おとな向け映画ガイド映画館再開!新作は粒ぞろいです。ぴあ編集部 坂口英明20/6/7(日)イラストレーション:高松啓二緊急事態宣言の解除を受けて、待ちに待った新作映画の公開が、6月1日から映画館で始まりました。6日までで20本、今週末12日、13日にはさらに20本以上の作品が封切られます。各館、座席間を離すなど、鑑賞方法に気を使いながらのリスタートですが、映画館のスクリーンで作品を味わうのは、やはり格別の高揚感があります。しかも今回のロードショー内容たるや、素晴らしい!のひとこと。そのなかで、これはという4本をご紹介します。粒ぞろい! オススメです。『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』オルコットの名作小説『若草物語』の4度目の映画化です。久しぶりの、オーソドックスで優雅なアメリカ映画を堪能してください。19世紀後半、ニューイングランド地方に住む四姉妹の成長と青春を描いた作品。先日、1949年版がBSで放送されていましたが、ジューン・アリソンや若き日のエリザベス・テイラーなど当時大人気のスター女優が出演する青春文芸作品でした。今回も、いま最も輝いている女優、シアーシャ・ローナンを主役の次女ジョーに、『美女と野獣』で不動の人気を得たエマ・ワトソンを長女役に起用するなど、ハリウッドの王道を行く作り。特に、シアーシャ・ローナンは観てるだけで幸せな気持ちにさせてくれます。見どころのもうひとつは、ていねいに再現されたセットデザイン、衣装やインテリア、小道具の数々。米アカデミー賞で衣装デザイン賞を受賞したのも納得です。細部にまでこころ配りのある、見事な作品です。『お名前はアドルフ?』ドイツ映画。まさにおとな向きの知的な、それでいて大笑いしてしまう、珠玉のコメディです。元はフランスのお芝居だったそうですが、ドイツで映画化すると、また意味あいが違います。舞台は、ライン川のほとりにある、現代ドイツ文学を教える大学教授のおしゃれな邸宅。妻の弟夫婦に待望の赤ちゃんが生まれるということで、お祝いの宴が始まります。ゲーム感覚で子どもの名前を当てっこしていると、とんでもない事態に。なるほど、舞台劇の映画化。すべてセリフのやりとりで進行します。名前をめぐって、哲学、歴史、文学の大論争。そのうち、それぞれの思いや秘密が吹き出して、さらに修羅場に。家の中での自粛疲れで、プチストレスに襲われていた今だからでしょうか、ここまでぶちまけられると、観終わって何故かスッキリもします。首都圏は、6/6(土)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、7/24(金)から名古屋・伏見ミリオン座他で公開。関西は、7/10(金)からテアトル梅田他で公開。『罪と女王』デンマークはフィンランドと並んで、世界一幸せな国といわれていますが、そんな国の、アンモラルな映画です。その辺が面白いのです。弁護士で、児童保護を専門とする女性が主人公。医者の夫、幼い双子の娘もいて、幸せな生活を送っていたのですが、やや素行の悪い、夫と前妻の間にできた17歳の少年を家にひきとったところから、ほころびが生じ始めます。彼を立ち直らせようとしているうちに、関係を持ってしまうのです。映画のすごさはここからで。過ちが発覚しそうになるや、彼女は、極めて残酷な大人の対応をし、自分の立場を守ろうとする行動にでるのです……。これまで観たことのない展開の映画です。女性監督メイ・エル・トーキーの、デンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)作品賞など世界中で映画賞を受賞した作品です。首都圏は、6/5(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、6/27(土)から名古屋・名演小劇場で公開。関西は、6/5(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『コリーニ事件』大物実業家がベルリンのホテルで、銃で撃たれて死亡するシーンで始まります。犯行理由について沈黙を続ける犯人。事件の弁護をたまたま引き受けたのは新米弁護士の主人公。特に社会正義に燃え、という意識も、野心もそれほどない、普通の青年です。勝てる見込みのない裁判でしたが。調査を始めると、ある事実が浮かび上がります。それは……。ドイツのベストセラー小説を映画化した、現代のドラマですが、歴史ミステリーであり、後半は裁判劇。殺人事件が歴史を掘り起こし、戦後ドイツが隠してきた事実につきあたるこのドラマの展開はスリリングで、おとな向け一級エンタテインメントです。犯人コリーニ役は、マカロニ・ウェスタンの伝説のヒーロー、フランコ・ネロ。これがめちゃ渋いんです。
2020年06月07日おとな向け映画ガイド今週のオススメは、韓国冷血犯罪もの、山田孝之が父親役!?、スーダンに映画の灯を! この3作品。ぴあ編集部 坂口英明20/3/30(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は、3月30日時点で13本(ライブビューイング、映画祭を除く)。こういうつらい時期の公開ですが、実は、話題作、佳作ぞろいです。この中から2本と、近日公開の1本を、おすすめしたいおとな向き映画としてご紹介します。万事解決して、皆様が御覧になれますように。『暗数殺人』このところハズレなし。韓国映画の傑作です。暗数殺人、統計にでてこない、闇から闇に葬られた殺人。当然あるんでしょうね。そのひとつが、ある事件をきっかけに明るみになったという実話の映画化です。現代の釜山。恋人殺人事件の容疑者が、刑事に別の殺人の犯行をほのめかします。虚言癖のある男なので、多少疑いながら調べてみると、自白の場所に白骨死体が。が、事件が表面化すると、彼は「死体を運んだだけ」ととぼける。そんな繰り返しでつぎつぎと明らかにされる殺人。ふてぶてしく、かわいげもない容疑者の意図は何か?刑事にとっては手柄をたてるチャンスであり、反発をしながらも、どんどん深みにはまっていき……。役者がいいです。刑事役にキム・ユンソク。『チェイサー』や、一昨年公開の『1987、ある闘いの真実』でも警察所長を好演していました。犯人役はチュ・ジフン。TVドラマ『宮 ~Love in Palace』や、映画でも『神と共に』など話題作に多く出演しているイケメン俳優です。悪魔的といいますか、いったいこの顔で何人殺したのだ、不気味なつらがまえです。ユンソクの部下役、チン・ソンギュも、私注目の役者です。今年公開の『エクストリーム・ジョブ』では刑事でありながら唐揚げ作りの天才というキャラで笑わせてくれました。今回は真面目一方ですが。『ステップ』かぶりものも全裸も辞さない、闇金や勇者ヨシヒコとか変わった役を演じる印象が強い山田孝之が父親健一役で、妻に先だたれてからの娘美紀との10年を描く感動の物語。ってありかと、思いましたが、ありでした。シングルファーザーの暮らしがていねいに描かれます。2歳半の娘を保育園に預け、会社へ。営業から時間の自由がきく総務に回してもらい、周りに迷惑がかからないように仕事をてきぱきこなし、娘を迎えに行き、食事の支度をし……。やがて小学校に入学し、卒業するまでの、さまざまなエピソード。「ステップ」は一歩、一歩ずつという意味でしょうか。原作は重松清の小説です。監督・脚本は飯塚健。代表作『荒川アンダー ザ ブリッジ』とはだいぶ雰囲気がちがいます。もちろん父娘の話が中心ですが、まわりの大人たちの描き方がとてもていねいです。私は、國村隼演じる義理の父親に感情移入して観ました。娘の夫、もう実の息子のような主人公と孫への愛情の表し方。國村さんはこういうの実にうまいですね。昔、ウイスキーのCMで家族の絆をテーマにしたシリーズに出ていましたが、あれを思い出しました。母役の余貴美子、健一の同僚役広末涼子、保育士の伊藤沙莉、それぞれに見せ場があります。健一の上司で、いつでも営業にもどってこいよ、と声をかけてくれる営業部長役岩松了もいいなあ。いつも誘ってくれるお昼ごはんが、ちょっとせこくて。『ようこそ、革命シネマへ』スーダン出身の若い監督スハイブ・ガスメルバリによる、ドキュメンタリーです。かつてのスーダンでは、映画は人気の娯楽で、自国製の作品もあったのですが、1989年に軍事クーデターが起き、その後、映画制作は禁止され、映画館も閉鎖されました。79年生まれのガスメルバリ監督は、留学先のフランスで映画にめざめ、そこで過去の「スーダン映画」に初めてふれます。帰国した監督は自国での作品制作をめざし、そんななかで、4人の年老いた映画人に出会います。いずれも1960〜70年代に外国で映画を学び、制作集団「スーダン・フィルム・グループ」を設立したこの国の映画の父、たちです。軍事独裁政権で表現の自由を奪われ、散り散りになっていた仲間たちは、その後再会し、ほそぼそと野外上映会をしたりして、スーダンにもう一度映画の灯をともそうと、活動をしていたのでした。カメラは、その4人が、首都ハルツーム近郊で廃墟と化していた映画館、その名も「革命シネマ」を再建しようと奮闘する姿を追っていきます。70歳前後、さまざまな苦難をへて、それでも失わなかった4人の映画の夢。映画館が修復されたら掛けようと決めた作品は、クエンティン・タランティーノの『ジャンゴ 繋がれざる者』、というのが泣かせます。首都圏は、4/4(土)から渋谷・ユーロスペースで公開。中部は、4/18(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、第七藝術劇場他で近日公開。
2020年03月30日おとな向け映画ガイド“世界一貧しい大統領”を描いた2本と、異文化トラブルを笑いとばすフレンチコメディが今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/23(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は13本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのは『劇場版 Fate/stay night [Heaven’s Feel] III.spring song』のみ。予定されていた春休み映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』『ソニック・ザ・ムービー』『3年目のデビュー』は公開延期になりました。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が12本。この中からの2本に4月公開の1本を加え、今週のオススメしたいおとな向き映画をご紹介します。『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』イギリスBBCが、その質素な暮らしぶりを「世界一貧しい大統領」と評したウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカ。彼の半生をテーマにしたドキュメンタリーが相次いで公開されます。それぞれ視点が違っていて、いつか並べて上映しても面白いと思える2本です。先に公開されるこの作品は、旧ユーゴスラビア出身のエミール・クストリッツァが監督。『パパは、出張中!』でカンヌ国際映画祭パルム・ドール賞を獲得したのをはじめ、ベルリン、ヴェネチアを制した巨匠は、トラクターを運転する大統領がいるときいて関心を持ち、2014年から撮影を開始、翌年の退任式後までムヒカ大統領に密着しています。愛車はボロボロのフォルクスワーゲン・ビートル、給料の9割は貧しい人々のために寄付をし、時間の許す限りトラクターに乗り、小さな畑で農業に精をだす。愛嬌のある顔をした好々爺。実は、若いときは極左反政府ゲリラで、銀行強盗もしたことがあるツワモノです。クストリッツァ監督とマテ茶を回し飲みしながら、にこやかに語ります。確かに、青年時代の写真をみると、精悍で歴戦のゲリラ兵士といった感じ。軍事独裁政権により、13年間も収監され、不屈の精神が培われたといいます。1985年に軍事政権が倒れた時、49歳で解放され、以後政治家として活躍、94年に下院議員になります。2009年には大統領選に出馬し、当選。10年から大統領職を務めました。在任中は、貧困率を劇的に下げるなど施策を次々と実現、国民から圧倒的支持を受けた5年間でした。青春の思い出を語るのですが、話はいささか物騒です。かつてのゲリラ活動の現場に立ち「45口径を手に銀行に入るのは最高だ」といい放つサングラス姿は、まるでフィルムノワールのギャングです。かと思うと、好きなタンゴのことを「挫折を知ったあとで好きになる歌だ」とつぶやく詩人です。夫人は元ゲリラの同志。愛の歴史も語られます。ホセ・ムヒカ、愛称は「ぺぺ」。84歳、「その顔に歴史あり」です。首都圏は、3/27(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、3/28(土)から名演小劇場で公開。関西は、3/27(金)からテアトル梅田で公開。『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』続いて、4月10日に公開されるこの作品は、フジテレビのディレクター、田部井一真監督による日本のドキュメンタリーです。ムヒカさんと日本との意外な関係を、2016年に来日した時の映像と、ウルグアイ現地でのインタビューなどで描いています。そもそも、ムヒカさんの存在が世界で知られるようになったのは、2012年、リオデジャネイロで行われた国連持続可能な開発会議でのスピーチ。「私たちは発展をするためにこの地球上にやってきたのではありません。幸せになるためにやってきたのです。……行き過ぎた消費主義こそが地球を傷つけ、さらなる消費を促しています」。大量消費社会をやさしい口調で問いただす発言が、世界に反響をよんだのです。演説をもとに日本では子供向けの絵本が作られ、なんと50万部を超えるベストセラーになりました。このことがきっかけとなり、来日にもつながるのですが、ムヒカ元大統領と日本との縁はそれだけではありませんでした。ウルグアイでインタビューした田部井監督に「日本にはとても感謝をしているんだ」ときりだし、日本について話しだします。ウルグアイには、日本人の移民が多くいて、菊の花などの栽培をしていました。彼の家の近くにもそういう農家があり、困った時に花の苗を分けてもらったこともあったそうです。2016年4月、夫人とともに来日したムヒカさんが、行きたいと希望したのは、広島。原爆ドームを見終わって「未来に向けて記憶しよう。人間は同じ石でつまづく唯一の動物だと歴史が示しているのだから」と記します。楽しみにしていたのは若者との対話。「人生でいちばん大事なことは成功することでなく、歩むことだ、転んでも再び立ち上がることだ」と、語りかけます。全編を通し、力強いメッセージがつまった映画です。首都圏は、4/10(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、4/10(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、4/17(金)から梅田ブルク7他で公開。『最高の花婿 アンコール』フランスの大ヒットコメディ。2014年に作られた『最高の花婿』の続編です。ロワール地方のお金持ち一家。両親は敬虔なカソリックで保守的。にもかかわらず、美しい4人姉妹は全員、外国人と結婚してしまいます。長女はアラブ人と、次女はユダヤ人と、三女は中国人と。四女の相手がやっと同じ宗教のカソリックときかされ、安心したのですが、実はコートジボアール出身の黒人で……、前作はそんな大騒動でした。と、ここまで頭に入れていれば、第1作を観ていなくても充分楽しめます。あれから4年。花婿それぞれの故郷を訪ねる旅行から帰国した両親を囲み、みやげ話を聞こうと家族が集まります。ややコンサバな父の毒舌は相変わらずです。が、きいている花婿たちには、それを笑いとばす余裕もありません。仲のいい彼らはみな同じような悩みを抱えていました。それは、住んでいるパリの「異文化ハラスメント」。例えば、四女の夫、役者のシャルルは「黒人に振られる役はヤクの売人ばっかり。マシなのは『最強のふたり』のあいつだけさ!」とご不満です。で、彼がいきなり思いついたのが、インド行き。ツテもないのに、ボリウッドでスターになろうという計画です。義兄の3人もそれぞれ、フランス脱出を考えています。それを知った父と母。愛しい孫たちの顔が見れなくなるなんて耐えられません。花婿たちをフランスに引き留める大作戦が始まります……。フランスは「人種間混合結婚数」が世界一。20%近くが異民族・異人種・異宗教間での結婚、というデータがあります。ヨーロッパの他の国は3%前後ですから、その多さが窺えます。この映画の面白さは、人種や文化のちがいを茶化したり、皮肉ったり、それを陰湿なハラスメントでなく、当人の前でやるところ。そんな本音トークが受けた理由でしょうね。しかし愛があるんだな。幸せな気分になれること請け合いの映画です。首都圏は、3/27(金)からYEBISU GARDEN CINEMAで公開。中部は、4/18(土)から伏見ミリオン座で公開。関西は、4/17(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年03月23日おとな向け映画ガイド「悪カワヒロインアクション」と「三島由紀夫vs東大全共闘秘蔵映像」が今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/16(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は13本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのは『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』『一度死んでみた』『弥生、三月ー君を愛した30年ー』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が10本です。この中から、おすすめしたいおとな向きの2作品をご紹介します。『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』いやあ、あなどっておりました。恐るべしハーレイ・クイン、面白いです。スーパーマン、バットマンまではわかるけど、最近のマーベル・コミックとか、DCコミックスとか(あ、これはDCです)、キャラクターものありすぎでよくわからんなという人にも、かなり親切な作りになっています。おとなにもやさしい、「悪カワ」ヒロインの痛快アクションです。観終わって気分がスカッとします。ハーレイ・クインは、あのジョーカーの元彼女。実は精神科医で、ジョーカーは患者だったのですが、恋人になってしまい、といったこれまでのいきさつは、最初にハーレイがアニメを使って紹介してくれます。ジョーカーの庇護下で好き勝手やってたのに、別れた途端、町の悪党どもがみんな手のひら返しで……。なかでも最強の敵は、サイコで残忍なブラック・マスク。路上暮らしの少女、カサンドラが盗んだダイヤをめぐって、ふたりはブラック・マスクに追われることになります。キュートなのにクール、服やメイクもぶっとんでいて、腕っぷし(というか蹴りか)も強い。ちょっと狂気もはらんで、暴力的。武器はショットガンにドでかいハンマー。ハーレイのキャラクターがなんとも楽しいです。住まいは、ダウンタウンにある謎の中国料理店の上。ごたごたとしたポップなインテリアに、ペットはハイエナの「ブルース」です。ハーレイを演じているのは、前作の『スーサイド・スクワッド』と同じマーゴット・ロビー。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のシャロン・テート役、そして『スキャンダル』ではアカデミー賞助演女優賞ノミネートと、のりにのっている女優です。実は、一匹狼のハーレイが、行きがかり上、タフな女性3人と手を組み、最後はチームになります。それぞれのキャラクターがまた凄いんです。クラブの元歌手で、その声が凶器というブラック・キャナリーとか。この女性陣がサブタイトルの「BIRDS OF PREY (猛禽類)」なわけです。監督は中国系のキャシー・ヤン。スーパーヒーロー(ヒロイン)映画を演出した初のアジア人女性となりました。バトルの前にバストのガードを考えたり、ファイトの途中で髪留めの貸し借りがあったり、男性監督じゃ気づかない細部のこだわりというか、ちょとした気の使いかた、テンポのよさ、この監督うまいです。『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』今から50年前に三島由紀夫と東大全共闘が激論を交わした討論会のフィルム、こんなものが残っていたのかと驚くTBS秘蔵の映像に、新たな取材を加えて作られた貴重なドキュメンタリーです。三島由紀夫は、当時、若者向け雑誌『平凡パンチ』の「オール日本ミスター・ダンディ」という人気投票で、ダントツの1位(2位三船敏郎、3位伊丹十三)だったと、紹介されます。ノーベル賞の候補である大作家というだけでなく、映画に出演したり、マスコミにもよく登場する人気者でした。討論会が行われたのは1969年5月13日。東大安田講堂事件の数カ月後です。前年には新宿南口が炎上した新宿騒乱事件があり、学生運動はますます過激化。繰り返されるデモでは、ヘルメットにゲバ棒の新左翼が投石と火炎瓶で機動隊と激突していました。そういう空気のなか、行動右翼として、つまり敵とみられていた三島由紀夫が東大全共闘から招かれ、駒場キャンパスへ論争に乗り込んだのです。驚くのは、会場に集まった1000人の学生や壇上の全共闘メンバーを相手に、知識をひけらかして論破してやろうとか、馬鹿にするような態度は一切なく、真摯に意見に耳を傾けているところです。逆に全共闘の方が、超うえから目線で、えらそうです。それにしても、三島が、前年に楯の会という私兵のような集団を組織し、この討論会の翌年には、市ヶ谷の自衛隊で軍服を身にまとい、切腹自決するという最期を知っているだけに、いまにしてみればと、意味深長な発言もあります。論争そのものはやや難解ですが、内田樹さん、小説家・平野啓一郎さん、社会学者・小熊英二さん、瀬戸内寂聴さんのコメントがあり、理解が深まります。実際に討論に参加した元全共闘の闘士たち、三島を師と仰ぐ楯の会メンバー、現場に立ち会ったジャーナリストへのインタビューなど、秘話満載です。内田樹さんは「スクリーン越しにこの映画からいやおうなく吹きつけてくるのは1969年の『時代の空気』である。『政治の季節』の空気である。」と記しています。熱い! あの頃の熱気、熱情がびしびし伝わってくる映画です。
