1975年生まれ。20代は女優や歌手を目指していたが、挫折。 第二子育休切りをきっかけにフリーライターに。ウェブサイトを中心に夕刊フジやスポニチで小説を執筆。 2012年からゲームシナリオライターとして活動。 コンシューマとスマホアプリを中心に執筆中。2018年からバンタンゲームアカデミー講師。
「いつか自分のブランドを出したい」。そんな想いを抱いていた学生時代。でも希望の就職先にはことごとくふられ、入社できた会社で出会った亮。結婚して、子どもが生まれて、私は幸せになれると思ったのに…。私の中の1本の糸が動き出す!
前回からのあらすじ 息子の幼稚園のおゆうぎ会。これまで威圧的な態度を取ってきたカオルが、衣装係に立候補する。しかしその衣装づくりは困難を極め…。そこで友里と上田が取った行動とは…。 ママ友トラブル決着の行方…それはまさかの幼稚園イベントで起こった ●登場人物● 立花友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒だった。現在は人気デザイナー。 上田 :悠斗と同じ幼稚園に通うママで、うさぎ組のクラス委員長 マキ :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で気が合う カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる ※このお話はフィクションです ■思ってもみなかった事態が動き出す! 幼稚園のおゆうぎ会の衣装を作ったことで、クラスのママさんから依頼された子どもの洋服。そのオーダーは“ちょっとしたお呼ばれに着ていけて動きやすく、洗濯もしやすいもの”だった。 なら……と、偶然見つけた小花柄の生地で頭からかぶるタイプのシャツワンピースを作ってママさんに渡した。ママさん以上に喜んだのはお子さんのほうで、「マイブームになってしまい毎日着たがって手を焼いちゃってます」とうれしそうに話してくれた。 「製作費も…」と言っていただいたが、プロではないので材料費だけいただいたのだが…。このママさんが洋服をインスタにアップしたことで、意外にも「私も作ってほしい」という声があがり、そのママさんのお友だちからもお話が来るようになっていった。 そして偶然にもそのなかに有名なインスタグラマーさんがいたことで、一気に反響が拡大。自分ではそんな状況についていかれないでいるときに、マキちゃんの家に呼ばれた。上田さんと3人で野菜スイーツを食べながらお茶を飲んでいたとき、マキちゃんから思ってもみなかった提案をされた。 「ねえ、いい機会だからネットショップを開いてみたら?」 「それ賛成だわ。今みたいに頼まれて材料費だけで作っているのは、あなたにとっても良くないと思うわ。お金をもらうことで、『もっと良いものを』って気持ちも出てくるし、何よりあなたの洋服を大切にしてくれる人にきちんと届けられる」 と、上田さんが後押しをする。 私抜きで盛りあがっていく2人に、ちょっと戸惑っていた。けれど……。 「 デザイナーになりたかったんでしょう? あなたが目指す服作りとは違うかもしれないけれど、この状況はチャンスだと思うの。 もちろん、あなたも甘えた仕事ができないっていう厳しさも味わうかもしれない。でもね、個性を思う存分発揮することができるわ」と言う上田さんの言葉に、私もワクワクし始めていた。でも私がまた働くことを亮くんはなんて言うんだろう。 とはいえ、私にはウェブサイトに関する知識はまったくない。とりあえず悠斗を寝かしつけたあと、スマホでぽちぽちとハンドメイド作家の検索をしてみると、私でもネットショップを開けそうなサイトがあることがわかった。 (これなら……私にもできる。でも、亮くんに反対されたらどうしよう) 最近、亮くんとまともに話をしていない。説得する以前にコミュニケーションが成り立ってない。今さら、話なんてできるのかな。そんなことを考えていたら、亮くんからLINEが入った。 「今日、紹介したいヤツがいるから。連れて帰る。急でごめん」 ……いよいよ、その日が来たのかなぁ。 不安で心臓がバクバクしながらも、私は亮くんの帰りを待っていた。 ■夫が私を抱きしめた! もう一度、夫婦の糸を染め直す時 「初めまして! 私、安芸と申します。いろいろとご主人に相談に乗っていただいてありがとうございました!! そして、家族の時間を奪ってしまって申し訳ございません。お詫びに奥様とお子さまの好きそうなケーキを買ってきましたので、どうぞ召し上がってください」 ――亮くんが連れてきた後輩は、子犬みたいでかわいらしく女子力高めの男の人だったのだ。長いことしていた勘違いに、身体の力がどっと抜けていたのは亮くんには一生内緒にしておこう。 安芸さんが帰ったあと、私と亮くんはケーキを食べながら、今までのことについてあらためて話をした。 「じつは、5月の連休明けに同僚が大けがをしたんだ。それで同僚の仕事を代わりにやってたんだけど、安芸も大変な思いをしてすっかり参ってしまってね。 それで、ことあるごとに安芸を連れだしてはご飯を一緒にしたりお酒を飲んだりしてたんだ。安芸には、『妻は元同僚だから理解してくれるよ』なんてちょっと強がっちゃったんだよな。 でも、それが結果として家族と過ごす時間よりも会社で安芸たちと過ごす時間のほうがはるかに長くなっちゃったからな……ごめん! ひとりにさせてしまって」 そう言って亮くんは立ち上がると、座ったままの私をそっと抱き寄せた。 私の目から、みるみる涙があふれだしていつしか声を上げて泣いていた――。きっと、私たち夫婦は、今度こそ一緒に糸を染めていかれるはず…。 ひとしきり泣いたあと、ふたたび亮くんが椅子に座った。 (こんなタイミングで言うのもなんだけど……今、言ってみようかな) 私は、おゆうぎ会の衣装製作をきっかけに人づてに服の注文を受けていること、インスタで反響があること、思い切ってネットショップを開業しようと思うことを打ち明けた。すると、 「いいんじゃないかな? やってみなよ。友里が暇さえあればデザイン画を描いてたのも知ってるしね」 「あれ、見てたんだ」 「うん。友里はちっとも気が付いてないみたいだけど、けっこう見てたんだよ、陰から。だから俺、頑張ってほしいと思ってる。まあ、製品づくりはともかく、税金のことは大変と思うけどね」 と、ニヤッと笑う。 「税金……そっちのことはまったく考えてなかった……」 「それは勉強していけばいいよ」と、亮くんは恋人時代のように私のおでこを指でつつく。 その日は久しぶりに、亮くんといろいろ通じ合えた夜を過ごした。 翌朝、洗面所には以前亮くんに腕を引っ張られたときに割ってしまったイナガキくんからもらったのと同じ香水の瓶が置かれていた。 「もしかして亮くん、イナガキくんと会っていたの知っていたの…?」 ■私は失ったものに囚われていたけれど… そして、いよいよネットショップがオープン。これまで依頼してくれていた人からも同じように注文が入ったことで、私は飛び上がりたいぐらいうれしい気持ちになった。 その後もオシャレ家族としてインスタでも大人気の人までもインスタで写真をアップしてくれるという幸運が舞い込む。私は、デザイナーとしての第一歩を踏み出したのだ。 そんなある日――。 実家から小包が届いた。 封をあけると付箋が貼ってあり、「イナガキさんから転送を頼まれたのでそのまま送ります。母より」とある。 包み紙をそっと開いてなかを見ると、セルリアンブルーにレモンイエローのドッドという鮮やかで元気になれそうな柄の生地と、イナガキくんからの手紙が入っていた。 「ネットショップ、開店おめでとう。何で知ったかって? キミのLINEのタイムラインにネットショップのことがあがっていたからだよ。夢の第一歩を踏み出して、本当に嬉しい。 あの日、キミのスケッチ画を持って帰ったでしょ。あのときから、いつかキミが夢を叶えたときに、僕にできることがしたいと思ってた。今回はその第一弾として、僕のお気に入りのテキスタイルを送ります。これで、ハツラツとした子ども服を作ってよ。これは、僕からのオーダーでもあります。じゃ、お母さんによろしく」 ……イナガキくんらしいな。そう思いながら私はさっそくこの生地に合いそうなデザインを描き始めた。このテキスタイルを活かした、かわいい服を着た子どもと街中ですれ違うことを思い浮かべながら。 そして、できあがった服の写真をアップしたところ、驚くほど反響があった。 (みんなが求めているものが、私の手のなかにあったなんて……) 私はずっと独りぼっちで、みんなから置いていかれたと思っていた。 でもそうじゃなかった。もしかしたら亮くんは、私が「助けて」と言えば手を差し伸べてくれたのかもしれない。亮くんも、本当はきっと私に悩んだり、苦しい気持ちを抱えていたのかもしれない。それでも私を信じてくれていた――。 私からプロポーズするぐらい憧れて、大好きな亮くん、そして大切で愛おしい悠斗がいる。マキちゃん、上田さん、そしてイナガキくん…私には一度手放したものがあっても、もう一度新たにつかめる糸があったんだ。 そう私がたぐり寄せたものは、私が新たに紡いできたものだ…。 あの少女のときに思い描いていた夢のカタチとはたしかに変わっている。 それでも私の糸の先にはきっと、あのとき見たセルリアンブルーの空よりもっと澄み渡る未来が広がっていると信じていきたい。 ―完― イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第11話」のお話 ≫ ママ友トラブル決着の行方…それはまさかの幼稚園イベントで起こった \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年03月24日前回からのあらすじ イナガキから「海外に行く」ことを伝えられる友里。突然現れて、急に去っていくイナガキに友里は寂しさを感じながらも、それぞれの道を歩んでいくことを決意するのだった。 ママ友に振り回される日々に決別! そして彼とも別れの日が近づく… ●登場人物● 立花友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒だった。現在は人気デザイナー。 上田 :悠斗と同じ幼稚園に通うママで、うさぎ組のクラス委員長 マキ :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で気が合う カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる ※このお話はフィクションです ■幼稚園のイベント、トラブルの予感が… 紅葉の季節になり、おゆうぎ会に向けての保護者会がめぐみ幼稚園で行われることになった。 