連載小説「眠らない女神たち」 第三話 『グレープフルーツのユウウツ』(後編)
やめてよ、私がいやな奴みたいじゃない。
泣き出しそうなのをぐっとこらえて、キッチンに行った。対面式なのでカウンターからパパの顔が見えるけれど、距離を取りたかった。流し台に無造作に置かれたパパのお弁当箱を洗う。洗ったらお弁当のおかずを作らなくちゃ。何にしようか。
パパの「ごめん」が私を打ちのめしている。なによ。
ずっと無関心でいてくれた方がずっといいのに。視界の端で食事を終えたパパが食器を持ってくるのが見える。やめて、こないで。逃げるように私は冷蔵庫をあけた。
「なに、これ?」
冷蔵庫の中には大きなグレープフルーツが3つ、ででんと鎮座していた。赤ちゃんの頭ぐらいのグレープフルーツは冷蔵庫の主のようだ。
「もらってきた」
パパがこともなげに言う。流し台にがちゃがちゃと食器を置いた。
「会社に届いたんだよ。退職した先輩から段ボールで。どっかで果物作ってるらしい」
「そうなんだ」
「うん」
「大きいね」
「だろ?だから3つもらってきた」
ちょっと得意げに笑って、私と一緒に冷蔵庫をのぞきこむ。
「持って帰ってくるの恥ずかしかった」
グレープフルーツを1つ取り出して冷蔵庫を閉じた私に、相変わらず笑いながら話し始めた。