2020年03月16日おとな向け映画ガイドグザヴィエ・ドラン新作と夢のような農場の実話、が今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/09(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は17本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのは『貴族降臨-PRINCE OF LEGENDー』1本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が16本です。この中から、おすすめしたいおとな向きの2作品をご紹介します。『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』いまや、ネットの時代になって、絶滅危惧種的な存在かもしれませんが、ファンレターが重要な役割を担っています。世界が注目する映画監督のひとり、グザヴィエ・ドラン、待望の新作です。ドランは、子供の頃、レオナルド・ディカプリオに夢中で、ファンレターを書いたことがあり、そんな思い出をモチーフに作られたそうで、ちょっとノスタルジックな味もある映画です。タイトルバックの前、いわゆるアバンタイトルが、いかにも意味深にまとめられ、物語が始まります。2006年、ニューヨーク。テレビの人気俳優ジョン・F・ドノヴァンが29歳で謎の死を遂げます。そのショッキングなニュースが流れた時、ロンドンでは、11歳のルパートが自分宛ての手紙のことでお母さんを責めています。彼は子役、母はいわゆるステージ・ママです。11歳の少年の手紙の相手は、その人気俳優でした。なぜ彼らは100通を超える秘密の文通をしていたのか。ドノヴァンにとっての少年はどんな存在だったのか。10年の時を経て、21歳の若手俳優になったルパートが、ドノヴァンとの思い出を書いた著書『若き俳優への手紙』について、語りはじめます。ドラン作品ではおなじみのテーマ「母と子」も、やはり映画の大切な要素です。ルパートの母親役はナタリー・ポートマン、ドノヴァンの母親役はスーザン・サランドン、これにドノヴァンのマネジャー役でキャシー・ベイツ、とアカデミー賞受賞&ノミネートの女優たちが脇を固めています。さすがに名優たち、監督の脚本力も加わって、見事に「キャラ立ち」しています。ドノヴァン役はTVの人気者キット・ハリントン。11歳のルパート役ジェイコブ・トレンブレイは、天才子役!です。神童といわれたドラン監督も30歳。アップを多用し、時に70ミリフィルムを使い、構図もすべて自分で決めるという映像や、音楽の使い方など、いたるところに才器を感じます。冒頭、少年が手紙をなくした母を問い詰めます。「インクの色は何色だったの?」。インクの色、匂い……、手紙が伝えるのは文だけではありません。『ビッグ・リトル・ファーム理想の暮らしのつくり方』こんなときこそ、自然の無限の可能性を感じ、とてもポジティブな気持ちになれる、このドキュメンタリーをオススメします。ロサンゼルス郊外、ジョンとモリーという若い夫妻が、2010年から8年間で作りあげた「理想の」農場のお話です。妻は野菜を中心とした料理研究家でブロガー、夫は野性生物番組の監督・カメラマン。マンション暮らしだったのですが、殺処分から救ったワンちゃんと暮らし始めたのがきっかけとなり、農場経営を決意します。動物と共生し、あらゆる食材を伝統農法で育てるのがモリーの夢。それを実現しようというわけです。最初は相手にされなかった資金集めも、話題が話題を呼んで、なんとか成功。東京ドーム約17個分もあるロス郊外の農地を手にします。そこからの奮闘。一部始終をジョンがカメラに収めていきます。まずは、死んだ土壌を生き返らせるところから。ここに伝統農法のプロ、アラン・ヨークという仙人のような人物がサンダルをはいて登場します。そして、仲間の協力も得て、まるで「ビフォー・アフター」のように土地が劇的に変わり、野生植物の楽園と化していきます。が、難問は続出します。果樹園の樹にアブラムシが大量発生したり。でも、それはどこからともなくやってきたてんとう虫が食べてくれます。そう、そんな風に、自然の難題は自然が解決してくれると彼らは身を持って気づいていくのです。ときに、コヨーテがニワトリを襲います。ジョンは、銃で駆除すべきか、苦渋の選択で悩むのですが……。製作・監督・脚本・撮影監督はジョン・チェスター自身。トロント映画祭、サンダンス映画祭など多くの国際映画祭で「観客賞」を受賞した作品です。生きとし生けるものが共生しあうこと、意味のない命はない、そんなことを痛感します。若い人たちに観てもらいたいなあ。首都圏は、3/14(土)からシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他で公開。中部は、3/28(土)から伏見ミリオン座他で公開。関西は、4/3(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年03月09日おとな向け映画ガイド『ジュディ 虹の彼方に』『星屑の町』が今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/02(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は18本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのが『仮面病棟』『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』『ジュディ 虹の彼方に』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が15本です。当初8日に公開予定されていた『映画ドラえもん のび太の新恐竜』は公開延期となりました。この中から、おすすめしたいおとな向きの2作品をご紹介します。『ジュディ 虹の彼方に』ラストで泣きました。 映画はこれでなくては! まさに感動必至の作品です。ジュディ・ガーランドの最晩年を描いています。子役時代の『オズの魔法使』はミュージカル映画の象徴ともいえる1本、その中で歌った『虹の彼方に(オーバー・ザ・レインボー)』が不朽のスタンダードソングになりました。ショービジネスに燦然と輝くまさに星のような存在です。が、そういうひとに限って、実人生は、そんなに恵まれていないんですね。1954年に『スタア誕生』(最近レディー・ガガがリメイク)に主演。アカデミー賞では本命視されながら、最優秀主演女優賞を逸し、女優から歌手に軸足を移したとされています。60年代はショービジネスの第一線で活躍、カーネギー・ホールでの名パフォーマンスなど、レコードでも名盤を残しています。この映画が描く1968〜69年は、ジュディが47年の人生を終える直前。長年の酒と薬、金銭問題、愛する子どもたちとの別離など、心身ともに疲れ果てていたといいます。最後の舞台はロンドンのナイトクラブ「トーク・オブ・ザ・タウン」での長期公演。このロンドン時代を中心に物語は進みます。ジュディ役を演じたレネー・ゼルウィガーに圧倒されます。『ブリジット・ジョーンズの日記』で、アラサーの悩める独身女性を演じた、ややふっくらした印象の強いあの女優さん。その後『シカゴ』ではアカデミー賞主演女優賞にノミネート、『コールドマウンテン』では助演女優賞を受賞した実力派。この作品でも、女優魂というか、相当の練習を積まれたのでしょう。吹き替え無しで歌い、ジュディが憑依しているかのようです。クラブで歌う『トロリー・ソング』『カム・レイン・オア・カム・シャイン』などのスタンダード・ナンバーの楽しいこと……、そして感動の『虹の彼方に』。レネーはこの作品で、ジュディがなしえなかったアカデミー賞最優秀主演女優賞受賞を果たしています。ちょっといいエピソードが心に残りました。ジュディが、舞台がうまくいかず、打ちひしがれて、もう世界に自分の味方はいないと絶望した夜。「出待ち」のファンが彼女を救います。ショーに通いつめる中年のゲイのカップルです。彼らのもてなし、というか心配りがどれほど力になったか。LGBTQコミュニティでは、ジュディと『虹の彼方に』がシンボル的な存在であるといいます。『星屑の町』こちらもショービジネス!ですが、うって変わって、売れないムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」の歌と涙の人情喜劇。シリーズ化し、25年も演じられてきた、下北沢あたりじゃ評判の、舞台の映画化です。例えば、内山田洋とクール・ファイブのように、前川清のバックでわわわわーとコーラスをつけている人たち、いますよね。どこか謎の存在でありますが、かれらに着目したアイデアが面白い。舞台と同じメンバーが出演、これがまた実に絶妙のキャスティングです。映画を観る前の予備知識として、グループ結成のいきさつを書いておくと。元大手レコード会社社員の山田修(コント赤信号の小宮孝泰)が、担当の演歌部門が縮小になったのを機に、それなら自分でとこのグループを作りました。メンバーは、行きつけのスナックのマスター(同じく赤信号のラサール石井)、そして店の客(渡辺哲と有薗芳記)。これに大阪ミナミからボーカルの大平サブローが参加し、グループが誕生。さらに、博多の焼き鳥屋の親父(でんでん)が、グループの経済的な救世主となり、途中から加わります。以後、解散と再結成を繰り返し現在にいたる、というわけです。東北巡業、といっても温泉の余興がほとんど。今回は山田修の故郷、東北の田舎町、廃校になった小学校で公演です。主催は山田の弟(菅原大吉)が率いる町の青年団。ゲストというか前座歌手で「キティ岩城」(戸田恵子)もやってきます。公演前日に行ったスナックで、歌手志望の愛ちゃんにまとわりつかれ、すったもんだあり…。愛ちゃん役はのん。久しぶりの映画出演です。彼女がグループに加わってからの展開はちょっとした「スター誕生」風。かっこよくいえばショービジネス・エンタテインメントですが、どこかしょぼいのが逆に魅力です。大平サブローが歌う『宗右衛門町ブルース』『中の島ブルース』『ほんきかしら』や、グループのオリジナル『MISS YOU』。戸田恵子が歌う『手紙』など、昭和歌謡がたっぷり味わえます。すべて歌詞が字幕になってでます。のんちゃんが歌う『新宿の女』『恋の季節』はよく考えた選曲ですね。脚本は、お芝居のときから、演じる役者の個性を活かす「当て書き」で書かれています。小宮はいかにも気が弱そうだし、一見コワモテだが優しい渡辺、謎がありそうなでんでん、すねものの有薗。なかでもラサール石井が傑作です。舞台での大平との関西弁の漫才のようなやりとりなんて、最高です。
2020年03月02日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明20/2/24(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は24本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのが『野性の呼び声』『スケアリーストーリーズ 怖い本』『劇場版「SHIROBAKO」』『しまじろうと そらとぶふね』『初恋』の5本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が19本です。この中から、おすすめしたいおとな向きの4作品をご紹介します。『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』年老いた美術商、成功とはいいがたい彼の人生の終盤に、大きなチャンスが巡ってきます。オークションの下見会で見つけた小さな肖像画。署名がないので安価ですが、これは隠れた名画に違いない、72歳の主人公オラヴィは、その絵画にひと目で魅了されます。調べていくうちに、この絵は19世紀ロシアを代表する画家レーピンの作品だ、と確信します。もしそれが事実で、真相を知るのが彼だけならばひと財産、ですが。証拠がなければ二束三文。さて、最後にして最大のディールは……。フィンランドの首都ヘルシンキを舞台にした現代の物語です。旧市街で小さな美術店を営むオラヴィ。オークションの落札価格さえインターネットで調べられる時代ですが、彼の商売道具はタイプライターと昔ながらの紙のカード。家族も顧みず、絵画に没頭した人生。娘との確執もあり、孤独なひとり暮らしです。ギャラリーをたたむことになるかもしれないという経済状況。朝、ベーカリーでブリオッシュを一つ買うのが毎日のささやかな楽しみです。そんな彼の店に、疎遠だった孫がやってきます。問題児のため学校の職業体験課題の引受先がなく、祖父を頼ってきたのです。店番をさせると意外や商才もあり、オラヴィの調査の大きな力になってゆきます。何か小さな希望がみえてきます。クラシカルな主人公の顔と風体、帝政ロシア領時代の雰囲気を残す街の景観、それが相まって、しみじみとした趣を感じさせる映画になりました。ちなみに、彼のいきつけというベーカリーは、エクベリという老舗です。ガイドブックによればヘルシンキ最古だそうです。孫の教育のために訪れるミュージアムは、アテネウム美術館。国宝級の美術品が撮影に使われています。絵画をめぐるミステリー、スリリングなオークション、ヘルシンキの街のたたずまい、そして家族の絆。観終わったあとも気分良く映画館を出られる素敵な作品です。首都圏は、2/28(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、2/28(金)から名演小劇場で公開。関西は、3/6(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『野性の呼び声』子どもの頃に読んだことがあるひとも多いかと思います。日本製アニメになったこともあります。勇敢で、誇り高い名犬バックの半生を描いた、ジャック・ロンドンの古典名作、久々の映画化です。バックの父はセント・バーナードで、母は牧羊犬のスコッチ・シェパード。19世紀末のアメリカ、カリフォルニアの判事の家で生まれました。賢くていたずら好きのお坊ちゃん犬。それが、小金稼ぎの悪党に捕まり、ゴールドラッシュのカナダにそり犬として売り飛ばされてしまいます。雪を知りません。夜の雪原でどう寝たら良いか、ましてそりを引くなんて、わけがわからない。そんな世間知らずのバックが、多くの苦難と経験を積んで、強くたくましいリーダー犬になっていきます。そしてソーントンという、傷心の旅を続ける男と巡り合います。演じているのがなんとハリソン・フォード(感動のキャスティング!)。大自然のなかでともに生き、強い友情で結ばれていきます。前半は、高貴な生まれの主人公が、低い身分に落ち、さまよい苦しんだのち尊い存在になるという、日本でいえば貴種流離譚のようなストーリー。後半は、信頼という絆でつながった「ふたり」の、壮大なアドベンチャーです。原作は何度も映像化されていますが、今回は、これまでのような人間目線とは異なり、原作と同じように、バックの立場でその半生を描いたのが特徴です。それを可能にしたのがCG。実際の動物を調教して撮影するのでなく、アニメでもない、新しい表現スタイルです。シルク・ド・ソレイユでパフォーマーだったテリー・ノータリーが、犬の身振り手振りを四足で演じ、それをCG化した上、実写映像を多く溶け込ませたハイブリット。子どもの頃のやんちゃさ、苦難の日々の不屈さ、ソーントンとのおだやかな日々、成犬としてのりりしさ。実写版『ライオンキング』にも驚きましたが、リアルに表現される主人公バックは、喜怒哀楽、とても表情豊かです。『黒い司法 0%からの奇跡』アメリカ南部アラバマ、黒人死刑囚の冤罪を晴らそうと活躍する弁護士の物語。実話を元にした映画です。日本ならインデペンデント作品となるタイプの、とてもシリアスなテーマですが、マイケル・B・ジョーダン、ジェイミー・フォックスという人気の俳優が主演し、ワーナー・ブラザースが配給したメジャー映画。全米では12月のホリデーシーズンに公開された珠玉のエンタテインメント作品です。時代は1988年。ハーバート・ロースクールを卒業したエリート弁護士ブライアン(ジョーダン)は、あえて南部で、冤罪被害者を救済する活動に飛び込みます。最初に手がけたのが、死刑囚ウォルター(フォックス)の事件です。18歳の白人女性が殺害され、ウォルターの無実を立証する黒人の証人が多くいるにもかかわらず、白人男性の曖昧な証言だけで下された死刑判決。調べていくうちに、犯行を裏付けた証言は司法取引によりでっちあげられた偽証とわかります。まだ根強く残る人種差別意識、白人社会の反感のなか、無罪という正義を勝ち取ることができるか、可能性「0%からの奇跡」を描いています。『アラバマ物語』(1962年)という名作映画がありました。黒人青年の白人女性への暴行容疑をめぐる裁判劇。弁護にあたるグレゴリー・ペックは、アメリカの良心を体現したヒーローでした。この原作に描かれたのが、ほかならぬアラバマ州モンロービル。まさに『黒い司法』の舞台なのです。『アラバマ物語』の記念館があり、街の自慢なのですが。本質はなにも変わっていないという皮肉。この映画に登場する他の冤罪被害者の事件が解決したのは、つい最近という事実に慄然とします。だからこそ、今でも活動を続けるブライアン・スティーブンソン氏のこの映画が公開される意味は大きいのです。『PMC:ザ・バンカー』2024年、アメリカ大統領選挙当日、南北朝鮮の軍事境界線を越えて、北朝鮮のKINGが亡命をしてくるという荒唐無稽なポリティカルアクションです。さすが韓国映画。大胆、です。略語が多いので解説しながら紹介します。映画の中心になるのは、PMC(Private Military Company=民間軍事会社)の多国籍傭兵部隊です。CIAから依頼された彼らのミッションは、DMZ(DeMilitarized Zone=軍事境界線)の地下30メートルに作られたバンカー(シェルターのようなもの)で開かれる南北秘密会議の咳から北側の要人を誘拐すること。CIAの企みは、その要人が持つ情報で北の核武装を解除し、選挙で劣勢の現職大統領支持率を一気にあげ、勝利に導こうというもの。当初の計画では10分で片がつくはずでした。ところが、会談前にソウルに北からスカッドミサイルが打ち込まれ、しかもあろうことか、会場に現れたのは北側の最高指導者!ここからは、地下要塞での壮烈バトルです。地下のバンカーには南北双方のエリアが存在し、高級ホテル並のスイート・ルーム、いくつもの会議室、トンネルでセクターがつながっています。ここで、13人の傭兵隊と、中国に雇われた別のPMCが入り乱れての凄まじいサバイバルを繰り広げるというわけです。この臨場感がすごいんです。傭兵部隊の隊長は『神と共に』のハ・ジョンウ。多国籍部隊ですので、アメリカ、メキシコ、ラトビアなど、様々な人種のツワモノが登場します。ドラマの重要な役割をになう、KINGの主治医役で『パラサイト 半地下の家族』のイ・ソンギュンが出演しています。首都圏は、2/28(金)からシネマート新宿他で公開。中部は、2/28(金)から岐阜・大垣コロナシネマワールドで、愛知は近日公開。関西は、2/28(金)からシネマート心斎橋で公開。
2020年02月24日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの3作品。ぴあ編集部 坂口英明20/2/17(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は23本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのが『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』『チャーリーズ・エンジェル』『スキャンダル』『ミッドサマー』の4本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が19本です。この中から、おとな向きの、ぜひご覧いただきたい3本をご紹介します。『名もなき生涯』同調圧力があったり、正しいことをいうことすら考えてしまう昨今、この作品が公開される意味は大きいと思います。第二次大戦時、ナチスに併合されたオーストリアで、ヒトラーに忠誠を誓わないという意思を貫き、最後は処刑された実在の農夫を描いた映画です。監督は、数少ない作品のほとんどが秀作というテレンス・マリックです。主人公のフランツ・イェーガーシュテッターは、ドイツ国境に近いオーストリアにある小さな村の農夫です。敬虔なキリスト教徒で、妻と3人の娘とつつましくも平和な暮らしを営んでいたのですが、戦争はこの山あいの寒村まで押し寄せてきます。召集されたフランツは、罪なき人は殺せない、と兵役を拒否するのです。彼は逮捕され、ベルリンに送られ、裁判にかけられます。頼りの教会も「祖国への義務を優先すべき」と彼の主張にあえて耳を貸さず、孤独な戦いを強いられます。夫をはげます妻もまた、村八分状態で苦難の日々が続きます。同じ時代が背景の『サウンド・オブ・ミュージック』に似た山と谷、豊かな自然が舞台です。監督の初期作品『天国の日々』を彷彿とさせるおだやかな日々の描写で始まります。農場や平原、山腹、現存する教会や聖堂などでロケし、自然光で撮影された映像、鳥のさえずり、牛や羊の鳴き声、教会の鐘など、撮影時の環境音と静謐な音楽は、まさにテレンス・マリックの世界です。そんな平穏な村の空気は、やがて険悪でギスギスしたものに変わっていきます。「今、世界はこの映画で描かれた時代に逆戻りしている。この歴史から何も学んでいないとしたらあまりにクレージーだ」というのが、監督の主張です。フランツの存在は、1970年代に当地を訪れたアメリカ人研究者が見出すまで、まさに「名もなき者の生涯」だったそうです。『Red』Red、赤は危険信号の赤でしょうか。赤い糸、レッドカード、真っ赤なルージュ、朝焼け、燃えたぎる血の色……。または、一線を越えていく決断の象徴?吹雪の夜、街道沿いのボックスで思いつめたように塔子(夏帆)が電話をしているシーンで始まります。かたわらに鞍田(妻夫木聡)。通り過ぎていったトラックの荷台から、赤い布切れが、風に舞い、白い雪道に落ちます。そしてふたりは、無言のまま凍てついた道に車を走らせます。それはまるで「道行き」のようです。このただならぬ緊迫感。映画は、この夜間走行と回想が交互に描かれていきます。育ちのいい商社マンの夫、可愛い娘がいて、夫の両親と同居する住まいは郊外の大きな戸建て。何不自由のない専業主婦・塔子が、10年ぶりにかつて愛した鞍田と再会し、彼の勤める設計事務所で働き始めます。生き生きと仕事に精をだすうちに、実は気詰まりな姑との関係、気は良いけれど自分本位な夫(間宮祥太朗)との生活に疑問が生まれ、距離を感じ始めます。シングルマザーに育てられた自分は、幸せな家庭という幻想を求めていただけなのか?本当の自分はどこに?相手の鞍田もまた、ある秘密をかかえています。そして、ふたりは再び恋の深みにおちてゆきます。島本理生の原作を三島有紀子監督が映画化。ハードなラブストーリーであり、女性の自立の映画でもあります。散りばめられたキーワードや、印象的な映像、気になるセリフ、音楽と音、個性的な役者たち……、観終わっていろいろなことが、記憶に残りました。前作『幼な子われらに生まれ』では不思議な集合住宅が、話題になりました。今回は鞍田の住む、建築家らしい住居が彼の孤独を表現しているかのように使われています。塔子の母役・余貴美子や、職場の同僚役・柄本佑のセリフも彼女の生き方を変える役割を果たします。劇中に流れるジェフ・バックリィの『ハレルヤ』、心に響きます。作者はレナード・コーエン。「愛はマーチのような威勢のいいものじゃない……」、そんなフレーズもある名曲です。『スキャンダル』全米を代表するニュースチャンネル、FOXニュースで起きた、たった3年前の「スキャンダル」を、会社のロゴや関係者の実名までもそのまま使い、内幕を映画にしてしまう。こんなことができちゃうんですね。しかも、社会派というより、ハリウッドの三大女優が熱演する、つまりハラハラどきどきのサスペンスなのです。局内部の描写や、人間模様が見ものです。ドナルド・トランプが共和党の大統領候補として選挙運動中だった2016年。FOXニュースの人気キャスター、メーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)が彼の女性蔑視発言を攻撃します。トランプ支持の局上層部はその報道ぶりに好意的ではありません。そんな折、かつてメーガンと局のトップキャスターを争ったグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が、局のCEOロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで訴えます。ケリーもかつてロジャーから同じような行為をされたことがあるのですが、MeTooと名乗ることはしません。もうひとり。メーガンの座を狙うケイラ(マーゴット・ロビー)がロジャーに接近、同じく性的な行為を迫られています。ケイラは何人かの体験を組合わせて作られた架空の人物ですが、メーガンとグレッチェンは実在しています。特にメーガンは、ご本人とかなり似ています。この作品で、今年度アカデミー賞メイクアップ賞を受賞したカズ・ヒロ(辻一弘)の特殊メイクの産物です。また、シャーリーズ・セロンとマーゴット・ロビーは賞は逸しましたが、それぞれ、アカデミー賞主演女優、助演賞候補でした。普通こういうテーマは圧力でつぶされることが多く、この作品も撮影入り2週間前に制作会社が突然降りるという危機がありました。それにも関わらず、その3日以内に新たな制作・配給会社をみつけ、撮影にこぎつけられたのは、プロデューサーでもあるセロンの情熱と力だったそうです。なんともかっこいい映画人。『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』『グリンゴ/最強の悪運男』に続き、出演作の日本公開は今年すでに3本目。いま絶好調の女優です。
