表する女優で、イーナン監督作品には前作に続いての出演です。チョウの訳アリの妻役にも人気スター、レジーナ・ワンを起用。一見マイナーな映画にみえますが、この顔ぶれは超一級です。『ミッドナイトスワン』トランスジェンダーの主人公に芽生えた”母性”、という難しいテーマに草なぎ剛が体当たりした野心作です。新宿のニューハーフ・ショークラブで働く凪沙(なぎさ)の元に、広島の実家から親戚の娘を預かってほしいと連絡が入ります。娘の名は一果。育児放棄した母親から引き離すためです。凪沙は実家にはカミングアウトしておらず、一果は「叔父さん」の写真を持って、新宿のバスターミナルにやってきます。女装の叔父さんと少女の、不思議な共同生活が始まります。映画の導入で、凪沙たちホステスが、『白鳥の湖』を踊るシーンがでてきます。トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団でもおなじみ。コミカルにみえるショーです。凪沙のアパートで、一果は、その時に着るチュチュ(というんですか)を目にし、身につけてみます。広島での絶望的な暮らしのなかで、一果が密かに夢見ていたのは、バレリーナになることだったのです。内田英治監督のオリジナル脚本。実は一果にはとても秀でたバレエの才能があり、最初は冷淡だった凪沙が、次第にバレエを通し、母のような愛にめざめていく……。美の象徴ともいえるバレエを凪沙と一果の接点にしたことがポイントです。まるで『ベニスに死す』を思わせる草なぎクンの名シーンも見もの。さらに、一果を演じる服部樹咲のすばらしさが特筆ものです。バレエができるという条件でのオーディションに合格した新人。無理解な世界にひとり対置する少女、きりっとした佇まいが魅力です。将来の大女優がまたひとり生まれた、そう感じました。『甘いお酒でうがい』40代独身女性、いわゆる「おひとりさま」の日々、を描いた日本映画です。主人公「川嶋佳子」は、お笑い芸人シソンヌじろうが、コントのなかで演じてきたキャラクターです。その川嶋佳子が日記を書いていたら、そんな想定でシソンヌ自身が小説化。それを、大九明子監督が映画にしました。大九は、『勝手にふるえてろ』など、ナイーブな現代女性を撮らせたらこの人という監督です。主演松雪泰子、は意外でしたが、こんな人いるかも、と思わせる地味な、それでいて独特の世界を持つヒロインを見事に演じています。川嶋佳子は、出版社で校正の仕事をする、たぶん派遣社員。趣味はお酒、というだけあって、家での酒量は多そうです。バーでひとり、ちょっとだけおめかしして飲むこともあります。社員の若林ちゃん(黒木華=いるいる感満載!こんな子いてくれたら最高です)がなぜか気にかけてくれて、お昼はいつも一緒。彼女が後輩の岡本くん(清水尋也)を紹介してくれたことから、この二回りも年下の男の子とのいい雰囲気がはじまり……。ダイアン・キートンの『ミスター・グッドバーを探して』という映画がありました。あの主人公は、よなよなバーでセフレを探していましたが、この佳子さんは何を探しているのでしょう。なかなか、読めないこの世代の女性の日常、考え方。同世代はきっとたくさん共感できて、おじさんにはちょいと覗き見できる、そんな映画です。古舘寛治、前野朋哉など、大九監督の『勝手にふるえてろ』でちょい役ながら強烈な印象を与えてくれた個性派俳優たちが、今回もサイコーの演技を見せてくれています。
2020年09月20日9月26日(土)~10日4日(日)の9日間、動画配信サイト「シネマディスカバリーズ」のオンライン配信で開催されるた「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」。この度、映画祭期間中のイベント開催が決定した。「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、2004年に埼玉県川口市で始まった、国際コンペティション、国内コンペティション(長編部門、短編部門)で構成されるコンペティション上映を中心にした“若手映像クリエイターの登竜門”。今年で17回目の開催となる。海外作品は制作背景や作品に込めたメッセージを聞いた監督インタビュー動画を映画祭公式 YouTube で配信。また国内作品は、映画祭の会期後半に監督・出演者とのQ&A セッションを ZOOM ウェビナーでライブ配信する。観客からの質問に監督・出演者が直接答える、映画祭ならではの制作者と観客の交流の場が提供される。映画祭最終日の授賞式は、例年のメイン会場である SKIPシティ映像ホールで開催することが決定。ゲストの来日が叶わない海外作品は、賞の発表に合わせて受賞者からのビデオメッセージを上映し、国内作品の受賞者には、会場で直接、賞の授与を行う予定。また授賞式はオンラインでの同時配信も予定している。会期中イベントの詳細は下記のとおり。●海外作品 監督インタビュー動画 配信開始スケジュール(予定)9月26日(土)10:00『願い』マリア・セーダル監督インタビュー『南スーダンの闇と光』ベン・ローレンス監督インタビュー『ペリカン・ブラッド』カトリン・ゲッベ監督インタビュー9月27日(日)10:00『シュテルン、過激な 90 歳』アナトール・シュースター監督インタビュー『リル・バック/メンフィスの白鳥』ルイ・ウォレカン監督インタビュー9月28日(月)10:00『カムバック』パトリック・エークルンド監督インタビュー『ザ・ペンシル』ナタリア・ナザロワ監督インタビュー※都合により、予告なく変更・中止になる場合がございます。●国内作品 オンラインQ&A開催スケジュール(予定)9月30日(水)19:00『あらののはて』長谷川朋史監督9月30日(水)21:00短編3作品:『来夢来人』伊藤竜翼(出演)、『ムイト・プラゼール』朴正一監督、『stay』藤田直哉監督10月1日(木)19:00短編3作品:『レイディオ』塩野峻平監督、『ななめの食卓』岸朱夏監督、『そして私はパンダやシマウマに色を塗るのだ。』