「おゆうぎ会の親の仕事ってどんなのかな」 隣に座るマキちゃんの問いかけに、私はうーんと首をひねった。 ホールには、去年までのおゆうぎ会の衣装が並べられていたけれど、チュールやサテンなど、少し扱いが難しい生地が使われていた。 (これ、業者さんが作ったのかしら? もし、手作りだったら大変だっただろうなあ) そんなことを思っていると、担任の先生が入ってきた。 「みなさん、こんにちは。今日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。早速ですが、おゆうぎ会のうさぎ組の出し物は、ピーターパンに決まりました」 先生が話している最中、上田さんが出し物についてのプリントを配っている。 配役を見ると、ひまりちゃんはティンカーベル役、上田さんの息子のいつきくんはピーターパン、カオルさんの息子まさあきくんはフック船長、そして悠斗はジョン・ダーリング役になっていた。 「あ、ひまりちゃんティンカーベルだ。かわいいじゃない」 私はマキちゃんに小声で言うと、「うんそうだね。悠斗君は、ウェンディの弟君なんだ」 「うわぁ! まーくんはフック船長かあ、バリバリの悪役だけど目立つからいっかな?」とカオルさんが声を上げていた。 いろいろざわつき始めたところで、先生がおもむろにまた話し始める。 「それで、衣装なんですが、配役のところを見ていただいて、おうちにあるもので構わないのでいくつかご用意していただくのと、星印のついている役の衣装は新しく作る必要があるのでどなたか手伝っていただきたいのですが……」 すると、カオルさんが勢いよく手を上げる。 「先生、私手伝います! ほら、あんたたち二人も手伝うんだよ!!」 と、いつも一緒にいるママ友たちに無理やり立候補させてしまった。 みんなで顔を見合わせていると、上田さんが「お任せしてしまって、大丈夫ですか?」と心配そうな表情を浮かべる。 「心配なんていらないですよ。こう見えても裁縫得意なんです!」 「後には引けない」という表情をチラッと浮かべながらも、カオルさんは堂々と宣言した。 「では、江田さんにリーダーとなっていただきますね。もしサポート必要になりましたら遠慮なく相談してください」先生がそういうとみんなが一斉に拍手をした。 そして、その他の親の係が伝えられ、その日は子どもを引き取って解散となった。 帰り道。 私とマキちゃん、そして上田さんと一緒になり、話は自然におゆうぎ会のことに及ぶ。 「カオルさん、裁縫得意なんだね。なんとなく“似つかわしくない”って言ったら失礼かな」とニッコリしながら、ちょっと毒を吐くマキちゃん。 「大丈夫だと思いますよ。江田さんは言ったことはやる人ですから」と上田さん。 考え事をしていたら、上田さんに「浮かない顔してどうしたの?」と水を向けられてしまった。私は、言葉を選びながら思っていることを口にする。 「そっかぁ~。洋服作りをしない人には扱いにくい生地が使われてるってことなんだ」とマキちゃん。 「そういうことを知っているってことは、立花さんはその難しい生地を縫えるということ?」 大学で服飾を専攻していたことを話すと、マキちゃんから「作品見せて! 見せて!」と懇願され、恥ずかしながらスマホに保存してあった卒業制作の写真を2人に見せた。 「すごーい。これ全部自分で作ったんでしょ? だったら衣装係に立候補しちゃえばよかったのに」 「立花さんも、江田さんほどとは言わないけれど、もう少し押しが強いといいのにね。でも、江田さんがつまずくことがあれば、フォローできるようにしておく方がいいかもしれないわね」 と、上田さんには少しだけ痛いところを突かれながら、その日は別れた。 ■嫌な予感が的中! しかし思いもかけない事態に… ――数日後。 悠斗を園に送っていくと、衣装を作るためにクラスで借りた会議室からカオルさんの声が聞こえてきた。 「わ~。こんなキレイなチュール生地、あそこのショッピングセンターに売ってたんだ。よーし、これでティンカーベルの衣装を作るぞー!」 (チュール生地? うまくいきますように!) 私は静かに壁側に立ち耳をそばだてる。そこに上田さんも通りかかったので、会議室の様子を説明した。 「例の断ちにくいし縫いにくい生地ね。今日は私も時間があるから、ちょっと見守りましょうか」 しかし会議室から聞こえてきたのは、怒りと困惑の声だった… 「あー、もう! なによこの切りにくい生地!! 誰よ、こんなの買ってきたのは!!」 「あの……それはカオルさんがきれいでかわいいのをって……」 「うるさい! もうこれ捨てる!! ねえ、あと他に何かないの?」 「そこにツヤツヤしたサテン生地ならありますけど……」 「サテンね、よし!」 思わず上田さんと顔を見合わせる。決意した表情の上田さんがドアに手をかける。焦る私に、上田さんは、 「布地のお金は園からも出てるけど、保護者会費からも出てるの。縫えないという理由で、費用がかさんでしまうと困るのは私たちということ。だからちょっと強引だけどおしかけサポーターに立候補しちゃいましょう」 勢いよく会議室の扉を上田さんが開けると、カオルさんたちが一斉にこちらを見つめた。 「江田さん、そこ立花さんが代わりますね」 「何よ? 私が衣装係のリーダーなのに口出ししないでよ!」 「いえ、クラス役員の立場から、予算は大切に使っていただきたいんです」 「でも……この子にできるの?」 そんな押し問答を横目に、私はゴミのようにぐしゃぐしゃにされたチュールを見て何かが弾けたような気がした。生地を拾いあげてていねいに伸ばすと、型紙に沿って切り、待ち針を刺す。 「……あ、ありがたいけど、あんたこれ縫えるの?」 「はい。あの、薄紙あります?」 みんなきょとんとしているところに、上田さんがこれならあるとわら半紙を差し出した。 「これなら大丈夫です、縫います」 と、縫い合わせるチュールの合間にわら半紙を差し込んで私は一気に縫い始めた。 「ちょっと! わら半紙と一緒に縫ってどうするのよ!!」 「ものにもよるんですが、このチュールは薄紙と一緒に縫わないと縫い目がガタガタになってしまうんです」 「あ……え……そうなの?」 私は、縫い上がった生地をカオルさんに差し出し、「わら半紙を引き抜いてみてください」と言った。 「……すご。ちゃんときれいに縫えてる」 カオルさんは、気の抜けた声で呟いた。 * そんなことがあって以降、うさぎ組は一丸となって衣装づくりに取り組み、おゆうぎ会本番は無事に終了。 悠斗も、他の子どもたちも本当にのびのびと演じていて親として子どもの成長を感じていた。亮くんも、なんとか時間をやりくりして来てくれたけど、悠斗の出番が終わったらすっとどこかに行ってしまった。 (まあ、いいか……) おゆうぎ会が終わって数日後、クラスのママからLINEのメッセージが届いた。 「あの、衣装作ってるところ見て、ぜひお願いしたいことがあるんですが、子どもの服、作ってもらえませんか? もちろん、お礼はお支払いします」 思いがけない依頼だったが、私はそれを受けることにした。 そして……この出来事こそが私の人生の大きな転機となったのだ。 次回はいよいよ最終回! 更新は3月24日(火)を予定しています。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第10」のお話 ≫ ママ友に振り回される日々に決別! そして彼とも別れの日が近づく… \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年03月17日前回からのあらすじ ママ友とのつきあいに悩む友里を、夫の亮が突然ソファに押し倒し…。自分をぞんざいに扱うくせに、同僚を助けようとする夫。疲れ果てた友里だったが、クロッキーを描き出した途端…。 疲れ果てたママ友との関係、夫が私を雑に扱う理由は? ●登場人物● 立花友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒だった。現在は人気デザイナー。 上田 :悠斗と同じ幼稚園に通うママで、うさぎ組のクラス委員長 カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる ※このお話はフィクションです ■夫と向き合えない日々の中、彼からLINEが… それからというもの、時間をやりくりしてはクロッキー画やデザインラフを描く日々が続いた。 もちろん、悠斗にきちんと向き合うのは当たり前。一緒に登園し、買い物しながら家に帰り、ごはんを食べて、お風呂に入って寝かしつける。 悠斗と心を通わせながら、そのなかで湧き出てくるものをクロッキー帳にまとめていく。クロッキー帳は常に持ち歩いて、ふとした瞬間すらも逃さず描けるようにした。 亮くんはそんな私に対して何も言わないし、私も亮くんがなにをしているか聞かないようにした。ただ、ごはんを食べてくれれば、そして、何事もなければそれでいい、と。 そんな日々が続いたある日。再びイナガキくんからLINEが届いた。 “友里ちゃん、今週金曜にホテルをチェックアウトすることにした。だから、その前に会ってくれないかな?” この間、泣きながら電話してみたものの、私が迷惑かけてはいけないとすぐに切ってそれっきりになってしまっていた。 (イナガキくんには、きちんと話しておきたい) 私は少し悩んだけれど、会いたいと返事をした。 * そして、待ち合わせ当日。 悠斗にはちょっと申し訳ないけど、また預かり保育をお願いした。 「ママ、今日も遅くなっちゃうけど、いい子で待っててね」 悠斗は、「はぁい」と返事をしてひまりちゃんたちと遊び始める。その様子に後ろめたさを感じないわけではないけど、自分の心の整理のためと言い聞かせて私は教室を後にした。 正門を出た途端、背後からカオルさんに呼び止められた。 「あんた、最近ちょっと様子がおかしいんじゃない? 今だってやけに急ぎ足だし……」 「あ、ごめんなさい。本当に急いでいるのですみません~」 私は話を遮るようにそそくさと歩き、自転車に飛び乗り力を込めてペダルをこぎ始める。 「ねえ、仕事でも始めたら教えなさいよー」 遠くからそんな声が聞こえたけれど、私の時間はだれかの許可が必要なものではないとうことを十分わかってる。だから、もう人の意見に左右されっぱなしの毎日はやめるんだ。 ■思い出の彼との別れ。そして新しい一歩 待ち合わせ場所は、私とイナガキくんが出た高校の最寄り駅。 電車から見る景色は、10数年前とだいぶ変わったようにも感じるが、実際は大きく変わっていなかった。葉桜がしげる橋を渡ったとき、少し胸が締めつけられた。もう、あのころには戻れない。