子育て情報『「間違ってる!」と言われ続けたぼくが、偏りを“個性”に出来た理由ー作家・市川拓司さんインタビュー』

「間違ってる!」と言われ続けたぼくが、偏りを“個性”に出来た理由ー作家・市川拓司さんインタビュー

ただ、中学以降は、過集中の特性を活かしたおかげか、一夜漬けに近い勉強方法で希望の高校に合格。自分が好きな時に学校に行って、気が向かなければ授業を休むという生活をしていました。そこで現在の妻と出逢ったんです。ずっと同じクラスだったのでノートなどを貸し借りしている間に仲良くなりました。

ひとの倍くらい「多弁」なぼくのおしゃべりは、大人になった今も変わらない。うちの奥さんは、高校の時から40年間ずーっとその被害者ともいえますね。彼女だってぼくの話し相手は疲れるみたい。「ふつうのひとを相手にする時と、脳の使い方が全く違うような気がする」と言われます。
振り返ってみたら、自分ルールで自由奔放にふるまっていたのにもかかわらず、高校を卒業し進学することができたのも彼女のおかげですし。とても感謝しています。

のちに妻との恋愛エピソードを作品にし、39歳で会社員を辞めて小説家としてデビューしました。最愛の人と出逢って、ぼくは救われたんです。

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Upload By 平澤晴花(発達ナビ編集部)

ー小中学生の頃、辛くはなかったですか?普通、学校の先生に怒られたりとか、クラスメイトにからかわれたりした時は、自分のほうが合わせないといけないのかなと苦しくなると思うのですが、そこを乗り越えて作家に…

いや、乗り越えてない!(笑)子どもの頃は、クラスメイトのことより、実は母親のことで必死だったんです。おふくろはマタニティブルーから産後鬱になり、臥せっていることが多い人でした。今思うと、おふくろも発達障害で、二次障害の双極性障害を発症していたのではないかと思います。でも、親父は仕事が忙しくて、一年の3分の2は家にいない。
母子家庭のような環境で、かつ一人っ子。そうなると、「母親をなんとかしなきゃ」という、それだけが最初の人生の物心ついたときの記憶です。

人と違うだの何だのっていうのは贅沢な悩みで、とにかく彼女の顔色を常にうかがって、息してるか、死んじゃいないかって必死でした。

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ーお母様のことが気がかりで、同級生だったり、他人と比べる時間なんてなかったと。

特におふくろは本当に無鉄砲な人だから、とんでもないことをするんですよ 。基本的に母は躁(そう)のひとなので、心は子どものまま。

例えば、ぼくが中学生のある日、二人で食事に出かけた時に母が、「お金持ってくるの忘れたから、食べ終わったら走って逃げるよ」

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