私は40代の主婦で、現在結婚15年目です。第1子妊娠の際に強烈なにおいづわりに悩まされたときの体験をお話しします。自分のにおいで吐いてしまうもともとにおいに敏感な私でしたが、第1子を妊娠したときは、ひどいにおいづわりに悩まされました。妊娠自体は喜ばしいことですが、私は24時間、悪臭をかがされているような状態で大変でした。 水のにおいや、挙句の果てには自分のにおい(ほぼ無臭なのですが……)まで気持ち悪くなってしまい、満足に食事もとれずに自宅に引きこもる日々。 人によっては数カ月でつわりがおさまるという話を聞いていましたが、私は妊娠した瞬間から臨月までつわりが続いたのです。 出産前後でにおいが変わった!?ようやく臨月になり陣痛が始まりました。私が出産した病院では、陣痛中にバナナと牛乳が軽食として出されましたが、陣痛中にもかかわらず、そのときの私の感想は「バナナが臭い!」でした。 陣痛でそれどころではないはずなのに、なおも臭く感じる自分に驚いたことを覚えています。それでも生まれてくる子のために力をつけようと、鼻をつまんでバナナを食べた私。やがて12時間の陣痛を経てようやくわが子を抱いたとき、うれしさで涙がこぼれました。 そして、その直後にお昼のサンドイッチとバナナが提供されたのですが、空腹で思わずバナナを頬張った私はびっくり! なんと、バナナが臭くないのです。同じバナナなのに、出産前後でにおいが明らかに変わったことに驚きました。本当に10カ月ぶりの「おいしい!」でした。 第1子の妊娠は、においづわりに翻弄された10カ月間でしたが、第2子を妊娠したときのつわりは3カ月間の期間限定で、それほどひどくありませんでした。当時は本当につらかったですが、出産前後でにおいが変わるという不思議な経験ができて、今ではそれもいい思い出です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラスト/森田家著者:中野 迷子
2023年12月05日もともと私より収入が低いことを気にしていた夫。妊娠を機に私が仕事を辞めると、突然夫の態度が豹変して……!?私も夫の稼ぎだけに頼るのは不安だったので、子どもを産んだ後も仕事を続ける予定でした。しかし、夫の説得により、妊娠・出産後は専業主婦になることをしぶしぶながらも受け入れました。 そしてついに退職届を出した日、なんだか夫の様子がいつもと違ったのです――。 夫への違和感仕事に未練を残しながらも、専業主婦になることを決めた私。退職届を出して家に帰ると、夫から「お疲れ様」とメッセージが届きました。 「私、本当に仕事を辞めてよかったのかな……」とぽつりとつぶやくと、「俺の収入だけで問題ないって結論になったろ?」「生まれた子どもの世話だってあるんだ」「退職届を出したんだからもう諦めてくれ」と夫。 私だって、夫を困らせたかったわけではないのです。ついこぼしてしまった言葉に対して、そこまで言わなくても……と思ってしまった私。なんだか夫から威圧されているような感じすら受けました。 妊娠で気持ちが不安定になりやすいのだろうと思った私は、「もうこの話は終わりね。私も気持ちを切り替えるわ!」と仕事の話題を打ち切ることに。夫も「俺もいろいろと手伝うから、身体を第一にしろよ」と私を気遣ってくれたので、私は子どもが生まれた後の暮らしに思いを馳せながら家事に勤しむことにしたのです。 しかし……。 豹変した夫2カ月後――。 私が退職してから、夫は豹変。毎日のように飲み歩き、来月出産予定の妊婦の私に車で迎えに来させるのです。なんだか夫のいいように使われているような気がして、私は愚痴をこぼすことが増えていました。 今夜もまた、日付が変わっても帰ってくる気配のない夫に「いつ帰ってくるの?」とだけメッセージを送りました。すると、「もうちょい後になるわ、それまで起きてて~」「妊婦でも車の運転くらいできるだろ、働いてないんだから迎えくらいきてくれよ」といつもと同じ返信が。 「最近ひどすぎない?私は別にあなたの召使じゃないんだよ?」と苦言を呈すと、夫は「当然だろ?お前は仕事をやめて俺に養われる立場になったんだから」「俺の方が立場が上なの」と返してきました。 私に仕事を辞めるよう、説得してきたのは夫の方。子育てや家事に専念するために仕事をやめたのであって、夫婦の立場は対等なままだと私は思っていますが、夫の考えは違ったようです。次の言葉には絶句してしまいました……。 「俺にたてついて困るのはお前の方だぞ?別に俺は生活費入れなくてもいいんだけど?」「女のくせに無駄に出世しやがって、俺より収入高かったからって偉そうにするな!だから仕事辞めさせたんだぞ」 私は一度も収入のことで夫を見下したことはないのですが、私が思っていた以上に夫は気にしていたようです。「本当だったらお前が気を利かせて自分で辞めるのが筋だったのに……」とまで言われて、私は怒るどころか呆れてしまいました。 「ちゃんと反省して、俺を迎えに来いよ」と相変わらずの調子の良い夫。これだけ言っておいて、まだ迎えに来いという神経がわかりません。「帰りはタクシーなりなんなりで勝手に帰って来てください」とだけ返すと、「迎えに来なかったら許さないからな!」と脅しはじめました。 しかし、妊婦は身体が第一。産まれてくる子どものためにも、私はスマホの電源を切って寝ることにしました。 翌日――。 結局遅くまで飲んで、タクシーすら捕まえられなかった夫は、ビジネスホテルに宿泊。今日はそこから出社したようです。 「お前のせいでこうなったんだぞ」「誰のおかげで飯食えてると思ってんの?」と、私のスマホには夫から暴言メッセージが続々と届いていました。 「私は収入とか立場とか気にしてないから」と返すと、「お前がそういう態度なら俺にも考えがある」「お前とは離婚する」と離婚を持ち出してきた夫。昨日は酔った勢いであんなことを言っていたと思っていた私は、素面でもこの有様なのかと驚きました……。 「『調子乗ってすみませんでした』ってちゃんと謝ったら許してやるぞ?」「お前がちゃんと立場を理解するだけでいいんだぞ?本気で離婚になったら困るだろ?」とあくまで私に立場をわからせたい様子の夫。私はもう付き合いきれなくなりました……。 「いいよ、離婚してあげる」「これから離婚届もらってくるから、帰ったらサインしてね」と離婚に応じると、「……離婚して困るのはお前の方だぞ?」と勢いを失った夫。 「本当はあなたの方が離婚したくないんでしょ?いざ離婚ってなってビビってるの?」と煽ってみると、「そこまで言うなら離婚してやるよ!後から泣きついてきても許さないからな!?」と強がり始めました。 その日のうちに、私たちは離婚届にサイン。そして、私はサイン済みの離婚届を自分の手元に置いておいたのです。 私の選択は…1週間後――。 「おい、今日はちゃんと迎えに来いよ」と元夫からメッセージが。 「今実家だから無理」と返すと、「俺は実家に帰るとか聞いてないんだけど?」「俺のおかげで生きていけてるくせに、ナメてんの?」と相変わらず私に立場を弁えさせようとしてくる夫。 「もういいわ、離婚決定」「ん?1週間前にしてるけど?」「は?」 離婚届にサインした翌日、私は嬉々として役所にその離婚届を提出しました。それから1週間で自分の荷物をまとめ、ようやく実家に帰ってきたところなのに……。 「あの日は俺が許してやるって言っただろ!」「俺が許してやったんだから、離婚はなしだ!」と喚く元夫。しかし、元夫の許しがどうこう以前に、私自身、元夫のことが無理になっていました。だから、すぐさま離婚届を提出したのです。 「収入のないお前がどうやって子ども育てるんだよ!?」「シングルマザーってそんなに簡単なことじゃないんだぞ!?」となおも喚き散らす元夫。私はこの1週間の間に、元の職場に頼みこみ、出産後にまた働かせてもらう手はずを整えていました。実家に帰ってきたのは、私の両親に子育てを手伝ってもらうためです。 「生まれてくる子どもに、あなたの言いなりで過ごしている私を見せたくない」「この子にはあなたみたいになってほしくないの」と淡々と述べた私。すると元夫は、「あーあ、お前一人で育てたってろくな大人にならない」と言ってきたのです。 その言葉で、この人と離婚できてよかったとあらためて思いました。自分の子どもに対して、平気で「ろくな大人にならない」などと言える元夫のそばで、この子を育てたくない。私の選択は間違っていなかったのです。 その後――。 私は無事に女の子を出産。今は実家で娘の世話をしながら、職場復帰に向けて体力と知識を蓄えています。これから先、この子が大きくなるにつれていろいろなことがあるとは思いますが、元夫を反面教師に精一杯育てていきたいと思います。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年12月05日2人目妊娠中、起きているのもつらいほどつわりがひどかった私。1歳6カ月の長男の世話や最低限の家事以外は横になっている毎日でした。そんな私を横目に、仕事から帰ってきた夫がまさかの発言をし、私は怒りと悔しさで涙が出ました。そんな私の体験談を紹介します。 夫の心ない発言妊娠8週目に入ったころ、頼る家族もいない中、吐き気と倦怠感に耐えながら必死で長男の育児と家事をなんとかこなしていた私。長男はやんちゃ盛りで家の中はいつも物が散らかり、私自身は吐き気が強くて大したごはんも作れずにいました。 ある日、仕事から帰った夫が「なんでこんなにキッチンが汚いんだ! 家の中は埃まみれだし!」と、いきなりひとりで怒り出したのです! リビングで長男のおむつを替えていた私は、つわりで苦しんでいることを知っているはずの夫がそのような発言をしたことが信じられませんでした。 やりたいのにできないつらさ夫のまさかの発言に怒り心頭の私は、「私がつわりで動けないこと知ってるでしょ!? あなたは妊婦のつらさをまったくわかっていない!」と喧嘩に。夫と言い合いをしている最中も吐き気が襲ってきて、発言できなくなりました。 パッと部屋を見ると確かに家の中はぐちゃぐちゃで、片づけや掃除をしてもまた散らかる毎日。本当は片づけたいのに、もっとしたいことがたくさんあるのに動けない自分が悲しくなり、つわりのつらさを理解できない夫に涙が出てきたのです。 お互いを理解し合うこと私たち2人が喧嘩している姿を長男が呆然と見ている中、夫が「ごめん、長男の前でいけないよな。しんどいのにごめん」とポツリ。その言葉を聞いた私も「つわりのしんどさはわからないのも当然。疲れて帰ってきて家の中がぐちゃぐちゃだといい気がしないのもわかる」と思いました。 その後、私の体の状態を詳しく夫に説明し、育児も含め手伝ってほしいことなど話し合いました。そして、翌日から夫は積極的に家事・育児をしてくれるようになったのです。 私は、夫が妊娠の大変さを理解してくれているだろうと勝手に思い込んでいました。しかし、夫は1人目妊娠時の私の状態を忘れていたり、上の子がすでにいる環境とは違うことも理解できていなかったりで、なぜ私がこんなに動けないのかわからなかったのだと気づきました。いつでもお互いのことを話し合い、理解を深めることの大切さを改めて学んだ出来事です。 監修/助産師 松田玲子著者:岩見 エリ2人の男児の母。看護師歴12年、フランスで出産し子育て中。イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター うちここ