2020年02月17日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明20/2/10(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される作品は15本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのが『1917 命をかけた伝令』『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』『影裏』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が12本です。この中から、おとな向きの映画4作品をご紹介します。『1917 命をかけた伝令』今日、10日に発表された米アカデミー賞。作品賞は惜しくも逃しましたが、撮影賞、視覚効果賞、録音賞を受賞したイギリス映画です。本国では、英アカデミー賞作品賞、英国作品賞を受賞しています。1917年、第一次世界大戦のヨーロッパ西部戦線を舞台にした戦争映画です。『西部戦線異状なし』やキューブリックの『突撃』でも描かれましたが、塹壕(ざんごう)の戦い。延々と続く壕で対置する持久戦です。その塹壕からドイツ軍がなぜか撤収。このチャンスにイギリス軍は1600人の部隊で追撃を決めます。ところが総攻撃開始の前日に、退却は罠であることが判明。このまま進めば1600人は全滅必至です。しかし最前線への通信が遮断されてしまい、作戦中止の指令が届きません。頼りは直接文書を届ける伝令のみ。命じられたのは若いイギリス兵ふたり。兵士でごった返す自軍の壕を抜け、撤退した敵の壕に飛び込み、野を越え、川を越え……リミットは明朝。とにかく走る、のです。この作品の評判が高い理由は撮影方法。普通、映画はカットとカットを編集でつなぎますが、この映画は、伝令兵士の行動を、最初から最後までワンカットで追い続けます。次々とおきるアクシデント、敵の攻撃……。カメラとともに観客も伴走しているかのように、一部始終を目の当たりにするわけで、その緊張感たるや大変なものです。119分、息つく暇もありません。監督は、第一次大戦に参戦した祖父から伝令の体験を聞かされたというサム・メンデス。ミッションを命じるエリンモア将軍役でコリン・ファース、最前線で伝令を受け取るマッケンジー大佐役をベネディクト・カンバーバッチが演じています。主役のスコフィールド上等兵役のジョージ・マッケイは当然ながら出ずっぱりです。『影裏』今更ながら、役者の力を感じます。震災前後の岩手・盛岡を舞台にした男ふたりの友情、というか、不思議な人間関係を描いた映画です。主演の綾野剛、松田龍平が芥川賞受賞の原作をはるかにしのぐ存在感です。不慣れな盛岡に転勤となった今野(綾野)が、職場の同僚・日浅(松田)と親友といってもいい仲になるのですが、日浅は突然、転職。そのあたりからふたりの関係がぎくしゃくしてきます。そして大震災。日浅は釜石に出張に行っていたようですが、行方不明に。消息を探し始めた今野は、隠されていた日浅の一面を知ることになります。「知った気になるなよ。お前が見ているのは、ほんの一瞬、光があたった所だけだ」といっていた日浅。彼は一体何者なのか。謎めいた役を演じたら松田龍平ほどぴったりくる役者はいません。彼にBL的な思いも少しあり、しだいに翻弄される今野役、綾野剛もいい佇まいです。ふたりが釣りを楽しむ緑あふれる盛岡の清流の美しさ、震災後の不安な雰囲気……、美術や撮影スタッフの仕事ぶりにも拍手、です。監督は、NHKの大河ドラマ『龍馬伝』や映画『るろうに剣心』シリーズの大友啓史。盛岡の出身です。『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』本当にあった話です。21世紀初頭のアメリカ。『サラ、神に背いた少年』という小説がベストセラーになりました。作者はJ・T・リロイ。女装の男娼だった経験をもとに書いたといい、カバーをみるとミステリアスな美少年です。セレブやアーティストからも支持され、時代の寵児となったこのリロイなる美少年作家、実は存在せず、40過ぎのローラという売れない女流作家の創造物でした。写真も適当にみつけたものでした。が、ローラが、写真のイメージそのままの、中性的な魅力を持つ女性サヴァンナをみつけ、彼女にリロイを演じさせると、これが大成功。サヴァンナは見事になりすまし、パリで堂々と記者会見をしたり、ハリウッドで映画化されるとカンヌ映画祭に現れたりと大ブレイク。ところが、2006年、ニューヨーク・タイムズの報道でこの嘘が暴かれてしまい……。この事件は、ローラを中心に描いた『作家、本当のJ・T・リロイ』というドキュメンタリー映画にもなっていますが、今回の作品は、リロイを演じたサヴァンナが書いたノンフィクションをもとに、彼女も製作に加わって作られています。誰かになりすますことの背徳的な魅力と、罪悪感というよりバレたらどうなるのかという恐れと、バレてもいいやという開き直った行動、わかるような、わからないような。サヴァンナ役のクリステン・スチュワートは、近く公開のリブート版『チャーリーズ・エンジェル』にも出演。ローラを演じたローラ・ダーンは、『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』で紫色の髪をしたホルド提督を演じてました。ブルース・ダーンの娘です。首都圏は、2/14(金)から新宿シネマカリテ他で公開。中部は、3/7(土)から伏見ミリオン座で公開。関西は、2/14(金)からテアトル梅田で公開。『山中静夫氏の尊厳死』末期の肺がんで余命3カ月を宣告された山中静夫氏が、故郷の山を見ながら死んでいきたいと、信州・佐久の病院を訪ねます。浜松にある雑貨屋の婿養子となり、長く郵便配達の仕事をしてきました。それは真面目な初老の男性です。妻は、見舞うのに車で2時間もかかる病院への入院は反対でしたが、これまで、文句ひとついわなかった実直な夫が初めて自分の強い意思をみせたことで、同意します。山中さんの生まれた在所は、もう限界集落になっていて近所のおばあさんが一人住んでいるだけ。実家もすべて死に絶え、廃屋寸前になっています。ここで、山中さんには「やっておきたいこと」があったのです……。山中静夫役は中村梅雀。もうひとりの主役は主治医の今井医師。津田寛治が見事に演じています。次から次へと患者を見送る日々、今井医師は、山中さんを看取ったあと、うつ病を発症してしまいます。「個室にしますか、相部屋にしますか」ときかれ、山中さんは「何が何でも個室。最後くらい人に気を遣いたくない」と色をなして主張します。それで与えられた角部屋の浅間山が見える個室。思い残すことはそれほどなく、朝な夕なにふるさとの山をみて、ていねいに対応してくれる先生がいて。ある意味考えられる理想の死に方かもしれません。首都圏は、2/14(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、3/21(土)から名演小劇場他で公開。関西は、3/20(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年02月10日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの3作品。ぴあ編集部 坂口英明20/2/3(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される作品は22本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのが『ヲタクに恋は難しい』『犬鳴村』『劇場版 騎士竜戦隊リュウソウジャーVSルパンレンジャーVSパトレンジャー/魔進戦隊キラメイジャー エピソードZERO スーパー戦隊MOVIEパーティー』の3プログラム。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が19本です。この中から、今回は、片肘はらずに気楽に観ていただき、あー面白かった!と映画館をあとにできる、そんなおとな向きの映画3作品をご紹介します。『グリンゴ/最強の悪運男』『グリンゴ』はスペイン語で「よそもの」の意味。手塚治虫の漫画のタイトルで同名のものがありました。意味は同じですが、もちろん無関係です。サブタイトルの「最強の悪運男」は、何をやってもついていない主人公ハロルドのこと。でも、彼がなぜ最強かってところがポイントです。ハロルドは、シカゴの製薬会社で働く風采のあがらないサラリーマン。友人リチャードに拾われ、彼が経営する会社に入ったものの、この友人がケチでジコチュー、ひそかに会社を売りに出して、いいとこ取りを計画中で、ハロルドはポイ捨てされる運命にあります。しかもあろうことか、妻はそのリチャード社長と浮気中です。会社には共同経営者かつ社長の愛人エレーンという重役がいて、彼女は彼女で色気を前面におしだす欲の塊。しかもなにやら画策中。悪運男、最低男、性悪女、と見事にキャラ立ちした3人が揃いました。社長の悪巧みのために3人はメキシコ出張にでかけるのですが、旅先でハロルドが誘拐され、会社に法外な身代金の要求がとどきます。でも実はこれ、自分の悪運に嫌気がさしたハロルドの一世一代の狂言で……。人の良さそうなハロルド役にこれまでキング牧師を演じたこともあるデヴィッド・オイェロウォ。社長リチャードは『スター・ウォーズ』シリーズではルークの叔父役だったジョエル・エドガートン。そして、男とみると舌なめずりをくりかえすビッチ役は、おなじみシャーリーズ・セロンです。彼女はこの映画のプロデューサーも兼ねています。のりのりでフェロモンをまきちらしてます。ごく普通の人間がなにかのきっかけで、どんどん事件に巻き込まれていく、いわゆる「巻き込まれ型サスペンス」。話はエスカレートしていき、この三人以外にも悪玉、善玉、おかしなキャラクターが次々登場します。最高なのが、ギャングの麻薬組織のボス。ビートルズの熱狂的なファンで、抗争相手を捕まえるや、ビートルズのベスト・アルバムを尋ね、彼の趣味とちがうと銃で殺してしまいます。さて、彼がきらいなアルバムとは?何だったと思います?とりあえず私はセーフ。彼には殺されずにすみます。『グッドライアー 偽りのゲーム』今週登場の謎解きミステリーは、この作品です。ポスターなどのビジュアルでは、白いコートのヘレン・ミレンと黒いスーツのイアン・マッケランが対照的に表現されています。それでこのタイトルですから、この名優ふたりによるだまし合い、「コンゲーム」ものと想像できます。まさにそれ。予測を裏切らない名人芸、見せ場たっぷりのエンタテインメントです。今からおよそ10年前のロンドン。ベテラン詐欺師ロイは、流行り始めたネット交際サイトで、最近夫に先立たれた資産家ベティと知り合います。ロイのいかにも紳士然とした外見、そつのない会話。世間しらずの上流夫人は彼の魅力にどんどんはまっていきます……。ロンドンのおしゃれで粋なお年寄りのデート。ベティがロイにトップ・ハットを見立てるセント・ジェームズストリートの帽子店「ロック&カンパニー」や老舗デパートの「フォートナム・アンド・メイソン」など、有名店も登場します。ロイ役のイアン・マッケランは、『ロード・オブ・ザ・リング』の魔法使いガンダルフでおなじみ。高名なシェイクスピア役者です。かたや、米アカデミー主演女優賞を受賞した『クィーン』のエリザベス女王を始め、誇り高き女性役ならこの人、ヘレン・ミレン。彼女が演じるベティは、ノーブルで、一見世間知らず風ですが、芯は強そうです。ロイがいかに百戦錬磨とはいえ、詐欺師の手にやすやすとかかるとは思えません。後半は、予想を越えた、そうくるか、という展開でした。お楽しみに。『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』旅の映画、ロードムービーも、毎月様々なテーマの作品が公開されます。何かを目指す旅、追う旅、追われる旅、さまよう旅……。この映画は、夢に向かう旅です。アメリカ南部、ジョージア州サバンナ郊外。身寄りのないダウン症の青年ザックは受け入れ先がなく、州指定の老人施設で暮らしています。彼の夢は、プロレスラーになること。親しくしてくれるカールじいさん(懐かしやブルース・ダーン!)の部屋で、憧れのレスラー、ソルトウォーター・レッドネックが開いたレスリング道場勧誘のビデオカセットを繰り返し見て、いつかこの学校に入るのだ、と考えています。そしてある夜、窓枠にはめられた鉄格子をすり抜け、施設をパンツ一丁で逃げ出します。ふとしたことで出会い、旅の仲間となったのが、漁師のタイラー。カニ漁の漁場のトラブルで命を狙われています。ふたりは逃避行ですから、道なき道を行くことになるのです。基本は歩き。時にヒッチハイク、手作りのいかだ……。途中から、ザックを探す施設の看護師エレノアも加わり、ついに、レスリング道場のある町にたどりつくのですが……。ささやかな映画作りから始まったのだそうです。実際にダウン症で、役者志望のザック・ゴッツァーゲンが、「映画スターになりたい」という夢をふたりのクリエイターに語り、彼らがザックを想定したオリジナル脚本を書き、テスト映像を作ったところ、3人の熱と、ザックの存在感にうたれた独立系のプロデューサーが出資を決めました。アメリカ南部の地方映画祭で観客賞をとったものの、全米公開最初の映画館数は17館。それがSNSなどの評判で6週後には1490館まで広がり、大ヒットとなりました。映画そのものも、まさに夢の実現でした。彼らの旅は、どこか『ハックルベリー・フィンの冒険』を連想させます。めげない、恐れをしらない、ザック君を見ていると、何か元気をもらえる。そんな映画です。
2020年02月03日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明20/1/27(月)イラストレーション:高松啓二今週公開される作品は18本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国のシネコン等で拡大上映されるのが『AI崩壊』『バッドボーイズフォー・ライフ』『嘘八百 京町ロワイヤル』『前田建設ファンタジー営業部』『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』の5本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が13本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい4作品をご紹介します。『男と女 人生最良の日々』あの不朽の名作『男と女』の50年後を描いた映画です。主人公ジャン・ルイは海辺の瀟洒な老人ホームで余生を送っています。年輪を重ねた顔は多少枯れた感じではありますが、おしゃれでチャーミングなおじいさんです。が、そろそろ意識があいまい。思い出すのは、50年前に出会い、恋におち、別れたアンヌという女性のことばかりです。ある日、いつものように庭のベンチに腰かけていると、年老いているけれど気品があって美しい女性が声をかけます。「こんにちわ、座っていいかしら?」ふたりは話しはじめます。……施設のこと、子供のこと、老いた男の話は、何度も行きつ戻りつし、かつて愛した女性に、またたどり着きます。「あなたみたいに美しい女性だった」。彼女が長い髪をかきあげると、「すてきなしぐさだ。彼女もそうしていた」……。いつもいつも思い出すアンヌが目の前にいるのに、なかなか気が付かないジャン・ルイ。それが『男と女』50年ぶりの再会シーンです。ジャン=ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメ、監督はクロード・ルルーシュ、そして音楽はフランシス・レイ。かつてのスタッフ、キャストが再集結しました。冬のドーヴィル海岸、はしゃぐ子供たち、犬を連れて散歩する男、バックにかかるあのスキャット・コーラス。雨の高速道路、夜明けのパリ。彼女のもとへひた走るジャン・ルイの車……。50年前の映像が思い出とともによみがえります。フランシス・レイはこの作品のために新曲を作り、映画完成のあと、この世を去りました。「君はいつだって、俺の川がたどり着く終着地……」新しいシャンソンがヴァース(導入)のように使われ、ダバダバダ……につながります。まるで、「映画みたい」といいたくなるような、うっとりとさせてくれる映画です。『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』1月は毎週良質なミステリーが登場します。なかでもこの作品が一番、かと。よくできたプロット、ミステリアスな舞台背景、そして個性的で芸達者な役者たち、楽しませてくれる条件がそろっています。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017年)のライアン・ジョンソン監督が「ミステリーの女王アガサ・クリスティーに捧げたい」とオリジナル脚本で長年の夢に挑戦した、王道を行く「Whodunit(犯人探し)」映画です。ニューヨーク郊外にある豪邸。世界的なミステリー作家ハーランが、85歳の誕生パーティーの夜、謎の死を遂げます。屋敷は深い森の中にある1890年代に建てられたゴシック建築。ハーランの膨大なナイフコレクションがインテリアの中心です。その夜、屋敷にいたのは、長女夫妻と息子、次男夫妻と息子、亡き長男の妻と娘、年老いたハーランの母、そして専属看護師です。この家族の間には、膨大な財産と版権などのビジネスをめぐるいさかいがあります。事故死か、他殺か?そこに名探偵の登場。警察も一目をおく高名な探偵を演じているのは「007ジェームズ・ボンド」のダニエル・クレイグ。謎の人物からの依頼を受けて捜査に加わったという設定です。ハーラン役は大御所、クリストファー・プラマー。長女役にジェイミー・リー・カーティス、その息子をクリス・エヴァンスが演じています。お膳立てはよし。捜査が進み、次々と明らかになる事実。そして、意外な結末……。そうだよ、観たかったのはこういうの、といいたくなる、おとな向きエンタテインメントです。『淪落の人』香港では日曜になると、街なかの、例えば歩道橋の脇とか、そこかしこにダンボールをしいて、日本でいうとお花見の宴会のように、何人かで飲み食いをしている光景を目にします。普段は住み込みで働くフィリピン人のメイドさんたちが、たまの休みに仲間と過ごす憩いの場です。そんなメイドさんと、雇い主である中年の香港人とのハートウォーミングな心の交流の物語です。雇い主のリョンを演じているのは、ジョニー・トー作品などのハードボイルドからホラームービーまで、守備範囲の広いアンソニー・ウォン。建築現場で働いていたのですが、突然の事故で半身不随となり、その補償金でほそぼそと暮らしています。妻とは離婚、アメリカに留学している息子とスカイプで会話をし、彼の成長だけが生きがいというやや気難しい中年男です。そこに紹介者を通じてやってきたのが、フィリピン人のエヴリン(クリセル・コンサンジ)です。人生は終わったと絶望した男と、写真家の夢を諦め、出稼ぎを選んだ女。言葉もわからず、なかなかうちとけないふたりですが、すこしずつ片言の英語でおたがいの心を通わせるようになっていきます。淪落の人、って「(女性などが)堕落して身を持ちくずすこと」(新明解)と辞書には随分な意味が書かれていますが、このタイトルは、白居易の『琵琶行』という詩からとっているのだそうです。左遷され失意のなかで、やはり人生のどん底にある琵琶の奏者と出会い、天涯淪落の人同士、縁を大切にすべき、と詠った一節です。新人監督のオリヴァー・チャンが、香港の「劇映画初作品プロジェクト」の資金援助を受けて、オリジナル脚本を映画化。香港のアカデミー賞といえる香港電影金像奨でチャン監督が最優秀新人賞。脚本に魅せられてノーギャラで参加したという、主演のアンソニー・ウォンは主演男優賞を獲得しています。良い後味の残る、ウェルメイドな香港映画です。首都圏は、2/1(土)から新宿武蔵野館で公開。中部は、2/1(土)からシネマスコーレで公開。関西は、4/3(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『アメリカン・ドリーマー』1970年前後のカルトヒーロー、デニス・ホッパーの関連映画公開が続いています。12月には、そのドキュメンタリー『デニス・ホッパー/狂気の旅路』と、監督第2作『ラストムービー』、そして2月は、1日から『アメリカン・ドリーマー』と大ヒット作『イージー・ライダー』、28日は出演作『地獄の黙字録』が劇場で上映されます。ハリウッドの異端児、鬼才、狂気の芸術家、自由な生き方をめざすヒッピー……、デニス・ホッパーという存在は謎めいて、悪の魅力にあふれています。ジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』『ジャイアンツ』に出演した2枚目スターでしたが、60年代はマリファナやドラッグにひたる生活。それをそのまま映画にしたような『イージー・ライダー』(1969年)で監督業に手を染め、一躍注目の人となります。この『アメリカン・ドリーマー』は、監督第2作『ラストムービー』の撮影を終え、編集作業に入っている頃のデニス・ホッパーをとらえたドキュメンタリーです。何も隠すことはない、とカメラの前でマリファナを吸い、バスタブで3Pに熱中し、裸で町を歩く……。どこまでが狂気で、どこまでが正気か? どうやら、狂気のアーティスト、デニス・ホッパーを演じているふしも見え隠れします。大成功のあと、次回作に過大な期待をかけられていることへのプレッシャーがそうさせているとも見えます。いかにも70年代の空気が横溢した作品です。全米の大学キャンパスで上映されたものの、ネガフィルムは焼失。存在する1本のプリントからデジタル化された幻のフィルム。日本ではこれが初の一般公開です。首都圏は、2/1(土)からユーロスペースで公開。『イージー・ライダー』も日本公開50周年記念として、同じ映画館で公開されます。中部、関西は現在未定。