武田佳倫監督10月1日(木)21:00『雨の方舟』瀬浪歌央監督10月2日(金)18:00『コーンフレーク』磯部鉄平監督10月2日(金)20:00『B/B』中濱宏介監督10月2日(金)22:00短編3作品:『axandax』二羽恵太監督、『つぐない』宮部一通監督、『リッちゃん、健ちゃんの夏。』大森歩監督10月3日(土)14:00『写真の女』串田壮史監督10月3日(土)16:00『コントラ』アンシュル・チョウハン監督※オンライン Q&A はいずれも ZOOM ウェビナーで開催予定です。※視聴・参加は無料(事前申し込み不要)※ZOOM ウェビナーの URL は映画祭公式サイトのニュースに掲載します。※当日ご参加いただけない方向けに、映画祭公式サイトでご質問の事前受付も行います。※すべてのイベントは都合により、予告なく変更・中止になる場合がございます。●映画祭最終日の授賞式はSKIPシティ映像ホールでリアル開催日程:10月4日(日)11:00~会場:SKIPシティ映像ホール(埼玉県川口市上青木 3-12-63)内容:授賞結果発表、受賞作品上映(1作品)※上映する受賞作品は当日の授賞式で発表します。●100名限定で一般観客ご招待(無料)新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、客席数を3分の1に限定し、抽選で100名様をご招待応募方法:映画祭公式サイト・ニュース欄に掲載するオンラインフォームより受付応募期間:9月23日(水)~9月29日(火)抽選結果:10月1日(木)までに、応募フォームにご記入のメールアドレスにご連絡いたします。※結果の発表は当選者への連絡を以って代えさせていただきます。「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭 2020(第17回)開催概要」会期:2020年9月26日(土)~10月4日(日)<9日間>上映:オンライン配信 (配信サイト:シネマディスカバリーズ)部門:国際コンペティション、国内コンペティション(長編部門)、国内コンペティション(短編部門)主催:埼玉県、川口市、SKIPシティ国際映画祭実行委員会、特定非営利活動法人さいたま映像ボランティアの会映画祭公式サイト: 「シネマディスカバリーズ×SKIP シティ国際 D シネマ映画祭 2020」特設サイト
2020年09月18日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、ミニシアター系で注目の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/13(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『TENET テネット』『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『思い、思われ、ふり、ふられ〈アニメ〉』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。その中からオトナが愉しむ3本を厳選して、ご紹介します。『メイキング・オブ・モータウン』マイケル・ジャクソンもスティーヴィー・ワンダーも、多くの偉大なミュージシャンがこのレーベルからキャリアを始めました。モータウン、60〜70年代のアメリカ音楽シーンを牽引したレコード会社の、貴重なドキュメンタリーです。創設者ベリー・ゴーディJr.と、ナンバー2として草創期から関わったスモーキー・ロビンソンとのくだけたトークのあいだに、ポンポンと信じられないほど豊富な映像、音源、インタビューが挿入されて、うきうきしたノリで観られる構成です。車の町(モータータウン)、デトロイトで生を受けたゴーディは、フォードの工場で働いた時、その分業化された組み立てラインに感動したそうです。音楽ビジネスに参入すると、それを取り入れた、といいます。ヒッツヴィルと名付けられた、スタジオのある小さな一軒家で会社を設立したときから、曲作り、アーティスト発掘、レコード制作、販売などにそれぞれプロを集め、分業を徹底します。新曲を出すときは、ミュージシャンも参加する「品質管理会議」で自由な議論を交わし、競争をかき立てます。次々と若い才能が集まってきます。マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、スプリームス(シュープリームス)、ジャクソン5……。11歳の天才少年スティーヴィーや、幼いマイケルのオーディション映像は圧巻のひとこと。ダイアナ・ロスの独立をめぐるエピソードは独占秘話、といったところ。1965年、当時ヒットチャートを5位まで独占するビートルズを引き下ろした、「史上最高のギターリフ(=スモーキーの言葉)」で始まるあの歌、テンプテーションズの『マイ・ガール』ができるまで、も感動的です。品質管理会議では、賛否両論だったそうですが。首都圏は、9/18(金)から新宿シネマカリテ他で公開。中部は、10/30(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、9/18(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』世界失踪児童の日(5月25日)というのがあるくらい、少年少女をめぐる謎の失踪事件は世界的な問題のようです。『宮廷女官チャングムの誓い』で日本でも人気のイ・ヨンエが、結婚、子育てから復帰し、14年ぶりの主演作に選んだのはこの題材でした。ヨンエが演じるのは、6年前に失踪した息子を夫と探す看護師ジョンヨン。元教師の夫は、リアガラスに写真入りの「息子を探しています」というメッセージを描いた車に乗って、有力情報には多額の懸賞金をだす、そんなチラシをまき、全国を探索して回ります。