浦和レッズ所属の槙野選手は、広島県の広島市出身。ゆえに、お好み焼きや牡蠣料理、あなごめし、尾道ラーメンといったご当地グルメが次々と飛び出すかと思いきや、槙野選手から聞かれたのは意外な言葉だった。こだわりの「おしゃれ会」で見つけた、隠れた名店「昔から、おいしいご飯は大好きだったんですけど、食に関して興味を持つようになったのは、実は浦和レッズに加入してからなんですよ。いろんな方々と食事に行く機会が増えて、連れて行ってもらったり、自分でリサーチしたり。そうやって少しずつお気に入りのお店を増やしていきました」交友関係の広い槙野選手だから、何か月も予約が取れないような高級店にスポーツ選手や芸能人と足を運ぶことも少なくないが、今回どうしても紹介したいのは、リーズナブルな鮨屋だという。外食への並々ならぬこだわりを語る槙野選手「正直、高いお金を払えば、おいしいものは食べられる。でも、若い頃を思い出すと、回転寿司をバクバク食べて、それで幸せだった。じゃあ、今、回転していないお鮨屋さんで、手頃な値段だけど、めちゃくちゃおいしいお店ってないんだろうかと。そうしたら、あったんです!」京王井の頭線の新代田駅から笹塚方面に歩いて3分、環状七号線沿いにひっそりと佇むお店それは、東京の新代田にある、知る人ぞ知る名店だ。「地元の方々に長く愛されてきた【玄鮨】というお店で、食べるというより、飲みながら、つまむようなお鮨屋さん。めちゃめちゃおいしいんですけど、値段も手頃で。たらふく食べたのに、『え、それでいいんですか?』という料金を提示されて。『もっと払いますよ』と言っても、『いえいえ。ぜひ、また来てください』って」店主の亀谷玄雅さんは独学で修行した鮨職人。季節に合わせた旬のネタ選びとその捌き方、シャリに至るまでこだわりは深い食べることに興味をもってからは鮨屋に足を運ぶことが多いという。「日本人ならやっぱりお鮨だろうって、鮨屋巡りはよくしていますね。なかでも赤身が大好物です。たまりません(笑)」赤身漬け、中トロ、大トロ、トロ炙りが堪能できる『マグロづくし四貫』1,650円(税込)実は、このお店には浦和レッズのチームメイトである柏木陽介選手と、お互いの妻を連れて訪れたという。「陽介とは去年から月1回、おめかしして家族ぐるみで食事に出かける『おしゃれ会』というのを開催しているんです。今月は俺の番、来月は陽介の番っていう感じで、それぞれがリサーチして、プレゼンして、よし、そこに行こうって」店内はカウンター8席、4人がけのテーブルが1卓、奥に座敷がある中学校からの戦友、柏木選手との絆。正反対だからこそ、ウマが合うふたりは高校時代から切磋琢磨する盟友である。サンフレッチェ広島のジュニアユースに所属していた槙野選手はユースへと昇格する。一方、兵庫県で生まれ育った柏木選手が高校進学とともに広島ユースに加入することになり、ふたりは出会った。その後、ふたりは2006年に広島のトップチームへ昇格。08年12月に柏木選手が浦和レッズへ移籍すると、11年1月には槙野選手がドイツの名門、1FCケルンに移籍する。そして、12年1月に槙野選手が浦和レッズに加入したことで、ふたりは再びチームメイトになった。「月日を重ねれば付き合う人も変わってくるものだけど、陽介とはなんだかんだで一緒にいることが多いですね。大事なところでの付き合いは変わらない」プロ入り前から同じ道を歩んできた好対照なふたり。苦楽を共にしてきたからこそ根っこの部分は繋がっている©URAWA REDSディフェンダーの槙野と、ゲームメーカーの柏木。超ポジティブな槙野と、どちらかと言えばネガティブな柏木。ポジションも性格も正反対なふたりだが、だからこそ、ウマが合うのではないか、と槙野は言う。「最初会ったとき、めちゃめちゃ上手いなって思ったんですけど、陽介は『家に帰りたい』『辞めたい』ってウジウジしていて。だから、僕は怒ったんです。『俺は日本一を目指すやつ、プロになりたいやつと一緒にサッカーがしたい。泣き言ばかり言うなら、荷物まとめて帰れ』って。そうしたら、何年も経ったあと、陽介が雑誌のインタビューで、『あれで目が覚めた』と話していて。ああ、俺の言葉がターニングポイントになったのかなと(笑)」時折冗談を交えながらも食についてのエピソードは尽きることがないドイツに渡った11年、思うように出場機会を得られなかった時期に、最も連絡を取り合っていたのも、柏木だった。「けっこう相談していましたね。