海堂尊が天然痘撲滅に挑んだ幕末の蘭方医を描く最新作『蘭医繚乱 洪庵と泰然』発売中
そんな二人が生きた幕末は、異国船打払令やシーボルト事件、蛮社の獄、黒船来航、桜田門外の変など、動乱の時代でした。外国への反発(攘夷論)が蔓延する中、洪庵と泰然をはじめ各地の蘭方医たちが協力し、私財を投げ打ってまで英国発祥の牛痘法普及に奔走する姿は、コロナ禍の時に患者を救うために骨身を削って働いた現代の医師たちとも重なります。医師でもある著者は、時代を越えても変わらぬ「思い」と「覚悟」を描いているのです。
二人の人生が重なり合うのは「天命」
主人公の一人である佐藤泰然は、旗本・伊奈家の用人の家に生まれ、緒方洪庵と同時期に長崎に留学しています。のちに下総佐倉で蘭医学塾「佐倉順天堂(順天堂大学の前身)」を創設し、多くの優秀な医師を育てた西洋医学の先駆者です。本作では、生真面目な洪庵とは正反対の、豪放磊落な人物として登場。当初、洪庵一人の物語を書く予定だった海堂氏は、泰然を登場させたことについて「この二人の人生は不思議と同期していました。――きっと天命なのでしょう」と語っています。
大阪、長崎、佐倉、福井…蘭学者たちの足跡を丹念に取材
本作の執筆にあたって海堂氏は、2022年8月から洪庵の妻・八重の実家があった兵庫県の名塩、除痘館記念資料室、適塾が残っている大阪、シーボルト記念館や出島がある長崎、順天堂があった佐倉、種痘を広めた功労者・笠原良策がいた福井など、1年以上も各地を取材。