からかいや金目当ての通報に振り回される夫婦。手かがりがあればどこへでもとんでいくのですが、そんな夫婦にまた予期せぬ事態が起こり……。ああ、そんなことしたら、警戒されるだけじゃん、とか、もう少し慎重にことを進めればと、この理不尽な現実と必死で戦う姿を観てると、つい気をもんでしまいます。手が込んでいて、まさに手に汗にぎるサスペンス・スリラー。最後の最後まで目が離せません(本当です)。キム・スンウによるオリジナル脚本、初の監督作品。地元警察の署長役は人気ドラマ『梨泰院クラス』の敵役ユ・ジェミョンです。首都圏は、9/18(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、9/25(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、9/18(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。。『マーティン・エデン』最近も『野生の呼び声』がハリソン・フォード主演で映画になりましたが、ジャック・ロンドンは20世紀を代表する作家のひとり。村上春樹さんの小説にも引用されたことがありますね。その彼の自伝的小説の舞台を、20世紀初頭のアメリカから、イタリア、ナポリに移して映画化した作品です。ナポリの労働者地区で育った、船乗りの若者マーティンが、偶然知り合った良家の息子を助けたことから、彼の家に招かれ、姉エレナと出会い、たちまち恋に落ちます。エレナも、無教養だけれどハンサムで純粋な心の持ち主の彼にまんざらでもなさそう。そして、この家に出入りするうちに、マーティンは詩や文学の世界に興味を持ち、自分でも何か書いてみたいと思いはじめるのです。そこからの集中力というか、一途な思いが心を打ちます。中古のタイプライターを買い、小説を書きはじめます。売れない小説家、というのはよく映画の題材になりますが、日本のように、登竜門となる文学賞があるわけでなく、出版社へ送り続け、返され続ける日々。そんな苦しい日々を支えてくれる周囲の人々の静かな応援と、その逆にあざけりも半ばするなかで、身分違いの恋、夢と現実のはざま……文学青年がいかに生きるかという青春映画になっています。マーティン役のルカ・マリネッリがなんといっても魅力的。この作品で、2019年ヴェネチア映画祭の主演男優賞を受賞しています。首都圏は、9/18(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、10/9(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、9/25(金)からテアトル梅田他で公開。
2020年09月13日PR(#)SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020公式サイト/SNS公式サイト() 公式Facebook() 公式Twitter()白石和彌監督、中野量太監督などを輩出した映画祭〈SKIPシティ国際Dシネマ映画祭〉が今年はオンラインで開催!2004年に埼玉県川口市で産声を上げた〈SKIPシティ国際Dシネマ映画祭〉は今年で17回目。いまでは主流となったデジタルシネマにいち早く着目した国際映画祭だ。若い才能の発掘と育成を掲げ、国内では新作『浅田家!』の公開が控える中野量太監督、現在の日本映画界を牽引する『凶悪』の白石和彌監督、海外ではカンヌ国際映画祭で3作連続の受賞を果たすヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督らを見い出し紹介。今では若手監督の登竜門的映画祭として知られる。例年は世界から若き映画人が会場に集結するが、今年はコロナ禍を受け、オンライン配信での開催に。国際コンペティション及び国内(長編・短編)コンペティションに絞って実施する。しかし、形式はかわっても、映画祭の「若手作家たちに発表の場を」という想いは例年と同じ。初めての試みに期待したい。オンラインで世界の映画との出会いを!ディレクター陣が語る国際コンペティション審査員・沖田修一監督と入選監督が語る!国内コンペティション ()今年は応募数も応募地域も過去最高!日本初上映作品も多数揃う国際コンペティション国際コンペティション10作品はコチラ()コロナ禍で苦渋の選択を強いられた映画祭ディレクターが語る!今年の映画祭の在り方と国際コンペティション作品の魅力シネマディスカバリーズ() で無料登録!【STEP2】シネマディスカバリーズ内特設サイトで作品選択!【STEP3】視聴プラン選択!視聴には配信サイト「シネマディスカバリーズ」の会員登録(無料)が必要だが、手順はいたってシンプル! 好きな時間に、好きな場所で視聴できるのもオンラインの強みだ。そして何といっても注目なのは、長編は300円(税込)、短編は100円(税込)というとてもお手軽な料金設定! これまで興味はあったけどなかなか現地まで行けなかったそこのあなた、今年はチャンスです! 映画祭最終日前日、10月3日の14時まで観客賞の投票もオンライン上で行っているので、あなたの目で新たな才能を発見してみては?視聴方法詳細は コチラ()【視聴可能期間】2020年9月26日(土)9:00 ~ 10月4日(日)23:00【視聴料金】①単品購入プラン国際コンペティション、国内コンペティション長編部門1作品300円(税込)国内コンペティション短編部門1作品100円(税込)➁SKIPシティ映画祭フリーパス(見放題プラン)1,480円(税込)※長編作品を5本以上ご覧になる場合は見放題プランの方がお得になります。【注意事項】※単品購入の場合は、ご購入後48時間のご視聴が可能です。※シネマディスカバリーズで配信されている本映画祭上映作品以外の作品はご視聴いただけません。※国際コンペティションの5作品(『南スーダンの闇と光』『願い』『リル・バック/メンフィスの白鳥』『シュテルン、過激な90歳』『ペリカン・ブラッド』)は作品権利上の都合により視聴回数制限があります。該当作品は、映画祭期間中であっても、再生回数が1,000回に達した時点で配信終了となります。予めご了承くださいますようお願いいたします。