なぜかそんな思いが頭をよぎる。 ホームに降りると、すでにイナガキくんがベンチに座って待っていた。 「待ってたよ、いこっか」 私はうなずき、イナガキくんの半歩後ろを歩き始める。 駅舎を出ると、そのまま学校のほうに向かっていた。 「学校に行くわけじゃないけど、久しぶりに通学路を歩きたくなってね。こんな時間からつき合わせちゃってごめんね」 イナガキくんはそういいながら微笑んだ。どこか、寂しさを含ませながら。 「ううん、大丈夫。それより、話って何?」 そう言うと、イナガキくんは深く息を吐いて私の顔をすっと見つめた。 「僕、日本を離れることになったんだ」 ……え? イナガキくん、いなくなっちゃうの? こうなる予感はしていたのに、いざ言われるとなんて返せばいいのかわからない。 「一年間、フランスを拠点に活動することになったんだ。詳しいことはまだ話せなんだけどね。仕事の合間にオリジナルのテキスタイルを作れたなぁと思ってね……あれれ、友里ちゃん。そんな顔しないで」 そういわれても、気持ちは追いついていかない。 「せっかく、再会したのにもうお別れなんだなって思ったら、急に……」 私はイナガキくんから視線を逸らしぎゅっとくちびるを噛み締める。これ以上言葉を紡いだら、何かが壊れそうな気がしたから。 「これを逃しちゃいけないんだ……」 優しい口調だけど、強い決意を秘めているように聞こえた。 「そうだよね。私も少しずつ……」 進まなきゃ……と言いたかったけど声にならない。でも、お互いがいま、それぞれの道を進み始めるときだということは、言葉にしなくてもわかった。 ■離れていく彼。私が選んだ夫 「そっかー。そんなことがあったんだ」 私は、歩きながらイナガキくんにこれまでのことを丁寧に話した。就職のこと、結婚や出産のこと、亮の転勤でこちらに戻ってきたときのこと、孤独な育児、幼稚園入園、そして――。 「友里ちゃんはそういう生活のなかで妙に人に気を遣う子になっちゃったんだな。この間は、よく聞きもしないでホントごめん」 「ううん、私もいろいろ気づかされることがあったから別にいいの。それに、私はその場にうまくなじもうとするあまり、自分を出さないようにしていたみたい」 「その通り。友里ちゃんは“みんなと同じ”を安心するタイプじゃないのに、無理やりそういうキャラになろうとしてるからね。出る杭は打たれるっていうけど、出過ぎた杭は打ちようがないのが僕の持論」 「出過ぎた杭って、もしかして自分のこと言ってる?」 私は真顔で尋ねると、イナガキくんは笑いながら私の髪をわしゃわしゃとなでまわす。 「なにするのー?」 私が体をよじりながら避けようとすると、 「これだよこれ、友里ちゃんのいいところ! 的確なツッコミ! 鋭い切れ味超サイコー!!」 ケタケタ笑うイナガキくんに、私もつられて笑っていた――。 * 楽しい時間は過ぎ、帰りの電車を待つホームで、ふいに疑問に思ったことを確かめたくなった。 「ところで、聞きにくいことなんだけど、ご両親、最近どうしてるの?」 「一昨年、父親が倒れちゃってさ。あ、たいしたことないんだ、単なるギックリ腰だから。それでちょっと寂しくなっちゃったみたいで……」 「誰かいい人と再婚したの?」 「それがね、なぜか母親に連絡取ったみたいで、いろいろ食事の差し入れとかしてもらってるうちに復縁しようという話になって、今、温泉地にあるマンションでふたりで暮らしてるよ。だからね。今、夫婦仲が怪しくても、長い目で見れば大丈夫なんじゃないかなって思ってる。それにね」 イナガキくんは言葉を切ると、そっと私の耳に唇を寄せてくる。 「友里ちゃんが選んだ人なんだ、自信持っていいと思うよ」 そう囁くように言われ、私は妙にどきりとしてしまった。 私はひたいの汗を拭うためにハンカチを取り出そうとして、バッグの中身を盛大にぶちまけてしまった。慌てて拾い集めると、いつの間にかイナガキくんがクロッキー帳を手にしていた。 「あ、それは……」 恥ずかしくて返してほしくて手を伸ばしてもそのたびにイナガキくんは身体を反らして渡してくれない。 「友里ちゃん、何枚か貰うね。ちょっといろいろ参考にさせてほしい」 リングから切り取るとイナガキくんは自分のバッグに入れていた。 その目は、さっきまでと打って変わって真剣なものだった。 電車はあっという間に駅に着き、改札でイナガキくんが振り向きながら 「じゃ、僕はここで」 そういってスタスタと歩き出そうとしたので、私は引き止めるように 「あ、ホテルまで送るよ?」 とついて行こうとした。だけど、 「ダメ……ぶっちゃけ今の僕はキミに何しでかすかわかんないから」 イナガキくんは私に背中を向けて手を振り、タクシーに乗り込んだ。 (イナガキくん……) 唐突に現れたた、少女だった私が大切にしていた青い糸の彼。そして彼はきっとまたいつか多くの人に希望や夢を届ける商品を紡ぎだしてくれるのだろう。 * 季節は廻り、秋。 年に一度の、おゆうぎ会の季節がやって来た。 しばらく続いた穏やかな日常に、ひっそりと暗い影が忍び寄る。 次回更新は3月17日(火)を予定しています。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第9話」のお話 ≫ 疲れ果てたママ友との関係、夫が私を雑に扱う理由は? \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年03月10日前回からのあらすじ 同級生だったイナガキとのランチで言われた「人の顔色を見ている」という言葉に戸惑う友里。幼稚園のお迎えではクラス委員長の上田から話しかけられるが、その内容とは… 「ママだから」に縛られていた。彼の一言に女としての自分を思い出す… ●登場人物● 立花友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒だった。現在は人気デザイナー。 上田 :悠斗と同じ幼稚園に通うママで、うさぎ組のクラス委員長 カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる ※このお話はフィクションです ■ママ友はスルーできるもの…? 悠斗の幼稚園でクラス委員長を務める上田さん。いつだって平等にみんなと接していて、でも特別仲の良いママ友を作っているようにも見えない。 一匹狼のようで、カッコ良いけど、なぜだか近づきづらかった。そんな彼女が、私のために時間を割き、何かを伝えようとしてくれているというのはわかった。 「だって、立花さん、“困ってる”って顔してる。気がついてた? 朝だってそんな顔してたのよ」 「はい……」 「もし、自分の居心地の良いグループや人間関係であるならいいけれど、そうではないならうまくかわしたほうが振り回されないんじゃない? 他人の言葉って、スルーってこともできるものなのよ」 あまりにストレートな問いかけに、私は答えに窮してしまう。 上田さんは、園の扉を開けながらさらに言った。 「立花さんって、仕事上の命令系統にある上司の言うことより、頼りになると信じてる人や発言力の強い人の言うことを聞いてしまうタイプなのかもしれないわね」 私はハッとしてその場に立ち止まり、息子を引き取る上田さんの背中を見つめた…。 * じつは、亮くんの転勤が決まったとき、上司から私も一緒に配属にならないか掛け合ってあげると打診された。その話は本当にありがたくて、仲良くしていた女の先輩につい話してしまったのだけど、先輩から返ってきた答えは意外なものだった。 「そんなの、言ってみただけだってわからない? 周りみてごらんよ。うまくいったって人どれだけいると思ってるの?」 先輩の言うとおりだった。夫婦で一緒に転勤するのはあまり例がなく、たいてい女性のほうが退職してしまうパターンが多かった。仕事では、上司のやり方よりも先輩のやり方のほうが効率がよかったのもあって、仕事の相談は先輩にするほうが多かったし、亮くんとの恋愛相談にも乗ってもらうこともあった。 結局、退職することを決めて先輩に報告したとき、先輩の顔がわずかに歪んだ気がした。 年齢があがってくるにつれて、自分の思いどおりに事を運ばせようと考える人は多くなる気がする。もしかしたら最初は本当に親切だったはずのことも、少しずつ気持ちは変化してしまうものだ。そんな当たり前のことに、私はずっと気がついてなかった…。 ■突然、夫が私をソファに押し倒した… とはいえ、人はそうすぐに変われない。 翌朝もその翌朝も、そのまた翌週もカオルさんの言うことを聞いては落ち込み、グループLINEに一喜一憂する日々が続いた。だけど、少しずつそこに違和感を覚え、このままではいけないという思いも芽生え始めていた。 そんななか――。 ある日の夜、あまりに気分が沈んでいた私はお風呂上がりにイナガキくんからもらった香水をつけてみようと思いたち、私は箱から香水の瓶を取り出した。 (これで、少しは気分が上がるといいな) そう思ってつけた瞬間……。 ガラッと洗面所の扉が開いて、そこには、かなりお酒の入った亮くんが立っていた。 「あ、おかえり……どうしたの?」 亮くんの目は据わり気味で、私が手にしている瓶をじっと見ている。 「これなんだよ! どういうこと?」 「これは、友だちにもらったやつで……」 そう言うなり、私は亮くんに瓶を持ってる手首を掴まれる。 「なにいまさら色気づいてんだよ!!」 あ! と思ったときには香水の瓶は床に落ち、濃い香水の香りが立ちのぼった…。 亮くんは私をリビングまで連れていくと、そのままソファに押し倒した。 「ちょ、ちょっと……亮くんってば……やめて、やめてよ……」 と、次の瞬間。 「ぐぉぉぉぉぉおおおおぉ、ごぉおおおおおおおぉおおぉぉお」 (え? まさかの……い、び、き?) 亮くんは、私の上に乗るなり急激な睡魔に襲われたのかそのまま寝てしまったようだ。 何とか抜け出した私は、亮くんに毛布を掛けてあげながらもあっかんべーしてベッドに潜り込む。だけど、なかなか寝付けず、仕方なくスマホを取り出すと、イナガキくんからLINEが来ていたのに気がついた。 「元気? あれからしばらく連絡取れなくてごめん。じつは、あと1ヶ月ほどでここを離れることになったんだ。仕事の目処もついたし、よかったら近いうちに会わない?」 私は、急に苦い思いがこみ上げ、衝動的に通話ボタンを押していた――。 ■夫が私を雑に扱うワケは… 翌朝。 「いててててて……なんで俺ソファで寝てるんだろ」 あきらかに二日酔いの亮くんは、頭を抱えながら私に水を持って来て欲しいようなジェスチャーをした。 いつもなら、水を汲んであげるところだけど、私も泣きはらした目でそんなことする心の余裕がなかった。 「友里、どうしたその目? ものもらいか?」 