日本女性のたしなみ「折形」のお作法 ~知っておきたい “江戸な日用品” 案内
粋で洒脱、でも使い勝手にすぐれた江戸の日用品。京や大坂で生まれた道具は、江戸という町で暮らす人々の好みや仕様にあわせた道具へと作り変えられてきました。江戸の道具と暮らしとのかかわりをまとめた拙書『江戸な日用品』から、今の暮らしに取り入れたい東京の逸品“江戸な日用品”をご案内していきます。
老舗和紙専門店で学ぶ“包む”というお作法「折形」
日本の礼法のひとつである折形(おりがた)。お金やモノを渡す際に、そのまま渡すのではなく、紙を使ってお金やモノを包む方法のことです。
平安時代、貴族の間では物を贈る際には紙で包んでいたとされています。室町時代には武家礼法のひとつとして折形が確立、江戸時代には武家礼法の大家・伊勢貞丈が折形を紹介した『包結図説』を出版しています。貴族文化から武家礼法へ、そして紙が安価になった江戸時代には庶民の間にも広がっていきました。
江戸は文化3(1806)年に日本橋に創業した、和紙専門店の榛原(はいばら)。今も変わらず日本橋に店を構え、和紙や千代紙、祝儀袋や水引、便箋にハガキなど、和紙関連の品々がずらりと並んでいます。
江戸後期から明治初期には柴田是真や河鍋暁斎などと親交を得て数多くの作画を依頼します。大正時代には竹久夢二が、今でいう榛原のブランドデザイナーを務めた時期もあったとか。力を入れているオリジナル図版の復刻シリーズによる便箋やハガキなどは、大人女子の間でも人気です。
そんな榛原では、明治後半から大正期に雛形(ひながた)を販売していました。それらは文章類、衣服類、祭事類、粉薬味類など10項目にもわたり、そのなかには10~20種類もの折形が入っています。江戸時代に庶民の間に広がった折形は、やがて女性のたしなみのひとつになり、花嫁道具として母から娘へと贈られたそうです。
しかしながら10項目もあり、項目ごとに10種以上にもわたる折形があるなんて、一度では覚えられそうにありませんね。
『江戸な日用品』(平凡社)/撮影・喜多剛士
老舗和紙専門店で学ぶ“包む”というお作法「折形」
日本の礼法のひとつである折形(おりがた)。お金やモノを渡す際に、そのまま渡すのではなく、紙を使ってお金やモノを包む方法のことです。
平安時代、貴族の間では物を贈る際には紙で包んでいたとされています。室町時代には武家礼法のひとつとして折形が確立、江戸時代には武家礼法の大家・伊勢貞丈が折形を紹介した『包結図説』を出版しています。貴族文化から武家礼法へ、そして紙が安価になった江戸時代には庶民の間にも広がっていきました。
江戸は文化3(1806)年に日本橋に創業した、和紙専門店の榛原(はいばら)。今も変わらず日本橋に店を構え、和紙や千代紙、祝儀袋や水引、便箋にハガキなど、和紙関連の品々がずらりと並んでいます。
江戸後期から明治初期には柴田是真や河鍋暁斎などと親交を得て数多くの作画を依頼します。大正時代には竹久夢二が、今でいう榛原のブランドデザイナーを務めた時期もあったとか。力を入れているオリジナル図版の復刻シリーズによる便箋やハガキなどは、大人女子の間でも人気です。
『江戸な日用品』(平凡社)/撮影・喜多剛士
そんな榛原では、明治後半から大正期に雛形(ひながた)を販売していました。それらは文章類、衣服類、祭事類、粉薬味類など10項目にもわたり、そのなかには10~20種類もの折形が入っています。江戸時代に庶民の間に広がった折形は、やがて女性のたしなみのひとつになり、花嫁道具として母から娘へと贈られたそうです。
しかしながら10項目もあり、項目ごとに10種以上にもわたる折形があるなんて、一度では覚えられそうにありませんね。
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