2020年09月11日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、バラエティにとんだ3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/6(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』『ミッドウェイ』『窮鼠はチーズの夢を見る』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が15本です。今回はその中から3本を厳選して、ご紹介します。『ソニア ナチスの女スパイ』第二次世界大戦中のスパイ映画です。舞台は北欧のノルウェーとスウェーデン。スウェーデンはコロナ禍にロックダウンをせず、独自な対策で世界の注目を集めていますが、大戦中でも中立を維持し、北欧四国のなかで独自の道を進んだ国でした。中立国ですから、枢軸国と連合国の両方と外交関係があり、各国の大使館も存続していました。そのため、スウェーデンは両陣営のスパイ活動の中心地となっていたのです。もちろん自国も中立を維持するべく、さかんに諜報活動を行います。その犠牲になったのが、この映画の主役、隣国ノルウェーの女優ソニアです。ノルウェーは、『ヒトラーに屈しなかった国王』に描かれたように、1940年の4月、デンマークとともにドイツに侵略されます。数カ月は抵抗するのですが、最終的に国王はロンドンに脱出し、亡命政権を作り、レジスタンス活動を指揮します。国内は傀儡政権が形だけ存在、実質はナチスの国家弁務官が統治しているのです。ソニア(イングリッド・ボルゾ・ベルダル)は、ノルウェーとスウェーデンの両国で女優活動をしています。最初は、プロパガンダ映画への出演依頼も断るほどナチスと距離をおいていたのですが、レジスタンスの罪で強制収容所に入れられた父親を救出してくれるというスウェーデンの諜報機関の約束を信じ、スパイとなりナチスへ接近します。魅惑的な彼女はやがてナチスの国家弁務官の寵愛を受けることに成功しますが、逆にナチスからもスウェーデン国内でのスパイ行為を強要され……。時代に翻弄される女優の悲劇。派手な活劇シーンはありませんがとてもドラマチックです。華やかな芸能界を背景に、様々な組織が入り乱れ、思いもよらない展開が待っています。ラブ・アフェアもあり、エンタテインメント性の高い映画です。『チィファの手紙』とても繊細に、ていねいに作られています。プロデュースを『ラヴソング』などのピーター・チャンがつとめ、中国人スタッフのなかに入り、ローカライズに気を配った成果は、「外国人で初めてちゃんと中国映画を撮ることのできた映画監督」と中国の有名トーク番組の司会者が称したことでもわかります。そう、これは岩井俊二監督による中国映画なのです。主演はジョウ・シュン(周迅)、チャン・ツィイーらと中国四大女優のひとりとよばれ、いまや人気、実力とも中国でトップといっていいでしょう。テーマは、岩井監督らしく初恋とラブレター。出世作『Love Letter』は中国でも人気のある作品ですし、独特な世界観、リリシズムにはファンが沢山います。そして、ネット先進国の中国でも、郵便による文通というのは、逆にロマンチックにうつったのかもしれません。主人公のチィファは40代の主婦。亡くなった姉の死を伝えようと出席した同窓会で、姉と間違えられ、スピーチまですることになります。姉は美人で頭もよく、みんなのアイドルだったのです。いたたまれなくなって会場を後にしたチィファを、姉と仲のよかったチャンが追いかけます。それがきっかけで、ふたりの手紙のやりとりが始まり……。最初はスマホでアドレスを交換したふたりが、郵便での文通をすることになったいきさつは映画でみていただくとして。実は、チャンはチィファの憧れの先輩、そして初恋の人。30年ぶりに再会した男女の、めぐり逢いのドラマです。もとは、韓国のペ・ドゥナを主演に作った『チャンオクの手紙』というショートムービー。それを長編にし、中国・日本それぞれで作ったらどうなるか、そんな発想で始まった作品。日本映画版は今年1月に公開された『ラストレター』です。私にとっては、懐かしい中国映画の味がしました。でありながら、岩井俊二の世界、でした。『ミッドウェイ』真珠湾で手痛い打撃をうけたアメリカが、勢いづく日本軍の攻撃をはね返し、太平洋戦争の流れを変えたミッドウェイ海戦。それをとりあげた正統派の戦争映画大作です。あくまでアメリカが主役ではありますが、監督がドイツ出身のローランド・エメリッヒ。両国を公平な視点で描いています。製作出資しているのはアメリカ、カナダ、そして中国、香港です。なんと、雪の清澄庭園のシーンから始まります。アメリカ軍の日本駐在武官だったレイトン少佐(パトリック・ウィルソン)は、山本五十六海軍大将(豊川悦司)と会食し、ふたりで酒を酌み交わします。山本大将はワシントン駐在の武官だったこともあり、親しみをこめ「日本は石油を80%アメリカに依存している。我々を追い込まないでくれ」と英語で話しかけます。その4年後の1941年。ハワイで太平洋艦隊の情報主任参謀となったレイトンは日本の攻撃を予測するのですが、上層部は受け入れません。アメリカ側は無防備のまま、12月7日(現地時間)、真珠湾に停泊していた太平洋艦隊が日本軍の奇襲にあいます。そこから始まった太平洋戦争。映画は翌42年6月のミッドウェイ海戦まで日米両軍を追います。アメリカの勝因のひとつは、日本軍のミッドウェイ攻撃を予知できたこと。レイトンを中心とした、情報収集部隊の暗号解読、情報撹乱戦がスリリングです。急降下爆撃機などのパイロットたちも一方の主役。航空母艦、戦艦、駆逐艦、潜水艦と飛行部隊のバトルシーンの迫力はスゴイです。言っちゃいけないのかもですが、こどもの頃のプラモデルファンに戻って楽しめます。真珠湾の意趣返しのように、42年4月、ドゥーリトル中佐率いるB25爆撃機16機が初めて日本を空爆します。帰りの燃料の余裕なく、爆破を終えたあとは日本を突っ切り中国大陸へ。なるほど、ここで中国の出番がありました。
