『カルネ』、『カノン』などで国際的に評価を集めながらも、その過激な作風で“フランス映画界の異端児”との異名をとるギャスパー・ノエ監督。時間を逆戻りさせるという驚異の演出で紡ぐ衝撃の問題作『アレックス』から7年――。待望の新作『エンター・ザ・ボイド』がようやく日本に到着しました。あてもなくTOKYOにやってきて、日々ドラッグに溺れるオスカーと、彼を頼りにやって来た妹リンダを軸に語られる、不思議な輪廻転生の物語。シネマカフェでは、今年3月に行われたフランス映画祭のために来日していたノエ監督を直撃。新作について話を聞きました。7年前、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のために『アレックス』を持ってノエ監督が来日したとき、映画祭スタッフだった私は、彼のお世話をしたことが。奔放な発言と、気さくな人柄が魅力という印象のノエ監督でしたが、久々にお会いする監督は、いったいどうなっているのでしょうか。まず尋ねたのは、ファンにとっての最大の関心事。これほどまでに新作発表まで時間がかかった理由でした。「実はファイナンスなんだ。『アレックス』を撮る前、すでにこの脚本は出来上がっていたんだ。でも、有名な俳優が登場する予定もなかったし、『アレックス』に比べ不安要素が多かった。東京で撮影するとなると、クリアしなければならない問題も多いしね。出資者も、予算内で仕上がるのか不安だったようだ。様々な演出のためにお金の必要なプロジェクトだったせいもあるんだ。東京で撮影するのが第一希望だったんだよ。でも、一度訪れたことのある香港でも、いい映画が撮れると思っていたんだ。あと、ラスベガスにも興味があった。カラフルな街だからね。でも、あそこはマフィアの街だから、行きたくなかったんだ(笑)。とにかく、雑多な部分もあって、色の多い街で撮りたかった。多くの人が、なぜ東京かと尋ねたけど、このビジュアル、このエネルギーが欲しかったからなんだ。ただ、街と物語とがリンクしているわけじゃない。『ロスト・イン・トランスレーション』は、日本の文化を映し出したり、アメリカと日本の文化の違いを表したりしていたけれど、この作品はそういった作品じゃない。この映画を撮るのに、もっともふさわしい舞台だったということなんだ」。東京というロケ地にも、作品の出来にも大満足だという監督。「新しい体験を観客に提供するという大きな目標が達成できたと思う」と、とても嬉しそうに笑います。「『アバター』公開の後になってしまったけれど、新しい映像体験という意味では同じだろうね。『アバター』では3Dグラスをかけなければならないけれど、この作品では眼鏡をかけずに物語の世界に入っていける。僕の場合は、3D技術なしで、イメージ(映像)とサウンドだけで、それをやったんだ。いわばトリップ感覚というものだ。143分間を劇場で過ごして、“うわー、トリップしちゃった”と思ってもらえたら嬉しい。そう、ドラッグなしで体験できる飛ぶ感覚を味わってほしいね」。彼が言う“トリップ”感覚は、様々な映像技術を使い分けることで実現しています。例えば、フォーカスの合っていない映像を映し出しながら、観客に“自分がめまいを起こしているのか”と錯覚させていくというように。冒頭のタイトルクレジットで、すでにノエ監督の“視覚への悪戯”は始まっています。つまりわずか最初の数分で、彼の術中にはまってしまうという感じ。「冒頭のタイトル部分は、実は最後に制作したんだ。この映画の冒頭にふさわしいタイトルロールをと思って、インパクトの強いものにした。この作品はまるでジェットコースターのようなんだ。それも、最初からドーンとスピードを上げていくもの。そういうタイプの絶叫マシーンが個人的に好きだからね。きちんと座って、シートベルトを締めていないと振り落とされるよ!」いたずらっぽく笑う監督ですが、実はテーマはかなり神秘的。本作での最大のテーマは、リンカーネーション=輪廻転生なのです。「18歳のとき、輪廻転生や死後の世界に興味を持って、様々な本を読んだんだ。宗教的なバックグラウンドがなかったからかもしれないね。そのときは、仏教、キリスト教など、どんな宗教に関する深い知識はなかったんだ。そこで出会ったのが『死者の書』。死者の魂が肉体を離れてから冥府の国に入るまでの過程を描いたもので本当に気に入ったんだ。その話を完全に信じたというよりも、魅了された。とてもポエティックな本だから。ここに描かれた世界観は、人に勇気を与えると思う。