○1.スペアナ測定の基礎スペアナは、AC電力を測定する高感度な測定機なので、DC電圧を加えると壊れてしまったり、冬場の人体の静電気でも壊れたりしますし、たとえAC電圧でも限度を超えた過大入力でスペアナ自身の入力回路が歪み、測定信号に実際には含まれていない周波数成分があたかもあるように表示されてしまいます。このような目的外の不要な周波数成分をスプリアスと言います。また、測定条件のRBWやVBW(ビデオ帯域幅)の設定値を変更すると測定結果の電力値が変わることもあり、何が本当の値かよくわからない、壊れやすくて面倒な測定機、というイメージを持っているエンジニアが少なからずいます。また、スペアナはデシベル表示なので苦手というエンジニアもいるようなので、ここで、スペアナの機種選定や測定作業を正しく正確に行うための最低限の基礎知識を確認しておきましょう。(1)スペアナの表示画面スペアナはdB(デシベル)のログ(対数)単位で測定結果を表示します。理由は、キャリア信号のような大きな信号とノイズのように微小な信号を同時に表示して測定する広いダイナミックレンジが必要だからです。一般的なスペアナの表示画面は、初期設定では縦軸が -100dBm ~0dBmの電力値を表示しますが、スペアナは50Ω系なのでこれをリニアな電圧に換算すると2.24μV ~224mVを測定表示していることになります。この電圧値の最大/最小の比率は100,000倍=100dB(デシベル)です。電圧は20logで計算します。無線組込み機器で携帯型のものは、バッテリの消耗を減らすために送信電力制御(TPC)機能があるものもありますが、TPCは必要ないときには送信電力を極力抑え、必要な時だけ大きな電力を使うことによって電力消費をコントロールする機能です。たとえば携帯電話では80dBのダイナミックレンジでTPC制御している製品がありますので、スペアナのような測定機にはそれ以上に広いダイナミックレンジでの測定表示能力が必要になります。(2)dBm、dBc、dBμV、dBμV/m とは?dBはデシベルで比率(相対値)ですが、dBmのmはmW(ミリワット)のmで、0dBm=1mWなので、dBmは比率ではなく、絶対値の電力値を表します。スペアナは50Ω系の測定機なので、オームの法則から、W=V2 ÷ R で、0dBm=1mW=224mVになります。ただし、通信関連の測定機器はすべて50Ω系とは限りません。TV放送機器の測定系は75Ω系ですし、オーディオ信号の測定機器は600Ω系なので、1mW=224mVではなくなるので注意が必要です。dBcはダイナミックレンジの単位で比率になります。cはキャリア周波数を意味します。たとえば -60dBcは、キャリア周波数の電力値から、60dB小さい信号を認識できることを意味します。-60dB=10-6 =百万分の1の電力です。電力は10logで計算します。dBμVは、dBmと同様の絶対値の電圧値で、0dBμV=1μVです。50Ω終端では、0dBm=224mV=107dBμV、と計算できるので、dBmの値に107を足すとdBμVに換算できます。dBμV/mは、電界強度の単位で、EMI/EMC認証試験の規格限度値で使用されます。スペアナは電圧を測定して電力値を表示しますが、アンテナ係数の周波数特性値をスペアナに補正設定することで電界強度に換算して測定表示することができます。(3)電力は10*log, 電圧は20*log の意味は?電力は10*logで計算するので、30dBm=103mW=1Wという計算になりますが、スペアナに、外付けのx10のアッテネータ(減衰器)を接続すると、何dB減衰して表示されるでしょうか?と質問すると、電力が十分の1になるから、-10dBと答える人がいますが間違いです。正解は-20dB減衰して10dBmと測定表示されます。スペアナの入力インピーダンスは50Ωで固定なので、電圧が1/10になると、電流も1/10になり、電力は1/100になります。スペアナは電力を測定しているのではなく、電圧を測定して50Ω系の電力値に換算しています。電力は10*logで計算するので、-20dBの減衰は1/100ですが、電圧は20*logなので、-20dBの減衰は1/10という計算になります。