2020年01月27日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明20/1/20(月)イラストレーション:高松啓二今週公開される作品は20本(ライブビューイング、映画祭を除く)。100スクリーンを超える全国のシネコンで拡大上映されるのは『キャッツ』『サヨナラまでの30分』の2本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が18本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい4作品をご紹介します。『風の電話』岩手県東部、大槌町に住む庭師が海辺の高台にある自宅の庭に建てた電話ボックス。『風の電話』とよばれています。置かれた電話は繋がっていません。他界した従兄ともう一度話をしたいとの思いで作った、象徴的なボックスです。その後震災がおき、家族や知り合いを亡くした人たちが、この電話のことを知り、天国へ想いを伝えようと訪れるようになりました。その姿がテレビなどで報道され、話題になりました。年間3万人が訪れる鎮魂の場所です。この電話をモチーフに映画が作られました。主人公は、大槌で罹災、家族をすべて失い、呉の叔母の家に身を寄せる高校生ハル。映画は、叔母の入院でパニックのようになったハルが、突然故郷をめざし、ヒッチハイクで始める旅の物語です。計画もない、いきあたりばったりの旅。その途上で出会った大人たちとの交流が、自分はひとりぼっちだ、と絶望していたハルの心を癒していきます。彼らは様々な事情をかかえて生きていて、他人のことなどかまっているひまなどないのですが、ハルの様子をみて、思わず声をかけ、手を差し伸べてくれます。演じているのは、三浦友和、西島秀俊、西田敏行といったベテランの役者たち。諏訪敦彦監督は、役者が台本通りにセリフを読むのではなく、状況を理解した役者が自分の言葉で話す「即興芝居」というスタイルの映画作りをする演出家です。それに応えた、名優たちに、存在感、リアリティを感じます。食事のシーンが多いのも面白いです。悲しいことは多いが、人はまず食べなきゃ生きていけないのです。そして主演、ハル役のモトーラ世理奈が素晴らしい。最初は言葉少ないメソメソした孤独な少女ですが、次第に他者との関係性にめざめていきます。ゆっくりと、自分の言葉でぽつりぽつりと話しはじめます。ロードムービーのように、旅をしながらの撮影だったそうです。終盤近く、10分近い長いモノローグは、この旅の中で彼女自身が人間として成長したかのような、心の叫びが感じられ、圧巻です。『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』年明けから、たて続けにおとな向けのミステリー映画が公開されます。いずれも仕掛けが凝っています。例えばこの作品。世界的なベストセラー小説の出版にからむミステリーサスペンスです。大人気シリーズの最終章出版に向けて、フランスの豪邸に世界9カ国から翻訳家が集められます。携帯もパソコンも没収、ロシアの富豪が作った核シェルターのような密室に、いわゆる「缶詰め」状態にされ、翻訳にとりかかります。原稿も毎日20ページ分しか渡されません。そんな徹底した秘密保持策にも関わらず、本の一部が流出、犯人から法外なお金を要求する恐喝メールが版元に届きます。犯人は9人の中にいるというわけです。大ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』、その4作目『インフェルノ』の出版に際し、アメリカの出版元が各国の翻訳家を秘密の燃料庫に隔離して翻訳作業を行ったという出版秘話にヒントを得ています。この缶詰めに、アジアの翻訳者は対象外だったようです。映画では、中国からも参加、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ロシア、デンマークから高いギャラで集められます。それぞれ個性的であり、お国柄も違えば、仕事の仕方も異なります。本の内容を知るのは彼らと、作者、そしてこの異常な環境を考えついた出版社の社長だけ。やがて内輪もめが始まり、犯人探しが始まり、思いもつかない展開が……。密室ミステリーの一種ですね。お楽しみに。『イーディ、83歳はじめての山登り』人生を変えてしまう映画とは、実はこういう作品なのかもしれません。30年間介護した夫に先立たれ、ひとりになった83歳のイーディ。身辺整理をしていて、昔父からもらった山の絵葉書を見つけ、山登りか、それもいいなと思いますが……。この年ではとても無理だろうと悩む彼女が吹っ切れたのは、馴染みのフィッシュ&チップスの店での会話でした。「追加の注文には遅い?」と聞く彼女に、「何も遅すぎることはないさ」。店員のこの言葉で彼女はにっこり微笑むのです。マンガなら、頭の上にランプが灯った感じです。ロンドンからスコットランド・インバネス行きの夜行列車に乗り、めざすはスイルベン山。絵葉書に父の自筆で「この変な山に登ろう」と書いてあった山です。イーディを演じるのは、舞台出身の大女優シーラ・ハンコック。綿密なトレーニングを積み。撮影に臨んだとのこと。高齢の役者にとっては大変なチャレンジだったと思います。遅すぎる、ということはない、どんな世代にとっても。一歩踏み出したい人への応援歌のような映画です。首都圏は、1/24(金)からシネスイッチ銀座で公開。中部は、3/7(土)から伏見ミリオン座で公開。関西は、3/20(金)からテアトル梅田で公開。『彼らは生きていた』日本では2月14日(金)に公開される『1917 命をかけた伝令』という第1次大戦を舞台にした戦争映画が評判です。このドキュメンタリーの日本公開が急遽決まったのは、その関連作品とみなされて、のようです。確かにこの2本を観ると、第1次大戦の理解は倍加どころではありません。なんともすさまじい、戦争の記録です。戦争勃発は1914年。映像の世紀は始まっています。戦争の一部始終は映像として残っています。イギリス帝国戦争博物館に保存された数千時間に及ぶそういう戦争の記録映像をデジタル修復、1本の映画にまとめたのは『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソン監督です。フィルムは、傷を取り除き、現代の1秒24フレームに修正し、動きがスムーズになり、着色も加えています。100年前に観たのとは比較にならないリアルさだと思います。サイレント画像に、BBCが収録保存していた退役軍人のインタビュー音声素材、再現音も組み合わせて構成。戦争終結100周年記念行事として、2018年のロンドン映画祭で上映されました。開戦が伝わると、熱病にかかったように軍を志願する10代の少年たち、それを煽るのは宣伝ポスターや国全体の好戦ムードです。彼らは。あまり考えもなく軍隊に入り、軍服に身を包み、軍事訓練に励みます。表情は楽しそうで、どこかピクニック気分です。それが、フランスに派遣され、ドイツと対置する西部戦線に送り込まれたあたりから、微笑みは消え、悲惨な様相を呈してきます。広大な塹壕を堀り、そこをベースにした小競り合いでしかばねを重ねていきます。敵の狙撃により隣にいた戦友の首がふっとび、腕が、足がなくなっていきます。遺骸はそのままにされ、死臭がただよう、この世の地獄です。近代戦の装備がどんどん登場します。まだ飛行機の戦いは主ではありません。戦車が現れ、毒ガスも使われます。毒ガスにどう対処したか、聞くと絶句します。壮絶な、まさに壮絶な戦争です。首都圏は、1/25(土)からシアター・イメージフォーラムで公開。中部は、2/22(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、2/14(金)からテアトル梅田で公開。
2020年01月20日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの3作品。ぴあ編集部 坂口英明20/1/13(月)イラストレーション:高松啓二今週公開される作品は21本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのは『記憶屋 あなたを忘れない』『ラストレター』『リチャード・ジュエル』『ジョジョ・ラビット』の4本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が17本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい3作品をご紹介します。『リチャード・ジュエル』衰え知らずの巨匠、クリント・イーストウッドの新作。今回も実話に隠れた真実を描いています。1996年アトランタ五輪開催時におきた爆破事件で一時犯人に疑われ、社会的に糾弾された男をとりあげ、彼の名誉を映画で回復しようという、いかにもイーストウッドらしい男気あふれる映画作りです。しかもこれが見事なエンタテインメントになっています。主人公リチャード・ジュエルは、33歳。ごく普通の警備員です。警察官にあこがれている、正義感にあふれた、いささか空気がよめない人。ちょっとした不正にも一言口をはさむし、武器コレクターです。小太りで、およそモテそうにない風体。善良なのに、ややアブナイ感じに見えてしまいます。野外で開かれた五輪関連イベント会場で、彼はベンチの下におかれた爆発物を発見、必死になって避難を誘導し、爆発の被害を最小にとどめた功績者でした。新聞やテレビでも話題となり、ヒーローに祭り上げられます。ところが、数日後、FBIが彼を容疑者に擬しているという地元紙のスクープ記事がでて、そこから彼はメディアと国民からバッシングを受けることになるのです。FBIの執拗な捜査や尋問も続きます。まさか、彼にとって正義で憧れるFBIが、犯人でない自分を疑うはずがない、という思い込み、勘違いが事態をどんどん悪くしてゆき……。もはや彼の無実を信じてくれるのは、知り合いの、権威を嫌うブライアント弁護士と母のふたりだけという窮地に立たされます。ジュエルを演じたポール・ウォルター・ハウザーがいかにもイノセントで、らしい雰囲気です。彼の弁護士ブライアント役に『スリー・ビルボード』でアカデミー賞を受賞したサム・ロックウェル。母親役のキャシー・ベイツはこの作品で各映画賞にノミネートされています。善良な普通のひとに突然飛びかかってくる、いまのことばでいえば炎上リンチ。SNS時代の今、これをつきつけてくるイーストウッドにうなります。『ジョジョ・ラビット』ヒトラーとナチスをユーモアで風刺した、ポップなコメディにして、ヒューマンドラマの傑作。ゴールデングローブ賞は逸しましたが、米アカデミー賞有力候補といわれる一本です。ナチスが青少年教育、というか、洗脳のために作ったヒトラーユーゲント。そこに所属する男の子ジョジョの日常を描いています。彼は、母とふたり暮らし、10歳です。自分に自信がなく、例えば、ユーゲントキャンプで自己紹介がちゃんとできるか、悩みます。そんなときに、力強く励ましてくれるのが、彼の空想上の友達、ヒトラー君です。キャンプで、うさぎを殺すという課題を実行できず「うさぎのジョジョ」とあだ名をつけられたときも、どこからともなく現れ、「うさぎは勇敢でずる賢く強いんだ」と激励してくれます。そんな彼の日常に、大事件が巻き起こります。ある日、家の天井裏で、ユダヤ人の少女を発見してしまうのです。どうやら、奔放な母が、かくまっていたらしいのですが……。ヒトラーの時代を描いて、ここまで翔んだ映画は少ないと思います。監督は、『マイティ・ソー バトルロイヤル』のタイカ・ワイティティ。母はユダヤ系、父はマオリ系(ポリネシア)のニュージーランド人ですが、劇中、ヒトラーを演じているのは彼です。ジョジョ役のローマン・グリフィン・デイビスが無垢で一途、茶目っ気もたっぷりあってかわいいんです。ゴールデン・グローブ賞では主演男優賞候補でした。アカデミー賞もいけるかも。大人の役者では、なんと、サム・ロックウェルがユーゲントの教官役で出演しています。母親役にスカーレット・ヨハンソン。タイトルバックに流れるのが、ビートルズの『抱きしめたい』(ドイツ語版)です。これがぴったり合って、一気にジョジョの世界にひきこまれてしまいます。『私の知らないわたしの素顔』知的で美人、大学教授というキャリア、でも50歳を越え、若さと美貌を失いつつあるひとりの女性が、Facebookで仮想恋愛に夢中になっていくという異色のサスペンスロマンスです。主演は『真実』で是枝裕和作品にも出演したジュリエット・ビノシュ。現代フランスを代表する女優です。ビノシュ扮するクレールは、長く連れ添った夫の不倫が原因で子供とも別れ、いまやパリの高層マンションでひとり暮らし。そんなある日、若い恋人につれなくされ、Facebookの友達申請まで拒否されます。腹を立てた彼女は、彼の友達アレックスに目をつけ、24歳のセクシーな女性になりすまして、SNSフレンドになることに成功します。だてに文学教授をやってきたわけではありません。巧みな彼女のコメントにアレックスが惹かれていきます、そしてクレールも夢中になって、電話で声を交わし、テレフォン・セックスをするところまで発展するのですが……。恋の行方は? バーチャルの恋が「リアル」にどう影響をあたえる? ふたりは会うのか会わないのか? 興味津々です。そして、クライマックスには、彼女の心の真実を見ることになります。恋するクレールがどんどんキレイに見えてきます。ジュリエット・ビノシュ、さすがです。首都圏は、1/17(金)からBunkamura ル・シネマで公開。中部は、2/14(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、2/21(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2020年01月13日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの3作品。ぴあ編集部 坂口英明20/1/6(月)イラストレーション:高松啓二今週公開される作品は17本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国100スクリーン以上ののシネコンで拡大上映されるのは『フォードvsフェラーリ』『カイジ ファイナルゲーム』の2本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が15本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい3作品をご紹介します。『フォードvsフェラーリ』ル・マン24時間耐久レースを舞台にした、男たちの壮絶なドラマ。1960年代後半、全盛だったフェラーリに対抗してフォードが挑戦、数年かけて勝利を手にした、その実話を描いています。フォード社のヘンリー・フォード2世、後に社長となるリー・アイアコッカなど、登場人物はほとんど実名です。中心になるのは、マット・デイモンが演じるカーデザイナーのキャロル・シェルビーと、クリスチャン・ベイルが演じる伝説のレーシングドライバー、ケン・マイルズ、このふたりです。フォードは堅実な自動車メーカーで、カーレースなんぞ縁がなかったのですが、トップの鶴の一声でル・マン参戦を決めます。フェラーリ買収に失敗した意趣返しと、ブランドのイメージチェンジを図るためです。プロジェクトのリーダーを命じられたアイアコッカは社外からふたりを起用します。キャロルは心臓病でレーサーをリタイアした後、自ら率いるシェルビー社でル・マンに挑戦する野心家デザイナーです。彼がコンビを組んだケンも妥協をしない頑固かつ無鉄砲なドライバー。この大企業と野武士チームは当然あつれきをうむのですが、そんなことはおかまいなしに、アルチザンの道を突っ走るふたりの破天荒な挑戦が、ドラマをぐいぐい引っ張ります。米アカデミー賞候補確実と思います。ドラマ部分だけでなく、カーレースの映像がすごいんです。1965年当時のレーシングカーは、いまやミュージアム展示品。実際に走らせるために高性能のレプリカを用意しました。ル・マンのレーストラック、観覧席もすべて再現しています。実際のレースシーンの多くはドライバー目線の高性能の車載カメラや、別のカメラ車両を使って撮影されています。もちろんカークラッシュなどCGも使われているのでしょうが、この驚くような臨場感はいままで経験したことがありません。IMAXなど、できたら大画面で観るのがオススメです。キューウィーン……と炸裂し、画面を吹っ飛んでいくエンジン音の迫力も、これまでにない魅力です。ScreenXという左右のスクリーンにも映像を投影する、視野270度の3面マルチプロジェクションでの上映や、シートが動く4DX、その両方装備の上映予定の館もあります。カーレースマニアならずとも、この興奮はたまりません。『フィッシャーマンズ・ソングコーンウォールから愛をこめて』実際にイギリスであった、船乗りコーラスバンドの奇跡ともいえる成功物語を映画化した作品です。2019年にイギリスで公開され、動員100万人を越える大ヒットを記録したといいます。ヒゲ面のむくつけき男たちが主人公。『フル・モンティ』のような、おじさんたちの崖っぷちからのサクセスストーリーかと思われるかもしれませんが、もう少し大らかな人生賛歌です。舞台はイギリス南西部大西洋岸、コーンウォール地方にある港町、ポート・アイザックです。この町の漁師たちは歌が好き。ワーク・ソングというんですか、漁をしながら、18世紀から続く伝統の舟歌を歌います。このコーラスバンド「フィッシャーマンズ・フレンズ」は、1995年にチャリティのために結成されました。2010年にメジャーデビュー。CD売上が、トラディッショナルフォーク部門でトップを記録、2011年2月にはBBCラジオの賞を獲得、国内で大規模ツアーを行うまでになります。プロデューサーなど登場人物の設定は変えてありますが、レコード会社との契約や、Youtubeであがった映像で全国的な人気になったことなど、ほぼ実際にあったことです。映画は、このバンドを見つけたロンドンの音楽プロデューサー、人のよさそうなダニー(ダニエル・メイズ)の、奮闘と恋のドラマになっています。バカンスでやってきて、町の広場で歌うその素朴な歌声に魅了された彼ですが、一筋縄ではいかない海の男たちの説得と、一方で、まさかの舟歌を売り出そうというのですから、音楽業界の猛者たちをどう納得させるか、が見どころです。おもちゃのような家が点在する小高い丘に囲まれた、小さな入り江の港町。男たちが集まるパブ……。イギリスらしい風情もそこかしこに。おやじたちは普段着も絵になりますが、ロンドンにおめかしして行くときの、髭面にサングラス、ピーコートにセーター、ジーンズ。いかにもイギリスの船乗りファッション。とってもおしゃれです。『マザーレス・ブルックリン』エドワード・ノートンが監督、脚本、製作、主演したフィルム・ノワール。ジョナサン・レセムによる小説を映画化、時代設定を1999年から1957年に変えています。ブルース・ウィリス、ウィレム・デフォー、アレック・ボールドウィンと、渋い役者を並べた、渋い探偵映画です。主人公ライオネルは、ニューヨークの私立探偵。トゥレット症候群と強迫性障害という病気を抱えています。突然顔をしかめたり、意味不明の言葉や、卑猥な言葉を発したりします。すべて自分ではコントロールできないことですが、聞いたほうは驚きます。聞き込み中に、本音に近いことを言ってしまい、相手が過剰反応して逆に捜査が進むというメリットもあります。並外れた記憶力の持ち主。そんなキャラクターです。孤児院からブルース・ウィリス扮するフランクに引き取られ、育てられ、仕事も彼から教わって。タイトルはそんなライオネルの出自からとっています。ある日、フランクが事件を捜査中に殺害され、彼はその犯人を追うことに。この映画でひとつの注目は音楽です。1957年のニューヨーク。ハーレムのジャズクラブが頻繁に登場します。ノートンは友人であるウィントン・マルサリスに協力を依頼、彼の全面的なバックアップを得て、クラブを再現しています。マルサリスは舞台裏だけでなく、実際の撮影でもオールスターバンドのひとりとして、トランペットを吹き、マイルス・デイヴィスを思わせる演奏を披露しています。映画は2時間24分とやや長いのですが、おかげでこのクラブシーンはたっぷりあります。この作品も、良い音響設備のある映画館がオススメです。
2020年01月06日おとな向け映画ガイド1月第1週、今週のオススメはこの3作品。ぴあ編集部 坂口英明19/12/30(月)イラストレーション:高松啓二お正月第1週。公開される作品は9本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国のシネコンで拡大上映される作品はなく、すべてミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい3本をご紹介します。『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』アメリカ大統領選に挑戦する国務長官とスピーチライターのラブストーリーです。映画のチラシには「男女逆転シンデレラストーリー!」とあります。国務長官役になんとシャーリーズ・セロン。その恋のお相手はややダサめのお兄ちゃん、例えていうと、過激なドキュメンタリーで知られるマイケル・ムーアがひげをはやし、少しやせた感じ。黒縁メガネ、丸い顔、服は無頓着、言葉は早口なうえ、話せば悪口雑言。この組み合わせが意表をつきます。うまくいったら、彼は大統領の夫。ファースト・レディ、ではなく、なんていうのでしょう、そういう存在になるのです。エリートコースを歩み、国務長官まで上り詰めたシャーロット(シャーリーズ・セロン)。片や、フレッド(セス・ローゲン)は潜入取材も辞さない突撃ジャーナリストで、会社をケンカ離職したところ。このふたりが、偶然、久しぶりに、あるパーティーで再会します。実は幼馴染で、年上の彼女は彼のベビーシッターをやったことがある、という関係。フレッドにとっては初恋の人です。もちろん片思いですが。大統領選に備え、専用のスピーチライターを探していたシャーロットは、フレッドの起用を思い立ちます。それが大成功。彼の得意なトゲのある文章、きついジョークは抑えめに、少女の頃の理想とか、夢見たことなど、フレッドのスピーチ原稿にはシャーロットが忘れかけていた自分自身のアピールポイントが巧みに織り込まれていたのです。彼は見事に役をこなしていきます。環境問題に対応するため、世界を飛び歩く激務に、側近として同行し、そして……。シャーロットにいいよるプレイボーイなカナダ首相、頭が空っぽとしか思えない米大統領、金髪のメディア王など、VIPをカリカチュアライズした登場人物にも笑えます。ホリデー・シーズンぴったりの、気楽に観られ、後味もいいラブコメです。『エクストリーム・ジョブ』本国で歴代興行収入NO.1の刑事アクションです。爆笑コメディ、といってもいいかもしれません。こういう映画がでてくるのも、韓国映画が元気な証拠です。国際麻薬犯罪組織を追う捜査チーム。かなり個性豊かな面々が、ドジな失敗を繰り返すなか、やっと敵のアジトをつきとめます。道路をはさんだ向かいにあるチキン料理屋で、客を装い張り込み捜査を始めます。この店、客がほとんどこない閑古鳥状態ですが、時々その組織の事務所が出前を頼むという、捜査には絶好の場所。にもかかわらず、突然、経営危機で店をたたむと主人から打ち明けられてしまい……。年下のライバルチームに差をつけられている中、何とかこのチャンスを逃したくない捜査班コ班長は、この店を買い取るという大胆な策にでます。といっても数々の失敗実績で捜査費はでない。苦肉の策で、なんと、退職金を担保に金を借り、この店の経営を引き継いでしまうのです。チーム全員が店員となって、偽装営業をはじめるのですが。チームのひとり、マ刑事があみだしたチキンのタレが絶品で、このチキン店が大当たり!決しておちゃらけたドタバタ・コメディというだけではありません。班長は、警察本部にいる上司からのプレッシャーや、ライバルの他部署とのあつれき、妻からのお小言、といまや悲しみの中間管理職。でも、タフなんです。演じているのはリュ・スンリョン。韓国映画ではおなじみの顔です。チキン店が繁盛した立役者、マ刑事役のチン・ソンギュは、チキン料理人はひょっとして天職かと悩むところがかわいいキャラ、イ・ハニ扮する伝法な女性刑事もこういったチームには欠かせません。『さよならテレビ』東京のポレポレ東中野でお正月に公開されるドキュメンタリーには傑作が多いんです。『人生フルーツ』は2018年1月2日にここ1館で封切り、全国120館まで上映館を広げ、大ヒットしました。その前年は、やくざの親分がライフスタイルと意見を語る『やくざと憲法』を公開。今回のこの作品も2作同様、東海テレビの製作、テレビニュースの放送現場を描いた問題作です。取材されてみて初めて取材される側の気持ちが理解できる、といいますか。「カメラ回すなよ」「気になって仕方がない」とか、報道局内でも撮影されることへのハレーションはありますし、場合によったら恥部もさらけだす覚悟も必要です。よくここまで描けた、社内の理解が得られたな、と驚くテレビの自画像です。視聴率は他局から抜かれっぱなし、もっと数字を取れるネタを集めてこいとゲキを飛ばす報道部幹部。一方で、「働き方改革」を報道するテレビ局がブラック企業と非難されてはと、残業はできるだけ減らせ、という。ジャーナリストである前にサラリーマンである矛盾。そういう業務合理化対策で雇用契約された若い派遣スタッフ、同じく短期契約のディレクター、夕方のニュースのメインキャスターに起用された局アナの3人を中心に、テレビ局報道部が描かれます。取材現場だけでなく、日々の編集会議の模様や、放送事故の現場まで、生放送でのミス、トラブルなど自らを潔よくさらけ出しています……。決してハッピーでも予定調和でもない結末。これからどうなるんだテレビは!、という叫びが聞こえてきます。東海テレビ開局60周年記念として放送された番組に、新たな映像を加えて再構成した映画です。中部地区だけの放送だったため、うわさの番組となり、録画映像が業界人の間で相当出回ったといいます。貴重な映像です。首都圏は、1/2(木)からポレポレ東中野で公開。中部は、1/2(木)から名古屋シネマテークでで公開。関西は、1/4(土)から第七藝術劇場他で公開。
