モダンダンスの祖と呼ばれるイサドラ・ダンカンが生み出したダンカン・ダンス3代目継承者、メアリー佐野が日本で9年ぶりとなるホール公演『イサドラのコロス~生と死~』を2024年3月3日、東京都千代田区の劇場・TOKYO FMホールにて上演します。古代ギリシアからの舞台芸術の原点を探り、イサドラ・ダンカンが求め続けた真の舞踊を呼び覚まし、表現するシリーズ『イサドラのコロス』の第3弾となる今作は、生命の尊さや死への思いを17人のコロスたち(ダンサー、シンガー、アクター、ミュージシャン)が謳い上げる大作に挑みます。「イサドラのコロス:生と死」公演のチラシ表「イサドラのコロス:生と死」公演のチラシ裏【作品概要】古代ギリシア劇の悲劇において観衆が苦悩や悲哀を鋭敏に感じる瞬間に現れる“コロス”は悲劇と観衆の間の仲介者として、観衆の震える魂に完全な調和を創る存在でした。古代ギリシアからの舞台芸術の原点を探り、現代において失われたコロスの詩的な言葉や動き、イサドラ・ダンカンが求め続けた真の舞踊を呼び覚まし、表現することに挑むシリーズの第3弾です。2020年コロナ禍で初演した「イサドラのコロス」第一弾は調和への回帰を副題とし、現代のコロスへの試みの第一歩として、真の舞踊(歌、舞踊、詩の本質的な融合)を追求、2021年の第2弾は愛と悲劇に着目し、古代の音や詩に始まり、バロックやロマン派のオペラアリアなどの愛の歌から様々な愛の形やその力を演じました。今回の第3弾公演は生と死をテーマに、生命の尊さや死への思いを17人のコロスたち(ダンサー、シンガー、アクター、ミュージシャン)が謳い上げる壮大な作品となります。会場 : TOKYO FMホール 東京都千代田区麹町1-7 エフエムセンター2F日時 : 2024年3月3日(日)18:00開演 (17:30開場)チケット: 前売 4,000円/当日 4,500円 ※千代田区民半額(85人まで)ご予約 : SyzygyTokyo@gmail.com /03-6256-8834※お名前、ご連絡先、チケット枚数をお伝えください。【キャスト】メアリー佐野/伊澤萌音/乾ゆうこ/小倉渓/川崎有希子/清水フミヒト/戸梶江吏子/西原沙矢香/日ヶ久保香/藤井裕美子/渡辺早織/小林光/根尾櫻子/星川しょうこ/渡辺尚子/鶴岡黎春/大橋沙織【スタッフ】総合演出・振付:メアリー佐野ドラマトゥルク:日ヶ久保香舞台監督 :横井伸明宣伝美術 :広沢純子衣裳協力 :永島真由美映像撮影 :三行英登写真撮影 :水内宏之主催 :アート空間 シジィジー (東京都千代田区三番町22-7-1F)千代田区文化事業助成対象事業【プロフィール】メアリー佐野(Mary Sano)/ダンス・総合演出・振付ダンカン・ダンス3代目継承者、ダンサー、コリオグラファー。ミニヨン・ガーランドの愛弟子で、1979年よりサンフランシスコにてダンカン・ダンスを学び始める。自然でスピリチュアルなこのダンスに魅了され1983年にイサドラ・ダンカン・ヘリテッジ・ソサエティ・ジャパンを東京に創立、1997年にはMary Sano Studio of Duncan Dancing( )をサンフランシスコに設立。1990年にはパルコ出版よりフレドリカ・ブレア著「踊るヴィーナス-イサドラ・ダンカンの生涯」を出版。カリフォルニアではミルズ大学舞踊学部大学院修士課程修了後1993年にメアリー佐野とダンカンダンサーズを結成、サンフランシスコを中心に国際的に公演活動をはじめる。日米両国またヨーロッパにて数々の公演、ワークショップを開催。イサドラ・ダンカンから踊り継がれた古典作品を継承しながら、多くのオリジナル作品を創造している。2019年より東京・千代田区のアート空間 シジィジーの芸術監督を務め、シリーズで作品を発表している。【アート空間 シジィジーについて】2019年7月7日に東京の中心である千代田区三番町にオープンしたアート空間です。