亮くんは昨日やらかしたことを覚えていなかった。それだけでも腹が立つ。 それもなんとか我慢して、亮くんがシャワーを浴びている間に私はソファ周りを整えた。 すると……。 置きっぱなしの亮くんのスマホを覗いた途端、例のアキって子からの「助けてください(´;ω;`)」というメッセージが目に飛び込んできた。 (亮くんは、私を助けないで会社の子を助けるんだ……私にはあんなぞんざいな態度を取って……) シャワーから出てきた亮くんに、私は目すら合わせたくなくなっていた。 とにかく、いまは早く亮くんに出勤してほしかったし、口も利きたくない。 「なんだよ、その無愛想なの……まあいいや。行ってくる」 ドアがバタンと閉じる音に、また涙があふれそうになるけれど、それをこらえて悠斗をいつものように送り届ける。 途中、カオルさんに話しかけられた気がするけれど、「急いでるので」の一言だけでそそくさと帰ってきた。 * (もっと早くこうすればよかったのかもしれない) そう思うと、うじうじと悩んでいたことが何だかとてもちっぽけなものになっていく気がした。 私はずっと、自分を置き去りにしてしまった。 昨日の亮くんの態度は、私が私を大事にしなくなった結果だ。 もっと、私は自分を大事にしたい。 そう思ったとき、ふとミシンセットが目に入った。 (あ……しばらく私、デザイン描いてない) 私はしまい込んでいたケント紙を出すと、無我夢中でクロッキーを描き始めた。 何枚も、何枚も、紙にいまの気持ちをぶつけていた。 我に返り、視線を落とす。 躍動感にあふれるその絵には、自分の本心が映し出されている気がした。 目の前が急に明るく開けたように感じ、進むべき道が照らし出されたような感覚をおぼえた。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第8話」のお話 ≫ 「ママだから」に縛られていた。彼の一言に女としての自分を思い出す… \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年03月03日前回からのあらすじ 幼稚園のママ友の逆鱗に触れ、怒りとともにどうしていいかわからなくなる友里。さらに夫の不穏な行動で不安になる。そんなとき同級生だったイナガキの誘いで出かけたのだが…。 「ママ友の逆鱗、夫の不穏な行動…心折れた私が頼ったのは」 ●登場人物● 友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒だった。現在は人気デザイナー。 上田 :悠斗と同じ幼稚園に通うママで、うさぎ組のクラス委員長 カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる ※このお話はフィクションです ■意外なダメ出し。私は変わった…? レストランに着いた私は、店の外観にたじろいでしまった。 子どもがいては到底利用できないラグジュアリー感。それは雰囲気的な問題もあるけれど、頭を掠めるのはやっぱりお金のこと。 (これ、ランチだけで2000円超えてくるよね……) 夫に食べさせてもらっている立場で、こんなところに行けるはずもなく思わず後ずさりしてしまう。 「どうしたの? 入ろうよ」 「うん……でも……」 「いいからっ!」 イナガキ君は私の後ろに回ると、背中をぐいっと押して無理やり店に入らせようとする。 「わかったわかった、入る。入るからやめて」 席に案内されると、イナガキ君はいきなり笑い出した。 「だってさ~、友里ちゃんおかしかったんだもん。覚えてる? 高校3年のときの文化祭で隣のクラスがお化け屋敷やってて、怖がって入ろうとしなくて背中押したの」 「うん、なんとなく」 「あのときとなんか一緒の顔してたんだよなあ。もしかして、値段とか気にしてた?」 図星を突かれて私は押し黙ってしまう。 「大丈夫だよ。ここはランチだけはお得なんだ。ディナーに使うとそれなりにとられちゃうけど、メニュー見てみて。ランチセットはみんな千円札でおつり来ちゃうから」 イナガキ君のそのセリフに店員さんが苦笑いした。 「さ、好きなもの頼んでよ」 そう言われてメニューを見ても、私は何も選べなかった。 結局、イナガキ君がハンバーグステーキセットを頼んだので同じものを頼むことにした。 * 「で、どうしたの? さっきすごく浮かない顔してたよ」 私はことの顛末を話した。すると――。 「友里ちゃんってさ、いつからそんなに人の顔色窺うようになっちゃったの? 高校のときは、そんなんじゃなかった気がするよ」 イナガキ君に私のよくない変化を指摘されて、口をつぐんだ。 「あのさ、文化祭でコスプレ衣装作ったじゃない。そのときにどうしてもセルリアンブルーの布地が欲しいって電車で1時間半もかけて県庁近くの手芸用品店行ったじゃない。んで、めちゃくちゃかっこいいもの作るんだってクラスのみんな巻き込んでさ。すっごく大変だったんだけど、あのときの友里ちゃんはかわいかった」 「えっ……」 かわいかったとはっきり言われ、あっという間に耳まで真っ赤になる。 「もう、褒められなれないコはすぐそうなっちゃうんだから。いくらでも言ってあげるよ。キミはかわいいって」 その後もハンバーグをひとくち口に運ぶたびにかわいいとかステキとか連呼され、食べ終わるころには身体中が熱くてかなわなかった。 「あー、おもしろかった。やっぱり友里ちゃんはからかいがいがあるなぁ」 「もう、そういうところ小学生のときから変わってない」 「でも……話戻しちゃうけど、顔色うかがうようになっちゃったのいつからなの? ママになってから? それより前あたり?」 そう尋ねられて私は言葉に詰まってしまう。 「まあいいや。そろそろ出ないと、幼稚園のお迎え間に合わないんじゃないの?」 言われて時計を見ると、2時半近くになっていた。 今日は延長保育を頼んであるから大丈夫と告げると、イナガキ君はじゃあ行きたいところがあるからと店を出て歩き出した。 ■人の顔色ばかりうかがうようになったのはナゼ? 歩き始めてすぐに、高校近くの並木道ということに気がついた。 「懐かしいよね……」 私はそう水を向けるも、イナガキ君はさっきまでの様子とは打って変わって神妙な顔つきになっていく。互いに無言のままどれくらい歩いただろうか。 そして、イナガキくんが不意に立ち止まるとこう切り出してきた。 「あのさ、友里ちゃん。今日僕は友里ちゃんに伝えたいことがあって呼び出したんだけど、今のキミにとても話すことはできないって思った」 「え……?」 「キミは、いつの間にか顔色をうかがうことを覚えて正当なことと理不尽なことの区別がつかなくなってる。僕はまだしばらくホテルにいるから、できればこっちにいる間に……」 そこまで言って、イナガキ君は口ごもり、少し俯いた。すぐに顔を上げると、さっきまでの明るい表情に戻っていた。 「今日は僕が時間切れ。ホテルに戻ったらさっきの香水渡すから」 ホテルに戻ると、イナガキくんは香水を取りに部屋に向かった。 (正当なことと理不尽なことの区別……か) そんなこと考えたこともなかったなと思っているところに、イナガキ君が戻ってきた。 「さっきはちょっとひどいこと言っちゃったけど、できればまた近いうちに会ってほしい。そのときは、この香水の感想を聞かせてね」 わかったとうなずいて、私はホテルを後にした。 ■抜け出せない地獄と思っているのは、私だけ? イナガキ君の指摘を引きずりながら幼稚園に迎えに行くと、ちょうど上田さんと鉢合わせる格好になった。上田さんは、建築パースの仕事をしていて、ときどき延長保育を使っていることを保護者会の席で話していた。 「あ、立花さん。今日は延長したんですね」 「はい、ちょっと人に会う用事があって。個人的な用事で制度を使うのってあんまりよくはないんでしょうけど」 「ちょっと待って、よくないって誰が決めたの?」 「誰がってことはないですけど……先生方の負担を考えると申し訳なくて」 私はとっさに言葉を濁す。脳裏に浮かんでいるのはカオルさんたちの姿で、しきりと園に甘えるのはよくない、母親なんだから自分のことは後回しにすべきだと言われたことが頭のなかで響いている。 「あのね、制度として存在しているものに対して、“本当は使ってほしくないんじゃないか”と遠慮するの、自分の首を絞めるだけだと思うのね。 だって、その制度をうたっているんだから、それを利用することのどこが悪いの? ルール違反はだめだけど、規約の範囲内なら罪悪感を持つ必要はないと思うわ」 「……」 「もし、もしもね、それに対して裏でグチグチいうような園だったら、私はここに入れていないと思うの。それに、『本当は嫌なんだけどね』なんて言い出すくらいなら、最初から制度化しなきゃいいだけの話だと思わない?」 私は、ただ黙って上田さんの話を聞いていた。 園の門にさしかかったとき、上田さんは一呼吸おいて私と向き合った。 「ねえ、言いたくなかったら別に言わなくてもいいけど。もしかしたら園ママの誰かに“良妻賢母とは”みたいな感じの話をされた?」 私はぎくりとした。まさにカオルさんにその説教を繰り返し言われているところだったから。 「いえ、あの…。確かに、言われたこと、あります。でも、それがなにか……?」 「あなたが言われた『理想のママ』というものが苦しかったのなら、それはスルーしちゃっていいと思うのよ」 上田さんの凛とした、でもなぜだかもっと聞いていたくなる言い方に、わずかに心が動く。そんなふうに振る舞えたら、どんなにか楽だろう。 周りの声を気にするがゆえに、クモの糸が絡みついたように身動きが取れなくなっているいまの自分を思い、にわかに焦りを感じ始めた。 早くこの状況を抜け出さなければ……。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第7話」のお話 ≫ ママ友の逆鱗、夫の不穏な行動…心折れた私が頼ったのは \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年02月18日前回からのあらすじ 夫を見送りに行った先で偶然出会ったのは、幼なじみで友里がひそかに好意を寄せていたイナガキだった! その出会いに驚きながらも、自分が忘れようとしていたある思いに駆られていく友里。そしてイナガキからホテルに誘われる…。 「夫への不信感、そして昔好きだった彼とLINE交換で私は…」 ●登場人物● 立花友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒で、現在は人気デザイナー カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる 上田 :悠斗と同じ幼稚園に通うママで、うさぎ組のクラス委員長 ※このお話はフィクションです ■ママ友からの激しい糾弾! そのとき助けてくれたのは… イナガキ君との待ち合わせ当日の朝。 