2019年12月30日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの3作品。年末にことしのベストムービーが登場!ぴあ編集部 坂口英明19/12/23(月)イラストレーション:高松啓二ことし最後の週末。公開される作品は10本(ライブビューイングを除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのは『男はつらいよお帰り 寅さん』『新幹線変形ロボ シンカリオン 未来からきた神速のALFA-X』の2本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が8本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい3作品をご紹介します。『パラサイト 半地下の家族』前評判がすこぶるよく、1月の公開予定が、急遽年末に先行公開となりました。2019年最後にロードショーするこの映画が、ことしのベストムービー!と思います。ともかく観終わって興奮しました。思わぬ展開で最後まで目がはなせません。是非観ていただきたいので、慎重にご紹介します。中心になるのは4人家族、ソウルの下町に住んでいます。家は半地下にあり、居間の窓からは、道行く人の首より下だけが見えます。時には酔っ払いが窓に向けて立ち小便をしたりする、そんな場末です。父は気はいいが、何をやってもうまくいきません。母は一見ルーズ、いざというときは強い下町のおっかさん。二十歳前後の息子と娘はそこそこのルックス。4人の共通点は、口が達者で悪知恵がはたらくこと。善人そうに見えるのが特徴です。といってこれまで世渡りがうまかったわけではありません。息子ギウは予備校通いの浪人中ですが、兵役の前後にみっちりやっているため、いわば「受験勉強」のプロ。いっぱしのことをいいます。友人がそんな彼の能力を見込んで、金持ち一家の娘の家庭教師になる話を持ち込んできます。大学在学証明を偽造、面接も弁舌さわやかに、先方の母と娘の心をガッチリつかみます。さらに、その娘の弟が絵を描くのが得意とみるや、この才能は伸ばすべきとアドバイス。知り合いの知り合いで、シカゴ留学の経験もある美術教育のプロを知っているとほのめかす。なんのことはない、それはギウの妹で、彼女も見事にこの役をこなしていきます。そして、おかかえ運転手に父、家政婦に母と、家族はみるみる、この丘の上の豪邸に住む金持ち一家にまるでウイルスのようにパラサイト(寄生)していくのです。と、ここまではお伝えしてもよいと思うのですが、話はこれが序の口なのです。カンヌ映画祭パルムドール(最高賞)受賞、当然でしょう。米アカデミー賞は外国語部門候補に残っています。残念ですが、日本のほとんどの映画賞は候補の対象期間からはずれます(日本アカデミー賞12/15公開、キネ旬ベストテンは12/19公開まで)。監督はポン・ジュノ、『殺人の追憶』『母なる証明』など、韓国の巨匠。名コンビ、ソン・ガンホが父親役です。12/27(金)から1/9(木)まで、東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田で特別先行公開。1/10(金)から全国公開。『男はつらいよお帰り 寅さん』車寅次郎さんがどんな形で登場するか、は明かせません。振り返れば、テレビでは奄美大島でハブに噛まれれて亡くなりましたが、映画の寅さんは、まだ旅の空のはず、です。22年ぶりの続編。主人公は満男君です。彼ももう50歳近く。ちょっと売れはじめの小説家になっています。妻に先立たれ、中3の娘と二人暮らし。妻の七回忌の法要で柴又の実家に帰ってきて……という始まりです。懐かしい顔が並びます。さくらさんも博さんも。大人になった満男が、悲恋に終わった泉と再会します。これがなるほど、の展開。リリーさんも元気です。団子屋さん「くるまや」はどうなった?裏の印刷工場は?題経寺は?そして肝心のあの人は?昔のことを思い出す満男。何か困ったことがあるといつもあの人がいてくれた。「風に向かって俺の名前をよべ」と言ってくれた。それにしても困った人でもありました。いつか皆でメロンを食べていたことがあって……と、いろんな寅さんエピソードが浮かんできます。過去49作のなかから引用される思い出の数々。「これが男はつらいよの集大成」、確かにそんな映画です。タイトル前のプロローグ、映画用語でアバンタイトルといいますが、いつも寅さんの旅先の夢で始まります。今回は満男が「あ、夢か」とつぶやくと、丸い文字のいつものタイトルに「ちゃーん、ちゃららららら」のあのテーマソング。久しぶりに大画面で観ましょう。老いも若きもお正月映画は、寅さん!です。『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』北欧はヘヴィメタルが大人気だそうです。フィンランドの人口は550万人、メタルバンドは3000あると、この映画のサイトに書いてあります。そういえば、エアギター世界選手権が毎年行われるのもこの国です。あれもメタル系多いですものね。この作品はフィンランドとノルウェーの合作、元気なヘヴィ・メタルバンドの物語です。ロングヘアー、無精ひげ、タトゥー、革ジャン、鎖チャラチャラの出で立ち。音楽のジャンルをきかれると「終末シンフォニックトナカイ粉砕反キリスト戦争推進メタル」と答えるし、バンドの名前は「インペイルド・レクタム(直腸陥没)」。演奏する曲は「溢れ出る分泌物またはももに垂れるクソ」って、おいおいな感じですが、実は素朴な好青年。フィンランド北部、小さな町で12年、幼馴染で作ったバンドです。実は、いつかステージで演奏したいというのが夢の、ライブ童貞。うぶな青年ですから、たまたま知り合ったノルウェーのプロモーターにデモテープを渡せただけで、舞い上がってしまいます。女友達にノルウェーで開かれるロックフェス、ノーザンダムネーションに出ると口走り、その話は、小さな町中に広がって……。フィンランドとノルウェーは北の方で地続きなんですね。奮起した彼らがフィヨルドを越えてオンボロ車でノルウェーをめざす後半は、北欧の美しい景色を背景に、ちょっとほろ苦さも混じった青春爆笑ロードムービーになっています。首都圏は、12/27(金)からシネマート新宿他で公開。中部は、2/1(土)からセンチュリーシネマで公開。関西は、12/27(金)からシネマート心斎橋他で公開。
2019年12月23日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/12/16(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は26本(ライブビューイングを除く)。とても多い週です。全国のシネコンで拡大上映されるのが『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』『仮面ライダー 令和 ザ・ファースト・ジェネレーション』の4本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が22本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい4作品をご紹介します。『テッド・バンディ』ウィキペディアで「シリアルキラー(連続殺人犯)」を調べると、最初に出てくるのがこのテッド・バンディという名前。女性36人以上を殺害した、アメリカ犯罪史上稀にみる殺人鬼が主人公の映画です。だからといって、『ハウス・ジャック・ビルト』のような、どちらかというと、グロなホラーを想像して観ると、これが肩すかしにあうというか、うまく裏切られます。日本公開用のチラシに大きく書かれた「極めて邪悪衝撃的に凶悪で卑劣」という宣伝文句が実は原題。映画は「そういわれているのだが……」と、このシリアルキラーを極悪人として事件を再現するのではなく、長年の恋人、リズの視点から描いていきます。彼女の目には、ハンサムでやさしく向学心に燃える好青年。それが一転、殺人事件の容疑者として逮捕され、有罪の判決を受け、さらに他の州で起きた事件の容疑までかけられてしまうのです。人殺しなんてできる人じゃない、リズからすると、バンディは冤罪? とすら思えてくるのですが……。この事件が全米中で話題になったのは1979年、フロリダでの裁判が公開となり、TV中継されたためです。甘いマスク、弁舌さわやかで、時には軽い冗談を交えて話す彼に、女性ファン、いまでいうと追っかけまで登場します。この一部始終が観ものです。「人間というのは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く」、池波正太郎さんの鬼平の一節を思い出しました。バンディを演じるのはザック・エフロン。法廷で彼と対置する判事役はジョン・マルコヴィッチです。リズの友人役、どこかで観たことがあります。あの名子役、ではありませんか。『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』大ヒットした名作アニメに、250のカット、およそ30分近くが新たに描き加えられました。完全版にしたというよりは、別バージョンとして作られた形。だからタイトルも少し変わっています。すずさんが遊郭に迷い込み、そこで出会ったリンさん。彼女のエピソードがふくらみました。同世代でありながら、まるで別の人生を歩むふたりが心を通わせ、互いを大切な存在と思うまでがていねいに描かれています。このことで、すずさんというひとりの女性が、戦前戦中をどう生きたかだけでなく、世界にはいくつもの「片隅」があるのだと気付かされます。観終わると、すずさん、リンさん、夫に先立たれ北條家に出戻った義姉径子や、義理の母・サンといった女性たち、それぞれの人生が、しみじみと心に残ります。夫、周作もすこし見え方が変わりました。年の瀬。のんさんがあの声でつぶやく「こまったねえ」というセリフをきくのは、心がほっこりして、とてもよろしいと思います。『冬時間のパリ』毎年10月の最終週に、フランスは夏時間から冬時間に切り替わります。やはりパリはこの季節、とてもロマンティックです。そんな季節のなかで、編集者と女優、小説家と政治家秘書、年の頃なら40〜50代でしょうか、ちょっとセレブなカップルが微妙にからみあい、もつれあうオサレな大人のラブコメです。ひんぱんにでてくる話題は、出版業界が直面する電子化問題。男ふたりの大関心事です。主演のギョーム・カネは書籍系出版社の編集者ですが、電子書籍にどこまで対応するか、目下検討中。電子化担当の部下との不倫関係も同時進行中です。ジュリエット・ビノシュは彼の妻役、TV刑事シリーズに出演する中堅女優ですが、どうやら夫が担当する小説家と浮気中。その小説家が書いた新作も不倫がテーマで……。電子書籍と恋愛。みんなとても忙しいのです。気の利いたセリフと知的会話がいっぱい。ウディ・アレン作品を思わせる都会派コメディです。監督はオリヴィエ・アサイヤス。ビノシュの主演で、ニューヨーク・タイムズの「21世紀の映画暫定ベスト25」に選ばれている『夏時間の庭』という作品がありました。首都圏は、12/20(金)からBunkamuraル・シネマで公開。中部は、1/11(土)から伏見ミリオン座で公開。関西は、1/17(金)からテアトル梅田他で公開。『サイゴン・クチュール』ファッションデザイナーを目指す女性が、1969年のベトナムから現代へタイムスリップするファンタジー。1969年といえば、ベトナム戦争中ですが、この作品はそれを完全にネグっています。戦時臭はなく、この映画にでてくる女性たちはポップな60sを謳歌しています。それがベトナムで大ヒットしたといいます。そういう時代なんですね。伝統衣装アオザイを扱う老舗の娘ニュイはミス・サイゴンに選ばれるほどの美女。9代続く家業を嫌い、パリのファッションに憧れています。彼女がデザインする服は、当時としてはハイファッション風。そんな彼女が突然のハプニングで現代へ。ファッション・ビジネスに潜り込むのですが、今観るとどこか野暮ったいニュイのセンスでは、成功はとても無理。いくつもの現実を目の当たりにする中で、最後にアオザイをアレンジしたデザインを思いつき、認められます。50年経って古いものが一番新しいものになっているというアイロニーでしょうか。古いと馬鹿にし、反発していた家業とそれを守る母の気持ちに目覚め、過去に戻るという、まるで松竹新喜劇のような人情ベトナムファンタジー。音楽、ファッション、ヘアスタイルもアメリカの影響下にあったカラフルなアジアの60’sカルチャーが楽しい。とてもかわいらしい映画です。首都圏は、12/21(土)からK’s cinemaで公開。中部は、12/28(土)から名演小劇場で公開。関西は、1/25(土)からシネ・ヌーヴォで公開。
2019年12月16日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/12/9(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は22本(ライブビューイングを除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのが『映画 妖怪学園Y 猫はHEROになれるか』『ジュマンジ/ネクスト・レベル』『屍人荘の殺人』『カツベン!』『映画 ひつじのショーン UFOフィーバー!』5本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が17本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい4作品をご紹介します。『カツベン!』活動写真と呼ばれた無声映画に、芝居がかった解説をつけて上映する、この日本オリジナルスタイルから生まれたスターが活動弁士、略して「カツベン」です。いまもその芸を受け継ぐ弁士がいますし、坂本頼光のようにお笑いライブで活躍する人もいて、ひそかな人気になっています。それはさておき。その活動弁士を主人公に、無声映画黄金時代の大正から昭和初期の映画館を舞台にした極上のドタバタコメディに仕立てたのは『Shall we ダンス?』の才人、周防正行監督です。とても凝っています。劇中で使われる無声映画をまず、オリジナルで製作するところから始まり、撮影場所も、全国の古い芝居小屋、映画館、日光江戸村、東映の京都撮影所など、らしく見える場所を探しまわったそうです。中心になったロケ地は福島市にある旧廣瀬座という、国の指定重要文化財の劇場です。カツベンがどう演じられていたか、欠かせなかったという楽隊がどこに配置され、どんな風に演奏したか。この辺りの再現には力が入っています。サイレント映画の上映なのに、まるで寄席か大衆演劇のような話芸あり、ヴォードヴィルのようなライブありと、音に溢れていたのです。活動弁士を目指す染谷俊太郎役に成田凌、女優志望の栗原梅子役に黒島結菜、この若いふたりを中心に、周防組らしく芸達者が顔をそろえています。カツベンの先輩弁士に永瀬正敏、高良健吾。竹中直人と渡辺えりは映画館の気のいい館主夫婦。そのライバル館の社長で悪玉が小日向文世など、名前を挙げるとキリがないですが、特に徳井優、田口浩正、正名僕蔵の楽士三人組がてんやわんやの狂言回しふうな役割で、大笑い。スラップスティック・コメディっぽいといいますか、アクションで楽しませてくれる、最近には珍しい映画です。『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』ガウディのサグラダ・ファミリア、アンコールワット遺跡など、写真で見るだけでも、ただひたすら感嘆し、凄い!とうなるしかない建造物があります。この映画にでてくる、フランスの片田舎に建つ「宮殿」にも驚きます。シュヴァルという郵便配達員が、33年かけ、たった一人で手造りした理想宮です。実際にあった話で、この建造物はその後きちんと修復管理され、いまもフランス南東部の小さな村にあり、観光名所になっているのだそうです。郵便配達で1日32キロ歩き、仕事を終えてから10時間が宮殿作り。配達の途中も、理想宮のことを考え、路傍でみつけた石を拾い、これはあそこに使おうとか……。19世紀の終わりから、世紀をまたぎ、第1次大戦もほぼ無縁に、1920年代の半ばまでこつこつと作り続けたのです。実直を絵に書いたような彼が、なぜこういうことを始め、何をめざしたのか。きっかけは、娘に喜んでほしい、娘を驚かせたい、という不器用な男の愛の表現だったのですが。しかし、それにしては抽象的でぶっとんだ着想というか想像力の産物です。ジャック・ガンブランという役者が演じるシュヴァルは、日本でいうとまるで若い頃の笠智衆のようなたたずまい。彼をあたたかく見守り、ともに人生を歩んだ妻フィロメーヌ役のレティシア・カスタの、複雑な表情が印象的です。『再会の夏』フランスの忠犬物語。予告を観たときからうるっときましたが、もうこの黒いワンちゃんがけなげで……。第1次世界大戦後、レジオンドヌール勲章まで受勲した戦争の英雄ジャックが、軍を侮辱したと逮捕、収監されます。弁明を拒絶した彼を尋問するため、軍判事の少佐が留置所を訪れると、その中庭で何かを訴えるように、吠え続ける一匹の黒い犬がいたのです……。第1次大戦では、多くの動物たちが戦場で、地雷処理や攻撃などに参加したといいます。そんな史実もふまえたジャン=クリストフ・リュファンの、仏ゴンクール賞受賞小説を映画化した作品です。監督は86歳の名匠ジャン・ベッケル。軍に忠誠を尽くしてきた、退役間近のランティエ少佐を演じるのはフランソワ・クリュゼ。『最強のふたり』の名優です。かたくなに口を閉ざすジャックに向き合い、彼と暮らしていた女性を訪ね、彼が栄誉を捨ててまでして守ろうとしたのは何だったのか、を探っていきます。この少佐の存在が、心温まる映画、を支えています。もちろん、ボースロン犬(ドーベルマンの一種)、イェーガー君の活躍も特筆ものです。『つつんで、ひらいて』本の装幀、手がけた数は1万5千冊という、この世界の第一人者、装幀家・菊地信義さんを描いたドキュメンタリーです。大江健三郎、吉本隆明など文芸書が多い菊地さんの仕事。一冊一冊、どんなカバーをつけるか、どんな書体でタイトルを表現するか。タイトルがプリントされた紙を、くしゃくしゃにまるめ、それを広げ、またくしゃくしゃにし、広げて、コピーを取る。 文字がかすれた感じになって。うん、これでできた、とうなづく。文字を切り取り、レイアウト通りに貼り込む。それで実際のカバーのように本を包んで、眺めてみる。映画のこのタイトルは、そんな菊地さんの仕事ぶりそのままです。それから、文字を、例えば0.5ミリ右に、とか動かして調整する。もちろん最後はパソコンでの作業になり、そちらは助手の方がやられるので、菊地さんのデスクは筆記具とカッター、のりの手仕事道具のみ置かれています。芸術家でもデザイナーでもなく、本の職人さんです。お弟子さんにあたる、若い装幀家・水戸部功さんの「パソコンでスケッチしている感覚」という、パソコンで完結する仕事の仕方とは好対照です。ものを「こしらえる」ことを、神田生まれの菊地さんの祖母は「こさえる」といっていたそうです。「デザインってそういうことです。“こさえる”なんですよ」と菊地さん。原稿を読み込み、あらゆる手法を試み、著者のイメージを羽ばたかせる装幀。小説家・古井由吉さんによれば「自己模倣したくない、ということでしょう。常に何かちがう」。こういう時代だからこそ、手に取りたくなる、開いてページを繰ってみたくなる本はあります。そんな本と出会いたい、本好きの皆さんにオススメの映画です。是枝裕和さん率いる映像クリエーター集団「分福」の製作、監督は劇映画『夜明け』でデビューした広瀬奈々子さん。首都圏は、12/14(土)から渋谷・シアター・イメージフォーラムで公開。中部は、名古屋シネマテークで近日公開。関西は、1/11(土)から第七藝術劇場で公開。
2019年12月09日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの3作品!ぴあ編集部 坂口英明19/12/2(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は15本(ライブビューイングを除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのが『ルパン三世 THE FIRST』『午前0時、キスしに来てよ』『ラスト・クリスマス』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が12本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい3作品をご紹介します。『ラスト・クリスマス』これぞクリスマス・ロマンティック・コメディ!主人公ケイトはちょっとドジで愛嬌のあるクリスマスショップの女性店員。いつも小妖精の格好をして働いています。場所はロンドン。街全体がイルミネーションでキラキラ輝く季節。雪も少し降り。そこに謎めいたアジア系の青年トムが現れて。ワム!の『ラスト・クリスマス』が流れ……。もうすべてがそろっています。ワム!の、その大ヒット曲からインスパイアされたオリジナル・ストーリー。クリスマスに他界したジョージ・マイケルの歌は、未発表曲も含め、劇中ふんだんにちりばめられています。原案・脚本を担当したのはイギリスの大女優エマ・トンプソン。ケイトの母親役で出演もしています。そういえば、彼女は同じくロンドンを舞台にしたクリスマス映画『ラブ・アクチュアリー』にも出演していましたね。主演のケイト役はエミリア・クラーク、トム役には『クレイジー・リッチ!』のアジア系イケメン、ヘンリー・ゴールディングが扮しています。クリマスショップの、サンタとよばれるオーナー役はミシェル・ヨー(私は『グリーン・デスティニー』を思い出します)。彼女の大人の恋や、ケイトの家族の物語、トムがボランティアで手伝うホームレスのためのイベント、そして感動のラスト!映画館を後にするときは、あのメロディを口ずさみ、幸せな気持ちになっているはずです。『私のちいさなお葬式』心臓病で医者に余命わずかと宣告された73歳の女性が、誰にも迷惑をかけずに、ひとりでひっそりと自分のお葬式をやろうと決める、そんなロシアの「終活」映画。といってもシリアスなドラマではなく、どちらかというとクスリと笑える系のコメディです。小さな村の、ひとつしかない学校で長年教師を務め、いまは年金生活。夫に先立たれてひとり暮らし。都会に居る息子は成功していて忙しく、5年に一度顔をだす程度。自死をする覚悟で、生前にお葬式の準備をしてしまおうとするのですが、例えば、死亡診断書とか、本来なら亡くならないと出せません。でも村に住む大人はほとんど教え子。真面目な、でも優しいこの先生に頼まれるといやとはいえないのです。諸手続きを済ませ、棺桶を買い、葬式での食事を用意。あとは死ぬだけなのですが……。主演のエレーナを演じるマリーナ・ネヨーロワ、隣家に住む友人役のアリーサ・フレインドリフという、ロシアを代表する名女優ふたりが、ともに存在感のある演技で素晴らしいです。原題は「解凍した鯉」。登場する鯉の「名演技」も観ものです。驚いたのが劇中歌。日本ではザ・ピーナッツが歌った『恋のバカンス』のロシア語版が主人公の思い出の歌のように流れます。宮川泰が作曲した1963年のヒット曲ですが、ソ連でも大ヒットしたそうです。聡明で、どこかかわいらしいおばあちゃんの、愛すべきロシア映画です。首都圏は、12/6(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、12/14(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、12/6(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『リンドグレーン』スウェーデンの作家、『長くつ下のピッピ』などの子供向け小説で世界的に知られるアストリッド・リンドグレーン。