子育て情報『小1から行き渋り、母子登校…転校で再び振り出しに。小4目前で自ら「学校に行く」と言い出したきっかけは』

小1から行き渋り、母子登校…転校で再び振り出しに。小4目前で自ら「学校に行く」と言い出したきっかけは


小1から行き渋り、小3で母子登校できるようになったけど

現在小学6年生のわが家の長女『姉子』は、小学2年生の時にASD(自閉スペクトラム症)と母子分離不安と診断され、小学4年生の時に知的ボーダー、場面緘黙と医師から言われています。

姉子は、赤ちゃんの頃から繊細なところはあったものの、幼稚園の時は楽しく園生活を送っていました。しかし、小学校へ入学するとすぐに、登校前に泣き出したり、腹痛や頭痛を訴えたりして、行き渋りをするように。

そして、1年生の時の個人懇談で担任の先生から発達検査を受けることをすすめられ、すぐに発達支援センターへ相談に行き、2年生になってすぐWISCを受けました。結果はかなり凸凹があり、これまで相当しんどい思いをしてきたことが分かりました。

でも、検査を受けたことで姉子の特性や困り事を知ることができたので、「上手にサポートできれば学校生活も楽しめるかもしれない」と、前向きにとらえていたところで、まさかの転勤。さらにコロナ禍で環境が大きく変わったことにより、転校先で姉子はまた行き渋るように……。

転校先の学校では、別室登校や母子登校など姉子のペースでスモールステップを繰り返し、学校にいる時にも少しずつ笑顔が見えるようになってきました。
しかし……。


登校できるようになってきた矢先の転勤、転校

姉子が3年生になり、転校先の学校にもやっと慣れてきたところで、またしても転勤!
霧の中でなんとか小さな光を見出して進んでいた道の前に、まるで高い壁ができたような気分でした。

当然と言えば当然ですが、姉子の心はスタートラインに戻ってしまいました。前の学校の時と同じように母子登校でスモールステップで……とやってみましたが、そう簡単には行かず、また家にこもるようになりました。

そこで、私から姉子への登校刺激やアプローチを一旦全部ストップしてみました。
学校には行かないけれど先生方や相談機関とは密に繋がり続けて、相談先はしっかり確保することを意識しました。学校の支援に関する情報は集めておいて、いつでも動ける状態を保ちつつ、「お母さんと一緒に好きなことをしようよ」という生活に変えてみることにしたのです。

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Upload By スパ山


「お母さんと好きなことをしようよ」という生活にしてみると

一緒にゲームをしたり、お菓子づくりをしたり、おしゃれなカフェに行ったり。

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