みなさん新年の目標は立てましたか?目標は立てることが目的ではなく、実現するために行動することが大切。そうはわかっていても、それがなかなかに難しいものです。新年に立てた目標をもとに今年1年がんばる気持ちを持ち続けてもらいたい。そのために親子でできることを、スポーツメンタルコーチングをもとに数多くのアスリートをサポートしている柘植陽一郎さんに教えていただきました。(取材・文:小林博子)<<前編:目標は具体的に立てることが大切!その方法は?■地道な努力とわくわくする未来を並べて貼っておく「目標を立てたままにしないためには、目標設定の段階でつくった4枚の紙を子ども部屋やリビングなど、毎日目にするところに貼っておきます。4枚セットで貼る意味はわくわく感をキープするため。実際に毎日のスケジュールの中で目標達成のために取り組むことが書かれているのは最後の4枚目だけなのですが、日々の努力は地道なことが多いので、それだけだとモチベーションを保つことが難しくなってしまいがちに。1日1日の積み重ねの努力の先にキラキラとした未来があることを毎日目で確認できるといいですね」(柘植さん)前編で作った4枚の目標設定シートには、そんな意味もあるようです。まずはそんな工夫が施された目標シートであるだけでも、「立てて終わり」の目標では終わらないコツが満載なわけです。4枚の紙には、憧れや目標とする選手やいつか立ちたいスタジアムなどの写真やイラストを貼っておいても、わくわく感の上乗せになりおすすめとのことです。子どもと一緒に五感を総動員して心が動くような工夫をしてみてください。■進捗管理で軌道修正実際に目標に向かって始動し始めたら「進捗管理」も行いましょう。思っていたよりも「できる」が増えていたり、当初に目標としていたよりも高いレベルの自分になりたくなったりすることは、自分の現在地を理解するためにもとても良いことです。目標や過程の変更は、それを決めてからすぐでもあり得ることで、柘植さんがサポートしているアスリートの中には毎日組み替えている人もいるほどだとか。想定していなかった新しい景色が見えたら、そこからスケジュールを変更。その時点にできるこれからのベストを新たに考えてください。■親は同じ方向を並んで見つめて「子どもとの関わり方としては、サッカーでいうなら"コーナーに追い詰める"ではなく"一緒にコーナーに回って背後からサポートする"という方法をぜひしてもらいたい」と柘植さんは話します。具体的には「なんでできないの」などといった問いかけ方や態度が"コーナー追い詰め型"だとしたら、「できなかったね。ではどうやったらできると思う?」と、一緒に考えるのが"一緒にコーナーに回る型"。向かい合わせで話すのではなく、並んで同じ方向を見て話すというイメージです。ご自宅でもテーブルに向かい合わせではなく、並んで座って子どもが見ている景色を背後から一緒に見るような、そんな空気観がかもしだせるとベストだそうです。前述した進捗管理では、目標や日々のタスクがどんどん変わるケースも考えられますが、親御さんが「有言実行」や「初志貫徹」にこだわりすぎると「あの時、ああ言ってたのにもう変えたの?」などといった「コーナー追い詰め型」の言葉がけをしたくなってしまうかもしれません。そんな時こそ「一緒にコーナーに回る型」を意識してみてください。そして、きっと本人も何か感じていることがあるだろうし、もっと素敵な未来を創っていきたいと思っているはず、この時点からまた未来に向けてベストの取り組みは何かについて一緒に考えてみよう、そのように捉えてみることで今までと違う何かが動き出すかもしれません。■「自己効力感」が育まれ、もっとサッカーが好きになるここまで、目標設定とそれを実現するためのノウハウをご紹介してきました。そうやって自分が決めた目標に向かって日々努力できるようになることは、サッカーの上達のみならず、勉強や社会に出てからも役に立つスキルです。そして「自己効力感」も育まれます。自己効力感とは、ある目標に対して「やってみたい」「自分ならできる気がする」と思える力のこと。前編では、日々の取り組みをスケジュールに書き込む際に「『量』と『質』をうまく組み合わせると良い」と解説しましたが、それはこの自己効力感が生まれるか否かに関わるからでもあります。日々の取り組みの中で、こんなことができた、あんなこともできた、と思えることが自己効力感の向上にもつながるのですが、『量』と『質』のどちらか一方でもできたと思えるようにしておきたいのです。