1907年に生まれ94歳で他界した彼女の、16歳から10年間、まさに「作家リンドグレーン」が誕生するまで、を描いています。彼女は、スウェーデン南部の小さな町ヴィンメルビー生まれ。教会の土地で農業を営む、大家族のなかで育ちました。身の回りのことを書いた作文が地元紙に掲載されたことがきっかけで、小さな新聞社で編集助手の仕事を得ます。ときには秘書、取材や原稿書きもする、楽しそうなハイティーン。ポスターなどメインビジュアルでは、この頃の彼女の生き生きとした姿が使われています。ところがこの後、年上の男性との不倫、シングルマザーになる、など、戦前の女性としては波乱万丈のストーリーが待っています。その中に、彼女がなぜ、世界の子供たちに愛読されたエバーグリーンの物語を作ることができたかという秘密への答えもあります。作家になってからのサクセスストーリーよりも、小説の愛読者にとって、興味のある内容かもしれません。同じ北欧、デンマークを代表する女性監督のひとり、ペアニレ・フィシャー・クリステンセン作品。岩波書店の本でおなじみのリンドグレーンの映画、東京の上映館は当然、岩波ホールです。首都圏は、12/7(土)から岩波ホールで公開。中部は、1/11(土)からセンチュリーシネマで公開。関西は、12/27(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2019年12月02日おとな向け映画ガイド今週のオススメは『すみっコ…』を含むこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/11/25(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は30本(ライブビューイングを除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのは『ドクター・スリープ』。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が29本です。この中から、おとなの映画ファンにオススメしたい3作品と、上映中の話題の1本をご紹介します。『ドクター・スリープ』スタンリー・キューブリック監督が1980年に発表したホラーの名作『シャイニング』。リゾートホテルの冬季閉鎖中に管理人として雇われた売れない小説家ジャックが、次第に狂っていき、最後は妻と息子を襲う……。古いゴシック調のホテルの不気味さ、主演ジャック・ニコルソンの狂気、映像的にも恐ろしく、記憶に残る作品でした。これは、その続編。何とか生き残った、あの超能力=シャイニングの持ち主、ジャックの息子ダニー(ユアン・マクレガー)が、惨劇のトラウマをかかえたまま40代となり、そして因果は巡る……、というお話です。新たに登場するのは、ダニーと同じシャイニングを持つ少女アブラ(カイリー・カラン)、そして彼女のような超能力保持者を狙う謎の集団とその女ボス、ローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン)。サイキッカーが入り乱れての超絶バトル。最終決戦の場所は……、あのホテル……です。ダニーの脳裏にやきついているさまざまなイメージや、前作とよく似た雰囲気の役者たちもでてきます。前作を映画ファンは大傑作と評価しましたが、原作者スティーブン・キングは気に入らず、自身で別にTV映像化。が、このTV版のできがいまいちで、と両巨匠の対立はいまや伝説です。キングは2013年に小説の続編を書くのですが、その映画化には、キューブリックの遺族とキングの両者を納得させる必要がある、そういうハードルを越えてきた続編です。キューブリックの『シャイニング』をリスペクトしつつ、そのファンをうならせ、『IT』などのキング信者も満足させる、その課題はクリアできるかー。『ファイティング・ファミリー』全米のCATVなどで大人気のプロレス、WWE。イギリスからひとりその世界に飛び込んだ実在の女性、リング名「ペイジ」の、異色スポ根映画です。まず、彼女の家族にびっくりします。イギリス北部の町で、レスリング・ジムを営んでいるのですが、ヘビメタのオジー・オズボーン一家みたいな、ド派手で本音まるだし、やや露悪趣味。モヒカンで髭面の親父、唇にピアスの母親、口をひらけば4文字言葉の連発です。WWEはそんな彼らのあこがれの総本山。家族の夢を背負い、ペイジはWWEのファームNXT(入門クラス)をクリアし、晴れの舞台への道を歩むのです。WWEの大スター、ドウェイン・ジョンソンが本人役で特別出演し、彼女の道をアシストするのですが、その存在感たるや圧巻です。ペイジを演じるフローレンス・ビューはレスラー役は初体験。WWEは、もちろん完全ガチンコではないにしても、体を張った試合ぶり、高度なテクニックと体力を身につけるための訓練の様子も生半可なものではありません。そんな舞台裏が覗けるのも魅力ですが、実は、ペイジを支える家族のドラマも重要な要素。『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』などの太っちょコメディアン、ニック・フロスト演じる父親を始め、本音で生きる母、家族思いで不器用な兄。やや乱暴で、そして泣かせる人情劇でもあります。Fighting with My Family(C) 2019 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC., WWE STUDIOS FINANCE CORP. AND FILM4, A DIVISION OF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.『幸福路のチー』SMAPの「あのころの未来に……」の歌詞が印象的なあの歌(『夜空ノムコウ』)を思い出しました。アメリカに暮らす現代の台湾女性が、祖母の死で久しぶりに故郷に帰り、生きてきた道を振り返る。少女から40過ぎのオトナになるまでを描いた台湾のアニメ映画です。彼女が何を考え、どんなふうに生きてきたか。そこに、台湾の現代史が織り込まれます。1975年の4月5日、国民党の蒋介石総統が亡くなった日に主人公チーは生まれます。6歳のときに、田舎から、台北郊外の「幸福路」という町に両親と引っ越し、小学校に入学。ランドセルに黄色い帽子、チーの姿はまるでちびまる子ちゃんです。いじめっ子、お金持ちの子、さまざまな事情のクラスメートがいます。仲良くなったのは駐留アメリカ軍人を父に持つ金髪のハーフ、ベティと、わんぱくなエンでした。3人は日本のアニメ『ガッチャマン』ごっこをしたり、子供ながらに真剣に夢を語りあっていました。38年も続いた戒厳令が終わり、民主化のなかで青春時代を過ごしたチー。いまは決してうまくいっていないわけではないけれど、これでよかったのだろうか……何かがちがう。人生のなかで、ふと立ち止まるとき、故郷の景色が浮かんできます。それでも日々は続きます。水彩画のような温かいタッチで、どこか我々にとっても懐かしく、心が和む作品です。首都圏は、11/29(金)からシネマカリテほかで公開。中部は、12/21(土)から三重・進富座、1/3(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、11/29(金)から京都シネマ、1/24(金)からテアトル梅田ほかで公開。『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』最後の一本は、上映中の作品です。いま、大変な話題になっています。実は、小学生対象のアニメと考え、ほぼスルーしていた映画でした。それが11/8に公開されると、大作映画目白押しのなか、興行ベストテンの3位に登場。2週目は動員50%増で2位に躍進する大ヒットとなりました。内容も、ぴあの初日満足度調査でもダントツの1位という評価です。『この世界の片隅に』『カメラを止めるな!』『若おかみは小学生』『愛がなんだ』などと同じように、大掛かりな宣伝ではなく、SNSなどで作品のよさが拡散した映画です。観て参りました。遅ればせながらですが、オススメ致します。「すみっコぐらし」、不勉強にも知りませんでした。リラックマやたれぱんだのような、いわゆる癒やし系のゆるキャラです。その初めての映画化。映画でも最初にキャラを紹介してくれます。ひとみしりのしろくま、自信のないぺんぎん、とんかつのはじっこ、えびふらいのしっぽ、はずかしがりやのねこ……。みな、引っ込み思案で「すみっこ」が好き。すみっこにいると、おちつくという存在たちです。その「すみっコぐらし」たちがある日、お昼にでかけた喫茶店で、世界のおとぎ話が入った飛び出す絵本を見つけます。それからは、すみっコキャラが、桃太郎やマッチ売りの少女、人魚姫といった絵本の世界と一体となっていく、冒険もあり、感動もある、ファンタジックなストーリーです。脚本は小演劇界注目の「ヨーロッパ企画」角田貴志。ナレーションは井ノ原快彦と本上まなみが担当しています。実にかわいい。映画が評判になったのは、そのかわいさと、大人も泣ける、といううわさです。私はひねくれているので、泣けませんでしたが、自称引っ込み思案なので、この「すみっこが好き」な感じはすごくわかります。全国のイオン系のシネコンで公開中です。このぶんだと、お正月まで上映されると思います。お近くに小学生の女のお子さん、またはお孫さんがおありなら、ぜひご一緒にご覧になるのをオススメします。きっと、映画のあとの会話が楽しいものになると思います。都心の映画館では、おひとりのおとなのお客さんも多いそうです。この映画を楽しむポイントは、感動とか、感激とか、あまり多くを期待しないことです。ひとりでのんびり、ぼんやり観るのが一番かも。でも人気ですからネット予約はお忘れなく。
2019年11月25日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/11/18(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は19本(ライブビューイングを除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのは『アナと雪の女王2』『決算!忠臣蔵』『ゾンビランド:ダブルタップ』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が16本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作品をご紹介します。『ゾンビランド:ダブルタップ』ウィルス感染で人類がほとんどゾンビ化したなか、数少ない生き残りたちが、まるでアーケードゲームで遊ぶように敵を倒し、お気楽に、世界を生き抜くという2009年『ゾンビランド』の続編。あれから10年、戦いはまだ続いてます。それどころか、ゾンビが進化、スケールアップし、種類も増加していて……。対する4人は、マッチョな親父タラハシー、ゲームオタクの大学生だったコロンバス、元気な姉妹ウィチタとリトルロック。12歳だった妹の方はさすがに大人っぽくなったな、と思いますが、あとの3人はほぼ同じキャラ。相変わらず生き残るためのルールを几帳面に考え、実践しています。“ルール2:ゾンビは2度撃ちして(ダブルタップ)止めを刺せ”、とか。前作で32あったルールは、その後の学習の成果で、どんどん書き加えられていきます。最初の、コロムビア映画のトレードマーク、自由の女神をまず茶化すところから始まって、廃墟と化したホワイトハウス、プレスリー博物館など、舞台は選びたい放題。ゾンビもT-800と呼ばれるターミネーター風だったり、IQが高いのはホーキングとよばれたり、全篇ポップに遊びまくります。あ、前作で確か死んだはずのビル・マーレイも……。ウィチタ役のエマ・ストーンは前作のあと、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞主演女優賞を受賞し、タラハシー役のウディ・ハレルソンは『スリー・ビルボード』で評価され、メインキャスト4人はすっかりビッグネームになったのですが、こういうおバカさん映画だからと気を抜いていません。面白かったあ、と映画館を出て、後に頭に残らない、これは万人向きサタデー・ナイト・ムービー、最高です。『決算!忠臣蔵』大石内蔵助というのは几帳面なひとで、赤穂藩が取り潰しにあったあとの収支をきちんと帳簿につけていたそうで。それをもとに忠臣蔵を金銭面から捉え直す、いわば学術的な新書『「忠臣蔵」の決算書』が原作。なるほどこれは新しい切り口です。『殿、利息でござる!』の中村義洋監督が大胆に脚本化し、時代劇映画にしました。『ゾンビランド』では、生き残りのルールが画面に都度書き出されますが、この映画は、あらゆることを現代の金額に換算して、画面表示します。人が動けばお金がかかるんです。江戸と京都の行き来は現代でいうと海外旅行並みです。これをあまり頻繁にやられると、大石でなくとも、おいおい、目的はともかく、もう少し倹約できんものかと思ったりします。討ち入りだって、陣太鼓がいくらで、はしごにいくら。あの装束も、実は…、これは映画を観てのお楽しみにしますが、説得力あります。大石役は兵庫県出身の堤真一。しぶちんな勘定方役が岡村隆史。みな赤穂藩のお侍、セリフは関西弁で話します。「討ち入り、やめとこか!」「そんな予算、ありまへんで」といった感じ。製作の中心は松竹、そして吉本興業でっせ。『テルアビブ・オン・ファイア』対立するパレスチナとイスラエル、日本の我々にとっては、常に角突き合わせて暮らしているようなイメージですが、ふたつの民族が重なり合って生活するエルサレムはもう少しデリケートです。この映画の主人公サラームは、現代のエルサレムに住むパレスチナ人で、パレスチナ・ドラマ制作の現場で働いています。行き帰りにはイスラエルの検問所を通らなければなりません。この検問所が映画の重要な舞台なのです。スタジオでは『テルアビブ・オン・ファイア』というドラマを制作中。時代設定は1967年、イスラエル軍の将軍から戦争計画を探るパレスチナの女スパイものです。このドラマはアラブではもちろん、ユダヤ人社会でも大人気です。ある日、サラームは検問にひっかかっり、司令官の取り調べを受け、あのドラマの脚本を書いている、とウソをついてしまいます。実は、司令官の妻をはじめ家族中がこのドラマのファン。俺ならこういうストーリーにすると言いだされてしまい……。この司令官、アラブ料理のフムス好き。そんな風に、この地域、いろいろ嗜好がまざりあっているのです。監督はイスラエル在住のパレスチナ人、サメフ・ゾアビ。イスラエルの他にフランスなど3カ国が加わった合作映画。民族間のギャップや、戦争をも笑いとばしています。複雑な環境に生きる映画人の、ぎりぎりの皮肉、ユーモアが魅力です。2018年のヴェネチア国際映画祭で作品賞を受賞した傑作です。関東は、11/22(金)からシネマカリテほかで公開。中部は、11/30(土)から名演小劇場で公開。関西は、1/31(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『EXIT イグジット』韓国映画、940万人を動員したこの夏の大ヒット作です。ロッククライミング・アクションときいていましたが、ビルの壁をよじ登るパニック映画とは思いませんでした。主人公のヨンナムは大学の山岳部出身。ボルダリングも得意です。高層ビル群のなかにある宴会場で開いた母の古希祝いのパーティが終了間近、という時、何者かによる有毒ガス大量噴出事件に遭遇します。少しずつそのガスが上昇をはじめ、あたりに蔓延、ビルにいる人々は屋上へ避難します。救助に手間取るなか、家族と招待客はなんとか避難できましたが、ヨンナムと、会場の副支配人ウィジュだけが取り残されてしまいます。実はこのふたり、山岳部の先輩後輩。この宴会場を選んだのもウィジュに未だ想いをよせるヨンナムのアイデアでした。ロープと松ヤニがわりのチョーク、カラビナを頼りに、ビルを壁づたいに逃げまくるふたり。なるほど、ここで山岳部で養ったロッククライミングの技術が役に立つというわけです。トム・クルーズのアクション映画ならビルとビルの間もひとっとびですが、この映画のように、10センチずつおっかなびっくりが現実でしょう。その辺のリアル感がたまりません。ネット社会らしく、いろいろな機器もリアルな面白い使い方で出てきます。ヨンナム役はチョ・ジョンソク、ウィジュ役が「少女時代」のユナです。このユナの運動神経というかアクション・アクトレスぶりがすばらしい。かわいいだけじゃありません。の
2019年11月18日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/11/11(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は26本(ライブビューイングを除く)。全国のシネコンで拡大上映されるのは『ブライトバーン/恐怖の拡散者』『エンド・オブ・ステイツ』『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』『影踏み』の4本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が22本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作品をご紹介します。『ベル・カント とらわれのアリア』渡辺謙が主演のハリウッド映画です。海外で絶賛される俳優という意味で、かなりさかのぼり『グラン・プリ』の三船敏郎を思い出しました。その三船以来のかっこよさ。この作品ではジュリアン・ムーアを相手に、しっとりとラブシーンも演じています。1996年にペルーで起きた「日本大使公邸占拠事件」。それに発想を得たベストセラー小説を映画化しています。南米某国。大型工場建設を計画中のホソカワという日本企業のトップが渡辺謙です。政府は誘致への接待として、彼が敬愛する世界的なソプラノ歌手ロクサーヌ・コスのサロンコンサートを副大統領邸で開きます。ここをテロリストが襲撃、占拠。事件は長期化します。映画は、実際の事件で「リマ症候群」と名付けられた心の動きを描いています。長い監禁状態で人質と犯人とのあいだに、気持ちが通い始めるのです。それは様々な国籍、立場の違う人質たち同士も同じです。そのきっかけになったのがコスが歌ったアリアでした。歌を勉強したいという兵士や、ホソカワの通訳ゲンに外国語を教えてほしいという女性兵士も出てきます。ふたりはやがて親密な関係になっていきます。ゲンを演じているのは、加瀬亮。彼も外国映画の出演が多い国際派です。公邸の外を軍隊が取り囲み、緊張した日々が続くなか、人質とテロリストはくつろいでサッカーまで始めるのですが……。コス役ジュリアン・ムーアの歌声の部分は、「当代随一のソプラノ」といわれるルネ・フレミングが担当。こちらも大きな「聴きどころ」です。『影踏み』山崎まさよしが扮する主人公真壁は「ノビ師」。業界用語で、深夜に人の家に忍び込み金品を盗む泥棒のことです。彼は、ステータスのある家を専門に仕事をしているのですが、地元警察からは「ノビカベ」の異名で呼ばれています。ある時、忍び込んだ県会議員宅で殺人放火未遂事件に遭遇します。そこになぜか彼を尾行していた刑事が居合わせ、逮捕されてしまうのです。不可解な事件です。2年後、出所した真壁は、納得できない事件の真相を調べ始め……。つまりこれは泥棒が探偵役というミステリーなのです。警察小説の名手・横山秀夫による同名小説の映画化です。横山原作ですからいつものように舞台は群馬。地方都市らしい警察、検察、裁判所などのダークな人間関係がからむ事件の謎と、真壁の、幼馴染の恋人久子との屈折したラブストーリーが並行して進みます。久子役は尾野真千子。他にも、真壁の母親役に大竹しのぶ、幼馴染でありながら真壁を追う刑事役に竹原ピストル、滝藤賢一や田中要次、鶴見辰吾など個性的な役者が出演。それぞれの人間群像や、幾層ものドラマが重なり合った、観ごたえのある作品になっています。北村匠海演じる真壁を慕う「弟分」の、影のような存在も気になります。そのあたり、リアルな犯罪ものというだけではありません。ファンタジーの味わいもあります。篠原哲雄は、森田芳光や金子修介作品の助監督をしながら、自主制作もてがけ、PFFで特別賞を受賞したこともある監督です。1996年の初長編『月とキャベツ』の主役が山崎まさよし。それ以来のコンビ復活です。『完璧な他人』イタリア映画『おとなの事情』はよくできたブラック・コメディで、どこかでリメイクされると思っていましたが、ついに韓国で作られました。これがいい感じ!です。新居祝いということで、月食の夜に、幼馴染の男友達4人がカップルで集まります。美容外科医と精神科医、弁護士と専業主婦、失敗を繰り返す事業家と若手の獣医、今はニートの元教師は同伴者なしといった顔ぶれ。同じ郷里の料理を楽しみ、ワインやマッコリ、チャミスルで宴が進みます。月食が始まるころ、ふとしたことがきっかけでゲームが始まります。スマホを皆テーブルの上に置き、これから着信する電話やメール全てを公開するというゲーム。自分は秘密なんてありません、と、半ばその場の空気に押され、このゲームを始めたのですが……。それぞれの家庭のお恥ずかしい事情とか、個人の密やかなお楽しみ事情などが次々と露見し、ウソがウソをよんで、月が見えなくなる頃にはパーティは修羅場となってしまったのです。『毒戦 BELIEVER』のチョ・ジヌンや『タクシー運転手〜約束は海を越えて』のユ・ヘジンなど、実力派の役者たちが繰り広げるドタバタ会話劇。感情表現の豊かさは、イタリアも韓国もピカイチです。東京は11/15(金)からシネマート新宿ほかで公開。名古屋は11/16(土)からシネマスコーレで公開。関西は11/15(金)からシネマート心斎橋で公開。『盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲』こんなインド映画は初めて。盲目を装ったピアニストが殺人事件を目撃した、というサスペンスコメディです。理由はともかく「装った」というのがミソ。結婚記念日のサプライズとして往年の映画スターに出張演奏を頼まれた主人公アーカッシュが、邸宅で「見た」のは妻とその浮気相手の警察署長、そして銃弾に倒れたそのスターでした。署長は、彼の目の前で、死体をこっそり他の場所に運び、別の殺人事件をでっちあげるのですが……。どんどん深みにはまっていくアーカッシュ。予測がつかない展開の連発です。偽装殺人、拉致監禁、臓器密売までからんでくるのですから。つっこみどころもいっぱいなのがまた魅力。踊りはありませんが、インドで大ヒット。インド人もビックリ、です。