(4)RBW(分解能帯域幅)の設定次第で測定結果が変わる?RBWの設定はスペアナの測定では大変重要です。EMI/EMCの規格認証試験でも、電波法の技適認証試験でも、最大電力の測定はRBWを10kHzにして測定しなさいといったような測定条件の記述があります。たとえば2.4GHzの無線LANの最大電力値をスペアナで測定する時に、RBWが10kHzと、RBWが100kHzでは最大電力値の測定結果は大きく異なりますし、ノイズフロアのレベルも変わります。では、信号発生器から2.4GHzのサイン波を出力して、同じ測定をしたら結果はどうなるでしょうか? 結果は、RBWが10kHzでも100kHzでも最大電力値は同じ値になります。何故でしょう?無線組込み機器設計で使用される電波は、周波数成分が一つしかない単純なサイン波ではなく、アナログ無線でもデジタル無線でも変調信号なので、周波数成分は横軸方向に広がって(拡散して)います。スペアナはIFフィルタ=RBWフィルタを通過した電力のみを測定表示しますが、RBWフィルタの帯域幅の中に2つ以上の周波数成分があれば、電力値は足されて積分した値が表示されます。FFTって何?無線組込み機器設計では、広帯域なデジタル通信の復調評価もできるFFT方式のスペアナが重宝されるようになってきましたが、最近はFFT方式のUSBスペアナでも、DANL(表示平均ノイズ・レベル)が -163dBm/Hzという製品が市販されています。FFT方式のスペアナはIF帯域幅が広いのに、なぜ、ノイズフロアを下げることができるのでしょうか? FFTの原理を知ることでその理由がわかります。たとえば1MHzの矩形波をスペアナで観測すると、1MHz,3MHz,5MHz,7MHz,9MHz,………….と、奇数の高調波の周波数成分が表示されます。この矩形波の立上り/立下り時間がより高速になり、ゼロ(0)時間に近づくほど、高調波の周波数が大きな値(∞)まで延びていきます。これを検証する為に1MHzと3MHzのサイン波を合成してみましょう。すると、少し矩形波に近づきます、これに5MHzのサイン波を合成すると、さらに矩形波に近くなります。計算上、このまま∞(無限大)の周波数まで合成していけば、立上り/立下り時間が0(ゼロ)の理想矩形波ができあがります。フーリエ変換はその逆の手順で、矩形波の時間軸のサンプリング電圧値から、サイン波の周波数成分と電圧値を計算しますが、矩形波に限らずどんな複雑な形状の時間軸信号でも、異なる周波数のサイン波の足し合わせとして計算してくれます。ところがフーリエ変換は∞(無限数)を扱うのでコンピュータでは計算できません。そこで、有限数の離散フーリエ変換(DFT)にして、計算ポイント数を2nの数に制約して高速計算するのがFFT(高速フーリエ変換)です。FFTはN個のサンプリング数があれば、N個の周波数成分を計算しますが、ナイキストの定理からサンプリング周波数の半分の位置で折り返すので、たとえば210=1024ポイントを電圧サンプリングした場合、半分の512の周波数成分をスペアナのように表示することができます。このようにFFT方式のスペアナは、計算するサンプリングのポイント数が多ければ多いほど、周波数分解能(RBW)を小さくできます。ただ、カタログにDANLが-163dBm/Hzと書いてあるスペアナがノイズフロアを-163dBmまで下げられるわけではないので注意が必要です。たとえば、カタログに最小RBW値が10Hzと書いてあれば、ノイズフロアは-153dBmまでしか下げることはできません。著者紹介中塚修司(なかつか・しゅうじ)元テクトロニクス社 アプリケーション・エンジニア
2015年12月24日故・寺山修司生誕80年の今年、その最後の演出作品『レミング』が上演される。1979年に発表されて以来、さまざまなバージョンが存在する本作だが、今回は、寺山没後30年の2013年に松本雄吉と天野天街が台本化し、松本の演出で初演した舞台を、音楽劇『レミング~世界の涯まで連れてって~』として再演。溝端淳平、柄本時生、麿赤兒、霧矢大夢……とキャストを一新し、前回は登場しなかった“少女”役としてシンガーソングライターの青葉市子も出演する。上演場所をパルコ劇場から東京芸術劇場に移し、スケールアップが見込まれる稽古場に11月某日、潜入した。