魚住りえ「チェッカーズのフミヤさんに会うのがいまだに夢」
一方で、3歳から続けていたピアノは16歳でやめてしまった。
「7歳上の姉は、のちに音楽大学を首席で卒業し、ベルギーに留学するほどのレベルだったので、実力差は圧倒的。コンクールで入賞するようなこともあったのですが、私が何時間もかけて練習するような曲を、才能があるコはあっという間に弾きこなしてしまう。母によく『女のコでも手に職を持って、自立して生きていきなさい』と言われていたこともあり、“ピアノでは食べていけない”と冷静に判断できたんです」
■ドキドキの上京・山手線に乗ったら“フミヤさんに会えるかも”
だが、幼いころから音楽と真剣に向き合ってきたがゆえに、言葉を音符に、声を楽器に見立てることができた。
「それで高校時代は放送部に。『うる星やつら』(’81〜’86年・フジテレビ系)や『ルパン三世』(’71年〜・日本テレビ系)、『ときめきトゥナイト』(’82〜’83年・日本テレビ系)などのアニメが好きだったから、声優を目指した時期もあったんです」
そんな憧れを胸に放送部で活躍し、高校3年時にはNHK杯全国高校放送コンテストに出場。
「もう、上京する喜びでいっぱいで。東京の人はみんなオシャレで芸能人みたいだし、田舎出身で東京のスケール感がわからないものだから、山手線に乗れば“もしかしたらフミヤさんに会えるかも”なんて、真剣に探してみたりしました」