『全然出てないな』って言われたり、陽介も浦和で苦しんでいたから、『お前こそ、出てないな』って言い返したりして(笑)。浦和に加入することが決まったときも、真っ先に報告しました。『また、お前と一緒にやるのかよ』って言われましたけど(笑)」Jリーグ随一の“熱い”サポーターでお馴染みの浦和レッズ。米Fox Sportsが選ぶ「世界の熱狂的なサポーター5選」にもリバプールやバルセロナといった錚々たる顔触れと共に選出されている©URAWA REDSこうして槙野は12年1月にJリーグに復帰するのだが、1年を過ごしたドイツ時代にも、忘れられないお店があるという。「それもお鮨なんですけど、ケルンにあった【桃太郎】というお店。ドイツ時代、僕が試合に出られず悩んでいたときに、大将が『これを食って元気出せ』と振る舞ってくれて。あのとき食べた赤身の味は今も忘れられないですね」雄大なライン川の対岸に高くそびえるケルン大聖堂当時、香川真司選手、内田篤人選手、乾貴士選手ら10人を超える日本人選手がドイツでプレーしており、隣国オランダのクラブにも吉田麻也選手、カレン・ロバート選手、安田理大選手が在籍していた。彼らがケルンまで遊びに来たとき、集合するのもこのお店だった。ヨーロッパで活躍する日本人サッカー選手たちがこぞって愛した日本食レストラン(本人提供写真)だが、心の拠り所になっていた【桃太郎】との別れのときが、ついにやってくる。「ケルンで1年やってきたけど、なかなか試合に出られなくて、移籍しなければならない。しかも、移籍先はドイツじゃなくて、日本になるかもしれない……。そんなことを店長に伝えたら、やっぱり、いつもどおり『これでも食え』って。それを食べていたら、なんか悔しさ、寂しさがこみ上げてきて、泣いてしまって……。他の客に泣いているのを見られないように、顔を隠しながら食べました」ドイツ時代に心の支えとなった店主の内藤良次さんと(本人提供写真)そんな槙野選手も若い頃と比べ、外食の機会は減った。18年1月に女優の高梨臨さんと結婚したからだ。今は臨さんの手料理が何よりの楽しみだという。「どれも全部おいしいんですよねえ。その中でもお気に入りの一品ですか?パイ包みのビーフシチューですかね。あれは本当に絶品でしたね」今シーズン、浦和レッズが掲げる目標はアジアチャンピオンズリーグ出場と得失点差プラス2ケタ以上。実現のためには槙野選手の力は欠かすことができない ©URAWA REDS18年6月には日本代表としてロシア・ワールドカップに出場。19年にはAFC(アジアサッカー連盟)年間最優秀選手の候補にもノミネートされ、日本を代表するDFとなった。新システム・新戦術を取り入れた今季の浦和レッズでは、激しいレギュラー争いを繰り広げているが、簡単にポジションを譲るつもりはない。今季も魂のこもった熱いプレーでスタジアムを沸かせてくれるに違いない。7/23(木)には、後半・槙野選手がオススメする行きつけ店を公開予定。プロフィール槙野智章(まきのともあき)1987年5月11日生まれ、広島県広島市西区出身。Jリーグで活躍する元日本代表ディフェンダー。サンフレッチェ広島ジュニアユース,サンフレッチェ広島ユースを経て、2006年サンフレッチェ広島に入団。サンフレッチェ広島のトップチームで5年間プレー、11年ドイツの1FCケルンへ移籍する。12年に浦和レッズへ移籍し、今年で9シーズン目を迎える。撮影/原 務~槙野智章の心に残る、競技人生を支えた味~玄鮨【エリア】下北沢【ジャンル】鮨・寿司【ランチ平均予算】~【ディナー平均予算】6000円 ~ 7999円【Momotaro 桃太郎】電話:0221 2571432住所:Benesisstr.56,50672,Köln営業時間:ランチ 12:30~15:00、ディナー 18:30~23:00定休日:日・祝日、※月曜はディナーのみ休み