2023年12月04日私は、2人の子どもの母親です。長女がおなかにいるときから生後3カ月ぐらいまで、なぜか長男に抱きつかれると嫌な気持ちになりました。今回はそのときに抱いていた気持ちをお話ししたいと思います。 なぜか嫌な気持ちになる2人目の妊娠がわかったとき、長男はまだ1歳でした。医師から長男を抱っこするときは座ってするようにアドバイスを受けていました。気をつけていたのに、妊娠15週で切迫流産になってしまい入院。退院してからはずっと安静生活。長男は平日私と家の中で過ごす日々でした。 まだまだ甘えたい時期の長男は、横になっている私の上に乗ろうとしたり、抱きついてきたりしました。妊娠する前は幸せな時間だったのに、なぜかすごく嫌な気持ちになってしまったのです。 抱っこしたいのにできない長男がおなかに乗ろうとすると「おなかに赤ちゃんがいるからびっくりしちゃうよ」と言い、抱きつこうとすると「ママ、体が痛いから抱っこできないんだ、ごめんね」とその都度話しました。しかし寝かしつけはどうしても座って抱っこか、添い寝してトントンしなければならず……。 長男は家でずっと過ごしているので体力も有り余り、寝かしつけに2時間かかったこともありました。ずっとくっついているのが嫌なのに、長男がなかなか寝てくれないと「もういい加減にして!」と大声を出してしまったことも……。やっと眠った長男を見ながら、私はどうしてこんな気持ちになってしまうのかと落ち込みました。 悩む私を見ていた夫夫には私の気持ちを特に話さずにいたのですが、私の様子を見て何か感じたようで、「最近なんかおかしいよ、長男がかわいそうだよ」と言われ、私自身もつらいことを話しました。 それからは夫が家にいる間はなるべく長男と過ごしてくれ、寝かしつけも最後は私でなければ寝られませんでしたが、途中までは夫が協力してくれるようになりました。長男も夫に甘えてから私のところにくるからか、抱っこせず背中をトントンするだけで眠ってくれる日もあり、夫の協力はとてもありがたかったです。 出産すると私も動けるようになり、妊娠前と変わらず抱っこしても嫌な気持ちにはならなくなりました。長男は焼きもちをやいて叩いたりすることもありますが、赤ちゃんのために手伝ってくれたり、頭を撫でたりしているのを見ていて、愛おしく感じています。 イラストレーター/ムチコ監修/助産師 松田玲子著者:八木さつき2歳男児、0歳女児の母。ケアマネージャーの資格を取得。妊娠・出産・子育てに関する体験談を執筆している。
2023年12月03日ママたちから寄せられた体験談や悩みをマンガ化しているまめねこさん。今回は、ある小児科の看護師さんがお話ししてくれた「子どもの低血糖」の体験談をマンガで紹介します。子どもを朝起こしてもすぐに寝てしまう、ぼーっとしているなどの症状が「低血糖症状」だと気付かずに安静に休ませているうちに、症状が進んでしまうということがあるそうです。ある日、クリニックに1本の電話がかかってきました……。 お母さんに抱えられて到着した2歳の男の子は…… 看護師さんは、クリニックを受診した子どもに低血糖が多くみられることからまめねこさんにマンガ化を提案してきたそうです。 このお話に出てくるお母さんに抱えられてやってきた2歳の男の子も、朝起こしても寝てしまう、熱もないのにぐったりしているなどの情報から看護師さんが予感したとおり、低血糖だったようです。前日は微熱と食欲低下があり、夕食を食べなかったことが原因だろうと医師は言いました。 食欲がなくても少量ずつでも、ラムネやカルピスなどで糖分を摂取することが大切なのですね。そして何も食べられないなら「早めの受診」が肝心とのこと。 子どもが遊びに夢中になっていると、つい水分や糖分の摂取するタイミングを逃してしまったり、食欲がないならと夕食をとらせず眠らせてしまったりするなど、やってしまいそうですよね。10歳前後までは血糖コントロール機能が未熟であるなど、正しい知識をもって、大人が子どもの低血糖予防を意識しておきたいですね。 ※ラムネなどの丸くつるっとしたものは、表面が滑らかなためにふとしたときに飲み込んでしまって喉につまってしまうことがあります。発達に応じて小さくして食べさせるなど、注意が必要です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター まめねこ
2023年12月03日私には、2人の子どもがいます。息子が1歳3カ月のときに2人目の妊娠が判明しました。2人目の出産は里帰りせずに自宅の近くの産院で産もうと決めていたので、妊娠後期に入ってから陣痛タクシーを登録。実際に2人目の出産で病院へ向かうときに陣痛タクシーを使うことになったのですが……。そのときのまさかの体験をお話しします。 陣痛タクシーに登録健診にはいつも夫に車を運転してもらい行っていましたが、陣痛はいつどこで起きるかわかりません。それに夫が不在で陣痛がきた場合は私ひとりで息子も連れて病院へ行く可能性があったので、電車やバスはやめておくことにしました。陣痛の痛みに耐えながら入院バッグを持ち、息子の面倒までは無理だと思ったからです。 そこで、自宅と病院が送迎範囲になっているタクシー会社を調べ、混雑していた場合に備えて2つの陣痛タクシーを登録。夫と一緒に陣痛タクシーを呼ぶ流れや注意点を見直して、陣痛がきたときのシミュレーションをしていました。 夜中に陣痛がきた!陣痛かも……と気づいたのは夜中0時を過ぎたころでした。だんだん痛みが強まってきたので、病院へ連絡して向かうことに。深夜だったため寝ている息子は夫にお願いして、私は登録していた陣痛タクシーへ連絡しました。タクシー会社との電話はスムーズにやり取りでき、すぐにきてくれるとのこと。 そのときの私は2回目の妊娠ということもあり、陣痛がきても気持ちに余裕があったのを覚えています。「いよいよ出産……。赤ちゃんに会えるんだ!」と、陣痛の痛みに耐えながらもどこかワクワクしていました。 陣痛タクシーに乗ったら……家のインターホンが鳴り、タクシーへ乗り込んでいよいよ出発! と思ったら……運転手さんからまさかのひと言。「陣痛タクシーって言われたんだけど、どこに行けばいいんですかね……」と。私はその言葉に固まってしまいました。 病院名や住所は登録済みなので、乗ったらすぐに連れて行ってもらえるはずなのに……。私は陣痛の波に耐えながら、病院までの道や目印となるものを伝えつつ何とか病院へたどり着いたのでした。 2回目の出産で初めて利用した陣痛タクシーですが、運転手さんのまさかのひと言に最初はどうなることかと思いました。しかし、病院へ到着すると運転手さんから「がんばってきてね!」と言われ、あたたかい気持ちになりました。その後、無事に出産できて本当によかったと思います。 著者:小松潤子2歳男の子と0歳女の子の母。幼稚園教諭・保育士資格を保有し、4年間教育現場に携わる。現在は育児、美容の記事を中心に執筆中。イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター うちここ
2023年12月03日マチ子さんは妊娠をきっかけに夫のブン太と結婚しました。家事も生活費もきっちり「半分」にしたいブン太のこだわりは次第にエスカレートし、幸せだった生活が壊れ始めます。産後、ブン太が思いのほか育児に積極的だったため、離婚を思いとどまったマチ子さん。しかしブン太のシャツの首元に口紅がついているのを発見し、女性ものの香りがすることから浮気疑惑が浮上しました。ブン太は友人と会ったと誤魔化しますが、マチ子さんは元同僚のミナミのSNSにブン太の得意料理と手が写っていると思われる写真発見。その日は娘も一緒だったはずで、浮気相手の家に娘を連れて行ったのかと、ショックを受けるあまりマチ子さんは意識を失い……。 浮気は最近始まった?私はブン太とミナミが顔見知りになった、同棲を開始したときのホームパーティーときのことを思い出しました。 しかしブン太がスマホを離さなくなったのは最近のことで、浮気もまだ日が浅いのでは……と考えます。 病院に運ばれたマチ子さんが目を覚ますと、そばにはブン太が居ました。ブン太は娘を連れて帰ろうとしますが、このまま帰せばマチ子さんが不在の家にミナミが押しかけてきそうだと疑います。 マチ子さん不在の家にミナミが来ることを懸念したマチコさんは「帰って家事しないと、半分にならないでしょ?」と言います。するとブン太は「臨機応変って知ってる?」と病院に残るよう勧めました。 マチ子さんがつわりだろうと出産直後だろうと「半分ルール」を厳守するよう言い出したのはブン太ですが、ブン太は「なに?根に持ってんの?」と笑い飛ばすのでした……。 マチ子さんがどんなに苦しんでいても頑なに半分ルールを押し付けてきたブン太から、まさかの「臨機応変」という言葉が。しかし、「妊娠を言い訳にしてサボろうとするから」と悪気もなく言う姿には、ブン太は何も変わっていないことがわかります。このままではマチ子さんの心身ともに、負担が増えていくだけ。一度は、真剣に悩んで離婚を思いとどまったマチ子さんですが、今回の件でもう一度家族のあり方について考えてみてもいいかもしれませんね。>>次の話著者:マンガ家・イラストレーター ツムママ
2023年12月02日第1子妊娠中、妊娠8カ月ごろのお話です。突然の不幸に悲しみがありながらも、少しだけ前を向くことができた体験談を紹介します。コロナ禍での妊娠。家族と久々の再会結婚を機に夫と暮らすために県外に引っ越しました。新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が発令され、ゴールデンウィークもお盆休みも帰れず実家の家族に会えませんでした。 妊娠がわかったのは2020年の6月。SNSで家族とはやりとりをしていたものの顔を合わせる機会がないまま時間が過ぎていきました。私の家族は両親と兄で、両親とは連絡をとっていましたが兄とは連絡をとることはありませんでした。 緊急事態宣言が解除され、新型コロナウイルスの感染者も少なくなってきたので、妊娠7カ月に入ったあたりに実家に帰ることに。久しぶりの実家で、両親も私の妊娠を喜んでくれ、たくさん話をしました。兄とも少し言葉を交わし、今まで実家にいたときと変わらない時間を2〜3日過ごし、自宅のアパートへ戻りました。 突然の訃報に頭が真っ白……それから数週間後のこと。突然夜遅くに父からの電話。私「もしもし」 父「……もしもし。遅くにごめん。妊婦のお前に言うことじゃないが、言わないといけないことが……」と震えた声。私は胸騒ぎがしました。母が倒れたか、母方の祖母が倒れたかと一瞬で嫌な想像をしました。 私「何があった?」 父「兄が亡くなった……。心筋梗塞で倒れてそのまま……」私は頭が真っ白になりました。当時私は妊娠8カ月。妊娠後期に突入したあたりのお話です。それまでは情緒が不安定でやっと落ち着いてきたころでした。元気だった兄との突然の別れ。何が何だかわからずに実感がないまま、再び実家へ戻りました。 そこには細長い白い箱があり、中には白い服を着て目を閉じた兄がいました。話しかけても返事はなく、いつも私の名前を呼ぶ声も聞こえてきません。 兄と最後に会ったのは数週間前。一緒にDVDを観ようと約束をしましたが、私が出かけるため観られずにいました。「次帰ったらでいいか」という気持ちはありましたが、そんな日はきませんでした。私が帰る日に、「帰るね! またね!」と寝ている兄に声をかけて帰ったのが最後の会話でした。こんなことなら兄と会話をすればよかった、もっと連絡をとっておけばよかったと後悔が押し寄せました。 深い悲しみのなか近づく出産予定日葬儀が終わり兄とのお別れをし、自宅のアパートへ戻りました。すぐに妊婦健診があったのですが、切迫早産とのことで次の日に入院が決まりました。しかし、次の日に受診すると、ギリギリではありましたが自宅安静で良いことになり入院は免れました。 情緒が安定してきていたとはいえ、やはり身内との別れはつらいもの。突然のことならなおさらです。周りには悲しんでいる姿は見せまいと思っていましたが、夜になると悲しい気持ちが押し寄せて声を上げて泣く日々。普段からそんな姿は見せませんが、夫に「泣きたいときは泣いていいよ、寂しいときは寂しいって言っていいよ」と言葉をかけてもらったり、職場の人たちからもいつもと変わらない様子で振る舞ってもらいながらもささいなところで支えてもらったりして、何とか持ち堪えることができました。 それから1カ月後、里帰り出産のために実家に帰り受診をすると、また切迫早産気味に。入院するかしないかの瀬戸際でした。