2020年09月06日おとな向け映画ガイド今週公開から、オトナの心を揺さぶる3本を紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/8/30(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は23本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映画きかんしゃトーマスチャオ!とんでうたってディスカバリー!!』『宇宙でいちばんあかるい屋根』『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』『はたらく細胞!! 最強の敵、再び。体の中は“腸”大騒ぎ!』の4本。中規模公開とミニシアター系の作品が19本。公開本数の多い週です。今回はその中から3本を厳選して、ご紹介します。『世宗大王 星を追う者たち』イケメン系王様が主役の韓国TVシリーズみたいなタイトルですが、いえいえどうして、名優ふたりによる、夢多き男たちの友情を描いた、あまり女っ気のない、感動の歴史ドラマです。時代は1440年代。日本でいうと戦国時代の少し前あたり。世宗(せじょん)大王は、李氏朝鮮時代に実在した王様です。中国・明の属国だった朝鮮で、独自の文化を育て、様々な改革に取り組み、あのユニークな韓国の文字、ハングルを創ろうとしたイノベーター。その世宗大王が、奴婢とよばれた下層階級ではあるけれど、才能豊かな男を抜擢し、朝鮮初の時計や天体観測機器を発明していく物語。側近の官僚たちは、革新的な政策が明の反感を買うと恐れ、みな反対、王様のチャレンジを酔狂な企てとみて、なんとか潰そうとします。王と奴婢出身のチャン・ヨンシル、このふたりの身分を越えた友情物語でもあります。おっさんずラブではありません。同じ夢を共有し、理解し合える友の存在が、苦境の王様にどれほど心強かったことか。「世の中を見下ろしているばかりの私には、見上げる存在があるだけでうれしいのだ」……。並んで寝転び、星空を見上げながら交わす会話が泣かせてくれます。王様を演じるのはハン・ソッキュ、ヨンシル役はチェ・ミンシク、韓国を代表する名優です。ハン・ソッキュは、この映画の監督ホ・ジノとのコンビによる『八月のクリスマス』や、最近では『悪の偶像』など渋い演技派として定評があります。チェ・ミンシクも『オールド・ボーイ』などバイオレンス度高いアクション映画のイメージですが、最近は『ザ・メイヤー 特別市民』の野心的な市長役、昨年日本劇場公開の『バトル・オーシャン 海上決戦』では韓国の英雄李舜臣を演じた国民的大スター。共演は『シュリ』以来だそうです。首都圏は、9/4(金)からシネマート新宿他で公開。中部は、9/5(土)から名演小劇場で公開。関西は、9/4(金)からシネマート心斎橋他で公開。『マイルス・デイヴィス クールの誕生』マイルス・デイヴィス、なんてカッコいいんだ!1981年に55歳で来日したときのやや怖そうな「巨人」然としたイメージが強烈ですが、20代から30代に、ジャズに革命をもたらした頃の、ぴしっとスーツで決めた若いマイルスをみて、そう思うはずです。イリノイ州で2番目にリッチな黒人家庭に育ったマイルス、年代を追いながらその生涯をたどります。元妻フランシス・テイラー所有の秘蔵のショットを含む400枚の写真と、16ミリ映像、演奏映像、そしてハービー・ハンコックや、カルロス・サンタナ、クインシー・ジョーンズといったミュージシャンや、ジャーナリストなどへのインタビューで構成されたドキュメンタリー。なかでもマイルスに影響を与えた(ファッションも含めて)女性たちの証言は実に興味深いです。例えば。『クールの誕生』をギル・エヴァンスと制作し、ジャズの世界に旋風を巻き起こしたマイルスは、1949年、パリに渡ります。芸術の都は当時ジャズ・ブーム。マイルスはこの街で、ピカソをはじめセレブたちの人気者となり、シャンソン界の大スター、ジュリエット・グレコと恋におちるのです。名曲『パリの空の下』が流れ、グレコ自身がインタビューに答えます。「(友人の)サルトルが、なぜふたりは結婚しないんだときいたの。マイルスは、彼女を愛してるからだ、と答えました」と、過ぎ去りし若き日を懐かしむグレコ。ジャズの帝王とシャンソンの女王の、かりそめの恋です。映画ファンにとっては、マイルスが映画音楽を担当した『死刑台のエレベーター』のエピソードが語られているのはうれしいところです。58年、フランス滞在中にまだ新人だったルイ・マル監督に声をかけられ、撮影済みの映像にあわせて即興で音楽をつけた。これも当時は革命的でした。ジャンヌ・モローが映るスクリーンを前にトランペットを生演奏するマイルスの映像が観られます。首都圏は、9/4(金)からアップリンク渋谷他で公開。中部は、10/16(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、9/4(金)から第七藝術劇場他で公開。『パヴァロッティ 太陽のテノール』世界のテノール、ルチアーノ・パヴァロッティ、なんて幸せな人生でしょうか! 映画のチラシにも「今こそ、人生の歓びを! 歌とその生き方で、世界を照らしたひと。」とポジティブな言葉が並びます。冒頭、なぜか、アマゾン川をさかのぼるシーンで始まります。パヴァロッティが行きたかった場所、ジャングルの奥地に建てられたテアトロ・アマゾナス。彼のあこがれのテノール、エンリコ・カルーソがかつて歌ったことのある古びたオペラ劇場です。