音楽劇『レミング~世界の涯まで連れてって~』チケット情報この日は共同脚本の天野が中心となり、セクション5「もぐら叩き」の稽古が行われていた。下宿屋の一室に住むコック見習いのタロ(溝端)と、何故か畳の下に住む母親(麿)との場面だ。息子に干渉し、脅したり懐柔したりしながら自らの影響力の下に置こうとする母。その母をなだめながら、隙あらば布団叩きで殴ろうとする息子。母との関係に終生悩まされた寺山自身をも彷彿とさせる情景だ。背後から布団叩きを振り下ろす溝端の様子が麿には見えないため、打つタイミングと頭を引っ込めるタイミングをめぐり、試行錯誤が続けられた。回を重ねる毎に動きがよくなる溝端の瑞々しい演技と、ちょっとした表情や声に得も言われぬ味わいが滲む麿の怪演が印象的。さらに、何人もの“少女”たちのアンサンブルが現れ、幻想的な情景を創り出す。続いて稽古はセクション2「壁の消失」の前半へ。どこか中華テイストの音が流れる中、タロとジロ(柄本)が並んで調理の仕草をし、中華料理の名を次々と掛け合いで発していく。途中でそれらは、包丁さばきの描写に変化。果てしない呪文のように、台詞は続く。しかも、台詞のテンポは音とリンクしていなければならない。難しさに頭を抱える溝端と柄本に、音楽の内橋和久が「慣れたら崩してもいいけど、お互いの台詞がどう絡んでいるのか把握するためにも、まずは音をハメて」「身体に入れちゃうと良いよ」とアドバイスする。柄本は「家でずっと練習しているんですけど……」と苦笑いし、溝端は「振りなしでやってみる?」などと積極的にアイデアを出しながら、練習に没頭。見守るキャストやスタッフも、思わず一緒に膝でカウントを取っていた。休憩時間には、大女優・影山影子を演じる霧矢のかつらも到着し、スタッフが説明。その傍らには、振りを確認する占部房子や、TV「テラスハウス」の”王子”こと岩永達也らの姿も。本番に向けて、準備は休みなく進められているのだった。この作品には、様々な壁が登場する。アパートの壁、舞台と客席の間の見えない壁、独房の壁……。それらの先に、虚構とも現実ともつかない不思議な景色が広がっていく。幾つもの壁を乗り越えてキャスト達が到達する新たな音楽劇『レミング~世界の涯まで連れてって~』の開幕は、まもなくだ。公演は12月6日(日)から20日(日)まで東京芸術劇場プレイハウスにて、その後、愛知、大阪、福岡でも上演。取材・文:高橋彩子
2015年12月04日○1. 課題と解決策製造業に限らず事業が市場で成功するための必須の3要素は、1に良いものを、2に安く、3に早く、市場に供給することですが、製品の設計開発における基本的な課題もこの3つの要素と同じです。無線組込機器設計の電気電子エンジニアも常に、他社製品よりも優れた性能・品質で、低価格(低コスト)な新製品を、他社よりも早く市場に出すことを求められています。たとえば、製品に組み込む無線モジュールや電子部品などの選定作業も重要な設計課題の1つですが、エンジニアは安くて良い部品を早く選定し、試作品が完成したら早く正確に性能や品質を評価することを目指さなければなりません。その次の段階には、設計仕様を満足させるためのデバッグ評価があり、製造出荷の前には電波法規制のクリアが設計課題として待ち構えています。主な設計課題:無線通信モジュール(通信方式)の選定設計仕様を満たしているかどうかの技術的なデバッグ評価電波法規制のクリアフィールド・トラブル時の原因究明と対策エンジニアは職人ですが、ベテランの職人は優れた道具を使いこなして早く正確に仕事をこなすことで周囲から尊敬され、信頼されます。上述の課題を解決するために、エンジニアの強い味方として、道具=測定機器があります。では、無線組込機器設計時に使う道具=測定機器にはどのようなものがあり、どのように使いこなせば良いのでしょうか?○2. 測定器の種類は? 何を測定する?無線組込機器の設計で使われる測定器というと、主には周波数や電力を測定することのできる「スペクトラム・アナライザ(以下、スペアナ)」が定番ですが、周波数ドメインの測定機器としては他にも、EMIレシーバ、シグナルアナライザ、電界強度計、RFパワーメータ、周波数カウンタなどさまざまな測定機器があります。また最近は、オシロスコープにスペアナを内蔵させて、周波数ドメインと時間軸ドメインの相関測定ができる新しい測定器も開発されています。