できるだけ家で安静にしながら過ごし、妊娠37週目を迎えました。そして予定日1週間前の夕方に陣痛がきて、次の日の朝に出産しました。 天国で兄が見守ってくれている娘の誕生日は兄の百か日でした。それから1週間後に退院。退院前日から雨が降り、朝方まで雨が降っていました。退院に向けての最後の診察が終わり、病室に戻ると雨が上がっていて、迎えにきてくれた両親と娘とともに実家へ。晴れてよかったねと車の外を眺めていると雨上がりの空に虹がかかっていました。 生まれて初めて見る、端から端まで見えるきれいな虹。兄が喜んでくれているようなそんな気持ちになり、両親にバレないようにこっそりと涙を流しながら家へ帰りました。 妊娠中の兄との別れ、切迫早産でも入院せずに済んだこと、退院の日に虹がかかっていたことを知人に話すと、「お兄さんが見守っていてくれてたんだね」と言ってくれ、きっとそうだと心が温まりました。娘に伯父さんを会わせてあげることはできませんが、きっと天国で兄が見守ってくれていると、私も前を向くことができました。 妊娠中の繊細な時期にあった悲しい体験でした。人との出会いがあるように別れもあり、それはいつ起きるかわかりません。妊娠中に起きることだってあります。ひとりじゃない、周りにたくさん助けてくれる人がいる。つらいときはつらい、しんどいときはしんどい、悲しいときは悲しいと言葉にして伝えることが大切で、私が思っている以上に私のことを想ってくれる人がいて、多くの人に支えられていると思い知ることができました。そして、娘を出産したことで、生と別れについてしっかり向き合うことができたと思います。娘が生まれて3カ月が経ちました。まだまだ大変な時期ですが、生まれてきてくれたことを日々感謝しながら育児を頑張っています。 著者:ぽむぽむ1児の母。生後3カ月の娘を溺愛している専業主婦。
2023年12月02日一人目を妊娠したとき、義母はすごく喜んでくれました。そこまでは良かったのですが、心配だからと妊婦健診にまでついてくるように。正直ちょっと……と思っていたので、ある人の一言でスッキリしました! 妊婦健診についてきた義母は…私の妊娠を喜んでくれた義母。そこまでは良かったのですが、私のことが心配だと言って妊婦健診にまでついてくるように。妊娠中のアドバイスもいただきましたが、いつの時代の話!?というものが多く、困ってしまいました。 今は妊婦さんでも飲める薬を処方してもらえますが、薬は絶対に飲んじゃダメ、食事は2人分食べないとダメなど、毎日そんな話ばかり。産院でも義母は他の妊婦さんや子連れの方に話しかけ、「ミルクは太るからあげちゃダメ」「抱き癖が付くから置きなさい」など的外れなアドバイスを言って周りました。 院内に義母の声が響いていたのか、見かねた助産師さんに「時代が違います」と注意され……。その場に居合わせたママからは「そういう年配の人がいるから私たちは暮らしにくいんです」と言われ、居づらくなった義母は私を置いて帰ってしまいました。 義母は病院での出来事を何人かの友人に話し、共感を得ようとしたようです。ですが、義母の発言の方が良くないとみんなに言われ、自分の言動を反省したとのこと。これ以降、細かいことは言わなくなりました。 ◇ ◇ ◇ 義母は子育ての先輩として親切心から言っているのかもしれませんが、時代や環境が違えば考え方も変わってくるもの。アドバイスの場合でも、押し付けにならないよう気をつけたいですね。 作画/さくら著者:坂本れん
2023年12月01日会社員・松本さとこさんは最近結婚式を挙げた新婚さん。新婚生活を楽しみたいところですが、仕事が忙しく慌ただしい生活を送っていました。倦怠感が続いたものの、風邪や仕事のストレスだと思い込み、特に気にせず過ごす日々。そんな中、上司から体調を心配され、病院に行ってみると妊娠が判明! 妊娠中期まで妊娠に気づかなかった、さとこさんの妊娠体験談マンガです。早めに産休を入りたいということを課長に伝えると、「いいんじゃない? おなかが大きくなったら働きにくくなると思うし、早めに産休に入っていいよ」と言ってくれました。 こうしてさとこさんは、産休までに引き継ぎを終わらせ「元気な赤ちゃんを産んでね!」と送り出されたのでした。 産休がスタートし、安静にしながら出産予定日を待つ日々。「いつ生まれるかな……」とドキドキしているさとこさんでした。そしてついに、出産日がやってきて……。 「奇跡の子」待望の赤ちゃんと初対面! ついに陣痛が来て、夫と産婦人科へ向かったさとこさん。陣痛が始まって4時間以上経過しますが、まだ生まれません。 前日の夕方に病院へやって来てものの、翌朝になってもまだ生まれず、心が折れそうになるさとこさん。「この子は幾度の奇跡を乗り越えてきた子! 無事に生まれてくる!」と強く思い、陣痛に耐えます。そして、ついに元気な女の子が誕生! さとこさんは感動で涙が溢れました。妊娠に気づかず、いろいろと後悔することもありましたが、周囲の人たちの支えがあったからこそ無事に生まれたのだと、感謝の気持ちでいっぱいに。 それから約1年後、2人目の妊娠が判明。今回は早めに気がつくことができました。無事、元気な女の子を出産できて本当によかったですね。太ったと勘違いしてダイエットをしてみたり、ウイルス性の感染症に罹患したり、いろいろな困難がありましたが、何事もなく出産できたことは、まさに奇跡です。2人目の妊婦ライフは1人目の経験を生かして、無理せず過ごしてほしいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:マンガ家・イラストレーター ぴおっぷ
2023年11月30日小学校6年生になる息子がいる私。手もかからなくなり、子育ても一段落したと感じています。そんななか、兄嫁と弟嫁が妊娠。私も久しぶりに赤ちゃんに接することができると思ってワクワクしていたのですがーー。兄嫁はブランド志向のキャリアウーマンでしたが、待望の妊娠を機に、仕事を辞めて育児に専念することを決めたと言います。「ベビー用品どうしよう。用意するものが多くて困る〜」と迷う兄嫁に、私はある提案をしました。おさがりはゴミ!?兄嫁と出産準備の話をしているとき、ふとわが家にベビー用品がひと通り残っているのを思い出した私。どれも状態が良いものばかりなので、兄嫁におさがりとして譲る提案をしました。しかし兄嫁は、急に冷たい表情になったかと思えば「おさがりって、ゴミでしょ?」と言ったのです。 もちろん経済力のある兄夫婦は、新品のベビー用品を買い揃えるくらい朝飯前。しかし私の提案はそういう意図ではなく、まだ使えるベビー用品を捨てるのはもったいないと思ったためです。しかし兄嫁は、自分たちがバカにされたととらえたのか、それ以来私への態度が変わりました。私もあえて兄嫁に近づくことはやめ、距離を置くことにしたのでした。 義姉のベビー用品自慢にうんざり兄嫁とギクシャクしたまま、お正月を迎えます。お正月は兄弟が実家に集まって宴会をします。兄嫁に会うのはおさがりを提案した日ぶり。まだ根に持っているのか、兄夫婦が揃えたベビー用品がいかに良いものかを延々と話していました。 そこにやってきたのが弟嫁。弟夫婦は遠くに住んでいるので、妊娠報告を聞いて以来、会うのは初めてです。妊婦同士、兄嫁と弟嫁の会話は弾んでいましたが、時々入る兄嫁のベビー用品自慢が鼻につきました。 兄嫁の件もあり、おさがりを進めるのは控えていた私。黙って話を聞いていると、弟嫁が言いました。 「そういえばお義姉さん、ベビー用品ってまだ残っていますか? 使うのは一時だけなので、もったいないから購入は最低限にしたいなと思っていて……」 もちろん譲るのは大歓迎! わが家にあるベビー用品はすべて弟夫婦に譲ることが決まりました。それを見ていた兄嫁は「ゴミの行き場所が決まって良かったわね! 私には無理〜」と相変わらずでしたが……。 手のひら返し!?翌日、たくさんのベビー用品を持って実家を訪れた私。ベビー用品の数々を見て、弟嫁は大喜びです。初孫だった息子に義両親が買ってくれたブランドもののベビーカーや、友人がくれた日本では手に入らないおもちゃまで、どれも状態が良いものばかりでした。 そこへ、おさがりを拒否した兄嫁がやってきます。ベビー用品の山を覗き込み、洋服を1つ手にして「これ私ももらうね」とひと言。しかし一度でもゴミ呼ばわりした人に、息子の思い出の詰まったベビー用品は渡したくありません。丁重にお断りし、兄嫁が欲しがった洋服は弟嫁に託しました。 SDGsを意識した子育て後から知った話ですが、妊娠して仕事を辞めた兄嫁は、高級なベビー用品ばかりを買い揃えて、カードの請求額がとんでもないことになったよう……。子どものために、これからは貯金しようと兄に買い物を止められていたのでした。 大好きなブランドものの子ども服を買うためには、他の出費を抑えるしかありません。今となってはわが家のおさがりが喉から手が出ることほしいはずです。もちろん私は二度とおさがりをあげるつもりはありませんが……。 私はというと、弟夫婦の子どもがわが子のおさがりを使っているのを目にするたび、小さかった息子を思い出して懐かしい気持ちになりました。おさがりを喜んで使ってくれる弟嫁には感謝しかありません。 ベビー用品は限られた期間しか使用しないため、ピカピカのまま自宅に眠っている人も多くいるのではないでしょうか。まだ使えるものをゴミにしてしまうのはもったいないですよね。知人からのおさがりは、家計にも関係にもやさしいといえます。生まれた子どもに良い世の中を残すためにも、SDGsを意識した子育てができると良いですね。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年11月30日私が第二子を妊娠していた時の話です。妊娠後期に入り、だいぶおなかも大きくなっていましたが、夫は仕事で忙しく平日はワンオペ状態のため、1歳9カ月の娘を連れてスーパーへ買い物に出かけました。なかなか収まらない娘の癇癪。スーパーの売り場で困り果てていると、通りがかった女性が「あらぁ~大変そう」と一言。その後続いた言葉に耳を疑いました……。 見知らぬ女性の信じられない言葉…娘と「お菓子は一つだけ」という約束をして出かけましたが、スーパーにつくと「お菓子1個じゃイヤ」「ジュースもほしい」と駄々をこね始める娘。ちょうどイヤイヤ期に入ったところで、一度火が付くとなかなか収まりません。しまいには床をゴロゴロ。抱っこして移動できればいいのですが、娘は暴れるので落としそうなうえ、おなかも重く、なかなかその場から離れられずにいました。 するとその時、60代くらいの女性が横を通りました。「あらぁ~大変そう」と声をかけられたので、一瞬励ましてくださるのかと思いました。しかし……。 「うちの孫はこんな子じゃなくてよかったわ。」と大きな声で言って通り過ぎて行ったのです……。その後、駄々をこねる娘をなんとか抱っこして人通りの少ない場所に移動し、機嫌が落ち着くのを待ちました。 悲しかったけれど、「子どもに対して寛容な人ばかりではない」と気づかされた出来事でした。自分が年を重ねても、子どもが小さかったときに大変だったことを忘れず、同じ思いをしているママに手を差し伸べられるようになりたいとも感じました。 イラスト/はた子著者:山田 まい