ここで即興で歌うパヴァロッティ。初公開の貴重なプライベート映像ですが、映画『フィツカラルド』を思い出す人も多いのでは。没後13年。そんな秘蔵映像をはじめ、残された公演映像、テレビ出演や、家族とのショット……。23人の証言インタビューを加えて映画化したのは『アポロ13』のロン・ハワード監督です。『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』に続く音楽ドキュメンタリー。彼の人生を、三幕もののオペラにした、といいます。パヴァロッティ といえば、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスとの、ローマのカラカラ浴場をはじめとした大会場での3大テノール公演や、ボノとのコラボなど、オペラの世界にとどまらない活躍が有名ですが、プロモーターやマネジャーの証言も多く、エンタメ業界の裏側ものぞけます。トークショーのやりとりでは、あの満面の笑顔で、大好きな料理を語り、女性にやさしい言葉をかける、イタリア人ここにあり、という感じです。やや巻き舌で、その名前をよぶだけでなんとなくハッピーになれます。
2020年08月30日おとな向け映画ガイド今週公開の作品から、期待以上に楽しめる3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/8/23(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は12本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『青くて痛くて脆い』『事故物件 恐い間取り』の2本。中規模公開とミニシアター系の作品が10本。数は少ないですが傑作ぞろいです。今回はその中から3本を厳選して、ご紹介します。『ようこそ映画音響の世界へ』映画は、1970年代を境にまるで別ものになったのだ、と驚きを新たにするドキュメンタリーです。その理由は音の違い。映画は、映像と音=音響でできています。その音響の革命が、フランシス・フォード・コッポラやジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグなど、ニュー・ハリウッドの映画人登場とともに劇的に始まったのです。映画館のスピーカーもモノラルからステレオ、5.1サラウンドへ。効果音はよりリアルになり、ミキシングの技術も格段に進歩していきます。数年前、ジョン・ウィリアムズなど映画音楽の作曲家にスポットをあてた『すばらしき映画音楽たち』や、台湾で活躍する効果音の魔術師たちを描いた『フォーリー・アーティスト』(東京国際映画祭で上映)といった、映画と音についての秀逸なドキュメンタリーがありましたが、この作品は、VOICE(セリフ)、SOUND EFFECT(効果音)、MUSIC(音楽)と音響全体にスケールを広げ、その歴史をひもといています。豊富な映画のシーンやインタビュー映像、登場する映画人の豪華なこと! そして語られる映画制作の裏側の楽しいこと! 映画に明るい人にも、そうでない人にも、なるほどと思える知識とわくわく感をくれるはずです。映画は、その登場から科学技術の発展と無縁ではありません。でも、実は、ハイテクを駆使しながら、いまもアナログ技術があちらこちらで幅をきかせています。それを支えている技術者は「職人」といってもいい、愛すべき映画オタクたちです。かれらが語る映画の音秘話。例えば、『スター・ウォーズ』のチューバッカの声がどう生まれたか、『トップガン』のあのカッコよく響くジェット機の音は本当のところ……。この映画には映画人の創意と夢がつまっています。首都圏は、8/28(金)から新宿・シネマカリテ他で公開。中部は、9/18(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、8/28(金)からシネマート心斎橋で公開。『事故物件 恐い間取り』いわゆる不動産業界用語なんでしょうけど、タイトルがそそります。ググってみると、大都会の異次元世界が現出します。殺人、自殺、火災などによる死亡事故があったいわくつきの不動産。「心理的瑕疵あり物件」といわれるんだそうです。売れない芸人さんが、テレビ局の企画にのせられて、そんな物件に住んだところ、運良く? 不思議な現象がおき、彼は「事故物件住みます芸人」として売れてしまい……。松原タニシの体験実話本を、『リング』の巨匠中田秀夫監督が映画化したホラーです。タニシ(映画では山野ヤマメ)役を演じているのは亀梨和也。芸人役もホラー映画出演も初めてです。実直そうで、とても好感が持てます。関西のTV業界や、お笑いの世界が舞台。視聴率がとれれば、話題になれば、何だってOK、というぎりぎりの世界ですが、関西弁でやられると、ギャグとしか思えません。木下ほうかが演じるTV局のプロデューサーの、「何とか、何か(霊のようなものを)撮ってきてくれい。でもヤラセはあかんよ」という二枚舌にも笑えます。そしてなんといっても傑作なのは、江口のりこ扮する不動産屋さん。事故物件を並べ、「殺人、首吊……どれにします?」と事務的に薦める手際のよさやリアクションが実に堂に入っています。この絶妙なうさんくささは、ちょっと古いですが、伊丹十三の『お葬式』で江戸家猫八が演じた葬儀屋さんをほうふつとさせます。江口のりこ、『半沢直樹』での鮮やかな登場といい、出演するごとに存在感増しています。助演女優賞候補に一票! あ、1シーンの出演ですが、高田純次も最高。場をさらってくれる怪演技です。なんか、恐怖映画なのにオモロい映画の紹介みたいになってしまいましたが、実は、そうなのです。ヤマメと相方の中井(瀬戸康史)、そして霊が見えてしまう梓(奈緒)の三人に起こる怪奇現象は、恐い!けど笑える、けど恐い!というのがこの映画の醍醐味なのです。