6時に起きてダイニングを覗くと、亮くんが飲んだと思しきコーヒーカップが置かれたままになっていた。 (え……早出なんて聞いてないよ) いつの間にか出勤していた亮くん。私のなかに言いようのない不安が広がっていく。 取り敢えず、悠斗だけはきちんと園に送り届けないと。そう思い、悠斗の前では普段どおりに振る舞った。 「じゃあね、ママ。行ってきま~す」 悠斗の無邪気な笑顔に心がチクリと痛みながら、踵を返す。 すると、いつの間にかカオルさんが背後に立っていた。これまで見たことがない、まさに頭から湯気が立っている…という表現がぴったりの顔つきで。 「お、おはようございます」 「…………」 カオルさんは無言で私を睨み、腕を掴むと、そのまま引っ張りながら歩き出す。 「え、え、なにこれなにこれ……?」 * 状況が飲み込めないまま、連れて行かれたのは近くの月極駐車場だった。 「あんた! あんな良いマンション住んでて招待しないってどういうことなのよ!!」 「え……!?」 「とぼけないで! この子がたまたま親戚の用事とかで近くを通りかかったら、悠斗と一緒に家に入ってくところ見たっていうんだから!!」 カオルさんのとなりには、バツの悪そうな顔をしてる園ママがふたり。そのうちの一人は私が一番最初にお茶会に招待されたママ、佐々木さんだった。 「あの、私、社宅だから無理って……?」 「だから何だって言うの? オンボロ官舎の佐々木さんにかぶせて言ってくるからうっかり騙されたじゃない! 社宅は社宅でも借り上げマンションじゃないのよ、この卑怯者!」 (どうしてここまで……あっ!!) とっさに、スーパーの生け垣でのことが思い浮かんだ。あのときから、私はこのふたりのどちらかにつけられていたのかもしれない…そう考えると急に悔しさと怒りがこみ上げてくる。 「あの、お言葉ですけど……」 私が言いかけた途端、誰かが駆け寄ってくる砂利の音が聞こえてきた。 「あー、いたいた。カオルさん、園長先生がちょっと話がしたいって言ってたから探しちゃった」 みんなが一斉に声の主を見ると、息を切らせた上田さんがいた。 「えぇっ……なんなの、もう!」 「私にもよくわからないけど、とにかくそういうことだから」 カオルさんはしぶしぶと園のほうに戻っていき、園ママたちもモヤモヤした表情でその場を離れた。 「……ありがとうございました」 私が礼を言うと、上田さんは「なんのこと?」と笑顔で言いながら立ち去った。 ■なつかしい彼の背中 嫌な気分を引きずったまま待ち合わせのホテルのロビーに着くと、イナガキ君とすぐさま目が合った。 「ごめんね、急に呼び出したりして」 「ううん、大丈夫だよ」 「そっか、じゃ、行こうか」 そう言って立ち上がるイナガキ君の顔を、つい見つめてしまう。 「……ん? まさか友里ちゃん、僕の部屋に一緒に行くなんて思ってる?」 そんなこと思ってもいなかったはずなのに、なぜだか心を見透かされたような気分になり、私は顔を真っ赤にしながら激しく首を横に振った。 「あはは、冗談だよ。昔からそっち方面の話に弱いよね~」 そう言いながらロビーを歩くイナガキ君の背中に、高校時代の思い出がよみがえる。 いつも、私はイナガキ君にからかわれてた。 軽口を叩かれ、ムキになって顔を赤くしながら怒ったりしてた。 だけど、どこか居心地がよかった。 ずっとこのままでいたいと思ってたけど、お互いに大学合格したのと同時にイナガキ君のご両親の離婚が決まり、よく遊びに行ってた家も取り壊されることになった。 壊されていく家を見ながら、涙を流していたイナガキ君。私はどうしていいかわからずに、ただ見守ることしかできなかった――。その背中を抱きしめたいと思いながら…。 ■「彼にすがりたい!」セルリアンブルーは背徳の色? 「セルリアンブルーだな、今日の空。季節が違うはずなのに、あのときの空の色に似てる気がするのは、友里ちゃんがいるからかな」 一足先にロビーを出たイナガキ君が、そうつぶやくので私も空を仰ぎ見る。青い空はどこまでも眩しく目がチカチカと痛くなった。 「お昼なんだけど、壁紙やナフキンなどに僕のテキスタイルを使ってくれてるレストランがあるからそこ行こう」 私たちはエントランスに横づけにされているタクシーに乗り込み、イナガキ君は運転手に行き先を告げた。 タクシーのなかは、少し寒さを感じるほどに冷房が効いていて、私は思わず「寒っ……」と身体を縮こませる。すると、 「はい、これ羽織りな」 ふわりとイナガキ君にジャケットを掛けられ、服についていたフローラル系の香りが鼻腔をくすぐった。 「イナガキ君、これいい匂い……」 「あ、気に入った? 先週出たばかりのフレグランスなんだけど、限定パッケージデザインを担当したんだ。ちょうど持ってきてたから後で戻ってきたときにあげるね」 「いいの? ありがとう」 タクシーは街道を進んでいく。すると、遠目にカオルさんとよく似た人が見えて思わず私は顔を伏せた。 「なにしてんの? 別に僕たちはやましいことをしてるわけじゃない」 「そうなんだけどね……」 「う~ん、なんかあるっぽいな。着いたら話してよ」 イナガキ君の優しい言葉に、つい私は涙腺が緩みそうになる。 (ダメだあぁ! ここで泣くのはよくないって!) それでも、最近降りかかってきたいろいろなことで心が折れかけている私は、つい彼の言葉にすがってしまいたくなっていた。 それが、どんな結果を招くのかも知らずに――。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第6回」のお話 ≫ 夫への不信感、そして昔好きだった彼とLINE交換で私は… \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年02月11日前回からのあらすじ 幼稚園のママ友からの執拗なダメ出しに疲れていく友里。さらに夫の亮のスマホには、意味深なメッセージが届く。心にわだかまりが残る中、夫に頼まれた封筒を届けに行った先で、懐かしい顔と再会するのだった! 「ママ友の執拗なダメ出し、夫への不穏な通知…心のわだかまりが解けない」 ●登場人物● 友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない マキ :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で気が合う カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友で、友里を配下に置こうと考えてる イナガキ :友里の幼なじみ。小学校~高校まで一緒だった ※このお話はフィクションです ■心に暗い感情がのしかかる中、再会したのは… 夫のスマホに届いた不穏なメッセージ。そして急に決まった出張。 何もかもが怪しく思えてしまう夫の行動を、結局私は何ひとつ問いただせないまま、出張に出かける夫を見送った私。 そのホームで偶然再会したのは、幼なじみで小学校から高校まで一緒だったイナガキ君だった。 「イナガキ君、久しぶり! 元気だった?」 「うん、相変わらず元気でやってるよ! 今日はどうしたの?」 私は、夫の忘れ物を届けに行って、ついでに見送りまでしてきたことを話した。 「そっか、いい奥さんしてるんだね。僕はまだ独身だからなー」 そう言って微笑むイナガキ君は、高校時代とまったく変わりのない笑顔だった。 「懐かしいなー。このままお茶でも誘いたいけど、あいにくアポイント入ってて。LINE交換しない?」 LINEを交換したイナガキ君は、颯爽とホームの階段を下りていった。 イナガキ君こと、イナガキアキラはいまもっとも注目を集めるイラストレーターだ。最近では、大ヒットゲームのキャラクターデザインを担当したり、お菓子のパッケージデザインを担当したりと活動は多岐にわたっている。 私とは、小学校と高校が一緒で、家も近所だったことからよく互いの家に遊びに行っていた。イナガキ君のお母さんがつくる餃子がとても美味しかったのを覚えている。 そして私は、あの頃ずっとそっとだけどイナガキ君を見つめ続けていたんだった…。それはもしかしたらイナガキ君も………? (でも……イナガキ君の実家、もうないんだよね) * 亮が出張から戻る日。悠斗と二人で餃子を作った。 「おにくこねこね、たのしいー!」 悠斗のその言葉に、ちょっぴり昔のことを思い出す。イナガキ君のお母さんの前で餃子のひだを作ったこと、うまくできなくて泣いちゃったこと、顔じゅうがオイスターソースだらけになっちゃったこと。 全部が愛おしく、懐かしい時間だ。 「ママー、これでいいの?」 悠斗が私のほうを見上げながら、慣れない手つきで餃子を包んでいく。ちょっと不格好な餃子だけど、焼いてみればたぶん世界でいちばん美味しいはず。餃子は、出張から戻ってきた亮にも食べてもらった。悠斗が包んだことを話すと、とても喜んでくれた。 おなかも心も何となく満たされて、眠りに就こうとすると、またLINEが鳴った。カオルさんグループからだ。 『明日、久々にお茶会するよー。場所はまだ未定だけど、みんな集まってねー』 慌てる気配が漏れてくるほど、「わかりました」メッセージが一斉に届く。私も、何とか遅れないように通知することができて、少しだけ安堵する。 ■恐怖のママ友お茶会は順番制!? 幼稚園に着くと、カオルさんたちが待ち構えていた。場所は一番初めにお茶会をやったママさんのところになったらしい。 「ペンキ塗り、終わったからまたみんなをお招きできます」 彼女は引きつり笑いでそう言った。 道すがら、カオルさんが何か思い出したような顔をしながら、私とマキちゃんに向かって言い出した。 「ねえ、1回もあんたたちの家に行ったことないんだけど、いつなら行かせてくれるの?」 私とマキちゃんは顔を見合わせる。 「うち、実は官舎に住んでるんです。ちょっと古い建物で、とてもじゃないけど人をお招きできるようなところじゃなくて……」 「へー。官舎ってことは旦那さん公務員なんだー。佐々木さん、しっかりしてそうだもんね。で、あんたは?」 話を振られて私はしどろもどろになりながら社宅であることを伝えた。 「そっかー。なかなか厳しいんだね、悪かったよ」 私とマキちゃんは、顔を見合わせた――。 その日のお茶会はお昼で解散になり、マキちゃんがそっと私に耳打ちした。 「これから、私の家に来ない?」 ■前に進み始めるママ友。私の手放した糸の先は… 招きに応じてマキちゃんの家に行くと、マキちゃんは私に手作りクッキーとオーガニックの紅茶を出して、それぞれの味の感想を求めた。 