2023年11月30日会社員・松本さとこさんは最近結婚式を挙げた新婚さん。新婚生活を楽しみたいところですが、仕事が忙しく慌ただしい生活を送っていました。倦怠感が続いたものの、風邪や仕事のストレスだと思い込み、特に気にせず過ごす日々。そんな中、上司から体調を心配され、病院に行ってみると妊娠が判明! 妊娠中期まで妊娠に気づかなかった、さとこさんの妊娠体験談マンガです。夫と話し合い、体のことを考えて産休を早めに取ることにしたさとこさん。上司の二宮さんに「有給を使い、少し早めに産休に入りたい」と伝えると、快く賛成してくれました。 出産経験のある二宮さんは「ただでさえ初産だし不安だね」とやさしい言葉をかけてくれ、一緒に課長へお願いしに行ってくれるのでした。 「なんてやさしいの…」上司の神対応 早めに産休を入りたいということを課長に伝えると、「いいんじゃない? おなかが大きくなったら働きにくくなると思うし、早めに産休に入っていいよ」と言ってくれました。 そして二宮さんからも「仕事のことは心配しないで、それは私たち上司の役目だから」と心強い言葉が。 こうしてさとこさんは、産休までに引き継ぎを終わらせ「元気な赤ちゃんを産んでね!」と送り出されたのでした。 産休がスタートし、安静にしながら出産予定日を待つ日々。「いつ生まれるかな……」とドキドキしているさとこさんでした。 妊娠6カ月まで妊娠に気づかず、普段通りの生活を送っていましたが、無事ここまで育ってひと安心です。出産まで気を抜かず、無事生まれることを願うばかりです。 <参考>【医師監修】 妊娠中に走ってしまったときの注意点について ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ※妊娠中の運動について経過に問題がなければ。妊娠中の適度な運動は問題ないと言われています。しかし、転倒しやすく、頭やおなかをぶつける可能性があるので、おまりおすすめできません。妊娠中に運動したい場合は、まず担当の医師や助産師へ相談しましょう。走ったあとなど運動後に、おなかの張りや出血がある場合は、早めに産婦人科へ受診してください。 著者:マンガ家・イラストレーター ぴおっぷ
2023年11月29日めぐみは、夫のてっぺいと息子のゆうきの3人暮らし。めぐみは、家事や育児に他人事なてっぺいや、口うるさく自分勝手な義母に不満を持ちつつも、我慢し笑顔で接します。そんなめぐみの不満のはけ口はSNS。面と向かって言えないめぐみは激しい口調で愚痴や不満を書き込んでいたのです。ある日、めぐみは実の母親から、「石を持ち歩けば言葉を飲み込まずに済むと言い伝えられている」という不思議なネックレスを譲り受けました。しかし、そのネックレスをつけるとなぜか人格が変わってしまい、てっぺいや義母に溜め込んでいた不満を吐き出すように。不安に思っためぐみは、同じような症状で殺人事件を起こしてしまった碇川という男の存在を知り、会いに行きます。めぐみは碇川の忠告を受け、神社に53万円を払って、ネックレスの供養と処分をお願いしました。その日、恐ろしい姿の自分が夢の中に現れます。そして「私があなたになるのだ」と言って、めぐみを闇に付き落としました。翌日、めぐみは本音を吐き出す恐ろしい自分に憑りつかれていました。泣いているゆうきを見るなり舌打ちしたり、義母に「そんなに欲しいならあげる」とゆうきくんを差し出したり……。話は変わってめぐみが母親から譲り受けたネックレスのこと。めぐみが依頼した供養を拒否した神社の神主さんが、めぐみのネックレスを他の神社から買い取り、保護していました。しかし、あえてめぐみに渡しに行くのではなく、「選べるのは彼女自身だけ」だとめぐみの判断を待とうとする神主。 後日、めぐみは渡したいものがあると再び碇川の元を訪れました。手に持っているのはネックレス。以前めぐみがつけていたものとは異なるものなのですが―!? これは、自分を押し殺して自分に取り憑かれてしまった女性の話です。 母から譲り受けたネックレスのゆくえ ※妊娠3週目は受精卵が着床し、妊娠が成立する時期であり、妊娠検査薬での反応はまだ出ないことがほとんどです。この時期は胎児心拍はもちろん、胎嚢を確認することは難しいです。 ネックレスの供養を拒否した神社の神主さんは、めぐみが次に訪れた神社からネックレスを買い取り、保護していました。そして、神主さんはこのネックレスは念が強すぎるからと、石を4つに分けたのです。 めぐみは何者かに憑りつかれた自分をどうにかしたいと思い、ネックレスのある神社を訪れました。神主さん曰く、めぐみは何かに憑りつかれたのではないとのこと。あえて言うのであれば、めぐみに憑りついていたのは「自分自身」だと言いました。 また、自分の気持ちを抑え込んでいると、別の人格に取り込まれてしまうことがある。そうならないための唯一の方法は「自分自身のために生きるということ」なのだと続けます。 神主さんが4つに分けたネックレスを母親、友人のさえ、そして碇川事件の犯人でめぐみと同じ症状のある碇川に渡しためぐみ。 それからというもの、めぐみはこのネックレスのおかげでほどよく言いたいことが言えるようになり、てっぺいや義母との関係も良好に。 相手に自分の思っていることを伝えられるようになったので、めぐみは自分がてっぺいや義母への不満を書き込んでいたSNSのアカウントも削除しました。 普段、夫への愚痴が止まらず苛立っていたさえも、ネックレスのおかげで気持ちが落ち着いた様子。 ただ1人、碇川だけは、ネックレスの石を粉々にしてしまい、変わることはありませんでした。 数年後―。 めぐみは家族円満で幸せな日々を過ごしていました。そして第2子を妊娠。するとてっぺいが、「次は女の子な気がするよ」と言いました。 以前、ネックレスの由来やその祖先について、めぐみの母親が「村に祀られている石に向かってつらさを吐き出し続けた結果、その村には女の子しか生まれなくなった」と言っていたのを思い出しためぐみ。 一瞬頭によぎり、戸惑いましたがてっぺいはその話を知る由もありません。「きっと、この子は大丈夫」と、めぐみは思い直しました。と、同時にめぐみのつけているネックレスが「ズズ」と動いたのでした。 ◇◇◇ ゆうきくんを大切に思うめぐみさんのまっすぐな気持ちが働いたのか、自分の身体を取り戻そうと、ネックレスを入手するため神社への1歩が踏み出せためぐみさん。神主さんがネックレスを4つに分けてくれたことで、念が弱まり、言いたいことがほどよく言えるようになりました。 てっぺいさんやお義母さんとも関係が良好に。めぐみさんの伝え方が変わったことで、てっぺいさんもお義母さんも理解してくれたのではないでしょうか。めぐみさんのお母さんも、このネックレスを身につけたことで、旦那さんに対して今までのことを謝り、夫婦の関係を修復できたようですね。 めぐみさんのように、つい、「母親だから」「自分がやったほうが早いから」「言ってもわからないだろう」などと我慢をしがちなママたちは少なくないのかもしれません。けれども、ママたちが笑顔で過ごすことこそ、子どもや家族の笑顔にもつながるようです。神主さんの言う通り、簡単なことではありませんが、心の健康を保つためにも、不安や不満をため込まず、その都度相手に自分の思いを伝えていくことを心がけられるといいですね。そのときに、相手に対しても思いやりをもった伝え方をすることもまた、意識しておくとよさそうです。そうやって丁寧な話し合いを繰り返すことが、夫婦や家族の絆を深めていくのかもしれません。めぐみさんがこれからも、自分自身を大切にして、適度に息抜きをしながら夫婦で子育てを楽しむことができますように。バラシ屋トシヤさんのマンガは、このほかにもブログやInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。 著者:マンガ家・イラストレーター バラシ屋トシヤ
2023年11月28日良くも悪くも周りに関心を持たないタイプの夫わが家には二卵性の双子がいます。息子も娘もASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)のグレーゾーンです。小さい頃は初めての育児で双子、さらにワンオペで育てづらさも相まって大変でした。夫は良くも悪くも周りに関心を持たない、あまり悩まないタイプです。子どもが生まれた頃は40代前半でした。夫婦二人のときは特に問題を感じていなかったのですが、出産から1歳半くらいまでは特につらかったです……。Upload By ユーザー体験談私の妊娠が分かり退職後も財布は別々のまま。私の貯金は0に……Upload By ユーザー体験談同棲期間が長くお互い仕事をしていたせいか、入籍後も財布は別々、個々の買い物もそれぞれが負担していました。それが、私が妊娠し仕事を辞めてからも続き、医療費、食費、光熱費についても私の分は貯金を崩して支払い続けたため、当然貯金も底がつきどうにもならなくなってしまいました。それまでも何度もお金について話し合いをしようと思っていたのですが、とても言いづらく……。ここでやっと夫に切り出しました。私が妊娠し退職している状態でも、働いている時と同じように経済面の負担を求められるのは難しいこと、今の状況なら、働いている夫が全て負担してもらわないと生活ができないことを伝えたところ、「そんなもんなの?」と聞き返されました。その時の夫の様子を見る限り『自分の負担が増えるということに気づきたくなかった』という感じでした。そして「あぁ、自由にお金が使えなくなるなぁ」とボソッといいましたが、それからはもろもろのお金が夫が負担するようになりました。動き回る息子、癇癪がある娘……育てづらさがある双子育児をワンオペ対応していたら、うつ状態に時は過ぎ、里帰り出産をして家に帰ると、待っていたのは双子ワンオペでした。出産後も夫は出張と残業ばかり。私は助けもない中での経験値ゼロからの2人育児に参っていました。2人とも首座りや歩くのも早く、目が離せませんでした。しかし、言葉はなかなか出なかったので私は1人で不安に感じていました。気分転換に外に行くにしても、息子はとにかく動き回るし落ち着きがなかったので、とてもではないですが1人で2人を見ることなんてできません。ずっと引きこももっていました。そして1歳3ヶ月になって2人ともお昼寝をしなくなると、それまでの生活リズムが大きく変わりました。明け方4時半頃からずっと起きているような日も出てきて、私の睡眠不足状態で、2人の世話だけをずーっとやっていました。娘は特に癇が強く、何かあるとひどく泣き喚き、その声にも精神的に追い詰められていきました。Upload By ユーザー体験談もうほぼうつ状態だった私。出張帰りの夫が空港に着いたというメールを見たとき、それまで張りつめていたものが切れてしまい、夫が帰宅するまでベビーベッドの前に座り込んで泣き崩れていました。夫から「何をしたらいい?」と聞かれた私の答えは帰宅した夫から最初にどう声をかけられたのは覚えていません。ただ「ごめん」と言われたような気がします。そのあとに「何をしたらいい?」と聞かれ私は「ただ手伝って欲しい」と答えました。すると夫は「何に手を出していいのか分からなかった。手を出したら私に怒られると思ってた」と。ここで私は「早く帰ってこられるならお風呂、無理なら夕食後の食器洗いと、私が対応できなくくらい疲れているときは、夜中の子どもの対応をやって」と具体的にお願いをしました。するとこの日から、ワンオペ育児が変わったのです。Upload By ユーザー体験談それからの夫は子どもたちのお風呂や後片づけ、汚れ物の下洗いをやってくれるようになり、私も昼間2人を連れて児童館に行けるくらいの余裕ができました。昼間は児童館で目一杯遊び、夕方帰る前に少し食べさせて汗を拭いて着替えまで済ませると、子どもたちは帰宅後すぐに寝てくれるようになり、私も休める時間が増えました。また、娘の癇癪の回数もほんの少しだけ減った気がしました。「話さなければ分からない=話せば分かる」ということ。今は積極的に夫に話していますその日から夫へは何でも伝えるようにしました。息子が多動ではないかということ、娘の人見知りや癇癪、切り替えの悪さが気になることなどもです。その話をずっとしていたので、子どもが9歳になり検査をしてグレーゾーンと言われたときは特に驚くこともなく、それ以降も変化はありませんでした。私たち夫婦が上手くやっていくために大事なことは、私が1人で抱え込まず、ともかく夫に話すこと、お願いしたいことは具体的に伝えることでした。お金のことも、子育てのことも話さなければ分からない夫ですが、話せば分かってくれることに気づいたので、今では積極的に話すようにしています。