2020年07月02日「付き合って1年半、こんなに大きなケンカは初めてだったみたいで、2人の友だちはみんなハラハラしていましたよ」(共通の知人) 昨年9月、スポーツ紙で「熱愛」を大きく報じられた、高梨臨(28)。“真剣交際”のお相手は、サッカー日本代表の槙野智章(29)だった。高梨といえば、14年の朝ドラ『花子とアン』でヒロインの友人・醍醐亜矢子役を演じたことで大ブレーク。対する槙野も、浦和レッズで活躍する人気選手で、“Jリーグきってのモテ男”。まさに朝ドラ、いや少女マンガのような“美男美女カップル”と騒がれたのだが――。 「臨ちゃんは、槙野選手と付き合った当初から、栄養バランスを考えた手料理を作ってあげたりと献身的でした。槙野選手も、彼女のそんな家庭的なところに惹かれたんです」(高梨の知人) 恋に燃え上がる2人は、仕事も絶好調。高梨は、この4月からは主演ドラマ「恋がヘタでも生きてます」(日本テレビ系)も始まるところ。槙野も、所属する浦和レッズがアジアチャンピオンズリーグに進出し、練習と試合で文字どおり休む暇もない日々。2人はなかなか会う時間も作れなくて――。 「やっぱりそうなると、行き違ちゃったりするじゃないですか。臨ちゃんが『なんでこんなに会えないの?女の子と遊んだりしてるんでしょ!』なんて、思ってもないことを言っちゃって、槙野さんが怒ったこともあったそうです」(前出・高梨の知人) そして最近ひさしぶりに会えた2人は、ささいな言葉のやりとりから大ゲンカに――。 「槙野さんが『いつか家を建てたいんだ』なんて話を、何の気なしにしたんです。でもお互い忙しさゆえのすれ違いの連続で、イライラが溜まっていたんでしょうね。臨ちゃんが『だったら、キッチンをこうしようよ』『こんな部屋がほしいね』なんて、軽い気持ちで話を合わせたら、槙野さんはちょっとカチンときたみたいで……。“嫁気取り”に思えてムカッとしちゃったんですかね(苦笑)」(槙野の知人) これが“付き合って初めて”という大げんかに発展してしまったのだ。海外試合を終えて、羽田空港に帰国した槙野を直撃した。 ――高梨臨さんと家の間取りのことで大げんかされたと。「えっ!?(苦笑)あはは……」――お二人の仲が大丈夫かと心配になりまして。「いやいや、普通にやっとりますよ。相手があることですから、僕がここでどうこう言うのもおかしな話なので。では失礼します」そう言うと記者に律儀に頭を下げて空港を出て行った。 「先日、2人で会ってちゃんと話し合い、仲直りできたそうです。槙野さんは、真剣に付き合ってるということも彼女に伝えたそうですよ」(前出・槙野の知人) 雨降って地固まるとなったようだ――。
2017年03月21日2年前のAFCアジアチャンピオンズリーグ、決勝トーナメント1回戦の試合(筆者撮影)4月7日、Jリーグの強豪・ガンバ大阪がタイへやってきた。クラブチームのアジア王者を決めるAFCアジアチャンピオンズリーグを戦うためだ。迎え撃ったタイの王者・ブリーラム・ユナイテッドは、 (さらに…)2014 AUTOBACS SUPER GT Round7 BURIRAM UNITED SUPER GT RACE ©GTAそんなブリーラム・ユナイテッドの勢いは、サッカーの世界にとどまらない。昨年9月にはタイ初の国際規格のサーキット「チャーン・インターナショナルサーキット」が、ネーウィン氏の手によってホームスタジアムの裏手に完成。同10月には、こけら落としとして日本でも注目度の高いカーレース「SUPER GTシリーズ」が開催された。日系企業をはじめとする多くの自動車メーカーの現地工場が置かれるタイで世界トップレベルのカーレースが開催されたことは、モータースポーツの歴史においても意義深いことだった。そして、このサーキットの誕生によって期待されているのが、タイでのF1グランプリ開催だ。参考:F1シンガポールグランプリ© 2014 Singapore GP Pte. Ltd. All rights reserved.タイでのF1グランプリ開催の可能性は以前から注目されていて、2012年にはタイ当局とF1商業権保有者との間で開催へ向けて基本合意に達していた。だが、バンコクの王宮付近の市街地を走るコースでのナイトレースとして計画されていたグランプリは、バンコクの歴史的地域でのレースを禁止する法律をクリアできずに躓いてしまった。そんな中、ブリーラム・ユナイテッドによってF1開催が可能な規格のサーキットが誕生したことで、再びF1タイグランプリへの道が開かれた。実際、昨年にはサーキットの運営会社がF1関連のコンサルタントと相次いで契約を結ぶなどF1開催を視野に入れた動きも見られ、期待が高まっている。たった一つのサッカークラブによって全てが変わろうとしている地方都市、ブリーラム。バンコクから約400キロ離れたタイ東北部の田舎町に、遠くない未来、世界が注目する華やかなF1のエンジン音が響く日が来るかもしれない。
2015年04月17日