「このクッキー美味しい! もしかして、野菜スイーツ?」 「その通り。じつは、野菜スイーツを作り出したのには理由があるのね」 マキちゃんの告白はとても衝撃的だった。 ひまりちゃんの偏食にずいぶん悩まされてきて、時に手を上げたくなるほどつらかったこと。もともと料理は好きだったけど、ひまりちゃんに食べてもらいたくて一から勉強しなおしたこと。その過程で本当に子どもにとってふさわしいご飯やおやつを作りたくなったこと。管理栄養士になろうと思ったけれど、国家試験に通ってもなかなか就労が厳しい現実を知ったので、それならいっそ自分で店を開いてみたいと思うようになったこと。 「だからね、今年の夏休みは間借りカフェに挑戦しようと思うんだ。じつはもう、借りる店も決まってるの」 そう言うマキちゃんの笑顔は晴れやかで、どこか一本、芯が通っている感じがした。 (はぁ……私、最近なにやってるんだろう) 夜、窓の外を見ながらなんとも言えないやるせない感覚に見舞われる。 服作りを諦めて一般企業に就職を決めたときから、私は現実だけを見て生きていこうと決めた。あのころ、夢なんて見なくてもいいと平静を装っていたけれど、いまのイナガキ君やマキちゃんを見ていると、夢や目標がどれだけ人にとって必要なものなのか思い知らされる。 イナガキ君がデザインした商品を目の前にするたびに甘酸っぱい気持ちとともに、もうひとつ隠し続けている想いが心の奥底でうごめくような気がするのだ…。 手放した糸の先には確かに大きな夢がついていた。 そして…またLINEの通知音が鳴る。 ため息をつきながら見ると、イナガキ君からだった。 『急だけど、明日ちょっと付き合ってくれない? 11時30分に○△ホテルでどうかな?』 ……え? いきなりどうしたんだろう? そしてホテル? イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第5話」のお話 ≫ ママ友の執拗なダメ出し、夫への不穏な通知…もしかして不倫?! \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年02月04日前回からのあらすじ 幼稚園のママ友に誘われたお茶会は家チェックの場だった! さらにクラス委員長からの提案がさらなるLINE通知を加速していく…。そんなある日、幼稚園を休んだ友里は買い物中、背後に気配を感じるが…。 「幼稚園ママの詮索についていけない…夫があきれるママ友つきあい」 ●登場人物● 友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友。 ※このお話はフィクションです ■もしかしたら外出先をチェックされていた!? 家に帰ってひと息ついていると、カオルさんからグループLINEのほうにメッセージが来ていることに気がついた。 『今日、幼稚園休んだんだって? 朝見かけなかったから心配になったけど、なんかあった?』 予防接種のことは園に伝えてあるから別に問題ないはず。そう思ってありのままを伝えてみた。そうしたら…。 『あのさー、幼稚園とはいえ学校なんだよ。自分の都合で休んじゃダメだよ。土曜日混むからとかどうせそんな理由で平日に予約入れたんだろうけど、それは我慢しなきゃ』 私はドキッとした。 『そうですよ。先生だって内心快く思ってないかもしれないですよね。それに、帰りに買い物なんてしてたらあんまりいい気持ちしてないと思いますよ』 そう追い打ちをかけてきたのは、先日のお茶会で突然お邪魔させてもらったママさん。 たしかに、そう言わればそうかもしれない。 先生は、いいですよなんて言っていたけれど、あからさまに反対できる理由でもない。私は、グループLINEのなかで、以後気をつけますと送信した。 翌朝、またいつものように悠斗を幼稚園に送り届けると、カオルさんが背後から話しかけてきた。 「ちょっとあんたに話したいことがあるんだよね。いろいろ問題が起きないうちに伝えた方がいいって思ってさ。立ち話になるけどいい?」 少しならと言って、カオルさんに連れられた公園には、マキちゃん以外のこの間のお茶会メンバーがそろっていた。 「あんたさ、建前と本音の区別、ついてる?」 カオルさんに指摘され、私は口ごもってしまった。たしかに、相手の言葉を額面通りに受け止めてしまうところはある。短絡的な思考を自覚しつつも、苦手なところに目を背けている部分はあった。 「幼稚園としては、『親の都合で休んでも構わない』って言ってるけど、それは建前でしょう? 本音では、休んでくれるなってこと。そんなことも理解できないの?」 私はいくつもの冷たい視線に晒され、何も反論できないまま、ただただカオルさんから幼稚園で過ごす上でのルールや「母親とは」という理想論にうなづくしかできなかった。 結局、解放されたのは迎えの時間ぎりぎり……。 こんなことがあってからというもの、私は次第に周りの顔色をうかがうようになってしまった。 そうして、フルに幼稚園に預ける日々が始まったけれど、何かしら理由をつけられ、カオルさんたちに呼び出されては愛想笑いでダメ出しを受けるなんてことを繰り返すようになっていった。 ■夫のスマホに現れた不穏なメッセージ ある日の夜。 悠斗を寝かしつけたあと、缶チューハイ片手に亮の帰りを待っていた。 (ここのところ、ちょっと帰り遅いよね……どうしたんだろ) と、思っていたらちょうどよく玄関のドアが開いた。 「ただいま~。今日は飯食ってきたからいらない。お風呂沸いてる?」 そう言って、亮はスマホを無造作にテーブルの上に置くと、そそくさとお風呂に入っていく。 (ごはん食べてくるならそう言ってくれればいいのに……) 用意してある食事を片づけようと席を立った途端、亮のスマホの画面が光った。 『先輩、今日はお食事ご一緒できてよかったです☆また今度……』 (なんなの……これ? 、もしかして……) 動揺しているところに、亮がお風呂から上がってきた。 「ねえ、ビール出してくれない?」 私は、いま見たことを切り出すわけにいかず、悶々とした気分が拭えない。 ■夫と入れ替わりに目の前に現れたのは… ――朝起きると、亮がベッドにいなかった。 あれ? と思い、リビングのカレンダーを見ると「大阪出張」と書かれてある。 (昨日まで書かれてなかったのに……) 悶々とした気分のまま、私は悠斗を幼稚園に送り届ける。 悠斗は「あのね、きょうもひまりちゃんとあそぶんだよ~」と、上機嫌。 「そっか~、よかったね」と私は話を合わせるけど、心のなかはまるで、ポケットに入れたまま洗濯してしまったハンカチみたいにぐちゃぐちゃだ。アイロンを使ってもどうしてもこのしわは消えそうにない。 カオルさんと目が合う。 彼女が満面の笑みで近づき、まさに口を開こうとした瞬間、私のスマホが鳴った。 慌てて電話を取ると、亮からだった。 「ごめーん、悠斗送って行ったばかりだと思うんだけど、リビングに封筒忘れたんだ。今日、大阪出張で使うやつなんだよね。あと1時間は駅で待てるから、悪いけど届けてくれない?」 私はあいさつもそこそこに慌てて自転車に乗り自宅へ戻った。 駅の新幹線口には、亮が困った表情を浮かべて立っていた。 「ごめん、遅くなって」 私は亮に封筒を手渡す。 「助かったぁ……ありがと。それじゃ」 と亮があっさりと封筒を受け取りホームに行こうとしたので、慌てて私も入場券を買って新幹線を待つことにした。だって昨日のことをまだ聞き出せていないから……。 春の空気は、まだまだ冷たいときがある。のぞみが通過するたびに、びゅううっと風が吹いて、薄手の服ではまだまだ鳥肌が立ちそうだ。 しかも、そのたびに話は遮られ、何を話せばいいのかわからなくなる。 「なんだよ、友里」 「……」 亮が乗るひかりが着いた。 ドアが開くと、次々と人が下りてくる。 「じゃ、見送りありがと。行ってくるね」と言いながら亮が乗り込むとき、鮮やかな色彩の服に身を包み、柔らかなフローラルの香りをまとった男の人とすれ違う。 そして、新幹線は、発車ベルとともにホームを離れた。 「行っちゃった」 私が、踵を返したそのとき、さっきすれ違った男の人と目が合った。 「……あれ? ねえ、友里ちゃんだよね!!」 その言葉に思わず私は立ち止まって、彼の顔を見た。 まじまじと見ると、急に懐かしさが込み上げる。 「あ……もしかして、イナガキ君? 久しぶり」 ――小学校6年間、高校3年間をともに過ごした友だちと、こんなタイミングで再会するなんて思ってもみなかった。 込み上げる思いを抑えつつ、しばらく心地良い会話を交わした。まだ春のはずなのに、 どうしてだか澄み切ったセルリアンブルーの青空が広がったような気がした。あの日、たしかにすぐ隣にあった青い糸で結んだ絆を密かに感じながら。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第4話」のお話 ≫ 幼稚園ママの詮索についていけない…夫があきれるママ友つきあい \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年01月21日前回からのあらすじ 幼稚園の保護者会で感じた、ある違和感。その不安は、ある幼稚園ママに誘われたお茶会でさらに膨らんでいく…。 「ママ友とのLINE交換が闇に落ちる始まり!切れない糸に巻き付かれていく」 ●登場人物● 友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない マキ :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友 カオル :悠斗と同じ幼稚園に通うママ友 ※このお話はフィクションです ■ママ友とのお茶会の行方 結局、その日のお茶会は1時間も経たないうちに解散になった。 みんな一緒に家を出て、まとまって幼稚園に子どもを引き取りに行くけれど、上機嫌なのはカオルさんだけ。 マキちゃんも口を開かないし、もちろん私も話をしたくない気分。 お邪魔させてもらった家は、同じうざぎ組のママさんの家だった。何もわからず連れてこられてしまったが、その人は今日のお茶会のためにカオルさんから準備をするように言われ、用意して私たちを待っていたらしい。 そのママさんは、カオルさんに部屋の中をジロジロ見られていろいろと詮索されて、かわいそうになるくらいだった。 これが独身のころの付き合いだったらカオルさんに対して怒ってるところだけど、声を荒げて肝心の子どもの関係がこじれたらと思うと何もできなくなってしまう。 (こんなこと、いつまで続くんだろう……) * 夜、夕食の支度をしているとマキちゃんからLINEが入ってきた。 