あと片づけや汚れ物の下洗いや子どもたちの靴洗いは、今もずっと続けてくれているのでとても助かっています。そんなこんなで、今もたまには衝突することもありますが、まあまあ良好に過ごせている私たち。子どもたちと一緒に私たち夫婦もさらなる成長をしていければいいな、と思います。イラスト/keikoエピソード提供/みゆねこ(監修:鈴木先生)妻が育児などで大変なことは通常は伝えなくても理解できるはずです。それも双子ということで倍忙しいわけですから。お父様にもASDの特性があるのかもしれません。その場合、空気を読むのが苦手で、具体的に言わないと気づけない傾向にあります。さらに視覚的に訴えることも重要です。当たり前の事でもやってくれたら褒めてあげることも必要です。外来でもよくお話しするのですが「優しく・丁寧に・具体的に・肯定文で」接することが重要です。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如・多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2023年11月28日妊娠後期は息子の胎動が激しく、ちいさくうずくまるほど蹴る力が強かったです。膀胱をガツンと蹴られるたびに、とんでもない怪力ベビーだと思っていました。 ワクワクして聞いてみると…臨月間近でようやく逆子が治り、その後はおへそら辺が波打つくらいグリグリと足を動かし続けていた息子。胎内記憶については聞くタイミングが大事だとネット情報を得ていたため、2歳になり会話のキャッチボールができるようになったタイミングで息子に聞いてみました。どんな答えが返ってくるかワクワクしていましたが「風船の中にいるみたいで気持ち悪かった」と……。どうやら息子は不快な気持ちで蹴っていたようです。 大きくなりすぎると忘れてしまったり、作り話をするようになったりすると聞いていたため、息子にタイミングよく聞けて良かったなと思いました。 ◇ ◇ ◇おなかの中の息子の正直な気持ちを聞いたママ。妊娠中の胎動の激しさを経験したママからすれば、息子くんの感想に思わず納得してしまったのではないでしょうか。みなさんは、お子さんの胎内記憶について聞いたことはありますか? 作画/miyuka 著者:横山マチコwebデザイナーとして働くワーママ。定時ダッシュでお迎えに行くドタバタの毎日を送っている。
2023年11月27日私は25歳の専業主婦です。祖父が経営する会社で働いており、そこで夫と出会い、職場結婚しました。妊娠を機に退職し、幸せいっぱいの毎日が待っていると思っていたのですが……。夫に妊娠を報告すると、予想に反して微妙な表情。子どもが苦手とは言っていたものの、喜んでくれるとばかり思っていたのでショックでした。そして、無事に元気な女の子を出産しました。 子ども嫌いな夫、娘と対面初めて娘と対面した夫は、「げっ…なんか想像以上に、赤ちゃんの見た目って強烈だな……」と一言。男の人は父親になると自覚するには時間がかかると聞いたこともあるので、夫の愛情が芽生えてくるのを気長に待つことにしました。 退院したあと、夫から「3年間の海外長期出張が決まった」と連絡がありました。会社の社長である祖父から頼まれ断れなかったとのこと。「赤ちゃんが生まれたばかりなのに」と思いましたが、祖父には日ごろからお世話になっているので反対はできませんでした。 海外出張を自ら志願…!?娘を出産後、祖父はよく家に遊びに来て娘の相手をしてくれています。そのとき「わしが社員に、『誰か長期出張に行きたい人はおらんか?』って聞いたとき、夫くんが名乗り出たのはびっくりした」と言うではないですか!なんと夫は祖父に命令されたのではなく、自分から長期出張を志願していたのです。電話で夫に問い詰めると、「だってさぁ…俺、子どもと暮らしていく自信がなくて」としどろもどろ。「正直娘のこと、可愛いと思えない」と言われたときは、悲しくなってしまいました。 離婚が頭をよぎりましたが、3年後、出張が終わり帰ってきたときに判断しようと思いました。 3歳の娘に耳を疑う言葉をそして3年後、長期出張から帰ってきた夫に3歳の娘が「お帰りなさい、パパ!」と駆けよると、夫は顔を引きつらせました。「今日はパパと寝る!」と娘が抱きつくと、「はぁ? キモッ…無理!」と言って、娘を押しのけたのです。 もちろん娘は大泣き。夫に謝るよう詰め寄ると、「子どもを産んでくれなんて頼んでないだろ!? ほんと、余計なことしやがって!」と最低の発言! 私の我慢は限界に達しました。 社長でもある祖父が激怒ちょうどそこへ祖父が帰国のお祝いにシャンパンを持って家に来てくれました。夫の話を聞いた祖父は激怒! これまで夫の仕事のミスを祖父がかなり庇ってくれていたらしく、祖父の怒りも爆発したようでした。 その後、私は夫と離婚。夫は身内の会社だからと勤務態度が悪く、カラ出張をしていた不正などが明らかになり、会社をクビになりました。元夫は無職になり、就職先が見つからない中、養育費の支払いなどに追われい、大変な生活を送っているとのことです。私は祖父の会社でまた働かせてもらえることになり、家族に協力してもらいながら娘との暮らしを楽しんでいます。子どもが苦手なことを理由に、無責任な行動を取るのは親として許されることではありません。協力して子育てができるパートナーシップを築きたいですね。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年11月27日第一子を妊娠したときのこと。大きくなってきたおなかを見る度に義母がある発言をしてきて……。プレッシャーに押しつぶされそうになりました。 無事に生まれるかさえ不安なのに…第一子を妊娠中のときのこと。初孫の誕生に喜んだ義母は、「このおなかの形は絶対に男の子よ!」と顔を合わせるたびにうれしそうに話すので本当に困りました。というのも、私はその前年に流産を経験しており、義母もそれはよく知っていたはずだからです。 無事に産まれるかどうかすら不安で仕方がなかったのに、「生まれてきたのが女の子だったりしたら、何を言われるかわかったもんじゃない」と不安になりました。 妊婦健診のとき、主治医の先生に「女の子じゃありませんよね!?」と何度も確認してしまったことも。ついに先生から「無事に生まれれば性別なんてどちらでも良いですよね?」と言われ、事情を話しながら診察室で号泣してしまったこともあります。 周りの家族も義母をたしなめたりしましたが、「誰が何と言っても私にはわかる!」と聞く耳を持たず。「無事に生まれてよかった」と思うと同時に「男の子でよかった」と思ってしまい、赤ちゃんに申し訳なく罪悪感を感じました。その後、夫から義母に「今後は子どもの性別をとやかく言うのはやめてほしい」と伝えてもらいました。 ◇ ◇ ◇ 悪気はないのかもしれませんが、毎回言われるとプレッシャーになりますよね。妊娠中はいつもよりナーバスになり、ストレスがたまりやすいことも。あまりに追い詰められる場合は距離を置くなど、できる限りの対策を考えたいですね。 作画/さくら著者:佐々木瑠璃6人の子どもをワンオペで育児中。シナリオライターとして活動するかたわら、WEB記事作成も行っている。
2023年11月27日まさか自分の身に起きるとは思わなかった出来事です。2人目の妊娠中に義父母からかけられた言葉が忘れられません……。 そんなことを言わなくても……第一子となる男の子を妊娠した時、義父母は「一人目は男の子が一番よね」ととても喜んでくれました。それから時は過ぎ、第二子を妊娠した私。義父母に性別を報告すると耳を疑うような言葉が返ってきたのです……! 第二子は男の子でしたが、義父母は平然と「もう男の子はいらない。女の子がよかったのに」とはっきりと妊婦の私に言ったのです……。義父母の態度から、なんとなく女の子を期待しているのは感じていましたが、「男の子はいらない」の言葉にあまりにも腹が立って泣いてしまいました。 のちに、第三子の女の子が生まれましたが、一度傷ついた心は癒えておらず、義父母が娘に大喜びで色んなものを買ってくる姿を見て、さらにうんざりしました。 次男はたくましく育ち、義父母からは「男らしい」とかわいがられています。しかし、私は性別のことであれこれ言われた時のことをいまだに忘れられません。長女が生まれた後、義父母の家から離れた場所に引っ越してからは、そんな出来事を思い出すことも減り、心穏やかに暮らしています。 イラスト/ぽん子著者:さとう しお
2023年11月26日第3子の妊娠が判明し、夫、長男、次男と家族みんなで三男の誕生を楽しみにしていました。三男が生まれてからは毎日がバタバタ。手がかかる次男と三男の相手で私は手いっぱいで、しっかり者の長男をついつい後回しにしてしまうことも増えました。うまく時間を作ってあげることのできない日々が続いたころ、ついに長男の感情が爆発してしまうのです。 毎日バタバタ…長男をつい後回しにした結果 長男が8歳、次男が5歳のときに第3子の妊娠が判明。この妊娠の前に流産を経験していたこともあり、家族みんなで三男の誕生を楽しみにしていました。無事三男が誕生し、出産4日目にして3人の育児がスタート。2週間ほど実母が手伝いに来てくれましたが、それ以降は夫が帰宅するまではワンオペ育児で毎日がバタバタ……。手のかかる三男と次男にばかりに時間を取られ、しっかり者の長男をつい放ったらかしに。宿題の音読も集中して聞いてあげられず、長男が話したそうにしても後回しにしてしまうことが増えました。 放っておいても自分のことやお手伝いをきちんとしてくれる長男。そんな彼を頼もしく感じていたある日、最近宿題の音読を聞いていないことに気づいたのです。連絡帳を見ると、自分で「聞きましたサイン」をしていましたが、先生は気づいていない様子。私の怒りはマックス! 長男にどういうことなのか確認すると、「音読だって、俺の話だって聞いてくれないじゃん!」と泣いて反論してきたのです。その言葉にハッとした私は「ママが悪かった……。ごめんね」と謝罪。「まだまだ8歳で構ってほしかったよね。我慢させてごめんなさい」という反省と後悔が襲ってきました。長男は「ママが大変なのはわかっているよ」と理解はしてくれましたが少しいじけているようでした。 夫にこの出来事を話し、夫婦で協力しながら長男としっかり向き合うことに。夫に次男と三男のお風呂を任せ、その時間に私が長男と話したり、宿題を見てあげたりするようにしました。その結果、長男も心に余裕ができたのか、今まで以上にやさしくなったのです。まだまだ下の2人は手がかかるので、3人平等に関わることは大変ですが、できる限り息子たち一人ひとりと向き合っていきたいです。 作画/ひのっしー著者:谷 ふみ
2023年11月25日2人目を出産後、後陣痛がひどくて入院中は寝返りも難しかった私。すると、隣の部屋に入院していた先輩ママがかけてくれたやさしい言葉をかけてくれて……。この先輩ママがいなかったら、私は赤ちゃんのことを愛おしく思えていなかったかもしれません。 甘く見ていた2人目出産私は1人目の出産の際、超安産と助産師さんに言われ、産後の体の回復も時間がかかりませんでした。そのため、2人目の出産はもっとラクにできるだろうと軽い気持ちで出産に臨んだのです。しかし、陣痛が途中で止まってしまい、陣痛促進剤を使用して出産することに……。思いの外、体への負担が大きい出産となりました。 そして何よりも1人目の産後にはなかった後陣痛がひどく、部屋の中で寝返りをするだけでもうなり声を上げてしまうほどでした。産後、赤ちゃんのことを愛おしく思うどころか、「なんで妊娠したんだろう」と後悔しかけるほどつらかったのを覚えています。 隣の部屋の先輩ママが…!?出産翌日、あまりの痛みに夜中もうなり声を上げていた私を心配し、隣の部屋の方が訪ねてきてくれました。その方は私の前日に出産を終え、今回4人目の出産で私と同じく普通分娩だったそうです。後陣痛のことや、何日くらい続いたかなど、いろいろな話を聞かせてくれました。そして「後陣痛は、赤ちゃんを必死に10カ月間おなかで守った証拠だから! 痛みはあと数日の辛抱よ。その痛み、母親にしか味わえないとか、すごいと思わない?」という言葉に、私は気持ちが軽くなりました。赤ちゃんがとても愛おしく思え、思わず涙が……。その先輩ママは退院する日まで、毎日自分の赤ちゃんを連れて、私の様子を見にきてくれました。 もし、この方がいなかったら、私は自分の体調のことで精いっぱいで、赤ちゃんを愛おしく思えていなかったかもしれません。見ず知らずの私の体調まで気づかってくださった先輩ママには、心から感謝しています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子作画/キヨ著者:なかまる あゆみ