小さな成功体験をつみ重ねて成長を実感でき、自己効力感が高まっていきます。そんな毎日を経て「次は練習でこんなことをやってみたい。たぶんできる!」「明日の練習が楽しみだ」という気持ちも増し、どんどん前のめりになっていくことでしょう。柘植さんに教えていただいた方法で作った目標設定を道しるべに、今年は親子でサッカーにとりくんでみませんか。夢中で練習するその先には、わくわくしながら考えた目標よりもきらめく未来が待っているに違いありません。柘植陽一郎(つげ・よういちろう)一般社団法人フィールド・フロー代表 スポーツメンタルコーチ専門はメンタル、コミュニケーション、チームビルディング。2006年より本格的にアスリートのサポートを開始。メンタルスキル指導とは一線を画す「メンタルコーチング」を用いて、2008年北京五輪・2012年ロンドン五輪で金メダリストや指導者をサポート。2011年~2014年までソチ五輪で3つのメダルを獲得したスノーボードナショナルチームを、2016年リオ五輪で48年ぶりの4位入賞の女子体操では、コーチと選手をサポート。その他ラグビートップリーグチームやサッカー日本代表選手、プロ野球など、プロ・オリンピック代表から部活動まで様々な世代・競技を幅広くサポートする。日本と韓国にてスポーツメンタルコーチ養成講座を開講。著書に「最強の選手・チームを育てるスポーツメンタルコーチング」(洋泉社)、「成長のための答えは、選手の中にある」(洋泉社)
2022年01月13日2022年がスタートしました。気持ちも新たに、新年の目標を立てたいと思うご家庭も多いのではないでしょうか。ですが、「目標を立てるけれど、立てただけになってしまう」「ぼんやりとした目標しか立てられない」という子どもは多いものです。そこで、スポーツメンタルコーチングの第一人者であり、数多くのアスリートをサポートしてきた柘植陽一郎さんに、サッカージュニア向けの目標の立て方を伺いました。(取材・文:小林博子)■実現可能な目標を立てるための4ステップ子どもたちは「目標を立てる」と言われても何から始めたらいいかわからないというケースが大半。「サッカー選手になりたい」という夢はあるものの、それを叶えるために目標とするべきことは言語化できず、漠然とその夢だけを胸に抱いているという子どももいることでしょう。我が子に夢があることはとても喜ばしいことですね。その夢は、できることなら叶えてもらいたいのも親心。そして、夢に向かって頑張れる子であってほしい気持ちもみんな同じはずです。子どもがなりたい自分に近づくための目標設定をこの新年にちゃんと行ってみませんか。目標設定のためにやるべきことは、大きく分けると以下の4つだと柘植さんは教えてくれました。<目標設定のためにやるべきこと>①未来への道筋を目に見える形にし、今の自分が立つ地点を知る②具体的にイメージしやすい数年後の自分の姿を言葉にする③分解して具体化する④スケジュールに落とし込む■未来は今とつながっていることをビジュアル化する柘植さんが行う講義では、子どもたちには体育館など広い場所に集まってもらい、まずは「今」と「将来」をつなげた1本の道をつくります。子どもたちは付箋と筆記用具を手に持ち、その道の上で起こりうることを思いつくままに貼っていきます。長く続くスペースに1本の道に付箋が貼られた様子は、自分がこれから歩んでいく時間軸を表すのだと柘植さんは言います。その様子を自ら作り、ビジュアルとしてとらえることで「今は未来とつながっている」ことを実感するのだそうです。当たり前のことのようですが、心や頭のなかでは人生が1本の道としてつながっていることはイメージしにくいものです。普段から目にしているカレンダーやスケジュール帳は、使い勝手がいいように時間軸を分断してあり、それを見慣れているだけに分断された時間軸の感覚がデフォルトになってしまいがちです。人生の各地点を点と点ではなく線にすることで、自分が立つ今もより鮮明になると柘植さんは言います。「サッカー選手になるという夢があってもそこに至るまでの具体的なプロセスが語れないのは、今の延長線上に未来があるという感覚が得られていないからかもしれません。まずそこをつなげることで、途中過程のことも具体的に考えられるようになります」(柘植さん)人生が一本の道としてつながっていることをイメージする(提供:一般社団法人フィールド・フロー)ご家庭で行う場合はノートに付箋をはるという方法がおすすめだそうです。