体験の時、一番楽しそうだったから入会したのに、練習が始まったら「周りはできるのに自分はできない」とサッカーに行きたがらないことも。それでもようやくサッカーが楽しくなってきていたのに、ある時コーチの一言で「もうやだ、帰る」とコートから出てきた。できない子に何も教えてくれないのに、その言い方はどうなの?子ども目線で考えないコーチに腹が立つ。親としてどうするのが正解?と悩むお母さんからのご相談。今回もスポーツと教育のジャーナリストであり、先輩サッカーママでもある島沢優子さんがお母さんにアドバイスを送ります。親にとっての「良い子」が抱えるリスクのお話も参考にしてください。(文:島沢優子)(写真はご質問者様及びご質問内容とは関係ありません)<<「厳しいけど、情熱があっていいコーチだ」は本当?熱血コーチの情熱は子どもを伸ばすか否か問題<サッカーママからのご相談>5歳の息子はサッカーを始めて1年半ほどになります。県内でも強豪クラブチームに入会しました。そこを選んだ理由は、体験に行ったとき息子が1番楽しそうにサッカーをしていたからです。ですが、入会してからの練習では「周りはできるのに自分はできないからやりたくない、サッカー行きたくない」と言って、なかなか楽しんでやらない時期がありました。すぐに辞めるのは簡単でが、嫌なら辞めればいいといった辞め癖をつけたくなかったので、些細なことでも褒めてきました。そのおかげで「サッカーが楽しい」と思えるようになってきたのは最近です。そんな時、小学生の子に押されたりボールを投げられたりすることが続き、心が折れたみたいで、また「行きたくない」と言い始めました。それでも「小学生のお兄ちゃんも悪気があったわけではないと思うよ、みんな一生懸命頑張ってるからね」など言って連れて行っていました。しかし先日、前々から指導方法や態度が悪い意味で気になるコーチがいて、そのコーチが息子のグループを担当していました。ドリブルの練習が始まり、息子は苦手だったのか上手くできずオロオロしていると、そのコーチに「やらないなら出て行って下さい」と言われ、「もうサッカーなんてやりたくない、嫌だ、帰る」と言いながらコートから出てきました。やってないわけではなく、出来ないからどうしていいのか分からずいたのに、ボールにも慣れてない子にそんなことを言うのかと腹が立ちましたが、他のコーチがどうにかなだめてくれて、本当に助かりました。サッカーができるようになるために行ってるのに、まずは教えようともしない、子ども目線で考えない、成長させようとしないコーチに腹がたってしょうがないのですが、親が腹を立てても息子の成長には繋がりませんよね。そんなときどうしたらいいのでしょうか?親としてコーチに何か言うべきだったのでしょうか?それとももっと違う言葉で息子をなだめるべきだったのでしょうか?何が正解だったのか、考えてもわかりません。本当は、多少言われても小学生の子たちに意地悪されても、強くなるために息子自身で整理できたり、割り切れたりできるようになってほしいのですが......。長くなってしまいましたが、アドバイス頂けると幸いです。<島沢さんからの回答>ご相談ありがとうございます。まだまだ理解がおぼつかない5歳児に向かって「やらないなら出て行って下さい」と命じたのですね。いま、指導の方法はさまざま進化しており、子どもが自ら主体的に動くことを大切に扱うコーチングが進められています。■本人が楽しく通えているのであれば、ひとまずその点を大事にして例えば、お母さんは相談文に「教えようともしない、子ども目線で考えない、成長させようとしないコーチ」と書かれています。いただいたご相談文からだけでは事情を100%把握はできないのですが、そのコーチはもしかしたら手取り足取りではなく、子どもが自分からやるのを見たかったのかもしれません。でも、目の前の子どもがそうならず、つい言ってしまった。決して良いことではないかもしれませんが、そうともとれます。そのうえ、息子さんがそう言われて出て行ったとき「他のコーチがどうにかなだめてくれて本当に助かりました」と書かれています。お母さんが「態度が悪い」と感じているコーチはひとりいるけれど、それを他のコーチがカバーしているようです。息子さんが楽しく通っているのであれば、ひとまずこのチームに通わせればいいのではないでしょうか。■親としての正解は「何もしない」ことそして本題です。お母さんの「こんなときはどうすればいいか?」の質問にお答えします。「親としてコーチに何か言うべきか」「違う言葉で息子をなだめるべきだったか」お母さんはこれらを挙げて「何が正解だったか考えてもわからない」とおっしゃっています。