2023年11月24日めぐみは、夫のてっぺいと息子のゆうきの3人暮らし。めぐみは、妊娠中に飲み歩いたり友人のさえの体型をバカにしたりするてっぺいの姿を見て呆然。また、出産後も夜遅くに帰ってきて、寝ているゆうきを起こすてっぺいや、突然押しかけてきて、めぐみに向かって「母親としての自覚が足りない」などと言ってくる義母に不満を募らせていきました。そんなめぐみの不満のはけ口はSNS。面と向かって言えないめぐみは激しい口調で愚痴や不満を書き込んでいたのです。めぐみは妊娠中、母親から、祖母から譲り受けたというネックレスを渡されました。母親曰く、ネックレスは、昔、山奥のある村で男性に対して意見することはできなかった女性たちがつらさを吐き出した石を削った一部とのこと。また、「石を持ち歩けば言葉を飲み込まずに済んだと言い伝えられているの」と母親。その翌朝起きると、てっぺいの顔にはいくつもの傷がありました。すると突然、ネックレスがズズッと動くような感覚がしためぐみ。首元を確認すると、つけていたはずのネックレスがありません。記憶がところどころ抜けてしまっていたのです。思い返せば、めぐみはてっぺいに強い口調で不満をぶつけるなど、自分が自分でないような気がしたり、記憶が抜け落ちていたりすることが多くなっていたのです。焦っためぐみは、何か解決策はないかと、自分の症状をインターネットで検索。すると、碇川事件というものがヒットしました。この事件は、殺人を起こした碇川裕介という男性が、事件の取り調べの際、犯行時の記憶が断片的に欠如しており、もう一つの人格があることが発覚したというもの。めぐみは、碇川事件が何か自分の問題を解決してくれる手がかりになるのではないかと考え、医師の鴨居先生に自分の症状を話しました。そして、碇川事件を起こした犯人である碇川とも面会し、自分の身に起こっていることや、母親から譲り受けたネックレスのことを伝えます。すると碇川は、めぐみが救われるためにはもう一度ネックレスを探し出し、しかるべき場所で供養するべきだと忠告。さっそくめぐみはネックレスを探し出し、供養のためにある神社を訪れます。しかし、ネックレスを見た神主さんから、簡単に除霊できるものではないと言われ、すぐに次の候補の神社へ。2つ目の神社ではすぐにお祓いをしてあげると言われ、めぐみは53万を払ってしまったのです。てっぺいは勝手に大金を使われたことに激怒します。 その日、めぐみがソファーでうとうととしていると、再び……。 これは、自分を押し殺して自分に取り憑かれてしまった女性の話です。もうひとりの私 ソファーで寝落ちをしてしまっためぐみ。すると、ゆうきを出産し、退院した直後に夢で見た恐ろしい姿の自分が再び現れ、めぐみ自身にささやきます。 「あーあーせっかく旦那に言い返せるようになってきたのに」「結局根本は変われないってことね……」 そして「私があなたになる」と言葉を続けました。 翌朝、目を覚ましためぐみがキッチンへ向かうと、ゆうきをおんぶしながら朝食を作るてっぺいの姿が。そのてっぺいは、家事や育児をめぐみに押し付けるてっぺいではなく、家事や育児を積極的に担う、めぐみがずっと父親として求めていたてっぺいの姿だったのです。 その姿を見ためぐみは、まるで自分の人生ではなく他人の人生を疑似体験しているような感覚に。 そして、めぐみは父親のお見舞いに向かいました。どうやら、父親は階段から落ちて足にヒビが入ってしまった様子。軽傷で元気そうな父親でしたが、どこか表情が曇っていました。 帰ろうとしためぐみを呼び止めた父親は、何かを伝えようとしているようでしたが、「車に気をつけてな」とだけ……。 めぐみは不思議に思いながらも病室を後にしました。 これはもうひとりのめぐみの話。 ある日、目を覚ますと、いつも奥底で眠っていた私が表に出ることができるようになります。 てっぺいへの不満をため込み、思ったことを相手に伝えられず我慢し続けたことから、言いたいことを何でも言えるもうひとりの自分が表に出始めたのです。 そして、言いたいことをなんでもさらけ出す自分が完全にめぐみさんの身体を支配しようとしていたのでした。 ◇◇◇ めぐみさんが望んでいた日常というのは、てっぺいさんも当事者意識をもって家事や育児を担い、お互いが不満をため込まず穏やかな雰囲気で過ごすことなのではないでしょうか。めぐみさんの中にいる、相手への思いをなんでもさらけ出せるもうひとりの自分。めぐみさん自身が幸せになるために、もうひとりの自分とこれからどのように向き合っていくのか、誰かに相談したりしながら考えていけるといいですね。バラシ屋トシヤさんのマンガは、このほかにもブログやInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。著者:マンガ家・イラストレーター バラシ屋トシヤ
2023年11月24日国や人種によっては文化の違いもあり、生死の考え方や道徳もまるで違います。そんな異国フランスで、有無も言わせずに強制的に受けた出生前診断。フランス人夫との意見や価値観も違い、診断結果が出るまでひたすら悩んだ私の経験談をお伝えします。 当たり前なの!? 必須項目の出生前診断妊娠が判明したフランスで出産することを決めた私は、文化の違いにびっくりしました。その1つが出生前診断。日本では任意なのに、フランスでは私が35歳ということもあり、必須項目でした。 日本だと出生前診断そのものを受けることもまだ積極的におこなわれていないと感じる中、有無を言わせずに診断されることに戸惑いさえありました。また、診断結果で異常があれば人工妊娠中絶を選択することはOKであり、ほとんどの方が産まない選択をされています。 検査はいたって簡単!出生前診断の検査は、超音波検査と採血のみでした。超音波で赤ちゃんの様子を確認し、採血で染色体異常の有無を検査します。特別なことはせず、痛みも伴わないので私自身「え? これで終わりなの?」と拍子抜けでした。 超音波検査は、実施したその日に医師から結果が伝えられ、採血は1週間後に結果が出ます。超音波は60%、採血は95%の確率で染色体異常の有無がわかると医師から聞いていたので、さすがに採血の結果が出るまではすごく緊張し、何度も夫と話し合いました。 夫婦2人の意見でもこんなに違う!診断結果が出るまでは心配で、「異常があったら私はどうするんだろう……でも赤ちゃん産みたい!」。こんな感情がグルグル。でも、夫は「異常があれば産まない、当たり前だよ。親も子も苦労する必要ない」とキッパリ。話は平行線のまま、答えは出ませんでした。フランスは日本に比べ、「死」は人生の中の出来事であり、受け入れている方が多いように感じます。 また、人工妊娠中絶についても法律で認められており、医療保険対応。女性保護団体活動が盛んなフランス社会では、人工妊娠中絶も1つの選択肢のようです。診断結果は病院から郵送で通知がきて「異常なし」でした。2人ですごく安堵したことを覚えています。 私の場合は国が違うということで出生前診断は強制的でした。それでも結果が出るまでは、夫婦間でも意見が異なるし、私自身たくさん悩みました。でも、出生前診断をするしないどちらにしても、夫婦2人で話し合い協力しあっていくことには変わりはないのかなと思いました。 ※日本において人工妊娠中絶は、母体保護法により定められた適応条件を満たしている場合に限り、施行されます。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/星田つまみ著者:岩見 エリ1男の母。看護師歴12年、現在はフランスで出産し子育て中。
2023年11月24日めぐみは、夫のてっぺいと息子のゆうきの3人暮らし。めぐみは、妊娠中に飲み歩いたり友人のさえの体型をバカにしたりするてっぺいの姿を見て呆然。また、出産後も夜遅くに帰ってきて、寝ているゆうきを起こすてっぺいや、突然押しかけてきて、めぐみに向かって「母親としての自覚が足りない」などと言ってくる義母に不満を募らせていきました。そんなめぐみの不満のはけ口はSNS。面と向かって言えないめぐみは激しい口調で愚痴や不満を書き込んでいたのです。めぐみは妊娠中、母親から、祖母から譲り受けたというネックレスを渡されました。母親曰く、ネックレスは、昔、山奥のある村で男性に対して意見することはできなかった女性たちがつらさを吐き出した石を削った一部とのこと。また、「石を持ち歩けば言葉を飲み込まずに済んだと言い伝えられている」と母親。その翌朝起きると、てっぺいの顔にはいくつもの傷がありました。すると突然、ネックレスがズズッと動くような感覚がしためぐみ。首元を確認すると、つけていたはずのネックレスがありません。記憶がところどころ抜けてしまっていたのです。思い返せば、めぐみはてっぺいに強い口調で不満をぶつけるなど、自分が自分でないような気がしたり、記憶が抜け落ちていたりすることが多くなっていたのです。焦っためぐみは、何か解決策はないかと、自分の症状をインターネットで検索。すると、碇川事件というものがヒットしました。この事件は、殺人を起こした碇川裕介という男性が、事件の取り調べの際、犯行時の記憶が断片的に欠如していることが発覚したというもの。精神鑑定をおこなったところ、もう一つの人格があることが判明したのです。碇川事件が何か自分の問題を解決してくれる手がかりになるのではないかと考えためぐみは、医師の鴨居先生の元を訪れ、記憶が途切れることや、身体がもう1人の自分に乗っ取られているような感覚になることなどを話しました。そして、碇川事件を起こした犯人である碇川裕介とも面会し、自分の身に起こっていることや、母親から譲り受けたネックレスのことを伝えます。すると碇川は、めぐみが救われるためにはもう一度ネックレスを探し出し、しかるべき場所で供養するべきだと忠告。さっそくめぐみはネックレスを探し出し、ある神社を訪れたのですが……。 これは、自分を押し殺して自分に取り憑かれてしまった女性の話です。焦った私はついに… 母親から譲り受けたネックレスを供養してもらうため、インターネットの口コミが良かったある神社を訪れためぐみ。 神主さんに母親からネックレスを譲り受けてから起こった数々の出来事を話します。 実際にネックレスを見た神主さんは「ほほう……確かに強い念のようなものを感じるのう……」と言いました。確かにめぐみが持ってきたネックレスには邪悪な怨念(おんねん)がこもっていること、別の何かから身を守るためにあえて邪悪な怨念をこめてそれを身につける風習は昔からよくあることだと言葉を続けます。 めぐみは早く除霊をしてほしい、それがあなたたちの仕事だと焦った口調で主張しますが、神主さんはそんな簡単な話ではないと表情を曇らせます。 そして神主さんは言いました。 「あなたに必要なのは除霊ではなく休暇のようだ」 すぐに除霊をしてくれないとわかっためぐみは、私には時間がない、別の方に頼むから結構だと神社を後にします。 焦っためぐみは別の神社を訪れ、すぐにお祓いをしてくれるという神主さんに53万円を支払ってしまったのです。 その事実を知ったてっぺいは「俺がどんな思いして金稼いでると思ってんだよ!!」「そうやって急にしおらしくなったり暴れたり……産後で不安定だろうと思って多めにみてやってたのによ!!」とめぐみに激怒したのでした。 ◇◇◇ 神主さんが言っていた「あなたに必要なのは除霊ではなく休暇のようだ」という言葉。産後、きちんと休む暇もなく、ひとりで家事や育児を頑張り続けてきためぐみさん。体力的にも精神的にも限界であることを神主さんは感じ取っていたのかもしれませんね。 早く除霊しなければと焦るめぐみさんの気持ちもわかりますが、お祓い料のことについてはてっぺいに事前に相談しておけるとよかったのではないでしょうか。一方で、てっぺいさんは、怒るのも無理はないのですが、頭ごなしにめぐみさんの行動を否定をするのではなく、なぜめぐみさんが焦ってお金を使ってしまったのか、気持ちをきちんと確認してあげると良かったのかもしれません。どうすればめぐみさんの不安が解決できるのか一緒に話し合っていけると良いですね。バラシ屋トシヤさんのマンガは、このほかにもブログやInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。著者:マンガ家・イラストレーター バラシ屋トシヤ