まずは時間軸の線を1本引き、付箋をぺたぺたと貼りましょう。「中学生でキャプテンになる」「高校サッカー選手権に出場する」といった、想像しやすい未来の姿があるはず。それをすべて貼ってみてください。付箋に書く言葉が思いつかない小さな子どもの場合は、あり得ることを親御さんが書き出すという方法でも構わないそう。ただし、その付箋の中からどれを貼るかを決め、手を伸ばすのは子どもにしてもらいましょう。そしてノートに貼る時は、改めて自分自身で付箋に書き直すことを勧めています。「自分で選んで自分で決めたこと」であることが大切なのだそうです。■イメージしやすい数年後の自分を言語化する自分が今いる2022年が時間軸の中のどこなのかがイメージできたら、この1年を「月」「曜日」など細かく分解します。そうすることで、人生の中のどこにいるのかがさらにわかりやすくなるはず。その感覚がつかめたら、次のステップもスムーズに進められるはずです。行うことは、遠くない未来の時点を決め、以下の3つを言語化することです。・結果の目標・パフォーマンスの目標・目標を達成したときのストーリー具体例として「高校3年生の自分」で3つを言語化してみましょう。結果の目標:高校サッカー選手権の決勝戦で9番のユニフォームを着て国立競技場のピッチに立つ。自分が決勝点を決めて、自分のチームが優勝する。パフォーマンスの目標:世代別日本代表に選ばれている選手とのマッチアップでも負けない体を武器に、チームの勝利に大きく貢献する。ドリブルで何人も突破してボールをゴールに運ぶテクニックがある。ここぞというシーンでしっかり点を決めるストーリー:自分のプレーで会場がどよめき、テレビや雑誌で注目選手として取り上げられる。かわいい彼女ができていて会場に応援にきてくれる。いつまでにどうなっていたいのか、近い未来への目標を立てるときに意識する時間軸のイメージ(提供:一般社団法人フィールド・フロー)ここでまず大切にしたいのは「設定時期」が具体的に見据えることができる近しい未来であること。たとえば「25歳で海外のビッククラブに在籍している」だと今の自分との距離がありすぎて、具体的なシーンが思い描きにくいからです。目安としては、今小学生なら中学生のころを、中学生なら高校生のころと、1ステップ上がった未来がやりやすいでしょう。「リアルなわくわくするシーンをたくさん想像してください」と柘植さんは話します。■パフォーマンスの目標を分解していく最後に行うのは、2つ目に言語化した3つのうち、「パフォーマンスの目標」を分解することです。例えば以下のように思考を掘り下げていくことだと柘植さんは教えてくれました。・強い選手とのマッチアップでも負けない体とは、どんな体?そのためにはどんな努力が必要?食事はどんなものをどれくらい食べたらいいのだろう?・ドリブルで活躍するとはどういうこと?そのためにはどんな能力が必要?どんなことを知っておくべき?・ここぞというシーンで点を決める決定力とは?「ここぞというシーン」とはどんなシーン?そのために必要なのはテクニック?強いメンタル?それとも......パフォーマンス目標細分化のイメージ(提供:一般社団法人フィールド・フロー)こうやってとにかく細かく、思いつく限り細分化しましょう。思考を次々に枝分かれさせてイラスト化する「マインドマップ」や、メジャーリーガーの大谷翔平選手が行ったことで知られる「マンダラチャート」形式がやりやすい人もいるでしょう。どちらの方法でも中心に書くのは、2つ目で書いた「結果」「パフォーマンス」「ストーリー」をもとにした、わくわくする瞬間にするのだそうです。最後に書き込むのは「点数」だそうです。細分化された目標は、達成された時を10点満点とすると、今の自分は何点かを考え、今と目標を明確に比較します。今が6点だとしたら、今年の終わりには7点、来年は8点......と少しずつ点数を上げていくためにできることはどんなことかも考えやすくなり、より現実味が帯びてくるのだそうです。■スケジュールに落とし込むここまでできたら、あとは目標とする自分になるために言語化した行動をスケジュールに落とし込むだけ。学校の時間割のように1週間をバーチカルで俯瞰できる表を1枚の紙に書き、その中でサッカーに充てられる時間に書き込みます。ちなみに、ここで書き込む日々の行動は、例えば「リフティングを〇回する」「こんなことを頑張る」「こんな気持ちで取り組む」など「量」と「質」をうまく組み合わせると良いそうです。