『友里ちゃん、こんばんは。お疲れさま。 あれから、今日お邪魔した人のところにLINE打ってみたのね。 すごく大変だったんじゃないかなって。 そうしたら、“あれくらいのことは全然平気です。タンスの中身を見られたわけじゃないし、本棚の本が増えたのと、テレビと冷蔵庫を買い替えたのを気づかれただけだから。 なので、佐々木さんも気にしないでくださいね”って返事来たけど、やっぱり大変だと思うんだよね。この童話はつまんなかったとか、DVD買うならCATV加入した方がいいとか言われちゃうとか』 (マキちゃん、今日のママさんに労いのメッセージ送ったんだ……気が利くよね……) そう思いながら、私は“大変だよね”と送信した。 次になに言おうかと言葉の糸を探っていると、横から転がる毛糸玉みたいな勢いでクラスLINEの通知が来た。 『お疲れ様です。上田です。今日、一部の保護者の方からとあるお方のお宅にお邪魔したという話を聞きました。 子どもを園に送り届けたあと、引き取りまでの間、皆さんがどんなことをなさっているか私としても詮索するつもりはありません。 しかし、一部の方に過重な負担がかかるような行為を確認した以上、私としても放置するわけにいきません。 今後は、そのようなことは慎んでいただけると幸いです。どうぞよろしくお願いいたします』 (これ……今日のことだよね。誰かが教えたのかな) 上田さんがこうやって釘を刺してきた以上、明日以降は目立つ行動はとれなくなる。 ホッと胸をなでおろした次の瞬間。またしてもLINEの通知音が鳴った。 ため息をひとついたところで、通知音よりはるかにけたたましい声がした。 「ママぁ、おなかすいたぁ!!」 ■LINE通知音が鳴りやまない 食事が終わって悠斗を寝かしつけ、改めてLINEを見て見ると今日行ったお茶会メンバーでグループが組まれているのに気がついた。 「今日のこと上田さんに言った人、誰?」 口調から怒っているのがありありとわかるカオルさんからのメッセージ。 それに対してやってないですとメンバーからのレスが続く。 私も、やってないものはやってないのでありのままを返信した。すると、また通知音が。 「もう、今日だけでいったい何通やりとりしてるんだろ……」 と思ったら亮からのカエルのスタンプだった。 ■夫に理解されないママ友つきあい 帰ってきた亮に、今日の顛末を話そうとしたけれど、話なんてできる雰囲気じゃないくらい疲れてる様子だった。 「どうしたの?」と声を掛けても、不機嫌そうな声で「なんでもないよ」と返される。 そっかと呟いて、私は軽めの夕飯を出したのだけど、「主婦って楽だよなぁ。家事して子どもの面倒見てるだけで一日終わるんだもんなぁ」 なんて急に言われてついカチンと来てしまった私は、「結構、人間関係大変なんだよ」と返してしまった。すると、亮はテレビのスイッチを入れながら、 「どうせ、幼稚園の保護者関係なんでしょ。ニコニコ笑って心であっかんべしてればいいのに」 それが出来れば苦労はしないよと言い返そうと思ったけど、やめた。 どうしてだろう…。これまでお気に入りだった洋服のはずがチクチクするような不快な感情がこみ上げてくる。 * 朝起きて気がついたら、ほうぼうからのLINE通知が合わせて10件以上も入っていた。開こうかと思ったけれど、今日はこれから園を休んで予防接種を受けに行くことになっているので帰ってきてからにしようと思いなおした。 (こういう時、個別接種って楽だよね…誰にも会わなくていいし) 悠斗を自転車に乗せた病院の帰りに、ちょっと買い物して帰ろうと近くのスーパーに立ち寄った。すると……。 なんとなく物陰から視線を感じる。誰かいるのかなと思い振り返っても知ってる人は誰もいない。 気を取り直して、私は自転車で坂道を駆け上がった。 このとき、もっとちゃんと後ろを確認していれば、少しでも歩くなりしゃがむなりして視点を変えて見ておけば、あんなことにはならなかったのに…。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第3話」のお話 ≫ ママ友とのLINE交換が闇に落ちる始まり!切れない糸に巻き付かれていく \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年01月14日前回からのあらすじ 入園式のスーツを買いに行った友里は、自分の体型の変化に愕然とする。そうして亮との夜の生活がないことに悩むのだが…。そんな日々の中、息子の悠斗の入園式の日がやってきた。そこで同じクラスとなるママたちに会ったのだが…。 「夫に相手にされていない?私たち、かけちがえたボタンみたい」 ●登場人物● 友里 :都会で就職し結婚したが、夫・亮の転勤で地元の街に戻ってくる 亮 :友里の夫。友里から告白してつきあうように。息子の悠斗を妊娠して以来、夜の生活がない ※このお話はフィクションです ■幼稚園のクラス会で覚えた違和感 入園式から数週間は午前保育の日が続いた。子どもたちの身体測定をしてすぐ終了だったり、1時間ほど園で過ごして降園になったりとなかなか妙にあわただしい。 そんな中、家の方向が一緒のひまりちゃん親子とはすっかり打ち解けていた。 「あの、ひまりちゃんママ。ひまりちゃんママってちょっと言いづらいので、名前で呼んでも大丈夫?」 「うん、いいよ。こっちも名前で呼ばせてもらうね」 こうして、ひまりちゃんのママことマキちゃんは、私の中でのママ友第一号になった。 そして、悠斗にとってもひまりちゃんはガールフレンド第一号。一緒にブランコで遊んだり、砂場あそびをする姿は、本当にほほえましく思える。 * ある日、クラス役員決めが行われるとあって、保護者全員がホールに集められた。 「役員決めなんて緊張するね…くじ引きだったらどうしよう」 マキちゃんのつぶやきに周りのママたちもうなずいていた。 「あ、園長先生来た」 ざわついていたホールはしんと静まり返る。 役員決めは、意外すぎるほどスムーズだった。というのも、事前に園長先生による根回しがあり、前年度にPTA会長を務めた上田さんという人がクラス委員長を引き受ける方向で話が進んでいたからだ。 だけど…。承認の拍手を求めるときに、ふたりほどしなかった人がいるのが見えた。そのうちのひとりでちょっとメイクの濃い人が、上田さんのことをあからさまに睨みつけているのがわかる。 (え? 何があったんだろう…) 園長先生に促され、上田さんがみんなの前であいさつをする。 「上田樹の母、上田葉子です。この度、うさぎ組のクラス役員を務めることになりました。一年間、精一杯頑張りますので、みなさんもご協力のほどよろしくお願いいたします」 先生の話などが一通り終わったあとで、上田さんの提案でみんなが集められた。 「ここ数年連絡網による連絡が途中で止まってしまい、緊急の連絡が最後まで行き届かないことが発生しています。そこで、今年は試験的にクラスごとにグループLINEでの連絡を行うことにしましたのでご協力お願いします」 こうして、うさぎ組グループLINEが作られることになり、みんながそれぞれ連絡先を交換することになったのだけど…。 「あんた、見かけない顔だよね。この辺に住んでるわけじゃないでしょ?」 そう声を掛けてきたのは、さっき承認の拍手をしなかった人のひとりだった。 「エダカオルっていうの。よかったらあたしとLINE交換しない?」 私には、断る理由がなかった……。 そして、私にとってショッキングな事実が判明する。 入園式のとき、バッグをめぐってこぜり合いになった子は、カオルさんの息子くんであることがわかったのだ。 (なんだろ、切れない糸に巻きつけられたようなこの嫌な予感…) ■幼稚園のママ友に誘われたお茶会!? ようやく幼稚園に送り届けたあと11時に降園するまでの間親が園内にいなくてもよくなったのでなんとなく手持ち無沙汰みたいな感じになった。 「どうする? 一旦家に帰る?」 マキちゃんにそう聞かれてどうしようか悩んでいると、後ろから声を掛けられた。 カオルさんだった。カオルさんは、これまでよりも濃い口紅をつけていた。 「あのさー、今からお茶会しようと思ってんだけどさー、暇だよね?」 ものすごく圧を感じながら私とマキちゃんは思わず頷く。カオルさんはこの他にも数人に声をかけて、結局あわせて4人ほどで行くことになった。 「あの、カオルさんのうちではないんですか?」 おそるおそる、マキちゃんが尋ねる。 「え? あたしんちに呼ぶわけないじゃない! こっから遠いんだしさ」 いきなり行って大丈夫な人っているんだろうか? お茶菓子とか持っていかないとまずいんじゃないの? そんなことが頭をぐるぐるし始めたのもつかの間、カオルさんがここだよと指さした。 それは、ごくごく普通のアパートの2階部分。大勢で押しかけたらいろいろ申し訳ないことになるんじゃないかと思い、なんとか帰れる方法を探ってみたものの…結局押し切られてしまった。 カオルさんと一緒にお茶会の会場とされた人の部屋の中に入る。すると、カオルさんはお邪魔しますの一言もなしに居間に入り、見渡すと、 「うん、あんた掃除頑張ってるじゃん。えらいね」 掃除頑張ってるってなに? えらいねってなに? 今から何が起こるの…!? イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく 前回「第2話」のお話 ≫ ママ友とのLINE交換が闇に落ちる始まり!切れない糸に巻き付かれていく \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2020年01月07日前回からのあらすじ アパレル業界への就職を望むも夢をかなえられなかった友里。就職した会社で出会った亮と結婚し、子どもを産むが、転勤により自分の地元に戻ることに…。変わってしまった地元、そして何より亮の態度が冷たくなり始めた…。 「夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく」 ※このお話はフィクションです ■夫の姿にドキっとする私 亮は年度末ということもあって残業続き。おはようくらいしか会話をしない日が続いた。 (もう少しで入園式なんだけど、亮くんちゃんと来てくれるのかな) そう思いながらはたと気づいた。私、入園式に着ていくスーツ、持ってなかったんだ。 (どうしよう……) 「ただいま~」 亮がリビングに入ってきた。私は幼稚園に出す書類を書きつつうたた寝してしまったらしい。 「おかえり、ごはんの支度するね。遅いからお茶漬けでいい?」 亮はうなずきながらお風呂場に向かっていった。 ……5分ほどして亮がお風呂から上がってくる。