2019年11月11日ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)は、『ルイ・ヴィトン シティ・ガイド』の内容を一新する。内容が一新、ルイ・ヴィトンの“旅の真髄”を表す『シティ・ガイド』『ルイ・ヴィトン シティ・ガイド』は、メゾン創業から受け継ぐ“旅の真髄(こころ)”を表す書籍シリーズ。ページをめくれば、独自の視点で描かれた様々な都市の魅力に触れられ、個性的な世界観とともに体感しながら知ることができる。2019年は、北京、リスボン、ロンドン、モスクワ、ニューヨーク、サンフランシスコ、ソウル、シンガポール、東京、そしてパリ版が一新される。各都市の魅力は、様々な分野で活躍するゲストたちを通して明らかにされていく。今回は、パリと東京の案内人としてインテリアデザイナー兼建築家フランソワ=ジョセフ・グラフと隈研吾が参加している。『シティ・ガイド』は、他の旅本にはないユニークなコンテンツが何よりの魅力。掲載されているのは、宮殿、ブティックホテル、アンティークショップ、博物館、有名なモニュメント、そして秘密のスポット……。お腹を満たす情報も満載で、グルメなレストランから、近所のビストロ、地元住民に人気の市場、食材店まで、現地民でも知り得ないような情報も踏まえて、あらゆるスポットを集約している。なお、デジタル版『ルイ・ヴィトン シティ・ガイド』では、GPSで近場のお薦めスポットのリストアップが可能。また、世界各地の30都市をより身近にしてくれるEポストカード機能も搭載されている。世界のファッション・フォトグラファーが参加、それぞれの審美眼を感じる旅の写真集『ファッション ・アイ』もまた、ルイ ・ヴィトンが手掛ける“旅”に関連する書籍コレクション。才能ある若手から経験豊富なフォトグラファーまでが、都会のパノラマ、自然の風景、地元の暮らしの1コマ1コマを独自のビジョンで捉え、それぞれに表現した作品を展開する。これまで2016年、2017年、2018年と計15タイトルを刊行しており、タイトルごとに厳選された大判の写真、そしてフォトグラファーの経歴と、フォトグラファーのインタビューまたは批評的エッセイが収録されている。そして、2019年もまた新たに4人の写真家たちが、ルイ・ヴィトンの旅の真髄(こころ)と共鳴。7月に発表された2冊に続いて、11月より、1900年頃に撮影された“日本”と“オリエント急行”が新刊として登場する。『ファッション・アイ オリエント・エクスプレス』by サラ・ムーンファッションおよび広告フォトグラファーとして活躍するサラ・ムーンによる1冊は、パリからイスタンブールまでのルートをなぞる。オリエント急行の特別客車に身を落ち着けたヒロインのスザンヌが、まるで時代から抜け出してきたかのように登場する。『ファッション・アイ ジャパン』byアドルフ・ド・メイヤー京都の神社仏閣、奈良の大仏、日光の神社入口を示す鳥居、東京の上野公園など各所を訪れ、その荘厳な美しさに魅せられたアドルフ・ド・メイヤー。彼の息を呑むほど鋭敏な審美眼は、今まで見たことのないような日本を表現する1冊を完成させた。【詳細】■ルイ・ヴィトン シティ・ガイド ※発売中取り扱い:ルイ・ヴィトン ストアおよびルイ・ヴィトン公式ホームページシティ・ガイド パリ 3,400円+税シティ・ガイド 東京 3,400円+税※デジタル版『ルイ・ヴィトン シティ・ガイド』各都市 1,000円+税■ファッション・アイ ※発売中取り扱い:ルイ・ヴィトン ストアおよびルイ・ヴィトン公式ホームページファッション・アイ ジャパン 5,700円+税ファッション・アイ オリエント・エクスプレス 5,700円+税
2019年11月08日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/11/4(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は21本(ライブビューイングを除く)。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのは『ターミネーター:ニュー・フェイト』『ひとよ』の2本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が19本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作をご紹介します。『永遠の門 ゴッホの見た未来』これまでの映画のように狂気が前面にでた感じでなく、世の中の無理解からも達観した求道者のようなゴッホです。最後の数年間、ゴッホは何を見て、どう考え、どう生きたかを、できるだけ、彼自身の視点で描こうとしています。そこが新鮮です。自撮りをしたかのようなアングルや、ドキュメンタリーのような映像が多く使われています。冬はアルルのアトリエに吹き込む木枯らしの音、夏は田園の虫の声、自然の音も印象的です。手を広げ、風のなかに身を委ねるゴッホ。精神病院に入院中、あんたは何を描くのだ、と問われ、「太陽の光」と即答します。漂泊の芸術家の数少ない理解者だったゴーギャンがパリに去ると、ゴッホは発作的に自分の耳を切り落とすという事件を起こします。そして長い入院生活。いわゆる閉鎖病棟で、退院には医者と牧師の許可が必要です。病がほぼ癒えたゴッホと牧師とのやりとりが意味深です。63歳のウィレム・デフォーが37歳のゴッホを演じています。年輪とキャリアがあってこその演技。この作品でヴェネチア映画祭最優秀男優賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされています。牧師役でデンマークの人気俳優マッツ・ミケルセンが出演しています。監督は自身が画家でもあり、『バスキア』がデビュー作のジュリアン・シュナーベルです。『ターミネーター:ニュー・フェイト』正統な『ターミネーター2』の続編、です。1と2を監督したジェームズ・キャメロンが製作者として復帰、アーノルド・シュワルツェネッガーとリンダ・ハミルトンも出演しています。1997年の「審判の日」は回避されたか? 未来社会の救世主、ジョン・コナーとその母、サラ・コナーはその後どうなったか???人類滅亡の危機は、まだ終わっていなかった……のです。今回は、未来に重要な役割を持つとされるメキシコ人女性ダニー、未来から送り込まれた「強化型女性兵士」のグレース、そしてサラ・コナー、この3人の女性が映画の中心です。もちろん、シュワちゃんもT-800型ターミネーターで元気なところを見せてくれます。そして新たな敵は、最新型ターミネーターREV-9。これが最強!なかでもサラ・コナーの登場シーンは、ただひたすらカッコいいんです。髪は銀色、鍛えられた身体、鋭い眼光、沈着冷静で滅法強い。演じるリンダ・ハミルトンは63歳。シュワルツェネッガー自身の72歳という実年齢もうまく活かしたストーリー展開は見事です。SFXやCG技術の進歩も第一作から35年、すさまじいものがあります。何よりも進んだのはコンピュータとAIが当たり前になった私達の意識かも知れません。『グレタ GRETA』NYの地下鉄で、身なりもきちんとした中年女性がハンドバックを忘れる。それを見つけた若い女性フランシスが、後日、家まで届けます。ふたりは仲良くなり、まるで親子のような付き合いが始まります。美しくて気品がある、孤独だが、生活には困っていない、60代の未亡人。愛する母を最近亡くしたばかりのフランシスにとって、放っておけない、少し甘えたい、そんな存在でした。その瀟洒な家に通ううちに、彼女はとんでもないものを見つけるのです。イザベル・ユペールとクロエ・グレース・モッツのサイコスリラー。思わぬ展開にぐいぐい引き込まれます。孤独のなかに狂気をはらんだマダム、イザベル・ユペールが、まじ怖いです。『国家が破産する日』このところ、史実に基づいた韓国現代史の暗部を暴く映画が続きます。『タクシー運転手〜約束は海を越えて〜』は光州事件を、『1987、ある闘いの真実』は韓国民主化闘争を描き、『工作 黒金星と呼ばれた男』は北朝鮮に潜入した韓国大物スパイを扱っていました。いずれも力作、問題作です。そして今回は、1997年の韓国経済危機をテーマにした経済サスペンスです。好景気の真っ只中だと国民が信じていたこの年。アジアの通貨危機が飛び火し、国家経済が破綻、韓国政府がIMF(国際通貨基金)に金融支援をもとめるまでにいたってしまったのはなぜか?その「国家破産」の危機に直面した政府内のごたごたと、現実は現実としてIMF交渉でなんとか韓国の国益を守ろうとする韓国側の特別チームの活躍を描いています。この手のドラマではありがちですが、危機が直撃する国内の中小企業の悲劇、逆にこれをチャンスとして富を得ようとする集団の物語も同時進行していきます。制作スタッフによれば「IMF経済危機は全国民の傷。それはまだ癒えていない」といいます。金利の高騰、倒産率の急上昇、解雇や雇用形態の悪化など、その後の韓国が直面した現実は厳しいものがあったのです。映画は歴史は繰り返される、と暗示して終わります。東京は11/8(金)からシネマート新宿ほかで公開。名古屋は11/9(土)からセンチュリーシネマで公開。関西は11/8(金)からシネマート心斎橋で公開。
2019年11月04日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの5作品。ぴあ編集部 坂口英明19/10/28(月)イラストレーション:高松啓二この週末に公開の作品は28本。今週もとても多い本数です。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのは『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』『閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー』『マチネの終わりに』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が25本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい5作をご紹介します。『NO SMOKING』日本の音楽界を代表するひとり、細野晴臣さんのデビュー50周年記念ドキュメンタリーです。超貴重な映像を交えながら、細野さんが気さくにご自身を語る、トークライブのような映画です。この人、お話が面白いのです。そのうえサービス精神旺盛で、茶目っ気たっぷりのエンターテイナー。突然、ホッピングとか、火星歩行ダンスなんかやりだしちゃいますし。タイトルもシャレ。タバコをひっきりなしに吸っています。1947年、戦後すぐの生まれ。少年時代の思い出から始まり、音楽に熱中した高校、大学時代。小坂忠とエイプリル・フールを結成し、デビューしたいきさつ。大瀧詠一・松本隆・鈴木茂との伝説のはっぴいえんどはどんなふうにして生まれたか。ソロになってトロピカル・ダンディー、横尾忠則がきっかけになったインドとの出会い、そしてYMO、アイドルへの楽曲提供、YENレーベル……。軽やかに、何事も面白がって生きてきた。そうしたら自然に人が集まって、ムーブメントが起きていった、そんな半生を、少し照れながら話します。彼を敬愛する星野源がリスペクト感のあるトーンでナレーションを担当しています。1976年横浜中華街の同發新館で行われたライブ映像、それを星野源と再現した40年後のコンサート。小山田圭吾、高橋幸宏、そして飛び入りで坂本龍一が加わった2018年のワールドツアーのロンドン公演は貴重です。2005年、狭山で行われたフェスも収められています。雨上がりの会場、MCのあと、ギタ一1本で歌いだします。「昔のメロディ、口ずさみ……」から始まるあの名曲『ろっかばいまいべいびい』です。しみじみとしていて。ちょっと泣けます。『最初の晩餐』家族といっても連れ子あり同士の再婚となれば、食事も異文化の衝突です。65歳になる直前に父がなくなり、その通夜振舞で、母が用意したのは、そんな家族の食の歴史の再現。最初に出てきたのは、ふたつの家族が一緒になった夜の、ちょっと風変わりな目玉焼き。それがこの一家の「最初の晩餐」でした。東京でカメラマンをしている染谷将太と、もう結婚をして子供もいる戸田恵梨香が父の連れ子。染谷の視点で思い出が語られます。物静かな父を演じるのは永瀬正敏。母役は斉藤由貴です。父は名の知れた登山家だったのですが、再婚と同時に家族のために山をあきらめ工場勤めに。味噌汁の味から家族のギャップがはじまり、秋刀魚の骨の話で母娘がうちとけあう……。ある理由で家族を離れた母の連れ子が登場するのは、通夜の終盤です。窪塚洋介が演じています。家族の秘密が徐々に明かされていきます。親族や弔問客が話す小さなエピソードから、まるで複雑な結び目をほどくかのように、父の家族への思いが明らかになっていきます。そんな食事と家族の物語は、常盤司郎監督のオリジナル。父親の思い出をたぐりよせて作ったといいます。「最後」の晩餐のシーンは、自分の父親のことを思い出し、ジーンときました。食のことは、家族の記憶につながります。『閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー』「笑わない」笑福亭鶴瓶主演映画です。微笑むくらいはあったと思いますが、映画を観終わって残る印象は、沈痛な影を持った悩める男、です。あのあふれんばかりの笑顔は封印されています。鶴瓶さん主演としては『ディア・ドクター』(2009年)から10年、今回も演技賞候補まちがいなしでしょう。冒頭はショッキングな死刑執行シーン。かわって、看護師長の小林聡美が、ひとつひとつ鍵を開けて病棟に入るシーンに続きます。「閉鎖病棟」、つまり精神科の隔離病棟です。さまざまな理由で、ここに入れられたり、または自分から望んで入院した患者さんたちがいます。鶴瓶が演じるのは初老の元死刑囚。死刑執行されたにもかかわらず奇跡的に一命をとりとめ、再執行されずに、精神病院をたらい回しにされたのです。彼と、幻聴に悩まされる元サラリーマン役の綾野剛、家族のDVから逃れて入院した女子高生役、小松菜奈がドラマの中心です。患者さんたちの日常は、もちろん多少異形な感じはしますが、いたって平和で、のどかなものです。ある事件がおきるまでは……。監督は『愛を乞うひと』の平山秀幸。帚木蓬生による山本周五郎賞受賞の同名の小説が原作です。救いようのない話の連続ですが、小さな希望の灯がともる結末。サブタイトルの「それぞれの朝」、しっくりきます。『キューブリックに愛された男』『キューブリックに魅せられた男』『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリック。天才映画監督です。作品はほとんどが映画史に残る名作。常に完璧を追い求め、細部にもこだわり抜く芸術至上主義者で、独裁的。行動には狂気をはらみ、逸話に事欠きません。その伝説、神話に新たに加わったのが、この2本のドキュメンタリー。キューブリックを支えたふたりにスポットをあてた作品です。このふたりがいなかったら、キューブリック映画の何本かは世に出なかったかもしれません。全然無関係に作られた2本を、セットにして一挙公開するのは日本の配給会社のアイデアです。キューブリックのお抱え運転手のはずが、あらゆる私的な用まで任されるようになったエミリオ・ダレッサンドロ。その半生を描いたのが『キューブリックに愛された男』。原題は『S is for STANLEY』、SはスタンリーのS、メモの最後に書かれていた名前の略からつけられています。キューブリックは日常のこまごまとしたことを、メモや、時には電話で彼に依頼したのです。エミリオはスタンリーにとって便利な人、というだけでなく、心の支えでもあり、いなくては困る存在です。やめて引退生活に入ろうとする彼を思いとどまらせるために、キューブリックが次々と考えだすやり方がほほえましいというか、悪魔的です。『キューブリックに魅せられた男』のレオン・ヴィターリは、悲劇としかいいようがない、もう完全にキューブリックに振り回された人生です。『バリー・リンドン』で役者として出演し、その映画作りに魅せられたレオンは、キューブリックのスタッフの道を選びます。実はそのまま進めば、人気役者というコースにのっていたのですが…。役者のオーディション、教育係など、これまでの経験を生かすだけでなく、クリエイティブに関する総プロデューサーの役割も担うことになります。10分おきに、キューブリックから電話がきます。メモも運転手のエミリオ以上にとんできます。キューブリック没後も過去作のDVD化、ブルーレイ、デジタル化……すべてに関わっていくのですが……。げっそりやせた彼の顔がすべてを物語っています。2本を通して観ると、キューブリックはやはり、この人のためならと思わせるに足る魅力の持ち主だったと痛感します。にしてもすごすぎる献身!東京は11/1(金)からヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開。名古屋は11/9(金)から名古屋シネマテークで公開。関西は11/15(金)からシネ・リーブル梅田ほかで公開。
2019年10月28日おとな向け映画ガイド今週は公開ラッシュ! オススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/10/21(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の作品は、なんと31本。最近ではみたことのない本数です。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのは『ジェミニマン』1本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が30本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作をご紹介します。3本は、CG技術が突出したエンタテインメント作品。4本目は、それとは真逆、体を張ったといいますか、R18の日本製コメディ映画であります。『ジェミニマン』ウィル・スミスが「二役」を演じています。51歳の「史上最強のスナイパー」、ま、これは当たり前。もう一役は23歳の「クローン」です。若い方は、特殊メイクではなく、実際にスミスが演じた上でCG処理をし、新しいキャラクターを作り出したとのこと。まさに映像上のクローンです。それが全然不自然じゃない。これまで観たCGは何か違和感を覚えたものですが、それがありません。恐竜たちがスクリーンせましと駆け回った『ジュラシック・パーク』以来の映像革命。いよいよそういう時代になったかと驚嘆しました。スミスが扮するスナイパー(狙撃手)の、ゴルゴ13のような凄腕ぶりが冒頭にでてきます。このエピソードだけでも見応えがあります。ちょっとしたミスがあり、職人肌の彼は引退を決めるのですが、政府の秘密組織から追われることに。知りすぎた奴は消せ、というわけです。最初に送りこまれたスナイパーが、若い彼自身のクローン。政府は、彼の並外れた殺傷能力に目をつけ、こっそりDNAを採取し、軍事用クローン人間を秘密裏に完成させていたのでした。不思議な感覚でしょうね。姿かたちは若い頃と同じ。食などの嗜好、くせ、思考回路も同じ、すごい奴が目の前にいるんです。監督は巨匠アン・リー。『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズなどのヒットメーカー、ジェリー・ブラッカイマーが製作を担当しています。彼が採用したのは、最新鋭のCGだけではなく、最も立体感のある3D技術(3D+in HFR)です。普通の映画のコマ数の2.5倍。この臨場感はこれまで経験したことのないもの。この映画こそ、3Dで観るべき作品です。『ロボット2.0』いやあ、こってりしています。ギトギトのラーメンのようなくせになる魅力。強烈な男くささいっぱいのおじさんロボットが大暴れした、あのインド映画『ロボット』の続編です。タイトルバックから異常な長さです。日本のホンダとか、協力企業のクレジットだって最初にバーンと出します。舞台はたぶん近未来のインド。町から突然、スマホが消える。通話している途中で、何者かに吸い寄せられるように空中高くどんどん飛んでいくのです。当然パニック状態。今やスマホなしでは生活が成り立ちません。しかもスマホは合体し、怪鳥となって町の破壊を始めます。政府にこの怪事件解決の協力を求められたロボット工学の専門家バシー博士は、チッティを復活させるしかないと助言するのですが……。チッティ、前作で暴走の限りを尽くしたロボット。確か解体を命じられ、自らの手で分解。博物館に展示されていたはず。それが博士の力で蘇り、超弩級の破壊アクションがまた、始まります。やや現代的なテーマも背景にあり、悪漢がやっつけられるのを一方的に楽しめませんが、着想がすごい。これでもかとクライマックスがずっと続くし、もちろん歌と踊りも盛り盛り入って145分。おかわりはいりません。満腹まちがいなしです。『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』久しぶりの戦争痛快アクションです。しかもロシア製。ナチスの戦車軍団に立ち向かう、ロシアの命知らずの男たちと、戦車T-34の物語です。第2次大戦中。食料運搬の軍務から人材不足で戦車長を任されたロシア軍将校が1台のT-34で敵の機甲師団に大善戦。しかし捕虜となってしまいます。彼の活躍を覚えていたナチスの隊長は、自軍の戦車隊の訓練演習のため、彼とその部下たちに、標的となって、砲弾を持たずただ逃げまわる役を命じます。戦場で回収されたT-34が与えられ、演習が始まるのですが……。チャンバラや西部劇などのテイストです。敵はナチスですが、相手の武勇を認めるサムライのような軍人。こいつと戦ってみたい、的なスピリットを持っています。対するロシア軍将校も、スティーブ・マックィーンのような不敵な男。それに応え、戦車を自在にあやつり、まるでガンファイトのように戦います。彼は彼で、なんとかこのチャンスに大脱走を、と企てていたのです。大戦後保存されていたロシアの戦車T-34の実物が撮影に使われています。そこから発射される大きな砲弾が、まるで『マトリックス』の銃弾のように、スローモーションで弾道を描きます。VFX(視覚効果)は、『バーフバリ 王の帰還』を手がけたFilm Direction FXを筆頭にロシアのチームが担当。戦車が片輪走行し、ドリフト旋回、まるで生き物のように動き回ります。カメラは戦車内部にも取り付けられ、これもリアリティある映像を生み出しています。四の五の言わず楽しんでくれ、というロシアン・エンタテインメントです。『108~海馬五郎の復讐と冒険~』昔風にいうと艶笑コメディというやつですが、これがすこぶる面白いのです。「大人計画」松尾スズキの監督・脚本・主演作。松尾扮する人気脚本家 海馬五郎が妻の浮気を知り、その復讐に108人の女性を抱くことを考えつく、といった破天荒な話。この手の日本映画はディテールなどがたいてい寒く、のれないのですが、さすが、松尾スズキ。小さなセリフや細かい演出が面白いんです。50代夫婦の危機とか、親のこと、仕事のこと、そのあたりのリアリティも感じられます。決して「やりまくり」映画というだけではありません。海馬がいま手掛けている舞台は、ミュージカル『踊る精神科病院』。そのオーディションに落ちた女優から「これ多分奥さんですよね」と突きつけられたSNS。それは自分の知らない妻のアカウントで、コンテンポラリーダンサーと浮気しているという告白がつづられていたのです。友人から離婚すると資産の半分は妻に渡すことになると聞き、逆上した海馬は、妻がダンサーのおっかけで旅行にでかけている間に、貯金1000万円を女で使い切ると宣言します。妻役は中山美穂です。海馬の妹で、イタリアンレストランのオーナーシェフに坂井真紀、友人役に秋山菜津子、劇団ハイバイの岩井秀人。特に、秋山さんは海馬のセフレ、という役どころ。紀伊国屋演劇賞を2度もとったことをひけらかす女優役です。実際に数々の演劇賞を受賞したベテラン。楽しんでやっている感じですが、素敵です。すごいシーンもあり、まさに体張ってます。
2019年10月21日今年春、8シーズンにわたるシリーズが完結した海外ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」。その初めての公式ビジュアルガイド「ゲーム・オブ・スローンズ コンプリート・シリーズ 公式ブック ~ウェスタロスとその向こうへ~」が発売されることが決定した。「ゲーム・オブ・スローンズ」とは、ジョージ・R・R・マーティンの「氷と炎の歌」シリーズを、『スター・ウォーズ』新シリーズも手掛けるというデヴィッド・ベニオフとD・B・ワイスが映像化。9月22日に発表されたばかりのドラマ界の最高峰、第71回エミー賞ではドラマ部門作品賞をはじめ、12部門で受賞。全8シーズンでは160部門のノミネーションのうち59冠に輝き、ドラマ部門の最多記録を更新、世界中で熱狂的なファンを獲得している。12月4日より発売される本書は、そんな「ゲーム・オブ・スローンズ」の人気の秘密でもある魅力的なキャラクターの紹介を中心に、ドラマ内のアイテムや系図などの設定、世界観を補完するエッセイを迫力ある場面写真とともに収録。スチールやコンセプトアートもフルカラー288ページにわたり、ドラマの重厚な世界観を伝える史上初の完全ガイドブックとなっている。「ゲーム・オブ・スローンズ コンプリート・シリーズ 公式ブック ~ウェスタロスとその向こうへ~」は12月4日(水)より早川書房より発売(本体価格:8,000円)。(text:cinemacafe.net)■関連作品:ゲーム・オブ・スローンズ[海外TVドラマ]© 2012 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.
