付き合った当初からタバコを吸っている夫。タバコをこよなく愛し、子どもができてもやめる気はないと、常日ごろから言っていました。そんな夫も45歳を迎えアラフィフに。私より8歳年上ということもあり、できれば健康に気を付けて欲しいと思っていた矢先、夫の体調に変化が……。★関連記事:「私、臭ってた!?」ショック! たばこをやめて気付いた驚きの事実 #キレイな40代になりたい 28愛煙家の夫がタバコを手放した理由はタバコが生きがいの夫タバコが大好きで、成人になってからは1日2箱の量を吸い続けている夫。付き合った当初から「これは俺の生きがいなんだ!」とタバコをやめる様子はみじんもありませんでした。妻としてはできればやめて欲しく、「子どもが生まれたら気持ちも変わるかな?」と期待していましたが、第1子、第2子と子どもが生まれてもやめる気配はなし。ここ1、2年は葉巻にまで手を出して、タバコの奥深い世界へどっぷりと浸かっていました。私もそんな様子に文句が出ないわけがなく、タバコの値上がりや健康を理由にくぎを刺しますが、夫は聞く耳持たず。「小遣いの範囲内でやりくりしているから文句を言わないでほしい。年々吸う量も減ってきているし、いつかはやめるよ」と、私の言葉が響くことはありませんでした。そんなヘビースモーカーな夫ですが、子どもたちの前で吸うことはなく、自宅ではベランダのみ。「子どもたちの目の前で吸わないならいいか……」と、夫の楽しみとして受け入れ、禁煙させることは諦めモードになっていました。夫の体調に異変が…そんなある日、夫から「タバコを吸う量が自然と減ってきた」との報告。なんとなくタバコが欲しくなくなってきたというのです。夫は今年で45歳。アラフィフに突入したこともあり「やっぱり年を取ると吸えなくなるのかもね~」と、笑いながら話していました。それでも1日に1箱はタバコを吸っていましたし「タバコの量が減った分、葉巻にお金を出せるわ~」と、喫煙を楽しむ様子に変わりはありませんでした。しかし、徐々に夫の体調に変化が現れました。タバコを吸うと、どこか息苦しさを覚えると言うのです。私はとうとう病気になったのでは!? と思い「病院へ行ってみたら?」と受診を促しますが、「今度、会社の健康診断があるから、それで様子を見るわぁ~」とのこと。そのときの夫はちょうど風邪をひいていたこともあり、「風邪が治ったら元に戻るかな?」と言いながらも、完全にタバコをやめることなく過ごしました。健康診断を受けたらまさかの病気がその後、予定通り健康診断を受けた夫。結果はなんと、肺気腫の疑いがあるため追加で検査を受けるよう指示が記載されていたのです!これまで健康診断で何も指摘を受けたことがなかっただけに、夫は驚きを隠せない様子でした。「肺気腫ってタバコが原因でなる病気だっけ?」と、聞く夫。私は「そうだと思う」と答えました。夫は沈黙ののちに「疑いだから、まだ違うかもしれないよね?」と、このときはまだ楽観的なことを言っていましたが、「病気かもしれない」という現実を受け入れきれず戸惑っていました。その後、夫は呼吸器内科を受診しはっきりと「肺気腫」と診断されました。さらに先生によると、そこそこ進行した状態とのこと。初期段階では自覚症状が乏しいという特徴があり、息苦しさが出るころには、夫のように悪化しているケースが多いとも説明を受けました。その後の夫は、初めての持病に意気消沈。「もう吸う気になれない……」と、きっぱりとタバコをやめました。どちらかと言えばプラス思考な夫でしたが、「俺も酸素吸入器が必要になるのかな……。もう長生きはできないのかな……」と、弱気な発言をするほどショックだったようです。若いころからタバコを吸い続け、体への影響はわかってはいたもののそう簡単には病気にならないと過信していた夫。私も「タバコは夫の生きがいなんだ」と容認し、体を気づかった訴えが強くできていなかったことに深く反省しました。「百害あって一利なし」まさにその言葉を身をもって実感した体験になりました。まとめ夫はこれまでまったくしていなかった運動を始め、自身の健康に気をつかうようになりました。今では、週に2回の水泳、その他の日はランニングや筋トレなど、体を動かすことが日課になっています。そんな夫の様子を見て、私も自分自身の年齢や健康を気にするように。夫よりも8歳年下とはいえ、私もアラフォー世代であることに改めて気付かされました。これからは、夫の肺気腫が悪化しないことを願いながら、夫婦で健康に配慮した生活を目指していきたいです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開業。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門医である泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouTuberとしての情報発信もおこなっている。取材・文/ささきなみ著者/ささきなみ(37歳)体力の衰えを感じ、年齢に抗うなにかを始めようと摸索中のアラフォーです。趣味はキャンプ。自然の中で飲むお酒を楽しみに日々を頑張っています。健康や夫婦生活についてなど、アラフォー世代の気になる体験談を執筆中です。