オープニングイベント「舞踊詩:山田耕筰とイサドラ・ダンカン」を皮切りに、シリーズ2「ロマンから神秘への道:スクリャービンとイサドラの遭遇」、シリーズ3「イサドラのコロス:調和への回帰」、シリーズ4「揺らぐ光と影のはざまに」、シリーズ5「イサドラのコロス:愛と悲劇」、シリーズ6「揺らぐ光と影のなかで」と公演を開催し、舞踊家メアリー佐野を中心に音楽家や、写真家などのアーティストとのコラボレーションからイサドラ・ダンカンの舞踊芸術を様々な局面から見つめ、深め、現代の舞踊の在り方を追求しています。今回の公演は千代田区の助成の元、はじめてのホールでの開催となりました。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年02月06日秋の深まりとともに、“芸術の秋”への意識も徐々に高まるところ。そこで、そんな気分にぴったりの注目作をご紹介します。それは……。時代を超えて描かれる感動作『イサドラの子どもたち』【映画、ときどき私】 vol. 324“モダンダンスの始祖”として知られるイサドラ・ダンカンは、20世紀初頭に舞踊の世界で革命を起こしていた。その後、2人の子どもたちを事故で亡くすという悲劇に見舞われ、痛みに苦しむなかでソロダンス「母」を創り上げる。それからおよそ100年が経った現代で、ソロダンス「母」と向き合っていたのは、振付師のアガト、障害を抱える若きダンサーのマノンと振付師のマリカ、舞台を鑑賞している高齢女性のエルザ。年齢も国籍も異なる4人の女性たちによって、ソロダンス「母」が新たに綴られようとしていた……。劇中では、ソロダンス「母」をきっかけに生まれた3つの物語を中心に描かれていますが、今回は作品が完成するまでの過程についてこちらの方にお話いただきました。ダミアン・マニヴェル監督“フランスの俊英”と呼ばれ、2019年には本作でロカルノ国際映画祭の最優秀監督賞受賞したマニヴェル監督。コンテンポラリー・ダンサーとしても活躍していた監督ならではの視点や今後について語ってもらいました。―監督自身がダンサーであったこともあり、以前からイサドラ・ダンカンには興味を持たれていたのでしょうか?監督もちろん、イサドラのことは昔からよく知っていましたが、だからといって彼女の映画を撮りたいという思いが最初からあったわけではありません。出発点となったのは、映画監督として「ダンスの映画を撮りたい」と考えていたときに、振付師の女性からイサドラのソロダンス「母」という舞踊があることを教えてもらったこと。それが今回の作品につながりました。―この作品を通してイサドラへの印象も大きく変わりましたか?監督そうですね。僕が彼女に抱いていたイメージはステレオタイプなものでしたが、リサーチを重ねていくうえで気がついたのは、イサドラというのはとても脆弱なところがあって、極端なまでに感受性の強い人だということでした。なぜなら彼女は数々の悲劇を経験するものの、そういったものも芸術的な創作の原動力にしているということがわかったから。そうやって彼女の足跡をたどる過程で新たな一面や考え方を発見しましたが、それらを“翻訳”して映像にしたのがこの作品です。ユニバーサルで普遍的な感情が内包されている―ダンスを題材にした作品ということで、ご自身も出たいという欲求にかられることはなかったですか?監督準備期間に少しだけ踊ることはありましたが、出たいというのはなかったですね。というのも、僕は俳優やいろんな人々を観察し、撮るほうが好きですから。ただ、もし僕が心から敬愛する映画監督から、「映画に出ないか?」とお誘いがあったら、「出ます!」っていうかもしれないですね。でも、ダンサー役はあり得ない、もうずっと踊ってないもの。実は、僕はダンサーとしてはもう長いこと踊ってはいないんです。でも、もしいまでもダンサーを続けていたらきっとダンスについての映画は撮らなかったでしょうね。