岸本佐知子「私が翻訳したいと思うのもめちゃめちゃ面白いというだけではダメ」
岸本さんは振り返る。
「翻訳は楽しい。苦しさすら楽しい。それ以外の文章を書くのは、ただ苦しくてつらい。『なんでこんなにエッセイが嫌いな私に頼むんだよ』みたいな逆ギレっぽい気持ちで、その媒体が嫌がるようなことを無意識のうちに書いていたのかも(笑)」
ちなみに本書のタイトルでもある「わからない」は岸本さんの人生にとって重要なテーマらしい。本書の中でも何度も触れられているルナアルの『にんじん』との邂逅にその原点を感じる。岩波文庫フェチのお父様から小学生の頃に渡された一冊だ。
「いまも手元にあるそれは旧かな遣いの版なので、字も読めないから、自分で勝手に間違ったルビを振っていたり。
作中の文化もピンとこないし、わからないことだらけなんですが、そのわからなさが魅力というか、本当に惹きつけられました。『面白かった!よし、最初から』と何度も何度も読んで血肉になった。だから、私が翻訳したいと思うのもめちゃめちゃ面白いというだけではダメで、さらに『何かよくわからない…』という要素が大事なんですよね」
きしもと・さちこ翻訳家。訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(講談社文庫)、リディア・デイヴィス『話の終わり』『サミュエル・ジョンソンが怒っている』(共に白水Uブックス)