正直に誠実に生きるという勇気をね。例えば、カルマの話なんかも興味深い。業は、死んでも失われることがなく、輪廻転生によって代々受け継がれる。現世での行いが、次にどんな姿に生まれ変わるかにも影響するという考えも面白い。僕は、どんな人間、どんな動物に生まれ変わりたいかと聞かれたら、またギャスパー・ノエに生まれたい!って言うね(笑)。そんな考えが、この映画にも反映されている。生命のループだ。だから、最後の最後を注意深く観てもらいたいんだ」。いつも彼の作品を観ていて思うのは、グロテスクな表現やタブーなどを躊躇せず取り込んでいく大胆さと不敵さ。でも、そこにある本意は作品を知れば分かります。それは、彼なりに人生の神秘や美しさ、尊さを強調するためのひとつの手法なのだということが。今回も、輪廻転生、生命誕生など、人生の神秘や美しさを強調するために、グロテスクな演出が随所でなされています。時折、驚かされすぎたり、目を覆いたくなったりするものもあるけれど…。「グロテスクな表現や、インパクトのある突飛と思われる表現でも、それが滑稽なものになってしまったら、僕のポリシーに反するんだ。本作では、男性性器や女性性器も映し出されるけれど、それが笑いの種になってしまってはいけない。ドキュメンタリーを見るときのように、凄いものを見たという感覚になってもらわなければ。『2001年宇宙の旅』を観て映画の虜になったジェームズ・キャメロンが、後に『アビス』を撮ったように、僕もこの作品を撮る際は『2001年宇宙の旅』を心の中に置いていたんだ。もしかすると、これまで観てきたあらゆる映画が、念頭にあったのかもしれないな。それらが僕の中で咀嚼、消化され、今回の作品に注ぎ込まれているのかもしれない。プラス、僕の観たいものがね。例えば、最後に流れるセックスシーンこそ、僕が映画で観たいもの。今回はついに撮ったぞという感じだね」。彼が言っている“あれ”とは、ラブホテルの各部屋を、鳥瞰図で映し出すという演出。確かに、これまで観たことのない映像です。「スタジオにラブホテルを作って、クレーン撮影したんだ。CGも使って、様々な効果を出した。面白かったよ」。ベッドシーンでCGとは、さすがはギャスパー。でも、過激な異端児と言われるだけに、拒絶も多いのでは?「実のところ、敵は多いよ。でも、敵が僕を強くしてくれるんだ。新作がリリースされると、批評が出るよね。良い評価は凄く嬉しいけど、実は悪い評価も同じぐらい楽しく読ませてもらっている。ある人が、ものすごく僕の作品を嫌って、あまりに嫌いすぎたんで、僕のところに文句を言いに来たんだ。でも、話をしているうちに、結局その人は僕のファンになっちゃった(笑)。こんな経験も1度や2度じゃない。強いってわけじゃないんだ。そんな状況も楽しむことができるというだけ。少なくとも、観た人に影響を与えているんだから、それは光栄なことだね。もちろん、進んで嫌われている訳じゃないし、気に入ってもらえれば嬉しいけど、もし嫌われてしまったのなら、その状況を楽しむしかない。“あなたの新作、大嫌いでした”と言われたとき、“ありがとう本当にありがとう”って答えるんだ。“分かっています、ああいう映画が嫌いな人がいることは”ってね。すると相手は“うーん、でも実はそんなに嫌いでもないかな”とか言い出したりする。“君はクールだって分かっているんだよ”とか。そうなれば、更に“ありがとう”だね。この世にはあまりにも多くの人がいるんだから、好みはそれぞれだよ」。自分が進む道をまっすぐに見据えて、敵までも巻き込んで、映画作りを楽しんでしまうギャスパー・ノエ監督。もしかすると過激な演出は、ここまで自分らしい表現をしても、分かってくれる人がいるはずだという観客への信頼なのかもしれません。「僕は映像を使って楽しみたいだけ。映画から、どんな反応がもたらされて、どんな変化が人々に起きるのかを見るのが楽しみなんだ。もちろん、僕が好む映像スタイルは、一般の観客には時としてやり過ぎだと感じられることは分かっているんだけれど、これが僕のやり方だから仕方がないんだ」。ギャスパーが仕掛ける、新しい挑発『エンター・ザ・ボイド』。あなたは、どう受け止めるでしょうか。(text:June Makiguchi)■関連作品:エンター・ザ・ボイド 2010年5月15日よりシネマスクエアとうきゅうほかにて公開■関連記事:【シネマモード】映画祭ならではの豪華な顔ぶれ。アウディ主催のパーティへジェーン・バーキン仏語は「セルジュの腕の中で学んだ」フランス映画祭開幕ギャスパー・ノエのTOKYOを舞台にした衝撃作『エンター・ザ・ボイド』予告編初公開