2023年11月23日めぐみは、夫のてっぺいと息子のゆうきの3人暮らし。めぐみは、妊娠中に飲み歩いたり友人のさえの体型をバカにしたりするてっぺいの姿を見て呆然。また、出産後も夜遅くに帰ってきて、寝ているゆうきを起こすてっぺいや、突然押しかけてきて、めぐみに向かって「母親としての自覚が足りない」などと言ってくる義母に不満を募らせていきました。そんなめぐみの不満のはけ口はSNS。面と向かって言えないめぐみは激しい口調で愚痴や不満を書き込んでいたのです。めぐみは妊娠中、母親から、祖母から譲り受けたというネックレスを渡されました。母親曰く、ネックレスは、昔、山奥のある村で男性に対して意見することはできなかった女性たちがつらさを吐き出した石を削った一部とのこと。また、「石を持ち歩けば言葉を飲み込まずに済んだと言い伝えられている」と母親。翌朝起きると、てっぺいの顔にはいくつもの傷がありました。すると突然、ネックレスがズズッと動くような感覚がしためぐみ。首元を確認すると、つけていたはずのネックレスがありません。記憶がところどころ抜けてしまっていたのです。思い返せば、めぐみはてっぺいに強い口調で不満をぶつけるなど、自分が自分でないような気がしたり、記憶が抜け落ちていたりすることが多くなっていたのです。焦っためぐみは、何か解決策はないかと、自分の症状をインターネットで検索。すると、碇川事件というものがヒットしました。この事件は、殺人を起こした碇川裕介という男性が、事件の取り調べの際、犯行時の記憶が断片的に欠如していることが発覚したというもの。医師の鴨居先生の元で精神鑑定をおこなったところ、もう一つの人格があることが判明したのです。めぐみは、碇川事件が何か自分の問題を解決してくれる手がかりになるのではないかと考えました。そして、碇川事件に関わりのある精神科医の鴨居先生の元を訪れます。めぐみは、鴨居先生に自分の症状を伝えました。そして、碇川事件を起こした犯人である碇川も自分と同じような症状に苦しめられていることを知り、男性に会わせてもらうことに。鴨居先生は、面会をするときには、彼と目を合わせてはいけないなどと、必ず守ってほしいというルールがあると話します。 淀川と面会しためぐみは、母親から譲り受けたネックレスのことを話し始めたのですが……。 これは、自分を押し殺して自分に取り憑かれてしまった女性の話です。必死になるあまり… めぐみは碇川に、身に着けると自分が自分でないような感覚がしたり、記憶が抜け落ちたりするというネックレスの話をします。 鴨居先生はそのような非科学的なことはありえないと言いましたが、碇川は直接的な原因とは言い難いが、何かしらの関係はあるのではないかと話しました。 碇川がネックレスの話を信じてくれたことで、感情が高ぶるめぐみ。 めぐみは椅子から立ち上がり「そのネックレス私の意識の無い時間にどこかへ隠されたんです」「私はどうしたらいいでしょうか!?」と碇川に訴えます。 すると鴨居先生は、初めに伝えておいた「碇川と目を合わせてはならない」というルールをめぐみが破りそうになっていることに気が付き、間に入って落ち着かせようとしました。 碇川は、めぐみが救われるためには、なくなったネックレスを再び見つけ出し、しかるべき場所で供養することが必要だと忠告。 家に帰るとさっそくめぐみはネックレスを探します。無事に見つけることができ一安心。 するとその様子を見ていたてっぺいが「やっと眠れるね……」とめぐみに声をかけました。 しかしめぐみは「は? 眠れるわけないじゃない……」「寝たらまたあいつが現れるかもしれない……」ときつい表情でてっぺいをにらみつけます。 めぐみは、出産後に見た恐ろしい姿の自分が、また夢の中に現れるかもしれないと感じていたのです。 そしてめぐみは、ネックレスを供養してもらえるところはないかと再びインターネットで検索。鴨居先生が碇川と面会する際に守らなければいけないと忠告した「碇川の言うことを信じてはいけない」というルールを完全に破ってしまっためぐみなのでした。 ◇◇◇碇川さんと目を合わせてはいけないと言われていたのにも関わらず、そのルールを破りかけてしまっためぐみさん。また、ネックレスを見つけて供養すべきという碇川さんの言葉も完全に信じてしまったようですね。自分が悩んでいるネックレスの話を信じてくれる人が現れたら、ルールを忘れて、相手のことを信じてしまうのも無理はないのかもしれません。みなさんがめぐみさんの立場だったら、碇川さんの言葉を信じてしまうと思いますか?バラシ屋トシヤさんのマンガは、このほかにもブログやInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。著者:マンガ家・イラストレーター バラシ屋トシヤ
2023年11月22日めぐみは、夫のてっぺいと息子のゆうきの3人暮らし。めぐみが妊娠しているときのこと、てっぺいは育児中の同級生・さえを見て体型や性格をバカにしました。てっぺいの言葉にめぐみは呆然。そんな矢先、めぐみは母親が祖母から譲り受けたというネックレスを渡されます。やがてめぐみはゆうきを出産。退院後のある日、義母が突然押しかけてきたかと思ったら、めぐみに向かって「母親としての自覚が足りない」などと言ってきました。なかなか帰らない義母に悶々としていためぐみ。するとネックレスが「ズ……」と動き出しました。と同時に、「迷惑だから帰れ」と義母に言ってしまったのです……。その夜、酔っぱらって帰宅したてっぺいは、眠りについたゆうきを起こしてしまいます。めぐみはてっぺいに不満をため込んでいきました。さえは、不満をため込むめぐみを心配してSNSをすすめます。そして夫や義母への不満や愚痴が激しい口調で山のように書かれたアカウントを見せてきました。実はこのアカウントはめぐみが匿名でてっぺいや義母への不満を書き込んでいるもの。ある日、母親からネックレスに隠された秘密を聞いためぐみ。母親曰く、ネックレスは、昔、山奥のある村で男性に対して意見することはできなかった女性たちがつらさを吐き出した石を削った一部とのこと。また、「石を持ち歩けば言葉を飲み込まずに済んだと言い伝えられている」と母親。翌朝起きると、てっぺいの顔にはいくつもの傷がありました。すると突然、ネックレスがズズッと動くような感覚がしためぐみ。首元を確認すると、つけていたはずのネックレスがありません。記憶がところどころ抜けてしまっていたのです。思い返せば、めぐみはてっぺいに強い口調で不満をぶつけるなど、自分が自分でないような気がしたり、記憶が抜け落ちていたりすることが多くなっていたのです。自分の体に一体なにが起きているのかと不安が募っていっためぐみは、碇川事件という殺人事件を起こした人物と、自分の症状が似ていることを知ります。事件を起こした碇川裕介という男性は、事件の取り調べの際、犯行時の記憶が断片的に欠如していることが発覚。医師の鴨居先生の元で精神鑑定をおこなったところ、もう一つの人格があることが判明したのです。 さっそく、めぐみは鴨居先生の元を訪れ、碇川と会わせてほしいと頼み込んだのですが……。 これは、自分を押し殺して自分に取り憑かれてしまった女性の話です。医師が口にした衝撃的な言葉 めぐみの強い気持ちが届いたのか、鴨居先生は事件後、再び入院・隔離されている碇川との面会を許可してくれました。 しかし鴨居先生は言いました。 「彼と会うならいくつかのルールを守っていただきます」 そう言って4つのルールを話し出しました。 ルール1は、碇川との面会したときの会話は口外しないこと。 ルール2は、碇川に外の情報を教えないこと。 ルール3は、碇川と目を合わせないこと。 ルール4は、碇川の言うことを信じてはいけないこと。 さっそく、鴨居先生に案内してもらい碇川と面会しためぐみ。碇川に自分が自分でないような感覚がすることなどを話します。 それを聞いた碇川は「確かにそれは僕のときと似ていますね」「自分でないときの間隔が長くなってきたら気を付けた方がいいです」とめぐみに忠告。 鴨居先生曰く、碇川はもともとは凶暴な性格で、成人してからはずっと大人しい性格の人格に取り込まれていたそう。凶暴な性格は消えたと勘違いしていたが、今は元の凶暴な人格が主となっているはずだと考えているのだとか。 めぐみは碇川に母親から譲り受けたネックレスを付けたころからおかしなことが起こるようになったことも伝えたのでした。 ◇◇◇似たような症状で悩んでいる碇川さんと面会しためぐみさん。つらい思いをしているのは自分だけではない、そして何か解決策が見つかるのではないかと思えたのではないでしょうか。同じ境遇を経験した碇川さんだからこそ、自分の不安な状況を素直に打ち明けることができたのかもしれませんね。くれぐれも鴨居先生から伝えられた4つのルールは守りつつ、碇川さんとの会話を通してめぐみさんの不安な気持ちが軽くなっていくといいですね。バラシ屋トシヤさんのマンガは、このほかにもブログやInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。著者:マンガ家・イラストレーター バラシ屋トシヤ
2023年11月21日私たちは結婚して5年間、不妊治療をしてきました。そして待望の子どもを授かり、義両親に報告しに行ったときのこと。信じられない言葉を投げかけられました。 不妊治療の末に妊娠。喜んで報告すると…私たち夫婦は結婚して5年間、不妊治療をしてきました。周りには話していませんでしたが、「子どもはまだなの?」というようなことを言われたことがなく、平穏に過ごしていました。 そして待望の子どもを授かり、サプライズで家族に妊娠を発表したときのこと。主人が義両親に「子どもができました!」と言った瞬間、義母が夫に向かって「ほんとにあんたの子なの?試験管の取り違えとかないの?」と言ったのです。 「おめでとう」の言葉もなく愕然として……。これ以降、距離を取るようになったのは言うまでもありません。 ◇ ◇ ◇ 親しき仲にも礼儀あり、決して言ってはいけない言葉ってありますよね。思ったことを口にしたのかもしれませんが、家族であっても相手のことを考えて発言することが大切。これでは家族の縁が切れてしまっても仕方がないですね……。 作画/赤身まぐろ著者:みやたりかこ7歳になる息子のママ。関西出身の関東在住で、趣味は料理と裁縫。