2023年07月16日「お母さんが作る伊賀牛をふんだんに使ったカレー、お父さんが淹れる美味しいコーヒーがお店の名物でした。お母さんは肺気腫を患ってからも酸素吸入器を持ちこみながら仕事をしていました。でも数年前に病状が悪化して、それからはお父さんがひとりで切り盛りするように。美人で小柄で、それでいてカウンターのむこうから楽しい話題を振ってくれたお母さん。お母さんのカレーの味が懐かしいですね……」本誌にこう明かすのは、俳優・椎名桔平(54)の実母(享年78)が生前、三重県伊賀市で営んでいた喫茶店『Cafe Kip’s』の常連客だ。椎名といえば、今季きっての人気ドラマ『3年A組 今から皆さんは、人質です』(日本テレビ系)で人情味溢れる刑事役を熱演。3月上旬に行われた打ち上げでは、昨年末に亡くなったばかりの母について“感動のスピーチ”をしていたという。「打ち上げの挨拶で椎名さんは、目に涙をためながら『(母が亡くなった)そういうときにこのドラマの持っている、本当に若くて、無垢に芝居に向かっていく気持ちみたいなものが、自分を勇気づけてくれたんです』と語っていました。主演の菅田将暉さん(26)ら共演者たちもみんなもらい泣きしていました」(ドラマ関係者)仲間に囲まれながら芝居に打ち込むことが、悲しみに暮れる椎名を少なからず奮起させてくれたのだろう――。椎名の親戚の1人は、母親の人となりをこう回想する。「親戚の集まりでも、桔平のお母さんが加わると一気にその場が華やぐというか。太陽みたいな明るい人でした。お父さんはどちらかというと厳格な人やったから、その分お母さんはお兄ちゃんや桔平に優しく接してましたね。子どもたちがやりたいことをやらせてあげるという教育方針でした」寛容な母だったが、大学卒業後に芸能界を志したときには猛反対していたという。だが、しばらくすると両親は息子を信じて芸能活動を応援するように。長い下積み時代には、母から椎名へこっそり仕送りをすることもあったという。そんな支えもあり、椎名は’00年に日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。30代半ばになって、ようやく俳優として脚光を浴びた。「俳優業だけでゆとりのある生活が送れるようになった彼が最初にしたことは“恩返し”でした。地元では、商店街のメーンストリートに店を出すのがステータス。もともと伊賀市内で飲食店などを何軒か営んでいた両親に喫茶店を建ててあげたんです」当初、老後はゆっくり過ごしてほしいと考えていた椎名だったが、両親は根っからの働き者。“家に籠るよりも客商売をしていたほうが元気でいてくれる”という思いからの贈り物だった――。しかし、4~5年前に母が肺気腫を発症。母が入院してから、椎名は妻の山本未來(44)と息子(9)を連れ、頻繁に実家に帰ってきていたという。「最後は何も食べられなくなっていた母親にとっていちばんの栄養は桔平の笑顔。顔を見せることがいちばん元気づけられる方法やと思ったんでしょう。桔平は多忙のなか片道5時間近くかけて、よく帰ってきてくれてたんです」そして、約500日の闘病のすえ、最愛の母が旅立った――。「危篤の一報を受け、桔平は名古屋から三重の病院までレンタカーで駆けつけてくれました。お父さんやお兄ちゃんも一緒に、みんなで最期を迎えたそうです。桔平には言葉にあらわせんぐらい、感謝の気持ちでいっぱいです。最後の最後まで、母親をよくみてあげてましたから。お母さんもきっと同じ気持ち。桔平に『ありがとう』と思いながら旅立ったんやと思います」椎名が涙を隠して挑んだ『3年A組』最終回の平均視聴率は番組最高となる15.4%を記録。圧巻のフィナーレには、日本中が胸を打たれた。そんな愛息の勇姿を、天国の母は何よりも誇らしく思っていることだろう――。
2019年03月20日江波杏子さんが10月27日、肺気腫の急性増悪のため亡くなった。76歳だった。各スポーツ紙によると江波さんは肺気腫を長年患っていたが、これまで日常生活に支障はなかったという。しかし先月26日に体調不良を訴え、緊急入院。翌日の午後、息を引き取った。66年の映画「女の賭場」で演じた女賭博師役が評判を呼び、以降“映画女優”として活躍した江波さん。近年では11年「カーネーション」や16年「べっぴんさん」といったNHK朝の連続テレビ小説にも出演し、お茶の間でもその存在感を発揮していた。あまりに突然すぎる死――。Twitterでは驚きとともに、悲しみの声が上がっている。《一本筋の通った女性が持つ美しさ、凛としたかっこよさ。若い頃もお歳を召してからも実にお美しかった》《語り、表情、所作、美しさ、儚さ、今でも忘れられません》《かっこよくて好きな女優さんでした。残念……》公開されているものでは、今年4月に公開された松坂桃李(30)の主演作「娼年」が最後の映画作品。同作で江波さんは松坂演じる男娼を”買う”老女を演じ、その艷やかな演技が大評判。ファン層をさらに広げていた。実は江波さんにとって、同作はターニングポイントだったようだ。「江波さんは年齢のこともあり、『娼年』のオファーを受けるまで引退を考えていたそうです。しかし同作で濡れ場に挑戦し、女優魂が再燃。仕事に対し、さらに積極的になっていました。亡くなった当時は来年のスケジュールも予定にあったと聞きます。ですからファンのみならず、周囲も動揺が隠せないようですね……」(映画関係者)その姿は、観た者の記憶の中で生き続けるだろう――。
2018年11月02日