通常では次の日にマウスを小箱Bに入れると怖い体験を思い出してすくむが、シナプス増強が阻害されているマウスは小箱Bに入れてもすくまず、小箱Bの体験の記憶を喪失していた。
さらに次の日では、同じマウスを小箱Aに入れた。小箱Aでは怖い体験をしていないので、通常では特に何も反応を示さないが、実験で用いたマウスの小箱Bでの怖い体験に対応する記憶痕跡細胞群を光を照射して人工的に活性化すると、小箱Bの記憶を思い出してすくんだ。これは、シナプス増強がない場合でも、怖い体験の記憶が記憶痕跡細胞群の中に、直接保存されていることを意味している。
また、周囲の環境とそこでの怖い体験を結びつける記憶は、海馬から扁桃体へと伝わる回路の活動に依存することが知られているが、シナプス増強が起きないマウスでも、海馬と扁桃体の間の記憶痕跡細胞同士のつながりは強まっていることもわかった。これは、シナプス増強によらない記憶痕跡細胞同士のつながりの強化によって、記憶が安定的に蓄えられていることを示唆している。今回の結果について利根川教授は「シナプス増強というプロセスはおそらく、記憶が形成されるごく初期の段階には重要な役割を果たしているが、すでに保存された記憶を維持するための基本メカニズムではなさそうだ。