2019年10月20日おとな向け映画ガイド今週のオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/10/14(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の作品は16本。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのは『マレフィセント2』『楽園』の2本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が14本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作をご紹介します。『アダムズ・アップル』このタイトルで教会が舞台、というと難しい宗教的なテーマの映画かと思うかもしれませんが、そうシリアスではありません。イブも出てきません。アダムはネオナチで、犯罪者で、スキンヘッドです。現代のデンマーク。港町にある小さな教会へアダムがやってきます。仮釈放中に、ここで更生プログラムを受けるのです。教会には敬虔な牧師と、居ついてしまった前科のあるふたり。アルコール依存症で盗みやレイプ常習犯のメタボなデンマーク人と、ガソリンスタンドの強盗を繰り返した中東系。彼らとの共同生活が始まります。アダムのここでの目標は、庭のりんごを育て、アップルケーキを作るという牧歌的なものですが……。「悪魔が我々を試している」という牧師イヴァン、客にだすビスケットの数に異常にこだわるような細かいところもありますが、極端なポジティブ・シンキング。アダムにボコられてもケロッとしていたりします。演じているのはマッツ・ミケルセン。この秋、日本公開の出演作が3本、いま人気のデンマーク男優です。試練は続きます。教会に起きるさまざまなトラブル、謎の訪問者。庭に植えられたりんごの大木には、虫がつき、カラスが襲い…。全篇不気味で不思議なテイストがおおいます。登場人物も怪しげなのばかり。最初は悪漢だったアダムが、気づけば、一番まともに見えてきます。さて、この話、どう落ちをつけるのかと心配になりますが。これがなかなかのエンディング。どこかとぼけた味の、北欧ブラックコメディ仕立て。実は、聖書をバックボーンとしたヒューマン・ドラマの傑作です。このところ北欧映画がよく公開されます。このブームの火付け役ともいえるのが、「トーキョーノーザンライツフェスティバル」という映画祭。毎年冬に渋谷で開催され、ことしの2月で10年目でした。その2017年のフェスで上映され、大人気だったのがこの作品です。製作は2005年。映画祭の有志たちが、直接買い付けて、今回公開にこぎつけたといいます。東京は10/19(土)から新宿シネマカリテほか、名古屋はシネマテークで近日公開、関西は11/23(土)から京都・出町座、大阪・第七藝術劇場ほかで近日公開。『楽園』逢魔が辻、といいますか、夕暮れ時のY字路、限界集落にちかい農村のこの分かれ道で、学校帰りの少女が行方不明になります。事件は解決されないまま12年がたち、再び少女の失踪事件がおきます。映画は、この事件にからみ、犯人扱いされて集団リンチに遭う移民の青年と、同じ村の村八分にあう養蜂家、ふたりをそれぞれ主人公にした2部構成で、日本の農村に潜む闇の部分を描いています。吉田修一の『犯罪小説集』を『64ーロクヨン』や『菊とギロチン』でいまや日本を代表する監督のひとりとなった瀬々敬久が映画化。『青田Y字路』を元にした前半は少女失踪事件。犯人と擬せられる青年を綾野剛が演じています。綾野に好意を持つ、失踪した少女の同級生役が杉咲花。『万屋善次郎』を原作とした物語の後半は佐藤浩市が中心となります。養蜂の傍ら、便利屋のような仕事もする好人物で、よかれと思ってやったことがどんどん裏目にでてしまう悲劇の主人公。彼に想いを寄せる片岡礼子との大人のラブシーンがせつなくて心に残ります。ほかに、失踪した少女の祖父母役に柄本明と根岸季衣、杉咲の幼馴染役に村上虹郎など、個性的な役者もそろい、その演技がぶつかりあいながら、サスペンスタッチでドラマが展開し、ぐいぐい引っ張られます。『楽園』というタイトルは、アイロニーともとれるのですが、観終わったあと、「なるほど」とも思えます。『駅までの道をおしえて』子役と犬に、つい泣いてしまいます。特にわんちゃんは、スチールではそんなにわかりませんが、大変かわいいです。それと京急線が大活躍でして、鉄オタにもたまらない映画になっております。かわいがっていた犬のルーがいなくなったことを理解できず、ひとり必死で探しているとき、犬が縁で不思議なおじいさんと出会った、8歳の少女サヤカの、ある夏のお話です。古びた小さな喫茶店を営むその老人も、数十年前に亡くなった息子の死を受け入れられずにいました。ふたりは次第に仲の良い友だちになりますが…。サヤカを演じる新津ちせが素晴らしい演技です。新海誠監督のお嬢さんだそうです。1年半にわたった撮影で、彼女の成長がそのままカメラに収められています。映画では普通、よく似た犬をスタンバイさせて撮影されますが、愛犬ルー役は同じ柴犬だけが演じています。本名も同じそのルーを、ちせちゃんが自宅で散歩など世話をしたといいます。絶妙のコンビです。おじいさん役は笈田ヨシ。ピーター・ブルックの国際演劇研究センターに参加した国際演劇人。『沈黙ーサイレンスー』では村人を演じていました。ことし86歳の名優です。神奈川の海沿いを走る京浜急行沿線の街。ルーは赤い電車が好き。サヤカと駆け回る、海の近くの緑地のシーンが印象的です。この緑地は、ドラマの後半、ファンタジックな夢のシーンにも登場します。おじいさんの喫茶店は、野毛のジャズ喫茶ちぐさで撮影されています。『ドリーミング 村上春樹』村上春樹の小説はこれまで50言語に翻訳されているといいます。この映画は、そのデンマーク語版を20年近く手がける女性翻訳家を描いたドキュメンタリーです。監督もデンマークの二テーシュ・アンジャーン。撮影は、村上がアンデルセン文学賞を受賞し、デンマークを訪れた2016年に行われています。が、村上春樹自身のインタビューはありませんし、村上さんは登場しません。翻訳家のメッテ・ホルムさんをストイックに追っています。『風の歌を聴け』を訳しているホルムさんは、「完璧な文章などといったものは存在しない。」という文の「完璧な文章」をどう訳すか自問します。ポーランドやドイツの翻訳者ともこの訳語について議論します。ドイツのウルズラ・グレーフェさんは、「日本語には曖昧さが含まれていて、翻訳者は自分の裁量で解釈する自由がある」といいます。ホルムさんはなるべく原作に忠実に、という派ですが、この場合、どの訳語をあてたらよいか、悩みます。インタビューだけでなく、ホルムさんが日本を旅行し、村上春樹ゆかりの地を訪れた映像もインサートされています。かえるくんも登場します。村上ファンは必見の映画です。ところで、ノーベル賞、残念!東京は10/19(土)から新宿武蔵野館ほか、名古屋は11/9(土)からセンチュリーシネマ、大阪は10/19(土)からシネ・リーブル梅田ほかで上映。
2019年10月14日おとな向け映画ガイドオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/10/07(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の作品は19本。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのは『最高の人生の見つけ方』『空の青さを知る人よ』『真実』『クロールー凶暴領域ー』の4本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が15本です。今週は粒ぞろいです。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作をご紹介します。『真実』なにしろ、カトリーヌ・ドヌーヴが主演、その娘夫婦役にジュリエット・ビノシュとイーサン・ホーク。で、監督は是枝裕和。すごいことであります。ドヌーヴ演じるファビエンヌは、フランスの国民的大女優。『真実』というタイトルの自伝を書き終えたところ。ちょうどその本が刷り上がり、出版を祝うため、アメリカから、疎遠だった娘一家がやってきます。新作の映画も撮影中です。大女優ですから、もうすべてわたしがルールブック、言いたい放題、やりたい放題ですが、にくめない存在。役者としてはさすが、の演技をみせます。まさにドヌーヴそのものといえます。娘は、家族のことがどう書かれているか心配です。事前に原稿を読ませてもらう約束をしたのに、母は「あら、送ったわよ。いきちがいね」ととぼける。印刷部数をきくと「10万部」。でも実は5万部。できたばかりの本を一晩かかって娘がチェックをしてみると、ふせんが付く付く、ともかく嘘ばかり。「このどこに真実が?」と母をなじると「事実なんて退屈だわ」と一蹴される。長年にわたって尽くしてくれた秘書について1行も書かれていない。彼女の人生に重要な役割を果たした親友のサラについても。そんなことが、波紋をよんで…。家族のこと、親しいひとたち、女優であることも、実は、書かれなかったことの中に「真実」が隠れているのです。是枝監督作品でおなじみの樹木希林さんが演じても、すてきな映画になったと思います。希林さんに似合いそうなセリフもあります。けれど、ドヌーヴが演じるからこそ、こんなにノーブルで華やぐ作品になったのでしょう。女優を描いた映画ですが、テーマは家族について。「是枝映画」、です。『ボーダー 二つの世界』注意深く紹介をします。その結末にきっと、驚かれると思いますが、そこにふれないように。ひとことでいうと、いままで観たことのない映画です。ショッカーでもホラーでもありません。どちらかというとファンタジーです。主人公はスウェーデンで税関の仕事をしているティーナ。正直、かなり醜悪な顔をしています。違法なものだけでなく、何かを隠しているという罪悪感まで匂いで嗅ぎ取れる、という能力を持っています。税関を通るとき、彼女が怪しいと判断した旅行客はたいていアウトです。ところがある日、彼女以上に醜悪で、怪しげな男が入国してきます。別室に連れていき、仔細に調べるのですが、証拠がでません。彼に、なぜか、どこか惹かれる彼女。後日再会したふたりは…。永遠に歳をとらないバンパイアの少女を主人公にした『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが原作と脚本を担当しています。異世界的という着想はこの映画も同じです。タイトルはそれを暗示しています。いったい彼女は何者か、なぜそういう顔をしているのか、なぜ超能力をもっているのか、そしてあのシーンとか、あれとか、あー、これ以上はとても言えない。『イエスタデイ』これはアイデアの勝利です。とても面白かったので、感想を何人にも吹聴したのですが、10人中ふたりくらいは、そんなのありえないといいます。12秒間だけ世界規模で謎の大停電がおき、そこから何かが狂う。例えば、ビートルズという存在が世界から消えてしまう。それがなぜか主人公の記憶だけに残っている、というお話です。パラレルワールドものといっていいでしょう。世の中の誰もがビートルズを知らない。自分が持っていたレコードコレクションも消えてしまった。売れないシンガーソングライターのジャックが、彼らの曲を思い出しながら、ためしに歌ってみると、もちろん誰も知らない。そして、聴いた人はみんな、なんていい曲なんだと感動してくれる。それはそうだ、ビートルズなんだから。記憶を掘り起こし、次々とレノン&マッカートニーの曲を発表するジャックはまたたく間に大スターになっていくのです。見方を変えますと、この映画、ビートルズが今デビューしたら、という仮説への答えなのかもしれません。SNS時代、音楽はレコードやCDが全盛ではありません。ジャックはビートルズが考え出したアイデアをそのままやろうとするのですが、うまくはまらないものもあります。そのあたり、逆にビートルズ好きにはたまりません。ホワイト・アルバム?、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド?、バック・イン・ザ・U.S.S.R.? なるほどと思います。ジャック役のヒメーシュ・パテルが歌う楽曲は30曲近く。観終わって一週間は曲が頭に残ります。ビートルズは偉大だ、と痛感します。『天才たちの頭の中~世界を面白くする107のヒント~』こちらもワン・コンセプトの映画です。現代を代表するクリエイターなどに「Why are you creative?あなたはなぜクリエイティブなのか」を訊いたドキュメンタリー。デヴィッド・ボウイ、タランティーノ、ヘルツォーク、ジャームッシュ、ビョーク……。日本人では、北野武、オノ・ヨーコ、山本耀司、荒木経惟。ともかく、著名人なら遠慮会釈なくマイクとカメラを突きつける。これを30年にわたって続けてきたドイツ人ハーマン・ヴァスケ監督の映像記録です。これまでにアタックした人の数は1000人以上。うち107人がこの映画に登場します。アーティストだけでなく、ホーキング博士や法王ダライ・ラマ14世、ネルソン・マンデラ元大統領などのVIP、スイスのダボス会議に現れ、経済人や政治家にも同じ質問をあびせます。突然の問いかけに、とまどいながらも、自分の発想の原点や、発想の仕方などをていねいに話してくれる人が多数。とんちんかんな返答をする政治家もいます。中国の現代美術の巨人、アイ・ウェイウェイの受け答えなんて、さすが、と思いました。アラーキーのインタビューをとるために、カラオケで朝5時まで飲み「あんなに深酒をしたこととはない」とぼやく、ヴァスケ監督の突撃ぶりもユーモラスです。アサヒビールの金のオブジェを作ったデザイナー、フィリップ・スタルクとか、デヴィッド・リンチ、ペドロ・アルモドバル、デヴィッド・ホクニー…、へーっ、こういう風に話す人なんだ、という驚きの連続でもあります。東京は10/12から新宿武蔵野館ほか、名古屋は10/19から名演小劇場、大阪は11/1からシネ・リーブル梅田ほかで上映。
2019年10月07日おとな向け映画ガイドオススメはこの4作品。ぴあ編集部 坂口英明19/9/30(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の作品は23本。1日3本観ても1週間では観きれないとんでもない数です。全国100スクリーン以上で拡大上映されるのは『蜜蜂と遠雷』『ジョーカー』『HiGH&LOW THE WORST』『ジョン・ウィック:パラベラム』の4本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が19本です。この中から厳選して、おとなの映画ファンにオススメしたい4作をご紹介します。『ジョーカー』体調と精神状態が万全なときにご覧下さい。結構ヘビーです。が、この秋のベストといっていい映画だと思います。DCコミックス、『バットマン』シリーズのあの悪役がいかにして生まれたか、と軽く考えていたのですが、いやあ凄い!映画の舞台は1981年の「ゴッサム・シティ」、つまりニューヨークです。荒廃しきった大都会の片隅、ピエロのメイクで街頭宣伝の仕事をしながらコメディアンをめざすアーサー。少し情緒不安定で、医療補助を受けています。アパートには病弱な母が同居している、そんなつましい暮らしです。そこにある事件がおき……。ここからの展開は圧倒的な迫力。ホアキン・フェニックスが、孤独で、ときおり狂気をはらんだアーサー役。これが鬼気迫る演技です。アーサーが憧れるテレビの人気者にロバート・デ・ニーロ。彼の存在がこの映画を第一級のグレードに押しあげています。デ・ニーロの『キング・オブ・コメディ』、そしてあの『タクシードライバー』を連想させるシーンやイメージにも魅了されます。こうなると『バットマン』シリーズはこの映画の後日談にすぎない感じです。『毒戦 BELIEVER』これまた、ハードな犯罪サスペンスです。香港ノワールの巨匠、ジョニー・トーの『ドラッグ・ウォー 毒戦』を韓国でリメイクしています。国際的な麻薬取引に絡む、麻薬取締局によるおとり捜査、という設定やストーリー展開は受け継いでいますが、人間関係などは韓国映画らしく濃密なドラマとなっていて、香港-中国大陸という犯罪の舞台も、韓国-中国大陸になるといろいろ状況も変化します。なかなか面白い翻案と思いました。イ先生というニックネームの麻薬王が率いる密売組織を追う麻薬取締官。イ先生の存在は謎で、組織内でも実際に会った人間はいない。その秘密工場が何者かに爆破される事件があり、これを突破口に、潜入捜査を開始します……。麻薬取締官チームのリーダー、ウォノに扮しているのはチョ・ジヌン。夏に公開され評判をよんだ『工作 黒金星と呼ばれた男』では韓国スパイのボスを演じていました。闇マーケットの支配者役のキム・ジュヒョクは2017年に交通事故で亡くなり、この映画が遺作です。「捜査対象:全員狂人」とチラシに書いてありますが、追う方も追われる方も狂気が漂っています。さらに、これまでの韓国の暗黒映画と比べても、でてくる風景の荒涼感が半端ない感じです。韓国ノワール、さすがです。『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』日本ではあまりテーマになったことのない「妊活」の映画です。50歳近い夫と一回り以上年下の妻。こどもは作らないはずだったのですが、突然妻が、友達の影響で「私、ヒキタさんのこどもに会いたい」と言い出すのです。愛する妻の願い。まずは基礎体温を計り、この日ならと子作りに励むのですが、その徴候すらありません。クリニックの検診では、どうやら原因はヒキタさんにあるようで……。原作はヒキタクニオさんの自伝的エッセイ。物書きのヒキタさんを演じる松重豊さんが、髪の毛をごま塩にし、ふだん着の気楽な雰囲気で演じています。サウナとビールが好き。何冊かの著書もあり、ま、のんきな暮らし。それが妊活に励むことになり、えっなに?「精子運動率が低い」って、どういうこと!? 松重さんは映画初主演。妻役は北川景子さんです。タイトルからしてハッピーエンドを宣言している、ハッピーな映画です。『“樹木希林”を生きる』観始めは「面白い人だな」、だったのが、「すごい人」に変わり、最後は「とんでもなくすごい人」になりました。樹木希林恐るべし。昨年他界した希林さんの最後に長期密着取材したドキュメンタリー。NHKで放送されたものを元に、未公開映像を加え再編集された映画です。資料に「ディレクターを家まで自家用車で迎えに行き、撮影現場までの間、自ら運転し語り続ける」とあり、えーまさか、と思いましたが、驚きました。希林さんが本当に、自分の車で木寺一孝監督を迎えに行って、運転しながら語るのです。監督はそれを助手席から撮影し続けます。2017年、希林さんに密着したいというオファーに、『モリのいる場所』『万引き家族』『日日是好日』『命みじかし、恋せよ乙女』の4本の撮影現場に同行すれば何とかなるでしょうとOKがでます。希林さんのつけた条件は、監督が一人でカメラを回し、わたしと向き合うこと、でした。ライトだの、助手だの大げさなのはいや、というわけです。それがとんでもない撮影、映像になりました。このところ、残された言葉をもとにした著書は何冊も出版され、なかには100万部を越えたものもあるといいます。わかるような気がします。大変魅力的な女優さん、とほうもない人物です。
2019年09月30日