連載小説「眠らない女神たち」 第一話『チョコレートの魔法』(後編)
30才を過ぎると他人から褒められることが皆無だ。やって当たり前で、出来なければ責められる。とはいえ、私は他人を責める気にはなれない。他人の出来を期待して自分の計画に組み込むから混乱する。自分が出来ることが他人も出来るとは限らない。そして自分が知らないことは他人も知らないと思っていた方が親切になれる。
半分に切ったプチトマトを咀嚼して、ソテーしたササミに箸をつける。
「ああ、そうか」
ぽとりとこぼした言葉はあまりに小さくて私自身の耳にも届かなかった。
だが、私はにんまりと自分の口角が上がるのを感じていた。ずれたビーグル犬の耳も可愛いじゃないか。
早めにお昼を切り上げた。トイレで歯磨きをし、メイクを直す。今日は至って普通の通常通りのメイクだった。いつもの手順でいつものメイク。それなのにいつもより仕上げのチークが入れやすかった。
自分のデスクに戻る。
引き出しをあけて、お徳用の小分けにされたチョコレートを2つ取り出す。ビターとストロベリーだった。それといつも飲んでいるティーバッグを1つ。コピー機の脇「再利用」と書かれた箱から薄いグリーンの用紙を1枚。小さな蓋なしの封筒を作って、チョコとティーバッグを入れた。