この方法で、目標が書かれた紙が4枚完成しました。具体的な目標設定ができると、その目標を達成するために頑張る気持ちになりやすいものです。後編では立てた目標を実現するモチベーションを保つためのコツや、親のかかわり方のアドバイスをご紹介します。柘植陽一郎(つげ・よういちろう)一般社団法人フィールド・フロー代表 スポーツメンタルコーチ専門はメンタル、コミュニケーション、チームビルディング。2006年より本格的にアスリートのサポートを開始。メンタルスキル指導とは一線を画す「メンタルコーチング」を用いて、2008年北京五輪・2012年ロンドン五輪で金メダリストや指導者をサポート。2011年~2014年までソチ五輪で3つのメダルを獲得したスノーボードナショナルチームを、2016年リオ五輪で48年ぶりの4位入賞の女子体操では、コーチと選手をサポート。その他ラグビートップリーグチームやサッカー日本代表選手、プロ野球など、プロ・オリンピック代表から部活動まで様々な世代・競技を幅広くサポートする。日本と韓国にてスポーツメンタルコーチ養成講座を開講。著書に「最強の選手・チームを育てるスポーツメンタルコーチング」(洋泉社)、「成長のための答えは、選手の中にある」(洋泉社)
2022年01月03日サカイクには、保護者の方からたくさんの相談メールが届きます。その中で多いのが「つい、自分の子どもとよその子を比べてしまう」というもの。比べても意味がないのはわかっているのに、「あの子に比べてうちの子は......」と考えて、暗い気持ちになってしまうことがあるそうです。そこで今回は一般社団法人フィールド・フロー代表で、メンタルコーチの柘植陽一郎さんと、しつもんメンタルトレーニングでおなじみ、藤代圭一さんに話をうかがいました。「心が軽くなるヒント」満載の対談を、2回に分けてお届けします。(取材・文:鈴木智之)無意識のうちに自分の子と他の子を比べ、イライラ、モヤモヤしていませんか?■子どもの出来=親の評価ではない藤代:自分の子どもを他の子と比べて「できないなぁ」と感じてイライラしたり、不安になってしまう。これは親なら誰しも、経験があると思います。勉強もサッカーも競争のシステムがあるので、無意識のうちに比べてしまうのはよくあることです。子どもの出来が、親としての自分の評価につながると感じる人も多いようです。でも、本来はお子さんの出来と自分の評価はイコールではありませんよね。柘植:そう思います。アドラー心理学に「課題の分離」という考え方があるのですが、目の前の問題が、自分の問題なのか、それとも子どもの問題なのかを整理するといいと思います。そこが整理ができていないので、モヤモヤして、焦ってしまうんです。藤代:多くの保護者は子どもにかける時間が増え、気になることも増えているかもしれません。けれど、ある程度は子どもに決断する機会を与えることも必要です。そして、「うちの子はサッカーがそれほど上手じゃないけど、この子なりに素晴らしい人生を歩むはずだから、心配する必要はないわ」という考え方ができれば、気持ちも楽になるのではないでしょうか。柘植:お子さんがあまりサッカーが上手ではないことに対して、自分が恥ずかしいのか、本当に子どものことを思って考えているのかを分けて、考えてみるのもいいかもしれません。一度、整理をするだけでも、受け取り方が違ってくると思うんです。お子さんの問題と自分の問題を一緒にしてしまうと、がんじがらめになってしまいます。藤代:その場合、保護者の方に「自分の問題なのか、子どもの問題なのか、どちらだと思いますか?」と、直接的な質問をするのですか?柘植:はい。まずは「課題の分離が大切ですよ」という話をして、自分の問題なのか、子どもの問題なのかを考えて、どうやって問題を整理しましょうか? と問いかけます。保護者の方は、目の前の問題に対して、どうしていいかわからないから止まってしまう、困ってしまうんです。問題を分けて考えることで、安心できることも増えてきます。藤代:僕の場合は、親御さんに「子どもと同じように、何でも叶えられるのであれば、何を叶えたいですか?」というしつもんをします。そうすると、質問者様のような方の多くは、「子どもにこうなってほしい」と答えるんですね。自分ではなくて、「子どもにサッカー選手になって欲しい」とか「かけっこで一番になってほしい」とか。保護者の夢を聞いているのに、お子さんの夢と統合されてしまって、分離されていないんです。