『オフィシャル・シークレット』2003年、イラクとアメリカや有志連合が戦ったイラク戦争。その勃発前夜のイギリスで起きた、国家機密漏洩事件を描いています。米英間の裏工作を暴露し、何とか戦争を避けたいと考えた勇気ある女性の実話です。ともすれば政治的主張が前面にでそうな題材ですが、ハラハラ・ドキドキのエンタテインメント性も満点。オススメの映画です。主人公のキャサリン(キーラ・ナイトレイ)は英国の諜報機関GCHQで働いています。といっても、中国語の書類を翻訳する地味な政府職員。ある日、GCHQに、アメリカの諜報機関NSAから、国連安保理の主要メンバーを盗聴するよう要請がメールで届きます。イラクに戦争を仕掛けたいアメリカが、安保理の多数派工作をするための超法規作戦。操作された情報で戦争がおきようとしている、そのことに義憤を感じた彼女は……。キャサリンの家庭環境、職場の雰囲気、彼女のリークを受けて記事にしたオブザーバー紙の内部事情などが巧みに織り込まれ、前半はサスペンス・タッチでテンポよく進みます。後半は意外な展開をみせる法廷ドラマ、息付く暇もありません。諜報機関のボスやマスコミ、老獪な検察官、弁護士など、彼女をとりまく人間模様の描き方もなかなか奥深く、謎めいています。
2020年08月23日おとな向け映画ガイド今週公開の作品から、心にしみる3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/8/16(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『2分の1の魔法』と『糸』の2本。あとの16本は中規模公開とミニシアター系の作品です。今回はその中から、心にしみる3本を厳選して、ご紹介します。『糸』中島みゆきの”あの名曲”を元に、人と人のめぐり逢い、その不思議さ、深遠さを描いたラブストーリーです。主人公ふたりを平成元年(1989年)生まれにし、平成の終わりまでの物語にしたことで、恋愛映画を超え、同じ中島みゆきの『時代』が聞こえてくるような、スケールの大きい「平成を描いた初めての映画」になりました。監督は瀬々敬久(ぜぜ たかひさ)。感動のドラマ『8年越しの花嫁 奇跡の実話』で泣かせてくれたかと思えば、『菊とギロチン』のような骨太の歴史群像劇を低予算で自主制作映画のように作り、ファンをうならせる。変幻自在のマルチプレイヤーです。『64-ロクヨン-』という警察ものの傑作は、1989年1月7日に昭和天皇が崩御し、わずか7日間しかない昭和64年に起きた少女誘拐殺人事件の映画でした。この『糸』は、同じ1989年でも、平成元年生まれの主人公と、それを取り巻く人々の個人史、その中に30年間の平成史が絶妙に織り込まれています。主人公の漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)。平成時代によくつけられた名前なんだそうです。北海道で育ったふたりは、13歳のときに出会い、恋におちるのですが、幼さゆえに引き離され、別々の人生を歩むことになります。それから17年。無責任な親に苦しめられる葵は、キャバ嬢やネイリストと様々な職業を経験し、住む場所も東京、シンガポール、沖縄と変わります。ふたりは、まさに糸の歌詞をなぞり、運命に導かれるかのように、出会いと別れを繰り返し、そして……。音楽担当は亀田誠治、ちらりと聞こえる中国語版の『時代』、エンドタイトルに流れる、菅田将暉×石崎ひゅーいによるカバー版『糸』や、いくつかの印象的なシーンも記憶に残ります。榮倉奈々、斎藤工、二階堂ふみ、成田凌、高杉真宙、松重豊……主役級を並べた脇役陣にもそれぞれのスト―リーがあります。『きっと、またあえる』全寮制の大学を舞台にした映画というと、アメリカ映画の傑作コメディ『アニマル・ハウス』をはじめ、エリートの男子学生が思い切りハジけていたずらをする、下ネタたっぷり、がお約束ですが、それはインドでも同じ。そんな学園コメディに、親子の情愛感動ドラマをあわせた、もりだくさんのインド娯楽作です。現代のムンバイ。大学受験に失敗した息子が自殺をはかり、病院に運ばれ、生死をさまよう事態に。父は、なんとか生きる力を与えようと、自分だって学生の頃は「負け犬」だったんだ、と青春時代の思い出を心をこめて話しだします。時代は1990年代初頭、ボンベイ工科大学というエリート校に入学した父。全寮制なのですが、父が入寮したのは数あるなかでも最下位の”負け犬”と呼ばれる寮でした。寮対抗競技会でも毎年ビリ。でもそこには、気さくで心優しく個性的な仲間たちが。そんな仲間たちと奮起一番、知恵とチームワークで起こした痛快な奇跡。話をしている間に、友の息子を心配したその頃の旧友が病院に集まります。普通、同じ役でも若い頃と中年では役者を変えますが、この映画、同じ役者が演じているんです。30代の俳優が体重を落として大学生、体重を増やして親の時代を演じています。髪の毛を薄くしたり、ひげをはやしたり。多少不自然なところはありますが、なるほど、そのかわり様が面白い。90年代、成長期にあったインドの青春映画。ほほえましくて、楽しめます。監督は、アミール・カーン主演『ダンガル、きっと、つよくなる』のニテーシュ・ティワーリー。タイトル、ややこしいですが、同じカーン主演の大ヒット作『きっと、うまくいく』が気に入った方は必見かと。『グッバイ、リチャード!』ガンで余命6カ月を宣告された大学教授の物語というと、洋の東西を問わず、残された人生をどう生きるかというシリアスなドラマになるものですが、主演がジョニー・デップです。そうはなりません。初期の頃の『シザーハンズ』、あのナイーブなキャラクターや、『パイレーツ・オブ・カリビアン』で魅せたハチャメチャな海賊ジャック・スパロウなど、風変わりな役が多いジョニー・デップも、いまや50代なかば。今回は、文学を教え、教養もありつつ、ちょいワルを漂わせる、学生たちに人気の教授役を「素顔で」演じています。そんな彼ならではの演技を楽しむ映画、です。特に問題もなく、順調な人生に、急な終焉の宣告があり、ほころびが見えはじめます。妻の浮気や、可愛い娘にも問題が。いろいろボロボロになったすえ、怖いものなしの自由奔放な行動が始まるのです。教室では、単位を取りたいだけのやつはあげるから出ていけ、と言い放ち、残った少人数の学生を引き連れ、続きはバーで。学生からマリファナを手に入れる、これまで経験したことのないあれとか、久しぶりのあれとか……。やりたい放題です。そして、人間関係も、こういう状況になるとみえてくるものが……。『パイレーツ…』ではウン十億円のギャラを稼ぐデップですが、この作品は、『ハート・ロッカー』でアカデミー賞を受賞したグレッグ・シャピロ製作の低予算映画。こういう役もやってみたかった、のでしょう。いい味をだしているジョニー・デップ。コミカルで、ちょっとほろ苦い、オトナの映画かと、思います。