どこかでダンスが恋しいという気持ちがあるから撮りたかったんだと思いますし、ダンスが自分の映画を豊かにしてくれることもわかっています。―今回はイサドラを題材にした作品ではありますが、3部構成で4人の女性たちが中心に映し出されています。このような形式にしようと思ったのはなぜですか?監督最初は1つ目のストーリーの主人公であるアガトだけに焦点を当てようと思っていたんですが、徐々に年代も身体も背負っている過去も異なるさまざまな女性たちに演じてもらいたいと思うようになりました。なぜなら、ソロダンス「母」には、ユニバーサルで普遍的な感情が内包されていて、みんなを感動させるものがあると気がついたからです。僕にとっては、このソロダンスが主人公でもありますが、100年の歴史に込められている“遺産”を解読し、映画にして観客に届けるべきだと思いました。現場で新しいアイディアをどんどん入れている―劇中の女性たちはストーリーを組み立てたあとにキャスティングしたのか、それとも彼女たちとの出会いが脚本に影響を与えたのでしょうか?監督その両方ですね。というのも、僕はオーディションなどでキャスティングするのは好きではないので、出演者を決めるときは自分が知っている人のなかから選ぶことが多いんです。なので、今回はソロダンスを題材とすると決めたあとに、この作品を誰と撮りたいか、ということを考えました。アガトとはパリで出会ったときから仕事したいなと思っていましたし、マリカは10年ほど前にダンサーとして一緒に踊ったことがあって、また仕事をしたいと思っていたときに今回のチャンスが訪れた感じですね。マノンはアヴィニョンの演劇祭で彼女のパフォーマンスを見たときから、考えていた1人。そして、エルザも2011年の『犬を連れた女』で仕事をしましたが、またいいタイミングが来たと感じたので起用しました。―彼女たちの動きや会話は、俳優たちのアドリブに委ねた部分も多かったのでしょうか?監督僕の作品は、いつもフィクションとアドリブがミックスされていることが多いですね。実在する人からインスパイアされて人物像を築き上げていくのが好きなんです。この作品の脚本はたった30ページほどしかなかったので、セリフは全然書かれていません。それだけ余白の部分が多いので、現場で新しいアイディアをどんどん追加できるようにしています。僕が監督として楽しみにしていることは、撮影中に僕自身を驚かせてくれるような出来事と出会えることなんですよ。観客が深いところで感動しているのがわかった―では、今回の現場で監督が驚いたこととは?監督毎日いっぱいありましたが、そのなかでも感動したのは、タイプの違う4人の女性たちが、同じ題材を通して、それぞれに異なるエモーションを届けてくれたこと。僕は完璧なダンスやすでに完成されたものには興味がありません。大事にしたのは、誰もが自分のなかにクリエイティビティを持っているんだということ。僕はいつでも俳優たちにとって最初の観客という思いで見ていますが、そのなかで彼女たちは僕に感動を与えてくれました。実際、作品を観てくださった方々のお話を聞いても、表面的な感動ではなく、深いところで感動してもらえていることがわかりました。そういう瞬間が映画監督として作品を提示することの喜びでもあるんですよね。―そのなかでロカルノ映画祭最優秀監督賞を受賞したことも、大きなモチベーションとなったのではないでしょうか?監督そうですね。自分のことだけでなく、作品に参加してくれたすべての方と自分のチームに対してもすごく誇りに思いました。と同時に、これからも作品を作ってもいいんだと励まされましたね。―では、次に興味のある題材はどんなことですか?監督実は、少し前に新作の長編を撮り終えたばかりなんです。今回題材となったのは、イエス・キリストの弟子でもあるマグダラのマリア。彼女が過ごした最後の日について語った作品で、『イサドラの子どもたち』に出演したエルザが主演を務めています。