連載小説「眠らない女神たち」 第二話 『多面的トレード』(後編)
「そっか」
私ははしたなくその場で紅茶を啜って、よかったねという言葉を飲み込んだ。ちょっと熱い。
「畑中さん、そこはさっきみたいに笑って言うといいよぉ」
やっぱり彼女は少し変わっている。唐突にそんなことを言い出すなんて。
私はぷくっとふくれて見せた。代わりに彼女がへらっと笑って歩き出す。
彼女の後を、私が紅茶を飲みながらついていく。今はいいんだ。
ほんの少し子供っぽく振る舞ったって、午後9時を過ぎたフロアでは誰も私たちを見ていないもの。
席についてタスクバーにしまったメールソフトを見ると、待っていた返信が届いていた。内容にも不備は見当たらない。私はそのメールを他のチームメンバーに転送した。
「早く帰りなよぉ」
私のメールを受信した市村さんが優しい声で言った。
「早く帰って、今日くらいはたくさん寝るんだよぉ」
「知ってたの?」
「知ってるよぉ。伊達に隣に座ってないよぉ」
「まるで修学旅行みたいなこと言うけど、今日の睡眠時間は3時間」
指を3本立てて私が言うと、彼女は
「うひょー」
と言った。
市村さんにうながされて帰り支度をする。
広げていた書類をまとめてファイルに仕舞い、マグカップを給湯室で洗い、ついでにお手洗いでさっとメイクも直した。