これらの測定機器が使われる目的・用途は大きく2つに分かれます。1つ目が「デバッグ評価」、そして2つ目が「法規制評価」です。デバッグ作業では設計開発要求の性能・仕様を満足しているかどうかを測定機器で評価し、法規性評価では、EMI/EMCのノイズ規制値や電波法の法規制値をクリアできているかどうかを測定機器で評価します。これらの測定機器の主な用途と基本性能を知っておくことで、どのような場面でどのような測定器を使用したら良いか判断することができ、設計の効率を上げることができます。(1) EMIレシーバ主にCISPRなどのEMI/EMCノイズ規制適合証明などの法規制評価の用途で、電波暗室内やシールドルーム内で使用され、周波数に対する電力値を測定します。広いダイナミック・レンジ、内部ノイズが少ない、QP(準尖頭値)検波機能があるなど、高精度・高性能の基準器的な測定器ですが、その分、測定速度は比較的遅く測定評価には多くの時間を要します。価格は500~1,500万円と高価な測定器です。(2) スペアナ無線組込機器設計では最も汎用的に使われる測定器で、周波数と電力の測定が主な用途ですが、空中線電力や、スプリアス(不要輻射)、隣接チャネル電力比(ACPR)などの法規制の測定機能がある製品もあり、デバッグ評価だけでなく、法規制評価の事前検証(プリ・コンプライアンス試験)にも使えます。スペアナには、旧来のスーパーヘテロダイン技術を使用したアナログ掃引型のスペアナと、FFT(高速フーリエ変換)の技術を使用したFFT方式のスペアナがありますが、どちらも価格は30~300万円と比較的安価です。(3) シグナルアナライザ主にデジタル無線通信のデバッグ評価に使われます。位相変調などの複雑なデジタル通信の変調方式を評価するためには、時間軸で信号の位相変化と信号品質(EVMなど)を測定評価できる機能が必要になります。位相の変化は複素数のベクトル値でサンプリング測定しますので、ベクトルアナライザとも言われます。無線モジュールの選定時に、複数のベンダの試供品の信号品質を比較検討する場合に、EVM値の測定結果を比較の選定要素にすることができます。価格は300~1000万円と比較的高価です。(4) 電界強度計主にフィールド用途で使用します。放送や無線通信のサービスエリア、妨害波などの電波の強度をV/m やdBμV/mを単位とした電界強度の絶対値で測定します。アンテナ係数付のアンテナが必要です。価格は5~150万円と比較的安価です。(5) RF(高周波)パワーメータ主に、空中線電力測定の用途で、法規性評価で使われ、広帯域な送信出力の平均(実効値)電力の測定が主な用途ですが、ピーク電力の測定と、パルス波や変調信号でも簡便に正確なパワー測定ができるので、デバッグ評価でも使用されます。価格も30~80万円と比較的安価です。(6) 周波数カウンタ主に正弦波の無線キャリア周波数や矩形波、三角波などの単純な波形の周波数を高精度で測定する用途で法規制評価やデバッグ評価時に使用されますが、変調信号のような複雑な波形の周波数は原理的に正確な測定はできません。価格は20~150万円と比較的安価です。(7) USBリアルタイム・スペアナスペアナの汎用性とシグナルアナライザの高機能を合体させて低価格化を実現した新しい測定器です。デバッグ評価にも、法規性評価の事前検証(プリ・コンプライアンス試験)にも、デジタル通信の品質評価にも使えるオールマイティな測定器です。アンテナ係数付のアンテナを使うと電界強度も測定できます。手のひらサイズの小型・軽量なのでフィールドでも使用でき、価格も40~60万円と比較的安価で、これからの無線組込機器設計においては、エンジニアの必需品にもなるかもしれません。(8) ミックスド・ドメイン・オシロスコープオシロスコープとスペアナ、ロジック・アナライザの3台の測定器を1台に合体して時間軸の相関評価を可能にした新しい測定器です。主にデバッグ評価の用途で使われますが、アナログ(オシロスコープ)、デジタル(ロジック・アナライザ)、RF(スペアナ)が合体したことで、トラブル時の原因究明・切り分けと、対策に要する時間短縮の効果を得られる有用な測定器です。著者紹介中塚修司(なかつか・しゅうじ)元テクトロニクス社 アプリケーション・エンジニア