亮は上裸、長めのスウェットパンツで出てきた。出会った頃と変わらず、筋肉質な身体だ。 「友里、なに見てるんだ?」 私は気恥ずかしくなりながら熱々のお茶漬けを差し出した。 「あのね、亮くん。私、気がついたことあるんだけど……」 「なに?」 「入園式に着ていくスーツ、ないの」 「え? 友里スーツ3着ほど持ってたよね、あれじゃだめなの?」 「うん。だめなの」 私は、亮に入園式用スーツの画像を見せた。 「確かにこういうのは持ってないのはわかるけど……うーん。友里、持ってるものでなんとかならない?」 持ってるものでなんとかなるなら、こうやってわざわざ相談なんかしない。セレモニー用のスーツはノーカラージャケットが定番なのを、どうしてもわかってもらいたかった。 結局、亮がしぶしぶOKしてくれたので、私は週末にスーツを買いにひとりで出かけることになった。 それにしても、必要なもののお金を出し渋るようになったのは、私が働いていないせいなのかな…? * ■体形が変化した私、夫に相手にされない…? 「ママ、ぼくパパといっしょにおるすばんしてるね」 悠斗は、パパと一緒に遊べるとあってとても楽しそうだ。 私は、悠斗に手を振りながら家を出てバス停に向かった。ひとりでバスに乗るとき、ちょっと緊張した。ここのところずっと、自転車か車だったから路線バスというのがちょっと新鮮だった。 ショッピングモールにやってきた。ひとりで買い物できるとあって、私はちょっぴり浮足立っていた。 さっそく、独身のときによく買ってたブランドで入園式用スーツを試着してみたものの……。 (え? 体重はほとんど変わってないはずなのにお腹周りが微妙にもたつく……! それに、なんだか脚がすっきり見えない……これって、子ども産んだから? なんかショック) いかがですか? と試着室の向こう側から聞かれても私はカーテンを開ける気にはなれなかった。仕方ないので店員さんに丁寧にお詫びを言って、少し年齢層の高いブランドの店に入ることにした。 (……これなら大丈夫、か。見た目よし、ウエストよし。値段は、予算通り。買う!) 帰る途中に、手織り糸の工房が目に入った。しなやかな色味の糸からごつごつした手紡ぎの糸まで壁一面に並んでいる。思わず足がドアの方に向かいそうになった自分を振り払うように、走ってバス停に向かった。 おやつと夕飯の材料を買って家に帰ると、父子はなかよくリビングでお昼寝をしていた。 部屋はおもちゃが散らばってて、足の踏み場もなかったけど、あどけなくそっくりなふたりの寝顔を見てたら怒る気にはなれなかった。 (かわいいなぁ、悠斗も、亮くんも) その日の夜。 私はお風呂場で自分の身体を鏡に写していた。 (こうしてまじまじと見ることなかったけど、私、やっぱり変わっちゃったな…。どうしよう、このままだと亮くんに相手にされない……!?) と、そこへ扉が開く音がして私は慌てて振り向いた。 「なにナルシストしてんの?」 亮にこう言われて、私は慌ててパジャマを羽織りボタンをかけようとしたけど、次の一言で完全にダメ出しを食らった気になった。 「お前、太ったな」 …。 しばらくしてパジャマのぼたんが掛け違っていることに気が付いた……。 * ■子どもの入園式で感じた違和感 迎えた入園式。 真新しい制服を着た悠斗と、買ったばかりのスーツを着た私。そして、シャツを新調したパパの3人は、幼稚園の方面に向かうバスに乗った。。 幼稚園は、歩いて20分バスで5分ほどのところにある『めぐみ幼稚園』というところ。 うきうきしながらバスの外を眺める悠斗に反するように、私の気持ちは若干落ち着かなかった。これから始まる園生活、親同士のかかわり合いとか先生方との関係の築き方とか、そっちに気を取られる私がいた。 「友里、なに浮かない顔してるの?」 不意に亮に訊ねられてもうまく答えられる気がしなかったから、笑ってごまかすしかなかった。 そうこうするうちに、バスが幼稚園の正門すぐ近くに着いた。 式が始まる前、親と子はそれぞれ違う教室で待機することになった。親が入場するまでの間、ふと窓のほうに目をやると、悠斗が私が作った登園バッグをとっても嬉しそうに持っているのが見える。 (よかった、あれ頑張って作って……ん? え? どういうこと!!) 悠斗のバッグをよその子が掴んで引っ張ろうとしてるのが目に飛び込んできた。先生がすぐに割って入ったから、取られるということはなかったけれど……。 (あれが幼稚園、いや、集団生活の洗礼かぁ) 私は、入園式のあいだ、ずっとその光景が頭から離れず、ありがたいはずの園長先生のお話やその他もろもろのことがすっぽり頭から抜け落ちてしまった……。 入園式が終わった帰りのバス停で、真新しい制服を着た女の子と真新しいスーツを着たママさんを見かけた。 (もしかして、同じクラスの子なのかな?) 私が話しかけようとする前に、悠斗が、「ひまりちゃんだー!」と駆け出した。 私と亮は、思わず目を見合わせる。 「わー、ゆうとくん! ゆうとくんもバスでかえるの?」 「うん! いっしょにかえろうね」 子どもはあっという間に友達になれる、そんな素直さがうらやましい。そんな気持ちでふとひまりちゃんのママの顔を見たら、ふんわりした笑顔を見せてくれた。 私はなんとなく、この人なら友達になれるかもしれないと思った。 しかし、私の幸せな気持ちは、すぐに打ち砕かれるのだった…。 イラスト・ ぺぷり 【わたしの糸をたぐりよせて】 連載 「第1話」から読む ≫ 夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2019年12月24日※このお話はフィクションです ■私がこれまで紡いできたもの ――201×年、三月。もう少しで桜が咲きそうな暖かい日の夜。 私は、もうすぐ幼稚園に入園する息子、悠斗の園グッズを手作りしていた。 「うわぁ~、ママってホントにすごいすごい~」 「すごいでしょ。ママ、こういうの得意なんだ」 悠斗は、目をキラキラさせながらできたての登園バッグを肩にかける。 そこへ、ピンポーンとオートロックのチャイムが鳴る。 「あ、パパだ! おかえり~」 いつの間にか、オートロックの開け方を覚えた悠斗がパパを迎え入れていた。 (もう、鍵持ってるんだから自分で開けたっていいじゃない) 私は心のなかでパパへの小さな不満をつぶやいた。 「友里、悠斗、ただいま」 「おかえりなさい。今、ちょっと手が離せないからテーブルの上のごはん、レンジであっためて食べてくれる?」 私はソーイングセットを片付けながらパパに呼びかける。 「えー、稼いできてくれる感謝はないわけ~」 着替えに寝室に引っ込んだ夫を悠斗が作ったばかりのバッグを見せたくて追いかける。 寝室から、父と子の会話がうっすら聞こえてくるけど、一向に出てこない。使ったばかりの糸をしまおうと、色とりどりの糸が詰まったボックスに手を伸ばすと、そこに鮮やかな セルリアンブルーの手織り糸 が目に入った。胸の奥でチクンと音が鳴った気がしたが、気が付かないふりをして、夫のために夕食を温めだした。 「あれ? 用意してくれたんだ。少しは気が利くじゃん」 「なにそれ亮くん」 私は反射的にそんな返事をしてしまう。 「バッグ見たよ。なかなかの力作じゃない。でもさぁ、もう手作りじゃなくてもいいんじゃないの? コストとか考えると既製品のほうが安いでしょ?? 」 「そうでもないよ。悠斗の好きな刺繍入れられるし、マチの大きさとか扱いやすさを考えると作ったほうが……」 「だいたい、女はいいよなぁ。家のことさえやってれば済まされるってフシがある上にここは友里の地元じゃん。うらやましいよ」 「えっ……!?」 「ごちそうさま、風呂入ってくる」 そういうと、パパ……もとい、亮くんはリビングを出てしまった。 何言ってるんだろ……私が仕事を辞めたの、元はと言えば亮のせいじゃない! 私は、そう言いたかったけど、言葉を飲み込んだ。 * ■結婚、妊娠、仕事…私の思い描いたデッサンは… ――私と亮は、同じ会社の先輩後輩という仲だった。 第一志望群のアパレル業界は全滅というありさまで、内定を勝ち取るためにはなりふりなんて構ってられなかった。そんな中、唯一採用通知が届いたのが地元でも有名な繊維メーカー。そして、集合研修をへて、配属になったのが亮のいる総務部だった。 先輩後輩という間柄から彼のおおらかさと筋肉質なところに惹かれて私から告白。25歳で結婚して、27歳で悠斗を出産。その後職場復帰の予定だったんだけど……。 一枚の転勤辞令で私は仕事を辞めることになった。転勤先に私の居場所を作ってもらえそうにないのは、今までの先輩たちを見ててよくわかってたから。 そうして戻ってきた地元。 たしかに出身の市には変わりないけど、実家からは車で45分以上かかるところ。それなのに、亮は私の地元への転勤が決まったことで、「良き夫」ステータスを手に入れたと思っている。 久々に帰った地元は、あぜ道だったところにはショッピングモールができ、ハワイで有名なハンバーグショップもオープン。人やモノの流れがガラリと変わり、まるで浦島太郎……いや、浦島マザーみたいな気分だった。 せめて働いていれば、会社への貢献は少なかったとしても社会の片隅に立っていられる小さな自信があったかもしれない。職場のママ同僚さんとLINEで上司の無理解を嘆きつつ、夫の愚痴を言って笑いあえたかもしれない。慌ただしい朝の食事や悠斗の準備に夫婦で追われながらも、夫婦で共働きの同士としてがんばるはずだったのに……。 * それなのに、今の私は……。 変わってしまった地元、知り合いもいない街……。 都会らしさをがんばって取り入れましたといわんばかりの新しいマンションに、私は悠斗とたった二人だけで閉じ込められたような気分がどうしても抜け落ちないでいる。 気晴らしに児童館に行ったところで、すでにグループができているところには入り込めなかったし、いろいろイベントを調べて行ってもその場限りで終了するからママ友なんて一切できなかった。 それでも、私は泣き言なんて言わなかった。亮に負担を掛けたくなかったから。それなのに……。 「主婦はいいよな、1日好きなことして過ごしてるんだろ?」 いつからだろう、亮がこんなふうになっちゃったの。私を見下すような言動が、いつの間にか増えた気がする。 これまで着心地よかったはずのシャツから少しずつ糸がほつれてきてしまったような感覚。 それに、 「あー、今日も疲れたから寝る。おやすみ」 私たちは、悠斗を妊娠してからというもの一度も夜に抱き合ったことがないのだ――。 イラスト・ ぺぷり \「うちのダメ夫」連載が動画に!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪
2019年12月17日