2010年05月21日江口洋介と蒼井優のW主演となる映画『洋菓子店コアンドル』が2011年正月第2弾で公開されることになり、2人がパティシエ役に挑戦することが発表された。江口さん、蒼井さんの初共演作となる本作。江口さんは“伝説のパティシエ”と呼ばれるほどの腕を持ちながらも、8年前に突如としてスイーツ界から姿を消した元パティシエで、いまは製菓学校の講師をしつつ、評論家としてガイドブックを出版する十村遼太郎を演じる。一方の蒼井さんが演じるのは、東京のパティスリーで武者修行中の恋人との結婚を夢見て、彼を追って鹿児島から右も左も分からぬ東京へと出てきた臼場なつめ。2人が出会うのは、十村が常連客として訪れ、ひょんなことからなつめが働くことになった評判の洋菓子店“パティスリー・コアンドル”。なつめは恋人を見つけることができるのか?そして十村がケーキ作りをやめた理由とは?女性たちを魅了する“スイーツ”をスパイスに、人生の挫折と再生がキュートに、そして切なく描き出される。メガホンを握ったのは、『60歳のラブレター』、つい先頃公開された『半分の月がのぼる空』などで若くして、その演出力が高い評価を受ける深川栄洋。江口さんと蒼井さんには、当然のことながらお菓子作りのシーンも!江口さんは「オファーをいただいた当初は、正直、自分じゃないのでは?と思うほど繊細な印象を受けていました。そして監督と細かいディスカッションを重ねていくうちに、十村という伝説のパティシエ像が、少しずつ自分の中に生まれていきました。作品に入る前には何度もケーキ作りを体験し、その奥深さと、その味を維持していくプロフェッショナルたちの真剣さ、厳しさを知りました。試食するため都内の店を何軒も見学したのですが、実に美味しそうにケーキを食べている人たちが大勢いるのを見て、ちょっと驚きながら、そういうことも幸せの一瞬なのでは?と感じたりもしました。物語の主役とも言える、沢山の“宝石のようなケーキたち”が、この作品を盛り上げています。映画を観終わったときに『ちょっと、ケーキ食べに行かない?』と、思わず誰かを誘ってしまいたくなるような、そんな作品に仕上がったのではないかと思います。劇場で、ぜひともそんな幸福感を味わってみてください」とコメントを寄せてくれた。蒼井さんからも「今回は、鹿児島弁とケーキ作りに挑戦しました。ケーキ作りの材料と器具一式を先生にお借りして、家で毎日練習したのですが、鹿児島弁を練習して、クリームの絞りをやって、絞りが上手くいくようになったら、今度は鹿児島弁を忘れてしまって、また練習して…。結構、睡眠時間を削って没頭しました。深川監督はとても優しくて、けど譲らないところは絶対に譲らない人。それは、自分のためではなく全て作品のためで、周りはそんな監督のために頑張っていました。江口さんとは今回初めてご一緒させていただきましたが、これまで会ったことのないタイプの方で、好奇心がわきました。役柄的に反発し合うことも多かったので、一番長いシーンがドア越しだったのも印象的です。最高の現場でした。そこにいた人たち全員の想いがしっかりスクリーンに映っていることが、この映画の魅力だと思います」とのコメントが到着。鹿児島弁、そしてコックコート姿の蒼井さんを想像するだけで期待が膨らむが、蒼井さんのコメントにあった「(十村となつめ)役柄的には反発し合う」、「ドア越しのシーン」というのも気になるところ!ちなみに、本作は昨年の10月にクランクインし、1か月強の撮影を経て、12月の初旬にクランクアップ。深川監督は江口さんと蒼井さんを演出してみて「ジャズのライヴ演奏を楽しむドラマーのような感覚で映画作りをしたという印象があります」と感想を語っている。監督曰く「江口さんは、いままでTVドラマでは見せなかった姿を私たちにみせてくれました。蒼井さんは、同じ時代に映画人として存在出来て良かったと思わせてくれる響きを見せていただきました」とのこと。果たしてどのような仕上がりとなっているのか?2人のほかに、コアンドルの女主人を戸田恵子が、パティシエールを江口のりこが演じることも発表された。ビター&スイートなエンターテイメント『洋菓子店コアンドル』は正月第2弾として新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開。
2010年05月08日