上野千鶴子「女性が街角に溶け込むための小道具がananだった」 学生運動の過去
人生の先輩的女性をお招きし、お話を伺う「乙女談義」。今回から4週連続で登場するのは、日本のフェミニズムの先駆者である、社会学者の上野千鶴子さんです!第1回目をお届けします。
’70年代の学生運動とananって、面白い関係があるんです。
ananが創刊したのは今から53年前、その当時私は京都大学の学生で、ヘルメットをかぶった“過激派”として学生運動をやっていました。実は学生運動とananにはちょっと面白い関係があります。東京の過激派の女子大学生たちは、ミニスカートにマキシのコートを羽織り、片手でananを抱えるというファッショナブルなスタイルで御茶ノ水などの街角に立ち、公安警察の動きを見張っていたんです。女性が街角に溶け込むための小道具がananだったわけです。その後Hanakoも刊行されましたが東京ローカル。
東京に行った子がお土産に買ってきてくれる雑誌を、関西で時差を感じながら読んでいたことを覚えています。
ちなみに当時の私は機動隊に向かって石を投げ、短距離走が得意だったので〈逃げ足の速いちづちゃん〉と呼ばれておりました(笑)。ちなみに成人式はバリケードの中。そんな大学生活でした。
マイクを持つのは男子、女子はおにぎり係…。