それでは苦しくなってしまいますよね。■本来親が褒めるべきポイント柘植:その問いを投げると、気がつく方は多いですよね。「そっか、自分が恥ずかしい思いをしたくないんだ」「あの子と比較して、苦しんでいるのは自分なんだ」と気がついて、子どもにとって何が大切なんだろう?と考えた時に「他の子と比較することは、我が子のためになっているのかな?」と気がつきます。藤代:どうして、保護者は我が子を他の子と比較してしまうのだと思いますか?柘植:親自身が良く思われたい、自分の子育てが間違っていないことを証明したいといったことが理由だと思います。でも、子どもからすると、比較されるのは一番嫌なことですよね。スポーツにおいて、子ども自身が探求したいのは「昨日できていなかったことが、今日はちょっとでもできるようになること」です。跳び箱が3段跳べる子が、4段を跳べるようになると嬉しいわけです。それを5段跳べる子と比べてどうこう言われても、何も嬉しくないですよね。藤代:まさに、そのとおりです。柘植:基本的には、自分自身が跳び箱で4段跳べるようになったのが嬉しいわけで、そこに焦点を当ててあげないといけない。5段跳べる子と比較しても、その子にとって良いことは何もないわけです。その子が昨日は跳べなかったけど、今日は跳べそうだというのが、スポーツの楽しみだと思います。その子のちょっとした成長実感に対して、保護者も一緒に楽しめるような関わり方がいいと思います。■自分のタイムラインを書いてみることで、今自分がどうすればいいかわかる自分のタイムラインを描くことで、親としてどうありたいのかに気付くことができるのです(C)吉田孝光藤代:保護者自身は「子どもの成長を通じて、自分を認めて欲しい」という感情に気がついていると思いますか?「自分を認めてほしい、褒められたい」という感情に気がつくと、行動が変わるのでしょうか?柘植:気づいただけでも、一歩踏み出せると思います。僕は親御さんに、お子さんと一緒にタイムラインを歩いてもらうことがあります。自分が生まれたときの年齢から、イメージする臨終までの年齢を書いて、そこにお子さんの年齢を入れていきます。そこには、自分の親の年齢も書き入れるのですが、そうすると「父母って、自分がこのぐらいの年にはいなくなっちゃうんだ」といったことに気がつきます。藤代:自分の人生を客観的に見ることができるわけですね。柘植:そうなんです。その結果、自分はどういう人生を歩みたいのか。自分は親として、どうなりたいのかと考えが深まっていきます。タイムラインを書くと、子どもに関わってる時間は、それほど長くはないことがわかります。親が関われるのは、子どもが二十歳になる頃までで、その先はそれぞれの人生が待っています。タイムラインを見ながら「今の自分にアドバイスをして下さい」というワークをすると視点が変わって、いつもと違うアドバイスができるようになります。藤代:自分を客観視することは、とても大事なことですよね。保護者だけでなく、指導者もそうですけど、うまくいかないことや欠点は目につきやすいので、探しやすいんです。そこで「うまくいっていることはなんですか?」としつもんをすると、答えられない親御さんもいます。自分がうまくいっていることを見つけられないということは、他者に対しても同じことが起こりうると思うので、まずは自分自身のどんなところがうまくいっているかを探してみるのも良いと思います。柘植:それはすごく良いですね。藤代:この対談を読んでいる方は、「自分がいまうまくいっていることは、何があるだろう?」というしつもんを自分自身にしてみてください。うまくいっていることが実感できれば、それが自信につながり、自分を肯定することにもなります。その結果、「自分は自分なんだ」という当たり前のことに気がつくので、お子さんを誰かと比べるという考え方も、徐々になくなっていくのではないかと思います。対談の前半はいかがでしたか。親のこころが良い状態にあると、子どもも安心してサッカーに勉強に取り組めるもの。すぐには難しくても、少しずつ実践してみることであなたの心がスッと軽くなっていくはずですので、「うまくいっていること」を意識してみてください。柘植陽一郎(つげ・よういちろう)一般社団法人フィールド・フロー代表 コーチングディレクター専門はメンタル、コミュニケーション、チームビルディング。2006年より本格的にアスリートのサポートを開始。