2015年11月12日小説家、映画監督、詩人など幅広く活躍し、「書を捨てよ、町へ出よう」「田園に死す」など今なお現代のアーティストたちに影響を与える作家・寺山修司。彼の生誕80年を記念したオフィシャルイベント「冥土への手紙-寺山修司 生誕80年記念音楽祭」が、10月11日、12日に恵比寿ザ・ガーデンホールにて開催される。寺山修司に所縁のあるアーティストたちが集結して開催される同音楽祭。音楽監督は、寺山修司が主宰した劇団「演劇実験室 天井棧敷」で全音楽を手掛け、遺志を引き継ぎ劇団「演劇実験室 万有引力」を主宰している音楽家のJ・A・シーザーが担当。アートディレクションは「天井棧敷」のオリジナルデザインを手掛けた宇野亞喜良、プロデューサーは立川直樹と笹目浩之が務める。なお、第1夜は「書を捨てよ町へ出よう」、第2夜は「田園に死す」と題され、それぞれ異なる寺山ワールドが繰り広げられる。第1夜の出演者は、大槻ケンヂ、近藤等則、SUGIZO、瀬間千恵、PANTA、山崎ハコなど。第2夜は犬神サアカス團、近藤等則、SUGIZO、渚ようこ、新高けい子、元ちとせ、未唯mie、蘭妖子、ROLLYを予定している。楽曲は、「あしたのジョー」「海猫」「惜春鳥」「かもめ」「戦争は知らない」などが披露される予定だ。なおチケット発売は、オフィシャルホームページ先行が9月6日まで、一般が9月16日10時より開始される。【イベント情報】「冥土への手紙-寺山修司 生誕80年記念音楽祭」会場:恵比寿ザ・ガーデンホール住所:東京都目黒区三田1-13-2会期:10月11日、12日時間:開場 17:00、開演 18:00料金:税込8,800円
2015年09月02日寺山修司没後30年、PARCO劇場40周年を記念して、4月21日(日)から『レミング~世界の涯まで連れてって~』が上演される。演出を託されたのは、維新派の松本雄吉。音と空間を存分に活用して観客を異世界と誘う名人の登板となれば、寺山作品に愛着がある人にとっても、驚きと発見に満ちた体験になるのは間違いない。その仕上がりを探るため、稽古場を訪れ、出演者の八嶋智人に話を訊いた。演劇実験室◎天井棧敷によって1979年に初演、1983年に劇団の最終公演として改訂再演された『レミング』をもとに、今回は松本と少年王者舘の天野天街が共同で上演台本を仕立てた。「楽譜に近い、見たこともない台本でした」と八嶋は言う。“ヂャンヂャン☆オペラ”は、変拍子のリズムでセリフを連ねていく維新派ならではの表現スタイルで、台本には、言葉を発するタイミングやテンポが細かく記されているのだ。「5拍子や7拍子に慣れていないので最初は戸惑いましたけど、体に馴染んでくるとこれほど気持ちのいいグルーヴはない。同じフレーズを繰り返していても、滞らないというか、独特の高揚感があるんですよね」。人々を隔てていた壁という壁が消失し、すべてが混沌のうちにつながってしまった都市の物語。舞台上で次々と明らかになっていくのは、目隠しを奪われたせいで虚飾を施せなくなった個々の生活だ。八嶋が演じるコック1の場合、四畳半の畳の下に母親(松重豊)を飼っていることが観客の眼前にさらされる。エキセントリックな設定でありながら、母と子の丁々発止のやりとりを見ると、笑わずにはいられない。さらに息子は、穴から飛び出た母親の首で“もぐら叩き”を始める始末だ。「いろんなことが縦横無尽ですよね、寺山作品は。しかも説明的じゃない。凝縮された言葉をポンッと提示して、それを皮膚で感じてもらうという“引き算”の魅力なんです」。詩人でもあった寺山の飛躍に満ちたイマジネーション。だからこそ、右脳に作用する松本演出との相乗効果に寄せられる期待は大きい。「表現の精度をグーッと上げていって、松本さんの言う“至芸”に到達したい。目指すのは、デジタルとアナログの絶妙な塩梅。観てキョトンとしたお客さんにも、“わからないけど、面白かった!”と言ってもらえる自信があります。なにしろ僕自身が、毎日稽古しながらワクワクしているので」。片桐仁がコック2、常盤貴子が往年の映画スター影山影子の役を演じるほか、オーディションで選ばれた16人のキャストが出演。4月21日(日)から5月16日(木)まで東京・PARCO劇場、5月25日(土)に名古屋・中日劇場、6月1日(土)・2日(日)に大阪・イオン化粧品 シアターBRAVA!にて上演される。
2013年04月09日