2013年4月15日 11:00
埼玉県にもあった粉もん文化。伝統の加須のうどんってどんなうどん?
が建ち、全国から加須に織物を扱う業者が集まり盛況を極めたが、そこに集まる人をターゲットにしたうどん店も次々と登場。
市に訪れた忙しい人々にとって、つるっと喉ごしがよく素早く食べることができて、栄養価が高く腹もちもいいうどんは、さぞかし、ありがたい食べ物であったのだろう。そんな加須のうどん作りを支えたのが、利根川の豊富な水源。その水源を生かした農業用地の整備が古くから進でいたため、二毛作が可能だった。
○何かあれば“うどんを食べに行こう”
二毛作では米の裏作として多くの小麦が生産されてきた。米の多くは年貢として取られてしまうが、小麦は手元に残る。そこで小麦を使って作られたツルツルシコシコのうどんは、庶民の貴重なごちそうとなる。冠婚葬祭を始め、物日には必ず各家庭でうどんが作られ、家族、近隣の人々とともにうどんを楽しむ習慣もあった。
そうして今に伝わる“うどん文化”が育まれてきたのだ。
さすがに現在の今時の家庭では自分で打つことは少ないが、「言われてみると加須市民は何かあれば“うどんを食べに行こう”となることが多い気がしますね。うどんを食べるのは特別なことじゃなくて、当たり前のことみたいな」