2017年12月20日 10:37
【男から見た結婚のリアル】第11回 良妻賢母の現代的解釈とは?
「自己愛を少なめにして真理を追究すること」などなど。
すべて、かの有名なデカルトさんと、その周辺の哲学者たちの言葉および、その意訳です。
夫婦はお互いに、相手を映す鏡なのだから、ダンナが「良夫賢父」であろうと努力すれば、ヨメも良妻賢母であろうと努力するかもしれない。
これも一般論として言えることだろうと思います。
鏡であるというのは、こういうことですよね。
「そうあろうと努力する」のに必要なことは、デカルトさんたちの言葉をお借りするなら、たとえば「思い込みで判断しない」ように日々「意識すること」となります。
冒頭に戻ると、我がヨメはぼくの原稿を読みながら「良妻賢母として書いてよ」と、のたまわりました。
我がヨメは「ぼくが彼女のことを良妻賢母として書いていない」と、思い込みで判断し、その判断が、ヨメをしてそう言わしめたのかもしれません。
もしそうであるなら、そして、夫婦の鏡の法則から判断するなら、ぼくもヨメのなんらかを思い込みで見、判断している、ということになります。
あるいは、ぼくがヨメのなんらかを思い込みで見、判断しているという、ぼくが意識していない事実を、ヨメはすでに知っている、ということになります。