2021年7月12日 06:00
チェッカーズが団塊ジュニアに与えた影響 みんな前髪を伸ばし始め…
こうしたアイドル的人気は、本格的なバンドとしての活動、楽曲のよさがあってこそ。2枚目のシングル『涙のリクエスト』(’84年)で人気に火が付き、デビュー曲の『ギザギザハートの子守唄』、3枚目のシングル『哀しくてジェラシー』(’84年)も大ヒット。’84年5月17日放送の『ザ・ベストテン』で、3曲同時にランクインする快挙も達成した。
『とんねるずのみなさんのおかげです。』(’88〜’97年・フジテレビ系)ではコントにも挑戦するなど、チェッカーズは活躍の場を広げていった。
「サイドボーカルの高杢禎彦さんは俳優業に、鶴久政治さんはバラエティ番組でボケキャラとして場を和ませるなど、それぞれソロの活動も増えていきました」
’92年にグループは解散。再結成が望まれているが、’03年、高杢がフミヤとの確執などをつづった暴露本を出版。’04年にはドラマーの徳永善也さんが舌がんで亡くなり、オリジナルメンバーがそろうことはなくなった。
しかしーー。
「“封印”されていた『ギザギザハートの子守唄』を、最近になってフミヤさんがテレビ番組で歌ったことが話題に。いま聞いてみると、メロディラインも洗練されていて、時代を超えて傑出した曲であることを再認識できます」
解散から30年近くたった現在も、ファンに求められ続けている。
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