2020年08月16日おとな向け映画ガイド今週は、バラエティにとんだセレクト3本をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明20/8/9(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『弱虫ペダル』『思い、思われ、ふり、ふられ』『劇場版 Fate/stay night [Heaven’s Feel]III.spring song』の3本。あとの14本は中規模公開とミニシアター系の作品です。今回はその中から、おとな向けの作品3本を厳選して、ご紹介します。『ジェクシー!スマホを変えただけなのに』なんだか気詰まりな夏休み、というかたも多いでしょうから、あえて、気軽に楽しめて気分が上がる、ぶっちゃけていえば「おバカ映画」を最初にご紹介しましょう。サンフランシスコが舞台。主人公のフィルは、やわらかニュース系配信会社に勤める、不器用な独身男。かなりのスマホ依存症です。ところが、歩きスマホが原因で愛機を破損してしまい、機種変更をするはめに。購入した最新鋭のスマホには、Siriの上をいく、ジェクシーというフェロモン声の「ライフコーチ」機能がついていて、お節介な生活指導が始まります。仲間も増え、仕事もうまくいき、恋人まで出来て!、と効果はバッチリなのですが、実はこのジェクシー、ジェラシーもすごくって……。銀行のパスワードはもちろん、恥ずかしい写真だって、こっそりやった検索だって、個人情報はすべてスマホが知っています。しかも、超優秀なジェクシーはクラウド上にいるので、あらゆるデバイスを駆使してフィルにせまるのです。人工知能型OSと恋におちる、『her/世界でひとつの彼女』という映画がありました。設定は似ています。あの作品が作られたのは2013年。近未来におきるかもしれないというラブファンタジーでしたが、7年もたってみると、「ハイ、Siri」とか日常的にやってるわけですからね。ずっとリアル感あります。なんといっても、あの『ハングオーバー!』シリーズの原案・脚本を手がけた、ジョン・ルーカスとスコット・ムーアが脚本・監督。下ネタもふくめ、やんちゃなギャグやセリフは、おとなも楽しめること請け合いです。『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』このところ毎週のように、スターリン時代のソ連を舞台にした映画が公開されています。それも決して良い時代として描いているわけではありません。この映画もそんな一本。1930年代前半、ソ連の経済は好調と伝えられた裏で、ウクライナでは「ホロドモール(飢餓による殺害)」と呼ばれる飢饉が起き、死者は300万人以上にのぼったといいます。この隠蔽されている状況を取材し、世界に伝えようとした実在のイギリス人記者、ガレス・ジョーンズの物語です。力をつけてきたヒトラーにインタビューをしたこともあるジョーンズは27歳、野心と正義感に燃えるジャーナリストです。元首相ロイド・ジョージに買われ、外交顧問をつとめたこともあります。大陸の政治状況が劇的に変化しつつあることに警鐘を鳴らし、ヒトラーに対抗するためにもイギリスはソ連と組むべきだと主張しますが、耳を貸す政治家はいません。彼は、スターリンに単独インタビューを試みるため、モスクワに乗り込みます。功名のためはもちろんですが、ジャーナリストとして、大恐慌で世界中が苦しむ中でなぜソ連は繁栄を続けているか、という疑問の答えを見つけたかったからです。前半はスパイ映画のようにテンポよく進み、ウクライナに潜入してからは、まるでモノクロのドキュメンタリー映画のようなタッチで衝撃の事実が描かれます。監督はポーランドの社会派、アグ二ェシュカ・ホランド。脚本と製作を担当したのは、ホロドモールを生き延びた祖父を持つアンドレア・チャルーパ。イギリス、ポーランド、ウクライナの合作映画です。『ファヒム パリが見た奇跡』これも実話をもとにした映画です。バングラデシュから父親とふたりでフランスに亡命してきた8歳の少年ファヒムが、チェスのフランス全国大会で、ジュニアチャンピオンになるという、一見おとぎ話のようですが、いろいろな苦難や、複雑な社会背景もかいまみえる、なかなか深い映画です。母国を出た理由は、親族が反政府組織に属していたことと、ファヒムがチェスの大会で優勝したことへの妬みから、一家が脅迫を受けたため。決意した父親はそれ以上に、ファヒムの才能を伸ばしてやりたかったのでしょう。ふたりが、チェスのトップコーチ、シルヴァンと出会えたのは幸運としかいいようがありません。シルヴァンを演じているのが、フランスの名優、ジェラール・ドパルデュー。ちょっと変わり者、巨漢の熱血コーチです。ファヒム役は、やはりバングラデシュ出身の子役アサド・アーメッド。この師弟のドラマ、父子のドラマを中心に映画は進みます。心がなごむのは、彼らをとりまく大人たちや、チェス学校の級友たちの、人情といいますか、温かいまなざしと支え。ちょっとステキな話、です。
2020年08月09日