2023年11月19日乗り物酔い(車酔い、電車酔いなど)が起こる理由は?乗り物酔いとは、車、電車、船、飛行機などの乗り物で移動中に吐き気やめまいなどの不快な症状が生じる状態のことを言います。ほとんどの方は一度は経験したことがあるのではないでしょうか。乗り物酔いの症状には吐き気や嘔吐、冷や汗、めまい、頭痛、呼吸の乱れ、腹部の不快感などさまざまなものがあります。基本的には乗り物から下りれば徐々に治まってきますが、嘔吐を繰り返すと血圧低下や脱水状態につながることもあるため、適切に対処することが大事です。参考:乗り物酔い|MSDマニュアル家庭版参考:動揺病|MSDマニュアルプロフェッショナル版参考:乗り物酔い|一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会乗り物酔いが起こる理由として、人間の平衡感覚を制御している内耳の三半規管への刺激が多すぎることが考えられています。車などの乗り物に乗っているときは、発進、停止などのスピードの変化や前後左右、あるいは上下の揺れなどの刺激が内耳から脳へ伝えられます。その際に慣れない刺激が多く繰り返されることで脳が処理しきれないと 、自律神経へ誤った信号を送ります。そのために、吐き気やめまいなどの乗り物酔いの症状が現れてきます。また、慣れない刺激だけでなく目などから入る情報と、実際の状況が異なっている場合にも乗り物酔いが起こると言われています。例えば、船に乗っているときに、船自体は波で上下しているのに目では静止している壁を見ているといったときに、脳が矛盾を感じて乗り物酔いの症状が生じることがあります。乗り物酔い(車酔い、電車酔いなど)は治るの?小児科QA(質問)小学生と高校生の子どもがいます。家族で車に乗るときに小学生の子どもが毎回乗り物酔いをします。高校生の子どもは以前は乗り物酔いをしていたのですが、現在は平気なようです。乗り物酔いになりやすい年齢というのがあるのでしょうか?(回答)一般的には2歳から12歳ごろの子どもが乗り物酔いになりやすいと言われています。また、性別では女児の方が乗り物酔いになりやすい傾向があります。年齢だけでなく、内耳炎や片頭痛がある人もなりやすいと言われています。さらに、乗り物酔いを繰り返すことで、乗り物に乗ること自体に不安感がある場合にもなりやすくなるので注意が必要です。Upload By 発達障害のキホン(質問)小学生の子どもがいるのですが、乗り物酔いが激しくバスや電車に乗るのも嫌がります。今後遠出をする学校の行事もあるのでなんとかしたいと思っているのですが、どうすれば乗り物酔いは治りますか?(回答)乗り物酔いの克服のポイントは「慣れる」ことです。乗り物酔いの原因となる揺れなどの刺激を感じる機会が多いほど、その刺激に対する反応も治まっていきます。乗り物に乗るのを避けるよりも、予防薬を飲み短い距離から試すなど対策をしながら乗ることで成功体験を重ねていくことが大事です。対策についても一人ひとり合う方法が違うので、いろいろと試してお子さんに合うものを見つけていくとよいでしょう。Upload By 発達障害のキホン車や電車などの乗り物酔いを防ぐために乗り物酔いは酔い止め薬を飲むことや、ポイントを抑えることで予防することも可能です。代表的なものを紹介しますので、乗り物酔いで悩んでいる場合は試してみてください。乗り物酔いの予防薬として抗ヒスタミン薬や、制吐薬としてオンダンセトロンなどが用いられます。酔い止め薬はドラッグストアなどで購入できるほか、医師に相談して処方してもらうこともできます。・車で揺れを感じにくい席を選ぶ(シートベルトやチャイルドシートを適切に利用し、体の揺れを軽減させる)・前を向いてゆったりとした姿勢を保つ・遠くの景色を見るようにする・頭と体をなるべく動かさないようにする・本やスマートフォンの画面などを見ないようにする・乗り物に乗ったら寝てしまう・車などでは窓を開けて換気をする・船では甲板に出るなど新鮮な空気を吸う・乗る前に匂いや味の強いものを食べない・乗っている最中もなるべく飲食をしないようにする・前日はよく寝るようにする乗り物酔いが起こってしまったら対策をしていても乗り物酔いを起こすことはあります。そういったときに症状の悪化を防ぐ方法を紹介します。・可能であれば乗り物から降りる・乗り物内の換気をする・ベルトなど締め付けるものを外す・腹式呼吸をする・頭を冷やすようにする・クラッカーなどのさっぱりしたものを食べる・炭酸飲料を飲むなどが乗り物酔いの悪化を防ぐ方法としてあります。こちらも人によって効果は異なるため、合う方法を探していくことが大切です。また、乗り物酔いの薬の中には、酔った後にも効果があるものもあります。薬局などで購入できますので用意しておくといいでしょう。障害と乗り物酔いの関係先ほどは乗り物酔いになりやすい年齢などの傾向を紹介しましたが、障害と関連して乗り物酔いが起こる場合もあります。起立性調節障害があると、乗り物酔いもしやすいという調査があります。起立性調節障害とは、自律神経の乱れにより起立時に身体や脳への血流が低下する疾患で、起床困難、動悸、失神、頭痛などの症状が現れます。思春期の子どもが発症することが多く、小学生の5%、中学生の10%で見られると言われています。厚生労働省の調査によると、この起立性調節障害のある子どもの中で、乗り物に酔いやすいと答えた人が41.5%いるという結果が出ています。乗り物酔いの原因として起立性調節障害がある場合は、そちらの治療も行っていく必要性があります。乗り物酔いの他に、日常的に起床困難や立ちくらみなどの症状が見られる際はかかりつけの小児科や保健センターなどに相談してみるとよいでしょう。参考:起立性調節障害対応ガイドライン|岡山県教育委員会参考:起立性調節障害症状について|厚生労働省感覚過敏がある場合も、乗り物酔いにつながりやすい可能性があります。発達障害のある方の中には感覚過敏がある方も多くいて、予測できない動きや匂い、温度、湿度などへの敏感さが乗り物酔いを起こす要因とも重なっています。そのため、他の人よりも乗り物酔いが生じやすいことが考えられます。子どもに発達障害がある場合は、その特性も考慮したうえで乗り物酔いの対策をしていくとよいでしょう。参考:発達障害の理解|厚生労働省子どもの乗り物酔い、もしかして動揺病かも?乗り物酔いとは別に「動揺病」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。動揺病とは医学の分野などで使われる言葉で、基本的に乗り物酔いと同じ状態を指しています。乗り物に乗った際に吐き気やめまいなどの症状が現れ、中枢神経系出血や脳梗塞など別の疾患が原因ではない場合などに診断されます。治療では予防薬として抗ヒスタミン薬などが処方されることがあるほか、吐き気を抑えるオンダンセトロンなどの制吐薬が処方されることもあります。薬以外の治療方法としては、乗り物酔いの要因となる刺激に慣れる「適応」が効果が高いとされています。また、動揺病と同じようにめまいなどが現れる疾患に「メニエール病」があります。メニエール病も内耳の異常が要因となって発症すると言われています。ただ、メニエール病のめまいは乗り物に乗っていない状態でも起こるという点が動揺病とは異なっています。メニエール病にはめまいに加えて耳鳴りや難聴が伴うことが多くあり、手術をすることもあるなど動揺病とは治療方法にも違いがあります。乗り物酔いではなく、メニエール病の症状が見られる場合には、耳鼻咽喉科などを受診するようにしましょう。参考:メニエール病|MSDマニュアル家庭版乗り物酔いまとめ乗り物酔いとは、車や電車などに乗っている際に吐き気やめまい、嘔吐などの症状が現れている状態のことです。医学的には動揺病とも呼ばれています。乗り物酔いの要因は、加速や揺れなどによって平衡感覚を制御する内耳に過剰な刺激が加わることや、目から入る情報と実際の動きの矛盾などがあります。12歳ごろまでの子どもに多く見られますが、予防薬の服用や酔いにくくする対策をすることで抑えることができ、刺激に慣れていくことによって治まっていくと言われています。ただ、乗り物酔いの背景に他の障害がある場合や、別の疾患の症状が現れていることもあるため、気になる場合は医療機関の受診を検討するといいでしょう。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
2023年11月19日ママ・Aやん、パパ・Pやん、令和元年生まれの愛娘・コチコーちゃんのハートフル育児マンガ。ゆる~い家族の日常に関西弁のツッコミが鋭く光る! 今回は妊娠9ヵ月のAやんさんに妊娠糖尿病の疑いが……! 入院は避けられたもののAやんさんは大ショック! さてどうやって乗り越えたのでしょうか?妊娠後期でまさかの妊娠糖尿病の疑いが……!!!!自分には全く縁のないものだと思って舐めていると、血糖値の数値が高かったらしく指摘されてしまいました。妊娠中はかなり食べ物には気を使っていたつもりだったのに……!それに体重の増え方も妊娠9ヵ月にして+4キロ。毎度健診の度に『優秀ですね〜! 』と褒められていたのでこれは本当にショックでした。結局、入院やインスリン注射はしなくていいとなりましたが、その代わり自宅で血糖値の自己測定をする羽目に……もうほんとにこれがめんどくさい。血糖値を測定する機器がまためちゃくちゃ優秀で、測った時間と血糖値は絶対にいじれないようにうまいことできています。(不正しようとすな)なので真面目に一週間いつも以上に食事には気を使いました。まずは最初に野菜をしっかり多めに食べて、炭水化物やたんぱく質はそのあとに……そしてゆっくりとよく噛んで、一気に食べずに分食をする……など。すると見事にたった一週間で血糖値はコントロールされ、先生にも褒められました!よく考えたら当たり前のことなのにこれができていなかったとは……自己測定が終わった今も引き続きこの習慣は続けています。自宅での測定が終わってからもなお4歳の娘から『ママ、血糖値測らないの?』と言われ続ける作者なのであった。PROFILEAやんさん平成元年生まれ兵庫県出身。娘コチコー(2019年5月生まれ)の出産を機に会社員を辞め漫画家へ。インスタグラム(@aandp1989)とライブドアブログ(Aやんのええやん!ブログ)にてほぼ毎日漫画を発信中。KADOKAWAより初書籍「ポンコツ3人家族こんな日常でもええやん!」も発売中!Instagram
2023年11月18日サツキさんは25歳のOL。日記機能があるSNSを投稿するのが日課で、よくコメントしてくれるアライグマとウサギには心を許していました。そのアライグマと付き合い始めたサツキさんでしたが、ある女性からの電話で彼が既婚者だと判明。さらに男性がアライグマ本人ではないと気づき、別れました。アライグマを名乗る男性は、サツキさんが勤める会社の取引先の女性社員・ユメノと不倫関係に。ユメノは不倫の末に妊娠したことと、男性の本名をアライグマのSNSに書き込みます。その結果、男性は会社を謹慎となりましたが、ユメノの妊娠は嘘でした。一方妻はサツキさんと協力し、夫の浮気の証拠を集めていたのです。妊娠したと嘘をついているユメノは、フリマサイトで使用済みの妊娠検査薬を買いました。男性と会うことになったユメノは… 男性から本当に妊娠しているのか疑われていることを利用して、ユメノは男性と会う約束をとりつけます。 一方、浮気の証拠を集める妻に協力していたサツキさん。過去の男性とのやりとりやウサギからのメッセージをコピーして、妻に渡しました。妻は慰謝料請求を有利にするため、浮気をしていることが確実となる証拠写真を撮る機会をうかがっていたのです。 そして、ユメノと会うために出かけた夫。妻は夫の動向を、電話先の人物にこっそり伝えました。 男性と会ったユメノは、ルンルン気分。そのまま2人はホテルへ入って行ったのです。 その瞬間をバッチリ写した写真が妻に送られてきます。妻はその写真を見て、怒りと悲しみからか、泣きながら笑うのでした。 夫の浮気現場を写真で確認した妻。怒りや悲しさ……。いろんな感情が溢れていたことでしょう。疑っていても実際にその場面を目にするのは、つらいことのはず。しかしこれで浮気の決定的証拠が手に入りました。息子のためにも自分自身のためにも、浮気性の夫とは早く離婚して、新しい生活のスタートを切ってもらいたいですね。>>次の話著者:マンガ家・イラストレーター てにくまちゃん。
2023年11月17日4人の子ども育ててます
子育て楽じゃありません
良妻賢母になるまでは。