メンタルスキル指導とは一線を画す「メンタルコーチング」を用いて、2008年北京五輪・2012年ロンドン五輪で金メダリストや指導者をサポート。2011年~2014年までソチ五輪で3つのメダルを獲得したスノーボードナショナルチームを、2016年リオ五輪で48年ぶりの4位入賞の女子体操では、コーチと選手をサポート。その他ラグビートップリーグチームやサッカー日本代表選手、プロ野球など、プロ・オリンピック代表から部活動まで様々な世代・競技を幅広くサポートする。著書に「最強の選手・チームを育てるスポーツメンタルコーチング」(洋泉社)、「成長のための答えは、選手の中にある」(洋泉社)藤代圭一(ふじしろ・けいいち)スポーツメンタルコーチスポーツスクールのコーチとして活動後、教えるのではなく問いかけることで子どものやる気を引き出し、考える力を育む「しつもんメンタルトレーニング」を考案。全国優勝を目指す様々な年代のチームから地域で1勝を目指すチームまでスポーツジャンルを問わずメンタルコーチを務める。全国各地でワークショップを開催し、スポーツ指導者、保護者、教育関係者から「子どもたちが変わった」と高い評価を得ている。2016年からは「1人でも多くの子どもたち・選手が、その子らしく輝く世の中を目指して」というビジョンを掲げ、全国にインストラクターを養成している。著書に「子どものやる気を引き出す7つのしつもん」(旬報社)などがある。
2019年12月17日華やかな海外大作ミュージカルの印象が強い劇団四季だが、オリジナルミュージカルやストレートプレイの質の高さにも定評がある。そんな四季が大切に上演し続けている“昭和の歴史三部作”が、劇団創立60周年を迎えている今年、続けて登場する。『李香蘭』『異国の丘』に先駆け5月、最初に登場するのが『ミュージカル南十字星』。主人公・保科勲を演じる阿久津陽一郎に話を訊いた。劇団四季「ミュージカル南十字星」チケット情報はこちら一貫して戦争の悲劇と向き合い、昭和の歴史の真実を描いている三部作だが、最後に誕生した『南十字星』は“南方戦線”と“BC級戦犯”がテーマ。理想に燃え、南方へ出征した京大生・保科勲がなぜ戦犯として裁かれることになったのかを描く物語だ。2004年の初演から保科を演じ続ける阿久津は、「『異国の丘』ではシベリア抑留を取り上げましたが、それと同じ状況が南方でも起こっていたというのがあまり伝わっていない。でも、取り組むにあたり勉強をすると、ものすごくいっぱい資料はあるんです。さらに、有名なモデルがいる他の2作品と違って保科は市井の人。だから、南方であった様々な事実、いろんな方々の悲劇を総合的に盛り込みたいと思いながら、保科としてのポジションを考えています」と思いを語る。数百人の劇団員を抱える劇団四季で、ひとつの役を、ひとりの俳優が演じる続けていることも珍しい。『ライオンキング』のシンバ、『ウェストサイド物語』のトニーなど数々の主役を務めている劇団の看板俳優の阿久津にとってもあまりないことのようで、「こんなに長くひとつの役をやっているのは、『アイーダ』のラダメスと、保科くらい。でも年とともに自分も変化しますので、役との向き合い方は毎回違う。それに、再演は“前回の再現”ではなく、“再生”でなくてはいけないので、実はすごく難しいんです」とのこと。さらに今回は公演をまとめるリーダー的役割も担っているという。「でも、役者としてこの作品に賭けられるかは、その人次第。投げかけるものはどんどん投げかけて、みんなを刺激していきたい」。自分のできることはそのくらいですから、と控えめなコメントながらも、作品への並々ならぬ愛情をにじませる。「あの当時起こった戦争というものを、私たちひとりひとりがどう考えますか、という投げかけを劇団四季はこれからもずっとしていこうと思っています。だからこそ、この三部作を劇団創立60周年という節目の年に上演するんだと思うんです。戦後の平和な時代に生まれ育った僕たちだけれど、この“戦争”という事実は忘れてはいけないし、それを語り継いでいかなければならないという責任も感じています」。丁寧に重ねる言葉の数々から、静かな闘志とともに伝わってくるのは、使命感か。「この作品は、戦争で命を落とした方へのレクイエム。保科は、今の若い人たちに日本を託して死んでいく。自分もそのメッセージをきちんと受け止めたい」。穏やかに微笑む横顔は、確かに清冽に生きた保科と重なっている。公演は5月19日(日)から6月1日(土)まで、東京・四季劇場[秋]にて。チケットは発売中。
2013年05月17日