私の答えは「何もしない」です。子育てにおいて、良いサッカー指導者やチームを選ぶなど子どもにとって良い環境を用意するのは親の役目のひとつですが、いつも恵まれて清流を渡れるわけではありませんよね。「渡る世間に鬼はなし」とは言いますが、世の中いろんな人がいて、スポーツや教育現場でもハラスメントやいじめなどさまざま社会課題があるのが現実です。■かわいそうだからといって転ばぬ先の杖を用意しないこと。見守る意識を持ってそんな時代に子育てをする親御さんは、子どもを見守ることをもっと意識してほしいと思います。親は良かれと思って、ついつい世話を焼いてしまいます。まずい指導をしているコーチには何か言いたくなるし、子どもを奮い立たせよう、意欲的にしたいとさまざま手を打ちます。無論、そういったことも大事でしょう。暴力や暴言がある指導環境に子どもを置いておくことは避けるべきだし、落ち込んでいれば励ましてもいいでしょう。しかし、常に転ばぬ先の杖を用意すれば、子どもは親がその都度差し出してくれる杖をつかないと歩けなくなります。世話を焼くことで、足腰が鍛えられなくなります。転んだら痛いから転ばないように自分で気をつけて歩いたり、自分で考えて転ばずに楽しく歩ける道を選ぶ力を身に付ける。そういった気づきや選択こそが、皆さんがよくおっしゃる「生きる力」だと考えます。お母さんからの投書にも「強くなるために息子自身で整理できたり、割り切れるようになってほしい」と書かれています。本当にそう思われるのならば、以下のことを参考にしてみてください。■子どもを思うなら自分で考えたり、気づく時間を与えようまず、息子さんにもう少し自分で考えたり、何かに気づく時間を与えてあげてください。「小学生の子たちに意地悪されても」と書かれていますが、意地悪と言うよりも子どもって残酷ですよね。言いたいことを言う。そういうものです。逆に、お行儀がよく小さいときから物分かりがよく、分別が付きすぎるのも考え物だと私は思っています。取材で出会った親子や、わが子2人を育てる中で、たくさんの子どもの成長過程を見てきましたが、親御さんからの干渉が強く抑圧されている子どもたちは、自分で主張したり、素直に感情を出す経験をさせてもらえません。そうすると、大人になって自分で動き、人生の選択をしなくてはならない年齢になっても、どこか自信なさげに見えます。そのように「良い子が抱えるリスク」があると考えます。小児科医や、大学の先生方、サッカーの指導者に取材すると、皆さん口を揃えて良い子の行く末を心配しています。■子どもに逆境を味わう余白を与えてあげるのも親の役目(写真はご質問者様及びご質問内容とは関係ありません)子どもに、逆境を味わう余白を与えてあげるのも親の役目です。私が尊敬する脳科学者の先生は「親の"心配"が"信頼"に変わるプロセスが子育てなんだよ」とおっしゃっていました。辞め癖をつけたくなかったので、些細なことでも褒めてきた。そのおかげで息子さんは「サッカーが楽しい」と思えるようになってきた、と書かれています。辞め癖がつくかもしれないというのは「心配」ですね。「でも、サッカーを辞めても、この子はまた好きなことを自分で見つけるだろう」と思えるのが「信頼」です。心配よりも、信頼のほうが子どもを成長させます。どうか見守る術を身に付けてください。島沢優子(しまざわ・ゆうこ)スポーツ・教育ジャーナリスト。日本文藝家協会会員(理事推薦)1男1女の母。筑波大学卒業後、英国留学など経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』や『東洋経済オンライン』などで、スポーツ、教育関係等をフィールドに執筆。主に、サッカーを始めスポーツの育成に詳しい。『桜宮高校バスケット部体罰事件の真実そして少年は死ぬことに決めた』(朝日新聞出版)『左手一本のシュート夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『王者の食ノート~スポーツ栄養士虎石真弥、勝利への挑戦』など著書多数。『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』(池上正著/いずれも小学館)ブラック部活の問題を提起した『部活があぶない』(講談社現代新書)、錦織圭を育てたコーチの育成術を記した『戦略脳を育てるテニス・グランドスラムへの翼』(柏井正樹著/大修館書店)など企画構成も担当。指導者や保護者向けの講演も多い。最新刊は『世界を獲るノートアスリートのインテリジェンス』(カンゼン)。
2022年03月23日