本作のラストシーンを撮っているときに、彼女と一緒にマグダラのマリアについての作品を撮りたいと考えていたんですよ。この作品が心に届くことを願っている―この作品も、そういった形で次へと繋がっているんですね。五十嵐耕平監督との共同制作による『泳ぎすぎた夜』では日本で撮影されたこともありますが、また日本でも撮りたいお気持ちもありますか?監督日本でも3年以内にもう一度撮りたいと考えています。アイディアはたくさんあるので、まだ絞れていなくて……。でも、最近はホラーに興味を持っています。―イサドラ・ダンカンからマグダラのマリアときて、次はホラーとはすごいふり幅ですね。では、映画監督として作品を通して観客に伝えたい思いはありますか?監督僕の場合、メッセージを伝えたいというよりも、観客に問いかけをして、みなさんのなかに感動を呼び起こしたいという思いのほうが強いんです。僕がいままで撮ってきた作品は、実在の人物のポートレートのようなものなので、たとえるなら僕は絵を通して感動を与える画家みたい感覚ですね。―最後に、日本の観客へのメッセージをお願いします。監督まずは日本で公開できることをとてもうれしく思っていますし、この作品が日本の観客の方々の心に届くことを願っています。イサドラの魂と皆さんが出会うきっかけにこの映画がなれば、とてもうれしいです。魂と魂がゆっくりと呼応していく!喪失を経験し、苦しみながらも再生していく人々の姿を映し出した本作。普遍的なテーマと向き合うなかで、言葉では表現できない深い感動を味わってみては?静かに胸を打つ予告編はこちら!作品情報『イサドラの子どもたち』9月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開配給:コピアポア・フィルム
2020年09月25日伝説のダンサー、イサドラ・ダンカンが遺した創作ダンスをもとにフランスの俊英ダミアン・マニヴェル監督が描き、第72回ロカルノ国際映画祭最優秀監督賞を受賞した『イサドラの子どもたち』の日本公開が決定した。モダンダンスの始祖として知られるイサドラ・ダンカン(1878~1927)。20世紀初頭、舞踊の世界に革命を起こした彼女は、1913年4月、2人の子どもを事故で亡くし、その痛みに苦しみながら、亡き子どもたちに捧げるソロダンス「母」を創り上げた。それから100年の時を経て、現代に生きる4人の女性がイサドラの「母」と邂逅する――。本作は、イサドラ・ダンカンの遺したダンス「母」から生まれた、3つの喪失と再生の物語。山形国際ドキュメンタリー映画祭2019での日本プレミア上映が大反響を受け、公開が熱望されていた作品。『若き詩人』や『泳ぎすぎた夜』(五十嵐耕平との共同監督)が話題を呼んだダミアン・マニヴェルが、まったく新しい試みで「母」の翻案に挑み、イサドラと子どもたちの物語を紡ぎあげ、彼女の抱えた痛々しくも狂おしい愛が4人の女性たちの身体を通して呼応し、伝播していく喪失と再生の物語として紡ぎ上げた。物語を綴るのは、それぞれ異なる身体・年齢・境遇にある4人の女たち。イサドラの自伝と舞踊譜をもとに「母」の踊りと向き合う、振付師のアガト。対話を通じて新しい「母」を共作する若きダンサーのマノンと振付師のマリカ。そして、「母」の公演を観劇したエルザは自らと重ね合わせながら今夜の記憶を反芻する。悲しくも崇高な物語が、ミニマムな物語形式と情感溢れるカメラワークによって紡がれ、ロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)の楽曲が美しく彩る。その先鋭的な映画手法は、コンテンポラリーダンサーとしても活躍した監督だからこそなしえたもの。それはダンス映画の枠を超え、一篇の詩のように魅了する。『イサドラの子どもたち』は9月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開。(text:cinemacafe.net)
2020年07月02日